認めない子 作:アイらゔU
夜も更け、探偵・北斗夏樹は手にしたウィスキーグラスを揺らせながら、独り静かに過去の事件の断片を思い返していた。
琥珀色の液体がグラスの内側を滑るように見つめる内に、軈てレイと
「……何故、気付いた? 何故、気付けた?」
本来では交わる事が無かった2人だ。接点が殆どない。互いに芸能界に居たと言うだけで幾ら調べてみても面識は疎か、接触さえ無かった筈なんだ。
だが、まるで運命の歯車が狂ったかの様に、いや最初から導かれていたかの様に、2人の因縁は生まれた。
だが、ここで不可解な事も同時に浮かぶ。
知っているのは片方だけ、と言う点。
「―――間違いなく、
薄暗くなっている部屋の一角、壁一面に張り巡らせたこれまでの捜査の足跡。
無数のメモ、写真たち重く沈黙を称えながら彼の視線を迎え入れた。
メモには当然これまでの全てが記載されていて極秘扱い。……勿論外部に漏れる訳はない。その辺りは探偵として徹底している。
【異常なまでの執着心】
【――――獄中にて死亡。死亡数日前、数度の面会有】
【捜査前の不自然な事故死との関連性】
【或いは痴情の縺れの動機】
【被害者の共通点、芸能人……全て女性】
【警察も事故として処理。……裏に暗躍する存在あり】
所々重要な点は赤いインクで書き殴られており、それらの点と点を結んでいけば———凡その輪郭と言うものが浮かび上がってくる。
「これらをたった1人でヤったとするなら……、こいつぁ【外道の黒】。何度も視てきたサイコ系犯罪者の中でも……別格」
幾度となく見聞きし、相対してきた嘗ての犯罪者たちの顔が浮かんでは消えて、比肩する事が出来なくなってしまう事に思わず身震いしてしまう。
巧みに周囲の人間を操り、自らの手は一切汚さない教唆犯———故に警察に訴えたとしてもなかなか手出しが出来ないだろう。いや、門前払いをくらう可能性の方が高い。
「……ばかやろう」
こんなのを相手にするレイを考えたら……、ふん縛ってでも連れ戻したくなるのは仕方がない事なのだろう。
レイの精神状態を考慮して、依頼以前に判明した事件(事故及び殺人)は、一切連絡していない。
依頼をされる前の話だから、依頼を受けてからの話じゃないから、説明責任は無いのだが、それでもレイは絶対に気に病む事が目に視えて解る。
壁に貼られたメモの中に幾つかある解決(疑)とされている紙を視る。
十中八九、解決はしていない。差し出されたのはデコイであり、一連の事件の黒幕も恐らくは同じ。
自然を装った事故だったり、男女の痴情だったり、と兎に角煙に巻いているが———紛れもなく潜んでいる。元刑事としての、探偵としての鼻も効いている。こいつは間違いなく黒だ、と。そしてただの傀儡ではなく、協力者の存在も否定できない。
状況証拠——と呼べるのかどうかは定かではない。でも、強引に検挙する事は出来るかもしれないが、レイと話した通り、不起訴になる可能性が極めて高いし、向こうが狙ってくる可能性を鑑みれば、ここぞと言う場面にそのカードを切るほか無い。
出来れば、社会的にも抹殺して貰いたい程の特大スキャンダルの1つや2つがあれば———この
今後、騙され、堕とされ、最悪命を落とすなんて事も無くなる。
……だけど、ここまで暗躍に徹されると、ここまで他者を使い自らは何もしていない、残していないとなると、それもかなり難しい。
だが、これらは解り切っていた事だ。
ウィスキーをひと含みする。
正直飲んで酔ってなけりゃやってられない、とも思ってしまう。
こんな相手は初めてだったから。
「――――まあ、それはお前にも当てはまる事なんだが」
だが、違った意味でこれまで見た事の無い相手も居る。
それは言わずもがな、北斗レイ。
彼の事に関しても詳細を纏めている。
