♢マミィ・マム
一度着た服は二度着ることはない。ねねは毎日のようにクレジットカードを振りかざし、大量の服や化粧品を買っていくのが習慣と化していた。当然、そんな生活を続ければ金はなくなる。普通の人間なら、ねねのような生活を続けていれば破産まっしぐらだろう。しかし、ねねは魔法少女だ。そこら辺にたむろする有象無象とは違う、選ばれし存在である。魔法少女の力を使えば、金を稼ぐ方法などいくらでもある。
ねねは、高級マンションの最上階の一室で、夜景と共に眼下にうごめく人々の群れを見下ろす。こうしていると、自分と他の人間との格の違いがよく分かるので、ねねはこの時間が好きだった。十分に自尊心を満たしたところで、ねねは魔法少女マミィ・マムに変身する。
マミィ・マムは、ねねの美しさ、豊かさを象徴するような魔法少女だ。ピンク色の髪は軽くウェーブを描いて膝元まで伸ばされ、少女漫画のキャラクターのごとく大きな瞳はねねの大好きな金色だ。コスチュームは、母性を感じさせる淡いクリーム色のエプロン。豊かな胸元を覆う部分には、大きなハートの飾りが付けられている。わりとゆったりめなデザインのエプロンと、腕をすっぽりと覆う白い手袋のせいで正面から見れば露出は少ないが、エプロンの下は下着のみであり、後ろから見るとほぼ背中が丸出しという実はかなり扇情的な格好でもあった。
マミィ・マムは、そんな扇情的なコスチュームで夜の歓楽街へと飛び出していった。狙うのは、四十代前後の男。マミィ・マムの経験上、この年代の男性はマミィ・マムの魔法、『みんなのお母さんになれるよ』が面白いほどよく効く。
男がマミィ・マムに視線を向けたところで、マミィ・マムはにっこりと聖母のようなほほえみを浮かべた。それだけで、男はぐらりと頭を揺らし、うつろな表情で「ま、ママ⋯⋯」と呟き出した。こうなれば、男はもう完全にマミィ・マムの母性に逆らうことの出来ない『息子』である。
ふらふらとマミィ・マムの元に近づいてきた男を、ひとまず人気の無い場所まで誘導すると、マミィ・マムはその柔らかな膝の上に男を寝かせ、ワックスで固められた七三ヘアーを優しく撫でる。
「ねえ、可愛い我が息子よ。もうすぐ母の日だったわよね? 母に何かプレゼントはないのかしら?」
「ママにお金あげりゅーー!!」
「うふふ、良い子ねぇ~。よしよし⋯⋯」
マミィ・マムはあまりのちょろさに内心ほくそ笑みながらも、表にはそれを出さず、あくまで優しい母を最後まで演じきる。そして、男から有り金全てをむしり取った後は、「あーん♡」で度数の強い酒を大量に飲ませ、酒の力でマミィ・マムのことを記憶から消去させるのだ。
毎日のように行っているこの作業を終えた後は、マミィ・マムは次なる金づるの元へと向かうため、ビルの上を渡り歩いていく。目的地は、一キロ先にある廃病院だ。そこは、マミィ・マムがさらなる金儲けのために魔法の力で『子供』にした魔法少女集団、『キティ・ギル』の拠点であった。
「あ、お母さんおかえり!!」
「おかえりですおかあさん!」
「ママ、おかえり!!」
「おかえりだにゃー!!」
マミィ・マムがいつもそうしているように、入り口のドアからロビーへと足を踏み入れると、『キティ・ギル』のメンバーの魔法少女4人がそれぞれ笑顔でマミィ・マムを迎えてくれる。そんな4人の可愛い「娘」たちに対し、マミィ・マムも笑顔で挨拶を返した。
「はい、母は今帰りましたよ。娘達よ、頼んだ仕事はちゃんとしてきましたか?」
「もちろんだにゃ!! お母さんに言われたとおりに、監獄塔から強い魔法少女を誘拐して、ブルジョワなんちゃらにも犯行予告を送りつけてやったにゃ!!」
そう言って得意げに薄い胸を張るのは、「キティ・ギル」の自称リーダー、キャットミィだ。その名前の通りに猫っぽい格好の魔法少女であるキャットミィは、期待を込めた瞳でマミィ・マムを見つめてくる。そこで、頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らした。そんなキャットミィを他の3人も羨ましそうに見ていたので、同じように頭を撫でてやると、それぞれ無邪気な笑みを浮かべて喜ぶ。やはり、子供は単純で扱いやすい。
