♢和三盆茶々
クレラが現れた時、それまで各々椅子に座って高級スイーツに舌鼓を打っていた魔法少女たちの視線が全員彼女に向いたのを感じた。むろん、その中には茶々自身も含まれている。それくらい、クレラのインパクトは凄まじかった。何故屋敷内に入ってもなお両脇にいる魔法少女二人に薔薇を撒かせているのか、茶々には到底理解出来なかった。
「うふふ。なかなか愉快なお客様の登場ですわね。モルジャーナ、今すぐお茶とケーキを用意して差し上げて。わたくしの屋敷を訪れた以上は、必ず満足してさしあげますわ」
しかし、茶々とすみれを雇った張本人であり、この屋敷の主人でもあるブルジョワ―ヌⅢ世は、貴族らしく優雅に笑い、クレラの来訪を歓迎する。そんなブルジョワ―ヌの対応に気を良くしたのか、正体不明の常識無し魔法少女は「ほう?」と呟き眉を上げ、ここにきてようやく名乗りを上げた。
「模範的な美しい対応、そしてその姿も吾に劣らず美しい⋯⋯。貴女の美しさに敬意を表し、改めて名乗らせてもらおう。吾の名はクレラ。魔法の国監査部門所属の魔法少女だ。右に居るのが吾の部下のレイニー・ブルー。そして左に居るのが⋯⋯」
「あー! よく見たらそこに居るのサンちゃんじゃん!! 留守番してって頼んだはずなのに何で来てるのさ!!」
クレラがサンベリーナを紹介しようとした時、フラッシュあかりが立ち上がり、大声をあげて指さした。あかりの声に視線を泳がし、「ええっと、こ、これには深いわけがですね⋯⋯」などとサンベリーナがごにょごにょ言い訳しているのが聞こえてくるが、あかりはそれを無視してズカズカとサンベリーナに近づいていく。
そんなあかりの前に、先程自分の台詞を遮られ怒り心頭といった様子のクレラが立ち塞がった。突然の一触即発の空気に緊張が走る中、先に動いたのはクレラの方であった。
「貴様⋯⋯!! 何故半身だけ機械なのだ!! どうせなら全身機械にしろ!! 美しくない!!」
そう言って思いっきりあかりの頬をビンタするクレラ。予想外の言い分と痛みに、呆然とした様子で頬を抑えることしか出来ないあかり。それもそうだろう。茶々がもしあかりの立場だったとしてもクレラの行為を理解出来る自信は一切無い。
「おい、流石に今のはないだろう。あかりに謝れ」
抗議の言葉と共に立ち上がったのは、あかりの隣に座っていたW.C.花子だ。しかし、近づいてくる花子を見た瞬間、クレラは嫌悪感を露わに拒絶の意志を示した。
「待て貴様、その手に持っているのはスッポンか? あの、厠の掃除に使うという美しさとは対極に位置するアイテム⋯⋯。それを持って吾に近づくでない!! ああ、美しくない!!」
自信の持つ魔法のアイテムを否定された花子は真剣な顔で「いや、私はこれをトイレ掃除に使ったことはないし毎日手入れしているからむしろ清潔なくらいで⋯⋯」などと弁明していたが、クレラはそれを聞く様子は一切無く、おもむろに茶々とすみれの方に視線を向けてきた。嫌な予感がしてとっさに目を逸らした茶々であったが、案の定クレラはため息と共に茶々たちまで勝手に批評し始める。
「やれやれ⋯⋯そこの二人もやはり到底美しいとは思えない。この屋敷の主人と従者は美しいが、あまり美しくない者を招き入れると其方達の美しさまで損なわれてしまうぞ?」
あまりにも身勝手なその物言いに、ピシリと空気が張り詰めるのを肌で感じる。茶々も、自身が怒っているのを自覚していた。糸目をうっすら開いてクレラを睨み付けると、その隣に立っていたレイニーと紹介された魔法少女がこちらに対して申し訳なさそうな表情を浮かべているのに気付く。どうやら、部下は上司に比べたら多少はマシなのかもしれない。しかし、上司の暴言を止めることが出来ない時点で部下も同罪だろう。茶々がじろりとレイニーも睨むと、彼女はビクッと身体を震わせてこちらから目線を逸らした。睨まれたくらいでビビるとは情けない奴だ。茶々は視線をクレラに戻し、先程から抱えている怒りをぶつけることにした。
「なあ、そこの美しい美しい五月蠅いあんさん。別にうちのことを美しくない言うんは構いませんけど、すみれちゃんまで美しくないって言うのは取り消してもらえんやろか」
茶々の本気の訴え。しかし、クレラは鼻で笑ってその訴えを一蹴した。
「ふん! 確かにそこの袴の女は見た目だけなら美しい。しかし、こいつからは嘘つきの臭いがする。嘘とは美しくないモノ。美しくありたいならまず、自分に素直に生きねばならない。それ故に、吾は貴様の愛する者を美しいと評価することはできない」
何故出会ったばかりなのに茶々とすみれの関係を一目で見抜いたのか。そんな疑問が頭をよぎったが、茶々はそれよりもクレラがすみれのことを『嘘つき』と言った時、普段ほとんど表情を変えることのないすみれが明らかに狼狽したことの方が気になった。すみれは本当に何か嘘をついているのだろうか? 一体誰に?
