魔法少女育成計画GoldRush   作:赤葉忍

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今宵は月が綺麗ですね

♢レイニー・ブルー

 

 レイニーはビスケが自分を置いて去って行った後も、必死でトリモチの拘束から逃れようともがいていたが、レイニーの力では全く抜け出すことは出来なかった。

 

 レイニーは自分自身が情けなかった。キスの動揺から覚めた今なら、クレラが死を覚悟してレイニーを逃がしたことが理解出来る。上司が今も命がけで戦っているというのに、部下であるレイニーがこの屋敷に来てからしたことと言えば、自らの甘さからクレラを蛙にしてしまったとんでもない失態くらいだ。

 

 どうしてクレラはこんな出来損ないの部下を逃がしてくれたのだろうか。無能な自分と強くて美しいクレラ、どちらに価値があるかといえば答えは明らかだ。確かにクレラは性格に少し難がある。しかし、クレラにはその欠点を補って余りある美しさが存在する。最初はあの上司のことを嫌っていた自分も、その美しさを傍で見るうちにどんどん惹かれていき、今では尊敬の念すら抱いているのだ。

 

「だから⋯⋯あの人を死なせたくない!!」

 

 レイニーが助けに行ったところで何も出来ないかもしれない。でも、何も出来ずにクレラを死なせてしまうことだけはしたくなかった。レイニーは、この拘束から抜け出す方法を必死で考える。単純な力で抜け出す方法は既に試した。可能性があるとすれば、魔法を使用しての脱出だが、レイニーの魔法は本人でも範囲をコントロールすることが出来ないため、無駄に被害を拡大する危険があり実行を躊躇っていた。

 

 しかし、もし魔法の効果が及ぶ範囲をコントロールすることが出来たら? 例えば⋯⋯小さな雲を作り、そこから雷を降らせることが出来たなら、ピンポイントでレイニーに雷を落としてこの拘束から抜け出すことが出来るのではないだろうか。

 

 これまでやってこなかったことを急にやるのはかなり難しいことだ。でも、今それが出来なければ、レイニーは一生何も出来ないダメな部下のままだ。クレラの部下であると胸を張って言うためにも、レイニーはどうしても今ここで一つ殻を破らなくてはならない。

 

 レイニーはそっと目を閉じ、心の中で小さな雲をイメージする。イメージしたその雲を、自分の周囲にふわりと浮かばせたところで、レイニーはゆっくりと目を開いた。

 

「や、やった!! イメージ通りに出来てる!!」

 

 そこには、レイニーがイメージしたような雲がフワフワと宙を漂っていた。若干イメージした雲と比べると歪な形をしているが、それでも成功は成功だ。あとは、いつも通りに感情をコントロールして天候を変えるだけだ。すると、目の前の小さな雲は黒く曇りだし、次第にバチバチと音を立てて放電を始める。

 

 そして、雲から放たれた稲妻がレイニーを襲う。ただ、雲の場所をいじることでコントロールされた雷はレイニーの身体を直接襲うことはなく、レイニーの手足を拘束していたトリモチだけを焼き払った。

 

 勿論、多少は感電して痺れたが、これくらいなら魔法少女の耐久力なら十分耐えられる。大事なのは、拘束から無事抜け出すことが出来たということだ。

 

 早速クレラを助けに屋敷へと戻ろうとしたレイニーの耳に、迫り来るエンジン音が聞こえてくる。それと同時にレイニーの視界に飛び込んできたのは、猛スピードで迫り来る一台のバイク。そして、そのバイクの運転手はレイニーの見覚えのある人物であった。

 

「ハンドルピースさん!? どうして今ここに?」

 

 思わず声をかけてしまったレイニー。そして、その声にハンドルピースもレイニーの存在に気付いたようで、ヘルメットの下で目を見開いた。しかし、ハンドルピースはスピードを落とすことはない。もう少しでレイニーの横を通り過ぎるというタイミングで、ハンドルピースはバイクのエンジン音に負けじとこう叫んだ。

 

「自分は今からクレラ様を迎えに行くっす! このバイクは1人用なんで、乗りたきゃ勝手にしがみつくっす!!」

 

 どうやらハンドルピースもクレラの元へ行こうとしているらしい。それならば、レイニーに迷いはなかった。

 

