プロローグ
世界のどこかにあると言われている、極悪な魔法少女を収監する監獄。ここは、そんな監獄の一つ、通称『監獄塔』だ。その名の通り、塔の形を模しているこの監獄の存在は、魔法の国の住人でも一部しか把握していなかった。そのため、この監獄に侵入者が現れることなど、ましてや囚人を逃がそうとする者がいるなどは、形式上看守を任されていた魔法少女や魔法使いたちは想像もしていなかった。
しかし、そんな彼らの認識は、突然ぶちこわされることとなる。監獄内に鳴り響く、侵入者の存在を知らせる警報。その音に慌てて看守たちは警戒態勢をとる。
いったい侵入者はどこからやってくるのか。そんな看守達の思いに答えるかのように、シャン、シャンと鈴が鳴る音が聞こえてくる。その時、見張りのために外に居た看守は、漆黒の夜空に光の線を描きながら、監獄に向かって猛スピードで突っ込んでくるソリの姿を見た。
ドゴォォン!! 爆音が看守たちの鼓膜を揺らす。監獄内にもうもうと土煙が立ちこもる中、駆けつけた看守たちが見たのは、一部が見事に破壊された監獄の壁と、破壊の原因であると思われる真っ赤なソリ。
そのソリの中から、三つの小さな影が飛び出してくる。先頭に立って看守たちの注意を引くのは、ビスケだ。無駄にポケットの多いベストから先端がハートの形になったピストルを取り出し、引き金を引く。
「はい、はい、はい!!」
ビスケは、元気なかけ声と共に、ピストルを持っていない方の手でポケットを素早く三度叩く。すると、先程ピストルから撃ち出したピンク色の丸っこいボールのような物体が、その動きに合わせるように三つにその数を増やした。三つに増えたそのボールは、侵入者を捉えようと近づいてきた数人の看守に当たった瞬間破裂し、トリモチのようにくっついて足止めの役割を果たす。
「ちょっとミィちゃん、とっとと盗んじゃってよ!! これ以上足止めするのしんどいんだけど!?」
「これでも全力でやってるんだにゃ!!」
悪魔のような角と羽根を生やし、カボチャパンツを履いた魔法少女、パンプキン・パンプティが、持っているカボチャの形のランタンを振り回しながら仲間の魔法少女、キャットミィに催促を入れる。その催促を受けるキャットミィの額には汗が浮かんでおり、言葉通りに全力を尽くしていることが分かった。
キャットミィの魔法は、『大事なモノを横取りしちゃうよ』だ。この魔法は、『魔法をかけた対象が一番大事にしているモノを奪うことが出来る』という能力を持つ。そして今、キャットミィはその魔法をこの監獄塔に対し使用している。
囚人を閉じ込めるために存在する監獄にとって、最も大事なモノといえば勿論囚人である。そして、凶悪な囚人であればあるほど、監獄がその囚人を閉じ込める意味は高まる。
「やったにゃ!! 抵抗が強くて時間かかったけれど、ようやく目的のブツを盗めたにゃ!!」
つまり、今キャットミィが床から引っ張り出した魔法少女は、この監獄内で最も凶悪な囚人ということになる。しかし、キャットミィはそこまで考えて魔法を使用したわけではない。今彼女達が行っている行為は、全てある人物の指示によるものだからだ。
「やった!! これでお母さんに喜んでもらえるね!!」
「ねえ、トリモチ銃の効果そろそろ切れそうだし、早く逃げないと危ないよ」
作戦成功に喜ぶパンプキン・パンプティに対し、ビスケが冷静にそう告げる。三人は慌ててここに来るときに乗ってきたソリに向かって走る。
「逃がすか!!」
三人を追いかける看守の一人が、鋼鉄製の網を投げつける。しかし、その網はどこからか飛んできた巨大な布袋に阻まれて三人を捉えることは出来ない。
「みんなぁ~! 早くソリに乗ってくださーい!」
ソリの中で一人待機していた、サンタ風の格好をした魔法少女、ジングル・ティンクルが、ソリから若干身を乗り出した姿勢で三人にそう呼びかける。どうやら、先程の布袋はティンクルが投げた物のようだ。
先程監獄から『盗んだ』魔法少女を抱えたキャットミィがソリに飛び乗り、続いてパンプキン・パンプティ、最後にビスケがぴょこんとソリに飛び乗ったのを確認し、ジングル・ティンクルは魔法のソリを走らせる。『魔法のソリでどこでも行けるよ』というジングル・ティンクルの魔法は、実際に行ったことがない場所でも、思い浮かべるだけでその場所へとソリが運んでくれる。ジングル・ティンクルは、自分たちのアジトとしている廃病院を思い浮かべ、その瞬間魔法のソリはふわりと空に浮かび上がった。
ようやくトリモチ銃から抜け出した看守たちが必死でソリを打ち落とそうと攻撃を試みているが、魔法のソリは目的地へたどり着くまでは決して傷つかないという破格の性能を持つため、当然中にいる魔法少女たちにその攻撃が届くことはない。
「にゃはは!! お仕事完了、良い気分にゃ!! ティンクル、いつものお願いにゃー!」
「はーい、了解です!」
キャットミィの指示に答え、ジングル・ティンクルはソリを自動操作から手動へと切り替える。そして、空飛ぶソリからキラキラと舞い落ちる光る粉で、ティンクルは夜空に大きな文字を書いた。
『お仕事完了!! Byキティ・ギル』
『キティ・ギル』。それは、ここ数ヶ月人間界で悪事を働いている魔法少女集団の名前であった。しかし、これまでキティ・ギルが行っていたのは、駄菓子屋のお菓子を盗むとか、家具屋のベッドの上で寝るなどの極めて些細なモノであったため、魔法の国も静観していた。
しかし、今回の事件は、流石に魔法の国も放っておかないだろう。夜空へ消え去っていくソリを呆然と見送りながら、看守たちは、これから起こるであろう事態と、囚人を逃がしてしまった自分たちの進退を考えて身震いするのであった。