認めない子 作:アイらゔU
フリルに誘われる形でレイは車内へと乗り込んだ。
レイが受けるとフリルは一度外に降りて、搭乗を促す。
中にはあかねがにこやかに手を降っていて………同じく手を振り笑いながら車内へ入った。
その為必然的に後部座席では、フリル・レイ・あかねの順番。
丁度、2人に挟まれると言う形である。
色々と考え事をしていたし、何より現在の仕事、普段の撮影でのやり取りからある意味慣れている、と言っても良いかもしれないが……流石にここまで密着するのは慣れる訳がない。
レイは最初こそ、フリルとあかね、3人で少し談笑をしていたんだけれど、2人が徐々に距離を狭めてきて、肩に触れる、吐息がかかる、この辺りから思考が色々と大変な事になってきていたのである。
「あ、そういえばだけど、今日の撮影さ」
フリルが会話の流れを変える様に、レイが肉体的は兎も角、心理的に距離を獲ろうとしていたのを感じた為か、流れを変えた。
「お見事だった。事前打ち合わせしてる訳じゃなかったのに、さり気なくゆきやノブ君をフォローしたでしょ? 立ち位置とかカメラアングルとか。ゆきもその辺り大分意識してたみたいだけど、やっぱりちょっとした焦りとかはあったと思う。後フォローも完璧ね」
指をぴんと立ててフリルはレイを絶賛した。
主に今のシーズンの主役は紛れもなくレイを取り合うフリルとあかねの三角関係。
内気で中々女性慣れしていなくて、それでもこれから勉強していくと宣言した通りに、レイは自然に、本当に自然に、時折ぎこちなさも演出しつつ、成長していってる姿が絵になるのだ。
三角関係とは、ダークな面が好きな層も勿論居るし、刺激も強めな演出だから突出する可能性を秘めている。……でもあまり演出し過ぎると「ありがち」や「面倒くさい」「ヘイトを集めやすい」と言う諸刃の剣でもあるのだ。
だが、そこは超実力派と言って良い3人。
見事に『飽きさせない』を魅せ続けている。
周りにもそれらは伝わり、シンパシーを感じて引っ張られる形で誰一人埋もれる事なく【今ガチ♡】を全員で彩っているのだ。
でも、それでもやっぱり自分ももっともっと目立たなければ、と焦りや不安は決して拭えないもの。向上心がある者なら猶更で、それらが顕著に出ていたのがゆきだった。 だから少し―――ほんの少し焦ってしまって空気を凍らせたのだが、そこを見事にレイがフォローして空気を弛緩させ、和ませたのである。
百戦錬磨でもあるフリルの目から見ても、それは見事に尽きる。
「あ、うん。ありがとう。上手く出来て僕もホッとしてるよ」
ストレートにここで褒められるとは思ってなかったレイは、少し恥ずかしがりながらも、頭を下げた。
そんなフリルの攻勢? に乗り遅れない様にするのが当然ながらあかねである。
「うんうん、私も同感! スゴイと思うよ?」
憑依――とまで言わしめるその没入型の演技はやはりスゴイの一言。
あかねはレイの事を褒めるが……レイこそがあかねのその力を大絶賛したいくらいだ。紛れもなく、この感じは―――あかねが演じるにあたって、何の役をその身に窶したのか? 言うまでもなく、彼女の醸し出す空気、そのオーラはアイのそれと同質。
フリルに引けを取らないだけの存在感を見せつけるにはこの上ない手法だと言える。
「私もさー。演技のべんきょーは沢山してるわけで? 色んな役を演じて感じて、考えて、色んな展開も頭に入れてて―――りんきおーへん? に対応できる! って色々自信ついちゃってたんだけどー。上には上がなぁ~って感じでがっくりきちゃった」
レイには敵いません、と苦笑いしつつ、ぱちんっ、とウインクするその仕草。
本当にその後ろにアイが居るかの様に感じる。
「あはは……。2人ともありがとう。……うーん、やっぱり、普段鍛えられてるから、に尽きるかな? だって苺プロでも色々起こるからね」
主にアイやルビーと言った星野家絡みで。色んなトラブルが起きたり、危ない場面だってあった。……流石にアイがいきなり単独でやってくるなんてド級の展開は少ないにしろ、衝撃と恐怖、そしてそれらに対応できるだけの胆力は鍛えれた筈だ、とレイも胸を張る。
だから、最善を模索する事が出来るし、即座に対応をする事も出来る様になった。
鍛え上げてくれた皆さんに感謝したい……と言うのはやや複雑だが。
