魔法少女育成計画GoldRush   作:赤葉忍

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愛と憎悪の混声合唱

♢ジュリエッタ

 

 モルジャーナを筆頭にした邪魔な奴らは全員姿を消した。今この場に居るのは、運命の赤い糸で結ばれたジュリエッタとブルジョワーヌⅢ世の2人だけ。それなのに、ブルジョワーヌの目にはジュリエッタの姿は映っていない。その視線は窓の外へと向けられたまま。美しい顔を不安と恐怖に曇らせ、モルジャーナの名前を繰り返し呟いている。そんなブルジョワーヌを見ると、ジュリエッタは嫉妬心でどうにかなってしまいそうだ。

 

 何故あの女ばかり、ブルジョワーヌに愛されるのか。何故あんな無愛想な女が、ブルジョワーヌの一番近くに居るのか。モルジャーナのことを考えると、憎悪が内から次々と湧いてきて止まらない。憎くて憎くて憎くて憎くて⋯⋯それなのに愛おしい。だからこそ、ジュリエッタはモルジャーナの頼みを断ることが出来なかった。モルジャーナに頼られ、信用されることに喜びを感じる自分は確かに存在したのだ。

 

 この複雑で不安定な感情は、ジュリエッタがブルジョワーヌと感情を共有しているために形成された歪んだものである。それはすなわち、ブルジョワーヌがどれだけモルジャーナのことを愛し、信用しているかということの裏付けでもあり、ジュリエッタの心は醜い嫉妬心でますます黒く塗りつぶされていく。

 

「⋯⋯ねえ、そろそろ逃げませんか? 早くしないと、モルジャーナさんの犠牲が無駄になってしまいますよぉ?」

 

 ジュリエッタはどす黒い嫉妬心を押し殺し、ブルジョワーヌにそう提案する。モルジャーナの指示通りに動くのは癪だが、これはジュリエッタにとってはかけがえのないチャンスだ。ここでブルジョワーヌと2人逃げ出せば、いつかブルジョワーヌもモルジャーナのことを忘れジュリエッタを見てくれるかもしれない。それはジュリエッタの一番理想的な展開だった。

 

 しかし、ブルジョワーヌはジュリエッタの提案を聞いた瞬間、その整った顔を怒りに染めてジュリエッタを睨み付けてきた。

 

「モルジャーナがわたくしを残して死ぬはずがありませんわ!! 二度とそんなことを口にしないでくださいませ!! わたくしは逃げません。モルジャーナが無事に帰ってくる姿を見るまで、この屋敷から出るつもりはありませんわ!!」

 

 そう叫び、ドンとジュリエッタの肩を突き飛ばしたブルジョワーヌ。その力は大して強いものではなかったが、ジュリエッタはブルジョワーヌに拒絶されたショックから上手く踏ん張ることが出来ずに倒れてしまった。そんなジュリエッタを見て我に返った様子のブルジョワーヌは謝罪の言葉と共に手を差し伸べてくるが、ジュリエッタがその手を取ることはなかった。

 

「ははは⋯⋯。分かってはいましたけれど、改めて直接突きつけられると、なかなかにショックですね。貴女が私にその思いを向けることはない。どうあがいても、私ではあの女に勝つことは出来ない。それなら⋯⋯いっそ、殺してしまえばいい」

 

 ジュリエッタは、ふいにその手に持った包丁を振り上げた。驚くブルジョワーヌが静止するも間に合わず、無情にも振り下ろされた包丁は、鮮血を部屋中に撒き散らしたのであった。

 

♢パンプキン・パンプティ

 

 南瓜音(みなみうりね)は、孤児院で生まれ育った孤児だった。名前に関しては、ちょうどハロウィンの日に拾われたことからつけられたと聞いている。家族という存在を知らずに育った瓜音にとって、魔法少女パンプキン・パンプティになったこと、そのおかげで同年代の魔法少女たちと交流を持つようになったことはとても新鮮なことであった。そして、キャットミィが加わったことによって結成した魔法少女集団『キティ・ギル』。いつも元気で皆を引っ張るキャットミィに、賢くてクールなビスケ、そして大人しいけれどとっても優しいジングル・ティンクル⋯⋯パンプティにとって、彼女達は初めての『家族』と呼べる大事な存在だった。

 

 しかし、今はその仲間達はどこにもいない。皆死んでしまった。最後までパンプティを守り、抱きしめてくれたティンクルも、パンプティの目の前であっさりと殺されてしまった。よろよろと瓦礫の中から這い出たパンプティは、ゆっくりとティンクルの死体の元へと近づいていく。

 

「早く埋めてあげなきゃ⋯⋯『皆の花壇』に。家族は死んだら一緒のお墓に入るって、孤児院の先生も言ってたもん」

 

 誰に言うでもなく、1人呟きながらゆっくりと歩みを進めるパンプティ。その足がティンクルの死体にたどり着く前に何かにぶつかり、咄嗟に足下を見たパンプティは「ひいっ!?」と息を呑む。

 

 そこにあったのは、中学生くらいの年齢の少女の死体だった。ソリの近くのティンクルの死体とは違うものだ。まさか、これはチロリの変身前の姿なのだろうか? いや、アレが死ぬとは到底思えない。だとすれば、思い当たるのはティンクルを殺した白袴を着た魔法少女か。

 

