魔法少女育成計画GoldRush   作:赤葉忍

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It's a beautiful world

♢クレラ

 

「クレラ様⋯⋯。クレラ様ぁ⋯⋯」

 

 いつまでも目に涙を浮かべて縋り付いてくるレイニーに、クレラは思わず眉をひそめる。可愛い部下が自分のドレスを涙で濡らすことについては別に問題ないのだが、この美しい顔にはやはり涙は似合わない。

 

「え、クレラ様急に顔を近づけて一体どうし⋯⋯ひやぁっ!?」

 

 そう思ったクレラは、強引にレイニーを泣き止ませることにした。そう、レイニーの目元に唇を近づけ、瞳からこぼれる涙を舐めとる。突然の事態に身体を強ばらせるレイニーを力強く抱きしめ、そっと唇に口づけを落とした。

 

 ふいに視線を感じそちらの方を向くと、指の隙間から顔を真っ赤にしながらこちらを見ている魔法少女と目が合った。あれは確かビスケという名前だったろうか。教育には悪いかもしれないが、見られていても止めるつもりはない。最期くらい自分の思いをぶつけても

文句はないだろう。

 

 永遠と思うくらいの長い数秒間が終わり、すっかりレイニーの味を満喫したクレラはようやくレイニーを解放した。へろへろと崩れ落ちるレイニーは未だ何が起こったのかを理解出来ていないようで口を押さえて呆然としている。

「おい、先程から吾のことを見ているそこの貴様!」

 

「は、はい!」

 

 クレラはレイニーの顔を見つめたまま、こちらをまだ見ているであろうビスケに声をかけた。ビスケはクレラに叱られるとでも思ったのか、ビクッと身体を震わせて返事をしたが、今のクレラはかなり機嫌が良いので彼女を叱ることはない。彼女に声をかけたのは1つ頼みたいことがあったからだった。

 

「こいつを⋯⋯レイニーをこの屋敷の外へ逃がしてやってくれ。よろしく頼む」

「⋯⋯わ、分かりました!」

 

 かなり素直な性格なのか、クレラの頼みを即引き受けたビスケ。そして、相変わらず呆然と座り込んでいるレイニーを抱え、そのまま屋敷の外へと駆けていく。

 

「ふむ、なかなか仕事が早いではないか。これで吾も心置きなく戦えるな。さて⋯⋯」

 

 レイニーとビスケを見送ったクレラは、先程自身がチロリから救い出し地面の上に寝かせていたモルジャーナの元へと近づいていく。モルジャーナの腹に空いた穴はクレラの魔法で既に治療を完成させていたが、その顔色は悪く、生気をほとんど感じられない。クレラがすぐ傍まで近づくと、モルジャーナは弱々しい笑みを浮かべ話しかけてきた。

 

「すいません⋯⋯。折角傷を治して貰ったというのに、こんな有様で⋯⋯。どうやら、先程無理矢理覚醒したのが響いているのか、全身から力が抜けていくのを感じます。恐らく、私はこのまま死ぬでしょう」

 

「ああ、そうであろうな。流石の吾も、定められた運命だけは如何ともし難い。貴様はもうすぐで死ぬ。その前に⋯⋯最期に吾の願いを聞いてくれぬか?」

 

「こんな私に出来ることがあるのならば、ぜひ」

 

「そうか。では、貴様の力で吾を無理矢理覚醒させてくれ」

 

 クレラがそう頼むと、モルジャーナは案の定驚いて目を丸くした。しかし、クレラはこの選択を変えるつもりはない。今のクレラの力では、あのチロリを止めることは到底出来ない。その証拠に、先程チロリを蹴飛ばした足は真っ赤に腫れ上がっていた。それをおもむろにモルジャーナに見せると、彼女はクレラの言いたいことを察したようでゴクリと息を呑んだ。

 

「これは⋯⋯! まさか、先程の攻撃で?」

 

「ああ。奴の耐久力はバケモノだ。普通に攻撃してもこちらがダメージを負ってしまう。奴と対等に戦うためには、こちらも命を賭けてバケモノになるしかあるまいよ」

 

 クレラはクハハと笑いながらモルジャーナに挑むような視線を向ける。クレラが本気だということがモルジャーナにも伝わったのだろう。迷いを見せていたモルジャーナも最終的にはクレラに魔法をかけることを承諾してくれた。

 

「開け、ゴマ!! ⋯⋯これでおそらく問題ないと思います」

 

 そう言って額の汗を拭うモルジャーナの動きはひどく緩慢なものだった。もはや手足を動かす力さえ残されていないのだろう。モルジャーナは最期に残った僅かな気力を振り絞り、弱々しくこう尋ねた。

 