「あははっ。なるほど! 苺プロかぁ。私も是非、一度見学に行きたいね。後学の為に?」
「ふふん。私は以前お邪魔させてもらったけどねーー。あの時は盛り上がったよね? ひかり君」
「あー………、そりゃ盛り上がるって言えば、うん。盛り上がったけど――――」
フリルが言っているのは、初めて彼女が、失踪した北斗レイの痕跡を追いかけ、辿り着き、苺プロ内へと足を踏み入れた時の事だろう。
確かに、盛り上がった。………良い意味でも悪い意味でも。
「ぶー。2人だけの思い出話は禁止でーす! だって、ここには私もいるんだからっ」
あかねはぐいっ、とレイの腕を取った。自身に引き寄せる様に。
「残念でしたー。隙あらばどんどん攻めるよ? って言って、あかねさんの受けてたつって言質もとれてるからね~。責められるのはお門違いかな?」
「うーーー」
フリルもレイの腕を取る。
世の男性たちが皆一様に嫉妬の視線を向ける事間違いなしな展開だろう、とレイは思った。まさか今ガチ♡でこんな役を演じる事になるとは、当初思いもしなかった。
「……(いつか、ううん。いつかじゃなくこの仕事の間にあかねさんにちゃんと聞かないと、だね)」
2人の温もりやその柔らかさに、頭がくらくらしてしまいそうだが、どうにか堪えつつ、レイはあかねの事を考える。
何が切っ掛けで、彼女はアイを追い求めたのか。……いくつか予想はしているが、それでもレイはあかねの口からちゃんときいてみたい、と思った。
楽しい現場でも、頭の何処かでは必ず警戒していた。……緊張していた。
でも、今日は少しだけ……少しだけ緩んでいるのを感じる。
そう思える様になったのは―――安堵感から、だろう。
きっと、
そう思っていたんだ。
だが―――思いもしない、想像しなかった事態が起きる。
「……これは、ある種最高のネタともいえるな」
事態が起きたのは、レイがフリルたちの車に乗る直前の事。
とある男が、今ガチでそれなりに露出度が上がり、人気を博していたレイの姿を見たから、何気なく目で追い、カメラを握りしめながら、バレない様に、まるで隠密の様に薄暗がりの中で慎重に息を潜めていた。
何か取れればラッキーくらいの感覚だったが、それを見た瞬間、静寂を切り裂くシャッターを押した。推し続けた。連写した。
呼び止められる姿。
そして黒塗りスモークの車の窓から出てくる顔。
斎藤ひかりと不知火フリル。
今、かなりの人気コンテンツの仲間入りとならうとしている《今ガチ❤》の現シーズン主要メンバーたち。
放送開始からわずか数週間でティーン層を中心に爆発的な人気を誇る存在だ。特にレイは今までにないキャラ付けだったからか、より視聴者受けが良かった。
その姿は初心そのものであり、一から始まり、恋愛を学ぶ過程で天真爛漫な笑顔も見せ、そしてどこか不器用で純粋な振る舞いが、多くの視聴者の心を掴んでいる。
だが、男にとってそれ以上に重要なのは
「ふーむ……、見出しは不知火フリルとの密会―――今ガチの外での密会………か」
男の瞳が獲物を見据えるかのように鋭く光る。視線の先にいるのは斎藤ひかりだけじゃない。不知火フリルと言う巨大なスターがいる。まだ若干高校生という年齢ながら、映画やドラマで主演を務める売れっ子女優。その天才的な演技力と抜群のルックスから、業界内外で注目を集めている。
そして今現在……色恋沙汰は明かされていない。事務所も頑なにガードしている部門だ。
そんな彼女と、恋愛リアリティショー出演中のひかりが、二人きりで会うなんて――……リアリティショーだと言うのに、三角関係は破綻していた、と言う事か。
「……それに
男の頭は急速に回転を始めた。ターゲットの年齢がどうだとか、行動の裏にどんな事情があるかなんて関係ない。重要なのは、この場に“二人”がいるという事実。そして、これをどう“見せるか”だ。大衆が求めるものへと創り上げるのだ。
「それにまさか未成年のガキが……
腕時計を見る。多少日が落ちているとしてもまだまだ明るい。当然だ。現在は18時にも満たない時間帯。だが、記者は「夜」だといい切った。
何故ならば、写真に写る時間なんて誰にもわからない。あとは背景をぼかし、モノクロ加工を施せば“深夜の秘密の逢瀬”に仕立てるのなんて簡単だ。むしろ、事務所の人間やファンがどう反応するかを考えると、胸が高鳴って仕方がない。
高校生の男女が、そんな夜遅くに何処へ行く?
