認めない子   作:アイらゔU

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第31話 明かされる想い、2つの最推し

——あの時の出来事。

——悪夢にうなされも尚、鮮明に覚えてる。

——あの時俺は、気付いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

【レイは俺にとって、何か(・・)になる存在なんだって】

 

 

 

 

 

 

 

 

苺プロ事務所・会議室にてスケジュールが確定。

 

 

午後の陽光が窓から差し込み、会議室のテーブルに柔らかい影を落としていた。木目のテーブルの上には、タブレットと資料が整然と並べられ、会議が終わったばかりの名残が残っている。

ミヤコは、本日決まった事を皆に伝える為にメモを片手に、応接スペースへと向かい、全員の視線が集まっているのを感じると軽く喉を鳴らして話し始めた。

 

 

「さて、通達通りの案件。今回の病院内イベントの件だけど……」

 

 

一瞬の静寂。アイが瞬きをしながらミヤコを見つめ、無言で座ったまま聞いている。

 

 

「依頼の詳細はもう聞いてるわよね? 苺プロとして正式に引き受けることになりました。レイくんのピアノ演奏がメインで、アクアも一緒に。それで付き添い兼マネージャーとしては私が一緒に向かいます」

「はい! わかりました!」

「……え、ぼくも?」

 

 

レイは返事を返し、アクアは軽く眉を上げた。

以前の様な子役としてのドラマ出演等ではない案件。行く意味はあるのだろうか? と言う疑問から出た所作である。

そんなアクアに対して、ミヤコは視線を向けつつ答えた。

 

 

「ええ。そうです。レイくん1人じゃまだ何かと心配な面もありますし それに、メディア向けのイベントじゃないけど露出はゼロじゃない。だから少しくらいニュースには出るかもしれないので、丁度宣伝としても良い効果が見込めるって判断もあります。五反田監督も買ってくれているのも丁度良いですから。それに他の皆は仕事が……」

 

 

ミヤコの視線がルビーへと向けられる。

その瞬間だった。

 

 

「……ごめん、ちょっと頭が痛くて……」

 

 

ルビーがこめかみにそっと指を添え、小さく呟いた。

その表情は申し訳なさそうだったが、ほんの僅かに芝居がかったものを感じる。

 

 

「えっ、ルビー大丈夫? 風邪ひいちゃった?」

「……大丈夫、ですか?」

 

 

アイとレイが心配そうに顔を覗き込んだ。

ずっと一緒に居て気付かなかったのか? と自身を悔やんでしまう、と顔を強張せる。

レイもつい昨日までは、アイの曲で盛り上がり、一緒に歌ったりして大いに騒いでいたりした。あの時から無理が祟っていたのでは? と心配になったのである。

ルビーは、大丈夫だと言う意思表示の為、縦に首を振った。

 

 

「ううん、……少し休めば治ると、………おもう」

 

 

少しだけ強張らせていた表情を和らげてルビーは言った。

ミヤコはルビーの様子を見て、一瞬考えたあと直ぐに頷いた。

 

 

「無理しなくていいですよ。ゆっくりと休んでてください」

 

 

基本的にはルビーは所属タレントではない。アクアが居るのなら一緒についてくる。それが常だったから、と言うのが大きいし、何よりミヤコにとってのルビーの認識が《アマテラスの化身》(笑)

アクアはそんなやりとりを静かに見つめていた。

 

 

―――……ルビーが頭痛? 朝はそんな素振り、少しもなかったはずだけど。

 

 

兄として、そして元々の前世の職業柄もあって少なからず心配だったが、腑に落ちない様子だった。

ふと、ルビーの動きに違和感を覚える。

視線を合わせようとしない。手元のタブレットを弄るふりをしながら、落ち着きなく足を組み替える。

アクアは目を細め、何気ない風を装いながら問いかけた。

 

 

「……実は病院、嫌いなのか?」

 

 

アクアの問いに対し、ルビーの肩が一瞬ピクリと揺れた。

 

 

「……べ、別に?」

『あ、図星だな』

 

 

咄嗟に口をついて出たような返事だった。声の調子がわずかに揺らいでいるし、目も泳いでいる。解りやすい部類だ。

故に即図星、嘘だな、とアクアは直感した。

本当に具合が悪いなら、もっと素直に甘えるはずだ。アイに思いっきり抱きつく筈だ。

なのに今までのルビーとは明らかにキャラそのものが違って見える。

少なくとも、アイが心配したときにすぐに否定するようなことはしない。その胸に抱き着いたり、頭を摺り寄せたり、介護して~看病して~と言い、厄介ヲタクの気質をこれ見よがしに発揮する事間違いない筈だった。

 

なのに、わざわざ「疲れた」と理由をつけるあたり、意図的に避けようとしているのが明らかだと言える。

 

 

——……まあ、無理に聞く理由も必要も無いか。

 

 

