♢フラッシュあかり
まさか本来の任務以外の場所で戦うことになるとは予想していなかったが、あのクレラとかいう魔法少女にはさんざん苛立たされた。あかりは、先程のストレスをぶつける良い機会だと前向きに捉えることに決めた。参加チームが四組だったため模擬戦でクレラと当たることになるかは運次第だったが、モルジャーナの用意したくじであかりは無事対戦相手にクレラチームを引き当てることが出来たため、モチベーションもかなり高まっている。早くあのお高くとまったすまし顔をコテンパンに叩きつぶしたいものだ。
「てわけで花子ちゃん、あいつの相手は私に任せてね?」
「馬鹿を言うな。アイツをやるのは私だ」
なんと、花子もまたクレラに狙いを定めていたようだ。まあ、自分の魔法の道具を美しくないなどと馬鹿にされては怒るのも当然か。お互いに譲る気配がなかったので、じゃんけんでクレラの相手を決めることとなる。
結果として、幸運の女神は花子に微笑んだ。あかりは、模擬戦の臨時会場となった中庭で、目の前の対戦相手、レイニーを前に大きくため息をつく。レイニーの魔法が何かは知らないが、緊張からか震えている足や若干青ざめている顔からして既に戦闘慣れしてないことが窺える。あかりが戦闘を楽しめそうな相手だとは到底思えなかった。
「じゃあ、悪いけど君にはさっさと降参してもらうよ!」
そう言うと同時に、あかりはレイニーへと肉薄している。あかりが鋭くつきだした拳を、とっさに回避するレイニー。思ったよりも素早い反応に一瞬眉を上げたあかりであったが、攻撃の手は緩めない。機械で出来た右脳で再生するのは、あかりが魔法で記録した、魔王パムの戦闘の様子だ。今日まで何千回と脳内で再生してきたその映像と同じように身体を動かし、魔王の動きをトレースする。
『見る』ということは最も優れた学習手段だとあかりは思っている。一度見た光景を脳内に保存できる魔法を持つあかりは、観察学習に関してはプロフェッショナルだ。観察学習によって身につけた戦闘法と、機械で出来た硬質な右半身があかりの武器である。
あかりの正面に立つレイニーは必死であかりの攻撃を捌いているものの、次第にその身体に傷が刻まれだす。むしろ、ここまでレイニーが耐えていることの方があかりにとっては驚きであった。しかし、その抵抗も長くはもたないだろう。既にレイニーの息は切れ始めている。
このまま順調にいけば、もうすぐ決着がつくだろう。ただ、一つだけ気になる点があるとすれば、レイニーがまだ魔法を使ったような様子が見られないところだろうか。
「⋯⋯念のため、奥の手も使っておきますかね!」
あかりは、拳のラッシュを一旦止め、レイニーに右手の掌を向ける。そこから放たれるのは、写真を撮る時のフラッシュを何十倍にも強化したような眩い閃光。魔王から『
「ねえあんた、何で最後まで魔法使わなかったの? まさか、私のこと舐めてたわけ?」
押し倒した状態のままそう問いかけると、レイニーは苦しげに顔を歪ませながらも、何とか答えてくれる。
「わ、私の魔法で攻撃しようとしたらかなり広範囲に被害が及ぶので⋯⋯あんなダメな上司でも、流石に私の魔法に巻き込む訳にはいかないでしょう?」
「なるほど。アンタも苦労してるんだね」
あかりは、レイニーに同情の視線を送りつつ、少し離れた位置で戦闘を繰り広げている花子の救援に向かったのであった。
♢W.C.花子
クレラという魔法少女について、噂だけは聞いたことがあった。しかし、実際に会った本人はその噂以上にタチが悪い人物であった。タチの悪さで言うなら、あの魔王塾史上最大の問題児、袋井魔梨華以上な可能性すらある。ただ、魔梨華は花子のスッポンを馬鹿にすることはなかった。花子にとって、スッポンとは自身の魔法の象徴でありアイデンティティー。それを馬鹿にされることは許されざる所業だ。
「死ね!」
これが模擬戦であるということも忘れ、花子は殺意全開でスッポンを操る。花子の魔法、『魔法のスッポンで何でも吸い取るよ』によって吸い取った空気の塊を、高速でクレラ目掛けて放つ。しかし、クレラは無駄に優雅な動きでこの攻撃を回避した。ならばと、今度は連続で何発も空気砲を放つが、この攻撃もクレラは最小限の動きだけで回避してしまう。
「嗚呼、吾は回避する様さえ美しくなってしまう! さあ、もっと踊ろうではないか便所娘! それともまさか、それで終わりなのか?」
「⋯⋯くそが、調子に乗るなよ!」
空気砲は効果がないと悟った花子は、別の手段を取ることにした。前方の空間にスッポンを押し当て、『空間ごと』クレラを吸い取り、強制的に引き寄せる。普通の魔法少女なら、この引き寄せ攻撃に対処することはまず不可能だ。しかし、花子にとっては不幸なことに、このクレラという魔法少女は普通ではなかった。
「お? そちらからわざわざ招いてくれるとはありがたい! 招待の礼に吾の華麗な舞を披露するとしよう!」
そう言って、なんとクレラは引き寄せられた勢いに乗って空中で回転。その勢いのまま花子に鋭い蹴りを浴びせてきたのであった。とっさにスッポンの柄で防いだ花子であったが、クレラのあまりの馬鹿力に耐えきれずかなり後方まで吹き飛ばされてしまう。
