認めない子   作:アイらゔU

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第40話 黒い星が瞬く理由

 

 

――あの時。

 

 

どうしてあんなにも胸が騒めいたのか、今なら少しだけ分かった気がする。

いや、ずっと目を背けていただけなのかもしれない。

 

 

『成果として話せるのはここまでだ』

 

 

あの時の答えは―――想像以上に重く、想像以上に深く、自身の胸を貫いているから。

 

 

 

【北斗探偵事務所】

 

 

 

レイの叔父である夏樹が所長兼探偵として個人経営をしている探偵事務所にアイは足を運び続けている。無論、誰にも明かしてない。変装も完璧に熟して、外見から自分が自分であると証明できないように、配慮はしてある。

……あんな事はもう二度と御免だから。

 

 

そう、今日はその答え合わせに来ているのだ。

 

 

『―――お前さんを襲い、レイが被害を受けたあの事件の犯人。獄中死した菅野良介。……それに深く関わっていた人物が他に2人いる』

 

 

聞く前までは後悔するかもしれないと強く思った。でも、夏樹と話している内に、後悔などしていない事にも気づけた。上辺だけの嘘。……愛じゃない、嘘。

自分自身で背負わなければならない以上、そこに後悔なんてものは無い。全ては自分が選んだ事、選んだ道だから。

 

 

『―――お前さんもよく知る2人だ』

 

 

心のどこかでは分かっていた事。

どうして自分たちが暮らす自宅が分かったのか? その辺りは配慮していてくれたし、情報リークは特に気を付けていた。大切な時期だったから。

 

それでも―――あの男、菅野良介は現れた。その事実が一つの解を表している。

 

 

『ただし』

 

 

そんな時、だった答えを求めて来た筈なのに、夏樹は突如言葉を切った。

視線は資料ではなく、ただただ真っ直ぐに自分を見据えてくる。

 

 

『これは探偵としての忠告じゃない』

 

 

腕を組み、そしてやがて視線を伏せる。

何処となく悲しそうな寂しそうな……それでいて不安感渦巻くそんな顔だった。

 

 

『あいつの―――あいつの、家族の1人としての、お願いだ』

 

 

ひゅっ、と胸の奥が縮む。

その切なさのある表情の奥にあるモノを、アイは感じ取った。言われる前に、感じ取れたからなのかもしれない。

 

 

『もう、お前さんはわかっているだろ? 俺が言うまでもなく、その2人のこと。……当たりを付けている筈だ』

『……………』

 

 

沈黙は肯定と取る。

そういわんばかりに、夏樹は資料を伏せて、再びアイを見据えて言った。

 

 

『この件……、こいつらには関わらないで欲しい。ここまでにしてくれ』

 

 

―――どうして?

 

その言葉が喉から出かかった寸前に、アイは飲み込んだ。

その理由を聞かれるまでもなく、夏樹が話してくれたからだ。

 

 

『理由は簡単。……レイの為だ』

 

 

そういわれた瞬間、またアイの胸の奥に冷たい何かを感じた。

これまで、レイの為にと行動してきたつもりだった。空回りしていた感は拭えないけれど、レイやアクアの現場である『今日あま』の収録場に向かったのも同じ理由。

レイは本気で心配してくれて、叱られたけれど、それはレイに伝えたかったから行った事。……勿論色々と抑えられなかった感情も嘘じゃないが。

 

 

【私は大丈夫だよ】

 

 

それを、レイに伝えたかった。

あの日から(・・・・・)ずっと、伝えたかった言葉だから。

 

今回もそう。レイの為と言われたら……それも、レイをよく知る人からの言葉だったなら……、身体にずしっ、と錘を取り付けられた様に、上手く動かせなくなる。

 

 

『おまえさんも、分かってるだろう? 身を以て知った筈だ。……だから、次がどうなるか、それが分からない』

 

 

起きるかもしれない、ではなく、起きる前提で語る夏樹の言葉は、思った以上に重くアイにのしかかる。

 

