♢ジュリエッタ
自分を愛してくれる者などだれも居らず、頼れる者もいない。孤独と悲しみの中、独り死を選ぼうとした私はその時出会ったのです。私の、運命の相手に⋯⋯。
薄暗い部屋の中で、無数の機材に囲まれながら、私は目の前のパソコンの画面に釘付けになっています。そこに表示されているのは、私の魔法によって観測した、“あの人”のここ一週間の心拍数のデータ。規則正しく波を打つ心電図は、まるであの人の美を象徴するかの如く美しい形をしています。
手元に置かれたタブレットに視線を落とすと、そこにはあの人の体重や身長、そしてスリーサイズのデータが記されています。勿論、これも私の魔法で調べたモノ。あの人に一目惚れしたあの日。その一ヶ月後、偶然にもあの人と同じ魔法少女になることが出来た私は、その日以来こうして毎日あの人のデータを記録し続けています。
私、魔法少女ジュリエッタの魔法は、『あなたをいつも感じていたいよ』です。この魔法は、私が一度その姿を見た人物、その人の身長、体重、スリーサイズ。そして心拍数や体調の変化、そしてその人が考えていることまで、全てを共有できるというモノ。生涯たった一人に対してしか使うことは出来ないという制限はありますが、そんな制限は私にとって何の意味も無いものでした。だって、私には運命の相手がいるのですから。
目を閉じると、初めてあの方と出会った日のことが鮮明に蘇ってきます。闇夜の中、月光りを受け煌めく金色の巻き毛。その身に纏う純白のドレスは、彼女の無垢なる心の表れか。あの人のコバルトブルーの瞳に心を射貫かれ、桜色の唇から紡がれた言葉で私の脳は溶かされました。
魔法少女ブルジョワーヌⅢ世。変身前の名前は北条麗華。それが、私が愛するあの人の名前です。あの人のことを考えるだけで、私の胸は高鳴り、今にも張り裂けそうで⋯⋯。
「⋯⋯ちょっと待ってください。今、私の心拍数とあの人の心拍数が完全に、完全にシンクロしている!! 嬉しい⋯⋯嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!! あはははははははははははははははは!!!!!!!」
私は、歓喜のあまり包帯に覆われた両腕を天高く突き上げました。嗚呼、さっき私は確かにあの人と一つになった。これは、最早結婚と呼んで良いのではないでしょうか?
「⋯⋯そうです。私たちは赤い糸で結ばれた運命の相手。私は、貴女のことなら、貴女以上に何でも分かる。貴女もきっとそう、ですよね?」
頭の中のあの人にそう尋ねても、勿論答えが返ってくることはありません。私はこうしてあの人のことを感じているだけでも十分幸せですが、こういう時はやはりあの人が傍に居ない寂しさを感じてしまいます。
しかし、運命の相手とは必ず結ばれるモノ。私にはみえるのです。あの人と私が一緒に暮らす幸せな未来が。
「⋯⋯でも、その前にまず邪魔な奴らを片付けないといけませんね」
今、私の愛するあの人はとあることに頭を悩ませています。それは、あの人を誘拐するという犯行予告を出した『キティ・ギル』という魔法少女軍団。いくら自分たちの意志で動いていないとしても、私の愛するあの人に手を出そうとするとはとんだ愚か者達です。
そして、あの人の心を惑わす存在はまだいます。まず、あの人の屋敷を守ろうとするフリーランスの魔法少女達。アイツらがこの世に存在するせいで、照れ屋なあの人は私に連絡することが出来ず、アイツらに護衛を頼んでしまいました。次に、魔法の国の魔法少女達。奴らは、あの人の魔法目当てで近づいてくる賤しいハイエナ共です。ただちに私の手で駆除する必要があるでしょう。
そして何よりも許せないのが、魔法少女モルジャーナ。あろうことかこいつは、あの人の専属メイドとしての立場を利用し、あの人を洗脳してしまったのです!
ああ、可愛そうなあの人。本来なら、その親愛と信頼は私に向けられるはずの感情。いや、私にしか向けてはならない感情だというのに、まんまとこの下劣な悪魔の洗脳にかかり、その感情を私以外に向けてしまっている。
「魔法少女モルジャーナ、貴女だけは絶対に許しません。⋯⋯しかし、今はまだ、貴女には手を出さないでおきましょう」
私は、一旦パソコンを閉じ、椅子から立ち上がります。光を失った画面に映るのは、あの人と同じ金色の髪を持つ魔法少女、ジュリエッタ⋯⋯つまり私の顔です。衣装も、あの人を意識した純白のドレス。でも、あの人と私ではまるで比べものにならない。そのことは、私自身がよく分かっています。だって、あの人はこの世の何よりも美しいのだから。
私は、コスチュームに付属された包丁を力強く握りしめ、部屋の窓を開けると外へ飛び立ちます。向かう先は、もちろんあの人の屋敷です。今夜現れるという魔法少女集団『キティ・ギル』。あの人を傷つけ悩ませるこいつらは、即刻処罰する必要があるでしょう。
「待っていてくださいね、私の運命の人! 今、ジュリエッタが貴女の元へと参ります!!」
──歪んだ愛の元、ブルジョワ―ヌⅢ世を救わんと駆けるジュリエッタ。彼女の純白のドレスは、ところどころに真っ赤な染みが飛び散っている。闇夜に溶ける真っ黒な瞳には、魔法少女らしい輝きは一切見られなかったのであった。