認めない子   作:アイらゔU

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もっとストーリー進めるつもりでしたが、、、観光とか、色々書いてたらかなり文字数多くなっちゃってたので、投稿します。
まだ、ほとんど進んでません……ごめんなさいー!!


第46話 その先にあるもの

 

 

北斗探偵事務所に備え付けられてるプロジェクターで放映。

それはちょっとした上映会のような騒ぎになっていた。

 

 

当然、内容は宮崎県高千穂で行われた《神話と音の再生プロジェクト》。

レイの勇士をこの目で焼き付ける為! と、アイが映像データをこちらへ持ち込んだのが始まりである。

苺プロ(そっち)でやれよ、と言いたくなる夏樹でもあったが、なんだかんだ甥であるレイの活躍に関しては目を通しておきたいと言う気持ちもあったので、簡易的な視聴会が開かれたのだ

 

 

画面の中央。

 

 

照明に照らされたグランドピアノと、その前に座る小柄な演奏者。

ぴえヨンのマスク以外は異様なまでに整った姿とその姿勢、そして――音。

 

 

「凄い! 凄い凄い凄いっ! 流石レイ! レイ、天才っ!」

 

 

ぱんぱん、と両手を打ち鳴らして立ち上がるのはアイだった。

まさに1人スタンディングオベーション――だが、渚も付き合ってあげているので、1人ではなく2人になったが。

 

続く演目も、更に勢い余ってモニターに近づき、食い入るように画面を見るそのアイの目は、純粋な憧れと誇らしさで輝いていた。

 

 

「あーん、私も行きたかったー! 高千穂だよ? 神話の街だよ? 絶対エモいじゃん! また私も行きたい~~! 前はちゃんと見れてなかったしーー! 弾丸ツアーだったしー!」

 

 

くるりと振り返り、誰にともなく訴える。

だが返ってきたのは、冷静な声だった。

 

 

「それはスケジュールの都合ですよね? 聞く話だとどう足掻いても向かうのは無理ですよ、アイさん」

「そもそも、俺達がどうこう言える話じゃないけどな。つか、渚も忘れてないか? ここ芸能事務所じゃないぞ。探偵だ探偵。つーか、しょっちゅうここに来てるけど、マジで苺プロ(そっち)は大丈夫なのか?」

 

 

夏樹と渚の淡々と告げるコントの様なやり取り、アイはむうっと頬を膨らませる。

 

 

「だいじょーぶです!!」

 

 

胸を叩きながら宣言しているアイだが……、嘘つきの目と言うものはわかりやすいもので、ほぼ間違いなく裏方が悲鳴を上げてるだろう。斎藤夫妻か。……今度菓子折りのひとつやふたつ、持って行っても良いのかもしれない? と思ったり。

間違いなく夏樹側は悪くないのだが、色々と心中お察しだからである。

 

 

「うーん……じゃあさ、こんなのどう?? 私もレイと一緒にピアノ弾いてお披露目する、ほらこれが本当の親子初共演! ってのも面白いかも? 連打! ってやつかな? すっごいの出来ちゃうかもしれないよ!」

 

 

また誇らしげに胸を張る。

―――そして数秒の沈黙の後。

 

 

「それを言うなら“連弾”です」

「誰かに攻撃でもするのか? 連打で」

「…………」

 

 

渚と夏樹の息の合ったツッコミに対し、アイの目がゆっくりと逸れた。

 

 

「あ、それにアイさんは、ピアノも嗜んでるのですか?」

 

 

純然たる疑問を渚は告げた。

確かにアイは歌も踊りも凄い、俳優業、女優業もトップクラス。でも、楽器を扱う所は見たことがないからだ。

 

本当に純粋な疑問だった。他意は無い。

でも、それこそがアイにはそれなりのダメージだったようで、何処か遠い目をした。

 

 

「……わーん、渚さんのいじわるー! どーせ、私はピアノなんて繊細なこと、できませんよーー」

 

 

探偵事務所に笑いが広がる。

空気は明るい。軽い。祝福に満ちている。

画面の中では、レイの指が滑るように鍵盤を渡っていた。

水のように澄み、風のように流れ、炎のように躍る。

誰が聞いても分かる。これは圧巻だ。

 

 

話を聞けば、これらすべてをノーミスで熟したとの事。まさに完璧。

 

 

神話の情景が、音で描かれていく。

夏樹はレイの技能を改めて堪能すると同時に、苦笑もしていた。

 

 

