認めない子   作:アイらゔU

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第24話 倍返し

 

 

【レイを呼べ】

 

 

 

壱護の言葉に頷く一同。

当然だろう。週刊誌に取り上げられる事、ゴシップの餌食になってしまうのはこの道を進む過程である意味避けては通れないとも言われる所がある……が、それにしてもあまりにも早すぎた。過失があるならまだしも、完全なる捏造。一線を越えたと言って良いレベルの記事。凡そ未成年に対する扱いとは思えない、配慮を一切せずプライバシーも侵害してくるこの書き方。

 

ならば、正直影が薄いと思われても仕方ないのだが、曲がりなりにも壱護はレイの養父。

彼を汚い、薄汚い大人から守らなければならないのは親として当然の義務。

 

 

―――と言うのは表向きな理由であって、実際には少し違う。……いや、かなり違う。

 

 

 

アクアは記事に改めて目を通しながら、少しの沈黙の後ため息交じりに言葉を紡いだ。

 

 

「……また、ルビーの時みたいに暴走しても厄介だからな……。こういう時のレイ、加減知らないし」

「あははは! だよねだよね!」

「いや笑いごとじゃないんだが」

「そんなの解ってるよ! でも、それくらいやっちゃってくれて良い!! って思っちゃうだけだもん」

 

 

ルビーも相当頭にキているな、とアクアはスマホを見つめたまま、深いため息を吐いた。

 

 

そう―――レイを呼ぶ理由は、メンタルケアをする前にある種の暴走を止める為の対応策の1つなのである。メンタルケアは表向き、と言う訳だ。その過程でしっかりと抑えてレイの代わりに最大限の抗議をするのが狙いである。

 

 

因みにレイは以前にもアイのスキャンダルを追おうとした記者を追い返した事もあった。

それも、持前の行動力や何処にそんな資金があると言うのか、様々な人脈を伝い、そして買収までして、アイから遠ざけた事がある。

それに巻き込まれそうになったルビー。……その時のレイは普段とは全く変わらない姿だと言うのに、背後に鬼が居るかのような凄みがあった。

 

それは兎も角として、一体どれだけの金を使ったんだ? と当初は驚いたモノだ。……だが、問題はそこから。レイは想像以上に、いや自分達を遥かに超えて怒っていた事にある。背後に見える鬼は、鬼気迫る雰囲気は比喩表現ではなかった、と言う事なのだ。

 

プライバシーを一切考慮せず、私利私欲の為に自身の家族を危険に晒す行為は絶対許さない、と言っていた。

ある程度の抗議や警察介入を匂わせ、撃退する事は出来たのだが……もう少し遅かったら? いや、あと少しでも強引に迫ってきていたら? 

 

レイは、『ヤ』のつく裏の人脈まで金にものを言わせて報復にでるつもりだった、と言っていた。真顔で。

 

いやいや、そんなの世間にバレたら一発で潰れるわ! と壱護は言ったのだが……レイは眼が座ったまま「大丈夫」とだけ言って笑っていた。

 

 

『―――絶対足はつかない様にするから』

 

 

最早それは完全犯罪をする側の人間のソレに見えたのは言うまでもない。

 

そもそも、今のレイには覚えが無いかもしれないが、以前アイを護った時もそうだ。

相手が悪と断じた時、一切の躊躇も手加減もしない。

理性的に詰める~のは序の口。相手がより過激に、より強引に……となってきたらレイも対応レベルを上げていくのだ。……それも青天井に、交代の螺子は取れていて、ブレーキなんてかけない。

最後には『冗談だよ』と笑っていたのだが、壱護やミヤコは当然笑える訳もなく表情は引き攣ったのは言うまでもない。

 

 

頼もしい以上に止めなければ、と考えるのが妥当だろう。

それは親としても当然の感性。馬鹿で下衆な大人のせいで道を踏み外させたりはしない、と言う。

 

 

因みにアクアとルビーはやや頼もしい気持ちの方が上回ったりしていた。

アイを危険に晒す行為をされた事への怒りの方が勝った、と言った感じである。

 

 

そしてスマホをタップし、履歴一覧を呼び出す。そこから直ぐにレイの名前を呼び出し……「電話」マークに触れた。

 

