♢和三盆茶々
和三盆茶々は、魔法少女だ。しかし、茶々には自分に他の魔法少女ほどの魅力があるとは思っていなかった。確かに、魔法少女のコスチュームである若草色の着物は美しく、手触りも大変良い。しかし、そのコスチュームを纏う茶々自身は、吊り上がった細い糸目の持ち主であった。平安時代ならこれでも美人なのかもしれないが、今は平成である。テレビでよく見る魔法少女の多くがそうであるように、ぱっちり二重の方が美少女だと言われるし、茶々もまたそう思う。
茶々のそんな思いは、一緒に暮らしている魔法少女の
さらに、頭の上に大きな急須を乗せている間抜けな格好の茶々とは異なり、雪のように真っ白でなめらかな髪の毛は一つに結ばれ、足下まで伸ばされている。また、すみれの魔法、『魂込めた文字を書けるよ』を象徴するかのごとく、先端だけは墨で黒く染められていて、大きな筆のように見えるのもとても魅力的だ。
そういえば⋯⋯と、茶々はキッチンで二人分の夕食を作りながら首をひねる。自分とはまったく釣り合わない魅力を持っているすみれ。一体どうして茶々は彼女と一緒に暮らすようになったのか。あまりにも一緒に居ることが当然すぎてきっかけを忘れてしまった。思い出そうと記憶を辿った瞬間、猛烈な頭痛が茶々を襲う。あまりの痛みにふらつき、サラダが入ったボウルを落としそうになる。しかし、そんな茶々の身体を、ひんやりとした心地よい掌がそっと支えてくれる。
「すみちゃん、おおきに。でも、もう大丈夫やから、手ぇ離してくれてもいいどすえ?」
茶々がそう言うと、すみれはこくりと頷き、手を離してくれた。ただ、また倒れてしまわないか心配なのか、後ろからじっと茶々の調理の様子を眺めている。なかなかにこっ恥ずかしいシチュエーションだったので、茶々はいつもの三倍速で調理を急いだ。
ようやく夕食が出来たところで、茶々はすみれと一緒にこたつへと向かう。茶々がこたつの上に自分の夕食を置くと、いつもなら反対側に座るすみれが今日は隣に座ってくる。味噌と墨汁の匂いに、自然と心が安らいでいく。
魔法少女の姿では空腹を感じることはないが、茶々とすみれの二人はいつも魔法少女の姿で食事をとっていた。その時毎回茶々が思うことは、口元をマスクで覆っているすみれがどうやって食事を口の中に運んでいるのかということなのだが、どう見てもマスクを取っているようには見えないのに食べ物だけは消えていく様はミステリーとしか言いようがない。
「すみちゃん、今日のご飯はどうやった? ちゃんと美味しく作れてはりましたやろか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
茶々の問いかけに答えることなく、すみれはおもむろに自分の袴を破り、そこに何やら文字を書き始めた。これはいつものことなので茶々が不快に思うことはない。すみれと一緒に暮らし始めてだいぶ経つが、茶々は彼女の声を一度も聞いたことがなかった。単なる無口か、それともそもそも話すことが出来ないのか。
『美味』
しかし、すみれはこうして文字で自分の感情を伝えてきてくれる。すみれの声を聞いてみたい気持ちがないわけでもないが、コミュニケーションを取る上では特に問題はないので茶々はこの点に関しては特に気にすることはなかった。
夕食を取り終わると、次はお風呂の時間だ。このときも、茶々が変身を解除することはない。そもそも、すみれと暮らすようになってから茶々は変身を解除したことが一度もなかった。これは茶々が望んでそうしているわけではない。以前変身を解除しようとした時に、すみれに猛烈に反対されたからそうしているのだ。普段はほとんど表情を変えることのないすみれが、あの時は必死の形相で茶々を止めたのをよく覚えている。
コスチュームの着物を脱ぎ捨て、全裸となった茶々。その隣に、同じく白袴を脱ぎ捨てたすみれが寄り添う。袴を着ている時にはあまり分からないが、すみれの胸はなかなかに大きい。それに対し茶々の胸はほとんど膨らみがない。着物は貧乳の方が似合うとよく言うが、もう少し大きくてもいいのではないかと思うのは欲張りだろうか。
風呂には二人で一緒に入るのがいつからか習慣となっていた。お互いに背中を流し合い、ゆっくりと風呂に浸かる。バスタブはあまり大きくないため、かなり密着しないと二人一緒に入ることはできない。そんな密着状態で向かい合うのは茶々の精神状況的によろしくないので、毎回すみれには背中を向けた状態で風呂に浸かるのだが、それはそれで余計にすみれの存在を強く感じて体温が上がってしまう。
風呂から上がった後が一番大変だ。お互い無駄に長い髪の毛を乾かすために、一時間近くを消費することになる。ただ、茶々はこの時間が嫌いではなかった。すみれの髪の毛はとても綺麗で手触りも絹のようになめらかなので、そんなすみれの髪の毛を堂々と触ることの出来るこの時間はむしろご褒美でもあった。
ちなみに、風呂から上がった後は、二人とも服を着ていない。一旦変身を解除して変身すれば済む話なのだが、二人とも変身を解除するつもりはないので、あのコスチュームをわざわざ着直すのは面倒なのだ。そして、髪を乾かした後は特に何もすることもないので、二人で一緒の布団に入って寝る。
「ほな、おやすみ。すみれちゃん」
耳元でそっと囁きかけると、すみれはこくりと頷いて目を閉じる。そんなすみれの頭を優しく撫で、すみれの体温を感じながら茶々も眠りにつくのであった。
気が付けば、朝日が登り始めていた。茶々の横では、すみれが心地よさげに寝息を立てている。その表情はいつになく柔らかで、茶々も自然と笑顔になる。
その時、ふいにこたつの上に置いていた魔法の端末が着信を告げ、油断しきっていた茶々はびくりと身体を起こす。その拍子にすみれも目を覚まし、何事かと尋ねるように首をかしげた。
茶々は、魔法の端末を手に取り、届いたばかりのメールの文面を眺める。そこには、茶々とすみれの二人が以前仕事で関わった魔法少女、「ブルジョワ―ヌⅢ世」の名前があった。
「すみちゃん、どうやら仕事みたいどすえ。前おうた金ぴかさんからの依頼や。屋敷の警備をしてほしいみたいなんやけれど⋯⋯受けましょか?」
魔法少女としての茶々とすみれの主な収入元は、こういった依頼を受けることによるものであった。今回の依頼も、内容だけ読めばそこまで難しそうではないため、茶々は最初から受けるつもりで一応すみれにも声をかけた。そして案の定、すみれも頷いて了承の意を示し、二人はとりあえず面倒なコスチュームを再び着るところから準備を始めたのであった。