 

『守ると決めたなら、あいつの行動範囲は極大化する。手段も選ばなくなる』

 

 

幼少期より、何がレイをそこまでさせるのかは分からない。

だが、状況を鑑みるにそこにたどり着くのは、誰もが同じ事。

5歳にして、大学生の大人を撃退する為に選んだ手段は最適解。幼い子供の体躯で出来る事なんて、たかが知れてるからこそだ。

 

 

『それに、俺は―――自分の命をも厭わない。そんな危険性をあいつは持ってると考えてる』

 

 

説明でも非難でもない。

これはただの事実の列挙。

それはアイだけは知っている。あの時のレイは、何が起きるかわかっていた。未来を知っていたと言っていた。だからこそ、その命を投げ出してまで助けようと駆け出してきた。最悪の未来を回避するために。

 

 

そして夏樹は今のレイを……あの時のレイと重ねて観ているのを感じたアイは、どうしても拭えない疑問を口にしていた。

 

 

『……ねぇ、探偵さん』

 

 

気付けば一歩、また一歩進み、大きめの、これぞ仕事が出来る人、みたいな大き目のデスクを挟んで、夏樹を見据えた。

そのアイの瞳には黒い光が鈍く光っている。

 

 

『ひょっとして、レイってさ……』

 

 

これは願望なのかもしれない。

だけど、一縷の望みをかけて、アイは夏樹に聞いた。

 

 

『記憶。戻ってるの?』

 

 

その言葉を口にした瞬間から、自分でも分かる程に心臓が高鳴り始めた。

声が上ずっていて、上手く次の言葉が紡ぎだせない。

 

でも、もしもそうならば。

異常な程の警戒心も、それに覚悟も。そのすべてが説明できてしまう。

 

あの日【愛してる】と言って、それだけを残して……返事を待たずに消えてしまった彼が……戻ってる?

 

 

でも、その願望はかなえられに無かった。

何故なら、夏樹が直ぐに首を横に振ったからだ。

 

 

『いや、それは無い』

 

 

短く、はっきりと。

だが、100%否定すると言うわけではなさそうだ。

 

 

『少なくとも、俺にはそうは見えなかった……を付け足すがな』

 

 

夏樹の言葉に対して、アイはまだ己の願望、希望に縋りたい気持ちがあった。

そして、それを夏樹も感じ取ったのだろう。……言葉に出して言うべきじゃなかったか、と少なからず後悔したが、必要な事だと割り切る。

 

 

『でも……よくよく考えてみれば、いや、考えなくてもレイの警戒の仕方はやっぱり他の子と比べたら凄すぎるって言うか……その……』

普通(・・)じゃない、か』

『ッ………』

 

 

確かにその通りだ。

アイの言葉をつなげる様に夏樹も言ったが、否定など出来ない。言い方は悪いがそれ以外の言葉が見つからない。

 

 

『否定はしない。……が、俺の考えは変わらないよ』

 

 

そういうと、夏樹は少しだけ間を置いた。数秒の沈黙の後に、選ばれた言葉が語られる。

 

 

『相手の嘘。それを見抜くには二通りあると俺は考えてる』

 

 

静かだが、重い言葉。

特にアイにとってはより重く深く感じる言葉。

 

 

『ひとつは、場数。積んできた経験で得た見抜き』

 

 

夏樹は元刑事。そして探偵業を営む背景でもこれまで何度も《嘘》をつく相手と向き合ってきた。それこそ何十、何百と向き合ってきた。様々な人間たちを見ていく過程で、磨き上げられた観察眼、洞察力、識別眼、そして冷静な判断力。

経験が必要だが、高精度である事は間違いないだろう。よく物語などでも、【刑事の勘】と言うセリフがあるが、あれは強ち間違いではない。……無論、万能な訳もなく冤罪があるのも事実。それを裏付ける為の調査、捜査だ。

 

 

『もう一つは、同じ目線に立ち続けてきた者から見た景色――まぁ一種の共鳴だな』

 