 

【プルルルル……プルルルル………】

 

 

数度のコール音を聞いて……普段であればもう出ていてもおかしくない回数を超えた。

それでもレイは出ない。何度も繰り返されるコール音は、何処か不安を掻き立ててくると言うモノだった。止めないと色々と厄介で大変……。

 

 

「いや、違うな。今回は一緒にやらせろ、って感じだ」

 

 

アクアはコール音を聞きながら、レイを……そして仕事仲間でもあるフリルやあかねを貶めようとする悪意に対して怒りが全面に来ていた。

 

特にこの記者は要注意人物だとマークしていた事もあるだろう。

アイに関する記事も出た事がある。法的措置もしたが、結局効果は無い。軽く謝罪文を投稿するだけであり、のらりくらりと躱してきた。のらりくらりと躱すのはアイもそうだが、アレの数倍、数十倍、数百倍の不快感、と言えば良いだろうか。

 

 

だが、レイがアクアのコールに対して未応答の文字が浮かぶ。

単純にスマホを身に着けてないのか、或いは意図的に……。

 

 

 

「――レイ(アイツ)にしては珍しいと言えば珍しいんじゃない?」

「どゆこと先輩」

 

 

 

暫くスマホに耳を傾け続けるアクアの姿を見て、ぽつりとつぶやいたのはかなだ。

ルビーは珍しい、と言う意味が解らず、かなにその意味を聞いてみた。

 

 

「何度かレイに電話した事あるけど………、大体直ぐ取るし、出ない事なんて早々無いし」

「あ……そういえば」

 

 

スマホ、携帯電話はレイは基本肌身離さず持っている。だから、2~3コールもすれば直ぐに出るのだ。でも、アクアのそれはもう10は超えているだろう。

勿論、マナーモードにしていたり、何か用事をしている最中で出られなかった、と言う事が無い訳ではないが………。このタイミングで出ない、と言うのは何か裏がある様な気がしてならない。

 

 

「それにしても、レイってそんな面があったりするんだね。……私の知らない一面だ」

「うん。レイお兄ちゃんってば、私が芸能界入りするのが心配だからって、色んな事してくれてねー」

 

 

ルビーはこれまでレイがした事、しようとした事も含めて羅列していく。

 

 

・防犯グッズ爆買い。

・GPSを至る所に身に着ける。

・特殊警察? と見紛うレベルの装備調達。

護衛(SP)をつける。

 

 

……etc

 

 

未遂で終わったものも多いが、皆が、何よりルビーが頷いていたら、全て実現出来ていただろう。

因みに全てを聞き終えた かながどういう表情をしたか……、最早語るまでもないだろう。

最初の防犯グッズ~の辺りは笑顔だったのだが、それで終わり。後の項目を聞いた途端に顔を凄く引き攣らせていた。

 

 

「いや、バカなの? バカじゃないの? もうバカよね??」

「ううん。シスコンなの」

「いやだから きもいッッ!!」 

 

 

罵倒したあとーーーかなは、何処か遠い眼をした。

虚空の彼方を観ていた。

 

 

確かにあの日以降はルビーとアクア、レイは兄弟の様に育ってきた、と言う事を鑑みれば……シスコンだってなっても不思議じゃないのかもしれない。正直認めたくないけれども。甘えん坊な所もあるから余計に。

 

 

 

――……10年の月日は、弟分を変えちゃうには十分過ぎる時間……って訳か……。

 

 

 

 

遠い遠いあの日のレイ少年……。純粋で真っすぐで、切磋琢磨して……、かなは負けず嫌いな性格故に、あまり口には出したくないが、レイは世界の頂きを知り、常に前を走っていた。弟分の様に思っていたからこそ、弟に負けたくないとより思ったからこそ……自分もより頑張る事が出来たと言うものなのだ。

 

 

「思い出は美しいわね………。……ほんとに」

 

 

過去を美化している。

でも10年だ。変わらない方が難しい事くらい解る。でも、何処か寂しく感じる。

そして、今回の件、結構重大な案件な筈なんだけど、何処か安心できる自分が居たりもする。

それに、きっと―――。

 

 