「(……ほんと、騒がしくなったよな。探偵事務所(ここ)も)」

 

 

最早いつもの光景と言いたくなってしまうくらいだ。だが、一応明言しておくが、アイは本当に忙しい身。いつも入り浸ってる訳ではないが、内容が濃すぎるので、そう錯覚してしまうだけに過ぎない。……でも、それでも悪くない。

 

むしろ、これがこの苺プロと言う事務所の強さでもあるかもしれない。

 

背後に何かが居るかもしれない。魑魅魍魎が渦巻くのが芸能と言う世界。

長らく浸かっている夏樹にもその輪郭はハッキリとまだ見据える事が出来ていない。

己の領域を広げて、ここから先に入ってきたら始末する、程度にしか守れてない。故に正直な所まだまだ怖い。広げた領域、己の手の届く範囲でしか対処が出来ないのだから。

 

 

そしてそんな世界でも、この笑顔は守りたい、とより強く思う様になるから。

 

 

そして可愛い甥の活躍をこの目で見れるならば、これ以上ない報酬なのかもしれない。

 

 

第一章。荘厳な光。

第二章。静謐な闇。

 

 

次々と流されていく神秘的な音色。たった10本しかない手の指でここまでの音を表現できるとは凄まじいの一言。幼き日の天才が、鬼才が、神童が……何事もなく平和に今の時まで成長出来ていたとしたなら……、ひょっとしたら、こうなっているのかもしれない。

つまり、レイはきっとあの頃のレイを超えていると言っても良い。

素人目ではあるが、そう感じるのだ。

 

 

そして――第三章。全五章からなる中心に位置する演目が始まる。

 

 

画面にタイトルが出る。

それは荒ぶる神の章。

 

 

これまでとはまた違う低音が鳴った。

重く、深く、地の底から這い上がるような一音。神秘性の中でもまた猛る荒ぶる、人非ざるナニカを彷彿させる演奏。

 

 

 

――その瞬間、だった。

 

 

 

夏樹の眉が、わずかに動いた。

ほんの一瞬。

誰も気づかないほどの微細な反応。事実、アイも渚もただただ感嘆としているだけで、それ以上の反応は見せてはいない。

 

 

演奏は文句なしの完璧。素人目でも、耳でもはっきりわかる。

 

 

事実 レイの演奏にはテンポの揺れはない。リズムも当然狂わない。技術的な乱れは一切ないと言える。

 

 

だが――夏樹には違和感があった。

 

 

「(……?)」

 

 

他とは何かが違った。まだ半分も残っているから、ここから変わってくるのかもしれないが、小さな棘の引っ掛かりがあるような感覚。

語彙力の有無にかかわらず、それは言葉で説明できるほど具体的ではない。

 

何度も言うが夏樹は素人に毛が生えた程度。音楽に詳しいわけでもない。譜面を完璧に読めるわけでもない。

 

 

それでも、この第三章だけ、空気の質が違う様に思えた。

 

 

画面越しからでも、何かが伝わってきたのである。

 

 

これまでの一、二の章は紛れもなく“神話”だった。

だが、ここだけは――

 

 

「(……現実の匂い?)」

 

 

低音が、鋭い。

激情というより、圧縮された何か。

神域を音楽で再現しているというよりも、己の中のナニカ(・・・)をぶつけている様な。

 

それはつまり――――。

 

 

 

【怒り】

 

 

 

――いやいや。

 

 

それ以上深みにはまる前に、夏樹は小さく首を振った。気のせいだ、と。

 

そう、以前アイとも話をした事が頭に残っていたから、変に勘ぐった程度なのだと。

長年探偵業を営んできた。刑事の時期もそれなりに長かった。それらで培ってきた者の勘……に近いものを感じたのだが、今回ばかりはただの気のせいだ。

 

 

そもそも、レイ自身の表情は見えないのだから。

あのマスクにすっぽりと覆い隠され、身体の動きと音だけで表現している。 

 

 

そう、言い聞かせても、ほんの薄っすらと。痛覚さえも透過するようなレベルの小さな針が、棘が、胸の奥に残る感じはする。これは元刑事の癖だ。

 

些細な違和感でも逃すまいと拾い上げてしまう。

 

 

しかし今回は、事件でもなんでもない。

ただの演奏で仕事なのだから。ただの、と言うのは少々気が引けるが。

 

 

「凄いよねぇ、ほんと……。レイの曲、沢山聞いてきたつもり、だったんだけど………、全然だったんだね……」

 