 

経験則で得られるモノとは少し違う。

それは己自身も嘘をつき続けてきた者だからこそ、感じられる共鳴だ。

同族嫌悪だったり、自己投影だったり、本能的共鳴だったり、それらが共感し、共鳴し、軈て相手の真偽まで見抜く。

 

 

『覚えがあるんじゃないか? 俺もまぁ、他人の事は言えないが』

 

 

清濁併せ呑む。

そうでなければ刑事は務まらない。探偵だってそう。

全てを正直に話すだけでは務まらない。

情報が止まり、そしてターゲットは口を閉ざし。保護対象には危険が及ぶ。

 

 

故に、【話を引き出す為の嘘】【相手を守る為の嘘】【真実にたどり着くための嘘】

 

 

これらを日常的に、常套手段として用いてきた現実対応型の人間だ。

無論、アイドルとして華々しく活躍を見せ、誰もの目を奪い、完璧にすべてを演じ切る彼女の嘘と、こちらの嘘を同系列に見るのは心苦しいが、こと【嘘】においては同類。

寧ろ、不特定多数に向けてきた彼女のソレもまた、凄まじいの一言なのだ。

 

 

そして、それらを動員しつつ対象相手(レイ)を見た慧眼から判断すると。

 

 

『あの子は、()はついてない、って判断しちまうんだよな』

『………そっか』

 

 

アイも否定は出来ない。

アイだってずっとレイを見てきたのだから。

 

 

『一度、カマかけで聞いてみたんだけどよ? あいつ、どんな反応だったと思う?』

『!! 気になる! どんなだったの!?』

 

 

思いもよらない発言にアイは更に身を乗り出した。

すると、夏樹は少し苦笑いをした後、顎に手の甲を添えて、苦笑いと一緒にどこか呆れた口調も加わって続けた。

 

 

『喜んでたよ、あいつ』

『………え?』

 

 

喜ぶ? その意味が解らずアイは小首を傾げる。

いわば追及された側だ。疑われている側だ。嘘をついていないか? と言われた側だ。にもかかわらず、どうしてレイは喜ぶのだろう? とアイは不思議だったのだ。

 

そんな気持ちを察した様に直ぐに結論から入る。

 

 

『「そう見えたなら嬉しい」だとよ。……ずっと失われた自分を探し続けていた様だ』

『あ………』

 

 

アイにもそれについては身に覚えがある。

特にレイがピアノの技能を思い返していた時の事だ。

例え記憶が無くても、幾千幾万と鍵盤を触り、弾き続けてきた指だから、きっと身体は覚えてる筈だって、ずっと練習していた姿を―――アイは見てきている。

無理しないでと皆伝えたけれど、本当に楽しそうにピアノを触っていたので、心配は杞憂へと変わり、軈て応援へと変わった。家族でB小町の歌をレイが伴奏で歌えた事は、本当に嬉しかったたと、今でも鮮明に覚えている。

 

 

――そっか、レイは……、レイはずっと――――。

 

 

 

『努力が無駄じゃなかった証。そんな風に感じたんだと。皆に迷惑をかけてる自覚も……、悲しい思いをさせてる自覚もあったからだと。正直カマかけて申し訳ねぇって、マジで思ったのはそん時が初めてだよ』

 

 

だからこそ、アイの心の更にズシッと重い何かが沈み込む。

 

 

【2人には関わるな……】

 

 

夏樹の言葉が深く、重く―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな、静かな部屋だった。

アクアの気配は無くなり、扉が閉じた音が最後の音。

後、今聞こえるのは、眼下で眠っているレイの規則正しい寝息のみ。

その寝顔を――アイはただただ黙って見つめている。

 

 

触れない。

起こさない。

名も呼ばない。

 

 

レイを起こさない為の行為……とは少し違う。

視線を離す事が出来ない。あの日の夏樹との言葉を思い返して。自分が探っていた真実と、夏樹が語った真実が重なり合って、強く思う。

でも、その都度夏樹の【2人に関わるな】と言う声が頭に響く。重く、響く。

 

