魔法少女育成計画GoldRush   作:赤葉忍

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限界の扉をこじ開けろ

♢モルジャーナ

 

 すっかりブルジョワーヌに懐いた様子のビスケは、なかなかブルジョワーヌの傍から離れようとしない。正直そろそろ離れてもいいのではないかと思うくらいずっとブルジョワーヌの胸に顔を埋めている。羨ましい。早くそこを変わってくれないだろうか?

 

「ねえ、そろそろ私の運命の人から離れないと、つい手が滑って包丁でぶっ刺しちゃいますよぉ?」

 

 そんな嫉妬心を抱いていたためか、ジュリエッタがそう言った時には思わず心の中で拍手を贈っていた。この狂人はブルジョワーヌに対する思いの強さだけは信用出来る。それ以外は全く信用出来ないので嫌いなことに変わりはないが。

 

 ジュリエッタの威圧を受けブルジョワーヌから離れたビスケは、名残惜しそうにブルジョワーヌの胸元に視線を送りながらも空いた席に腰を落ち着かせる。そして、一度席に座った以上はどんな人物でも客人だ。モルジャーナは早速お茶を淹れるために厨房へ行こうとして、その途中で足を止めてしまう。いや、止めてしまった。

 

 ⋯⋯なんだこれは。今まで感じたことのない邪悪な気配がこの屋敷に迫って来ている。どうやらその気配を感じ取ったのはモルジャーナだけではないようだった。ジュリエッタは既に立ち上がって視線をその気配が迫る先、中庭の方へと向けており、レイニーの掌に乗る蛙も、まるで危険を知らせようとしているかのように激しくゲコゲコと鳴いている。

 

「う、うわああああああ!? や、やだ、アイツが来る⋯⋯!」

 

 そして、遅れてその気配を感じ取ったらしきビスケは、恐怖の叫び声を上げてうずくまる。どうやら、彼女はこの気配を発する人物に心当たりがあるようだ。激しく震えるビスケから何とかその人物の名前を聞き出したモルジャーナ。そして、その名前⋯⋯賽ノ目チロリの名前を聞いた瞬間、蛙の鳴き声はさらに激しくなり、その声に驚いたレイニーはビクリと身体を跳ね上がらせた。

 

「少し確認しておきたいんですけれどぉ⋯⋯その賽ノ目チロリさん? その方って、『まさか、あの美しい奴がカエルになるなんて! こいつは傑作です。後生まで語り継ぐべき笑い話ですね!!』⋯⋯みたいなことを言って高笑いしていたフードを被った人で合ってます?」

 

 無駄に上手い声真似を交え、モルジャーナにそう尋ねてきたジュリエッタ。あまりに上手すぎて、一瞬本人がここにやって来たのかと思ってしまったくらいだ。モルジャーナは、そんな内心の動揺を押し殺し、努めて冷静にジュリエッタに答えることにした。

 

「はい、その認識で合っているかと。それにしても、声真似がお上手ですね」

 

「声帯模写、得意なんです。それより、早く動かなければ不味いんじゃあないですかぁ? 何故かかなりゆっくりですけれど、さっきより近づいてきているみたいですよぉ?」

 

 ジュリエッタの言うことは正しい。こうしている間にも、チロリと思わしき邪悪な気配は徐々に近づいてきているようであった。しかし、チロリがここにやって来たということは、敵のアジトに突入したはずのあの4人は一体どうなってしまったのだろうか? モルジャーナの頭によぎった不穏な想像を裏付けるかの如く、迫り来る気配は圧倒的な力と底知れぬ恐怖を感じさせる。

 

 モルジャーナが真っ先に考えるべきこと、それはブルジョワーヌの安全を確保することだ。そのためにするべきことは何か? 思考を巡らせようにも、焦燥感からかなかなか良いアイデアは浮かんでこない。

 

「⋯⋯『開け、ゴマ』」

 

 こういう時は、自らの魔法に頼るのが一番手っ取り早い。閉じた思考を無理矢理魔法で開くことにより、モルジャーナは今己がすべき最善の策を思いつくことに成功する。⋯⋯しかし、この策はかなり危険度の高いものだ。一種の賭けに出なければ、この策を実行することは出来ない。モルジャーナは、この賭けの不安要素を少しでも軽減するために、ジュリエッタに真剣な表情でこう問いかけた。

 

「⋯⋯ジュリエッタ。貴女に一つ聞きたいことがあります。貴女は、その命に代えても、ブルジョワーヌ様をお守りすると誓うことは出来ますか?」

 

「私の愛する人ですもの。死神にだって渡すつもりはさらさらありませんわ」

 

 ジュリエッタの迷いなき即答を聞き、モルジャーナの中にあった迷いも完全に消えた。後は、思いついた策を速やかに実行に移すまでだ。モルジャーナは決意を固め、鋭い声で指示を飛ばしていく。

 

「これより我々は、ブルジョワーヌ様の安全を最優先に考えて行動したいと思います。迫り来る脅威は未知数。そのため、私とレイニーさんの2人でその脅威を食い止めます。⋯⋯ジュリエッタ、貴女はブルジョワーヌ様を連れて避難してください。ビスケ、貴女はまだ怪我が治りきっていない。そのため、どちらにつくかの判断は貴女に任せます。ただ、ブルジョワーヌ様と一緒に逃げる場合は、貴女のせいで足を引っ張ることがないようにしてください」

 

 モルジャーナの指示に、ジュリエッタを除いた全員が驚きに目を見開く。特に、動揺が大きかったのはブルジョワーヌだ。信じられないとばかりに声を震わせ、モルジャーナに縋るような視線を向けてくる。