病院が嫌いなのは、人それぞれ事情がある。

ルビーの場合、それがどんな理由なのかは分からないが、少なくとも今は詮索すべきじゃない気がした。間違いなく前の自分(・・・・)案件だと思うから。

なので、体調面は心配してない。十中八九仮病を疑う……が、それでも万が一と言うのもあるので。

 

 

「なら、まあいいけど。しっかり身体を治せよ」

「……うん。大丈夫」

 

 

そう言うとアクアは特に追及する事もなく、何も言わず、椅子の背もたれに寄りかかった。

ルビーはほっとしたように笑い、アイはルビーが大丈夫と言うならそれ以上追求することもなく、話題を切り替えた。

 

 

「じゃっ、アクアも頑張って! それにミヤコママも、ちゃんとレイくんの勇姿を録画してきてね! 私見るから! 見たいから! それを楽しみに今日一日頑張るから! ルビーも楽しみだよねっ!」

 

 

アイが力強く拳を握る。そして手を振る。

アイも思いの他楽しかったし、いつまでも見ていたい、聞いていたいと思わせる程の演奏力、奏でる音色だった。

 

 

「ちゃんと、しっかり! ぜーんぶ! 隅から隅まで撮ってね!」

「はいはい、ちゃんと撮るから心配しなくていいわよ」

「アイさん。別にぼくはいつでも弾きますから大丈夫ですよ」

「ちっがーうの! コンサートみたいなイベントで弾くレイくんの姿も格別~なのっ! だから本当は私も一緒に行きたいのに、うちのしゃちょーさんがぁ……ねぇ?」

 

 

ミヤコの後ろで腕を組んでいる壱護。サングラスをしているが、その眼がキランッ、と光った様に見えたのは気のせいじゃないだろう。

 

 

「当たり前だバカ。自分の仕事をしろ仕事」

「ぶーーー」

 

 

今は稼ぎ所。アイ自身も、アクアやルビーの為にももっともっと売れて売れて、沢山の選択肢を示してあげたい、と言う気持ちを持ち合わせている。

感情に左右される事も多々あるようだが、取り合えずは聞き分けのある範囲内で落ち着いているのが本当に良かった。 

 

 

「はぁ……大変」

 

 

大変、と言いつつミヤコは呆れたように笑う。

間違いなくしっかり者であるレイの加入によって、色々と抑制されて制御? が出来そうな気がしてならない、と言う面も実は持ち合わせているのだ。その辺りは、レイの評判を色々調査した時によく解っている。子供とは思えない大人染みた対応で場をコントロールし、調律する姿勢は、益々年齢詐称を疑いそうになる所ではあるが、忙しいこの時期には本当にある種救世主の様に思えてしまうからだ。

 

 

「……これが当たり前だ、って染まっちゃってる私もまぁ……、異常なのかも、ねぇ?」

 

 

ただ、何処となく超常的な光景にはいつも最後に現実かどうか? を確認しながらぼやくミヤコだった。

何せ、仕事スケジュールの確認に、こんな小さな子供らが居る様な場所でするなんて、普通じゃ考えられない。子役専門事務所と言う訳じゃないし、そもそも普通は親同伴なのだ。

にも拘わらず、レイは母親が居なくても問題ない、と言い切り、アクアに至っては、アイの事が大好きなのは変わりないが、しっかりと対応が出来てる。ルビーはまだまだ親離れ出来てない(当たり前だ)。

 

 

「改めて、今更だけどほんと凄い事務所(トコ)に来たもんよね……」

 

 

当初のイケメンとの再婚? を夢見てたミヤコだったが、それ以上にトンデモナイ毎日の日々故にかつての夢が霞んでゆく様だ。

何処かで現実逃避しつつ、今日も一日頑張ろうと心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

ルビーはそんな様子を横目で見ながら、小さく息を吐いた。

そう、アクアの読み、それは間違えてなかった。

ルビーは間違いなく仮病なのだ。調子が悪いのも全てウソ。

だからこそ、問い詰められなかった事に対して、ルビーは安堵のため息を吐く。

これはルビーにとって、触れたくないもの、だから。

 

 

 

会議室でのやりとりが終わり、ルビーは静かに息を吐いた。

 

 

――仮病なんて、我ながらまさに子供じみていると思う。

 

 

自分でもそう思う。けれども、どうしても行きたくなかった。

 

 

【病院】

 

 

その言葉を聞くだけで、どうしても胸の奥がざわつく。

あの無機質な白い天井、消毒液の匂い、微かに響く機械音……どれもこれも、あまりにも鮮明に記憶にこびりついていて、未だにふとした瞬間に思い出してしまう。

 

 

『病院嫌いなのか?』

 

 

アクアにそう問われたとき、一瞬、心臓が跳ね上がるような感覚があった。

見抜かれた——と、思った。

でも、彼の瞳には深い探りはなかった。ただの疑問だったんだろう。

 

 