 

「(……わかってる)」

 

 

誰よりも分かってる。

あの日、あの瞬間、全てを背負ってその小さな身で引き受けてくれた少年を、アイもこれ以上傷つけたくない。自分のせいで、傷つけたくない。

 

 

 

――でも……。

 

 

 

アイの黒い瞳が更に見開かれる。

黒く淀み、それは闇と言う表現ですら生ぬるい程の漆黒の瞳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――許せない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の中に言いようのない怒りが、浸食していくのが分かる。

誰かに愛された事も、誰かを愛したことも無かった自分に、心から愛する子供が、子供たちが出来た。嘘じゃない本当の愛を向けて、愛を与える相手が出来た。

 

 

だけど―――初めて守られて、愛しているが故に命を懸けて守ってくれた相手が出来て……知れた。

 

 

暗い暗い星が浸食していく―――が、直ぐに我に返る。

 

 

「ん、ん―――……」

 

 

レイの寝言が静寂の中響き渡り、心の中へと入ってきたからだ。

あの時も笑っていて欲しいと言うのが最後の願いだと言っていた。そして今もまた……守ろうとしてくれている。

そんなレイの想いを無下に出来る訳がないのだ。

 

 

「ん……」

 

 

アイはゆっくりと頭を上げた。

夏樹の忠告は聞き入れるつもりだ。レイの為に。家族の為に。

 

 

……でも、また家族(・・)が危険な目に合うというのなら、その限りではない。

 

 

半分光を、半分闇を携えたアイの瞳が、レイの相貌を見て話さない。

 

そんな時、だった。

 

 

 

「ママ――! ミヤコさんがまた呼んでてーーーって、ん??」

 

 

ばーんっ! とまた静寂を破る形で、入ってきた。

ルビーだった。底抜けに明るいそのテンションは、アイの中にあった黒い何かを即座に消してくれる。

 

 

「ママ、何してんの?? レイ、寝てるんだよね? その顔覗き込んで……。まさか、ママ………」

 

 

手を口元付近に充てて、驚く姿勢をとるルビー。

ルビーとて思春期の女の子だ。いったいナニをしようとしているの!? と思ったりしてても不思議じゃない。なのでアイは、(元々誤解だし)テーブルの上にあったとある道具を手に取って、ルビーに向き直った。

 

 

「にひっ☆」

 

 

そういって笑って見せて、手に持ってるものをルビーに見せた。

それは油性マジックである。

 

 

「レイの寝顔、見てたら ちょ~~~っと悪戯? したくなっちゃってさー。こんな無防備なレイ、久しぶりだし、ぜーんぜん起きないしね♪」

 

 

陽気な陽気な笑顔を向ける。

あぁ、やっぱり嘘つきだな、と思いつつそれでも渾身の嘘をついた。

 

そして、その嘘に対してルビーは。

 

 

「ああーー、やっぱりーーー!! そーだと思ったーーー!」

 

 

まさかのアンサー。

アイが危惧していた、性的なナニか、とは思わなかった様で拍子抜けしてしまった。

でも、ルビーにはいつもいつまでもこのままでいて欲しいなと思ったのも、事実である。

 

 

「ママっ、ママっ! 私も私もーー!」

「よっし! じゃ、一緒にやりますかー!」

 

 

この母娘は、その後マジックできゅきゅきゅっ、とレイの顔に悪戯を施す。

 

 

 

アイは、レイの額に『I LOVE YOU』

ルビーは、レイの両頬に『女ったらし~☆』『二股だめ~~♪』

 

 

 

と。

ある程度満足したのか、当初はレイに対して怒っていたルビーだったけど、ウキウキと退散し、アイもまた呼ばれているので場を後に。起きなかったのが悪いと言わんばかりのやり取りを目と目でしっかりとしていた。

 

 

 

因みにアクアにはレイは連れてく~と言っておいて職場放棄した形だったりする。

 