 ハンドルピースの乗るバイクが真横に来た瞬間、レイニーはハンドルピースの身体に飛びついた。そして、魔法少女のタックルを受けてもハンドルピースの魔法により安全な運転が保証されたバイクはスピードを落とすことはない。定員が1人増えたバイクは、彼女達の上司の元へと最高速で向かうのであった。

 

♢賽ノ目チロリ

 

 未だ身体に突き刺さったままの無数の剣はチロリに絶え間なく痛みを与えてくる。しかし、その痛みはチロリが生きている証だ。クレラの攻撃はチロリに予想以上のダメージを与えたが、どんな激しい攻撃でも死ななければかすり傷だったと言い張れる。実際、チロリは立っているのに対し、目の前のクレラは最早立つ力すら残っていないのか座り込んだままだ。

 

 チロリは無造作にクレラの顔面を蹴り上げる。バキッという小気味よい音と共に、クレラの高い鼻が折れた。自慢の美しい顔を破壊されたクレラはどんな気持ちなのだろうか。クレラに回避する力が残っていないことをいいことに、チロリは何度も何度もクレラの顔面を踏みつけた。その度に胸の奥で燻っていた怒りが晴れていくのを感じる。ああ、ようやくこの魔法少女相手に自分の好きなように振る舞うことが出来る。こいつをいいように蹂躙できる時をどれほど待ち望んでいたことか。愉しい⋯⋯。愉しい愉しい愉しい!!

 

 どれほどの時間そうしていただろうか。いい加減足を動かすのも疲れてきたので、チロリはクレラの頭を掴み、乱暴に持ち上げる。クレラの顔を持ち上げたのは、屈辱と怒りに染められているであろうクレラの顔を見て更なる愉悦を得るためであった。しかし、血だらけのクレラの顔を触手で撫で、血で隠されていたクレラの表情を確認したチロリは、あり得ないモノを見た驚愕と恐怖で背筋を凍らせた。

 

「な!? お、お前⋯⋯その状態でどうして笑っていられるんだよ!! ホント意味分からない。狂ってるんじゃねえの!?」

 

「それは⋯⋯貴様だけには、言われたくない台詞だな。クハハハ!」

 

 既にろくに身体を動かすことも出来ないはずなのに、クレラは血だらけの顔に笑みを浮かべる。信じられない、あり得ない。チロリは気味が悪くなり、クレラの頭から手を離していた。地面に落ちたクレラは一瞬顔をしかめたが、すぐにまたその顔に笑みを浮かべ、震える腕で天を指さした。その腕の動きに吊られてチロリが天を仰ぎ見たタイミングで、クレラが再び話しかけてくる。

 

「今宵は月が綺麗だな。吾と貴様の最期の日にはぴったりの美しい夜だ」

 

「⋯⋯何を言っているんだよ。お前の命日だろ? 私は死なないから」

 

 すかさず反論したチロリであったが、クレラはそれをふっと一笑した。⋯⋯おかしい。なんでこいつはこうも余裕たっぷりなのだ? 逆だろう。私がお前を追い詰めているんだ!!

 

「その顔、どうやらまだ理解出来ていないようだな。自らの死の理由を知らずに逝くのは残酷だ。親切な吾が特別に教えてやろう!」

 

 理解出来ていない? 一体何を? 分からない、分からない!! 何なんだ一体。こんなの自分の創ったシナリオには存在しない!!

 

「貴様がここに来るまでに殺したであろう魔法少女たち、そして魔法少女でもないただの人間がその大いなる勇気で稼いだ時間。その全ては無駄ではなかった。吾が貴様にしていたことも、彼らとほぼ変わらない。吾が命懸けで行っていたのは、単なる時間稼ぎに過ぎない。そして⋯⋯もうすぐ日付が変わる!!」

 

 チロリの脳は、一瞬クレラの言葉を理解することを拒んだ。しかし、『日付が変わる』。その重大さを1番理解しているのは、他でもないチロリ自身だ。深夜零時、それはチロリにとってダイスの振り直しの時間を意味する。チロリの魔法、『ダイスを振って能力を決めるよ』は、日付が変わるごとにダイスを振り、その日一日のステータスを決めるというもの。そしてその性質上、日付が変わるその瞬間、チロリのステータスは完全にリセットされ、ダイスを振るまでは全てが“0”となる。

 

 普通ならば日を跨いで戦闘を行うことなどないため、本人さえ気にしていなかったチロリの魔法の僅かな弱点。クレラが狙っていたのは、最初からその瞬間が訪れる時だったのだ。

