お久しぶりですね、あいかわらず遅筆な橘です。
ヒカリとノゾミ、しっかりそれぞれに狂わされてる人が多くていいですよね。
「・・・マッシロ」
カシオはこう呟くしかなかった、彼のメインカメラが映すのは見渡す限りの白一色。
おそらく四角い部屋の中に閉じ込められているのだと思うが、ここには照明とか物の陰影とか、遠近感を掴める要素が全くないため、カシオは自分が宙に浮いているような気分で壁に背を預け座っていた。
変化が欲しい、おかしくなってしまう。
…シロは200色あるらしいが・・・識別できるかよそんなの
「シオンだいじょうぶかナ・・・」
気になるのはやはりシオンのことだった。なんか・・・スク水の二人に救助されていったがすでに憔悴しきっていた。彼にはいろいろと思うところはある、しかし勝手に死なれるのは気分が悪い。
そんなことを思っていると、3歩ほど先の空間に揺らぎが生じた。
既視感の正体はすぐに分かった、カシオが砂漠で引きずり込まれたのと同じものである。
「───バッテリーの具合はどうですか?」
「…今どこから出てきたクロいの」
「もちろん扉からですよ、其方からは見えないようになっていますが。」
虚空からゆらりと現れたのは、部屋の白とは対照的に黒を全身に纏った男。上下漆黒のスーツなのはまだいい、問題はその頭がゆらゆらと揺れる謎のエネルギーみたいなので形作られていることだった。その謎の物質も真っ黒なのだからどれだけ光を吸収してポカポカしたいのだろうか。
口ぶりからして、カシオのボロボロのバッテリーを交換したのはこの人外の大人らしかった。
「私のことは“黒服”と呼んでください。あなたをここに連れてきた理由としては、研究者としての好奇心と言っておきましょうか。」
「研究者?」
「ええ、現在は生徒らが内包する神性について研究しています。」
胡散臭い容姿。
胡散臭いセリフ。
「…そのシンセイとやらは知らないが、ワタシの記憶にある研究者は拉致監禁なんてしなかったけどな」
「クックック・・・失礼ですね、私が行動していなかったら今頃貴方は砂漠の廃棄物になっていましたよ」
黒服の笑い声がどこから出ているのかカシオにはわからなかった、奴の露出している部分に口は見当たらなかったからだ。
しかし今黒服が取っているポーズは、いわゆる一般の人間にとって「口元に手を当てる」と表現するしかないものだった。
余裕と色気たっぷりに彼は思案していて、それをカシオは下から眺めているしかなかった。
「…確かに、ここまで意思疎通ができるのであれば此方も相応の説明をする義務があるでしょうね。」
「ナットクできる理由を待ってるよ」
「では、話の前に…名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「カシオだ。」
「…なるほどカシオさんですね、少々長くなりますよ───」
そして黒服は、立ったままここ数日に起きたことについて話し始めた。
・
・
・
「少し前に、生徒に宿る神性を捕捉するシステム────簡単にいえばヘイローを有する者の座標がわかる代物を開発しました。」
暁のホルスに接触しやすくするために発明したそれだが、彼女はアビドス校舎からほぼ動かないためあっという間に無用の長物となったのだった。
「しかし昨日のことです、存在しないはずの反応を砂漠の中央部で受信したのです。」
「反応は二つ、大きいものと小さいもの。」
「大変驚きましたよ、砂漠外から来訪した生徒なら移動の軌跡が残るはずですが、彼らは突如砂漠に出現していたのです。」
カシオは、その二つの反応が自分とシオンのことだと察せた。
黒服もまた、脈絡なしにポップしたシオンという存在に巻き込まれた一人だった。
「そしてこれだけで終わりません。」
生徒の神秘には、皆それぞれ固有の波形がある。
特異なもので言えば、暁のホルスのように大きく、周囲を巻き込むものが挙げられるだろう。
