子供の頃はあまり何とも思わなかったのですが、この歳になると、上官や同僚に染まらず正義と忠義を貫いた彼のカッコ良さというのを感じます。
あれで若い頃はやんちゃだったというのがまた…
ガイロス帝国近衛師団長カール・リヒテン・シュバルツ少将は、この数日、その精悍な顔が険しくなることが多かった。
近衛師団長は皇帝であるルドルフを最も近くで守る要職であり、また帝国軍人にとっては忠誠心の厚い精鋭としての名誉もあった。だが今のシュバルツには、単に武力でルドルフを守るだけでなく、情報収集の面でも不穏な動きに目を光らせるという役目があった。
それというのも、ホマレフ宰相も高齢となり、その次の世代の軍人や官僚はプロイツェンと繋がりのある者が少なくなかったからだ。だから旧プロイツェン派の動向に目を光らせるのは、シュバルツにとって重要な任務だったが…その旧プロイツェン派が、最近とみに活発に動いているのだ。
「プロイツェンは確かに死んだ。…今更何を考えている?」
師団長室のデスクで、報告書に目を通しながら一人ごちる。旧プロイツェン派は、今でもそれなりに数はいるが、リーダーとなるような目立った人物はいない。皇族や貴族は、元々プロイツェンに反感を持っていた者が多く、主だった者はみなルドルフを支持している。軍や政府の高官でも、プロイツェンの息のかかったものは粗方いなくなっている。中堅層の軍人や官僚…かつての部下だったマルクスや、士官学校の同期だったラルフのような者には、まだプロイツェン派の残党も一定数いるとはいえ、その影響力も知名度も大きくはない。今更集まったところで、何が出来るとも思えないが…
「どうも、嫌な予感がするな。」
そう言って、シュバルツは目を細める。旧プロイツェン派の連中は、時流を読むことに長けていて、能力もあったからこそプロイツェンに目をかけられた。奴らは自分達が警戒され、場合によっては監視されていることも気付いているはずだ。何の理由もなくこのような動きをするとは考えられない。ところが、奴らが動いている理由も目的も皆目掴めない…
シュバルツが考え込んでいると、卓上の電話が鳴る。
「少将、貿易商のマクマーン氏がお見えです。お通ししてもよろしいですか。」
「ああ。通してくれ。」
帝国軍とも太いパイプのある貿易商人の名前にシュバルツは頷きながらも、自分に何の用かなと不審に思う。だがその疑問は、すぐに解消された。
「お久しぶり、シュバルツ少将。昇進おめでとね。」
「ムンベイじゃないか。久しぶりだな。元気そうだな。」
マクマーンと共に部屋に入って来たのは、バンの古い仲間、ムンベイだった。5年前のデスザウラーとの戦いの時には共にウルトラザウルスに乗った仲だ。懐かしさから、さっきまでの険しい表情から、控えめだが端正な笑みを浮かべるシュバルツに、マクマーンが丁寧に一礼する。
「突然の来訪でお騒がして申し訳ない。明日にはガイガロスをたつので、その前にご挨拶させて頂きたいと思いまして。」
「なんてね。あたしが無理言って頼んだのよ。」
どうやら二人は単なる仕事上の取引相手というわけではないようだ。意外な感じもしつつ、シュバルツは二人をソファに案内しながら言う。
「君達は知り合いだったのか?」
「古い付き合いなのよ。そうそう、ルドルフがプロイツェンに追われて、バン達と一緒にガイガロスを目指していた時にも、一度マクマーンに匿ってもらったわね。」
「そうなのか、それは初耳だ。陛下のためにお力を貸して下さったこと、改めて礼を言おう。」
「いえいえ、僕はムンベイのためにやっただけですから。そう畏まらず。」
マクマーンはそう言うと、手荷物の中から一目で上物と分かるコニャックを出す。
「ささやかですが手土産です。もし良ければ一杯いかがですか。」
「これはありがたい。是非頂こう。ちょうど貰い物のチーズがあるんだ。」
そう言ってグラスを取り出し、三人でささやかに杯を交わす。マクマーンとは殆ど初対面だったが、酒の力と、ムンベイが上手く話を取り持ってくれたおかげで、楽しく時間が過ぎていく。
ボトルの半分余りを飲み干し、だいぶ酔いが回って来た頃、ムンベイが懐かしげに話す。
「ガイガロスに初めて来た時は大変だったよねえ。ホマレフのじいさんの家に辿り着いたのはいいけど、敵に囲まれちゃって。バンはレイヴンに捕まって戻ってこないし。あの時はさすがのあたしも死ぬかと思ったね。」
「そんなことがあったのか。やっぱりあの時、僕も付いていった方が良かったかな。」
「いいのいいの、結果オーライよ。」
ムンベイがそう言ってケラケラ笑い、釣られてマクマーンも笑う。それからマクマーンは、ふと何かを思い出したような顔で言う。
「そういえば、ターレスの街にいた時に、妙な噂を耳にしました。レウス山脈の山中で、黒い小型ゾイドが飛んでいるのを見たと。」
