魔法少女育成計画GoldRush   作:赤葉忍

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パンドラの箱と彼方のジングル

♢和三盆茶々

 

 あの褐色の従者の相手は、すみれがしてくれている。そのため、茶々の相手はサンベリーナという全く情報のない相手だ。茶々の肩ほどまでしかない背丈や全体的に柔らかい色のドレスからはあまり強そうには思えないが、見た目だけで油断することは出来ない。いかにも人畜無害といった顔をして戦闘ゴリラな魔法少女などそれこそ腐るほどいる。

 

 茶々は、自身のコスチュームの付属の武器である長刀を構え、すっと糸目を開く。和三盆茶々の魔法は、『美味しいお茶を淹れられるよ』であり、とてもじゃないが戦闘には役立たない。茶々の魔法で出来ることと言えばせいぜい美味しいお茶でストレスを解消することくらいだ。だからこそ、戦いにおいて頼れるのは己の戦闘技術のみ。呼吸を整え、丹田に力を込める。サンベリーナがいつこちらを攻撃しても反撃出来るように、集中力を極限まで高める茶々に、サンベリーナが何とも気の抜ける軽い口調で話しかけてきた。

 

「あー、あのですね。殺気むき出しなところ悪いんですけれど、私としては本気でやり合うつもりとかないんですよ。ほら、模擬戦で怪我とかしたら洒落にならないじゃないですか。いくら後で治るとしても痛いのは嫌なんです、私。なので降参します、はい。降参するので、そちらも一旦武器を置いてもらえませんか?」

 

 サンベリーナはその言葉通りに、両手を挙げて戦闘の意志がないことを告げてきた。しかし、茶々が武器を下ろすことはない。フリーランスとして育んできた経験が、サンベリーナの言葉を信用してはいけないと訴えていた。

 

「あんさんのその言葉、うちはホンマに信用してもよろしいんやろか。さっきからその目、全く笑ってませんえ?」

 

「やだなー。私って人畜無害なインドア派魔法少女ですよ? 貴女みたいなヤバい目した魔法少女相手に戦おうなんて思うわけないじゃないですか。ほら!」

 

 そう言って、サンベリーナはこちらに掌を向け、何も持っていないことを改めてアピールする。⋯⋯流石に警戒しすぎだったか? 茶々は念のため武器は構えたまま、ゆっくりとサンベリーナへと近づいていく。

 

 そして、あと数歩でサンベリーナに手が届くという位置まで来たその瞬間、足下から突然巨大な塔のようなモノがそびえたち、茶々は不意打ちの形で顎を突き上げられ、宙に跳ね上げられた。

 

「私の上司、旅行の度に変な物送りつけてくるから収納場所に困ってて⋯⋯このトーテムポールも、普段は小さくして持ち歩いているんです。どうです、禍々しいデザインしてますよね~?」

 

 薄れゆく意識の中、茶々はサンベリーナが呑気な声でそう語るのを聞き、やっぱり魔法少女にろくな奴はいないことを痛感したのであった。

 

♢モルジャーナ

 

 すみれは蛇腹状にまとめた紙の束を胸の前で広げ、それを鞭のようにしならせてこちらへと攻撃してくる。逃げ場を与えないために広範囲の攻撃手段を選んできたか。モルジャーナはナイフで何とかその攻撃を受け止めるも、紙を受け止めたとは思えない金属音が響き、モルジャーナはこの紙も性質を変化させたモノであることを確信した。おそらく生身で受け止めればひとたまりもないだろう。

 

 すみれは、紙の鞭を振るう間にも、髪の先端にある筆で新たな紙に文字を書いているようであった。その結果、鞭の攻撃に先程の紙の銃弾まで加わり始める。両手と髪、実質三本の筆で文字を書けるというのはかなり卑怯ではないだろうか。さらに激しさを増す攻撃に必死で耐えつつそんな愚痴を心の中で呟いていたモルジャーナであったが、すみれがおもむろに足の指に筆を挟み、いつの間にか地面に置いてあった紙に筆を走らせ始めたのを見た時はたまらず天を仰いだ。

 

 その直後、足下からも銃弾がモルジャーナに襲いかかり、それを避けるため宙に跳んだモルジャーナの身体に鞭が追い打ちをかける。鞭の軌道を見たモルジャーナは避けることは不可能と判断する。従って、あまり使いたくはなかった“奥の手”を使うことにした。

 

「“開け、ゴマ”!! 貴女の『心の扉』、開かせてもらいます!」

 