『……べ、別に?』

 

 

咄嗟に取り繕った言葉は、自分でも驚くほど不自然に震えていた。

たぶん、アクアは気づいた。

でも、それ以上は聞いてこなかった。

それが、ありがたかった。

病院が苦手な理由を、今さら説明できるわけがない。

 

 

―あの頃の記憶は、あまりにも生々しくて。

 

 

わたしは、何も叶える事なく、病院で死んだから。

何も出来ないまま終わる人生だったから。

 

 

指定難病・退形成性星細胞腫。

 

 

名前なんてどうでもいい。ただ、わたしは、それでこの命を一度終えている。

小さな病室。静かで、閉ざされた世界。外へ出ることもできず、窓から見える景色がすべてだった。退院したらやりたいことを語り合っていた人を見る度に心が痛かった。

でも、わたしは分かっていた。

自分には退院なんてないんだって。

それでも、笑っていた。

あの人と……【せんせー】と一緒に、沢山笑った。それだけが唯一の心の支えだった。

一緒に笑って笑って、アイドルを推して、推して、夢を語って。せんせーと一緒に笑って語って……最後の方はずっと夢を見ていたんだと思う。

奇跡的に回復して、アイドルになって、せんせーに推してもらう。大好きなせんせーに推してもらう。そしてせんせーと結婚する。

それが夢だった。

アイドルになるのが夢なのか、せんせーに推してもらって結婚するのが夢なのか、最終的にはどっちなのか解らなくなって笑った事だってあった。

 

 

でも―――口にはしないだけで、頭の何処かでは叶わないって分かっていたんだ。

 

 

そうしないと、あの頃のわたしは、生きていられなかったから。

せんせーと一緒に、もっともっと生きていたかったから。

 

 

だから……、病院には行きたくない。

 

 

それはもう、本能に近い拒否感だった。

何よりこの指定された病院にはせんせーはいない。……せんせーが居るなら、居てくれるのなら、わたしは這ってでも向かう。でも、せんせーが居るのは遠い遠い田舎の病院。場所が全く違う。

 

だから―――厳密に言えば、せんせーが居ない病院には、行きたくないし、行けないんだ。行くとしたら、せんせーに会いに行く時だけ。

……だから全身全霊で健康面には気を使ってる……つもりだ。

 

 

「……はぁ、でも……わたしも、聴きたかったなー」

 

 

ルビーはぽつりと呟く。病院には行けない――でも、レイのピアノは聴きたいと思った。

本当に素敵だと思ったから。

彼が難しいクラシックを弾いているときも、確かにすごいとは思う。音楽のことはよく分からないけど、才能の塊みたいな彼の指先が、魔法みたいにピアノを、あの無数にある鍵盤を操っているのは感じる。

 

 

そして、アイが歌をうたい、レイがメロディーを奏でるその瞬間が一番好きだった。

 

 

アイドルとして歌う曲。

明るくて、楽しくて、たくさんの人を笑顔にする曲。

その伴奏をするレイは、本当に楽しそうで、嬉しそうで、心から音楽を愛していて。

そんな彼の姿を見るのが、すごく好きだった。息もぴったりだった。

たった2人の舞台だったって言うのに、その輝きは大きな舞台、ステージでのものと何ら遜色ないと感じた。

 

一瞬で虜になった。それくらい大好きになった。アイと同じくらい輝いている様に見えた。心が温かかった。

 

 

「……ダメダメ、だなぁ、わたし」

 

 

病院と言う場所は、どんなに時間が経っても、ルビーの中ではあそこは【最期の場所】。

アクアは、きっとそこまで分かっていない。

今は、それでいい。

仮病なんて子供っぽいことをしてしまったけど、それくらいしか方法が思いつかなかったんだ。

 

アイが楽しそうに「録画してきてね!」なんて言うのを聞きながら、ルビーはそっと目を伏せた。画面越しでもきっとあの温かな音色を感じる事は出来る。

我儘を言えば、レイはいつだってピアノを奏でてくれる。

 

 

——それでどうにか、心を落ち着かせよう。

 

 

ルビーそう思いながらも、それだけで、少しだけ息がしやすくなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外を流れる景色を眺めながら、アクアは静かに息を吐いた。これから向かう場所

 

【明澄医科大学附属病院】

 

明澄医科大学附属病院──この国でも指折りの規模を誇る総合病院であり、最先端の医療技術を持つことで知られている。がんなどの難病の治療においても高い実績を持ち、全国から多くの患者が訪れる。

アクアは、何度かこの病院の名前を耳にしたことがあった。芸能人や政財界の関係者も利用することがあるらしく、メディアで報道されることも少なくない。施設は清潔感があり、病院特有の無機質な空気は漂いながらも、どこか温かみを感じさせる内装が施されている。

 

そして、この病院には珍しい特徴があった。音楽療法の一環として、ピアノを使ったプログラムが本格的に積極的に実施されているのだ。

 

