認めない子 作:アイらゔU
雨が降ったわけでもないのに、東京の空はどこか濁っていた。
雲が低く垂れ込め、街を覆う。まるで巨大な蓋のように、出口のない閉塞感を押しつけてくる。
北斗探偵事務所。
事務所の薄暗いその部屋の中ではテレビがついていて、場を照らしていた。
その音量はやや大きめ。だが、それを注意する者はいない。
画面には、黒いスーツに身を包んだ男たちと、手錠をかけられた記者・鮫島の姿。
その表情は終始伏せられ、カメラからは決してその目が映らない。ソファの背にもたれかかりながら、夏樹は口元に薄く笑みを浮かべていた。
手には缶コーヒーが握られ、もう残りはあと僅か。
あえて温めないまま、ぬるい最後の液体をすする。
テレビの中では、報道番組のキャスターが、喉が擦れるほどの緊張感で言葉を重ねている。
【――未明、殺人未遂で逮捕されたのは、フリージャーナリストの鮫島大輔容疑者。今回の事件を巡る背景、複数の関係者への取材と調査の結果、彼が虚偽の記事を過去に複数ねつ造し、その捏造された写真を使ってタレントを標的に誹謗中傷を行っていた事実が発端であると判明しました。さらに、テレビ局との癒着の可能性も……】
夏樹は深く椅子に腰掛け、脚を組んだ。
目の前のテレビに映る鮫島の映像。その表情は過去のどんな記事よりも無様だった。
「なあ……言った筈だよな? ……その通りになっちまった」
口元に浮かぶのは嘲笑。
だがそれは、ただの優越感から来る笑みではなかった。ただただ憎悪の籠る表情と目つきだけを、テレビ画面に映る鮫島に向ける。生気の無いその表情、横顔だがかつての傲慢で強欲、まるで大罪を関する様な顔つきになっていた鮫島のそれとは見るも無残になっているが、それでも収まらない。
「―――これぞ本当の意味で報いを受ける時、だな。精々
同情の類は一切しない。当然の報いだろう。
懲役にすれば20年~?
民事での賠償金額は人数×○○○万円だとして、余裕で億を超える。
あまりにも重ねてきた罪状が多いので、刑事にしろ民事にしろ、その裁判の結果が気になる所ではあるが、ほぼ確実に人生が終了するのは間違いないだろうから、ある程度の動向チェックはしたとしても(逆恨みによる自暴自棄、暴走の警戒)、それ以上はもう追いかけない、と夏樹は決めている。
他にも、しなければならない事が多いからだ。
「暗い部屋。……目が悪くなってしまいますよ」
がちゃり、と扉の音が鳴る。そして部屋の明かりもつけられた。
事務所の中はテレビの音、そして光以外は無く、薄暗く静寂だった故に、その扉を開ける音が、その扉の先から漏れる光がいつもよりおおきく響き、照らす様に感じられた。
入ってきたのは渚。―――綺堂 渚。
彼女は実は刑事時代 北斗夏樹の同僚だ。
つまりは渚も刑事。……
ゆっくりとした動きで、渚は椅子に腰かけた。
「全く、今回のは正直肝が冷えました。後少し遅かったら……って」
「ああ。……本当に感謝してる」
夏樹は渚に頭を下げる。
今回、鮫島を追い詰める為にレイと共にその罪の羅列を行ってきた訳だが、まるで映画やドラマの様に、その解決編の様に芝居がかったようなやり口で、延々と長々と、テレビ電話にまでして説明してやったのには理由があった。
レイから連絡を受けた後に、即座に渚へと同時進行で夏樹は連絡し、その位置を確認。……その場所なら間に合う、と判断して時間稼ぎを行ったのである。
「本当に危なかった。
本当に間が悪い、としか言いようがない。
レイやあかね、フリルの3人が居る所にあの鮫島もいた、と言うのもそうだ。
「そうですね。私や警察が駆けつけるまでに時間がまだかかるなら、レイ君たちをまずは避難させないといけません。……と言うより、あの場では通常は下手に刺激するのではなく、当たり障りのない対応をしてやり過ごすのが最善の筈。泳がせておき、その後で一気に片付けるのが定石。………でも、そうはいかない、ですよね?」