 モルジャーナが魔法の対象にしたのは、目の前にいるすみれであった。モルジャーナの魔法は、呪文さえ唱えれば視界に映る範囲のモノ全てに対し発動させることが出来る。ただし、生物に関して使用した場合は、岩壁に対して発動した時のように物理的に開くことは出来ない。この場合は、すみれの心を無理矢理開くことで、モルジャーナに親しみを感じてもらい自主的に攻撃を止めてもらおうと画策した。

 

 そのモルジャーナの作戦が上手くいったのか、紙の鞭はモルジャーナに当たる寸前でピタリとその動きを止めた。ふう⋯⋯と安堵の息をつき、壁に貼り付いた状態ですみれを見下ろしたモルジャーナは、すみれの様子がどこかおかしいことに気が付いた。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なさい」

 

 弱々しくぼそりと漏らされたその声がすみれから聞こえてきたモノだと気付いたモルジャーナは、驚きに目を丸くする。すみれが喋っているところを見たことがなかったモルジャーナは、てっきり彼女が喋れないものだとばかり思っていたのだ。地面にうずくまり、身体を震わせながらぼそぼそと何事かを呟き続けているすみれ。どうやら先程攻撃を止めたのはモルジャーナを気遣ったからではなくこの状態になってしまったのが原因のようだ。もしや心を開いた時に何らかのトラウマを蘇らせてしまったのか。異様な様子のすみれを心配して傍に駆け寄ったモルジャーナは、ようやくすみれが何を呟き続けているかを聞き取ることが出来た。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい⋯⋯許してください許してください許してください許してください許して⋯⋯」

 

 ひたすら誰かに対し謝罪の言葉を繰り返しているすみれ。モルジャーナが目の前で手を振ってみても反応することはなく、とてもじゃないが正気とは思えない。恐らくこんな状態になってしまったのは自分の魔法が原因であろう。やはり奥の手は使うべきではなかったかと、モルジャーナの心を後悔が襲う。しかし、モルジャーナの魔法は開くことは出来ても閉じることは出来ない。何か別の方法ですみれを正気に戻す必要があった。

 

 そういえば確か、すみれの相棒の茶々の魔法で淹れたお茶には心を落ち着かせる効果があったはずだ。モルジャーナは、未だうつろな表情のすみれを抱え、茶々が居る地上へと戻ることにした。

 

「あ、モルジャーナさんの方も終わったんですか? 私もさっき茶々さんをだまし討ちでKOしたところなんですよ~」

 

 穴から地上に現れたモルジャーナを見て、サンベリーナが軽い調子で勝利報告をしてきた。そしてその言葉通り、サンベリーナの近くには恐らく茶々の変身前の姿と思われる20代後半くらいの女性が気絶しているのが見えた。左手の薬指に指輪がはめられているのを目にし、彼女が既婚者であるという事実に驚くモルジャーナであったが、すぐ背中のすみれの存在を思い出し、茶々を起こすため声をかけようとした。

 

 しかし、モルジャーナが茶々を起こそうと動く前に、先程まで正気を失っていたすみれが血相を変えて茶々の元まで駆け寄り、その左手を包むようにして握りしめたかと思えば、髪の毛を使って茶々の頬をはたき、強引に茶々を起こすというかなり乱暴な手段に出た。

 

「え、すみれちゃんどうしたんそんな血相変えて⋯⋯え、うち変身解けとるの!? 今すぐ変身しろ? まあそれは構わんけれど⋯⋯」

 

 すみれが字で伝えた指示に素直に従い、魔法少女の姿へと再び戻った茶々。それと同時にすみれもまた元の様子に戻ったように見えた。先程のすみれの様子を知っているモルジャーナとしては、この一連の流れはあまりにも不自然に思えた。しかし、そのことについてモルジャーナが追求しようとする前に、事態は急変し始める。

 

「聖夜を告げる鐘の音が聞こえる。皆の者、どうやら招かれざる客人が一足早く到着したようだ」

 

 ブルジョワ―ヌの隣で優雅に紅茶を飲んでいたクレラは、突然そう言って天を指さした。その指の指す方に視線を動かしたモルジャーナは、光の粉を撒き散らしながら徐々に近づいてくるソリを見つける。

 

「怪盗魔法少女集団『キティ・ギル』withちろりん、華麗に参上だにゃあああ!!」

 

 ソリの先端に座る猫耳の魔法少女が、堂々とそう叫んだことで、ようやくモルジャーナ含め全員がこのソリの正体を知ることとなった。

 

 ブルジョワ―ヌⅢ世の誘拐を予告した魔法少女集団『キティ・ギル』、その予告時間よりも大幅に早い登場であった。

 

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