 

「じょ、冗談ですよね? モルジャーナ、貴女が私から離れるわけがないでしょう? 冗談だと言ってくださいな。そうでなければ、わたくし⋯⋯」

 

「⋯⋯すいません。私にとって何よりも大切ことは、自分自身の命ではなく、貴女なのです」

 

 モルジャーナはそう言い残し、屋敷を飛び出していく。後ろからブルジョワーヌがモルジャーナの名前を呼ぶ声が聞こえてきたが、モルジャーナが振り返ることはなかった。もし振り返って顔を見てしまえば、折角固めた決意が揺らいでしまう。

 

 外に出た途端、先程までの比ではないほど強い気配がモルジャーナに襲いかかる。その恐ろしい気配を感じ、モルジャーナは改めて確信した。自分がここでこの怪物を食い止めなければ、ブルジョワーヌの命まで危険に曝されてしまう。それだけは確実に防がねばならないことだ。

 

 そして、モルジャーナから少し遅れこちらに駆けてくる足音が2つ。どうやら、ビスケはモルジャーナと一緒に戦う選択肢を選んだようだ。これは正直予想外だった。ビスケはブルジョワーヌに懐いていたし、チロリのことを恐れていたのでブルジョワーヌと一緒に逃げる選択肢を選ぶと思っていたからだ。モルジャーナがそう思っていたのが顔に出ていたのだろう。駆け寄ってきたビスケは、決意を固めた表情でモルジャーナにこう告げた。

 

「⋯⋯私、凄い怖いよ。ホントは、あの人と一緒に逃げたかった。でも、この状態の私がついていっても、たぶん迷惑をかけるだけだと思う。迷惑をかけるくらいなら、私は戦いたい。今の私でも、時間稼ぎくらいはできると思うから⋯⋯!」

 

「⋯⋯貴女のその決意、しかと受け止めました。ブルジョワーヌ様のために、共に戦いましょう」

 

 モルジャーナのその言葉に、力強く頷くビスケ。ただ、既に決意を固めた2人に比べ、レイニーはまだ不安そうに俯いていた。この中で魔法の破壊力が最も大きいのはレイニーなので、彼女には本気で戦って貰いたいものだが⋯⋯。そう思いレイニーに視線を向けたモルジャーナは、先程まで彼女と一緒に居たはずの蛙、つまりクレラが居なくなっていることに気付いた。

 

「レイニーさん、蛙になったクレラさんはどうしたのですか?」

 

「えっと⋯⋯流石にクレラ様をあの姿のまま連れてくるのは危険だと思ったので、屋敷に置いてきました。⋯⋯クレラ様を死なせたくはなかったので」

 

 レイニーも、自分が死ぬかもしれないということは理解しているようだ。そして、レイニーのクレラを死なせたくないという思いはモルジャーナのブルジョワーヌを守りたいという思いに通じるものがある。彼女もまた、愛する者、尊敬する者のために戦う決意を固めているのだ。

 

──そして、太陽が落ち、辺りに月の光が差し込見始めた時になって、ついにその怪物はモルジャーナ達の前に姿を現した。その姿を見た瞬間、隣に立つビスケとレイニーは恐怖の叫び声を上げる。辛うじて悲鳴は上げずに済んだモルジャーナも、恐怖と絶望から自然と身体が震えていた。

 

「⋯⋯おや? はるばるここまでやって来た客人に対し、出迎えがたった3人とは、何とも寂しいですね。まあ良いです。私を愉しませてくれるなら、怒ったりはしないと約束してあげます」

 

 そう言って、月明かりを受け、ぬらりと怪しく光る触手で自らの口元を拭うチロリ。へその辺りから生えた六本の触手のうち2本を足の代わりにして、這うようにここまでやって来たらしく、その証拠にチロリの背後には触手から出た粘液が線を引いていた。以前見た時とは全く異なる、到底魔法少女とは思えない冒涜的な姿に、根源的な恐怖がモルジャーナの思考を支配しようとする。

 

 一目見た瞬間に、モルジャーナは自らではこの魔法少女に勝てないことを悟った。時間稼ぎですら出来るか怪しいほど、この魔法少女の醸し出すオーラは圧倒的だ。だが、モルジャーナは負けるわけにはいかない。モルジャーナの敗北は、それすなわちブルジョワーヌの命の危機につながるのだ。

 

「それならば、私がやることは唯1つ!!」

 

 モルジャーナは、恐怖を振り払うべく大声で叫び、自らの身体の奥深くへと意識を向けていく。魔法少女は、まれに強い感情の動きで覚醒することがあるという。普段は閉じられているその覚醒の扉を、モルジャーナの魔法で無理矢理こじ開けるのだ。当然、そんなことをすれば身体への負担は計り知れない。1時間もてば良い方で、それが終わるとおそらく死んでしまうだろう。

 

 ⋯⋯だからどうした? モルジャーナがブルジョワーヌを守るためにはそれしか選択肢がないのだ。そのためなら、この命を投げ出すことに何のためらいがあろうか。

 

「開け、ゴマぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 魔法の呪文で、覚醒の扉をこじ開ける。その瞬間、普段の自分ならば考えられないほどのパワーが湧き上がってくる。そして、強化されたその力をもって、モルジャーナはチロリへと跳び蹴りを放った。触手をクロスさせてその蹴りを防いだチロリは、予想以上の衝撃に瞳を輝かせたのだった。

 

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