通常、病院と言えば静寂が求められる場所だが、ここでは定期的にホスピタルコンサートが開かれていた。特に小児病棟では、入院中の子どもたちが少しでも楽しい時間を過ごせるように、ピアノの生演奏が提供されることがある。

なので施設の一角には、ちょっとしたイベントスペースがあり、そこにグランドピアノが据え付けられている。普段はカバーがかけられ、ひっそりと佇んでいるが、演奏会の日にはカバーが外され、病院に訪れる子どもたちやその家族が生演奏を楽しめるのだ。

 

前世で医の道に携わっていたアクアは、この病院の方針を興味深く思ったりもした。

 

病院とは、本来ならば病気やケガと向き合う厳粛な場所だ。しかし、ここでは医療だけでなく、患者の心のケアにも力を入れている。病院特有の冷たさではなく、少しでも前向きに過ごせる空間を作ろうとしているのが分かる。

 

──まるで、希望を灯すかのように。

 

アクアはふと、さりなのことを思い出していた。彼女も、田舎の病院ではなく、こんな場所にいたら何かが変わっていただろうか?

標準治療以外にもやれることがたくさんある。大きな所だったら選択肢もあったかもしれない。大好きなアイドルを推しながら、同じ境遇の子たちにも囲まれていたら………何か結末が変わったりしただろうか?

 

いや、それは幾ら考えても仕方がない答えが出ないものだ、とアクアは考えるのをやめた。

最後の最後まで頑張って生きた彼女を乏しめるに等しい事だから。

 

考えるのを辞めても、思考の奥底で、あの日の記憶がかすかに揺れる。

 

そして、そんな場で、レイは何を思いながらピアノを弾くのだろうか……、と興味は尽きない。

全く違う分野の話なのにここまで惹き込まれるのも偏にレイの技量の高さが故に、だろう。

 

都内を走らせ、目的地へと向かう車内。

 

後部座席には、主役であるレイ、そしてその隣にアクア。そして運転席にミヤコ、助手席には苺プロのスタッフの武井が座っている。車内は穏やかな空気が流れていたが、どこか少しだけ張り詰めているようにも感じられた。仕事前の独特な空気感だ。

 

 

「んん……眠い………」

 

 

隣からぼそりとした声が聞こえてくる。アクアがちらりと横を見ると、レイが窓枠に頬杖をつきながら目を細めている。 

少し開いた口をみるに、欠伸をしたのが解った。こしこし、と目元を拭ってる所作をみるに、本当に眠たそうだ。

 

 

「大丈夫か? そんな眠そうで」

「んゆ……。だいじょうぶ、でふ。昨日、ちょっと夜更かししちゃって……」

「おいおい、ちゃんと寝ろよ……よく知らないけど、結構体力使うんだろ?」

「はぁい……、反省、してます……」

 

 

レイは軽く笑ってそう言ったが、どこか眠たげな目をしている。アクアは絶対反省してないだろ? と少し呆れながらも口には出さない。

まあ、レイもプロ。それもかなりの位置に居るプロだ。本番までには目も覚めるだろうと深くは追及しなかった。

こういう所を見ると年相応だと思う。普段とのギャップ差に風邪ひいて体調不良を起こしそうだが、行先は病院だから大丈夫か、と苦笑いをした。

 

 

「まだ到着まで時間かかります。少し寝ていても大丈夫ですよ」

「………はぁい、りょーかい、です」

 

 

運転しているミヤコがルームミラー越しにこちらを見ていった。うつらうつら、とさせてる身体から力が抜けるのを感じる。

 

 

「………緊張してたりするのかな?」

 

 

ミヤコはそう呟く。

レイはこてん、と首を傾けながら眠りの姿勢に入ろうとしている、と言うよりもう寝てる。様々なことを、偉業を成した彼だが、人並みに緊張することだってあるのかもしれない。

緊張してるのなら、そもそも眠くならないかもだが、緊張していたが故に、眠れなかった可能性だってあるわけで……。

 

 

「んーん……特には、ってかんじですよ。だいじょうぶです」

 

 

パチッと目が開き、鏡越しに見えるその素顔は笑っていた。もう寝ただろう、と決めつけていたから少し驚いたが、言葉を繋げる。

 

 

「え、本当ですか?」

「はい、本当です」

 

 

レイは小さく笑って答える。その表情に嘘は感じられなかった。彼はすでに世界的な舞台に立ち、多くの観客の前で演奏してきた経験を持つ。病院のイベントとはいえ、彼にとってはそこまで緊張するものではないのかもしれない。

もしかしたらレイは、パフォーマンスの低下を懸念されたのかも? と思ったかもしれない。気を遣わせないように〜と考えたのかもしれない。

………末恐ろしい子、とミヤコは苦笑いした。

 

アクアはそのレイの横顔をちらりと見やる。

 

 

