♢フラッシュあかり
病院内に突入したあかりは、右目のレンズをワイド撮影モードに切り替え、素早く辺りを見渡すと、誰も居ないことを確認してから下の階に下りる。あかりの頭の中はサンベリーナを助けることでいっぱいで、他のことを考える余裕はなかった。しかし、その時突然足下が揺れるような感覚と共に、だいぶ下の方で何かが破壊されたような音を聞いたことで、あかりはようやく花子たちのことを思い出し、ふっと冷静になる。
「この音⋯⋯まさか、もう戦闘が始まっている? やっば、急がなきゃ!!」
階段をいちいち降りるのは時間の無駄だし、何より面倒くさい。そこで、あかりは音が聞こえてきたと思わしき場所の真上の床を蹴りで破壊し、最短ルートで花子たちと合流することにした。
床を蹴って破壊し下へ行くのを三度ほど繰り返した時、真下からこれまで感じたことのない邪悪な気配を感じ、あかりはこの下が花子達の戦っている戦場であることを確信する。そして、これまでと同じように床を殴ろうとしたその時、いつの間にか全身が震えていることに気付き、愕然とした。
「⋯⋯あれ、おかしいな。私、何で震えているんだろう? 武者震い? それとも、まさか、この下に居るナニカに恐れている?」
これまで体験したことのない事態に、頭の中ではブザー音が鳴り響き始めているが、多少の危険は最初っから想定済みだ。サンちゃんを助けるためにはここで退くわけにはいかない。それに⋯⋯あかりには、ピンチになった時に必ず助けに来てくれる花子の存在がいる。それを知っているからこそ、多少の無茶は平気で出来るのだ。あかりは覚悟を決め、最後の床をぶち壊した。
予想していた通り、戦いは既に始まっていた。花子は腹を抉られ重傷。しかし、まだ意識はある。渾身の蹴りが全くチロリに効いていない様子であることは正直腹立たしいが、人数的にはこっちが有利。しかも、頼れる友人が隣にいるとなれば、先ほどまで感じていた恐怖も多少はごまかすことができた。
「⋯⋯ねえ、サンちゃんはどこにいるの?」
多少落ち着いたことで、もう一人、大事な後輩の姿が見えないことを思い出した。チロリにそう問いかけつつも、半ば答えは察していた。だから、そこまで動揺することもないと思っていたが、チロリから返ってきた答えはあかりの心を揺さぶるには十分すぎるものであった。
「サンちゃん? あー、もしかしてあの小さい魔法少女のことですか? 歯ごたえはよかったですが、お腹にはたまりませんでした。せいぜい星2つがいいところですね」
何を言われたのか一瞬頭が追いつかず、その言葉を何とか頭で理解した時には、怒りに身を任せチロリ目掛け殴りかかっていた。しかし、全力で振り抜いた腕はチロリに軽々と受け止められてしまう。それならばとばかりに右足のブースターを点火。その勢いでチロリの顎を蹴り飛ばすも、チロリはあかりの腕を離すことはなく、機械で出来たあかりの右腕はいとも簡単にちぎれてしまう。
⋯⋯だからどうした? こいつはあかりの大事な後輩を殺し、愚弄した極悪人だ。決して許そうとは思わないし、こいつを殺せるのならば自分の命がどうなっても構わない。元より機械で出来た右腕は痛むことはないのだ。怒りで血が沸騰する。右目のレンズがギュルギュルと激しく回転し、周りの光景がスローモーションのようにゆっくりと見える。こちらの意図を理解しスッポンで空気を押し出した花子の後押しを乗せ、左手を突き出す。その一撃はチロリの頬をかすめ、一筋の真っ赤な線を付けた。滴り落ちる血をぺろりと舐めたチロリは、瞳孔を開き、興奮した様子で反撃してくる。
「ハハハ!! この状態の私に傷を付けるとは、やりますね!! これだから魔法少女という生き物は面白い!!」
スローモーションに見える景色の中でも、チロリの動きは辛うじて目視できる速度だった。咄嗟にブースターを点火して緊急回避。それでも回避し損ねた左足の足首から先が持って行かれてしまう。なんて馬鹿げた身体能力だ。思わず舌打ちしたくなるが、そんな暇はない。相変わらず狂ったような笑い声を上げながら襲いかかるチロリの進路を、花子が空気弾で防ぐ。しかし、それでも勢いは殺しきれずに、左腕を犠牲にすることとなる。
だが、回避のついでにチロリの着ているパーカーを破くことが出来た。この調子で続けていけば、いつかはチロリにもっと致命的なダメージを与えられるはずだ。そう思い、再びチロリに視線を向けたその時、それまで沸騰していた血は一瞬で冷め、スローモーションだった景色もたちまち元に戻ってしまう。
