認めない子   作:アイらゔU

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第32話 終局

 

もう夢じゃない。これは悪夢じゃない。現実で起きている事だ。

その瞬間、アクアの視界が狭まり余計な音は一切受け付けなくなった。それは宛ら映画のフィルムが焼き切れる様な、そんな感覚。思考が雑念を振り払っていく。ただ、一点だけを、目の前の光景だけが鮮明に脳裏に焼き付いてくる。

 

 

あそこに、レイが居る。

刃物を持った男が居る。

レイの後ろにはあかねが居る。……あかねをレイが庇っている。

 

 

———あの日の、アイの様に。

 

 

アクアの中で何かが弾ける音がした。

自身が吼えた声さえもアクアの脳には届かない。

ただ無我夢中で我武者羅に駆け出した。

 

 

また繰り返すつもりか?

また目の前で大切な人が血を流すのか? 

それを黙って見てるつもりか?

 

 

また―――自分は何も出来ないのか?

 

 

あの悪夢の中の黒い靄が輪郭を帯びて行く様に感じる。

あの悪夢、あの場所で、血に塗れた彼の傍に立っていた黒い靄の正体は――――

 

 

ドンッッ!!

 

 

我武者羅に、全身全霊を以てぶつかった。

その衝撃は思いの他強く、普段から身体を鍛えているレイも十分に押し倒す事が出来た。火事場の~と言うのはこういう事を言うのだろうか、とアクアは呼吸を荒げる。

失う事の痛みをより知っているからこそ、……また(・・)失う訳にはいかないんだ。

 

 

アクアは、押し倒した後すぐさま振り返る。あの時は何も出来なかった。だけど今こそは、今度こそはその刃を刺させない。

 

 

 

 

——なぁ、レイ。あの時の女の子のこと、覚えているか?

 

 

 

 

アクアは脳裏でそう呟く。レイを背で感じながら、心の声でレイに語り掛ける。

 

それは今のレイには知る由もないこと。

 

あまりの残酷さ故に、あの少女にも真相は語っていない。レイもきっと何処かできっと頑張っていると言うありふれた言葉しかかけられてない。だけど、それでも―――。

 

 

 

——あの子だよ。退形成性星細胞腫のあの子。……頑張ったんだぞ。今も、頑張ってるんだぞ。

 

 

 

ピアノを弾けるようになりたい。レイの様にいつかは弾けるようになりたい。夢を見続けている。叶えようと頑張り続けている。

 

そう願っていたあの日の少女は――――10年経って尚、頑張り続けている。余談は許されない状況かもしれないが、それでも病は進行せず薬も効き、奏功し続けている。大好きなピアノを弾き続けている。さりなちゃんは助けられなかった。……だけど、あの子は生きている。星の名を持つ病に抗い続けて今も生きている。

 

あの子とさりなちゃん。……同じ病なのに、一体何が違った?

 

答えは、1つだ。非医学的かもしれないし、非現実的かもしれない。でも、間違いないと思う。……思いたい。

 

 

 

 

——お前が、レイが助けてくれた子は、今も頑張ってる。だから……。

 

 

 

だからこそ――――。

 

 

 

【絶対に、やらせない!!】

 

 

 

 

 

何を変えてでも、自身を捧げたとしても、レイだけはやらせない覚悟を持って、アクアは対峙する―――そんな時だった。

 

広がる光景、アクア視界の中には思いもしなかった光景が映し出されていた。

 

今し方、あの男は刃物を手に目を血走らせていた筈だった。レイを庇う時間はあったかもしれないが、それでももう刃物が迫ってきていても不思議じゃない位の時間しかなかった筈だった。

なのに、まるで空気がねじれたのか? と思える様な感覚と共に驚くべき光景が目の前に広がっている。非現実的とも言える光景で、敢えて言葉で説明するとすれば―――。

 

 

 

【男の身体が宙に舞っている】のだ。

 

 

 

見る者が視れば、それはあっという間の、まさに一瞬、電光石火とも言える光景だろう。

猪突猛進に迫る鮫島はまさに獣のそれであり、全く周りが見えてない状態だった。

その勢いを利用し、まるで鮮やかに流れる様にその身体を投げる。合気の呼吸、柔道の重心、何もかもが静かに、そして確実に技が決まり、鮫島の身体は地に叩きつけられた。

 

 

「っぐ―――ぁあぁぁ……!!」

 

 

