♢和三盆茶々
茶々が異変に気が付いたのは、日没まではまだ早いというのに、辺りが急に暗くなり始めた時であった。嫌な予感を感じた茶々が天を仰ぐと、いつの間にか巨大な黒い雲が太陽を覆い隠している。
「うわああああああ!?」
その時、おそらくレイニーらしき叫び声が聞こえ、反射的にそちらを向くと、レイニーが何故かカエルを頭に乗せ、地面に崩れ落ちているのが見えた。それとほぼ同時に聞こえてくる、妙に心をざわつかせる笑い声。
「あはははは!! これは最高に面白いものが見れました!! まさか、あの美しい奴がカエルになるなんて! こいつは傑作です。後生まで語り継ぐべき笑い話ですね!!」
その声の主は、どうやらクレラが真っ先に投げ飛ばしたフードを被った魔法少女のようだ。そして、ここにきて茶々はようやくクレラの姿がどこにも見えないことに気付く。まさか、本当にあのカエルがクレラとでも言うのだろうか? そんな馬鹿な。しかし、実際にレイニーはかなり動揺している様子であるし、彼女の心の乱れを表すかの如く天候も激しく荒れ始めている。雨と雹が入り交じって降り注ぎ、風は激しく渦巻き中庭に植えてある草木を宙に巻き上げていく。冷静に状況を分析しているが、実際かなりヤバい状況である。一刻も早くレイニーを落ち着かせなければ、屋敷が破壊されてしまいそうだ。
そう判断した茶々は、捕まえていたジングル・ティンクルを一旦離し、レイニーの元へと向かう。しかし、強風と襲い来る雹のせいでなかなか前に進むことすら難しい。頭の上に乗った急須がヘルメットの役割をしてくれていることで何とか頭だけは守れている状況だ。
「すみれちゃん、花子はん! どっちか手空いとる方うちを手伝っておくれやす!」
たまらず救助を求めた茶々。しかし、すみれは申し訳なさそうに濡れた紙を抱えて首を横に振った。どうやら、雨のせいで文字がにじみ、魔法がうまく発動出来なくなってしまったようだ。自身の身を守るだけで精一杯な様子で、捕らえたはずのビスケからも逃げられてしまっている。となると、今動けるのは花子しかいない。茶々が視線を向けると、花子も自分が動かなければいけないことは何となく察していたようで、ちっ!と舌打ちしてから、スッポンをキャットミィから離し、レイニーの方へと向けてくれた。その結果、やはりキャットミィには逃げられてしまったが、代わりにレイニーの確保には成功する。そして、そのスッポンを今度は茶々の方に向けてきた。直後、襲い来る強い引力に引き寄せられ、花子の元へと吸い寄せられた茶々は、腰に提げていた巾着袋から飴を取り出し、レイニーの口の中へと無理矢理放り込む。
この飴は茶々の魔法によって淹れたお茶を使って作っておいた物である。緊急時にはのんびりお茶を飲んでいる暇などないため、こういった固形物の方が重宝するのだ。
「あれ? わ、私はいったい何を⋯⋯? そ、そうだ!! クレラ様は!? クレラ様はどこ!?」
飴のおかげで正気には戻ったようだが、今度は姿の見えない上司を探してパニックになり出したレイニー。よく見ると、先程まで頭の上に乗っていたカエルがいなくなっている。まさか、あの暴風に巻き上げられてしまったのか? 一瞬最悪な想像が頭をよぎり冷や汗が流れたが、直後、レイニーの声に応えるように胸元から「ゲコ」という鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声に、慌てて胸の谷間に挟まっていたカエルを取り出し、ほっと一息つくレイニー。彼女の反応からしても、やはりあれがクレラで間違いないようだ。何故彼女があのような姿になってしまったのかは分からないが、とりあえずレイニーが落ち着いてくれてよかった。
