♢レイニー・ブルー
シャンシャンという鈴の音を鳴らしながら上空を駆ける真っ赤なソリ。徐々に近づいてくるそれを見るレイニーの身体は、緊張からか若干震え始めていた。
「よし、レイニー・ブルーよ。貴様の雷であのソリ、打ち落とせるか?」
しかし、レイニーの上司であるクレラは、そんなレイニーの様子など全く無視し、軽い調子でとんでもない指示を飛ばしてきた。レイニーは全力で首を振ってクレラの提案を否定する。
「む、無理ですよそんなこと!! 確かに雷は落とせますけれど、コントロールとか出来ないですし、ソリどころの被害じゃ済まなくなってしまいます!」
「安心しろ、後処理は美しく行う。もしここの連中や屋敷に雷が落ちても問題はない。吾が許可する!!」
本来その許可を出すのは屋敷の主人であるブルジョワ―ヌだろうに、相変わらずこの上司は自分勝手だ。しかし、こっそりブルジョワ―ヌとモルジャーナの様子をうかがってみたところ、モルジャーナは苦笑しつつも頷いて了承の合図をくれ、ブルジョワ―ヌに至っては期待に目を輝かせてこちらを見つめているくらいであった。
この二人からの許可をもらえたのならば、もう遠慮する必要はないだろう。レイニーは、自分の魔法を発動させるべく、感情のコントロールを始める。雷を降らすために必要な感情は、『怒り』だ。この感情のコントロールがなかなかに難しいのだが、幸いなことに『怒り』の感情ならば、言動を思い返すだけで自然と湧き上がる上司が隣にいる。レイニーは、これまでのストレスを全部ぶちまけるかの如く、轟音と共に雷を降らすことに成功した。そして、そのうちの一つがソリに当たり、「きゃああ!?」という甲高い悲鳴と共に中庭に打ち落とされるのを見て、レイニーは思わずガッツポーズをとった。
「ぬがあああああ!? ちょ、雷直撃したんだけどぉぉ!? 機械の身体に電気はマズイってぇぇ!!」
「のおおおおおお!? 身体が痺れれれれ⋯⋯」
⋯⋯どうやらフラッシュあかりとサンベリーナの二人は巻き添えをくらってしまったようだ。レイニーは心の中で二人に謝りつつ、ブルジョワ―ヌと彼女の傍で待機するモルジャーナを除いた、無事雷を回避出来たメンバーと共に墜落したソリの元へと向かう。
最初にソリにたどり着いたのはクレラだった。クレラは、ぷすぷすと煙を上げるソリの中から、パーカーを着た魔法少女を乱暴に引っ張り出し、全力で真正面へと投げる。そして、その後すぐにその投げた魔法少女を追いかけて猛スピードで走り出した。
「なんかめっちゃ綺麗な奴がちろりんぶん投げていったにゃー!?」
「なんか雷がドーンって落ちてきてピカピカだったねー! 凄かった!!」
「キャット、パンプティ、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないっぽいよ。私たちも狙われてる!」
一方、ソリの中からフラフラと下りてきたキティ・ギルのメンバーも、迫り来るレイニー達に気付いたようで慌てて戦闘態勢を取ろうとしたが、百戦錬磨のフリーランス達にとってはあまりにも隙だらけであった。
レイニーの一歩先を行く花子とすみれが、それぞれ自身の魔法を発動させてキティ・ギルの確保に動く。その結果、キャットミィは花子のスッポンに吸い寄せられ、ビスケはすみれの放った『縛』と書かれた紙によって全身を縛られることとなった。
「さあ、悪いお子様達にはお仕置きの時間どすえ?」
ソリに残って震えていたジングル・ティンクルの首根っこを茶々が持ち上げ捕まえたことで、確保されていないキティ・ギルのメンバーはレイニーの目の前に居るカボチャパンツの魔法少女、パンプキン・パンプティただ一人となった。やはり仲間が皆捕まったことで恐怖を感じているのか、パンプティはその小さな身体を小刻みに震わせている。そんなパンプティの姿を見て、何となく罪悪感を覚えてしまったレイニーは、捕まえようと伸ばしたその手を一瞬だけ引っ込めてしまう。
しかし、レイニーはこの時見落としてしたのだ。恐怖に震えるパンプティ、その瞳だけは力強くレイニーを睨み付けていたことを。パンプティはまだ、諦めてはいなかった。
そして、パンプティが魔法を発動させるには一瞬で十分であった。ばっと素早く後方に飛び跳ね、その突然の行動に目を丸くするレイニーに対し、持っていたカボチャのランタンを向け、大きな声で問いかける。
「“Trick or Treat”! お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ!!」
♢クレラ