「―――ああその通りだ。正直、そっちも頭が痛い」
渚にも共有している。と言うより、渚も知っている。
レイの精神性について、色々と渚も知っているのだ。
何せ、今まで追ってきていた案件……それは渚も絡んでいるのだから。
流石に夏樹1人で全てを賄えるのには限界がある。何より渚は夏樹の協力者でもある。本人は『北斗探偵事務所の一員!』ととある事があり、押しかけてきていたから。
「
大切なもの、護りたいもの、それを護る為なら手段は択ばない。
嘗ての星野アイ襲撃事件で見せているその片鱗。記憶を失って尚、その片鱗は留まる事は無かった。あるのか、無いのかは不明だが……まるで魂そのものに刻まれているかの様。
渚もそれを知っている。知ってるからこそ夏樹の苦悩もわかる。本当に大変だったのだと。
だからこそ、だ。笑顔を向けて手を口元へと持っていく仕草をする。
「一先ず、一難去った、と言う事で乾杯でもしますか?」
「ああ、そうだな。奢らせてもらうよ……。マジで頼りにしてる」
夏樹は渋い顔をしながらも、渚に倣って笑みを見せる。
そして自身のデスクの引き出し、無造作にその引き出しを夏樹は開けた。引き出しの中には、あまりにも不釣り合いに見えるほど、豪華で精緻なウイスキーのボトルがひっそりと隠されていた。そしてタンブラーも2つ。
日本初の本格シングルモルトウイスキーとしての格式。
サントリーが誇るウイスキー山崎18年。
ウイスキーの瓶を開けて、その香りが部屋に広がる。夏樹が何か一段落付いた時の節目として開ける一品である。
グラスに注がれたウイスキーは、琥珀色の液体がゆっくりと舞い落ちるように広がり、渚もそれを少し微笑みながら見据えていた。
「じゃあ―――」
「ああ」
2人は頷き合うと、グラスを軽く触れ合わせた。
【お疲れ様】
という言葉を最後に添えて。
ウイスキーの香りが漂い、その深みが一瞬の沈黙の中に溶け込んでいった。その瞬間、二人の間に流れるのはただの静けさだけではなかった。そこには、過去の仕事や経験、そしてお互いへの信頼が込められていた。
そして、何より―――ここから先へ続く一際大きな闇に向かう為の決意もその表情には見て取れるのだった。
〜その後の今ガチ♡〜
あまりにも事件の影響が大きかったが故に、皆力が抜けてしまって、後は惰性になってしまった――――と言う訳はなく!
「ねぇねぇひかりくんひかりくん!」
不知火フリルの演技には更に磨きがかかっている。
歌って踊れて演技も出来る。全てが出来るタレント~と言うのは周知の事実で全てにおいて突出していると言われていた彼女だが、更にここへきて一段階ギアをあげてきたか? と思わずにはいられない雰囲気だった。
「あはっ☆ ひかりくん! こっちだよーーー!」
そして、それに負けずと劣らないのが黒川あかね。
知名度や経験、その他諸々、全てをとって考えてみても、不知火フリルには劣ると言われていたあかねだが、最早そんな考えはこの現場では、或いは視聴者たちも思ってはいない。説明できない視線を向けざるを得ない不思議な引力を纏わす彼女の眼は、皆を惹きつける。それらが、フリルとあかねに合った大きな差を埋めるのだ。
「! なるほど……、こういう事、だったんですね? ありがとうございます!」
そして斎藤ひかり。
名こそ売れてないが、超正統派。異様なまでに演技が上手く、周囲への気配りも一切怠らない。全体を俯瞰し、まるで上から見ている様に立ち回る。幼く慣れていない、と言う設定を利用し、スポットの当たらない様な面子が居ない様に立ち回ったりするし、無論魅せる時には魅せてくる。ここでの盛り上がりや、恋愛系での展開、全てを熟知し、回している。受け攻め、それらを巧に使い分け調律していく様は、まさに全体の
各々が、ラストスパート!
