♢モルジャーナ
中庭の端で先程の模擬戦を眺めていたモルジャーナは、あのクレラという魔法少女のあまりの規格外さに仰天した。もちろん、フラッシュあかりやW.C.花子の戦い方もかなり洗練されており、魔法の使い方からも戦闘慣れしている様子を感じられたが、そんなもの関係ないとばかりに圧倒的な戦闘力を見せつけ勝利したクレラからはいっそすがすがしさすら感じる。
「凄いですわ皆様!! わたくしこんなにも興奮する戦いを見たのは初めてですわ!」
中庭までわざわざ持ってきたお気に入りの椅子に腰掛けて戦いの様子を見ていたブルジョワ―ヌは、興奮した様子で顔を赤らめている。そんな主を見守るモルジャーナもご満悦だ。感情を表にに出すことがあまりないブルジョワーヌのこんな姿を見ることができたのは凄く嬉しい。惜しむらくは、その表情を出させたのが自分ではないというところだ。
モルジャーナの出番まではもう少し時間がある。それまでは先程の参加者の健闘を讃えつつティータイムだ。優雅に手を振りながら帰ってきたクレラに、ブルジョワ―ヌが興奮した様子で駆け寄って行った。
「クレラ様は特に凄かったですわ。あまりにも美しく舞い踊るので、わたくしは一瞬ここがオペラ座かと錯覚したくらいですの」
「美しい貴女にそう言われると吾が美しい甲斐もあったというものだ。ふむ、今の吾は気分が良い。ついでだ、そこの二人も美しくしてやろう」
上機嫌なクレラがパチンと指を鳴らすと同時に、後方でレイニーに肩を貸してもらって歩いて来ていたあかりと花子の傷が一瞬で消える。
「礼ならいらぬぞ? 吾は寛大だからな、先程貴様らから受けた無礼は既に許した」
クレラのその言葉に、あかりと花子が腹立たしげに拳を握りしめるのが見えたが、怪我を治してもらった以上手は出せないようだ。
「くっそ腹立つんだけれどあの女。ねえ花子ちゃん、このイライラを私はどこにぶつけたらいいわけ?」
「知るか。可愛い猫の動画でも脳内再生して癒やされておけ」
あの二人には後で手作りのマドレーヌでも食べさせてあげよう。モルジャーナは心の中で二人に同情の言葉を贈った。
さて、ここで一旦メイド長のメアリーにも手伝って貰い、ティータイムの開始である。融通の利かない日下部とは違い、メアリーはたとえ目の前で人間業とは思えない戦いが繰り広げられていても動揺することはない。流石メイドの中のメイド、モルジャーナも見習いたい平常心のプロである。
「それにしても、本当にクレラは見事でしたわ。先程こちらの二人の怪我を治したのは、貴女の魔法の力でして?」
紅茶を一口含んだところで、好奇心を隠しきれないキラキラした瞳でブルジョワ―ヌがクレラにそう尋ねた。確かに、モルジャーナもクレラの魔法に関しては興味がある。それはクレラに負けた二人も同様の思いだったのだろう。何でも無い風を装ってケーキを分け合っているあかりと花子だが、視線だけはしっかりとブルジョワ―ヌとクレラに向けられていた。
「ふむ、そうだな。わざわざ隠すほどのモノではないか。吾の魔法は『どんなものでも綺麗にするよ』という世界一美しい魔法である。効果は単純明快、どんなものでも吾が美しいと思う形に変えるというモノだ。先程そこの二人の傷を消したのはその応用だな。傷ついた物はやはり美しくない、完全無欠なる美こそ最も尊く崇高なのだ」
そう誇らしげに語って程よい大きさの胸を張るクレラ。実際、クレラが言うとおりならばかなり強力な魔法であると思うし、クレラが自慢げなのも納得がいく。しかし、そんなクレラをさっきからブルジョワ―ヌがずっと褒め倒している点は少しばかりもやもやする。
「⋯⋯ブルジョワ―ヌ様、そろそろ休憩は終了してもよろしいかと。クレラ様のおかげで皆の傷も心配いらないようですし」
「そうね。もう少しクレラと話したい気持ちはありますけれど、あまり長引かせては本番に響きますわね。それでは、そろそろ模擬戦の第二回戦を開始いたしますわ。モルジャーナ、わたくしの従者として無様な姿をさらすことだけは許しませんわよ?」