ソリの中から真っ先に標的の魔法少女⋯⋯賽ノ目チロリを見つけ出したクレラは、キティ・ギルなどには目もくれず、チロリに対し攻撃をしかけた。まず、戦いに他のメンバーを巻き込むことがないように、チロリを遠くへと投げ飛ばす。すかさずその後を追いかけ、一回転してからのかかと落としで地面に蹴り落としたクレラは、チロリの上に覆い被さるようにしてその動きを封じ込める。
ここまでの一連の流れを美しく決めたクレラは、ふと違和感を覚えた。あまりにも美しく決まりすぎている。いや、クレラ自身常に美しくあることを心がけているため戦闘の際も美しくあることは当然なのだが、それにしてもチロリの抵抗がなさ過ぎるのだ。今こうして地面にチロリを押さえつけている時でさえも、ニヤニヤと美しくない笑みを浮かべるばかりで逃げようとする気配すらない。
「⋯⋯貴様、一体どういうつもりだ? 何故何もしない。それに、パーカーすら脱いでないではないか。何を企んでいる?」
「別に、何も企んでいないですよ美しすぎるやべーお方。あの幼女集団がステータス爆死している私を無理矢理連れてきただけです。まあ、強いて言うなら⋯⋯面白いモノ見たさ、ですかね?」
チロリの魔法のことをよく知っているクレラは、チロリが今本当にクレラを押しのける程度の力すらないということが分かった。しかし、それならなおのこと、チロリの目的がよく分からない。
「確かに面白いモノが見られるだろうな。脱獄した貴様に二度目はない。今回貴様に与えられる罰は死刑だろう。死刑台から見る景色は二度と見ることのない面白いモノであると保証するぞ?」
「死刑もいいかもですね! でも、多分私まだ死なないです。だって⋯⋯さっきダイス振ったら、『幸運』でクリティカル出ましたから。その証拠に、ほら!」
そう言って、チロリが視線を向けた先を見て、クレラは血相を変えた。視線の先に映るのは、パンプキン・パンプティにランタンを向けられているクレラの部下のレイニー。
クレラは、ちっ!と舌打ちをして、チロリを押さえつけていた腕を離し、全速力でレイニーを救うべく走る。任務の最中で部下を死なせてしまう上司など、最高に美しくない。クレラにとって美しくないモノは決して許すべきではなく、そのポリシーはたとえ重要な任務の最中であっても曲げることは出来なかった。
♢レイニー・ブルー
「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ!」
パンプティがそう言った瞬間、ランタンの光が膨らみ、レイニーとパンプティの二人を包み込む。これはパンプティの魔法なのだろうか? 突然の出来事に驚きつつも、この状況を魔法によるものだと判断したレイニーは、パンプティの質問に答えないという選択肢を選んだ。
もし問いかけに答えたら発動する魔法だった場合、レイニーのこの判断は正しかったであろう。しかし、パンプティの魔法、『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうよ』は、そういうタイプの魔法ではなかった。この魔法は、至近距離でランタンを構え、『Trick or Treat』と言わなければ発動しない、また一人に対してしか発動出来ないなどという条件はあるものの、一度発動してしまえばそれを阻止する方法は一つしかない。そして、一度発動してしまえば、この魔法はかなり凶悪な効果を持つモノであった。
「お菓子くれないの? お姉ちゃんケチだね。そんなケチなお姉ちゃんは⋯⋯カエルになっちゃえーーー!!!」
パンプティがそう宣言すると同時に、ランタンの光がますます輝きを増す。その直後、猛スピードで飛んできた何かがレイニーとパンプティの間に割り込み、その何かはパンプティに対し一言こう告げた。
「吾の物に手を出すでない!! 美しい吾を見ろ!!」
その何かは、レイニーを救うべく走ってきたクレラであった。魔法が行使される寸前のところでクレラが割り込んだことによって、パンプティの魔法の対象がクレラへと自動的に変更される。そして、呆然と立ち尽くすレイニーの目の前で、クレラの姿が徐々に変わっていった。
すらりと伸ばされた美しい手足が縮み、雪のように真っ白だった肌の色が緑色へと変わっていく。美しいくびれのあるお腹もぽっこりと膨らみ、完璧に配置された顔のパーツもぐにゃぐにゃに歪められ、醜く変貌していく。その姿は、まさしくカエルそのものであった。
ぽとり、とレイニーの頭に何かが落ちる。それが、先程まで自分に無理難題を押しつけ、高笑いをしていたあの美しい上司の変わり果てた姿だと理解した時、レイニーの口からは叫び声が飛び出していた。