「(実績を考えたら当然。ただ慣れているだけじゃないかもだけど……)」

 

 

ピアノの演奏。それは彼にとっては日常の一部であり、息をするのと同じくらい自然な行為なのかもしれない。でも、同い年でその域に行けるまでの技術を収める事が可能なのか? と考えたら頭が痛くなる。

 

レイはやっぱり、自分と同じでーーーと思う。

 

そう考えれば色々と納得が出来ると言うものだ。子供の身で超人的な技能。自分達と言う前例があるからこそ行き着く。

無論、証拠なんて上げれないから証明のしようがないし、本人にそうそう聞けるものじゃないし、無闇につついて良いものかも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

と、アクアはそんなことを考えているうちに、いつの間にか時間はそれなりに経っていた様で、車は目的地である明澄医科大学附属病院の正門に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院到着、そして打ち合わせ。

 

病院のエントランスを抜け、ミヤコが受付へと向かう。レイとアクアもその後に続いた。

 

院内は白を基調とした清潔な空間だった。消毒液の匂いがほのかに漂い、看護師たちが忙しそうに行き交っている。

 

 

「苺プロダクションの皆様ですね。ご足労いただきありがとうございます」

 

 

受付の女性がにこやかに迎え、ミヤコが軽く会釈をする。

 

 

「本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。では、まずは担当者とお話しするので、ついてきていただけますか?」

 

 

一行は案内されるままに病院の奥へと進んでいく。

 

アクアは周囲を見渡した。

白い廊下の向こう、病室の扉が並ぶ光景が広がる。そこには入院患者の家族や、車椅子に乗った子どもたちの姿もあった。

 

 

「(病院……か。前世のルビーが何歳だったのかは知らないけど、…………やっぱり嫌がるのも無理ないかな?)」

 

 

ふと、仮病を使ってまで同行を避けたルビーの姿が頭をよぎる。病院に良いイメージを持たないなんてよくある話だ。もしかしたら前世で嫌なことがあったのかもしれない。

それに病院と嫌なこと。簡単に連想できてしまうワードだと言えるだろう。

 

しかし今はそれを考える時間ではない。

今はレイの仕事のほうが優先だから。

 

 

「ではどうぞ、こちらへ」

 

 

案内されたのは応接室だった。すでに数名の病院関係者が待っており、打ち合わせが始まる。

 

 

「では、今回のピアノ演奏についてですが……」

 

 

ミヤコが真剣な表情で話を聞く。レイはリラックスした様子でソファに座り、アクアもその隣に腰を下ろした。

 

イベントの流れや時間配分、アンコール等があった場合などの注意点について説明を受けながら、アクアは改めてレイを横目で見た。

 

 

「(本当に、緊張してるようには見えないな……)」

 

 

レイは話を聞きながらも、時折、ふっと微笑む。その表情はどこまでも自然で、どこか楽しげでもあった。車の中の眠たそうな顔がウソのよう。

オンオフしっかりしているのだろう。それと気を抜ける所はしっかりと心掛けている様にも思える。

 

 

「(やっぱり、相当場慣れしてるってことだよなぁ。……やっぱすげー)」

 

 

アクアはそんなことを思いながら、打ち合わせの続きを聞いていた。

 

そしてその後は速やかにスケジュール通りに、事が進む。

 

音楽療法——それ自体は知識として知っていたが、所詮は気休めの一環だと考えていた。しかし、レイの奏でる音は違った。ただの慰めではなく、人の心に染み込み、動かす力を持っている事をレイを知る者なら皆が分かっているんだ。

丁度窓から差し込む陽の光が、穏やかな光となってレイの姿を照らしていた。

長い廊下の先にある小さなホール。そこに置かれた一台のピアノの前に彼は齢にして3歳して完璧に演奏して見せている。

彼の指が鍵盤に触れると、最初の音が柔らかく響いた。その瞬間、ホールの外だと言うのに、ざわめいていたロビーの空気がふっと静まり、患者や見舞い客たちが無意識のうちに耳を傾ける。

彼の奏でる旋律は、まるで水面に落ちた一滴の雫が、静かに波紋を広げるように、聴く者の心に染み込んでいった。

 

ひとりの少女が、車椅子の上でそっと目を見開く。痛々しい点滴の針が刺さっている彼女は、何日も痛みに苦しんでいたのが解る程に疲弊していたのだが、その表情から、ふっと力が抜けていた。

 

杖をついた老人が、ゆっくりと歩を止める。彼の目には、長年聴き慣れたはずの旋律が、まるで初めて出会ったもののように映っていた。

 

 

レイの指は鍵盤の上を滑るように踊り、旋律は次第に深みを増していく。優しさと切なさが入り混じる音色に、いつしか誰もが息を呑んでいた。心が揺さぶられ、胸の奥にしまっていた感情がそっと解き放たれる。

 

