認めない子   作:アイらゔU

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第29話 命の交錯

 

——足元から、全てが崩れていく感覚がする。これまでの全てが、積み上げてきた何もかもが崩壊する。そんな音が、聞こえてきた様な気がする。

 

以前までの自分なら、普段までの自分であれば、いや、つい数分前の自分だったとしても、こんな状況に陥る事なんて考えられなかっただろう。

身に降りかかる危険を嗅ぎ分ける嗅覚は備わってるつもりだった。

それも当然だろう。当然備わっている嗜み。何せ記者とは文字を使って他人の人生を終わらせると言っても過言ではないレベルの事をしているのだから。

幾度も幾度も記事を取り扱う事があったから。

故に危機管理能力は備えてきたつもりで、多くの場でもその直感を頼りに、そして備えを頼りに切り抜けていた筈だったのに————。

 

 

何故、こうなった? 何を誤った??

 

 

 

この足元が崩れる感覚は決して気のせいじゃない。

身体の芯から震えている自分が居る。震えているが故に世界が歪む感覚もする。

急速に回転する脳内では、マークすべきなのは一番の大物不知火フリルだけな筈だった、と自問自答をし続けていた。事実、その辺りは対処をして万全のつもりだった。大手事務所も押し黙るだけのネタを掴んで操ってるつもりだった。

 

 

後はただ芸能界と言うモノの本質を知らないお子様だけだとタカを括っていた。

 

 

そう、全ては入念に備えてきた筈だったのだ。何処で歯車が狂ってしまったのか?

 

 

何故、あの時の刑事が現れるのか———?

 

 

 

 

夏樹とは顔見知りの間柄。当然良いモノではありえない。

今は刑事を止めて探偵になったと言う情報は聞いていたが、鬱陶しい正義感から小言を幾らか喰らい、更にマークをされる可能性を意識しなければならない故に余計な手間を賭けさせられる心底鬱陶しい存在だった。探偵業に身を移した時は、散々喚ていた《因果応報》と言う言葉が自分自身に返ってざまぁない、と笑ったものだった。

なのにも関わらず、何故、なぜ、なぜ。

 

 

 

なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ………——————

 

 

 

 

———アイツ(・・・)、か。

 

 

 

 

 

そして鮫島は1つの結論に至る。

至ったと同時に、出来うる最善をする為に震える身体に活を入れた。

目を見開き、その視線の先に居る男を視線で射貫いた。

 

その先に居る男は斎藤ひかり。

 

プロフィールを脳内で再生させる。

苺プロ所属。プロデューサーである鏑木や同じ事務所の超トップタレントのアイのお気に入り。この程度の情報しかなく、今後その辺りを、真実(・・)創る(暴く)予定だったから、その程度の情報しか無かった。後々に料理してヤル程度のもの、だった。だが、アレのおかげで、こんな事態に見舞われてしまったのだ。

 

でも、この時の鮫島は1つ重要な事を思い出した。

今までのやり取りの中で、重要な情報、現状を打破する可能性の高い———その欠片(ピース)を。

 

 

お兄さん(・・・・)、補足があればお願いします』

 

 

斎藤ひかりは、確かにそう言った。

兄———そう呼んだ北斗夏樹の家族構成は当然調べた事がある。

離婚歴がある事もその原因も全て知っている。そして、子供は娘で親族には1人の姉が居た筈。故に、お兄ちゃんと呼ぶ、呼ばれる存在は限られてくるだろう。

無論、親しみを込めてそう呼ばれている可能性は捨てきれないが、それでも高確率で、あの北斗夏樹の親類である可能性は高い。所謂従兄弟、だ。

 

ならば、最大の急所とも言えるのは間違いなく眼前のガキ。

 

 

「(今、今———全て失う訳にはいかねぇんだ。どんなに手を汚したとしても……、もうこの手を(・・・・)打つしかねぇ、か)」

 

 

打開策は決まった。

そして少なからず良心の呵責はあるが、そんなもの、自分自身と天秤にかければ当たり前だが大きく傾くのは自分自身の人生。

 

 

———裏の人間を使う。

 

 

これまでにも幾度となく頼りに、懇意にしてきた。職業柄恨みを買い、闇討ちしてくる事だってあったから、その自衛だ。

その結果———高校生と言うガキを手にかける事になったとしても、初めて未成年を手にかける事の教唆になったとしても、可愛いのは自分自身。

 

 

「(人質に取って———全員消す。もうそれしか無ぇ……!! 無ぇんだよ!!)」

 

 

目が血走り、短く数度肩で息をする。

それをバレる訳にはいかない。相手も電話をしているのだ。こちらもスマホを手に取り、誰か(・・)に連絡を入れたとしても、何ら不思議ではないだろう。こういう時の為のホットラインは用意してある。

 

裏の世界では腐敗した世界を付け狙う様な闇に属する者達は沢山いる。

全ては金が手に入る為だ。金さえ積めば、どうとでもなる。それは、表だろうと裏であろうとその本質には抗えない。

 

