ソルラの街への奇襲作戦の失敗から三日後。基地に戻ったバンは文字通り頭を抱えていた。
奇襲作戦の実行、そして失敗は箝口令が敷かれたものの、多数のゾイドが未帰還となり、行方不明者も出た以上、いつまでも隠せるわけがなかった。
帰還の翌日にはメディアで作戦失敗のニュースが流れてしまい、その直後から電話が殺到。日付が変わってからは、基地に記者が押しかけ、大騒ぎになっていた。
「随分騒がしいことになってるじゃねえか。」
バンの部屋を訪れたアーバインは、開口一番そう言って、人の悪い笑みを浮かべる。バンは弱々しく苦笑して、「困ったよ」とだけ答える。そんなバンの様子に、フィーネが心配そうな表情を見せる。
アーバインはやれやれ、と言う顔をしてから、声を顰めて言う。
「昔馴染みの記者に聞いたんだがな。レイヴンとリーゼが半島にいたらしいな。」
この話は、まだ誰にもしていない。その情報がアーバインから出たことに愕然としていると、アーバインは目を細めながら言う。
「人の口に戸はたてられない。まして、あの二人の情報ならな。もうじき、ニューヘリックシティもガイガロスも、この話題で持ちきりになる。何が起こるか分からんが…覚悟はしとけよ。」
アーバインの言葉に、バンは厳しい表情で頷く。レイヴンとリーゼの健在を知った世論がどんな反応を見せるか。ぞっとしない想像だった。
「あんまりバンを追い込まないであげて、アーバイン。」
フィーネの言葉に、アーバインは少しすまなそうな顔をして答える。
「別に意地悪で言ってるわけじゃないんだが。それはそうと、あの二人の話を聞いて、フィーネはあんまり驚かないんだな。」
「何となく…そんなことになりそうな気がしたの。」
「お前は昔から勘が鋭いからな。」
「勘だけじゃないわ。バンの様子を見てたら…分かるもの。」
そう言うフィーネの言葉は、本当に心配そうだった。考えてみれば、当たり前だ。あのレイヴンと、見知らぬ土地で戦う…それがどれだけ危険か、知らぬフィーネではない。ある意味、渦中にいるバンより正確にその危険性を把握しているかもしれなかった。
「心配させてすまなかった。俺はダメだな、フィーネの気持ちにも気付いてやれなくて…」
敗北で気落ちしていることもあるのか、ついネガティヴな言葉が出てしまう。フィーネはそんなバンの様子に表情を曇らせてから、無茶だけはしないでね、とだけ言う。
「まあ、そう暗い顔をするな。じき奴とは再戦することになる。その時に、まとめて借りを返してやればいい。」
「そんなに上手くいくかな。」
「次は俺とサイクスも力を貸してやる。ちっとは成長したかと思ったが、まだまだ面倒見てやらなきゃならねえみたいだからな。」
アーバインの話のメインはこちらだったのかもしれない。彼らしい不器用な優しさに少し励まされながらも、バンは別の懸念を口にする。
「俺は一度負けた。もし次の戦いがあっても、前線には出られないかもしれない。」
「お偉方の中には、レイヴンの怖さがまるで分かってない奴もいるからな…。だが、ルドルフやルイーズ大統領は分かってるだろう。」
アーバインの言葉に、バンはうやむやな言葉を口にする。あまり軽々しく言えることではないが、ルドルフやルイーズ大統領に近いシュバルツやハーマンは、軍内部では必ずしも主流派とは言えない。バンの失態を機に、シュバルツやハーマンが主導権を奪われる可能性は大いにあった。
「まあ、しばらくは様子見だな。政府、軍、世論…レイヴンの健在がどんな反応をもたらすか、俺も想像がつかない。」
バンの言葉に、アーバインもフィーネも押し黙る。
「早く落ち着くといいね。」
ぽつりと言ったフィーネの言葉に頷きながらも、その可能性は低いだろうとバンは内心で感じていた。
バンの予感は、最悪の形で当たってしまった。
極秘で軍を動かし、しかも失敗したことで、バンやガーディアンフォースはもとより、ルイーズ大統領やルドルフにも批判が集まることとなった。特に共和国では議会が独断での軍事行動を問題視し、ルイーズ大統領は苦境に立たされていた。