いや、聞く必要はないだろう。後は色々と
男は汗ばむ手を一度ズボンで拭うと、カメラを構え直した。こんなチャンス、逃すはずがない。これこそが記者の醍醐味、そしてスリルだ。
「くくく……深夜の密会、しかも三角関係の内の2人の密会。加えてあの不知火フリル。 世間がどれだけ食いつくか楽しみだな」
カメラのファインダー越しに、男は再び二人を捉える。不知火フリルがひかりに何か囁くように近づき、次の瞬間、二人とも車に乗り込もうとしている。
――だがその時。
「あれは……黒川あかねか?」
車の後部座席から現れたのは、もう一人の女性。男は思わず目を見開いた。恋愛リアリティショーの参加メンバーである黒川あかね。ひかりのライバル的ポジションにあり、番組内での演技力や策略的な行動で話題をさらう存在だ。
彼女もまた、レイやフリルに負けない不思議な引力を持つ少女だった。カリスマ性、スター性と言えば良いのだろうか。フリルの様な知名度ではない。当初より持ち合わせた人気ではない。レイの様なこれまでになかったキャラをしていると言う訳でもない。でも、引き寄せられる。そんな魅力を持った少女だ。
「なるほどなるほど……三人揃ってか。これは……より面白くなってきたじゃないか。外でも三角関係。……いや、3人で楽しむ可能性だって捨てきれないよなぁ?」
男の唇が下世話に歪んだ笑みを描く。
リアリティショーはあくまでもショー。TVの外の世界でこそその本性が、本物が存在しうるものだ。
故に二股疑惑どころか、三角関係のさらにその先、複雑に絡み合うドロドロの恋愛劇として煽ることもできるだろう。
記事にすれば、視聴者もSNSも炎上必至。
つまりーーーー莫大な数字を確保出来る。
「さあ……最高のスクープを撮ってやるぞ!」
シャッター音が響いた。男の目には、その瞬間だけ未来の成功と金が映り込んでいた。
-
――「大物タレント、未成年が深夜に男性宅を訪問? そこには今ときめくあの男女も………!?」――
そんな衝撃的な見出しが、ある週刊誌の一面を飾ったのは月曜の朝だった。
ネットは瞬く間にその話題で埋め尽くされ、SNSのトレンドには関連ワードがずらりと並ぶ。
「これ……一体何の冗談?」
苺プロダクションの会議室で、ミヤコは血相を変えて週刊誌の紙面を読み上げた。そこには、鮮明とはいえないものの、確かにレイの自宅マンションと思しき場所に、あかねとフリルが訪れる様子が収められていた。
レイとアイ、つまり星野家は共に暮らしているが、この時は斎藤家、つまりミヤコと壱護の家に帰っていたようだ。
『関係者の話によると、これはただの打ち合わせではなく、未成年らしからぬ何かしらの不適切な関係が……』
記者が書き足した不穏な一文に、ミヤコは怒りを通り越して呆然としていた。
「ちょっと何これっ! こんなの絶対おかしいでしょ!」
会議室に飛び込んできたのはルビー。週刊誌を握り締め、まるで自分が当事者かのように真っ赤な顔をしている。
「私知ってるもん! あの日、フリルさんもあかねさんもレイお兄ちゃんの家、っていうか、ミヤコさんの家に行ったーなんてあるわけ無いよ! そもそも
「落ち着け、ルビー」
勢いよく立ち上がるルビーを制するのはアクアである。
アクア自身は至って冷静……と言う訳でもない。ルビーのおかげで平静を保てている、と言って良いのかもしれない。どうしようもなく、どうしようもなく―――苛立って仕様がないのだから。