あまりの衝撃に、思いもしなかった衝撃に一瞬何が起きたのかわかっていない鮫島は、ただただ叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気の全てを吐き切ってしまったのだろう。声にならない声、うめき声をあげながら、身体をバタつかせるが、それも意味をなさない。

 

 

「―――まったく、もう」

 

 

豪快に投げて見せたその衝撃とは打って変わり、鮫島を投げた者は冷ややかで冷静そのものだった。

そう――彼女(・・)は、少々怒り、そして呆れていたのである。

 

夏樹から要請を受けた時は、本当に驚いた。

騒動の渦中、元凶の鮫島記者が、まさかのレイたちの元へと向かっていて、一触即発になっている、なんて言われたら誰でも驚くと言うもの。

 

 

 

 

「―――ぁ、なぎさ、さん?」

 

 

アクアに倒され、そして背に庇われた状態になっていたレイだったが、それで良しとはせずに、前方の状況を確認する為に、アクアの脇から向こう側の光景を確認すると同時に、誰が来てくれたのか確信出来ていた。

 

 

「暴れない事を勧める。……下手に動くと脱臼するよ」

 

 

静かだが、確かなる怒気がそこにはある。

その冷たく、切り裂くような鋭さは興奮し、血走っていた鮫島の頭にまるで氷でも詰め込まれたかの様に冷やされていく。

 

 

「一体、幾つ重ねる気? いい加減観念しなさい。もう、警察が来てる。あんたに逃げ場なんかどこにもないよ」

 

 

バタつかせる足も、そこでピタリ、と止まった。

ただただ、絶望だけが怒りを飲み込んでいく。鮫島を突き動かしていた怒りと言う名の原動力が、完全に封殺され、そして絶望が全てを支配する。

 

―――怒りも恐怖も狂気も、何もかもが絶望に彩られ、その絶望が現実と言う形となり、身に降りかかってくる。そう理解した瞬間、最早身体の機能は殆ど動かなくなってしまった。

鮫島の人生の終了のブザーが、響き渡った。そんな瞬間だった。

 

 

 

現場に漂っていた静寂を、遠くから迫るサイレンの音が切り裂いた。

赤と青の光が壁を染め、時間の流れが一度、断ち切られたような錯覚を呼び起こす。

やがて複数の足音が地面を叩き、数名の制服警官たちが現場に駆け込んできた。

そこには既に決着がついた後であり、1人の男がうつ伏せに押さえつけられている。

 

その上に膝を据えているのは、無言で表情を崩さぬ彼女――綺堂渚。

警察官とは顔馴染みなのか、軽く会釈をするだけで、そのまま対応に動いていく警察官たち。

時折、『流石』と言う言葉が聞こえてくるのは、その静かな体重移動と呼吸の制御だけで、制圧状態は完全に保たれていた事に尽きるだろう。

鮫島の肩口に走る小刻みな震えが、その抵抗が既に意味をなさないことを物語っている。完璧なる確保だった。

警察官たちは手順通りに動き出す。

 

倒れた男を一人が拘束し、別の者が周囲を確認しつつ、道に転がったナイフを丁寧に拾い上げる。

物証としての確保が終わると、残る者たちは周囲の人間へと視線を向ける。

やや離れた位置には、数人の若者たちが立ち尽くしていた。

その顔に残る強張った表情は、先ほどまでそこに渦巻いていた緊張の余韻をしっかりと映している。

手足に残る震えや、呼吸の浅さが、状況の異常さを雄弁に語っていた。

鮫島は抵抗する力も残さぬまま、両腕を後ろ手に拘束され、二人の警官に両脇を抱えられるようにして連れていかれる。

それを見送るように、路地に取り残された空気だけが、やけに冷たい風を帯びていた。

現場に残った者たちには、それぞれ警察官が対応にあたる。

 

渚は今回の件、犯人?を制圧した者として、何があったかを淡々と事実を伝えながら必要な情報を提供していく。無論、夏樹が、レイが鮫島を追い詰める様にしていった部分についてはオールカットだ。

 

その語り口には無駄がなく、必要最低限のみを切り取るような緻密さがあった。

現役ではないものの、その姿勢は完全に職務の延長にあった。

 

そしてレイ、アクア、あかねの三人は、簡易的に設けられた聞き取りスペースに誘導され、それぞれ事情を説明することになる。

 