 

隣でアイがうっとりと呟く。

 

 

「レイ、どうやったらあんな風になるんだろ」

 

 

その声は純粋で、曇りがない。

夏樹は画面を見つめたまま、かすかに息を吐いた。

 

 

「……まあ。本物の天才って事だな。天才っつう二文字で終わらせたくはないが。……想像を絶する努力の末の結果だ」

「……うん。それは見てきてる。ずっと、傍で見てきたからわかるよ」

 

 

画面の中で、最後の章が始まる。

 

 

第四章 再生。

第五章 夜明けの旋律。

 

 

終幕。

事務所は改めて拍手に包まれた。アイと渚、そして夏樹も。

 

だが夏樹の胸の奥には、説明のつかない小さな波紋だけが、静かに確かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事を終えて、本日は自由。

 

 

 

 

ミヤコが手配したレンタカーも心なしか喜んでいる様に唸っている様に聞こえてくるのはきっと、あかねの気のせいだろう。

神話の街を観光出来るなんて思っても無かった事だから。

 

ただ、心配なレイの傍に居たらそれで、それだけで良い、って思ってたのに。罰が当たるのではないか? と思える様な展開である。

 

 

「じゃあ、安全運転で行くわね。時間はたっぷりあるし」

「「よろしくお願いします!」」

 

 

ハンドルを握るミヤコの表情は穏やかだ。

こういう場面では2人にさせてあげるのが……まぁ良いのだろうが、そこは保護者の視点から鑑みて少々早いような気がしているのもまた事実。

まだまだ高校生(こども)で、更に別事務所の子なのだから

 

 

それでも、外を見て指をさし、光の中をみて喜んでる2人を見て頬が緩くなるというものだ。初々しい感じもまた、青春を感じさせられる。

 

 

「(まぁ……、レイの場合はここにもう一人は確実に参戦するって訳だしね……)」

 

 

そしてミヤコが思い浮かべるのはもう一人の存在。

そう、当然ながらあの超大物、不知火フリルだ。

ミヤコ自身もアクアから聞かされていた。あかねとフリルに頼み、今回に関しては時間があったのはあかねの方だけだったと。

万全を期すためにしっかりと変装等をしていく、とも言っていた。

最終的にはミヤコも納得した上で、あかねの同行を認めている。

 

で、フリルがこれだけで諦めるなんて思うわけがない。

己の力をフル稼働して、レイの所にまで辿り着いた凄まじい執念の様な圧力には脱帽したというモノ。そんな子が、トップまで上り詰めた子が、これで諦めるなんて到底思えないのだ。

 

 

「ね、レイ君。何か、やっぱり空気が違うね―――」

「うん。高千穂峡だしね。山の匂いって感じかな?」

「そこはもっと幻想的にいかない? 観光地へ~じゃなくて、物語の奥へ進む! みたいな感覚がするんだ。……この感じ、絶対後に活かせる。うん、本当に来れて良かった……」

 

 

2人の会話を耳に入れてるが、レイも飄々としてる。今ガチでは色々とあったようだが、これで更に接近して甘酸っぱい~となる様には見えないのは、ミヤコ自身が歴戦の猛者だから、だろう。経験値が違う。

 

あかねが一歩リードしたか? と思えたが、どうやらそう単純ではないらしい。

 

それはそうと―――。

 

 

「もう普通(ナチュラル)に、呼んでるんですね。あかねさん」

「え?」

 

 

ハンドルを握る力が僅かに緩み、そしてまた気を引き締めなおす様に握り返すと、ミヤコはつづけた。

 

 

「一応、芸名 斎藤ひかり。……本名の方は非公開なんですよ」

「………ぁ」

 

 

失念していた様だ。あかねにしては珍しい事でもある。

色々と感極まった事もあって、うれしかった事もあって、何より人数が3人しかいない少数だから、と言う理由も合わさって、ひかりの事をレイ、と呼ぶ事に抵抗が無くなったのである。

 

ほんの少しの沈黙。車のエンジン音やタイヤがアスファルトを擦る音だけが車内に響いていて……、即座にあかねは頭を下げた。

 

 

「ご、ごめんなさい―――!! わ、私その、つい……」

 

 

言葉に詰まる。

確かにその通りだった。

理由まではハッキリと解ってないが、ある時期を境に、【北斗レイ】と言う名は伏せられていて、YouTuberひかるん、そして斎藤ひかりの名が世に出てきた。

つまり、何か理由がある。その事はわかっているつもりだった。なのに自分の感情が止められなくて……、と肩を震わせていると。

 

