♢マミィ・マム
「クソッ!! どいつもこいつも、ホントに使えないんだから⋯⋯!!」
高層マンションの最上階にある自室に帰り着いたマミィ・マムは、ソファの上に置いてあったクッションを、怒りに任せて床に放り投げた。魔法少女の力で投げられたクッションは衝撃に耐えきれず綿を撒き散らす。その綿が口に入り、結果的にさらにストレスをためることとなる。
無駄にプライドの高いマミィ・マムは、自分が情けなく逃げる形になったことが許せなかった。そして、自分をそんな情けない目に遭わせた賽ノ目チロリ、そして無能なキティ・ギルに対する怒りは収まりそうにない。
「あー、イライラするぅぅ!! ⋯⋯そうだ、こんな時は適当にガキでもさらってストレスを発散しよう。うん、それがいいわ」
自分の娘が居たときはストレスがたまったときはよく娘を殴ることでストレスを発散していた。娘が夫と一緒に逃げてからはストレスの発散方法は買い物へと変化したが、この時間では空いている店はほとんどない。それなら、夜更かししている悪いガキをさらってお仕置きする方が簡単だ。
そう思って再び外へ出ようとしたその時、トントンという玄関のドアを叩く音が聞こえてきてマミィ・マムは足を止めた。
「だれ? ここに誰か来たことなんて一度もないのに⋯⋯」
まさか、賽ノ目チロリがここを突き止めてやって来たというのか。いや、あのキチガイ野郎ならノックなどせずドアを破壊するだろう。しかし、敢えてノックをすることでこちらの油断を誘っているのかもしれない。マミィ・マムは厨房に行き包丁を手に取ると、すぐ相手に襲いかかれるように後ろ手に包丁を構えながら、ゆっくりとドアを開いた。
「⋯⋯ああ、ようやくドアを開けてくれましたねぇ。私、待ちくたびれてしまいましたぁ」
そう言って目の前でニッコリと笑みを浮かべるのは、マミィ・マムが恐れていた賽ノ目チロリではなかった。しかし、人間離れしたその美貌は、間違いなく魔法少女のそれだ。金色に輝く髪に、純白のドレス。一瞬、マミィ・マムがキティ・ギルに攫わせようとしたブルジョワーヌⅢ世が目の前に居るのかと疑ってしまうほど、その魔法少女の見た目はかつて写真で見たブルジョワーヌの姿によく似ていた。
何故見覚えのない魔法少女が目の前に立っているのか。この魔法少女は一体何をしにやって来たのか。疑問は多々あるが、相手がチロリじゃないならひとまず安心出来る。
「初めまして、ですよね? 一体私に何の用でしょうか?」
笑顔でそう話しかけると同時に、魔法を発動させる。相手の年齢が分からない以上、最初から全力で母性を浴びせた結果、目の前の魔法少女は光のない目で「お母さん⋯⋯」とこちらに呼びかけてきた。
上手くいった⋯⋯! 心の中でニヤリと笑みを浮かべたマミィ・マムは、早速目の前の我が子へとお願いという名の命令を下そうとした。
「さあ、可愛い我が子よ。もし武器を持っているなら今すぐ母に手渡すのです。そう! 偉い子ねぇ貴女は。後はその手に持った包丁を早く私に渡し⋯⋯」
マミィ・マムの指示に従い、包丁を手に持った目の前の魔法少女。そんな彼女を笑顔で抱き留めようとしたマミィ・マムは、自分の腹に突き立てられた包丁を見て大きく目を見開いた。
「⋯⋯貴女ってホント救われない馬鹿ですよねぇ。よりによってこの私に、その魔法をかけるなんて。ねぇ、さっき貴女、私に初めましてって言いましたけれどぉ⋯⋯本当に気付いていないんですか?」
傷の痛みに耐えきれず座り込んだマミィ・マムを、目の前の魔法少女はハイライトのない瞳で見下ろしてくる。しかし、そんなことを言われても本当に初めて見たのだから答えようがない。未だに名前だって分からないのだ。
マミィ・マムが答えられないことを察したのか、目の前の魔法少女は呆れたようにため息を吐いた。そして、何と目の前で変身を解除したではないか。その姿を見た瞬間、マミィ・マムの額からは滝のように冷や汗が流れ出す。
「⋯⋯どうやら、ようやく気が付いたようですねぇ。数年ぶりに見た娘の顔は如何ですかぁ? 馬鹿で愚かな⋯⋯私のお母さん♡」
「あ、
流石に、実の娘の顔を見間違えるほどマミィ・マムも馬鹿ではない。そこに居たのは、確かにマミィ・マム⋯⋯いや、