鮫島はいつの間にかスマホを手に取っていた。

掌が過剰な力故に小刻みに震えるが、操作するのは問題ない。文字を打ち、送信すれば良いだけ。

 

 

『やめておけ』

「!!!」

 

 

そんな時だった。これもいつの間にか、ただスピーカー機能をONにしていただけな筈だったのに、いつの間にかスマホを向けられた。そこに映るのは夏樹の姿。どうやら知らぬ内にビデオ通話モードに切り替えていた様だ。

 

 

『オレがこの手の下種の、外道の面をどれだけ観てきたと思ってる? お前がしようとしてる事なんざ、思う付く事なんざ端から見透かしてる』

 

 

鋭い眼光が向けられる。自身が圧倒的優位に立つ場合、いつもする事は相手を見下す事。安全圏内、安全地帯で絶対的な力を手にした余裕からくる得も知れぬ快感。それを全面に出す自分と違って、圧倒的な力を有しているであろう夏樹の顔はただただ冷徹で、目の奥は怒りの炎で煮え滾っているのが解る。

 

 

『お前との繋がり(・・・)。オレが把握してない、と本当に思っていたのか? そもそも最初に言った筈だ。お前はもう終わりだと』

 

 

1枚の紙を取り出す夏樹。そしてそれを読み上げていく。

 

 

『鬼桜組の構成員。つっても下っ端も下っ端。瀬上と野々原。その下舎弟数人程度。半グレ 虚無(ミスト)のメンバー、紫雨と笈川……後は』

 

 

淀みなく読まれていくメンバーの名。

1つ1つ読まれる度に身体に電気でも流されている様な感覚に見舞われる。

何処まで調べられたと言うのか。探偵とはそこまでの力が、諜報力があると言うのか? と思わず鮫島は後ずさりをしてしまう。

 

そして、画面越しに夏樹と再び目が合った。

 

 

———違う。

 

 

鮫島は、そこでハッキリと理解する。

斎藤ひかりじゃない。

 

 

——北斗夏樹(この男)、だからだ。この男だから、全てを裸にされてしまったのだ。

 

 

警察と探偵、それらのコネや情報網を駆使すれば、それは下手したら最早日本一の諜報力となりかねない。比喩ではない。ここまでの事をしてのけたのだ。()を1人に絞って全力を出せば……。

 

 

『勿論、全部対処済。元刑事で元マル暴、それを怒らせた。テメェの負けだ。……舐めてんじゃねぇぞ』

「あ、が……!」

 

 

そう、夏樹は鮫島の情報に関しては全力を出している。本当の本気、それくらいまでに怒りを全面に出しているからこそ、レイは心底信頼し完全に委ねていると言えるのだ。だからこその今回の鮫島襲来はレイにとって嬉しい誤算だった。

自分の預かり知らぬ場所で全てが終わっていたより、目の前で巨悪が崩れていくのを見届ける方が精神衛生上良いと言うモノだから。

 

 

「でも、やっぱり凄いですね……。そこまで出来るものなんですか?」

『あん? そりゃあ杵柄があるからな。そもそも、カタギへの手出しってのはリスクの塊。組そのものが解体されかね無ぇし、何より鮫島(アイツ)に手を貸してンのは小遣い稼ぎの末端も末端。最奥にまでは食い込んで無かった。あんま太過ぎるパイプを作る度胸は無かったようでな』

 

 

鮫島の懊悩を前に、夏樹は吐き捨てる。

 

 

『組内でも周知されてた事だ。そもそも端からリスクあるっつーのに、馬鹿ばっかやってる様な層。今回、元とは言え、刑事(オレ)に目ぇつけられたケジメは取らされるだろ。んでもって、半グレの仲間意識もタカが知れてる。全員パクられるくらいなら、首謀者に色んな罪をおっかぶせて、突きだすだろうな』

「………それ以上は、聞かない事にしておきます。ほんと、お兄さんは凄いや……」

 

 

あはは、と苦笑いをするレイ。

ヤクザものの筋の通し方やケジメの取らせ方……所謂指を————や、漁船に乗せられて某ベーリング海へ~等々、容易に想像が出来てしまうが、それを実際に観た事がある訳でもないただの知識なので、真面目に言葉にするとこれ以上ないくらい寒気がするもの、である。

半グレに関しても似たようなもの、と解釈している。今回に関しては警察に捕まる~程度で済みそうな半グレの方がマシだと思えてしまうが。

 

だが、レイも人の事言えないだろ、と夏樹は内心思う。

レイが持ってきた情報、レイが頼ってきた内容、それらは如何に自分の情報網を持ったとしても、到底辿り着けるものじゃない、と思える程の相手だったからだ。

何をどうしたら、そこに繋げる事が出来たのか? 何をどうしたら、未然に防ぐ道筋を造れたのか?