「あ、でもお兄ちゃん、先輩の為だったとしても色々してくれると思うよ? だって優しいもん」

「―――――解ってるわよ。それくらい。……それでもまあ、流石に加減はして貰いたいわ」

 

 

かなは、ルビーの言う通りだと頷き……そしてルビーがされそうになった一覧を頭に過ぎらせ―――自分の時がもしも、来たとしたら、絶対に拒否しよう、と心に誓うのだった。

 

 

「あ。そうだ」

 

 

ミヤコはアクアがいつまでもレイを捕まえられないのを見て、ある事を思い出した。

この場に居ないのはレイだけじゃない。

 

そう―――アイも居ないのだ。

 

 

「アイと一緒に居るかもしれないわ」

 

 

ミヤコはスマホを取り出して、アイを呼び出した。

 

 

『はいは~~い。こちらアイでーす☆』

 

 

アイは、レイと違って数度のコールで出た。

呆気にとられる程に、いつも通りでお気楽な声で。

 

 

「アイ。単刀直入に聞くけど、あなた、記事(・・)はみた?」

『ん~~~?』

 

 

アイはいつも通り。飄々としていてのらりくらりとしていて……な訳は無い。

口調こそは変わってないが、言葉の節々、会話の所々に僅かに感じる。

 

 

『ウチに喧嘩、売られたヤツの事だよね?』

 

 

怒っている。

それはもう物凄く。

口調こそは変わらない。……こういう所はアイに似たのか、若しくはレイに似たのかが解らないのが不思議だ。

こういう時、本当によく似ている。アイとレイは、本当によく、似ていると思うミヤコだった。

 

 

 

少しだけ―――妬ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「対応はします。出来うる限りの事を」

「………うん。私のミスだ。気が抜けていた。……抜け過ぎてた」

「はい、はい、大丈夫です」

 

 

フリルの事務所側も対応に追われていた。

 

解っていた筈なんだ。

最近の記者の数の多さ、そしてネットを使った人海戦術。……特に厄介なのは素人集団で、タレントの包囲網を完成させるやり方を使う。

プロ意識の無い素人たちは私有地にでさえ足を踏み入るし、平然と嘘の情報を拡散させる。

 

事務所で似たような事は幾度もあった。

だから、知っていた筈なんだ。

 

 

―――でも、今回の相手は、それ以上だった。ここまでしてくるとは、と想定を超えてきたのだ。

 

 

「……いくら何でもこれは度が過ぎてます」

 

 

マネージャーの怒りがその声色に現れている。

確かにそうだ。事実無根も良い所。

 

ある程度のリアリティーを追求したショーだとは言え、それでも節度を護ったモノに作り上げている。当然だ。芸能人とはいえ高校生の集まりなのだから。

 

 

「……下世話な表現ばかり。相手が誰なのか解って書いてるの? こいつ……」

 

 

三角関係からの高校生の下ネタでもここまで酷いものは早々使ったりしないだろう。

丁寧な言葉遣いなのがより強調されると言うモノだ。

 

 

【芸能界の光と影、栄光の影―――現在話題の若手タレントと超大物との長い夜】

 

 

見出しはソレだ。

そこに【不知火フリル】の名が出てくれば、更に巨大な炎となって燃え広がるだろう。それは止められない。

 

 

「関係者の話? どこの誰だっていうのよ。高校生が乱交なんて無茶な事書いて……。犯罪者にでも仕立て上げるつもりか!?」

「……未成年同士だと普通にアウトだから。淫行罪、強制性交罪、児童買春・児童ポルノ禁止法……、ざっと思いつくとこの位には触れる」

 

 

自称・関係者たちは口をそろえて証言をしているとのこと。

 

 

・一線を越えていた。

・主に3人だった。まだ居たかもしれない。

・雰囲気的に、明らかにセ●クスしていたのは間違いない。

 

 

などなど。

匿名性を良い事に言いたい放題、書きたい放題してくれている。

 

 

「先ずは迅速に声明を発表する。法的措置も含めて、断固として抗議。各所にも通達する」

 

 

この手の週刊誌との対決はマニュアルがある。迅速に対応し、いつも通りに毅然と―――として対応するのが基本なのだが、今回に関してはフリルの胸中は穏やかでいられる訳がない。

 