一方で、ガーディアンフォースの精鋭部隊を破ったレイヴンとリーゼの脅威はマスメディアによって過剰なまでに喧伝された。彼ら二人だけであれば、まだ一時的な盛り上がりで済んだかもしれないが、彼らが半島の「ならず者」達と手を組んでいるという情報は、帝国・共和国の市民を慄かせた。
元々、本土に住む人間は半島の民への差別心と恐怖心を持っているところがある。その土壌の上で、レイヴンとリーゼが彼らと手を組んだと言う情報は、悪い意味で想像力を刺激した。ジェノブレイカーを筆頭に半島の勢力が攻め込んでくる、古代ゾイド人のリーゼの力でデスザウラーがまたも復活する…様々な噂が駆け巡り、多くの論客が「やられる前にやれ」と言わんばかりの大規模出兵論を唱えた。
無論、そのような全面戦争の動きに懸念を示す者はいた。シュバルツやハーマンはその筆頭格だったが、しかし、彼らが奇襲攻撃を主導して失敗した以上、その立場は弱かった。
それでも、ルドルフの尽力もあり、もう一度半島と交渉を行う方針が決まった。先の戦いでレイヴンとリーゼの存在が明らかになった以上、その事実を提示した上での交渉で譲歩を引き出せるかもしれない、ということだった。再度の戦争を望まない声も、また決して少なくなかったのだ。
予備交渉のため、帝国・共和国の外交官がターレスの街に向かうことになった。バンも外交団の護衛のため随伴することとなった。
男は、旧プロイツェン派でそれなりに名の知られた存在だった。軍の若手将校だった男は、プロイツェンに心酔し、逃亡中のルドルフを攻撃したこともあった。プロイツェンが戴冠すれば、男は大きく出世しただろう。
その目論見は、ルドルフの復活、バン・フライハイトの活躍により、全て泡と消えた。ルドルフは旧プロイツェン派にも寛大な態度を示し、かつての仲間の多くはあっさり鞍替えしていったが、プロイツェン派の中でも目立った存在だった男はさすがに冷遇され、肩身の狭い思いをし続けた。
ルドルフとバン・フライハイトに恨みを募らせ続けた男の元に、かつての同志から一つの誘いがあった。彼の企みが成功すれば、ルドルフは失脚し、バン・フライハイトへの復讐も成るという。男は、一も二もなくその誘いに乗った。
そして今、男はターレスの街にいた。この街で開かれる予定の交渉…その舞台となる会議場を爆破するのが男の使命だった。それは単にこの企みの一部であるだけでなく、あの憎きバン・フライハイトを消すことも出来るという。
そしていよいよ帝国・共和国の交渉団が会議場に姿を見せた。情報通り、バン・フライハイトの姿もある。男は暗い喜びと共に、爆弾のタイマーを押す。爆弾は一分後に爆発する、すぐに避難しなければ…そう思った瞬間、爆発と閃光が男の意識を奪った。
帝国・共和国の使節団が攻撃を受けたと言う情報を受けたのは、レイヴンが護衛に加わった使節団がレウス山脈に入ったあたりだった。兄さん、大変です、というカイの言葉を聞きながら、これで開戦は決定的になったなと思い、思わず天を仰ぐ。
誰が糸を引いているのか。それも疑問ではあったが、今はもう、それを考えている時間はなかった。ひとまず使節団の帰投を命じ、ソルラの街に向かう。
翌朝、ソルラの街に戻ったレイヴンは、前日の予感が外れていないことを知る。
会議場を事前視察した外交団と護衛のバン・フライハイトらガーディアンフォースを狙い、何者かが自爆攻撃を行う。爆発の規模は小さく、外交団は軽傷者が数名出ただけで済んだものの、爆弾は半島製のものであり、この攻撃は半島から帝国・共和国への挑発行為だと見做されていた…
「とんだ言いがかりです!オレたちは外交使節を攻撃するような無法者じゃない!」
カイはそう言って机を叩き、ベルル族の者達もそれに応えて次々と声を上げる。
「完全なでっち上げだ!奴ら、ありもしないことで俺たちに罪をなすりつけようとしてるんだ!」
