♢レイニー・ブルー
各々が模擬戦を行う前に座った席と同じ席に座り、改めてブルジョワ―ヌ主催のお茶会が開かれようとしている。しかし、その雰囲気は一度目の時とは全く違う。先程の戦闘の名残でなんとなく空気がぴりついているし、何よりレイニーの隣の席が空いている。そして、本来そこに座るべきはずの人物は、レイニーの掌の上でぷくーっと喉を膨らませていた。その姿はどこか愛くるしさを感じるが、自らの未熟さ故にこのような姿にしてしまった負い目から、レイニーは素直にこのキモカワ生物を愛でることは出来ずにいる。
あれほど嫌っていた上司でも、やはり自分を庇ってこうなってしまったことには罪悪感を覚えるし、あの瞬間を思い返す度に恐怖と後悔が膨れあがってくる。しかし、感情がマイナスに振れてしまうとまたあのような惨事を起こしかねない。やはりここは吹っ切れてこのクレラ蛙を愛でた方がよいのではないか? そう思いそっと緑色の肌を撫でてみると、ひんやりしていて気持ちいい。不安定に揺れていた心が落ち着いていくのを感じる。撫でられるクレラ蛙も心なしか気持ちよさそうに見えた。
実は蛙好きのレイニーがクレラ蛙に心の安寧を得たのとほぼ時を同じくして、あわや屋敷の主が攫われてしまうという危機に颯爽と登場した謎の魔法少女ジュリエッタは、一旦厨房に行ってモルジャーナと何やら会話していたと思いきや、今はブルジョワ―ヌにべったりとくっつき、息を荒げながら首筋に鼻を押しつけてブルジョワ―ヌの匂いを楽しんでいた。
「すんすん⋯⋯。ああ、毎日心臓の鼓動を感じ、視界を共有し、同じ思いを共有していましたが、匂いや感触を味わえるのはやっぱり生ならではですね⋯⋯♡」
「あ、あの、流石に少し恥ずかしいですわ。席は一つ空いておりますから、どうかお座りになって?」
まさか、ブルジョワ―ヌの言う空いている席とは、クレラが座っていた席のことだろうか? 正直見るからにヤバそうな人と隣の席は勘弁したい。
「そんな!! 貴女から離れた場所に座るくらいなら、私は立つことを選びます! だって私と貴女は運命の赤い糸で結ばれている恋人同士なんですもの。ふふふ⋯⋯」
顎に手を当ててうっとりとブルジョワ―ヌを見つめ続けるジュリエッタは、どうやらこちらに座るつもりはないようだ。レイニーがほっと息を吐くと、それに応えるように掌の上のクレラ蛙も「ゲコッ」と鳴いた。
そのタイミングで、モルジャーナが厨房から全員分の紅茶を器用に両手のトレイに乗せてやってくる。レイニーはさっきまで居たメイドはどこに行ったのだろう? と疑問に思いつつも、礼を言って紅茶を受け取り、一口飲んだ後物欲しそうな瞳でこちらを見上げているクレラ蛙にカップを渡す。すると、クレラ蛙は水かきの付いた手を器用に使い、蛙とは思えない優雅な仕草で紅茶を口元に運ぶ。⋯⋯この上司、案外余裕なのではないだろうか?
「さあ、貴女も一応客人なので、早く席に着いてください。ブルジョワ―ヌ様の隣に立つのは、従者の私の務めですので」
「やだ、嫉妬ですかぁ? 魔法少女にマイナスの感情は似合いませんよぉ?」
今にもお互い斬りかかりそうなほど、殺意をぶつけ合うモルジャーナとジュリエッタ。一体ジュリエッタが厨房に居た短い時間の間に二人に何があったというのだろうか。そして、そんな二人に挟まれる形となったブルジョワ―ヌは、この空気をなんとか変えようと思ったのか、可愛らしくこてんと首をかしげ、右隣に立つジュリエッタに話題を振った。
「あの、わたくし少し気になることがあるのですけれど⋯⋯。どうして、貴女はわたくしにそこまで好意を向けてくださるのですか?」
ブルジョワ―ヌの声を聞いた瞬間、殺気に満ちていたジュリエッタの表情がぱあっと喜び一色に染まる。そして、そこから彼女のブルジョワ―ヌに対する長い長い愛の歴史が語られることになったのだった。