あかねを車に乗せたのは自分だ。そして、レイを乗せたのも自分。……全部、自分の事だけを書かれたのであれば、幾らでも戦えるし、笑い飛ばす事だって出来る。

 

でも、この場合は違う。私のせいで苦しむ人が、悲しむ人が、辛い想いをする人が居るのであれば話は変わってくるのだ。

 

だから、肩を小刻みに震わせる。

あかねは良い子だと思ってる。短い時間だったけれど、彼女との競演は楽しいひと時だった。それが恋敵であったとしても、どっちに転んだとしても、自分はあかねの事が気に入っているし、これかでもそれは変わらない自信がある。

 

だからこそ……。

 

 

「……少し、休みなさい」

「―――――はい」

 

 

フリルの様子に気付いた社長は彼女の肩にそっと触れていった。

如何に修羅場を潜り抜けてきて、トップへと突き進んだフリルと言えど、彼女もまだ子供。16歳の高校生に過ぎない。

そして何より、今回の恋愛リアリティーショーに関してはかなり無理をして出演している。自己都合で、どうしても出演したい、と無理を押し通して参加している。その結果―――こんな事件に巻き込まれてしまったのだ。嘗てない程に精神にダメージがいったとしても何ら不思議じゃない。

 

それが……想い人が相手なら猶更で……。

 

 

「……いけない。それよりも」

 

 

フリルは自室に戻るとスマホを取り出した。

今回の騒動―――間違いなく自分に非がある。あまりにも迂闊だった。メディアへの露出度的に考えたら自分が最も出ている。間違いなく目立つ存在。そのせいで、2人を巻き込んでしまったのだから。

 

 

先ずは、《斎藤ひかり(レイ)》をタップ。

 

 

【プルルルル……プルルルル………】

 

 

一度、二度、三度――――。

コール音を重ねる程に、胸が締め付けあげる様だ。

自分のせいで、とんでもない事になってしまった。人格否定までしてしまっている。

レイと言う男の子は、こんなじゃない。誰をも虜にする音を奏でる。稀代の天才。世界に誇る日本の宝だと言っても決して過言じゃない。

その力は、きっとこれからの役者としての道筋でも福音を与える事だろう。

 

こんな事で、邪魔をされていい訳がないのだ。

 

 

「……でない」

 

 

更に数度のコール。

それでも、電話に出てくれる気配は無かった。

レイの方でもきっと対応に追われて忙しいと言う事は容易に想像が出来るが、フリルにとっては負の感情だけが襲ってくる。

 

 

「ッ……」

 

 

罪悪感はある。でも、それでもまだしなければならない事がある、と目尻を拭ってスマホを操作する。

当然、もう1人。……あかねに対して。

《黒川あかね》の項目をタップした。

 

 

【プルルルル……プルルルル………プッ】

 

 

あかねへのコールは、2度目で終わった。

 

 

「もしもし! あかね! その、今回の――――『……ごめんなさい、フリルさん、ごめんなさい……』ッ!」

 

 

フリルが弁明する前に、スピーカーから響いてきたあかねの第一声は謝罪の言葉だった。

 

 

『わたし、わたしなんかが、いっしょにいたから……』

 

 

あかねにとっては、これは初めての事件。それに直面して戸惑い、軈ては過剰な自己責任に苛まれている状態なのだろう。

あかね所属事務所でもある程度の対応はされている筈だが、彼女の声色やあかね自身は何も悪くないのに謝罪から始まった所を聞いて、フリルはそう思った。

 

だから、フリルは謝る事を一旦止めにした。

これ以上悪い流れになるのは避けたかったからだ。

 

 

 

「ちょっと待って。謝るのは絶対違う」

『ッ……』

 

 

 

あかねを諭す事。

自分達は何も悪い事はしていない。謝る、と言う行為をする事で、『自分のせいで謝らせた』と言う新たな罪悪感が生まれるかもしれないから、悪い事は絶対してない、とフリルは力強く言い聞かせたのだ。

 

 

「―――私たちは負けちゃダメなの。こんなの、芸能界(この世界)からは切っても切り離せないもの。だからこそ絶対負けちゃダメ。……私も絶対負けないから」

 

 

もし、謝る機会が来るとしたら――――。

 

