♢和三盆茶々
茶々を模擬戦でだまし討ちに近い形で倒した魔法少女、サンベリーナが紙飛行機に乗って飛び立ってからもう2時間以上が経過しようとしている。未だ模擬戦のことを恨んでいる茶々としては、こっそり鳥にでも襲われて食われてしまえばいいのになどと黒いことを考えていたが、どうやら他の魔法少女たちはそんなことは考えていないようで、何かあったのだろうかと心配そうな顔をしている。特にサンベリーナの上司だというフラッシュあかりは一向に連絡が来ないことに心配と苛立ちが募っているのか、先程から貧乏揺すりがヒドイ。離れた場所に座る茶々のところにまで揺れが伝わってくるくらいだ。
そして、さらにそこから30分ほど経過した。少し前に日付が変わり、あかりの貧乏揺すりもますます激しくなってきて、茶々がそろそろ文句の一つでも言おうかと口を開いたその時、一通の着信音が事態を急変させることとなる。
端末を取り出したのはブルジョワ―ヌⅢ世であった。一同が見守る中、届いたメールの文面に目を通すブルジョワ―ヌの顔色はドンドン悪くなっていく。慌てて端末をブルジョワ―ヌから取り上げ、自分の目でそのメールの内容を確認したモルジャーナも顔をしかめ、「なんてこと⋯⋯」とショックを受けた様子でよろけるブルジョワ―ヌはジュリエッタがちゃっかり抱き留めていた。
「⋯⋯ねえ、どっちでもいいから答えてくれない? そのメールに何が書いてあったわけ? もしかして、サンちゃんに何かあったの?」
相手が雇い主であることを忘れているのか、若干苛立った様子でそう尋ねるあかり。しかし、ブルジョワ―ヌは相手の無礼を指摘する余裕すらないほど動揺しており、代わりに答えたのはいくらか冷静なモルジャーナの方であった。
「どうか動揺しないで聞いてください。サンベリーナさんですが、どうやら敵に捕まってしまったみたいなんです。返して欲しければここに来いと、住所までつけて⋯⋯」
モルジャーナの言葉を最後まで聞かず、あかりはモルジャーナの手から無理矢理端末を取り上げ、メールに目を通し始めた。そして、メールを読み終えるなり真顔で外に飛び出ようとするあかりを、慌てて花子がスッポンで引き寄せ押しとどめる。
「おい、ちょっと待てあかり。お前まさか1人で敵のアジトに乗り込むつもりじゃないだろうな?」
「当たり前じゃん。だってサンちゃんは私の大事な後輩だよ!? 止めても無駄だからね、私、1人でもサンちゃんを助けに⋯⋯」
「助けに行くのを止めるつもりはない。お前の性格はよく知っているからな。ただ、1人で行くのは無茶だ。私も連れて行けと言っているのだ」
花子の言葉に目を丸くするあかり。しかし、茶々としてはこの展開はまあ予想出来るものではあった。本人は隠しているつもりかもしれないが、花子があかりに少なからず好意を抱いているのはバレバレだ。
さて、茶々個人としては正直このまま2人がサンベリーナを救いに向かうのを黙って見送りたいところだが、護衛としてブルジョワ―ヌに雇われた身である以上そうもいかない。彼女達は本来の職務を放棄してキティ・ギルの元へ向かおうとしている。本来ならその時点で護衛としては失格、給料を貰う資格もないだろうが、今回の場合は若干事情が違う。もし彼女達がキティ・ギルのアジトに潜入し、彼女達を捕らえたのならばそれは雇い主としても喜ばしいことだろう。もしキティ・ギルの確保を優先したいと雇い主が言うのならば茶々もあかり達に付いていった方がいい。
「ブルジョワ―ヌはんは今回の件、どう思っていらっしゃるやろか?」
「わ、わたくしは⋯⋯出来れば助けてあげたいと思いますわ。折角一緒にお茶を飲んで仲良くなったんですもの」