「こんな見え透いた嘘が罷り通るのも、本土の奴らが俺達を見下してるからだ!今度こそ目にもの見せてやる!」
皆のボルテージは上がる一方だ。べルル族は交易をなりわいとしているから、本土の民との接触は半島の中では多い。しかしだからこそ、本土から半島への差別や偏見を実感しているところがある。長年の鬱屈が爆発し、もはや手が付けられないほどだ。
「落ち着け!まだ一報が入っただけだ。今からそんな風に騒いでは、それこそ奴らの思う壺だぞ。」
レイヴンの一喝でその場は少し収まるも、皆の顔に充満した本土への怒りが消えたわけではない。
苦虫を噛み潰したような顔になりながら、レイヴンは窓の外に視線を向ける。窓の外、レウス山脈の向こうは本土だ。バン・フライハイトは今頃どうしているのだろう。
何度も敵対している立場ではあるが、レイヴンにはバンが陰謀の首謀者だとは思えない。少なくとも、この五年で奴が別人のように変わっていなければ。しかし、この前の戦いで最後まで味方の撤退を支援していたところを見ると、奴の性分は変わっていなさそうだ。
そうすると、奴は今頃、この陰謀に振り回されているのだろうか。そう考えると、レイヴンは少しだけ可笑しいような気持ちになる。
「精々苦しめ、バン・フライハイト…」
小声で呟いてから、目の前の現実に向き直る。結局のところ、立場は正反対ながら、レイヴンはバンと同じ苦しみに直面しているのだった。
「星の民?」
その名前を初めて聞いたのは、ターレスの街での事件から一週間ほど経った頃だった。相変わらずメディアは騒がしく、軍内部の強硬派はそれに乗じて大規模出兵、半島の「ならず者」の完全制圧を叫んでいた。
一方で先の戦いで、本土のゾイドの半島での性能低下が改めて意識され、それが強硬論に対するある種の歯止めになっていた。
「そうじゃ。何でも青い星から来た者の末裔じゃとか。」
「その…星の民が、こっちのゾイドが半島でも性能低下しない、そういう技術を供与するっていうのか?」
バンの言葉に、スクリーンの向こうのドクターディが頷く。相変わらず飄々としたこの天才科学者と視線を合わせながら、バンは厳しい顔で言う。
「その技術…本物なのか?」
「わしが実験した限りでは、半島での性能低下をほぼ完全に打ち消すことが可能じゃ。驚くべきことだよ。このわしでも不可能な技術を、一体どうやって生み出したのやら。」
その言葉を聞き、バンは思わず俯きながら、呟くように言う。
「爺さん…その技術、使い物にならないって発表してくれないか。そんな技術が明らかになったら、もう…」
最後まで言えなかったバンの姿に、ドクターディは心なしか温かみのある声で言う。
「気持ちは分かる。だがな、それは無理な相談じゃ。わしが何と言おうと、この技術は本物じゃ。虚偽の発表をしても、すぐにバレてしまう。時間稼ぎにすら、ならんじゃろう。」
「そうか…そうだよな。変なことを言って悪かったな、爺さん。」
「お前さんはまだ若い。一人で背負い込むことはないんじゃ。それに、周りには頼れる人間もおるじゃろう。フィーネに…まあ、アーバインも弾除けくらいにはなるじゃろう。」
「弾除けって何だよ、弾除けって…」
アーバインがぶつぶつ言うのを聞いてバンは思わず笑ってしまう。それを見て、フィーネも安心したように笑う。フィーネのこんな顔を見るのは久々かもしれない。心配をかけていたなと反省しながら、バンは感謝の言葉を口にする。
「ありがとうな、爺さん。じゃあ、その凄い技術ってやつの実装、よろしく頼むぜ。今度こそ、あいつに勝たなきゃならないからな。」
「任せておけ。…バン、お前さんには仲間がいる。それがあやつとの一番の違いであり、強みじゃ。それを忘れるなよ。」
その言葉に力強く頷き、通信を切る。状況は相変わらず悪かったが、バンの気持ちはだいぶ前向きなものになっていた。
次のお話も大体完成しているので、近いうちにアップ出来ると思います。
引き続き何卒よろしくお願い致します。