 

『ッ……ッ………』

 

 

先ずは、あかねが泣き止んだ後。心から安心した後に限るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さて、と」

 

 

アイはとある場所に来ていた。

この場所に来るのは随分久しぶりな気がする……と同時に、何処か理想的な実家? 的なモノを感じる。たった数度しか訪れてないのに。

自分にとって、実家と言うモノは決して良いモノじゃないから。でも、ここは安心できる。安心して、駆け込む事が出来る場所だから。

 

だからこその実家感である。

 

呼び鈴を鳴らして、数秒後……扉が開かれた。

 

 

「はいよ。―――まさか、マジでテレビ越しでしか見れない超人気者がここにやってくるとは思わなかった。いつもなら電話か()でだったのに」

「えー? そうなの?? ……色んな案件で、私と似たような人、色々ここに来てると思ってたんだけど」

「そりゃそうだが。お前さんレベルの客ともなれば話は別だ。早々あるもんかよ」

 

 

アイが訪れた場所。

 

北斗探偵事務所である。

 

レイの伯父であり、現在判明している唯一の血縁者。

レイの親を自称しているアイが知らない訳がないのだ。

 

 

「さーて、手短に言っちゃうけど、今回の記事―――もう耳に入ってるかな?」

 

 

アイは、見た目笑顔で夏樹の目を真っすぐ見据えて聞いた。

その問答、先ずは主語がない。手短にも程と言うモノがある。探偵業をやっているんだ。一体どれだけの記事を見て、どれだけの案件を抱えていると思っているんだ? ――――と言うツッコミは一切しない。

 

 

「当然だろ?」

 

 

アイの目を真っすぐに見据えながら、ニヒルな笑みを見せていった。

その視線を見たアイはゾクリーーーと寒気が走った。

 

でも、同じく笑い返す。……こういうのは嫌いじゃないから。

 

 

「さっすがーー! 本当に頼りになりますね。レイのお兄さん!」

「この歳で兄さん呼びは流石にむず痒いね。もうレイ(アイツ)で慣れたつもりだったんだけどなぁ」

 

 

こういう場面でこれ以上なく信頼できるし安心できる。それが彼だと言う事を、アイは知っているから。

 

 

「なら、私がここに来た目的の殆どが達成だ。………夏樹さん。知ってるって事は―――もう対応してたり、って事にもなるよね?」

 

 

ス―――っとアイの視線が鋭いモノへと変わる。

笑顔なのだが、目だけが笑っていない。目の奥底にあるのは紛れもなく憤怒のソレ。

アイの事は知っているつもりだったが……、ここまで怒りを見たのは初めての事かもしれない。

 

そしてそれが何よりも嬉しくも思う。

 

 

「―――それも当然。ぬるい返しをする気はない。奴さん、業界じゃかなりの有名人だが……今回のはもう駄目だ。一線超えちまった」

 

 

ふぅ―――と深くため息を吐いた後に目を瞑る夏樹。

 

 

「……秘密を安易な覚悟で探ろうとする者ってのは、案外自分の備えがなっちゃいないもんだ」

 

 

そういうと、夏樹は両手を組んだ。

片方の手の指に、もう一方の指の間に絡める形にし、軈て表情をその両手で隠す。どういった顔をしているのか、悟られない様にしているかの様だ。

 

 

そんな時、だった。

いつの間に部屋に入ってきたのか、或いは最初から居たのかは解らないが、何処からともなく夏樹の肩に飛び乗った猫の姿が、アイの視界に入る。

 

 

「―――殴られたら殴り返される。倍返しだってある。その覚悟ってのが本当になっちゃいない。アレだけ(・・・・)抱えてて、こうまでしてくるとは、な。ここまでくると笑えてくる」

 

 

偶然なのか、必然なのか、夏樹の表情が見えたと思えば、その肩に乗っているティアの眼も自分と合った。

 

 

「―――相手が悪かった、手を出したのが間違いだった、と、色々諦めてもらう(・・・・・・・・)事にするよ。まあ多少は時間がかかるが、悪いようにはしない。任せてくれて良い」

「信頼できるよ。本当に凄い。間違いなく私が知る大人たちの中でNo.1だね☆ 出来る男! って感じでカッコいいよ!」

 