そしてレイは直ぐにその後に目を覚ました。

 

 

で、皆の前に姿を現して直ぐに顔面の状況を説明される。

 

 

 

 

 

 

「な、な、ななな!! なにこれーーーーーー!!??」

 

 

 

 

 

 

 

と言うレイの悲鳴に似た声と、皆の笑い声。

それが苺プロ内を包み込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

 

「昨日聞いた時ほんと驚いたけど……、改めて思うわアクア。貴方はスカウトマンとして雇うべきだったのかもしれないわね」

 

 

ミヤコのどこか呆れた顔。

そしてアクアとレイと―――その横には。

 

 

「人気ユーチューバーにして、インフルエンサー『MEM(メム)』まさかアイドルに興味があったのは意外だったわ」

 

 

今ガチ♡で一緒に働いていたMEMちょである。

実は、全て終わった後の帰り道に、アクアがMEMちょをスカウトしたのだ。

元々、アイドル志望だったことを聞いて、『新生 B小町 は現在メンバー募集中』と告げると、MEMちょは最初は冗談かと思っていたけれど……アクアの目はそれが冗談だと告げてなくて、本当に本物で―――――本日苺プロへ来たのである。

 

 

「ユーチューブチャンネル登録者数37万人。ティックトック フォロワー数638k。ネットでは大分人気があるみたいね。うちの中でもトップ3に入る数よ」

「まぁ、その中でもトップ1のぴえヨンが強過ぎるけどな」

 

 

現在、苺プロはYouTube等のネット関連にも力を入れていて、人気コンテンツの一つに君臨している。超人気の分類に入る筋肉系YouTuberであるぴえヨンを筆頭に、ここにレイも食い込んで、稼ぎ頭と言う意味ではアイがトップオブトップだが、間違いなく次鋒に来る事だろう。明確に計算している訳ではないが。

 

 

「僕も驚いた。アクア、今ガチの裏ではほんと色々画策してたんだね?」

「いや画策て、嫌な言い方だな。普通に誘っただけだぞ」

 

 

アクアの普通(・・)ほどあてにならないものは無いだろと思うのは、レイは勿論、ミヤコも同じである。

何せ、有馬かなを勧誘して来た時は本当にストレートに色々と言っていたから。いけしゃあしゃあとと言うのは、このタイミングで使うのだろうか?

 

こほんっとミヤコは咳払いを一つしつつ、話を続けた。

 

 

「とりあえず、先ず聞きたいのだけれど、メムさんの事務所は?」

「私は一応個人事業主として配信業をやっていて、今はFARM(ファーム)って事務所でお世話になってますが、所属じゃなくて業務提携って形をとってます」

 

 

つまり、全てを自分で自由にやらせてもらっていると言う点だ。

レイ的にはそう言う視点でやってみたことが無いので、それなりに興味がある。

事務所に属さず、自由に、それでいて全ての責任は自分自身。少しだけ考えた後、ついぽろり、と口から言葉が出る。

 

 

「……そっちの方が売れたりするのかな?」

 

 

当然の疑問だ。どこかに所属する以上はある程度の配分は決まっている。事務所のネームバリューなどにおんぶにだっこ状態なら頭が上がらないだろうし。

本当にただ思った事を口にしただけで、声自体も物凄く小さいのはそれが本当だという事の現れ。自分自身がどうこうしようって話ではないんだけれど――――。

 

 

次の瞬間、空気が一瞬で変わった。

 

 

「レイ?」

 

 

MEMちょの資料をパラパラと見ていたミヤコが、一つの束にしてトントン、と机を利用して整える。それと同時に低く重い声。名を呼ぶ声に寒気がしたのは初めての事だったりする。

 

 

「今、なんて言ったのかしら?」

「ん? え??」

 

 

突然のミヤコからの言葉に対して、レイは詰まる。上手く言葉が出てこない。アドリブを利かせるのはそれなりに得意だった筈なのに、何にも出てこない。

 

 