しかし、シオンとカシオについては別の問題が生じていた。
「私にとって最大の衝撃は、二つの神秘の波形が完璧に重なったことです!」
興奮で声量のボルテージが上がる。
ご機嫌に黒服は真っ白い部屋の中を歩き始めた。
「二人の神秘の波形が完全に一致しているとわかったときの私の衝撃を想像してみてください!」
「たとえ双子でも神秘が全く一致するなんてことはありえない!ありえないのです!!」
「神秘とは忘れられた神々にとって存在の証明そのもの!!それが重複するなんてことは事象としてあってはならない!!」
「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ!?なぜ!?」
「なぜ」と連呼しながら興奮を抑えようともせずグルグルと歩き回る黒服に、カシオは寒気を覚えていた。
意味不明なその行動よりも、恐ろしかったのは黒服の目的だった。
彼の興味の矛先が、“突然の出現”よりも“全く同じ神秘”なのだととしたら…
「神秘が重複することはあってはならない…はずだったのですがね…クックック」
「出向くのがもう少し早ければ、大きな神秘の対象をホルスに回収されることもなかったのですが」
「まさか番の神秘の片割れが──こんな旧型のオートマタとは…!クックックックック!!」
黒い大人が立ち止まり、禍々しい亀裂が入ったその顔をこちらに向けた。
後ろに下がろうとしてもカシオの機体は動かない、黒服によって回路は切断されていた。
「イレギュラーとはどの分野でも必ず現れるものです。問題は、それと出会ったときに理論の崩壊を嘆くか新たな可能性に心躍らせるか……私は後者でありたい。」
今までにないほど近く、しかし親しく距離感を詰めるわけでもない。
そんなふうに黒服は、壁にもたれかかるカシオの前に立って見下ろしていた。
決して対等ではない、まさに研究者とサンプルだった。
「カシオさん、あなたは何者ですか?」
大人の黒い影が金属の体に降る。
自分か何者か?そんなこと自分が一番知りたいとカシオは胸の中で呟やくように思った。
自分が何者かなんてまだ整理がついていない、CPUに残る誰かの幼いころの記憶を処理しきれていない。
自分はなんなのか、教えてくれたのはただ一人だ。そいつは生みの親で、まだ子供で、なんで砂漠の真ん中にいたのかもわからない。
そいつが言うには…
「───ワタシは、クローンだって…」
「…」
「シオンの神秘で作られた…シオンの記憶をコピーしたクローンだって言ってタ。」
「…クククク」
「ワタシは…!」
「クククククククククククククク!!!!」
自身の想像をはるかに上回った現実。何かが決壊して黒服のひび割れから笑い声として漏れ出した。
笑ってしまうだろう、新たな忘れられた神々の可能性をこんな形で突き付けられてしまったら!
研究分野の底がまだ見えぬことに愉悦を感じている自分に黒服は酔っていた。
「なるほど、あの獣耳を生やした子供のクローン!そうですかクックックッククククク…!」
「───ワタシは…」
「クックックッ…これはまた面倒なことになりましたねぇ、証明に矛盾が生じていなければよいのですが──」
「黒服…!!」
「…どうかされましたかカシオさん」
黒服は怪訝そうにカシオを見た。
シオンの模造品は機械の体のくせして、人間の子供が自分を外部の悪意から守ろうとするように体を丸めていた。声も震えているように聞こえるのは気のせいではないだろう。
その人間じみた声色に黒服はいら立った。
「ワタシは…人なのか?」
「貴方の体はタンパク質ではなく金属で成っているではないですか。こちらこそ聞きたい、なぜ己を人だと?」
「…記憶があるんダ、小さいコロの思い出が。親や友人、人の五感で感じた匂いや風をおぼえてル。だから、」
「───カシオさん、貴方はどうやら模造品の自我を受け入れられてないようですね。」
「…ハ?」