そんなアクアに続く形で声を上げるのはかなである。
「そうよ。アクアの言う通り。こういうのはジタバタすればする程、どツボに嵌まっていく。それが週刊誌のスキャンダルネタなんだから。そこには真偽なんてものすら関係ない。………数字さえ得られればどんなことでもするんだから」
皆が一様に記事をじっと睨みつけていた。
同じく、かなもまた苦々しい顔をしながらアクアの隣で週刊誌に目を通していた。自分自身には全く関係ない、という訳はない。好き勝手に書かれた事がある。オワコンだの堕ちただの、子役時代と比較される様な記事を書かれて辛酸を舐めた事だってある。だからといって全否定が出来るとも限らない。
「これはただの印象操作だ。それに、写真だけじゃ深夜だったかどうかも証明できないし、何よりあの日俺たちは普通に晩飯が一緒だった。だが問題は……」
アクアが紙面の端に小さく載っている、記者の名前を指差す。
「この記者だ。この名前、以前にも他でも悪質で陰湿、そんなストレートに狙った記事を書いてたのを見たことがある」
「アクアの言う通り……。覚えがあるわ。このクソや……こほん」
苺プロに取材を申し込んできた記者の中に、この名前の人物がいたことを思い出したミヤコの表情が険しくなる。汚い言葉遣いをしそうだったが何とか止めて、皆の方を見た。
「とにかくすぐに対応を考える必要がありますね。でも、あの写真……」
ミヤコは首をひねりながら、紙面の写真をもう一度見つめる。その時、静かに会議室に入ってきたのは壱護だった。
「レイはどうしている?」
低く重い声に、室内の空気が一瞬で張り詰める。
「まだ、自宅で……というか、本人が気づいてるかどうかも怪しいです。因みに、今はアイと一緒にいた………かも。色々厄介な事になりそうね」
ミヤコがそう答えると、壱護はただ一言、「呼べ。」と命じた。
アイの方はしっかりと手綱をにぎるぞ、と意気込み1つ入れる。
同時刻、SNS上では火がついたように様々な意見が飛び交っていた。
「え、あの斎藤ひかりと不知火フリルと黒川あかねが外で? いやいや、このコメやばいだろ。未成年がそんなんやってる訳ないだろ? 乱〇とか。……いや、やる訳ないじゃん。流石にアウトだろ……幾らなんでも」
「いやいや、騙されるヤツがアホだって。これ絶対フェイクだろ?」
「いや、フリルもあかねもグルかもよ? 全く無い話じゃないと思うし。……なんせ芸能界だぜ?」
「まぁ芸能人だからこそ、ってか? そりゃ色々と発散したい事情ってヤツだってありそうだし?」
今ガチ❤で公式Twitterとしてひかり自身のも載せているが、それが悪かったのか……。その本人のアカウントにも大量のリプライが押し寄せていた。
まだ彼自身は何も発信していない。それが逆に「黙っている=認めている」という一部の憶測を呼び、さらに炎上を加速させていく。
そして、自らがつけた火種が瞬く間に広がるそんな最中、週刊誌記者はひとりほくそ笑んでいた。
「予想通り上々。こういう記事は稼げる。あいつらがどう否定しようと、一度ついた噂は消えやしない。」
記者が誰もいないデスクで満足げに呟く。今日も忙しくなるだろう。嬉しい悲鳴と言うやつだ。
醜く口角を上げ、舌なめずりをしながら、自分にしか知りえない