 

レイの方こそ解らない事だらけで凄すぎるだろ、と夏樹は笑った。

 

 

 

そんな時、だ。

鮫島のスマホが震え出したのは。

 

 

『……オラ。みてみろよ。そいつはオレが言った事が嘘じゃねぇ事の証明。地獄への片道切符替わりだ』

「ッ—————!!」

 

 

鮫島は、目を離せなかった筈なのに、スマホに自然と目が移ってしまった。

見たくないのに、本当に見たくなかったのに、まるで操られてしまったかの様に指が動き———メッセージの内容を見る。

 

 

「あ、ああ…………」

 

 

全てその通りだった。

 

繋がっていた名前、メンバーが羅列され、画像添付もされた上で今日付けで組やチームから処分されている、と言う一報が記されてあった。

 

夏樹の言う通りだ。下っ端にしかパイプは作らなかった。下っ端が求める金くらいなら余裕だし、より大きな相手と縁を持つとそれ相応の弱味、そしてそれに見合うだけの金を要求される事だって想像し易い。

度胸が無かった事と、それ以上に安上がりで裏の人間を飼いならそうとしたツケが回ってきてしまったのだ。

 

そして地獄への片道切符とは本当によく行ったもの……だった。

文字の1つ1つを見る度に、喉の奥から酸っぱく苦いものがせりあがってくる。

 

通知の表示自体はこれまで親交のあった面子が並んでいる。送り主の名前だけはいつも通り。だけど、内容が全く違う。

組内でも、チーム内でも煙たがれていた。そんな連中が警察に目を付けられ、組・チーム解散の危機に陥らせたともなれば……?

 

 

この画像(・・・・)の意味も理解できる。

 

 

 

『片方は漁船、カニ漁か。もう片方はムショん中。まぁ、漁船よりマシかもだが、結局出てきた所で盛大なリンチ(お出迎え)があるだろうがな。そう言う意味じゃ、お前もムショん中の方が安全かもな?』

「あ、ああ、あがががが!!!!」

 

 

スマホを思い切り投げて叩きつけた。

そのケジメは、落とし前は自分にも及ぶ事も書かれていたのを見たからだ。

組を安く見た、チームを安く使った。そしてあの世界の住人は舐められたら終わり、が常にある。

行く道全てが塞がり、後はポッカリと奈落へ、地獄への穴しかもう道はない……と、思わせられた瞬間、レイと目が合った。

嘲る様な、見下す様な、嘲笑する様な、そんな眼だ。苛立った。とてつもない程に、苛立った。

もう、何も考えられない。もう何も考えたくない。

何故、自分がこんな目に遭うのか? そう、決まっている。全てはあのガキのせい。

 

 

———ガキ、クソガキ、ガキ、クソガキ、ガキガキガキガキガキガキガキガキ………

 

 

 

「がああああああああああああ!!!」

 

 

腹の底からの雄叫びだった。

思わず、レイの傍に居たあかねも、『ひっ』と小さく悲鳴を上げる程に。夏樹の登場、そして形成の逆転、それらを冷静に俯瞰して見えていたからこそ、あかねは安心していたのだが、人間追い詰められ自暴自棄になればどういう行動をとるのか。心理学を学んできたあかねが知らない訳が無かったんだ。

 

故に、思わずレイの身体を引こうと力を入れたが、逆にレイに押し出されてしまった。あの鮫島の直線状に居ない様に、あかねを押し出したのだ。

 

 

「がああああああああ!! オマエオマエオマエオマエ!! オマエのせいでぇぇぇぇ!!!」

 

 

我武者羅な様に見えて、その行動の節々はしっかりと意志が備わっている。

様々な事を想定していたのだろう。或いは元々護身で携帯していたのか? 職質でもされたら一発アウトな筈の鈍く光る代物を、引きずり出すと、その束を握って突進してきた。

 

真っ直ぐ、ただただ、真っ直ぐ。

 

レイは、その光景を見て何処か懐かしさを覚えた。

そう、あの時(・・・)と同じ。ただ夢中で我武者羅で……突っ込んでいったあの時と同じ。

ただ、違うのはこの男は他の誰かを守る為の行動じゃない。ただ我が身可愛さ故の自棄。自暴自棄。懐かしさこそ覚えたが、その性質は全く異なる。同族な様に一瞬でも思った自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。

視線を細め、自棄になった鮫島を見据えたその次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

突然耳を劈く様な悲鳴に似た叫びがレイの耳に直撃する。

そして、その声に驚くと同時に鮫島を観ていた視線の中でも異常事態が起きた。

あの鮫島の身体が宙に浮き、そのまま叩きつけられていたのだ。手を捻り上げ、そのまま地に押し倒して拘束。アレは骨が折れたのでは? と言う感想よりも先に、自身への異変にも気付く。

 

「ッッ!!!!」

 

 

悲鳴と共に、死角から信じられない力、まるで命そのものをぶつけられたかの様な力で、警戒していた筈なのに、幾ら死角からとはいえ、レイは一切抗う事も踏ん張る事も出来ず、そのまま押し倒されてしまったのだ。

 

 

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