傲慢なオートマタに何が起こっているのか。一言でいえば存在全てが中途半端なのだ。
「第一に、神秘を秘めている時点でカシオさんはそこらの機械の住人たちとは別の存在です。」
「…しかしそれはあくまでクローン元の神秘が分け与えられているだけ。貴方独自のものではありません。」
「そして第二に、キヴォトスでは個々の自我のある神秘はヘイローを伴います、しかし貴方の頭の上にはそれがない。」
「ヘイローが無い、つまり楽園にカシオさんという個我は認められていないのです。」
「ジャア、ワタシは…人でもロボットでもなくて…」
「はい。カシオという存在はキヴォトスでは無視される、所詮はシオンさんの器官のようなものです。」
自分で考えて
自分で何かを学んで
自分で自分を表現しても
カシオは、クローン元のシオンの一部としか世界にカウントされていないのだ。
「──そんなの、あんまりじゃないカ」
急に砂漠で目が覚めたと思ったら知らないガキの記憶を流し込まれて、それでも必死に二人で砂から生還しようとしたのに研究者の玩具だ。
挙句の果てには自分の自我は存在しないと告げられた。
白だ。この冷たい白い空間のように虚無だった。
今、カシオには何もなかった。過去も未来も、そばにいてくれる人も、自分自身すら無くなってしまっていたから。
「…」
そして、黒服は悪い大人だった。
想いをはせるのはカシオというサンプルの使い道。
・分解して神秘を取り出す。
・餌を与えずに放置した場合のクローンの状態変化。
・クローンのさらなる複製。
最高なのは契約を結ぶ必要がないことだ。
戸籍も何もない、この世に存在しない人間()と対等に接するのはナンセンス、死ぬために生まれてきたマウスと同じように扱って当然。
しかし───
「カシオさん、私と契約しませんか。」
あえて黒服は契約を選んだ。
マウスとはいえ、心のあるマウスだ。それなりに人間性を尊重してやれば、傷心なカシオは自ずと黒服に都合よく動くだろう。
「…ハハ、ケイヤクって、そんなのなくてもワタシで好きに実験デキるんだろ?」
「私はそのような軋轢を生む手段は好みではありません。もちろんカシオさんには実験に協力してもらいたい、しかしそれは双方の承諾があってこそ!」
「胡散臭い声で信念をカタられてもナ」
「私を信じていただければ、対価としてカシオさんが望むものを用意しましょう。」
「…」
さらに、もう一つ黒服にとっての利がある。現在キヴォトスではカシオはクローン元の一部と解釈されているのだ、つまり彼との契約それすなわち───
「貴方と私、どちらにとっても魅力的な提案だと思いませんか」
──それは記憶を操る神秘の保持者、カシオの製造者である海馬シオンとの契約となる。
黒服はその黒い顔の裏でほくそ笑んだが、カシオにはもちろん白い亀裂がうねったようにしか見えなかった。
─────────────────
カシオが黒服と契約を結んだころ。
そこから次元をちょっと越えたところにあるアビドス高等学校の校舎にて───
「私は梔子ユメ、こっちは小鳥遊ホシノちゃんだよ!よろしくね!」
「…」
「あ、はい…俺は海馬シオンです。よろしくおねがいします。」
目覚めると、知らない場所で知らない人たちに囲まれていた。
一人は優しそうな青いロングヘアのユメさん。なぜとは言わないが肩こりに悩まされていそうだと思った。
もう一人は…さっきから一言も話さないピンクのショートヘアのホシノさん。失礼を承知で言うが肩こりの経験はなさそうだ。
鼻がツンとする匂いとベッドを囲む白いカーテン。どこかの学校の保健室だろう。
「大丈夫?頭痛とか吐き気はない?痛いところがあったら───」
「ちょ、ちょっと待ってください!俺まだ状況がいまいちわかってなくて…」
「あっそうかごめんね…どこから説明しようか」
「まず、今いるここはアビドス高等学校で、私たちは生徒会のメンバーなの。」
「はい」
「それでね、私たちの学校はいろいろあって…お金がたくさん必要なの!」