 

「大丈夫、大丈夫ですから」

 

 

レイは静かに遮った。

そして、あかねの肩を少し叩いて。

 

 

「そうなんじゃないかな? って思ってましたから。僕のこと、あかねさんは見つけたんだって」

 

 

それは否定ではない。確認でもない。しっかりと受け入れた証なのだ。

 

 

「こちらもごめんなさい。責めてる訳じゃなくてね? 黒川さんと同じ様にレイの事を調べて、接近してきた子は他にもいるし」

「あ、その、それは―――」

「勿論、不知火さんよ。あの子もなかなか情熱的だったわ。……ねぇ? レイ」

「ぅ……」

 

 

ミヤコに言われて、別に何も言われてないんだけれど、その内心では美人2人を侍らせてるわねぇ、と言っている様にも思えてならなかったりする。

 

 

「…………」

 

 

あかねは少しだけ頬を膨らませた。

フリルが、レイの事を知っているのも、あかねも知っていた。それはつまり、フリルの方も北斗レイと解って近づいたんだ、と言う裏取。

 

 

「で、でも! 安心はしてますよね? ミヤコ母さん」

「うん?」

「ほら、フリルさんにしても、あかねさんにしても―――」

 

 

レイは一泊置いて、まるであかねに釘刺すかの様に告げる。

 

 

「わかったからって、僕が、苺プロ(僕たち)が困るような事、言い広めたりしない、って! SNSじゃあっという間に広まっちゃうけど、2人とも、そんな事してないから! 安心ですよね!」

「そりゃまぁ……」

 

 

北斗レイの名は、有名ではあるが、復活などの話は一切ない。

消えた天才、失われた日本の宝、などなどと、昔は大いに騒がれたが、それは最早過去の事。今は芸能界を引退した、と言う公算が高いという話で、それが主流となっている。それが北斗レイの行く末だと。

病気や死亡等ニュースなどが一切流れてないから、世間はそう判断し―――今現在でも、その名は出てきてないのだから。

 

 

「ぜ、絶対にしません! そんな事、したくないです!!」

「だよねだよね? ……あかねさんたちは優しいから」

 

 

ニコリ、と儚い笑顔をレイは見せると。

 

 

「僕が嫌がる事なんて絶対にしたりしない。そこは信じてますから」

「当然です! ……でも、なんだかその言い方は怖いですよ……? もしも~って、万が一〜って、考えたりしません?」

「……あかねさん、ひょっとして意地悪です? 意地悪で言ってます? そうなったら僕はあかねさんからも全力で逃げるだけですからね」

「じょ、冗談です! 冗談! せっかく、仲良くなれたのに、そんなの私も嫌ですから!」

 

 

あはは、と笑いながらつづけた。これもレイ自身の冗談だとあかねも気付いたようで、また頬をぷくーと膨らませる。

 

 

「色々と合点がいく、って感じもするからね? 僕の曲を褒めてくれて、魅入ってくれたなら光栄だし。パッとしない僕も色々と自信をもって肯定できるって言うか――――」

 

 

指をぴん、と伸ばして言い進めるレイだが、ミヤコは聞き逃さない

 

 

「何が言いたいのかしら? レイは」

「え? だってほら、あかねさんもフリルさんも素敵で美人さんでこれぞ映えるって感じで。ストーリー的に、僕が間に入ったけど、絵面的にも格差ある社会、って感じじゃなかった?」

「――――まーーだ言うか! この子は!! 前も言ったでしょーが!! 方向性違うだけで、あんたも十分過ぎる程勝負になってる! って! 自己肯定感低過ぎるもいーかげんにしなさい! 行き過ぎるとウザイだけだから!」

「う、ウザイって酷いな!! だって仕方ないじゃん! 今ガチもそうだけど、苺プロだって、ルッキズムの源流みたいな人、多過ぎるんだから!! 僕が一歩下がっちゃうの、仕方ないじゃん!!」

「その今ガチでは堂々としてたでしょ!! アンタ人気どんだけあったと思ってんの!! 知らないわけないでしょ!?」

「そりゃ、今ガチは仕事だもん!! 変な事出来ないでしょ!! それに人気云々は元々あの番組凄いし、凄く知名度のあるフリルさんが出た時点でも更にブーストされたし!」

 

 