静かに涙を拭う女性がいた。隣に座る息子を抱きしめる母親がいた。感情の波が押し寄せ、それでも誰も言葉を発することなく、ただレイの奏でる音に身を委ねていた。

 

彼を見つめる親たちは、目頭を押さえながら子どもたちを抱きしめる。

 

 

 

『こんなに小さな子が、どうしてこんなにも人の心を打つのだろう』

 

 

 

そう思わず涙ぐむ父親もいた。看護師の女性は胸に手を当て、込み上げるものを堪えきれずにそっと涙をぬぐった。

 

最後の音が響き、消えゆく余韻が静寂へと溶けていく。玲がそっと鍵盤から手を離すと、しばしの間、空間には何も音がなかった。ただ、人々の鼓動だけが確かにそこにあった。

 

次の瞬間、ひとりの少女がぽつりと呟いた。

 

 

「……きれい」

 

 

あの時の少女。元々演奏イベントがあるとは知らずたまたまホールにいただけだったが、導かれる様に、あの音色に、誘われる様に、気付けば保護者と一緒にそこへ行き、自然と涙を零した。

それが合図になったかのように、静寂が割れる。誰かが小さく息を呑み、誰かが涙を拭い、そして、ひとり、またひとりと拍手が鳴り始めた。

 

それは静かで、それでいて確かな感謝の拍手だった。

レイは微笑み、ゆっくりと頭を下げる。

彼の音楽は、確かに人々の心に届いていた。

 

 

その後も続けて、幻想的な世界を彩ってみせるレイ。数多の人を、惹きつける音色。魅了される。

 

 

 

「(やっぱり大型新人ーーーどころの話じゃない、わね)」

 

 

 

ミヤコも同じだ。何度聴いても慣れる事無く魅入られる。

ピアノの旋律が、空間にゆっくりと溶け込んでいく。まるで水面に落ちた一滴の雨が波紋を広げるように、音は静かに広がり、聴く者の心にそっと染み渡った。

 

ミヤコは、舞台上の小さな背中を見つめ続ける。その姿が、ふと、別の誰かと重なった。

その誰かとは直ぐに解る。

あのアイだ。

 

彼女がスポットライトを浴び、ステージに立つと、空気が一変した。どんなに騒がしかった観客も、彼女が一度マイクを握れば、踊れば、笑顔を見せれば、すべての視線が吸い寄せられた。熱狂。爆発するような喝采。歓声を上げずにはいられない、圧倒的な「光」だった。

 

だが——

 

アイと似てる、重なると言うのにレイの放つものは、それとは全くの対極にある。

 

彼の演奏は、熱狂ではなく、静寂を生んだから。

 

誰もが、息を飲む。誰もが、言葉を失う。ただただ耳を傾けるしかない。たった3歳の幼子が奏でる旋律に、その世界に、胸を締め付けられるような感覚を覚える。まるで魂の奥底を撫でられるような、不思議な震え。

 

音に引き込まれる感覚——それはまるで。

 

 

 

 

『アイがステージで歌う時の感覚と同じだ——』

 

 

 

 

 

ミヤコの横で、アクアがそっと息を飲んだ。

 

 

「……似てる」

 

 

アクアの口からも思わず、零れ落ちる言葉。 ミヤコは思わず『何が?』と聞く。……聞くまでもない事なのに。

 

 

「レイが……アイに似てる」

 

 

改めて聞いた。自分でも連想させてたのに、ミヤコはアクアの言葉を聞いて少なからず動揺する。

 

2人はまるで分野が違う。

ピアノとアイドル、舞台と鍵盤。音色と歌声、そしてとびっきりの笑顔と穏やかな静けさ。

2人の放つものも違う。熱狂と静寂。まるで正反対。それなのに——

 

ーーーそれなのに、まるで重なる。

 

この場にアイがいたなら、彼女はどんな表情を浮かべただろう?

彼女もまた、誰かを魅了することに特化した存在だった。歌と踊りで人を惹きつけ、嘘さえも輝きに変えた。まさしく「本物のアイドル」だった。

 

けれど、レイのそれは、違う形でありながら、同じものだった。彼もまた、本物だった。

 

幻想なんて存在しない。

88存在する鍵盤を使って、音以外の何かを、……彼の世界をも創り上げる。

つまり、レイもまた本物の嘘つきであり、本物のピアニストなのだ。

 

 

だからこそ、その違いすらも、空間すらも飛び越えて——重なり合う。

 

その瞬間、ミヤコもアクアも確信した。

 

レイは、どんな形であれ、人を惹きつけずにはいられないのだと。

 

 

 

そんな時、だった。

 

 

 

だけど演奏の合間、ふとレイの視線がどこか遠くを見ていることに気づく。アクアもその方向に目を向けた。

 

病棟の上階。大きな窓の向こう側に、ぼんやりとこちらを眺める人影があったのだ。レイの仕草を見なければ、到底気づけなかった。

 

——ひょっとしてあの子も、聴いている?