──その姿は、蠱惑的というにはあまりに冒涜的過ぎるものであった。局部は鱗のような物体で辛うじて隠され、下着すら着けていない。まるで痴女のような格好だが、それだけなら魔王も似たようなものだし、そこまで驚くほどでもない。
それよりも、目を逸らしたいと願っても自然と視界に飛び込んでくる、六本の蠢く触手。その黒い触手は、チロリのへそから放射状に広がって生えており、根元はまるでブラックホールのように真っ黒で邪悪に満ちている。その先端の一つにぶら下がっているあれは、何だろう。花子の頭に見えるが、そんなはずがない。だって、自分たちは最強のコンビだ。背後でぴゅーぴゅーと水が噴き出すような音が聞こえるが、気のせいだ。そうに違いない。
これは幻だ。きっとチロリの魔法が見せる幻覚だ。目を逸らしたい、でも逸らせない、嗚呼、気がおかしくなりそうだ、怖い、怖い、怖い!! アタマガ、ワレソウダ⋯⋯。
「ああ、やはり貴女もダメですか。ちょっぴり期待していたんですけれど、やはりこの姿を見て正気を保つのは魔法少女でも難しいようですね。大丈夫ですよ、すぐに楽にしてあげますからね⋯⋯」
チロリはそう言うと、あかりに向けその六本の触手を伸ばしていく。あかりは最早逃げることもせずに、自分の身体をチロリの触手が這いずるのを無抵抗で受け入れることしか出来なかった。
「安心してください、ここには18歳未満のガキ共もいることですし、下の穴から突っ込むような野暮な真似はいたしません。ただ、その艶やかな脳味噌を、私の触手でグチュグチュに穢してあげるだけです」
チロリの六本の触手が、あかりの耳から、鼻から、そして目をこじ開けて、あかりの身体の中に侵入していく。直後、襲い来る猛烈な不快感。自分の脳を触手で撫でられ、グルグルと回され、弄ばれるという未体験の感触に、吐き気と同時に喉元にチロリの触手から出される粘液が押し寄せる。薄れゆく意識の中、あかりは最期に花子の名前を呟こうとしたが、チロリによって犯された脳は最早マトモな言葉を紡ぐことすら出来ず、意味不明な言葉の羅列を述べただけであった。
♢ジングル・ティンクル
恐怖で震えるパンプティの身体をギュッと抱きしめ、ティンクルもまた震えていた。外では、チロリが誰かと戦っているのか、破壊音が絶えず鳴り響いている。その度に床はグラグラと激しく揺れ、今にも崩れるのではないかという恐怖で泣きそうになる。でも、自分が泣いてしまえば、幼いパンプティはますます不安に駆られるだろう。ティンクルも他の魔法少女から言わせればまだまだ子供かもしれないが、マミィ・マムが居なくなった今、この場でパンプティを支えられるのは自分だけなのだ。
その時、バン! と乱暴にドアが蹴り開かれ、おぞましい触手を身体に纏ったチロリがティンクル達の前に姿を現した。その姿に思わず「ひぃっ!?」と悲鳴を上げてしまうが、チロリはティンクルの反応など無視してパンプティごと触手で持ち上げ、外へと運び出そうとする。
「この病院はもうすぐ壊れます。その前に早く脱出しちゃいましょう」
「え、壊れるってどういう⋯⋯そ、それに、一体どこに行くつもりなの!?」
「勿論、あのブルジョワなんちゃらとかいう魔法少女のところです。ああ、カボチャはここに残っていてください。あの美し過ぎる魔法少女が復活すると色々と面倒なので⋯⋯」
どうやら、チロリはティンクルだけを連れて再びあの屋敷に行こうとしているようだ。冗談じゃない、何故マミィ・マムから捨てられたというのに今更再びあそこに行かなければならないのか。しかし、そんな文句を言えばこのバケモノに殺されてしまうだろう。ティンクルは逆らうことが出来なかった。
チロリに連れられて外に出たティンクルは、停めていたソリへと駆け寄っていく。乗り慣れたソリは、今のティンクルにとって最も癒やしを与えてくれる存在だ。だから、ティンクルはソリを見たチロリが一瞬眉をひそめたことも、そして、ソリに書かれた『毒』という文字を見た時も特に何も思わなかった。
「え⋯⋯?」
ソリに触った瞬間、身体が痺れるような感覚に襲われ、視界が眩む。その直後、何もないところから現れた白袴を着た魔法少女によって首をはねられ、ティンクルの短い生涯はあっけなく終わりを迎えたのであった。