「それは大変ですね」
「でね、ホシノちゃんが賞金首を捕まえてくれたりしてるんだけどなかなかお金が貯まらなくて…」
「ほう」
「どうしようかと思ってたら昨日の昼に宝の地図を見つけたんだよ!」
「おお!!」
「そこにスク水のホシノちゃんが入ってきて──」
「へぁっ!?」
「ユメ先輩!!!」
ようやく開かれたホシノさんの口から怒号が飛び出した。怒りにちょっと羞恥も交じってたかもしれない。
背後から怒鳴られて飛び上がるユメさんと、唐突なスク水に適応しきれていない俺は同時に注意をホシノさんに向けた。
「説明が長すぎます!話が終わるころには日が暮れちゃいますよ!」
「ひぃん…でもホシノちゃん、もう夕方で…太陽もほぼ沈んで…」
「屁理屈は聞きたくありません」
ホシノさんはバッと俺のほうへ顔を向けた。
「砂漠で探索中に瀕死のシオンさんを見つけて先輩と私で連れ帰ったんです、すごい熱だったからまさか二日で起きるとは思わなかったけど。」
「そんなことが…というかあれから二日も経ったのか…」
そのとき思い出したのは、砂漠を共に歩てくれたあのロボットのこと。最後の記憶は彼の背中で揺られていたのが最後の記憶だ、ずっと、ずっと俺に声をかけ続けてくれていた。
カシオも助かったはずだ。どこに行ってしまったのだろう。
「俺の近くにオートマタがいたはずです、あいつは無事ですか!」
俺の質問にホシノさんとユメさんは気の毒そうな顔をした。その表情だけで、嫌な確信が背中を駆け巡るのを感じた。
「…ごめんなさい。私たちがシオン君を見つけた時に確かにオートマタも近くに倒れていたけど…」
───ユメさんが言うには、カシオはすでにピクリとも動かなくなっていたらしい。砂漠にいくらでも転がっているオートマタの残骸と同じ状態のそれを連れて帰るより、二人で俺を運ぶのを優先してくれたそうだ。
…カシオは俺のエゴで生まれたのに、死ぬまで俺を背負って歩いていたのだ。
俺なんかじゃなくて、彼が生き延びるべきだった。
「そうですか…俺だけ…」
「ごめんなさい、シオン君にとって大切な人だったんだね。」
「…いえ、広い砂漠の中で俺たちを見つけてくれてありがとうございます。」
たまたまだよ~、とユメさんは優しく笑った。
彼女はずっとベッドの隣に座って、俺と同じ目線で話を聞いてくれていた。
初訪の場所なのに落ち着いていられるのは、ユメさんの醸し出す気の抜けるような雰囲気のおかげに違いない。
「それで」
…反対にホシノさんは最初からずっと刺々しい雰囲気。それはたった三文字のセリフなのに、場の温度を2、3度下げるようだった。
銃口を突き付けられていると錯覚させる眼光が俺を貫いている。
「シオンさん、あなたは何者ですか?」
「何者と言われましても…」
「ユメ先輩、そこをどいてください」
「えっ?いいけど…」
グイッ
バサァ
「ひゃあっ!!」
「ホシノちゃん本当にどうしたの!?」
「…」
ホシノさんが何をしたかというと、俺の体を優しく覆っていた毛布をそれはもうワイルドに引きはがしたのだ。
さすがに病み上がりの人間にする所業ではないよこれ。
「海馬シオン、これからいくつか質問するから正直に答えて。」
それはまぎれもなく尋問の宣告だった。唐突すぎるそれに異を唱えたほうがよかったかもしれない、きっとユメさんもこちらに味方してくれただろう。
だが、俺の目がピントを合わせていたのは彼女が手に握っているショットガン。人生で見てきた中でおそらく一番強力な神秘を放っているそれを認識してしまうと、もう言葉など喉の奥に引っ込んでしまった。
「は、はい…わかりました。」
そして地獄の質問攻めが始まった。
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警戒心強め・ホシノ
vs
思春期の出自不明な少年・シオン
vs
何も知らない・ユメ
ファイッ!!!