混乱と恐怖に任せ振り抜いた拳は、しかしながらいつの間にか魔法少女に変身していた愛羅に軽々と避けられてしまう。その上、体勢を崩したマミィ・マムの頭を足で地面に押しつぶす愛羅。屈辱と痛みでうめき声を上げるマミィ・マムの顔を覗き込むように顔を近づけてきた愛羅は、この状況に似合わない満面の笑みを浮かべ、こちらに話しかけてきた。
「そういえば、この姿での名前をまだ教えていませんでしたよねぇ。私の名前はジュリエッタ。愛に生きる魔法少女ジュリエッタです。⋯⋯ところで、話は変わりますがお母さん。メールアドレスは適度に変えた方が良いですよ? まして、魔法の端末まで同じ番号にするとは⋯⋯。防犯意識がなってないにもほどがあります」
目の前で愛羅⋯⋯いや、ジュリエッタは魔法の端末を取り出し、その画面をマミィ・マムに見せつけてきた。そこに映し出されていたのは、見覚えのある文面。ある日突然マミィ・マムに送られてきた、ブルジョワーヌⅢ世の情報が記されたあのメールと同じものだ。
「な!? なんでアンタがこのメールのこと知ってるのよ!!」
「それは勿論、メールの送り主が私だからですよぉ、お母さぁん。馬鹿な貴女なら、あの人のことを知ればすぐ何かやらかしてくれると信じてましたよぉ? そして、貴女の魔法のことは、ネットの掲示板で囁かれていた情報から見当を付けることが出来ました。まあ、あれだけの男が被害に遭っていれば、そりゃあ噂にもなりますよね。そして、その噂の魔法少女が貴女だってことを特定するのも簡単でした。最近の探偵さんって優秀ですねぇ。噂のことを話して身元を調べて欲しいって話したら、すぐ突き止めてくれました。久しぶりの探偵らしい依頼とかで、随分と張り切ってくれましたよ。確か名前は⋯⋯氷岡忍さん、でしたかね? まあ、貴女には関係の無いことですけれど」
目の前で話される衝撃的な事実に、マミィ・マムはただ呆然とそれを聞くことしか出来ない。そんなマミィ・マムを一瞥したジュリエッタは、口元に浮かべた笑みをさらに深めると、さらなる事実をマミィ・マムに突きつける。
「貴女の性格ならば、自分でリスクを冒すようなことはしない。卑怯で愚かな貴女なら、必ず罪を被せるための身代わりを探したがるはず。⋯⋯そう考えた私は、飼い猫を手放すことにしました。偶然拾ったあの子が役に立つ日が来るとは私自身予想していませんでしたが、あの子は私の期待以上の働きをしてくれました。あの子はリーダーとなってメンバーを率いることで、わざと貴女の住む地域の近くに『キティ・ギル』という貴女が食いつく餌を持って行った。そして⋯⋯貴女はまんまと、その餌に引っかかった。あの子は、本当に賢い良い子でした。だから、貴女に洗脳されたあの子を解放するために、私は真っ先にあの子を殺すことにしたんです」
マミィ・マムの脳裏に浮かんでくるのは、キティ・ギルのリーダーのキャットミィの無邪気な笑顔。まさか、あのガキが、この子の飼い猫だった? それじゃあ、その餌にまんまと釣られ、ブルジョワーヌを攫おうとした自分は、まるで娘の操り人形ではないか。
「唯一の誤算は、貴女が想像以上の馬鹿だったということです。まさか、あんなバケモノを監獄から引っ張り出してくるなんて⋯⋯。下手をすれば、私も貴女も皆殺されてたかもしれませんよ? ホント、あそこに監査部門の魔法少女が居てくれて助かりました」
ジュリエッタは、おもむろに取り出した注射器をマミィ・マムの太股に突き刺した。注射器の中には神経毒的な何かが入っていたのか、マミィ・マムの身体はその瞬間ほぼ動くことが出来なくなってしまう。そして、マミィ・マムの身体が動かないことを確認したジュリエッタは、腹に刺さりっぱなしだった包丁を引き抜き、それを顔の近くまで持ち上げる。その動作で次にジュリエッタが何をしようとしているか悟ったマミィ・マムは、辛うじて動かせる口を動かし、必死でジュリエッタを止めようとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさい愛羅。昔のことは私が悪かったわ。何でもするから許してちょうだい? まさか、実の母親を殺すようなことはしないでしょう!? ね!?」
必死の形相でそう訴えかけるマミィ・マムに対し、ジュリエッタは心底不思議そうに首をかしげ、こう応えた。
