♢ビスケ
屋敷から爆音が鳴り響き、ビスケは思わず振り返っていた。この音はきっとチロリとあの美人の魔法少女が戦っている音だ。ビスケと同じく音に反応したレイニーがビスケの前でもがくも、先程ビスケが撃ったトリモチ銃に囚われて身動き出来ずにいる。
「何でこんなことするんですかビスケさん!! 離してください!! クレラ様のところに行かせてください!!」
レイニーは必死でそう訴えるが、ビスケは彼女をクレラのところへ行かせるつもりはなかった。そんなことをしたらビスケがクレラに殺されてしまうだろう。レイニーをビスケに託したクレラからはそれくらいの強い意志を感じた。
「⋯⋯でも、私が戻るのは別にいいよね?」
そう呟き、ビスケは未だ暴れているレイニーを残し、先程来た道を1人戻っていく。ビスケが戻ったところで何か出来るわけでもない。自分でも何故自ら危険を冒そうとしているのかはよく分かっていないくらいだ。ただ、ここで逃げたら一生後悔する気がするのだ。このまま何も出来ずに逃げ去るようでは、ビスケはチロリに石を投げつけたあの人間以下ではないか。敵から尻尾を巻いて逃げるようなみっともない真似は、『キティ・ギル』の一員として許せなかった。『キティ・ギル』は目立ってなんぼなのだ。
「いてて⋯⋯。あいつこの状態の私と殴り合って互角とかマジどうかしてると思うんですけれど⋯⋯」
その時、ふいに聞こえてきたその声にビスケの心臓はビクッと大きく跳びはねた。息を殺し、そっとその声が聞こえてきた方を見てみると、そこにはクレラとぶつかり合った衝撃で再生したばかりの木々を再び根こそぎぶち折ったチロリが忌々しげにクレラが飛んで行った方を睨み付けていた。意識がクレラに向けられているためか、どうやらまだビスケの存在には気付いていないように思える。
⋯⋯これは、千載一遇のチャンスなのではないだろうか? そう思ったビスケは、そっとチロリの背後まで移動する。本当は魔法を使って物量で攻めたいところだが、ビスケの魔法の発動には手拍子が必要なので不意打ちには適さない。ただ、魔法少女の力で全力で攻撃するだけでも不意打ちとしては十分な威力を発揮するだろう。
ビスケが全力で振りかぶったトリモチ銃の銃身が、チロリの頭を打ち据えごすっと鈍い音を立てる。ぐらりとチロリの身体が一瞬傾き、やった!と心の中でガッツポーズをしたのも束の間、倒れる寸前で踏ん張ったチロリがギロリとビスケを睨み付け、ビスケは心臓が凍り付くのを感じた。
「⋯⋯雑魚の分際で、今更しゃしゃり出てくんじゃねえよ」
チロリの腕がビスケの頭目掛け伸ばされる。首を傾けることで何とか回避することに成功したビスケだったが、頭を鷲掴みされなかったかわりに髪の毛をかなりの本数持って行かれた。焼けるような頭皮の痛みと同時に湧き上がる恐怖。しかし、ここで恐怖に負けてしまえばそこで終わりだ。足下の枝を蹴り上げると同時に、魔法を発動する。すると忽ち視界を覆い尽くさんばかりの枝がチロリを襲う。もちろんこんな攻撃でチロリを倒せるとは思っていない。これはあくまでも時間稼ぎだ。この枝でチロリの視界をふさいだその隙に⋯⋯。
「だからぁ、雑魚は何をやっても雑魚なんだよ。とっとと死ね!!」
枝の山の中から伸ばされた腕がビスケの胸を貫く。そして、ビスケの体内で広げられた5本の指はビスケの心臓を鷲掴みにし、チロリはそのまま無造作に心臓を自らの口の中へと放り投げた。
「うん、心臓はやっぱコリコリしていて1番美味しいです。礼を言うよ雑魚。お前のおかげでちょっぴり回復出来ました」
そう呟くチロリのお腹から、2本の触手がニョキッと顔を出す。⋯⋯最悪だ。ビスケの行為は、全く意味がなかったばかりか、結果的にチロリを助けることになってしまった。ビスケは徐々に視界が暗くなる中、1人無力感と自己嫌悪にうちひしがれていたのであった。
♢クレラ