「名前と年齢は?」
「海馬シオン、15歳、学生です…」
「どこの学園の所属なの?」
「今は無所属です」
「嘘を吐こうとするな」
「本当のことしか話していません」
「その恰好は何?なんで白い布一枚なの?」
「これは、その…私服っていうかごめんなさい銃を向けないで」
「本当は?」
「…ある大人が用意した服です。」
大人。その単語でホシノの眉間にしわが寄った。
彼女が連想したのはもちろんあの胡散臭い黒スーツ──黒服と呼んでいる大人のことだ。
「じゃあ、どこから、どうやって砂漠に来たのか教えて」
「…気づいたら砂の海に放り出されていました。」
「正直にに答えろと言ったはずだ」
「だから本当のことしか喋ってないのに!!」
必死に訴えるシオンだったが、ホシノの懐疑心はその程度では収まるはずもない。
突然砂漠の真ん中に現れた入院患者のような格好の男、なぜユメ先輩は警戒すらしないのだろうか。
先輩は黒服のことをしらない上に元々が世間知らずのお花畑思考なのだ、私がしっかりしないと…そんな風にホシノ考えて、緊張を決して解かなかったのだ。
(そのばけの皮を剝がしてやる、話はそれからだ)
一方シオンはほかの心配をしていた。
「ねぇ、この質問形式やめません…?こんな一方的な対話は…なんか、危ういですよ」
「じゃあ、砂漠に来るまでは何をしてたの?」
「ねぇ話聞いてよ!」
ホシノの質問を思い出してほしい。
目の前に座った相手に、名前と年齢、今の職業(学生)を答えさせる。この時点で少し怪しいがまだ普遍的な問いの範疇にあった。
しかしその後、服装について聞かれた時にシオンは嫌なデジャブを感じた。
今のシオンは決して健全な格好をしていない。パンツも無しのワンピースみたいな布一枚なのだ。
不健全な格好をした人間が、目の前の人間の一方的なインタビューに答えている。
この構図はもしかしてそういうことなんじゃないかとシオンは考えていた。
カシオを失ったショックでおかしくなっていたのかもしれない。
「全部自分で話すからそのインタビュー形式やめてお願いだから!」
(急に砂漠に飛ばされて銃を向けられて、なんか〇Vみたいな質問されてる!)
シオンにはもうちょっと思考を落ち着かせる時間が必要だった。
「ホシノちゃん、そんな怖い聞きかたじゃなくてもっと穏便な…」
そしてユメは後方でとにかくおろおろしていた。
数日前まで死にかけだった患者で、めったにない客人でもあるシオンに胸を高鳴らせてたというのに…かわいい後輩が急に彼を激詰めし始めてビックリユメパイだった。
「こいつは最初から一番重要なことを隠してます。それを引き出すにはこうするしかありません。」
「隠し事なんて誰にでもあるでしょ!こんなことしたらシオン君緊張しちゃうよ!」
「絶対緊張なんかしてません、ずっとこの男はふてぶてしいですよ!」
「…確かにそうかも」
「…シオン君、こういうのは初めて?緊張してる?」
「当たり前でしょ!!!ハジメてもハジメてですよ!!あとその台詞回し止めてください!!」
「ユメ先輩、西日が眩しいのでそこのシャッター閉めてくれませんか」
「あっうん、わかった。この緑色のだよね?」
「あーもうめちゃくちゃだよ」
(あわわわわ…ホシノちゃんなんでそんなにピリピリしてるの~私がなんとか二人を和ませなきゃ…!)