「通常の蹴りに三倍の回転を加えることで威力もまた通常の三倍! さらに吾の美しさを相乗させることによって威力は無限大にまで跳ね上がる! これぞ最強に美しき戦闘理論!」
理論としては破綻しているにも関わらず、実際に驚異的なダメージを与えてきたことが腹立たしい。よろけながら何とか立ち上がる花子。そんな花子の肩を隣から支えてくれたのは、既にレイニーとの戦闘を終わらせたあかりであった。
「あのクソ野郎、予想以上にヤバそうだね。何とか私が足止めするから、花子ちゃんはその間に必殺の一撃の準備よろ!」
「⋯⋯助かる!」
心強い味方の登場によって、形勢は逆転した。機械の身体と多彩な技による近接戦闘が得意なあかりが、クレラに一気に詰め寄り、その間に花子は必殺の一撃の準備を整える。その頭からはやはりこれが模擬戦であるということはとっくに忘れ去られていた。
「その動き、パムの模倣か? かなり正確に再現しているな、美しい。褒めてやろうぞ!」
「ちょ、なんでアンタそんな余裕なの!? てか力強すぎ! 機械の手足が痺れるってどんだけの耐久力と馬鹿力なわけ!?」
視界の端には、やや押され気味のあかりの姿が見える。近接戦闘に関しては魔王塾でもトップクラスの実力のあかりが押されているという事実には驚きを隠せないが、今のあかりの目的はあくまでも足止め。そして、その役目は存分に果たしてくれた。
花子は、あかりがクレラと戦っている間ずっと地面に押しつけていたスッポンを力任せに引っ張る。すると、若干の揺れと同時に、中庭の地面の一部がごっそりとスッポンに吸い取られ、花子は土の塊で出来た巨大なハンマーを手に入れた。そのハンマーを、未だ戦い続けるクレラとあかり目掛けて振り下ろす。
「緊急離脱ー!!」
以前花子のこの技を見たことがあったあかりは、振動が来た瞬間に機械で出来た右足の裏にあるブースターから火を噴き、緊急離脱に成功していた。反応が遅れ、取り残されたクレラのみがハンマーの餌食となる。
巨大な岩石で出来たハンマーの下敷きになったクレラであったが、直後轟音と共にハンマーを破壊し、その姿を花子たちの前に現してくる。しかし、いくら耐久力が高くてもあれほどの質量の物体をぶつけられればやはり無傷では居られないようで、顔からは血が滴り、右腕はだらりと力なく下ろされている。
「流石にその身体ではもう戦えないだろう。大人しく降参して、先程私のスッポンを馬鹿にしたことを謝罪してもらおうか」
これ以上クレラが戦うことは出来ないだろう。そう判断した花子は、クレラに対し降参を呼びかける。しかし、クレラはそれに答えることはなく、頬の血を拭い、うっとりと自己陶酔に浸っていた。
「流石吾、血が滴る姿さえ美しい⋯⋯。しかし、吾が求める『美』は、完全なる『美』。その美しさの定義に当てはめれば、傷ついたこの身体は、美しいとは呼べないな⋯⋯」
次の瞬間、花子は自分の目を疑うこととなる。クレラがパチンと指を鳴らしたその瞬間、なんと先程までボロボロだったクレラの身体が傷一つない状態に戻ったのだ。
「さて、これで元通り、美しい状態に戻ったな。おい便所娘よ、先程の攻撃は見事であったが、雇い主の庭の地面を掘り起こすのはどうかと思うぞ? だが案ずるな、お主の不始末は吾が既に処置済みだ」
クレラのその言葉で、花子は初めて先程スッポンで引き抜いた地面が元通り綺麗な状態に戻っていることに気が付いた。そのことに驚く暇もないまま、クレラはさらに言葉を重ねる。
「お前たちの戦い方はなかなかに美しく、興味深いモノであった。しかしだ、これ以上戦闘を長引かせるのは美しくない。そうは思わないか?」
次の瞬間、花子の目の前でクレラのスカートが翻り、隣に立っていたはずのあかりが天高く蹴り上げられていた。呆然と立ち尽くす花子に、クレラは悠然とその足を振り下ろす。
悔しいことに、その一連の動作は見事なまでに美しく、負け惜しみを言う間もないままに花子は意識を刈り取られてしまったのであった。
♢レイニー・ブルー
開始数分で降参というあまりに情けない結果に終わったレイニーであったが、その時はあのいけ好かない上司が痛い目にあう様子を見るのはさぞ愉快だろうなどというかなり失礼なことをぼんやりと考えていた。
しかし、そんなレイニーの思いは、目の前で華麗に舞い、戦う上司の姿を眺めるうちに次第に変わっていった。そして今、クレラは二人の魔法少女を相手に勝利を収めようとしている。その姿は恐ろしいほど強く、圧倒的なまでに美しかった。いつしか息をするのも忘れクレラの姿をその目に焼き付けていたレイニーだったが、ふいにクレラが視線をレイニーに向けてきたことでビクッと姿勢を正した。クレラは、そんなレイニーの様子を気にすることなく、満面の笑みでこう尋ねてくる。
「さあ、どうであったかレイニーよ!! 吾は美しかったか?」
「⋯⋯はい、美しかったです」
それは、レイニーの口から出た偽りなき本心だった。どうやら、この変人の上司が美しいことは、疑いようのない事実らしい。また少しだけ、上司のことを見直したレイニーであった。