 

 しかし、チロリがクレラの狙いに気付いた時には、既にエンジン音が間近まで迫ってきていた。突然視界が暗くなり、何事かと空を見れば、そこには月を隠すように空を飛ぶ一台のバイクと、涙目で運転手にしがみつきながらもチロリに向かい腕を伸ばすレイニーの姿があった。

 

「ふっ。今度はちゃんと時間通りに来られたではないか」

 

 クレラが呟く声が聞こえる。そして、目の前にはバチバチと音を立てて激しく放電を繰り返す小さな黒い雲。

 

「⋯⋯まだだ!! こんなところで死んでたまるかぁ!!」

 

 チロリは、奥の手の百面ダイスを懐から取り出し、宙へと投げた。振るのは勿論『回避』。ダイスの値が50以下で成功、50以上なら失敗だ。

 

「⋯⋯あーあ。こりゃあダメだ。今日の私は全くツイてない」

 

 ダイスが示した値は“99”。成功どころか大失敗、“ファンブル”だ。その値を見たチロリは、最早悪あがきは止め、素直に自分の敗北を受け止めることにした。

 

 直後、稲光がチロリの身体を貫く。耐久力が全くない状態のチロリでは勿論その雷撃には耐えきれない。それに加え、体中に刺さった無数の剣が雷撃を受けて熱を帯び、中から外から、チロリの身体を焼いていく。人間の身体が焼ける匂いとはこんな匂いなのか。それが、チロリが人生の最期に思ったことであった。

 

♢レイニー・ブルー

 

「クレラ様!!」

 

 レイニーは隣でプスプスと音を立てて燃え炭となったチロリには目もくれず、バイクから飛び降りてクレラの元へと駆け寄って行った。クレラは辛うじて息をしているといった様子で、全身傷だらけ。特に顔の損傷は酷く思わず目を背けたくなるような有様であった。勘の鈍いレイニーでも、既にクレラの命が風前の灯火であることは理解出来る。それがたまらなく悲しくて悔しくて、レイニーの瞳からは涙が零れる。

 

「すいません、クレラ様⋯⋯。私がふがいないばっかりに、こんな、こんな⋯⋯」

 

 その時、レイニーは自分の頭にこつんと何かが触れたのを感じ、はっと目を見開いた。レイニーの頭に触れたのは、クレラの拳。クレラは震える手でレイニーの目元を拭うと、キリリと眉を吊り上げる。

 

「たわけ!! 魔法少女が涙を見せるな!! 魔法少女ならば笑えと何度も言ったであろう!! さあ笑え、レイニー。⋯⋯貴様の笑顔が、吾の冥土の土産だ」

 

 とても瀕死の状態とは思えない、いつもの力強く凜々しい声に、レイニーの顔には自然と笑みが浮かんでいた。そうだ、美しい魔法少女に涙は似合わない。まして、それが世界一美しい魔法少女を相手にしている時なら、尚更笑顔でなければならないのだ。

 

レイニーの笑みを見たクレラは、満足そうに頷くと、レイニーにこう問いかけてきた。

 

「レイニーよ。吾は今、美しいか?」

 

 その問いかけに対する答えを迷うことなどない。レイニーは、精一杯の笑みを作り、力強くこう答えた。

 

「勿論です、クレラ様⋯⋯!! 空に浮かぶあの月よりも、クレラ様は美しく輝いています!!」

 

「そうか。吾はあの月より美しいか。その答えを聞けたなら、もう吾に未練はない、な⋯⋯」

 

 まるで赤子のような無垢な笑顔を最期に、クレラの身体はレイニーの目の前で灰となって崩れ落ちる。

 

 さっきまでクレラだった灰の山をただただじっと見つめ続けるレイニー。そんなレイニーの元に、ハンドルピースが背後からゆっくりと近づいてきた。

 

「クレラ様はああ言ったっすけれど、自分は、泣きたい時には泣いてもいいと思うっすよ。大丈夫っす。自分は運転手なんで、エンジン音で周りの音はよく聞こえねえっすから⋯⋯」

 

 そう声をかけたハンドルピースの声は、少し震えていた。レイニーの瞳から、今まで必死にせき止めていた涙があふれ出す。一度決壊したダムは、簡単には修復できない。レイニーは朝日が昇るまで延々と泣き続けた。この日を最後に、もう自分は決して泣くことはあるまいと誓いながら。

 

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