あの事件———齢にして5つの幼子が、今を時めくアイドル《アイ》の部屋へと侵入を果たし、その命を奪おうとしたその寸前で防いで見せた。現実感がない、とはこの事でまさに映画やドラマなんかのフィクションの世界が現実にやってきた、みたいな感覚だった。
刺客、とも言えるあの若者——菅野良介の凶刃を止めて、撃退して、その容体は眼球が失明寸前、睾丸は片方が破裂、もう片方も男としての機能はせず、と言う男としての尊厳もなくなった。
人一人の命を、勝手な妄執で身勝手な言い分で奪おうとしたのだ。自業自得だ、と切って捨ててやりたい。……寧ろ自分だったら、レイに言った通りそのまま〇っていた可能性が大いに高い。
……が、注目すべき点はそこではない。
注目すべき、特筆すべきなのはたった5歳児が、それをやったと言う事。
たった5歳児が20を超える成年男子を満身創痍にまで追い込んだと言う事実。
詳細は公には伏せられていたが、蛇の道は蛇。調べてみればそれが真実である、と判明した。
……子供が大人を、そこまでに至るまでに緻密な計画していたであろう行動力もそう、何もかもが異質で異常だった。
その先に、あんなバケモノが鎮座していると言うのであれば、物語的には面白くなる展開、とも言えるのかもしれないが、生憎これは現実。加えて言えば
エンタメを楽しむ様に観戦する、なんて訳にはいかない。
「―――何を、考えている?」
本来であれば、あのアイを救った時点で全てが終わったと言って良いと言うのに、独力なのか何なのか、その裏に潜む黒い影にまで迫り、自分を頼った。
底知れない闇とまるで太陽のように世界で輝いていた光。
【自分がやらなきゃならない事】
たかだか15の今年で高校生になるガキが、一体何を背負っている?
その真意は……悲しいかな自分には解らない。
本当の意味で、レイを知らなきゃダメな馬鹿な親は、……母親は全てを投げ捨てて行方不明。
「ったく———大人がやらねえで誰がやるってんだ。………それに、馬鹿な愚妹のケツふくのは兄貴の仕事、か」
そう言ってグラスの中のウィスキーを全て飲み干すと、壁の仕掛けを動かす。くるりと回転すると、何の変哲の無い壁に戻り、調査内容は壁の中。
そして決意が一層強く心の中で固まっていくのだった。
~今からガチ恋♡ 始めます~
「はぁ~~~……ほんとーに始まっちゃうんだねぇ」
「複雑。超複雑。色んな意味でマジ超絶複雑」
苺プロ内では、新しいアイドルユニット、ルビーとかなの2人で色々と考えなきゃいけない事が山の様にある、と言うのに、2人の意識は視線は1点に集中して離れない、離さない。
それは只今から配信される鏑木Pが手掛けるネット番組、《今からガチ恋♡ 始めます》通称《今ガチ♡》に釘付けだから、である。
人気コンテンツの1つである事は前々から聞いていた。何よりあの鏑木Pが務める番組だ。相応のレベルが揃っている。だからこそ、男女問わずに目の保養に———と言う視聴者が大半を占める。
そして、ここに居るルビーやかなは、そんな視聴者たちと同じ動機で視ている————訳じゃない。
『あーーーん!! 私も一緒に視たかったのにぃぃぃぃ! 今から帰って良い!?』
「ムリ言わないの。どうやって番組に穴開けるって言うのよアンタ。MC一緒にやってるんでしょ?? 一応、秘匿にされてるとはいえ、我が子の~って言うのは解らなくもないけど、『今日あま』の時、やらかしてくれてたからね………」
『ぅ…………』
ミヤコは只今アイと電話中である。
当然話題は『今ガチ♡』である。絶対。ぜーーーーーーったい、アイはボロを出す可能性が高いので、仕事先では視聴しない様に厳命している。だから帰ってくるまで視る事は出来ないのだ。……今日あまの件もあるし、壱護だけでなく、レイ、アクアからも言われているので、アイは従う他ないのである。