「ほう…黒い小型ゾイドが…。」
その情報に表情が険しくなったシュバルツを見て、マクマーンは慌てて言う。
「ターレスの街は土地柄、不確かな噂が出回りやすいのです。あまり間に受けない方がいいですよ。」
「そうそう。あそこの噂が本当だったら、プロイツェンもヒルツも何回も復活してるわよ。」
「それは困ったことだな。」
そう言ってシュバルツが笑うと、場の雰囲気が和む。だが笑いながらも、シュバルツは内心では引っかかるものを感じる。旧プロイツェン派の動きが活発になっているという情報を受け取った直後のこの噂話…本当に無関係なのだろうか…
「今度はもう少しゆっくりお話したいですね。」
「ええ、是非。お待ちしています。」
「じゃあまたね、少将閣下。お疲れみたいだけど、あまり抱え込み過ぎないようにね。」
ムンベイの言葉に苦笑しながら、二人を建物の出口まで見送って、執務室に戻る。一人になって、シュバルツは一人呟く。
「レイヴン…今どこにいる?」
「おら、動きを止めるな、隙だらけだぞ!ライアン、お前はもっと慎重に動け、そんな馬鹿正直に突っ込んだら敵の罠に引っかかるぞ!」
檄を飛ばしながらライトニングサイクスが縦横に動き、訓練機に容赦無く模擬弾を浴びせる。特訓は三日目だが、少しずつ成果が出て来ていた。
アーバインはたまにバンのところに顔を出すと、こうしてガーディアンフォースの新兵の訓練をしてくれる。賞金稼ぎとして盗賊やならず者と今でも戦っているアーバインの特訓は、厳しいが実戦的だった。バンとて実戦経験が浅いわけではないが、軍の中で幹部と言える立場になってからは、そうそう頻繁に最前線に立つわけでもない。その点、アーバインは感覚が鈍っておらず、彼の特訓を受けるようになってから、新兵のゾイドが大破する確率が三割近く下がっていた。
「だいぶ動きが良くなって来たな。アーバイン、お前やっぱりガーディアンフォースで教官やらないか?」
「冗談言ってる暇があったら、こいつらの特訓を手伝え。いつまで俺一人に押し付けるつもりだ。」
「はいはい、分かったよ。」
そう言って訓練場に向かおうと思ったところで、司令室から通信が入る。
「フライハイト中佐、ガイガロスのシュバルツ少将から通信が入っております。」
「こっちに回してくれ。」
「内密にお話したいことがあるそうで…お手数ですが、通信室までお越し下さい。」
何の用件だろうと思うながら頷き、アーバインにその場を任せることにする。「偉くなると大変だな」というアーバインらしい皮肉に苦笑しながら通信室に向かうと、変わらず精悍な雰囲気のシュバルツの顔がモニターに映し出される。
「元気そうだな。訓練中に呼び出してすまない。」
「いや、気にしないでくれ。アーバインが特訓してくれてるからな、あいつに任せておけば大丈夫だ。」
「ああ、そっちにはあいつがいるのか。昨日、こっちにムンベイとマクマーンが来てな。色々と話した。」
そういえば、アーバインはマクマーンに雇われてムンベイと一緒に南部に行ったと言っていた。あの二人は、そのままガイガロスに向かったのか、と考えながら話を聞いていると、シュバルツが表情を厳しくしながら言う。
「マクマーンから聞いた噂話だが…レウス山脈の山中で、黒い小型ゾイドが飛んでいるのを見た、という情報があるらしい。」
完全に予想外というわけではなかったとはいえ、その話にバンも表情が険しくなる。
「俺もアーバインから同じ噂を聞いた。…奴だと思うか?」
「分からん。確かにケイオン半島は身を隠すのに適した場所ではあるが…あまりに情報が乏しい。」
そうだな、と言って一瞬黙り込んでから、バンは躊躇いがちに口を開く。
「これは俺の勘だが…レイヴンが半島に潜んでる可能性は高いと思う。実は、ガーディアンフォースの情報収集部隊をターレスの街の近くの基地に派遣している。何とか時間を作って、俺も向こうに行ってみるつもりだ。」
「そこまでするということは、単なる勘ではないだろう。理由を聞かせて欲しいな。」
「ああ…。これまでに何度か、あいつの捜索をしてるが、一度も手掛かりがない。確かにこの大陸は広大だが、何の情報も無いというのはやはり不自然だ。となると、他の大陸か、あるいは南部か。だが、他の大陸となると、言葉も文化もまるで違う。そんなところに行ったら、何らかの騒ぎを起こしてもおかしくないだろう?だが、そんな情報も無い。そうなると、南部の可能性は高いんじゃないか。」
「確かにな。ケイオン半島は、本土との交流は乏しいとはいえ、言語は大きく異ならないと聞く。ただ、土地柄、余所者を排除する傾向が強いとも聞くが。」
「そこは俺も気になるんだがな。だがそれでも、半島の可能性は高いと思う。」
バンの言葉にシュバルツも納得したように頷いてから、悩ましげな表情を見せる。