 

にっ、とアイは笑って親指を立ててみせた。

 

喧嘩を売られた、と憤慨していたアイ。その恨みつらみを全て載せて、戦ってくれると信じている。

 

 

 

そしてその後―― 一連の流れについてアイは説明を受けた。

当然、話す事が出来るレベルでだったが、それでも十分すぎる。

 

 

 

 

「探偵さんって本当に凄い! アイドル(私たち)の嘘だって簡単に暴かれちゃいそうだねー」

「―――真実を見抜くのもまた、仕事の内だと思ってるからな。それが、出来なきゃ商売あがったりだ」

 

 

アイは、にこっ……と笑うと夏樹に聞いてみた。

 

 

 

 

 

「じゃあ………、本物の私(・・・・)も見てくれる? ……見抜ける??」

 

 

 

 

 

何処か黒く、淀んで見える瞳の奥。変わる雰囲気に常人であれば気圧されるかもしれない。それ程の変化だった。幾多の修羅場を超えて、闇深い芸能の世界の頂点に君臨出来た訳だ、と内心感心すると同時に、夏樹の眼も光る。

 

 

「愚問だな。……必要ならば上手く嘘をついたとしても、見抜くよ。それが俺の仕事だ」

 

 

対する夏樹の眼は動揺など欠片もなく冷静そのもの。

 

その瞳はまるで一切の感情を削ぎ落した精密機械の様だった。

人見の奥に宿る鋭い縦長の楕円は、まるで隣で同じ様な視線を向けてくるティアの眼と同調しているかのようだ。

 

アイのそれとはまた違う見抜き方。同種である、と。似たような眼である、と感じるものではない。経験に経験を重ね、数多の悪意を、世の裏表関係なく見続けてきた者の頂き。

対面したなら、後ろ暗いものがある者なら余計に、その微細な動揺さえ見逃さず、感情の機微すら読み取って、暴いてしまうだろう。

 

そう確信させる程の眼だった。

 

 

「そっかー、それは怖いね! アイドルの秘密を暴いちゃう~~なんてさ?」

「行き過ぎるとセクハラになるからその辺で止めてくれ。ってか、アイドルって言っても大分前の話で――――」

「ああっとーー! 年齢的な秘密も暴いちゃうのかな?? かな??? その秘密もアンタッチャブルだよー! ヤケドしちゃうかもよー!!」

「おっと。そりゃそうだ。失敬」

 

 

そして気付けばアイも元通りの雰囲気に戻った。

 

夏樹も同じく戻す―――前に、一言かける。

 

 

 

 

「それで? まだ、聞きたい事があるんじゃないか? 目的の殆ど……つまり全てじゃないって訳だろ?」

「―――あ~~、うん。そうだね。ちょっぴり安心出来たから、今日はもう良っか~って思ってたのに。そこ、ついちゃうんだ??」

「必要なら、な。まぁ無理にとは言わないさ」

 

 

アイは、うーーーと、小さく唸り声を上げつつ、人差し指で頭を押さえて……悩みに悩んで……。

 

 

「どうせ、後回しにするのもアレだし。……じゃあ最初っから頼むなよーって話にもなっちゃうし。うん。聞かせてください!!」

 

 

覚悟を決める様に、アイは目を伏せた。

部屋は暑くないのに、一筋の汗が、その頬を伝う。

 

 

「―――お前さんを襲い、レイが被害を受けたあの事件の犯人。獄中死した菅野良介。……それに深く関わっていた人物が他に2人(・・)いる」

 

 

聴くのを後悔したかもしれない。

いや、後悔などしていない。これは自分が背負わなければならない事だから。

 

 

夏樹の存在を、いや、夏樹の存在ではない、夏樹の職業をもっと早く知っていたら……と思わざるを得ない。警察も事務所も、誰もが口を閉ざし教えてくれなかった。今思えば、配慮をしていてくれたのかもしれないが。

 

それでも、今更だ、とか遅い、と思ってしまったのは仕方がないだろう。

 

それに――――

 

 

 

 

「―――お前さんもよく知る2人だ」

 

 

 

 

心の何処かでは、(可能性として)解っていたかもしれない………から。

 

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