「はい、ブルジョワ―ヌ様の御心のままに⋯⋯」
恭しい仕草で頭を下げたモルジャーナ。しかしその瞳は隠しきれない闘志で燃えていた。
そして、メアリーによって紅茶が下げられた後は、いよいよモルジャーナの参加する模擬戦が始まる。たとえ模擬戦とはいえ、主の前で無様な姿を見せることはできないモルジャーナとしては絶対に負けられない一戦。臨時のパートナーとなったサンベリーナにもモルジャーナが本気で挑むことを伝え、どうか協力して欲しいと頭を下げる。
「ちょ、そんな私なんかに頭下げないでくださいよ~。モルジャーナさんが本気だって言うなら、私も頑張っちゃいますから、二人であの和服コンビを蹴散らしてやりましょう!」
サンベリーナがノリの良い魔法少女で良かった。彼女がどれだけ戦えるかは正直未知数だが、これだけ自信満々なのだから恐らく戦闘にも自信があるのだろう。
モルジャーナの対戦相手は、
最初に動いたのは、すみれの方であった。コスチュームの白袴を手頃な大きさに破き、足下まで伸ばされたポニーテールの毛先を高速で動かし、次々と文字を書いていく。モルジャーナの優れた視力は、そこに書かれた『弾』という文字を読み取る。それと同時に素早く横に飛び跳ね、襲い来る紙の弾丸を回避した。
按怒露芽蛇墨恋の魔法は、『魂込めた文字が書けるよ』というモノ。モルジャーナが把握している限りの情報によれば、書かれた漢字によって、紙の持つ性質を変化させることが出来るという能力だったはずだ。ただし、一枚の紙につき漢字一字のみという制限はある。
例えば、先程の『弾』という文字。あの文字を書かれ弾丸の性質を持った紙は、魔法少女の身体を貫通させるくらいには強力な威力を持った弾丸へと変質する。モルジャーナはすみれの魔法を知っていたからこそ文字を見た瞬間回避に走ることが出来たが、初見ですみれの魔法に対応するのはなかなかに困難であろう。しかし、たとえ彼女の魔法を知っていても、あらゆる漢字を使いこなし責め立ててくるすみれの魔法はシンプルに強力であるため、攻略の糸口はなかなか掴めない。
すみれは、髪の毛だけではなく、右手と左手にも筆を持ち、ますます密度を増した紙の銃弾をモルジャーナ目掛けて浴びせてくる。モルジャーナは、正面に来た銃弾のみナイフで弾き、残りは軽快なステップで回避を続ける。そのまま徐々にすみれに迫ったモルジャーナであったが、突然足下に大きな穴が空き、踏みしめる地面が消えたことで重力に導かれ落ちていく。一瞬何が起こったのか分からなかったモルジャーナであったが、その疑問を解き明かすよりも今するべきことは早く地上へと戻ることだ。このまま下に落ちてしまえばすみれの攻撃の格好の的となるであろうことは容易く想像できる。
「“開け、ゴマ”!」
モルジャーナはとっさに魔法を発動させるキーワードを叫ぶ。するとその瞬間、何の変哲も無い岩壁が音を立てて開き、モルジャーナは慌ててその中へと転がり込んだ。直後、モルジャーナが先程居た場所に鳴り響く爆音。あの音はまさか『爆』の文字でも使ったのであろうか。すみれの攻撃のあまりの殺意の高さに、思わず冷や汗が流れる。いくらクレラに頼めば怪我は治るといえ、流石にあれはやり過ぎではないか。
その時、モルジャーナの視界の端に一切れの紙切れがハラリと舞うのが見えた。紙に書かれた文字は、『探』。その不穏な文字にモルジャーナは再び自身の魔法、『魔法の呪文でどんなものでも開けちゃうよ』を発動させ、別の空間を開いてその中へと避難する。直後、足に紙を巻き付けたすみれがドリルのように地面を掘り、モルジャーナの前に姿を現した。高速で回転する紙に書かれてある文字は、恐らく『掘』か。流石の応用力の高さに、モルジャーナは舌打ちしてナイフを構える。もう逃げる場所はない。ここからは背水の陣での戦いの始まりであった。