警官の筆記用紙に視線を落としながら、三者三様の表情が交差する。

アクアはどこか自責の色を滲ませ、レイはただただ眉間に皺を寄せていた。恐らくはまだ怒りが勝っていると言った感じだが、それをおくびに出す事はしない。

あかねは、取り乱していたが、女性警官に付き添われ、何とか落ち着きを取り戻しながら、言葉を選びながら丁寧に状況を説明し続けている。

 

質疑は淡々と進み、やがて一定の確認を終えると、それぞれに解放の許可が下された。

警察官たちは淡々と記録を取り、残された証拠品や映像の回収に動き出す。

現場は徐々に片付けられ、非日常の痕跡は、冷たい夜風に溶け込むようにして消えていった。

鮫島を乗せたパトカーは、赤いテールランプを尾に残しながら、静かにその場を離れていく。

辺りに残されたのは、地面に散らばった靴跡と、事件が確かにあったという重たい余韻だけだが。

 

 

「あかねーーーー!! みんなーーーーー!!!」

 

 

ゆきの悲鳴にも似た声がその重たい余韻を、かかった霧のような靄を晴らしていく。

 

アクアが真っ先に飛び込んでいったが故に、忘れがちになっていたが、今ガチのメンバーは皆この場に居たのだ。

 

ただただ、あまりの光景に足は竦み、動く事が出来なかった為に、他のスタッフたち大人の中に居て、半ば避難していた状態だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あまりにもとんでもない事が在り過ぎて、こっち(・・・)の部分が掻き消えそうだよ」

「…………」

 

 

全てを終えた後、レイとアクアは一緒に居た。

実はあの後も一悶着―――と言うより、また違った意味での決戦があったのだ。

 

アクアの言うこっちの部分。決戦の内容―――それは以前にもアクアが言っていた『本当のリアリティ』を魅せると言うもの。

 

あの鮫島の記事がまるで真実かの様に煽る様にしてきた番組側への攻勢である。

プロの癖に虚構に囚われすぎて、本来のコンセプトを忘れていた汚い大人たちへ一矢報いる事。

材料自体は殆ど出来ていたから、順を追って―――と行きたかったが、鮫島襲撃により、大分段取りをすっ飛ばしてしまった印象は否めない……が、此処が間違いなく好機である事は言うまでもない。

 

あの鮫島がつかまった騒動で、近隣の一般人が何人も目撃している。そしてそれはSNSで拡散してしまっている。

鮫島と言う男の名も当然広がり、どういう人物なのか、何を扱ってる記者なのかも当然出回っている。

そんな男が逮捕されたのだ。今世間を大いに賑わす一大スキャンダルを扱っていた記者が、捕まったタイミング、ここが一番のタイミングだと情報を一気に拡散させた。

全てが捏造だったと言う事。そして何より番組側が煽るような構図、対立構図なんてものは存在せず、皆それぞれがプロとして真剣に、時には学生らしく感性を育みながら、取り組んでいると言う事。

そんな光景も、映像として番組側は撮っている。MEMちょがYouTube用やSNS用に撮っていた動画・写真よりも遥かに多く。

それらを使わせる為にアクアは動いていた。

レイと夏樹、そして鮫島とのやり取りの裏側ではアクアがしっかりと道筋を作っていたのだ。

番組のDに対し、正面から真っ向から立ち向かった。

 

 

『それは無理。出せないよ。そもそもこれは上の意向だからね従う他無いんだ。でも、仕方がないだろう? キミたちもプロとしてこの仕事に関わり、降りる事をしなかった。最後まで行くと決めたんだ。……世の大多数は皆リアリティのあるイザコザが楽しみで番組を視ている。より注目を集めた今、致し方ない事なんだよ』

 

 

口ではそう言い繕っているが、正直、このDも鏑木と変わらない立場だ。

平たく言えば、例えどんなに正義があったとしても、結局は上の意向には逆らえない。白でも黒と言われれば黒と撮るしかない事も理解できる。普通ならSNSが発達し、個々で発信できる今の時代でこの対応は悪手も良い所だが今回に関しては違う。あまりにも大きな渦の中にいるが故に、身動きが取れない状態だといって差しつかえない。

 

 

だが、それでもアクアを始め。レイもそれを許容する訳がないだけだ。

 

 

『あかねは17。レイやフリルは16。プロだろうが何だろうが、世間の目から見りゃまだクソガキもいい所だ。―――大人がそんなクソガキをあんな性質の悪い捏造記事で食いもんにして、恥ずかしくないのか? 上が言うから致し方なし、で片付けて良い問題か?』