マミィ・マムが『キティ・ギル』に求める最終目標は、魔法少女ブルジョワーヌⅢ世の誘拐であった。勿論、その目的はブルジョワ―ヌⅢ世の魔法、『お金をたくさん出せるよ』である。数ヶ月前に匿名の送り主によるメールでブルジョワ―ヌⅢ世の存在とその魔法を知ったマミィ・マムは、是非彼女を手元に置きたいと強く思った。ブルジョワ―ヌⅢ世、その魔法さえあれば、マミィ・マムがお金に困ることは絶対にない。毎日面倒な男共の相手をすることもなく、好きな買い物を楽しむことが出来る。
ただし、相手は魔法の国に資金を提供しているかなりの有名人。もし、マミィ・マムがブルジョワ―ヌⅢ世を誘拐すれば、魔法の国からその身柄を追われ、最悪魔法少女でいられなくなる危険すらある。魔法少女であることは、マミィ・マムの⋯⋯いや、岸藻ねねとしてのプライドの象徴だ。それだけは決して奪われるわけにはいかなかった。
そんな時、偶然この廃病院で『キティ・ギル』と出会い、マミィ・マムは彼女たちを生け贄にする方法を思いついた。そう、あくまでも実行犯は『キティ・ギル』。マミィ・マムはブルジョワ―ヌⅢ世だけ貰い、用済みになった彼女たちは最初から捨てる予定であった。
マミィ・マムがそんなことを考えているとは知らずに、この魔法少女たちはすっかりマミィ・マムの魔法の虜になっている。マミィ・マムの魔法、『みんなのお母さんになれるよ』は、母の愛を求める幼い子供、それから何故か先程のような独身男性にも非常によく効く傾向にある。流石にこの魔法少女が全員おっさんだとは思いたくないので、彼女達は恐らく前者であろう。変身前は小学生くらいの年齢か。流石に、そのような幼い少女たちをだまし生け贄にするような所業は、いくら普段男から金をむさぼり取っているマミィ・マムでも少し罪悪感を⋯⋯。
(抱くわけないんだよなぁ!! ほいほい魔法に引っかかるお前らが悪いんだよ!! さっさと乳離れしやがれこのクソガキ共!!)
そもそも、マミィ・マムは子供が大嫌いだ。子供という存在は不潔だし、五月蠅いし、何より自分勝手だ。
昔結婚した男との間には1人娘が産まれたが、どうしてもその娘のことが好きになれなかったねねは、その娘に日頃のストレスを暴力の形でぶつけた。それが原因で夫とは離婚。娘は父のもとに引き取られ、ストレスのはけ口を失ったねねは、買い物でそのストレスを発散するようになったのであった。
そんなねねが母性を操る魔法を持つ魔法少女になったのはかなり皮肉な話でもある。ただ、この魔法にも明確な弱点があり、それは、母性を必要としない者にはほとんど効果がないという点だ。
そして、どうやら『キティ・ギル』が監獄塔から連れてきた魔法少女、賽ノ目チロリにも、マミィ・マムの魔法は効果がないようだ。マミィ・マムは、先程から一言も話さないその魔法少女の姿を、改めてまじまじと見つめる。
魔法少女には珍しく、ひどく地味な灰色のパーカーに身を包んでいるチロリ。その顔も、フードで隠れていてよく見えないが、唯一見える口元は何がおかしいのかニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべており、頬には数字の「1」と「6」がそれぞれ右と左に書かれている。監獄に収監されていただけあって、なかなかに不気味な雰囲気のする魔法少女だ。
この手の類いとはあまり関わりたくなかったが、恐らく警備が厳重であろうブルジョワ―ヌⅢ世の屋敷からブルジョワ―ヌ本人を盗み出すためには、強力な力を持つ彼女の助けが必要不可欠であろう。そう思ったマミィ・マムは、自らの交渉力で彼女を説得することに決めた。
「えー、賽ノ目チロリさんでしたか? 実は、貴女を監獄から逃がしたのは、私たちの作戦に協力してほしいからなんです。もしよければ、私たちに力を貸してくれないでしょうか?」
一応魔法も発動させつつ、上目遣いでそう頼み込むマミィ・マム。しかし、それに対するチロリの返答はたった一言だけであった。
「⋯⋯“運”が向いたら、是非」
感情の全く籠っていない口調でそう言ったチロリは、またしても不動直立の状態に戻る。無駄にやる気の高い『キティ・ギル』と、全くやる気の感じられない賽ノ目チロリ。そんな彼女たちの様子に、マミィ・マムはこの作戦が本当に上手くいくのか、一抹の不安を抱いたのであった。