わーわーわー、と社内でぶつかり合うレイとミヤコ。

要するに、ピアノの腕は天井知らずだし、自信の塊、満ち溢れていたとしても、反転して容姿方面には自信が持てないとの事。

苺プロには、アイを始めとして、芸能界でもトップを張れる勢いのある美男美女が居る。

あの有馬かなも、最近では苺プロに所属しているから、尚更で……。

 

暫く言い争っていた。

ミヤコ自身の事も凄く綺麗で! と熱弁した所で、満更でもない仕草を見せていたりするが、兎にも角にも、矯正が必要である! と、ミヤコはあかねに、そして皆にもレイの矯正を任ずる事につながったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駐車場から坂を下るにつれて、空気の温度が変わった。

色々と車内では疲れてしまったが、ここからが本番と言う事で現地へと到着。

ひんやりとした湿り気を含んだ風が、頬を撫でる。

 

 

「わ……冷たい」

 

 

あかねが小さく呟く。

視界が開けた瞬間、三人は同時に足を止めた。

そこに広がっていたのは、切り立った柱状節理の断崖と、翡翠色の水面だった。

 

真上から落ちる白い滝。

陽光を受けて、細かな水飛沫が揺れている。

 

 

――高千穂峡。

 

 

写真で見たことはある。

映像でも見た。

だが、やっぱり実物は違う。様々な()がそこにはあるから。

 

 

水が岩を打つ音。

風が木々を揺らす音。

そして、自分たちの呼吸。

 

 

「……すごい」

 

 

あかねの声は、ほとんど息だった。

レイは何も言わない。

ただ、滝を見上げる。

抗えない重力。

ぶつかり、砕け、それでも流れ続ける。この滝に何かを思い感じ、そして見上げていた。

 

 

「ボート、空いてるみたいよ」

 

 

ミヤコの声が、現実へ引き戻す。

 

 

「折角だし、乗ってくる?」

 

 

あかねが振り向く。

 

 

目が輝いている。

レイは一瞬だけ躊躇い――頷いた。

救命胴衣を着せられ、オールを渡される。

 

 

「さ、漕ぐのは、レイね」

「了解ですっ」

「丁重にエスコートしてきて頂戴? 散々車の中でお世話されたんだから」

「えぇ……」

 

 

ミヤコは涼しい顔だ。

結果、レイが後ろ、あかねが前と言う配置で。小さなボートが、水面へと押し出される。

ぐらり、と揺れた。

 

 

「きゃっ」

 

 

あかねが思わず手を伸ばす。

その指が、レイの腕を掴んだ。

ほんの一瞬。

すぐに離れる。

 

 

「ご、ごめんね」

「大丈夫大丈夫、落ち着いて。僕の加減も悪かったかもだし」

 

 

だが、レイの心拍はわずかに上がっていた。

オールを水に差し込む。

重い。

想像以上に、水は抵抗する。ぎこちなく漕ぎ出すと、ボートはゆっくりと峡谷の中央へ滑っていく。岸の喧騒が、遠ざかる。水の音だけが近づく。

滝の真下へ向かうにつれ、空気はさらに冷えた。

霧のような水飛沫が頬に当たる。

 

 

「冷たい……でも、気持ちいいね」

 

 

あかねが笑う。

その笑顔が、水面に映る。

揺れる。

砕ける。

また形を成す。

 

 

「レイ君」

「ん?」

「今回の演奏、……本当にすごかったよ」

 

 

改まるあかねの言葉に、思わずオールを握る手が、わずかに止まる。

 

 

「……ありがとう、あかねさん。もう沢山貰ってるよ?」

「うん。でも、何度も言いたい。そんな気分」

 

レイの視線が、水面に落ちる。

 

 

「特に印象に残ったのは第三章かな? 鬼気迫る! って感じで、マスクかぶってて顔は見えない筈なのに、迫力が段違い。……本当に凄かったよ」 

 

 

それを聞いたレイはただただ、微笑む。

やはりいつだって褒めてもらえるのは嬉しい。素直な気持ちだ。

 

あかねが何度も言う様に、レイも何度も返す。

 

 

離れた岸辺にミヤコはいるが、やり取りが手に取る様にわかったからか、やや呆れている。でも、青春を間近で感じるのは悪い気はしないのは何故だろう?