ミヤコや壱護は兎も角、流石に息子たちにまで嫌われてしまったら、ダメージがとんでもない事になってしまうので、甘んじて受け入れているのだ。
そんなアイの葛藤やかなのモヤモヤ、ルビーはそこそこ楽しみに、それぞれの想いと関係なく、番組はスタートする。
【
ファッションモデル 高校1年
【熊野 ノブユキ】
ダンサー 高校2年
【黒川 あかね】
女優 高校2年
【MEMちょ】
ユーチューバー 高校3年
【森本 ケンゴ】
バンドマン 高校3年
それぞれが簡単な挨拶と共に教室に入ってきて、自己紹介をしていく。
「せんぱーい、この黒川さん? って人となんかあるの?? 出るなり『げっ』って。結構言い過ぎじゃない?」
「……うるさいわね。こっちにも色々とあんのよ。それより他の方を見なさいよ」
黒川あかねの紹介の時にあからさまに態度を変えていたかなだったが、直ぐに元の調子を取り戻して、改めて面子を確認する。
「解るでしょ? もれなく全員、美女美男。芸能活動してる高校生たちが週末いろんなイベントを通じて交流を深めて、最終的にくっつくとかくっつかないとか、そう言う番組……か」
「うんうん。皆綺麗だしカワイイし、格好良いよねーー! それにMEMちょは私も知ってる! 有名ユーチューバーだもんっ」
「ま、そこは流石は鏑木P、って所かしら」
面喰いで有名な鏑木が手掛ける番組だ。
この位は想定していた。……問題はここから先。
「それにしても7人ってバランス悪くない?」
ここでルビーが声を上げる。
現在、判明している今回のシーズンでのメンバーはルビーが言う通り7名。
カップリングを意識するのであれば、奇数ではなく偶数、と言うのが望ましいし事実これまでは必ずペアが出来るような配分になっていた。なのにも関わらず、今回初の奇数。7人だ。
「まぁ、これでハブられたら目も当てられないわねぇ……。幾ら顔が良いメンバーでも画面映り的にも最悪」
因みに、かなも同じ様な事は考えていた。鏑木の番組だからある程度リサーチをしている。故にルビーよりも先にこの事実には気付いていたが……ある種、静観を決め込んでいた所もあるのだ。これまでにない形でのスタート。ひょっとしたら何かあるのでは? とエンタメ的に考えたらそう思えてしまう。
顔面偏差値的には上位揃いだから、完全な孤立———は無いと思うが、それでも孤立する可能性はゼロではない訳で。ある程度目立つ事を考えてこの番組に出ている者だっている筈。今後のステップアップ、と言った様に。水面下の争いを鑑みたら……華やかに見える画面の裏側を鑑みたら……やはり、芸能界の闇の様なモノを垣間見えてしまう様に感じるのは、この世界にどっぷり浸かって生きてきたが故にか。
「あ、先ずはアクアお兄ちゃんの方かー」
ルビーはバランスの事を考えていたが、それでも主役級?なキャストが出てきたら取り合えずは考える事を一時止めて、画面に注目する。
扉を開けて入ってきたのはアクアだった。どうやら、最後を飾るのはレイらしい。
ルビーは、いや かなであっても、この苺プロから選出された2人の演技力は注目すべき点が大きい。だからこそ、結構集中して観ていたのだが……。
【星野 アクア】
役者 高校1年
『アクアです! いやぁ~~めっちゃ緊張するわ~。皆! よろしくね!』
100万ドルの笑顔。
華やかさはいつもの100万倍は際立って視える。画面越しだと言うのに、何だかキラキラ☆した何かがアクア自身から飛び出てきている様な錯覚がして————。
「「いや誰!!!?」」
大混乱になった。
ルビーとかなは、示し合わせた訳ではないのに、完全にハモった。
普段のアクアじゃない。これじゃない感満載だったからだ。
「アクアお兄ちゃんの方は陰のオーラ発してる闇系じゃない!? まだレイお兄ちゃんの方がやったら———………いや、そっちがやっても絶対変!! ぜーーーったい変っっ!!」