しかし、茶々がそのことについて深く考えようとする前に、すっかりぶち切れた様子のあかりがクレラに飛びかかろうとしているのが視界に映り、茶々は慌てて意識を現実に戻す。まさか、このまま乱闘が始まってしまうのか。誰もがそんな危惧を抱いたその時、張り詰めた空気を打ち消すような涼やかな笑い声が部屋中に響き渡った。
「うふふ。流石戦闘達者な皆さん、大変元気がよろしいですわね。そんなに元気が有り余っているのならば、いっそのこと一度戦ってみてはいかがかしら?」
あまりにも突然すぎるその提案に、ブルジョワ―ヌⅢ世が雇い主であることも忘れ何言ってるんだこいつとでも言いたげな視線を向けるあかりと花子。そんな二人に対し、クレラはブルジョワ―ヌの提案にやたら乗り気であった。
「確かにそれは名案である、高貴なる姫君よ。吾もちょうど、この美しくない者たちに貴女の警護が務まるのか不安に感じていたところだ!」
そう言うと、あかりと花子にちらりと挑発的な視線を投げかけるクレラ。茶々は、この時初めて他人の額に青筋が綺麗に浮かぶ瞬間を目撃した。
「よーっし。そっちがそのつもりならその挑発乗ってやろうじゃん。後で後悔してもしらないからね?」
「私もそろそろ我慢の限界だったのだ。遠慮無くやらせてもらおうか」
あかりと花子の二人が同意の意志を示したことで、なんと本当に『キティ・ギル』がやってくる前に一度模擬戦を行うことになってしまった。しかも、「全員参加の方が面白いはずですわ」というブルジョワ―ヌの鶴の一声により、茶々とすみれもその模擬戦に参加することとなる。なんて迷惑な話だろうか。やはり人の上に立つような連中にはろくな奴がいない。
一人ずつ戦っていては流石に時間がかかるということで、模擬戦は二人一組のチーム戦で一回ずつ戦うこととなった。ちなみに、チーム分けは、あかりと花子、クレラとレイニー、茶々とすみれ、そして何故か参加となったモルジャーナとサンベリーナという組み合わせだ。
「わたくしは戦うのは苦手ですから、一人優雅に高見の見物といたしますわ。モルジャーナ、模擬戦といえどわたくしの従者として敗北は許しませんわよ?」
「⋯⋯ブルジョワ―ヌ様のご命令とあらば、必ず」
主からの命令を受け、モルジャーナもまた戦闘モードに入ったようであった。モルジャーナが戦う姿は見たことがないが、給仕の際見せた隙の無い洗練された動きからも、彼女が戦う魔法少女であることは容易に想像できた。もし戦うことになれば、かなりの強敵であることは間違いないだろう。
茶々は、そんなことを冷静に分析している自分に驚いた。さっきまで模擬戦など馬鹿馬鹿しいと思っていたにも関わらず、今はどこか戦いを待ちわびている自分がいる。
やはり自分は本質的に戦闘を求めているのだろうか。そう、あの時と同じように⋯⋯あの時? ふと何かを思い出しそうになった茶々であったが、激しい頭痛により思考を強制的に停止させられた。
再び思い出そうと頭を捻るも何も浮かばなかったので、茶々は諦めて模擬戦の臨時会場となる中庭へと、すみれと手を繋いでゆっくりと歩いて行くのであった。