近くに居るだけでもデートの邪魔? 違う違う、保護者として当然だ、と。

 

なんだかんだでミヤコも子離れ出来てない節があるようだ。アイの様に。

 

 

 

 

 

岸が近づく。

終わりが近づいてくる。

 

 

「お疲れ様、漕ぎ手さん」

「……腕が痛い。結構、大変だね、コレ……」

「普段使わない筋肉だから、かな? お疲れ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く場所は高千穂神社。

水面から祈りの場所へと舞台を移す。

 

 

石段を上る音は、思いのほか軽い。

不思議と、オールを漕いで疲れた筈の腕も軽い。

 

高千穂峡の水音がまだ耳の奥に残っているせいか、境内の静けさは一層深く感じられた。

杉の巨木が空を覆う。

光は柔らかく、地面にまだら模様を落としている。

 

 

「やっぱり空気、違うね」

 

 

あかねが小さく言う。

 

 

「観光地っていうより……ちゃんと“神様の場所”って感じだしね」

「なら、レイ君はきっと歓迎されるはずだね?」

 

 

レイの演奏はきっと神様にも届いてるよ、とあかねは笑った。レイ自身もそうだと良いね、と軽く返す。………どこか、その表情に陰りがあるのは、前を少し進んでいる為か、あかねもミヤコも見る事は出来なかった。

 

 

ここは派手ではない。だが、芯がある。

長い時間、人が祈りを重ねてきた場所の重み。

 

 

手水舎で水をすくう。ひんやりと冷たい。指先が締まり、身も引き締まる思いだ。

 

 

「お願い事、決めた?」

 

 

ミヤコが少し茶化すように言う。

 

 

「秘密です」

 

 

あかねは即答する。願い事とは秘するもの―――とまでは言わないが、今はとどめておきたい気持ちの方が大きい。その方が叶うような気もするから。

 

 

「レイは?」

「ん……まだ考えてない、かな? 考え中。到着するまでに、考えなきゃ、だね」

 

 

軽く談笑をしながら軈て賽銭箱の前に立つ。

 

ことんっ、と硬貨が落ちる乾いた音が響いた。

鈴を鳴らす。

音が、澄んでいる。

 

 

そして目を閉じた。

 

 

 

願い――

 

 

 

成功?

名声?

違う。

 

 

神様に頼むのではなく、それらは自らの手でつかみ取るものだから。

 

 

もっと個人的なものを。

情けないけれど、自分に勇気が欲しいことを。

 

 

内容は神様にさえ打ち明けない。

ただただ、レイには勇気が欲しい。

只管、それだけを願い、祈り続ける。

 

 

 

そして目を開けると、隣であかねが手を合わせている。

横顔が真剣だった。だが、どこか不安も抱えている様にも感じられた。

 

その後は杉を一周し終える。

 

ミヤコが遠くから手を振る。

 

 

「はいはい、縁は深まりましたかー?」

「茶化さないでください! 変に距離を開けたかと思ったら! もうっ!」

 

 

何でも夫婦杉と言うものがあるそうで、縁結びの効力があるとの事。

参道の奥、根本でつながった二本の杉、それは長い年月を共にした証との事。

3人で移動していたんだけど、いつの間にかミヤコが距離を開けていて、丁度あかねと2人になっていたのである。

当のあかねも博識ゆえに気付いていたのだが……、しれっと言いださずにいた。それは恥ずかしかったから、の公算が高い。いつも模している姿。役を身体に取り込んでるあかねではなく、素のあかねの姿だから。

 

 

 

 

 

続く場所は天岩戸神社

 

 

車を降りた瞬間、空気の質が変わった。

高千穂峡が“自然”なら、ここは“静寂”だ。

参道は細く、木々が密に覆う。

観光客の声もどこか遠慮がちで、足音まで吸い込まれていくようだった。

 

 

「……なんか、少し緊張するね。引き締まる感じ」

「うん。……やっぱり違う」

 

 

あかねが小さく言う。

レイも頷いた。

 

ここはいわば物語の中心だ。

 

天照大神が隠れ、世界が闇に包まれた場所。

怒りが原因で、光が閉ざされた神話。

その構図は、あまりにも分かりやすい。

 

社殿の前で、3人は自然と立ち止まる。

鈴の音が、やけに澄んでいた。

参拝を終え、神職の案内で遥拝所へ向かう。岩戸のある対岸を、静かに望む場所。

そこは撮影も私語も控える空間だった。

張り詰めた空気、風が止まり、岩戸の奥は見えない。

ただ、そこに“ある”と感じるだけ。

 

 