 

アクアは直感的にそう感じた。距離もあるし、窓が隔たってる。音は殆ど届かないだろう。

だけど、それでも目を離さないのは、多分聴こうとしているからだと思う。

おそらくはこの場に来ることも難しいだろうと思える病状。

そしてあの場所は………

 

 

「(小児専門病棟……)」

 

 

場所の名を思い出した瞬間、魅入られていた心が違う意味で揺さぶられる。

アクアが考えていた時、レイの目もわずかに細められた。

 

 

 

そして演奏の小休止。拍手と歓声が落ち着き、レイはゆっくりと息を整える。ふと、視線を上げた先——あの階の窓。そこには、ずっとこちらを見つめる小さな影があった。

 

あの子はずっと、あの場所から動かない。

 

彼女の姿は最初の曲を弾いた時から変わらず、窓越しにじっとこちらを見つめていた。音に耳を傾け、まるで何かを願うように——いや、そこにいることが精一杯のようにさえ見えた。

 

 

「ミヤコさん」

 

 

突然の真剣な声色に、ミヤコが軽く瞬きをする。

 

 

「どうかしました?」

 

 

レイは少し息を呑み、それでも迷わずに言葉を続ける。

 

 

「あそこの窓から、ずっと演奏を聴いてくれてる子がいるんです」

「…………」

 

 

アクアは自分の考えが間違えていなかったとここで確信ができた。

 

 

「あの窓?」

 

 

ミヤコが顔を上げ、目を細める。

 

 

「小児専門病棟の子ですね。……残念ながら、あの子はここには来られないですから」

 

 

院内関係者の言葉を聞いて、レイの胸が、少しだけ強く締めつけられる。

 

 

「お願いがあります」

 

 

ミヤコが改めてレイを見る。そして皆も同様にだ。

その視線には、彼が何を言おうとしているのか、すでに察しているような色があった。

 

 

「あの子にも、楽しんでもらいたいんです。……あの子の所で、できませんか?」

 

 

ミヤコは一瞬、言葉を失った。そして、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……ここは病院ですよ。立ち入って良い場所には限りがありますし、一般の人が簡単に入れる場所じゃないから」

「それでも、何とか……」

 

 

レイは聡明な子だ。我儘で無理を言ってることを理解している。

それでも尚、懇願したのだ。

 

 

「あの子は、ずっとぼくの方をみて、目を離さなかった。ぼくの演奏から、目を離さなかったんです」

 

 

ミヤコは軽く息を吐く。

気持ちは解る。誰かに曲を、届ける事を生業としているレイだ。求めているのなら、届けたいと強く願うのは解る。それがただの子供のわがままなどではなく、誰かのための行動なのであれば、例え仕事であったとしても、拒絶はしたくない。

 

ミヤコは院内関係者へと視線を、送る。

そして少し小言で話をしてーーーそして関係者の方も小さく頷いてくれた。

これは現場だけで判断し決定できるものじゃない。

 

 

「わかりました。少し、出来るか聞いてみましょうか。勿論、ここの演奏時間もしっかりとやらなければなりませんよ、。……レイさん、疲れちゃいません?」

「っ!! ミヤコさん、ありがとうございますっ! ぼくなら大丈夫です! いくらでもいけます!」

 

 

そんなレイの姿勢に色んな意味で常人離れしたレイに、最早笑うしか無かった。

花開く笑顔を、見せながら再びピアノの元へと向かうレイ。

ミヤコは、そばにいるアクアに耳打ちをした。

 

 

「(……やっぱり実は、お仲間だったりしない? あなた達の)」

「だから何の仲間だよ」

 

 

ぼしょぼしょ、と聞くミヤコに対して、アクアはあっけらかんと言う。

この手のやりとりは初めてではない。レイが来てから何度かある。

ミヤコがそう思いたくなる気持ちはアクアにも解るが………違う以上の事は言えないから、軽く流しているのだ。今更アマテラス〜などの設定を口にするには抵抗が有りすぎるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ミヤコたちの迅速な計らいにより、本来のコンサートを終えた後、特別に小児専門病棟での演奏が許可された。通常なら難しい調整も、病院側の協力と、何よりレイの演奏を待ち望む子どもたちの声が後押しとなり、実現へとつながったのだ。

そう、事前に彼らに聞いてみた。

 

 

「凄く上手にピアノを弾いてくれる子が来てくれるんだけど、どうかな?」

 

 

と。

病棟のスタッフが子どもたちにそっと声をかけると、一瞬の静寂の後、病室のあちこちから歓声が上がった。まさか自分たちのために演奏しに来てくれるとは思わず、目を輝かせる子どもたち。

 

 

「ほんとに!?」

「聴きたい!!」

「すごーい!」

 

 

驚くことに、誰ひとり反対する子はいなかった。通常なら音が気になる子や、体調によっては遠慮する子もいるはずだったが、今回は違う。100%の支持率。信じられないほどの一体感の中で、レイの演奏を待ち望む期待が膨らんでいったのだ。