茶々が聞いたのはサンベリーナのことではなくキティ・ギルをどうするかということだったのだが、まあどっちみち雇い主が望むのならばそれに従わない理由はないだろう。茶々は一旦すみれと視線を交わし、すみれが頷いたのを確認してからあかりたちに協力を持ちかけることにした。
「お二人さん、どうですやろか? うちらも一緒に行かせてはくれませんどすか? 人数が多い分には別に問題ありまへんやろ?」
「まあ、私的には嬉しいけれど⋯⋯アンタ、サンちゃんに対してはまだ模擬戦のこと引きずってんじゃないかと思っていたんだけれど、私の勘違いだった?」
「ま、まさか!! そない小さなことをずっと引きずっとるような器の小さな人間ちゃいますようちは」
図星を突かれるとは思わず一瞬動揺してしまったが、何とか誤魔化すことが出来た⋯⋯と思う。この魔法少女、軽めの言動に反して勘の鋭さにはなかなか侮れないものがある。あまり関わりたくない相手だ。
とりあえず、これでキティ・ギルのアジトに乗り込む面子は4人まで決まった。ブルジョワ―ヌは勿論、彼女の従者であるモルジャーナも屋敷に残るのは当然として、残り2人の魔法少女はどうするかだが⋯⋯。
「私は勿論、愛する人のそばにいつまでも居ます♡」
ジュリエッタは茶々が尋ねる前に自分からそう宣言してきた。うん、正直彼女には全く期待していない。むしろ、付いてこられた方が迷惑なのでありがたい。そして、そうなると残るは監査部門から来たという魔法少女、レイニー・ブルーがどうするかが気になるところである。皆の視線が向けられていることに気付いたのか、レイニーは視線を泳がしながらも思いの外はっきりと自分の意見を述べた。
「わ、私は、クレラ様がまだこんな状態なので⋯⋯申し訳ないですが、ここに残りたいと思います」
「へえ、サンちゃんよりもあの糞上司を選ぶんだ。正直意外だよ私。アンタはあいつのこと嫌いだと思っていたんだけれどね」
レイニーが協力しないと言ったことが不満だったのか、苛立った様子でレイニーに突っかかるあかり。そんなあかりの言葉に対して、レイニーも若干むっとした様子で反論した。
「た、確かにクレラ様は我が儘で自己中で非常識で人の話は聞かないし人間としてはホントに駄目駄目ですけれど、私のことも庇ってくれるような良いところもあるんです! た、多分⋯⋯。あ、あと美し過ぎますし!」
「え、アンタそれ結局上司のことけなしてるの褒めてるの? 半分以上ダメ出しじゃなかった?」
レイニーの反論がちゃんと反論になっていたかどうかはさておき、彼女はどうやらキティ・ギルのアジトに一緒に行く予定はないようだ。これでアジトへ行くのは4人で確定したことになる。
サンベリーナが出発したときと同じく中庭から見送られ、フラッシュあかりを先頭にして高速でビルの上を駆けていく。あかりはやはりサンベリーナを助けたいという気持ちが強いのか、徐々に茶々の身体能力では追いつけないスピードにまで加速していく。たまらずあかりに少しスピードを落としてくれと呼びかけようとしたところで、急に先程よりも足が軽くなり、あかりのスピードにもついて行けるようになった。一体何が起こったのかと自分の足下を見てみると、足首に達筆で『速』と書かれてあるのに気づき、つい頬が緩むのを感じる。
「⋯⋯ありがとうな、すみれちゃん」
すみれから返事が返ってくることは期待していない。ただ、自分の感謝の気持ちだけでもしっかり伝えておきたくて、茶々はそう呟いた。
──この時はまだ、予想だにしていなかったのだ。地獄への道は、あのメールを見た瞬間から既に、悪魔によって舗装されていたということに。