「さ、最期に1つだけ⋯⋯。ブルジョワーヌ様は無事逃げられましたか? それだけが私、ずっと気がかりで⋯⋯」

 

 クレラは一瞬どう答えたものか迷った。実は、クレラはブルジョワーヌとジュリエッタがどうなったのかを蛙の姿で見ていたため知っていた。しかし、この目で見たことをそのままモルジャーナに伝えるのは流石に酷だと思い、クレラは産まれて初めて嘘をつくことを決めた。

 

「案ずるな、貴様の主は無事だ。だから安心して吾の腕の中で逝け」

 

 クレラがモルジャーナの上半身を優しく抱き留めると、モルジャーナはクレラの言葉に安心したのか、ふっと満足そうな笑みを浮かべ、クレラの腕の中で静かに息を引き取った。変身前の姿に戻ったモルジャーナをそっと地面に置いたクレラは、おもむろに胸の谷間に手を突っ込み、そこから魔法の端末を出すと専属の運転手であるハンドルピースへと迎えの指示を送る。

 

「吾だ。零時ちょうどにブルジョワーヌ邸へと来い」

 

 そこでいつも通り通話を切ろうとしたクレラであったが、きっとこれが最期の会話になる。そう思い少し付け足すことにした。

 

「⋯⋯十年間、よく吾に仕えてくれた。礼を言う」

 

 電話越しにハンドルピースが何か言った気もしたが、クレラは躊躇うことなく通話を切った。既にバケモノの気配はすぐそこまで近づいてきている。モルジャーナの魔法のおかげで普段以上に力が湧いてくるのは感じるが、それでもあのバケモノに通用するかは未知数だった。

 

「ちょっと、蹴り1つで私をあんなに吹き飛ばすとかどんな馬鹿力しているんだよお前。もうちょい手加減を⋯⋯」

 

「掴まえた」

 

 そこで、クレラは自分から仕掛けることにした。屋敷の敷地内に植えてあった木を薙ぎ倒しながら現れたチロリの触手、そのうちの2つを素早く掴むと、集中力を高めていく。チロリはそんなクレラに危機感を抱いたのか、残る触手でクレラを引きはがそうともがくが、クレラは自身の腹が触手に抉られようと、足が片方持って行かれようと決して触手を離すことはしなかった。

 

 準備は整った。クレラはかっと目を見開き、とっておきの先制攻撃をチロリに向け放つ。

 

「―吾の前では、森羅万象は等しく美しくあれ!! 刮目せよ、この素晴らしき美しい世界を!! “It’s a beautiful world”!!!」

 

 クレラが高らかにそう叫んだ瞬間、眩い光がチロリとその周辺を包み込む。それと同時に、「ぐわああああ!?」とうめき声をあげ苦しみだしたチロリからすかさず離脱し、クレラは先程受けたダメージを治療する。光が消え、そこに立っているのは怒りで顔を真っ赤に染め上げたチロリと、すっかり元の美しい姿を取り戻したブルジョワーヌ邸の木々であった。クレラは、理想通りの『先制攻撃』が出来たことに満足そうに顎に手を当てて頷いた。

 

「ふむ。吾ながら見事な出来である。どうだバケモノ。ご自慢の触手が綺麗さっぱり無くなった気分は」

 

「ああ、ここまで最悪な気分になったのは産まれて初めてだよ。⋯⋯お前、絶対許さないからな」

 

 そう言って殺気をむき出しにするチロリであるが、その姿に先程までの禍々しさはほとんど感じられない。それもそのはず、チロリの力の象徴でもあるお腹から生えた6本の触手は、根元の暗い闇も含め、綺麗さっぱりなくなってしまっている。

 

「あのようなおぞましく美しさを全く感じられないような物質、この世に存在するだけで罪である。だから吾が取り除いた。それだけのことよ!」

 

 クレラはそう言うと、スカートの中から黄金に輝く一振りの剣を取り出し、優雅にソレを構えた。対するチロリは、相変わらず怒りと殺気をむき出しにしてクレラを睨み付けている。

 

「お前、どっからその趣味の悪い剣出してんだよ」

 

「貴様、知らぬのか? 美女のスカートの中は四次元に繋がっているのだ。⋯⋯さて、この宝剣『クレラ』、扱うのは吾も久々だからな。手加減してもらえると嬉しい!!」

 

「剣に自分の名前付けるとかやっぱりお前のセンス最悪だよ!!」

 

 スカートを翻し走るクレラの振るった剣と、待ち構えるチロリが振り上げた拳が激しい音を立ててぶつかる。一瞬の均衡。その直後、クレラとチロリはお互いの衝撃に耐えきれず、同時に反対方向へと吹き飛んでいったのであった。

 

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