先程ぶつかった衝撃でどうやら両手足の骨が折れてしまったらしい。今まで感じたことのない痛みが襲いくるが、悲鳴を上げるのは美しくない。誰も見ていないと知りながらも、クレラは優雅に笑みを浮かべる。そして魔法で手足を治癒し、チロリが跳んでいった方向へと急いだ。何故だか胸騒ぎがする。クレラが回復に有した時間は長くないが、怪我の度合いが酷かった分一瞬とはいかなかった。その間、クレラはチロリの殺気を感じた気がした。クレラが想像する最悪な展開は、レイニーがこのタイミングで戻ってくることだ。レイニーが殺されてしまえば、クレラは自分が美しいままでいられる自信がなかった。
結果だけ言えば、最悪の展開は免れたが、状況はそれに近いものであった。クレラが見たのは、触手が2本生えたチロリと、地面に倒れ伏し涙を流すビスケの姿。クレラを認識したチロリがすかさず向けてきた触手を剣で切り捨て、クレラはほぼ反射的にビスケを拾い上げ、治療を施した。幸いまだ死んではいなかったようだが、心臓が抜かれているらしくこれまたすぐに治療は出来ない。すると、再生したチロリの触手がクレラ目掛け再び襲い来る。ビスケを抱えた状態で上手に回避出来ず、肩を貫かれてしまったクレラだが、それでもビスケを離すことはしない。
「馬鹿者!! 魔法少女なら涙を見せるな!! 魔法少女たる者、どんな時でも美しくあれ!! 魔法少女は笑うのだ!!」
ビスケを死なせたくないと思ったのは、彼女への情などではなく、自分自身の美学のためだ。魔法少女が絶望の中死ぬことなどあってはならない。そんな結末は美しくない。
「戯れ言ほざいているんじゃねえよ⋯⋯!! そろそろお前、マジで気持ち悪いから!!」
チロリの攻撃はますます激しさを増す。クレラは必死にビスケを守り、その攻撃を一身に受け続けた。
顔の左半分が吹き飛び、脇腹の肉をごっそりと持っていかれた。豪華なドレスはすっかりボロボロで、足は白い骨が剥き出しになっている。
そんな状態になってもなお、クレラは笑みを絶やすことはなかった。その美しさは全く損なわれない。痛みなど全く感じさせない優雅な姿勢で立ち、高らかに笑い声を上げる。
「クハハハハハ!! 美しい、美しい、美しい!! 吾は美しい!! さあさあさあさあさあ!! 吾と一緒に踊ろうぞ!!」
クレラは突如パン!と手を叩く。その音の鋭さに、チロリは一瞬動きを止めてしまった。そして、その隙をクレラは逃がさない。肉がそぎ落とされているとは思えない軽快な足運びで一瞬でチロリとの距離を詰めると、チロリの腹目掛け剣を投げる。
「幼き少女よ!! その両手を打ち鳴らせ!!」
クレラの魂を揺さぶる叫びに応じるように、意識を取り戻したビスケは「うおおおおお!!」と雄叫びを上げ、狂ったように手を叩き続けた。
クレラの全力で投げた剣が、ビスケの魔法で無数に増殖し、チロリへと襲いかかる。流石のチロリもこれには堪らず、必死で触手を使って剣を打ち落とすもその数が数だ。対処仕切れなかった剣が次々にチロリの身体に刺さり、辺りに鮮血を撒き散らす。
ビスケの体力が切れ、手拍子が止まると同時に剣の嵐は止み、クレラの目の前には無数の剣に身体を貫かれ倒れるチロリの姿があった。
「⋯⋯流石のバケモノもここまでやられれば生きてはおれぬだろう。クハハハ、やはり美しさこそこの世の絶対真理!!」
もう傷ついた身体を治癒する力も残っていない。無理な覚醒の代償を払うときが来たのだ。しかし、クレラに後悔はなかった。最期まで美しくあれた。その誇りが、死を目の前にしたクレラの顔に笑顔を浮かばせる。
「危ない!!」
突然の警告と共に、クレラはビスケによって身体を突き飛ばされた。その直後、クレラが先程まで立っていた場所で首をはねられ崩れ落ちるビスケ。そこには、全身に刺さる剣から血を吹き出したまま、怒りに燃える瞳でクレラを睨み付けるチロリが居たのであった。