 

 

アクアは、この時点で何処か確信があったのだろう。

レイの絶対的な自信を見て……あの記事は間違いなく崩れると。

 

 

『…………それは、言えてる…………が、でも、な』

 

 

今回に関しては本当にどうしようもない。前代未聞だ、と言わんばかりだった。

そんなDの姿を一笑に賦するとアクアは続けた。

 

 

 

『まあ……今は良いです。そして見ていて下さいよ。……必ず、盤上はひっくり返る。その場合、番組として、抱えるDとしてどういう対応(・・・・・・)を取るのが最善か、きっとわかる筈ですから』

 

 

 

結果、アクアの言う通りになった。

全てがひっくり返る事態となった。スピーディー差が求められ、渦中の上層部の意向関係なく動かなければならないと判断し、Dは許可を出したのである。

 

 

その結果、かなりの素材が集まり騒動の終局へと導いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警察との対応が殆ど終わった後、メンバー総出で、全力で動画作成に勤しみ、世に発信した。

 

 

【最初の1分で100RT位行けば結構なバズになる】

 

 

と言っていたのはMEMちょだが、多分誰も心配はしていなかっただろう。

 

鮫島は捕まり、その場面もしっかりと組み込んでいるのだから。

あまりにもセンセーショナルな事件故に、注目度は桁違いだと想像に固くない。

 

 

そして、その想像通り。最終的には300万RTを超えた。

МEМちょは、大の字でぶっ倒れた。本人曰く、よく分からないが、これは鼻血が出てもおかしくないくらい〜とのこと。

 

 

 

テレビ局のトップが謝罪会見をする事にまで発展した。

 

鮫島は局のトップの不正をいくつか握っており、意に反する事は取れなかった事と何より莫大な数字が撮れるのは間違いないので半ばWin-Winな関係になっていた事も暴露された。

 

 

そして上層部が入れ替わると言う大騒動にもいたり―――最早 今回の今ガチ♡はある意味伝説となったのだ。

 

 

ここで、お蔵入りになったり、つぶれたりする可能性も勿論あったが、出演者が最後までやる! と言う決意が番組側を動かした(という事にした)。

何より今回は本当に犯罪に巻き込まれただけの参加者たちが不憫である、と言う声も大きく上がり、支援をすると言う声も上がり、――――何より、今ガチ♡のファンたちが止めて欲しくない! と言う万を超える署名も集まって存続する事になったのだ。

 

 

 

 

「炎上騒動ってのは厄介だよな。……完全な解決策なんてものは無い。これから何年か後、ほんの些細なスキャンダルで蒸し返される事だってある」

「………」

 

 

 

レイは、アクアの説明を聞きながら、アクアの肩に手を触れた。

 

 

「ッ……」

 

 

その感触に、アクアは少しだけ身体を震わせる。

レイはそのまま、アクアの方をじっと見て……、頭を下げた。

 

 

「アクア、ありがとう。……まだ、言えてなかったよね? 僕を、守ってくれてありがとう」

「ッ………」

「だって、アクアってば言わせてくれないんだもん」

 

 

レイは、苦笑いをした。

アクアと2人きりになって、先ずお礼を言う事とレイは決めていた。

あの時はあまりにも怒涛の展開で何も言えなかったから。だから、漸く全部終わってお礼を、と言う流れに持っていこうとレイはしていたのだが……。

 

 

「本当は先ずお礼を言いたかったのに、全部終わって、アクアと2人きりになって、漸く~って所で、アクアが今日の一日を振り返るんだもん」

「………色々、察してくれ」

 

 

アクアは少し表情を曇らせる。

無事でよかった事の安堵感が凄すぎて、本来なら立つ事も出来ないくらい震えていた筈だったが、アクアにとっても怒涛の展開で、しなければならない事が幾つも重なって、何とか動く事が出来た。丁度落ち着けて……また、レイが無事だったと言う結末が、アクアの涙腺をこの上なく刺激するのだ。

そんな所、誰が見せたいと言うのだろう?

 

 

「でも、言わせてよ。―――ありがとう、って」

「わかった。……わかった、から」

 

 

俯き、目尻に指をやるアクア。

それを見て、レイは謝るよりはお礼を言う方が良い、と思っていたんだけど―――アクアの様子を見て、考えを改めた。

 

 

 

『心配かけて本当にごめんなさい』

 

 

 

と一言添えるのだった。

 

 

 

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