「あら、そんなの貴女なら知っているでしょうに。ふふ、分かっていますよ。皆さんに私たちの愛の深さを教えたいんですね。いいでしょう、語ろうじゃありませんか、私たちの愛の遍歴を!! ―私と貴女が出会ったのは、今から一年半前のことです。人間の屑だった母親から父と二人去った幼い日の私。優しかった父も会社が倒産したことで人が変わり、私は毎日暴力と罵声を浴びせられ続ける日々。自由や愛、乙女の純潔すら奪われた私は、生きる意味を失い、川に飛び込み死のうと橋の欄干に手をかけました。しかし、そんな私の手を掴んだのは死神の手ではなく、雪のように真っ白な美しく暖かい手だったのです。それが貴女⋯⋯魔法少女ブルジョワ―ヌⅢ世。愛を知らない私に私に愛を教えてくれた人。私の運命の相手。私は貴女の傍に居ることを望み、その強い想いが私を魔法少女にしたのです。私の生きる意味は、貴女を愛し、愛されること。ただそれだけ⋯⋯。愛のためならどんな障害だって乗り越えてみせる。どんなことだってしてみせる。そう、どんなことだって⋯⋯ね?」
ふふふ⋯⋯と意味深な笑みを浮かべるジュリエッタ。その表情を見ると、何故か心がひどくざわついて落ち着かなくなる。その時、頬に感じるひんやりとした感触にぎょっと驚き視線を落とすと、そこには水かきの付いた手をレイニーの頬に差し出すクレラ蛙の姿があった。なんだこのけなげで可愛い生き物は。本当にあの糞上司なのか? 堪らずほおずりしそうになるのをぎゅっとこらえ、レイニーは視線を戻した。
ジュリエッタのあまりにも濃い告白により何とも言えない空気と化したお茶会。主催者であるブルジョワ―ヌも微妙な空気を察したのか、パンと手を叩いてあからさまに話題を切り替えてきた。
「と、ところで、キティ・ギルに関してはどう対策をするのがよろしいでしょうか? 攫われかけた身としては一刻も早く身柄を確保して安心したいものですが⋯⋯。何か、良い提案をお持ちの方はいらっしゃるかしら?」
いきなりそんなことを言われても、都合良くアイデアがある者などいるはずない⋯⋯と思いきや、「はい!」と元気よく手を挙げる声があった。
「私の魔法と、それから⋯⋯あかり先輩とアンドロメダさんの魔法を組み合わせれば、敵のアジトまで行って潜入捜査することが出来ると思いますよ!」
「え、ちょっと待ってよサンちゃん、何するつもりなの? もっと詳しく説明プリーズ」
あかりから改めて説明を求められたサンベリーナは、若干得意げに胸を張って、自らのアイデアを皆に説明し始めた。
サンベリーナが提案した作戦は、フラッシュあかりの魔法で現像したキティ・ギルが映った写真、その写真にすみれの魔法で『追跡』の概念を与え、小さくなったサンベリーナが写真で作った紙飛行機に乗り、アジトに乗り込むという各人の魔法をフル活用したなかなかにユニークなモノであった。
「私はアリくらいまで小さくなることが出来るので、紙飛行機に乗っても問題ないと思うのですよ。『追跡』なら、たぶん“追”の漢字でいけると思いますし。いけますよね、すみれさん?」
サンベリーナの問いかけに、無言で頷き、肯定の意を示すすみれ。自分から言い出しておきつつまさかこんな良い作戦ができあがるとは思っていなかったようで、ブルジョワ―ヌは興奮した様子でサンベリーナを褒め称えた。
「凄いですわ、サンベリーナさん!! 貴女、とっても頭が良いのですね!!」
「小さな生き物が大きな生き物に勝つためには頭を使うしかないですからね~。身体が小さい分、頭脳は大きいのですよ」
「そうそう!! サンちゃんは凄いんだって。魔法の国で起こった事件のリストの内容ほぼ全部暗記しているくらいだしね。よ、流石私の自慢の後輩!! 頼りになる~!!」
あかりに全力で褒められ、顔を真っ赤にして照れるサンベリーナ。そんな彼女と対称的に若干むっとした表情なのがあかりの隣に座る花子。八つ当たり気味に紅茶をがぶ飲みし、空になったところですかさずモルジャーナがおかわりを注ぐ。そして、そんなモルジャーナの挙動を食い入るようにじっと見つめているジュリエッタ。唇を動かしぼそりと何か呟いたようだが、何を言ったのかまではレイニーの距離では聞くことは出来なかった。
「それじゃあ、行ってきます!! アジトを見つけ次第、先輩の端末に連絡いれますからね!!」
目立たないように日が落ちるのを待ってから、サンベリーナは『追』と書かれた紙飛行機に乗って空の彼方へと消えていった。果たして、彼女は無事キティ・ギルのアジトにたどり着き、その場所を伝えることが出来るのか。他の魔法少女と一緒に中庭に出てサンベリーナを見送ったレイニーは、胸に挟んだクレラ蛙の頭をそっと撫でながら、サンベリーナの無事を祈ったのであった。