「メディア用だとしてもこれは作り過ぎ!! 欠点赤点追試!!!」
ギャーギャーと盛大に駄目だしをし続けて、息も切れ切れとなり肩で息をしていた2人。
そんな2人に更に追い打ちをかける様に、もう1人教室へと入ってきた。
【斎藤 ひかり】
ピアニスト 高校1年
『あ、あの! はじめまして……です。斎藤、ひかり、です……。まだ、その……全然慣れてない、のですが……。この、機会に、か、変われたら。皆さんと仲良くなれたら……って、思ってます』
「「え………いやこっちも誰?」」
アクア程の時の衝撃? は無い。
でも、意味合い的に言えば同じくらい。誰? 誰だか解らない、と言った様子なのである。
「いや
「アクアの時も衝撃だったけど……、レイお兄ちゃんのは良い安定剤? になった感じ。初々しいレイお兄ちゃんもなんか良いなーー! えへへ。違う一面みたって感じ!」
今の今まで、散々アクアに駄目だししてきた2人だと言うのに、さらっと忘れたかの様に表情を和らげる。飴と鞭な配役? みたいな感じだろうか。
暫く2人は精神を落ち着かせる事が出来たのだったが————即座に闇堕ちするのはまた別の話。
今ガチ♡現場にて
「(うん。アクア……。やっぱり演技は上手い。……でも内心スゲー毒吐いてそう)」
ちらり、とアクアの方に目をやるレイ。
丁度今、MEMちょと話をしている様で、時折相槌を打って笑顔で話しをしている様に務めているのだが……、カメラワークが外れる合間合間に見せる短いため息と少し寄る眉辺りを視るに……『だっるぅぅ~~~~』『なんで俺が……』みたいな事を考えているのだろう事は容易に想像できる。
「(でも、本当に何でアクアがこの番組に出たんだろう? ……出る理由なんて、
鏑木との交流があり、貸し借りもある間柄であるレイであれば、この番組に呼ばれる理由も大体察するモノがある。でも、アクアは別だ。確かに今日あまではかなり活躍出来たと思うし、アイ譲りの美形。演技だって幼少期ほどのインパクトは確かに欠けるかもしれないが、間違いなく役者としての才能はある。……生まれる前から見てきたから、その辺りは自信を持って推すことが出来る。
他人の心配より自分の心配を~と思われるかもしれないが、取り合えず今ガチ♡に出る仕様のレイのキャラ付けに関しては何ら問題ない。培われてきた杵柄があるのだから。
それより注視しなければならない点がある。
この世界で生きていく上で決めていた事。やらなければならない責任。それはこの舞台にもある。
『―――黒川、あかね』
彼女の事をしっかりと視ておかなければならない。最初からそれを想定して色々と準備もしてきたつもりだ。
少なくとも、最悪な事態だけは避ける様に、目を光らせておこう。とスタート時点では強く強く意識していたのだが。
「ひかり君だよね! 宜しくね!」
「あ、は、はいっ!! よろしくお願いします。黒川さん」
「私の事はあかねで良いよっ!」
「う、うん。あかね、さん」
どうしてこうなったのだろう?
あの黒川あかねが、思った以上に、想定していた以上にアプローチをしてくる。
いや、そこまで目立つキャラなつもりも無いし、寧ろ高校デビューならぬ恋愛デビューする初心な高校生、を意識していたから、どちらかと言えば控えめな立ち位置であり、7人と言う奇数の中では余った状態で視て学んで今後に活かします!! と言うスタンスも考えていた筈なのに———宛てが完全に外れた。
そして、当てが外れた中でも———最も想定外な出来事は、終盤に起きたんだ。
「―――初めまして。不知火フリルです」
まさかのまさか。
超大物が何故か、この今ガチ♡ の舞台に降臨したのである。
恋愛リアリティショーだと言うのに現実感が無い、と皆が思ったのは言うまでもない話。