「⋯⋯もしあれが私たちだったならあのカエルは助からなかったな」
茶々と同じささやかな胸の持ち主の花子が少し悲しげにそんなことを呟いた気がしたが、聞こえないふりをしておく。ゆったりとしたレインコートの下にあんな綺麗な双丘がそびえ立っていようとは誰が想像できるだろうか。勝手に同士だとばかり思っていた分裏切られた気分だった。
「すいません!! 皆さん、彼女達を早く止めてください!! お嬢様が⋯⋯お嬢様が攫われてしまいます!!」
その時、切羽詰まったモルジャーナの声が聞こえ、その声に反応した茶々と花子は、今にも飛び立っていきそうなソリと、その下でソリに乗り込もうとしているキャットミィ、そしていつの間にか彼女に捕まって涙目になっているブルジョワ―ヌⅢ世を見て唖然とする。
⋯⋯そういえば、キティ・ギルの存在をすっかり忘れていた。
♢モルジャーナ
雇った護衛の魔法少女たちがキティ・ギルと戦っている間も、そして突然天候が荒れ始め、雹が降り始めた時も、モルジャーナはブルジョワ―ヌの傍から決して離れず、彼女の守護に専念していた。
「モルジャーナ、大変ですわ! わたくしの屋敷が、庭が、どんどん壊されて⋯⋯」
「お嬢様、今は御身の無事のことだけをお考えください! 屋敷なら後でどうとでもなります!!」
恐怖で顔を引きつらせるブルジョワ―ヌに傷一つつけさせまいという強い決意の元、モルジャーナは舞い、ナイフで雹を弾き、時には身を挺して降り注ぐ氷の弾丸から主を守る。
どうやら雹は一時的なモノだったのか、一分程度で元の天気に戻ったため、モルジャーナは血だらけの身体でほっと一息つき、ブルジョワ―ヌの無事を確認しようと先程まで彼女が居た場所を見る。しかし、そこに敬愛する主の姿はなかった。
「モルジャーナ!! 助けてくださいまし!!」
その声で、ブルジョワ―ヌがいつの間にかキャットミィに奪われていたことに気づく。モルジャーナはブルジョワ―ヌの傍から離れることはなかった。それなのにブルジョワ―ヌを奪うとは、キャットミィの魔法のせいなのか。生憎この傷だらけの身体で追いつけるような距離ではない。慌てて護衛たちにも呼びかけてキャットミィを止めようとしたが、ソリに乗り込もうとする彼女を止められる者は誰もいないように見えた。
「にゃーはっはっは!! 予告どおりにこの屋敷一番のお宝、華麗に頂きだにゃー!!」
高らかに勝利宣言を告げ、飛び立つソリに乗り込むキャットミィを、モルジャーナはただ悔しげに睨み付けることしか出来ない。
しかし、その直後、誰も予期しなかった出来事が起こることとなる。
「──ねえ、私の愛しい人に、何をしようとしているの?」
唐突に現れたその声は、何故かモルジャーナの耳に鮮明に届いた。ソリから引きずり落とされ、何事かと目を見開くキャットミィの胸に一切の躊躇無く振り下ろされる包丁。キャットミィは「ぐにゃあ!?」と悲鳴を上げ、魔法少女の姿から小さな子猫へとその姿を変える。
「キャットミィちゃん!? は、早く助けなきゃ!!」
「あれはもうだめです。そしてあんな神風二度は起こらない。このチャンスを逃したらまた捕まりますよ? さあ、貴女はソリを走らせることだけに集中しなさい」
チロリに強引に促され、キティ・ギルを乗せたソリは、無残な姿になりはてたキャットミィを置いて去って行く。そこに残るは、子猫の死骸と、恐怖で震えるブルジョワ―ヌ。そして、ブルジョワ―ヌとよく似た真っ白な衣装を真っ赤な血で染めた、見たこともない魔法少女。
その魔法少女は、震えるブルジョワ―ヌの手を血まみれの手で愛おしげに包み込むと、ハイライトのない瞳でにっこりと笑いかけ、こう告げたのであった。
「こんにちは、私の愛しい人。私の名前はジュリエッタ。貴女の⋯⋯運命の人です♡」