 首が切り落とされているティンクルに比べれば比較的綺麗だが、それでも死体には変わりない。僅かな恐怖と驚きで高鳴る胸を押さえたパンプティは、その少女の死体に向け手を合わせた。この死体がティンクルを殺した魔法少女だとしても、パンプティに彼女を恨む気持ちはない。死んでしまえば皆同じ、どんなに偉い王様でも、パンプティみたいな孤児でも死ねば皆骨に帰る。それならば、皆等しく弔われるべきだ。

 

 黙祷を終え、立ち上がろうとしたパンプティは、こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえることに気付いた。まさか、チロリがもう帰ってきたとでもいうのだろうか。一瞬ドキッとしたが、あの邪悪な気配は感じないためおそらく違うだろう。そのパンプティの予想通り、現れたのはチロリではなかった。ただ、もしかしたらチロリの方がまだ良かったかもしれない。なぜなら、そこに居たのは真っ裸の魔法少女だったからだ。

 

(へ、変態さんだぁぁぁ!?)

 

 生まれて初めて見る変態に戦慄するパンプティ。ただ、唯の変態にしてはその魔法少女の表情はひどく暗いものであった。しかも、どこか見覚えがある気がする。

 

「⋯⋯なあ、あんたさんの傍にいる女の子、それ、もしかしてすみれちゃんだったりするどすえ?」

 

 ふいに、その全裸の魔法少女がパンプティに話しかけてきた。そして、その独特な口調にパンプティはようやくその魔法少女が誰かを思い出す。確か、ブルジョワーヌⅢ世の屋敷に皆で行った時に見た若草色の着物を着た魔法少女だ。その魔法少女、和三盆茶々が何故着物を脱いでいるかはパンプティには理解出来ないが、どうやら彼女はふざけてこの格好をしているのではないようだということが声色から判断出来た。ただ、目の前の少女の死体が“すみれ”なのか分からないパンプティは、茶々の質問に答えることが出来ない。黙るパンプティを見て何を思ったのか、茶々はひとりでに話し始めた。

 

「そうか、やっぱ答えてくれへんか。でも、何となく分かるんどす。その子はすみれちゃんやってこと。何でやろなぁ。うち、すみれちゃんの変身前の姿は見たことないはずやのに、その女の子はどこかで見たことがある気がするんどすえ。⋯⋯うちがもう少し早く文字の書かれた着物を脱げばいいことに気が付けば、間に合ったんやろか。ああ、そんなこと言うても、もう後の祭りやな。待っててやすみれちゃん。今、仇はちゃあんととったるからな⋯⋯」

 

 ゆらりゆらりと身体を揺らしながら近づいてくる茶々の視線は、パンプティへと向けられている。屋敷で見た時は細められていた瞳は今は大きく見開かれ、血のような真っ赤な瞳が怒りと敵意に燃えていた。

 

 その時になって、パンプティはようやく、茶々が重大な勘違いをしているということに気付いた。慌てて弁明しようとするが、茶々は全く聞く耳を持たない。ついにあと数歩というところまで接近を許してしまった。説得が出来ないのなら、最早最後の手段に出るしかない。パンプティはカボチャのランタンを構え、魔法を発動させるための呪文を唱えた。

 

「『Trick or Treat』!! お菓子くれなきゃ、イタズラ⋯⋯」

 

「ほい、飴ちゃん」

 

 しかし、パンプティの魔法は、茶々が髪の毛の中から飴を差し出したことによって不発に終わってしまう。光を失っていくカボチャのランタンを前に愕然とするパンプティに、呆れたような声が投げかけられた。

 

「その飴は、うちの魔法のお茶を凝縮させて作ったものどす。あんたさんの魔法、お菓子くれなきゃイタズラするいうんなら、お菓子をあげればイタズラできへんのやろ? 一度見てしまえば対処は簡単どす。⋯⋯さあ、そろそろ死んでくだはれ?」

 

 慌てて逃げようとした時には薙刀で右足の腱を切られていた。パンプティは痛みで悲鳴を上げるが、茶々の怒りは収まらない。ランタンを構えようとした右手を切り落とされ、続けざまに左手も切り落とされた。

 

「痛い、痛いよぉ。助けて、キャットちゃん。助けて、ビスケちゃん、助け⋯⋯」

 

「命乞いなら誰でもできるんや。お前はすみれちゃんに同じこと言われんかったんか?」

 

 茶々の声は怒気をはらんだままで、勘違いは未だに解ける様子がない。それに、痛みでうまく思考が回らない。もう、パンプティには泣くことしかできなかった。

 

 もはや棒と化してしまった腕を動かし、『皆の花壇』に向かう。キャットミィも、ビスケも、ジングル・ティンクルも、死体は無くても、きっと皆そこに居る。迫りくる死神の足跡から逃げるように、パンプティは仲間の元へと血まみれの腕を伸ばした。

 

「ほな、さいなら」

 

 あともう少しで花壇に触れるというところで、茶々の薙刀がパンプティの首を切り落とす。宙を舞うパンプティの生首は、最後に皆が植えた綺麗な赤い薔薇を見たのであった。

 

──それと同時刻、鮮血が一角を染めるブルジョワーヌ邸の客間。そこには先程まで居たはずのこの屋敷の主人と、愛に狂う狂人の姿はもうない。

 

 ただ、誰も居なくなったテーブルの上⋯⋯その場所で、一匹の蛙がその身体を震わせていた。そして、その身体は徐々に元の美しい姿を形成していく。忽ちにしてふわりと香る薔薇の匂い。優雅な仕草で窓の外を一瞥したその魔法少女は、彗星の如き素早さで外へと駆けだしていったのだった。

 

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