「神様が引きこもった場所って考えると……、ちょっと人間味があるって感じるね」

「ん――、世界が真っ暗になるほどの存在が拗ねる場所、って考えたら……よっぽど居心地が良い場所だった、って言うのもありそう、かな?」

 

 

参拝を終えたのちに、それぞれが思いの内を明かしあう。

 

 

「まぁ、でも周りが必死に外へ出そうとする。……出さないとダメ、引き籠らせない、って感じで。だから、レイも引きこもっちゃダメよ?」

「なんでだから、なのかわからないけど、だいじょーぶです。引き籠る予定、無いですし。って言うか僕が神様とか笑っちゃうんですけど」

 

 

ミヤコの言葉に苦笑いを見せるレイ。

でも、あかねには強ち間違いではないのでは? と思う節はある。

齢にして4歳。世界で認められた異端の神童。日本でも【百年に一人の神童】ともてはやされていたから。

 

確かに神様ではない。でも、少なくとも音楽の世界では……レイは紛れもなく【選ばれた側】の人間だから。

 

 

「ふふふ。レイ君が隠れちゃったとしても、きっと皆が直ぐに見つけちゃうから、全然隠れた内に入らない、って感じだね」

「ぅぅ……、それ、物凄くしっくりくる。と言うか、簡単に想像できちゃう……。全く予定無いのに、そんな空気感出した瞬間、苺プロ()が寄って集って簀巻きにして、攫われそうだもん」

 

 

そんな話をしながら、3人は更に奥へと続く小道。川沿いに並ぶ無数の石、天安河原へ続く道へと進む。

 

 

空はどこまでも青く、風はあまりにも静か。

 

けれども、何処か底の見えない深さをこの土地には感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の観光は、予定より少し早めに切り上げた。

 

明日は移動もある。まだまだ名残惜しさはあるものの、十分に歩き、十分に景色を見たという満足感があった。

車が山道を下るころには、空はすでに夕方の色に変わり始めている。昼間の鮮やかさは薄れ、稜線は柔らかな橙に縁取られている。観光地の賑わいは背後へ遠ざかり、代わりに静かな山の気配が近づいてきた。

宿は丁度山の斜面の麓にある。

周囲は木々に囲まれ、観光の中心から少し離れた場所だ。

 

 

「お疲れ様ー」

「「ありがとうございました!」」

 

 

3人は車を降り、階段を上る途中で視界が開ける。

そして、レイは意識してとある方向、方角を観ていた。

 

レイの視線の先にあるのは、山の中腹にある白い建物。 

 

それは夕陽を受け、その輪郭だけが淡く浮かび上がっていた。ある程度高い位置にあるせいか、周囲の山々に囲まれ、どこか孤立して見えた。

 

時刻は16時30分。

 

後もう少しすればやがて太陽が沈みかけ、色は急速に薄れていくだろう。あの白い壁も影の中へ溶け込む。……この場所に帰る時何度も、何度もあの場所を観ている。

 

そして────葛藤していた。

 

 

「……レイ君? 何見てるの?」

 

 

そしてすぐ隣から、静かな声、小首を傾げているあかねの声だ。

レイの返答を待つ前に、あかねがレイの視線の先を確認、そしてあかねは少し目を細めた。

 

 

「ああ、あそこ? 確か病院だったと思うよ」

 

 

さらりと言ってから、思い出すように続ける。

 

 

「えっと……宮崎総合病院。ほら、山の上にあるって書いてあった」

 

 

スッス、とスマホを操作してマップ画面をレイに見せる。観光前に周辺施設まで確認していたらしい口ぶりだった。

 

 

「そっか……病院だったんだ。小高い山の上にあるから、何の施設なんだろ? って思ってたけど。あまり優しくない立地だね」

「うーん、確かに車とか乗り物がないとあそこまで行くのは少し大変、かな?」

 

 

健康の為に山登り! くらい出来るのなら丁度良いかもしれないが。

 

 

「よく調べてたね?」

「うん。何かあったとき困るから、一応ね」

 

 

そう言って、あかねは小さく笑う。

白い建物は、夕暮れの中で静かに佇んでいる。

レイはもう一度だけそこを見上げてから、何事もなかったように歩き出した。

 

 

「……(あそこは確か………)」

 

 

ミヤコも一瞥だけすると、少し考えた後にレイたちに続いて宿の中へと入る。

あの病院にはミヤコも覚えがある。実際に自分が行ったわけではないが……随分と大変で、慌ただしく、それでいて絶対に騒ぎにならないように、と秘密裏に向かった病院だった。