最後まで全力で駆け出してるのだ。
「……マジで、よくやるよな、レイのヤツ」
休憩中にそんなレイに対して、眩しくもげんなりして見ているのがアクアである。
何だか、最近は特に現場でレイからアクアへキラーパスが振れられるので、番組が終わるまで、このシーズンが終わるまで無難に過ごそうとしても出来ないのがもっぱらの悩みだったりする。
なので、光輝きすぎる3人は、皆を更に巻き込んで、力が抜ける~~なんて甘えを許さない現場になっている。その3人に引き寄せられ、引っ張られ、一緒に走らされる形で―――他のメンツも同様に光を浴びた。
故に、今回の騒動が合って大注目された訳だが、制作陣が懸念していたバズった後のバックラッシュは起きず、人気も安定している。嬉しい悲鳴だと言えるだろう。
……無論、上からの指示は絶対とはいえ、制作サイドとして今回の騒動の一端、罪の一端を背負う側として、誠心誠意償う所存ではあるが。
「アクたんもほんっと、大変だねー。あーんなに凄い子が傍にいて。……眩し過ぎない? やっぱ
「どっちかって言うと、大変なのは、こっから一番大変なのは
「う゛………」
休憩時間、MEMちょとアクアは2人で話しをしていた。勿論話題は渦中の3人だ。全員にスポットが浴びている~と言って良い位の配分なんだけれど、やはりトップはあの3人で、それに追従する形で、ゆきが迫ってると言う感覚だろうか。ケンゴやノブも、やり始めの当初からは比べ物にならない、と言えるくらいにレベルが上がっていて、本当に良い現場だと言えるだろう。
そんな素晴らしい現場で、あまりそぐわない表情をしているのがアクアとMEMちょだったりするが。
「し、仕方ないよ~~……いや、マジで仕方ないんだって!! だってだって、さ、さ、300万RTなだよ!!? 聞いたことないレベルなんだよ!! 前代未聞ない次元のバズ、伝説に立ち会ったんだよ!! そりゃ感性の1つや2つ、ぶっ壊れる訳で!!」
ぐわぁぁぁ! とスマホ片手に両手を突き上げるMEMちょ。
お馬鹿キャラ? は何処かに吹っ飛んでいる様で、素の自分を見せ始めているのも或いはスパイス的には良かったのかも? とアクアは思ったりしている。注目度が間違いなく上がっているのだ。同じ論調、では飽きられる可能性があるし、レイ達が盛り上げていく過程で、我武者羅感が出ていればそれもまた自然な演出ともみられる。全てを狙っている~とは思っていないが、やはり舌を巻くと言うもの。
「(……オレにとっても好都合……か)」
アクアはそう考えて、少し口端を上げるのだった。
始まりとしては間違いなく悪く無い。出足好調処の話じゃない。
行きつく先に、その先に行くためには―――もっともっと上へと上がらなければならないのだから。
その日の帰り。
「アクア的には最後はどうするの? アクアから告白?」
「いや、オレはそういうつもりは無いよ」
「やっぱりかー。……あ、でもMEMちょはいっちょ噛み行こうかな? って言ってたよ。アクアに告白するんだーーーって」
「はぁ??」
アクアとレイは苺プロ事務所へと帰りの道中、いよいよ迫る番組のクライマックス、告白シーンについて話をしていた。避けられない話故に、後回し~になっていた……のではなく、単純に事件の方がでかくおおきく、いそがしく! だったので、忘れがちになっていただけである。
今ガチ♡も永遠に続く訳ではない。終わりはあるのだ。……と言うか、もう終わるのだ。
「なんだそれ。オレ聞いてないぞ」
「うん。僕も今日しったばっかりだし、多分アクア聞いてないだろうなー、とは思ってたよ。ん~~……っと、あかねさんが、MEMちょに発破かけてた、って感じかな?」
あの持ち前の演技力。アイを憑依したそれは、アイのテンションのままにMEMちょに発破をかけたのである。本来なら、アイの息子であるアクアに対して、アイ自身がそんな事をする~~とは中々考えがつかないかもしれないが……、生憎、あかねのアイverは、そこまでのアップデートが出来てないので、単純にそこへと人を導く力をアクアに向けた~と言う事だ。……正直、これは恐ろしい、恐ろし過ぎる才能とも言えるが。あかねはそれをも体現させてみせたのだ。
―――
「…………」
「めんどくさーー、って顔してるけど、ダメだからね? ちゃんと受けるにしろ、断るにしろ、上手く盛り上げてよ?」
「…………はぁ」
アクアは非常にげんなりとした顔を止めない。
気持ちはレイにも解る。だって、アクアは最初から無難に終わらす、みたいなスタイルでいく気配は察知していたからだ。でも、妥協されるのはレイも好ましくなく、プロとしてやる以上はしっかりとやってもらいたい。
「……でも、どっちかと言えば、ため息吐きたいのは……僕の方、だったりするんだよね。……仕方ないし、僕も悪かった面があるとはいえ、さ……」
どんよりとした雰囲気になったのはレイの方である。
因みに、只今苺プロに到着しました。
この先には……2人の母と1人の妹と、もう1人、自称姉が居ます。
あの事件を終えた後から……正直、過保護レベルが上がった様な気がしてならないのです。大分心配かけてしまったのは事実かもしれないけど………。
「おっそーーーい!!!」
ばんっっっ!!と、扉を勢いよく開いて出てきたのは……母親その1。
アイ、その人である。