「おかしなことを言うのですね、貴女は。血が繋がっていても、愛がなければ本当の家族とは呼べないでしょう?」
ジュリエッタは一切の躊躇なく、包丁をマミィ・マムの脳天目掛け振り下ろす。その時には既に全身に毒が回っていたマミィ・マムは、悲鳴を上げることすら許されず、実の娘にその命を奪われることとなったのであった。
♢ジュリエッタ
本当は部屋に入るなりすぐ殺すつもりだった。それなのに色々と余計なことまで喋ってしまったのは、やはり少しは母に復讐したいという気持ちがあったのだろうか。自分にそんな感情があったことを少し新鮮に思いつつも、ジュリエッタは手早くマミィ・マムの死体を処理する。早くしなければ外で待たせているあの人が可哀想だ。
死体はとりあえず生ごみの袋に詰め込み、床に飛び散った血を雑巾で綺麗に拭き取ったところで、ジュリエッタは一旦声帯を整える。何度も練習した足の運びで外へと出たジュリエッタは、廊下で心細そうに自分の身体を抱えて蹲る最愛の人に対し、“モルジャーナの声”でこう呼びかけた。
「ブルジョワーヌ様、もう安全です。中にいたキティ・ギルの残党は無事排除できました」
その声を聞き、ほっと息を吐いたブルジョワーヌは、切り傷の付いた両目をこちらに向けてきた。ジュリエッタはそんな彼女に近づき、優しくその身体を抱きしめる。すると、ブルジョワーヌもまた、ジュリエッタの身体を力強く抱きしめ返してきた。
「ああ、貴女が無事でよかったですわ。モルジャーナ。貴女が居なくなったら私、とても生きていけない⋯⋯!!」
「安心してください、ブルジョワーヌ様。貴女の従者、モルジャーナはちゃんとここに居ます。もう二度と、貴女から離れることなどありません⋯⋯」
ジュリエッタは、ブルジョワーヌの身体の柔らかさに幸福を感じつつ、そっと視線を彼女の足へと向ける。ブルジョワーヌの両足は切り落とされ、傷口は包帯でぐるりと巻かれている。これでは、とても自力で歩くことは出来ないだろう。そして、彼女の目もまた二度と開くことはない。ブルジョワーヌをこんな有様にしたのは、他でもないジュリエッタ自身であった。
屋敷でブルジョワーヌに拒絶されたあの時。ジュリエッタは、その手に持った包丁で、彼女の視力と足の自由を奪った。その直後、ジュリエッタは得意の声帯模写でモルジャーナが慌てて駆け付けやって来たような演技をして、ブルジョワーヌをここまで連れてきたのだ。
──そう、あの時ジュリエッタが殺したのは、『魔法少女ジュリエッタ』という存在そのもの。本当は、ブルジョワーヌに『ジュリエッタ』を愛して貰いたかったが、それは叶わなかった。だから、ジュリエッタはブルジョワーヌが愛する存在、『モルジャーナ』に成り代わることにしたのだ。
この計画は、何も突発的なものではない。事前から用意してあった作戦のうちの一つだ。だいぶ前からモルジャーナには目を付けていた。ブルジョワーヌと視覚や聴覚を共有することで、彼女の仕草の癖や声の質などはほぼ完全にコピーしていた。さらに、万全を期して自分の目でも彼女の紅茶の淹れ方、そして治療の仕方などを確認した。今のジュリエッタなら、モルジャーナ以上にモルジャーナらしく振舞うことが出来る。
ジュリエッタはブルジョワーヌをお姫様抱っこでマミィ・マムの住んでいた部屋の中へと運び入れる。ここからは、この部屋が二人の愛の巣となるのだ。視界と足の自由を奪われ、心の拠り所がモルジャーナしか居なくなったブルジョワーヌは、多少の違和感を覚えることがあったとしてもジュリエッタをモルジャーナだと思い続けるだろう。
自分を運んでくれたことに対し感謝の言葉を述べたブルジョワーヌに対し、ジュリエッタがその頬にそっと口づけを返すと、ブルジョワーヌは幸せそうに顔を赤らめた。その閉じた瞳の裏に映っているのはジュリエッタの姿ではなく、モルジャーナの姿だ。しかし、それに何の問題があるというのだろうか。一生ブルジョワーヌの傍に居ることが出来る、それだけでジュリエッタは世界中の誰よりも幸せなのだから。
──魔法の国にも、母さんにも、そしてモルジャーナ⋯⋯貴女にも、この方は渡しません。誰もが欲する黄金の魔法少女は、永遠に、永久に、私だけの傍で輝き続けるのです♡