「個人事業主の方が売れるかも? って?」

 

 

聞かれてた? と一瞬驚いた。

でも、否定も肯定もさせない勢いで、いつものミヤコではなく、敏腕経営者なミヤコの目になり、レイをまっすぐに見据えて言う。

 

 

「個人でやるって言うのがどういう事か分かっていってるの?」

 

 

有無を言わせない迫力。

実際、個人でやってるMEMちょが、レイは単純な好奇心で口に出しただけだと思うから、話を挟もうかな? と少し思ったりもしたが……ミヤコの圧が口を縫い付けてしまって言い出せない。

 

 

「仕事は全部自己責任。何をしても自分に降りかかってくる。この時代炎上なんて当たり前。守ってくれる事務所も無い。契約も、税金も、トラブル対応その他諸々。全部自分でやらないといけない。大きなケガや病気をしたらそこで終わりよ」

「あ、や、その、そういう意味じゃ……」

「それにね」

 

 

書類をぱたん、と机に置くと、ミヤコは続ける。

 

 

「苺プロ所属のタレントが、事務所の意向を無視して独立を図るなんて事したら……そうしてると判断したなら、普通に明確な契約違反」

「ひぃっ!!」

 

 

見えざるオーラに気圧されるレイ。

ミヤコはそんなレイに対して、ニコッ! と笑みを一つ向けると。

 

 

「最悪の場合、訴訟だから。これは脅しじゃなくて、『事実』の話だからそのつもりでね??」

「ち、違う!! 違うから!! そんな訳ないから!! 僕が苺プロ(ここ)辞める訳ないじゃん!! ただ、ちょこっと口に出ちゃっただけだから!! 金銭管理とか、全部全部ミヤコ母さんたちに任せてて、はっきり分かってなかったから、つい言っちゃっただけだから!!」

 

 

慌てて否定するレイ。

手をぶんぶんと振ってる姿を見て、MEMちょは、レイの苺プロ(ここ)での立ち位置が何となく把握する。

そして、必死過ぎるレイを見て、こうやって揶揄いたい衝動が皆出てくるんだろうなぁと理解。アクアだけはどこ吹く風、って感じだけれど。

 

 

「まぁ、何処までが冗談で何処から本気なのか知らないけど、これも覚えておいてね?」

「ぅぅ……、ぜ、全部冗談です……と言うか、ほんと気になっただけだから……。えと、あと、なに? 覚えておくのって」

「そりゃ当然。あんたが出ていった所で、アイがほっとくわけない、って話」

 

 

ミヤコが指をぴんっ、と立てるとほぼ同時だ。

まるで図ったかの様に、最初から決まっていたかの様に。

 

 

「呼んだーーーー????」

 

 

ばーん! と勢いよく扉が開かれた。

この苺プロの象徴の帰宅である。

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

 

当然なごとく、皆驚き沈黙。流石のアクアもタイミングが良すぎて訝しむが、取り合えず驚く。

そして、MEMちょは、驚きと同時に感情がわっっ! と湧き出てきた。

 

 

「ッ~~~~~!!」

 

 

目を何度も瞬き繰り返し、口元に手を当ててどうにか声を押し殺し。

目の前に居る圧倒的なオーラを併せ持つ、同じ人間とは思えない程の魅力を携えた、日本の頂点を前に、目が冗談抜きでハートのカタチとなった。

 

 

「(え、え、えええ!! えええええ!! ほ、ほんもの!! ほんものの、アイだ!! アイだ!!! す、すごい!! む、むりむりむりむり~~~~ッッ!!)」

 

 

声を極限まで殺す事が出来た。

かつてない程の衝撃をここまで耐えられた自分をほめてあげたい。もしも、許可が下りるのなら、今日と言う日をしっかりとYouTubeとTikTokで配信しなければ!! と頭の中で数字をカシャカシャカシャ!! と動かし続ける。

 

 

そして、その後――皆は(一部を除いて)知る事になる。

人体の神秘(笑)と言うものを………。

 

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