「半島に潜伏している可能性が高いというのは、俺も同感だ。だが、そうなると対応が難しくなるぞ。帝国は過去に、半島の領有権を主張したこともある。そこにレイヴンがいるとなれば、野放しには出来ない。」
「それは共和国も同じさ。あいつに攻撃されたという点では、共和国の方が回数も被害もずっと大きい。大陸内にいるとなったら、大騒ぎになる。」
「なるほど。レイヴンの捜索という理由を出さずに部隊を派遣したのは、それが理由か。」
「まあな。…個人的には、寝た子を起こしたく無いんだがな。」
「確かに、あいつとまた戦うのはあまり考えたくないな。」
それもあるが、と言ってから、少し迷ってからバンは続ける。
「ヒルツとの戦いの最後では、あいつに助けられた。あれから5年経つが、ずっと大人しくしてる。…俺としては、放っておいてやりたい気持ちもある。」
「なるほどな。…気持ちは分からないでもないが、よそでは言わない方がいいぞ。」
「分かってるさ、あんただから話したんだ。いずれにしても、この件はしばらく内密にしたい。協力してくれないか。」
「了解した。マクマーンから聞いた話は、胸の内に留めておこう。何か分かったら連絡してくれ。」
ああ、と頷いて通信を切る。ひとまずシュバルツの了解を取り付けたとはいえ、問題は山積みだった。思わずため息を漏らしながらも、ひとまずアーバインのところに戻ろうと、バンは通信室を出て愛機の元に向かった。
「うっ…」
ひどい頭痛と共に目が醒めると、レイヴンは思わず顔を顰める。まさか二日酔いになる程飲んでしまうとは。不用心にも程があるな…
隣のベッドではリーゼがまだ寝ている。ベルル族の居城の中の客室のようだ。情けないことだが、酔い潰れて運ばれたらしい。不用心なことを口走っていなければいいが…
「ああ、兄さん、起きてたんですね。おはようございます。」
扉が開き、カイが顔を出す。カイはまだ酒が飲めないので、宴の翌日はこうやってあちこちを見回っているようだ。
「驚きました。兄さんが潰れるまで飲むなんて…。初めてじゃないですか?」
「…情けないところを見せたな。」
本当に情けない気持ちになりながらそう言うと、カイはにこにこと笑いながら言う。
「兄さんはいつも気張り過ぎですから、たまには酔っ払ってもいいんじゃないですか?オレは兄さんのああいう顔が見れて、嬉しかったですよ。」
そんなことを言われて、皮肉の一つも言ってやろうかとも思うが、カイの屈託のない笑顔を見るとそんな気も失せてくる。
「昨日の兄さんはいつもより饒舌でしたね。オレも早く酒を飲めるようになって、兄さんと飲んでみたいなあ。」
「そんなにいいもんじゃない。」
饒舌な自分というものがあまり想像できず、昨晩はどんな姿を見せたのだろうかと思いながら、ぶすっとした顔でレイヴンはそれだけ呟く。
「うるさいなあ、朝っぱらから何騒いで…」
二人の話し声を聞いて、リーゼがもそもそと起き上がる。
「すみません、騒がしくしちゃって。」
「あれ、君が何でここに…ああ、昨日はあのまま寝込んじゃったのか…」
「お二人が揃って遅くまで付き合ってくれて、父さんも母さんも嬉しそうでしたよ。」
ならいいけど、と言って少し気まずそうなリーゼの顔を見ながら、レイヴンも肩をすくめる。
「コーヒーを持って来たんです。思い切り濃い奴。目が覚めますよ。」
「それはいいな、貰おう。」
カイから手渡されたマグカップに入った、言葉通り濃厚なコーヒーを啜ると、確かに少しスッキリした気分になる。落ち着いて耳を澄ますと、遠くからいつもより賑やかな声が聞こえてくるのに気付く。
「外が騒がしいな。何かあったのか?」
「ああ、レウス山脈の方に行っていたキャラバンが帰って来たんですよ。今回は大漁らしいです。何でも、帝国の有名な商人がターレスの街に来てたらしくて。」
「そうか。あとで見に行ってみようかな。」
何かいい武器でもあれば、自分が使ってもいいし、カイに使わせてもいい。そんなことを考えていると、カイが思い出したように言う。
「そういえば、商人達が噂話をしてたんですけど…本土の方では、共和国軍の基地が謎の敵に襲撃されてるらしいです。」
「…ほう?」
どこかで聞いたような話に思わず興味を示すと、カイは少し不思議そうな顔をしながら続ける。
「何でも、悪魔の申し子とか言われる、むかし帝国軍で活躍したゾイド乗りと手口が似てるとか。すごい名前ですよね、悪魔の申し子って。」
そう言ってまた無邪気に笑うカイの声が、急に遠くに感じる。過去はいつまでも、レイヴンのことを放っておいてはくれないようだった。
マクマーンは一回しか登場してませんが、無印ゾイドのゲストキャラでは一番好きなので、出してみました。
ムンベイのこと諦めてなさそうでしたけど、どうしてるのかなと思いますね。
ご意見・ご感想お待ちしてます。