 

終えた最初のコンサートとはまた違う賑やかなものになった。

実際、目の前には目を輝かせた子供たちが座っている。レイはそんな彼らに優しく微笑みながら、鍵盤に指を添えた。

 

最初に演奏したのは、子供たちにも馴染みのある曲。アニメの主題歌や人気のポップソング。レイは事前に準備していたものを弾きつつ、合間にリクエストを募った。

 

 

「何か弾いてほしい曲、ある?」

 

 

元気よく手が上がる。レイは一人ひとりに丁寧に応じながら、耳コピーで次々と曲を奏でていく。そのたびに子供たちは歓声を上げ、拍手をした。

 

そんな中、ふと小さな手がゆっくりと挙がった。

 

 

「……この曲、弾ける?」

 

 

遠慮がちに問いかけたのは、ニット帽を深く被った女の子だった。

レイは少し考え込んだあと、アクアに視線を送る。

 

 

「アクアさん、ごめんなさい! ちょっとスマホ、YouTubeで検索してもらえないかな? 音源を聴かせてもらえたら助かるんだけど」

「……あ、ああ、わかった」

 

 

アクアはスマホを取り出し、曲を検索しながら、改めてその子に目を向けた。

 

 

 

——遠い記憶が蘇る。

 

 

 

最初から気付いていた。

彼女がここへきた時から。

彼女はベッドごと、この場所へとやってきた。その時目にした一枚のタグに目を留めた。通常は患者名が書かれたそれだが、そこに書かれていたのは、見慣れた、しかし忘れたくても忘れられなかった名前だったから。

 

 

 

 

 

「退形成性星細胞腫」

 

 

 

 

 

その文字を目にした瞬間、アクアの心は激しく震えた。前世、病名、あの時も、病室の中で同じように目にした文字だった。

彼女の姿もそう。

ニット帽の下には、髪の毛がほとんどないはずだった。ところどころ、手術痕もあるのだろう。彼女の姿は、あまりにも——

 

 

「(さりなちゃん……………)」

 

 

心臓が跳ねるような感覚に、アクアは思わず息を飲んだ。

 

 

「どうしたの?」

「曲名、わからない?」

 

 

女の子が小さく首を傾げる。アクアは慌てて『いや、大丈夫』と微笑み、レイにスマホを手渡した。

 

レイはイヤフォンで数秒間音を確認し、それからピアノに向き直る。そして——

 

見事な耳コピーで、その曲を弾き始めた。

 

 

「すごい……! すごい……っ!!」

 

 

女の子の目が輝く。

その顔はまるで、あの日のさりなそのものだった。テレビの中のアイドルに夢中になり、目を輝かせていた、あの頃のさりな。

 

けれど、一つだけ違うのは——

 

彼女にとっての大きな光は、手を伸ばせば届く距離にいること。

 

アクアは静かに息を吐いた。

 

演奏が終わると、女の子はぱちぱちと小さな手を叩き、それからそっと呟いた。

 

 

「……君みたいに、わたしもピアノ、弾けるようになるかな?」

 

 

その問いが何を意味するのか、アクアには痛いほどよくわかっていた。

 

 

 

(病気が治ったら、またピアノを弾けるかな——)

 

 

 

それは希望に満ちた問いでありながら、同時に残酷な願いでもあった。アクアは一瞬、言葉に詰まる。

 

しかし、レイは迷いなく微笑みながら答えた。

 

 

「できますよ」

 

 

力強く、けれど優しく。

 

 

「僕ができたんですから。もちろん、たくさんたくさん練習はしました。でも、がんばればきっと大丈夫。 だから、お姉さんもいっぱい練習して、今度は僕に聴かせてください」

 

 

その言葉に、女の子の目尻が潤んだ。

これは誰もが言葉に詰まった。

だから、辟易していたし、諦めの境地でもあった。

でも、彼は躊躇う事無く言い切ってくれた。知らなかったからかもしれないが、それでも嬉しかったんだ。

 

 

「……うん! うんっ!!」

 

 

涙をこらえながら、それでも彼女はとびきりの笑顔で頷いた。

 

そのやりとりを見て、アクアの中で何かが決定的に変わった。

 

 

 

 

 

 

ずっと、彼にとって唯一の最推しはアイだった。

 

 

 

 

 

 

 

でも今、目の前にいる少年は——あの時、どうすることもできなかったさりなを救ってくれたように感じた。

ただの憧れではなく、ただの尊敬でもなく。

 

この人のことをもっと知りたい、もっとそばで見ていたい。

 

そう思う気持ちが、アクアの中で静かに芽生えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、世界は元の時間軸へと流転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーうわあああああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、命をかける。失いたくない。そしてーーーー絶対に許さない。

 

 

命をかけてでも、この光を守りたいと思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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