 

 

日に日に大きく育つ、苺プロの人気アイドルのお腹に、戦々恐々としていたのを覚えている。

ベビーシッターさせられた苦悩を覚えてる。

なんか、アマテラスだとか何とか言い始めた双子の赤子に振り回されたのを覚えている。

 

全てはあの場所から始まったんだ……と、思えば何処となく嫌な汗が出てくると言うものだ。

 

 

「──実はレイの出身はここ、宮崎だったりするの?」

「え? 違うと思うけど……、物心つく頃はずっとあっちにいたし」

 

早足でレイに追いついたミヤコが、レイにそう聞くが、レイは否定をする。

 

超常的な何かは、この神話の街から始まる。

 

と、どこかで考えてた節があるが、ミヤコはこれ以上考えることを止めた。観光でそれなりに疲れたし、昔を思い出して、また疲れたからだ。

 

そして宿の扉が閉まり、外の景色は一度、切り離される。

 

 

観光は終わった。

 

 

あとは、ゆっくり休むだけ────のはずだった。

部屋の中はこれまでにないくらい静かだった。

レイは、荷物を床に置き、上着を椅子に掛ける。

 

ベッドに腰を下ろすと、思っていた以上に時間が残っていることに気づいた。まだ外は太陽のひかりが残っている。やや、夕暮れ時が近づいた程度だろうか。

 

本来なら、もう少し慌ただしいはずだった。

明日までぎっちりと予定は詰まっていたはずだった。

考える余白など、行動する時間など、ないくらいに。

 

 

ぽっかりと空いた時間が、やけに広く感じる。

時の流れさえも、ゆっくりとゆっくりと変わってる気がする。

 

 

 

窓の外から川の音だけが、途切れずに続いていた。静寂の中の唯一の音だった。

 

 

「────────」

 

 

レイは、拳を握った。

そして、次に浮かぶのはルビーの笑顔だった。

花開く笑顔は誰もが目を奪われる。そんな系譜を継いでいる瞳。

曇らせてはいけない、愛の瞳。

 

そしてルビーの姿が消えた次の瞬間には、アクアの横顔も映り込む。

アクアはぶっきらぼうにしているが、いつもいつも心配をかけてしまっていて申し訳なく思うと同時に……本当に優しいんだと実感する。いつも傍にいてくれて、支えてくれているから。

 

 

皆、大切な家族で兄妹なんだ。

 

 

 

次に過るのは暗いスタジオの光。

ニュース番組のテロップ。

 

様々な情報が脳裏を過ては、すぐに消える。

 

 

次に視線を窓の外へと向ける。

その先にあるのは、あの中腹に浮かぶ白い建物……宮崎総合病院。

 

あの場所がより近くに感じてしまう。

目を閉じても、その光景がありありと瞼に映り込んでくる。

 

 

何もしなければ、このまま夜になるだろう。如何に時の進みが緩やかに感じられたとしても止まっている訳では無い。今は16時45分。18時には夕食の時間で、自由時間。

そこまで止まっていれば、何も起こらない。最後の夕食を堪能して、宮崎の最後の夜を過ごすだけ。

何もない。何もしない事が正解かもしれない。

 

 

それでも。

胸の奥が重い。ズシン、と深く深く重く重くのしかかる。

 

 

体感時間は異様に長い。

でも、実際の時間経過は5分にも満たない。

 

 

レイはゆっくりと息を吐き、立ち上がった。

スマートフォンを手に取る。

部屋を出る前に、短くメッセージを残す。

 

 

――今日で最後だし、少しだけ、外を歩いてくるね?

 

 

ミヤコとあかねから、直ぐにメッセージは返ってきた。あかねからは【一緒に行こうか?】と言うものだったが、やんわりと断った。

 

 

【もう、出てるから】と。【ほんの少ししたら帰るよ】と。

】と。

 

 

考えるよりも先に────全ての準備を終えていたんだ。

 

 

宿の廊下も静かだった。階段を下りる。

外の空気は、思っていたより冷たくなり始めている。

でも、空はまだまだ明るい。

薄っすらと夕焼け色がこの街を染めていく様だ。

 

 

カァー カァー カァー

 

 

複数の黒い影が空を駆けてゆく。

カラスだ。ただの、カラスだ。

飛んでいても、何の不思議もない。どこの街でも見かけること。普通の事だ。

 

 

「…………行かなきゃ」

 

 

レイは一歩、また一歩と歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

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