ユメは頑張った。
シオンの背後にある緑色のシャッターを閉めて逆光による心の距離感をなくそうとした。
ケーキとか寿司など、好きな食べ物の話題を振ろうとした。
不器用ながらアイスティーを淹れてみた。
しかしホシノはキレて、シオンはそれを止めてくれと嘆願するだけだった。
「服を脱げ」
「とうとうそこまで!?」
「まずその怪しい恰好からだ、何か隠してないか確認するから脱いで」
「ちょっやめ、あっ力強い、勝てない」
「ホシノちゃんそれはさすがにダメー!!」
「せんぱ──ムグゥ!?」
ユメは後輩が一線を越える前に後ろから抱き着いた。
肉体の、ある部位の格差が残酷にもホシノの頭を包み込んだ。二つの大きなやわらかい塊が自分を窒息死させる前に彼女はシオンから手を放すしかなかった。
シオンが束の間の安全を感じたその瞬間、部屋の中にコロンと金属が転がる音が響いた。
「服の中から…何か出てきた」
「ほら!やっぱり──」
ホシノが予想が的中した歓びの声を上げ…ようとしたが、それは途中で止まった。シオンの表情に彼女は息を呑んてしまったからだ。
彼の纏う雰囲気はさきほどとは全く違う、声すら出せない驚きと深い悲しみがそこにはあった・
出てきた金属片は銃弾ほどの大きさで、機械のパーツの破片のようにホシノには見えた。
シオンはそれを震える指で拾い上げて優しく掌で包み込んだ。
彼が喪ってしまった者の一部が服に引っかかっていたのだった。
「───カシオ?」
彼の口から出た単語の意味は知らない。
ただ、シオンの声色が寂しさに震えているのがホシノには理解ってしまった。あのボロ片が今のシオンにとってどれほど大切なものなのかを、彼の溢れそうな涙を見て理解してしまったのだった。
「…シオン君、無理に話してなんてもう言わないよ。脅迫をしてしまってごめんなさい。」
ユメがホシノに代わって頭を下げた。
「だけどね、私は泣いちゃったときの辛くてたまらないあの気持ちも知ってるの。」
カシオが死んだという喪失感は突然シオンを包み込んでしまったが、そんな彼の心にもユメの言葉はスッと春風のように入ってきた。
それはきっとカシオの言葉にもあった優しさのせいだろう。
「私でよかったら、シオン君に何があったのか聞かせてくれないかな。」
誰かに話したら楽になることもある、とユメはシオンに伝えた。
シオンはどうするか、そんなの決まっている。この人に自分とカシオのことを聞いてほしかった。
「大人と二人暮らしをしていたのが、朝目が覚めたら砂漠にいたのが三日前です。」
「うん」
「カシオは、いっしょに炎天下を歩いてくれた仲間でした。」
「…それがあのオートマタさんだったんだね」
「はい。」
実はホシノの勘は当たっていて、シオンはずっと自分とカシオのクローン関係のことは黙っていた。
「本当に何も知らないんです。同棲していた大人の真意も、この服のことも何も知らされていないんです。」
「前に住んでいた場所はDUって言ってたけど…」
「ごめんなさい、あれは嘘です。牢屋みたいな部屋に閉じ込められていました。」
シオンはそう言って顔を曇らせた。
ホシノにとって、監禁されていたことの告白は二度目の衝撃だったが、その感情が表面に出ないように抑えた。
こんなに闇が深い話が出てくるとは誤算以外のなにでもなく…
「カシオがいてくれて、初めてそばにいてくれる存在で、夜一人でも寂しくないのは久しぶりでした。」
深く染みついた孤独。砂の上で死の淵を彷徨っていた時、シオンはどんな気持ちだったのだろうか。
ユメは彼の目には光がないみたいだと思った。
(私にはホシノちゃんがいてくれるけど、もしも独りだったら…)
そしてアビドス高等学校生徒会長、梔子ユメは一つの決断をその場で下した。
「シオン君、アビドスに来なよ!」
「──え?」
「行く場所がないならここに住めばいいよ、アビドスの生徒になればいい!」
「ちょっと先輩何言ってるんですか!?」
「だってシオン君、家もお金もないし…それにアビドスに人が増えたら私達も嬉しいよね!」
「勝手に私も含めないでください!」
辛い境遇があったとしても、ホシノにとってのシオンはただの不運な異物に過ぎない。
ユメが彼に向ける同情と慈しみの表情がホシノには理解できなかった。
「甘っちょろい」と吐き捨ててやりたくなるのはいつものことだ。
「生徒証も持ってないのに入学手続きができるわけないでしょう」
「ひぃん…できるもん!私生徒会長だもん!自治区で一番偉いの!」
「じゃあ私の意見も尊重してくださいよ!」
ホシノはシオンが得体のしれないことだけが、彼の入学を反対する理由ではないと心のどこかで分かっていた。
(二人で、二人で今まで頑張ってきたのに…)
「先輩…!」
「……じゃあ多数決にする?」
「二人でやっても意味ないんですよそれ 」
ユメはそれじゃあしょうがないよねという風にホシノにニヤッと笑った。
「ならシオン君にも参加してもらおうね」
「…先輩」
ホシノは先輩のその言葉に、あのバカの先輩に出し抜かれたような形になってしまったことに気づいて、敵わないなと諦めてしまった。
意図的にやったことではないだろう、多数決なんてぽろっと零れた無意識の言葉に違いない。でも今日の運はユメとシオンに向いているようだった。
「シオン君はどうする?」
「──俺は」
シオンは、自分に決定権がある場を作ってくれたユメに向かって答えた。
「俺は、
ユメという眩しすぎる存在にシオンは脳を焼かれてしまった。
「はい、じゃあ多数決は2対3でシオン君はアビドスに入学ね、やった~!」
そう喜ぶユメをホシノは冷ややかな目で見つめていたが、肝心な時だけはいつも先輩に逆らえないのも経験として知っていた。
そしてシオン。彼に対しての疑心はあるが、嬉し涙を流している少年に強く当たることができない優しさも確かにホシノは持っていたのである。
もちろん本人はそれを認めたりしないけれど。
─────────────
「…」
ホシノが無言でシオンに手を伸ばしていた。
あの後、保健室にはしばらくの間俺一人だったが、急にホシノが一人で訪ねてきたのだった。
ベッドに座るシオンから見上げる彼女の眼光は鋭いまま。
それは握手の仕草だったが、あの尋問のせいでシオンは彼女のことがまだ怖いままだ。
「握手…してくれる?」
「…はい。」
彼女と互いの右手で握手をしあった、その強大な神秘に反してホシノさんの手はとても小さかった。
「これは、先輩がしろって言うから…」
「そ、そうでしたか」
「…」
「…」
「ごめんなさい」
その気まずい空気を破るようにホシノはその謝罪を吐き出した。
「これは先輩関係ない本心、あんな追いつめるようなことしてごめんなさい。」
「わっ頭上げてよホシノさん!」
シオンはビックリである。和解の機会はこんなにも早く訪れたからだ。
自分の怪しさがカンストしているのは彼も重々承知である、そんな中ホシノのほうから歩み寄ってくれるのはありがたいことだった。
「ホシノさんが謝ることはないよ、俺がアビドス砂漠にいたこと自体おかしいんだしあの反応は当たり前だよね」
それは本当にその通りだとホシノは心の中で悪態気味に呟いた。
「だから、これから頑張るよ!二人に信用してもらえるように!」
「…そう、そこまで言ったなら逃げ出さないでね?」
「そんなことするわけないじゃないですか!」
どうだか、借金問題のアレコレや他の学園のことを知ったらすぐにどこかへ行くだろうと、ホシノのシオンへの信頼度はまだまだ最底辺である。
「───あと」
「はい?」
「黒服っていう大人を知ってる?」
「黒服…いや、聞いたことないですけど…」
「そう、ならいい。ユメ先輩にはそいつのことは内緒にしててよ。」
「わかりました。ちなみにどんな奴ですか?」
シオンは本当に知らない奴の名前を出されて困惑していた。
ホシノさんがやけに大人について質問してきたのは、その黒服の存在が大きいのではと推測してみたり。
「年中黒いスーツの…人間でも機械でも獣人でもないやつ。」
「えっヤバそうすぎないですか」
「うん、シオンさんも絶対に関わらない方がいい。」
そして最後にと、ホシノは保健室のドアに手をかけながら振り返って言った。
「シオンさんって15歳だよね?なら敬語は使わなくていいよ、同い年だから。」
「わ──」
シオンの返事は聞かれることなく、ホシノが出て行った後のドアのピシャリと閉じる音だけが響いた。
「…わかりましたって言っちゃうところだった…」
ホシノ(黒服の差し金じゃないのか…ならひとまずは安心かな。嘘はついてなさそうだし、強くもない。)
黒服(めっちゃおもろいことになってきたわ、今夜はパーリナイやね)