認めない子 作:アイらゔU
苺プロダクションの廊下を、レイは歩いていた。
高千穂から東京へ戻ってきて、まだそれほど日は経っていない。
宮崎県との大型コラボ。
斎藤ひかりとして活動を始めてから、間違いなく最大規模だった仕事を終えたレイ。
それ自体は大成功だったし、問題なかったのだが、当然その後の事件が大問題だった。
それがあった為ミヤコから半ば強制的に休暇が与えられたのである。
学校には行くが、それ以外は、しっかりと休むこと。
なので少なくとも苺プロとして新しい仕事を積極的に入れるつもりはない。ピアノ系YouTuberとしての活動も今は止めている。
でも、宮崎県コラボの時に撮り溜めをしている為、更新頻度は落ちていないから何も問題なかったりするが。
勿論、何か大きな案件が舞い込めば話は別だが、それまでは身体も心も休ませることと厳命されてしまっているのだ。
高千穂で起きたことを間近で見ていたミヤコから、反論を許さない口調でそう言い渡されているから。
レイ自身としては、そこまで大袈裟にしなくてもいいと思っているのだが、思っては、いるのだが。
「(……ミヤコ母さんに逆らっても絶対勝てないし)」
そこは早々に諦めた。
特にこの手の話は無理だ。まだ容姿関係での言い合いの方が可能性があるくらい。
とは言ってもレイは別に、何かしていなければ落ち着かないというわけでもない。
休めと言われたのなら、素直に休む。
それに、心配事はまだあるけど、今の時点では問題ない様なのが判明しているので、精神的には大分軽くなっている。
家でゆっくり過ごしたり、好きな曲を聴いたり、気が向けばピアノに触れたり。
それくらいでいい。
――はずなのだが。
現在。
そんなレイの両手には、小さな紙袋が提げられていた。
中身は飲み物と、軽く摘まめる程度の菓子類。それほど大したものではない。
運動したあとでも口にしやすそうなものを適当に選んできただけで、わざわざ差し入れと言って大袈裟に渡すほどでもない。
それでも、人数分。
ちゃんと用意してある。
「(……休めって言われてるけど、これくらい問題ないよね?)」
誰かに聞くわけでもないが、自問自答をしながら自分でも少し可笑しくなって、レイは小さく笑った。
B小町は、新生B小町は絶対に大きくなるし、成功する。信じてる。だからこそ、力になりたいから。
【新生B小町】
・星野ルビー
・有馬かな
・MEMちょ
まだ結成されてから、それほど時間の経っていない三人組。
今の彼女たちは、アイドルとしてようやくスタートラインへ立ったばかりと言っていい。
アイというあまりにも巨大な存在がいる苺プロ。
そしてかつてアイが所属し一世を風靡したB小町という名前を、彼女たちは受け継いでいる。
その名前に恥じないように――なんて、本人たちがどこまで考えているのかは分からない。
少なくとも、ルビーはそんな重圧よりも、アイドルになれた喜びの方が遥かに大きそうではある。
だからといって、楽な道を歩いているわけではない。
・歌
・ダンス
・動画撮影、編集
・企画
・その他レッスン
プロフェッショナルと言えるMEMちょが加盟した事で大分スムーズになっているが、それでも大変なのは言うまでもない。
それぞれが別の仕事や学校などを抱えながら、それらを並行して進めている。
傍から見ているだけでも、忙しい。
特に最近は、気合が入ってる姿を何度も見かけている。
レッスン場から音楽が聞こえてくることも。
何度も同じ部分を繰り返す声が聞こえてくることも。
時には、廊下まで届くほどのルビーの声が聞こえてくることもあった。一番声が大きいのがルビーだろう。
「(今日もやってるかな? ルビー大丈夫かな?)」
真っ先に心配するのがルビーなのは、我ながら酷いかもしれない。でもやはり妹だから、と言う理由が強い。
確かにアイドルとしての必要なものを、ルビーは沢山持ってる──が、ひとつ不得意分野がある。
ルビーは歌が苦手なのだ。身も蓋もなく、濁さずに言うと……ものすごい【音痴】なのである。
カラオケ採点した時、5割を超えたのを観たことがない。
アイの娘として大丈夫か? と思う事は多々ある。
でも、不安はない。
アイだって最初から最強で無敵なアイドルで歌も凄かったわけではない。その華やかさの裏には積み重ねてきた血と汗の結晶、努力があるから。
そして、ルビーも無論その系譜を受け継いでいる。
努力も出来るし、何よりアイドルに対する想い、誰よりも強い
何より周りを惹きつけるだけのスター性を持っている。だからこそ、いつもルビーの周りには集っている。
これはレイにも言えることだが、一人じゃないから。一人じゃないから何でもできるんだ。
「(MEMちょさん、それに有馬先輩。……大丈夫! 盤石! ……と、言うか)」
心配事は、寧ろ他にある。
そう、アイである。
「(アイ母さんが暴走しそうでなんか心配………)」
自分の事もそうだが、アイの愛はかなり重い! シャレではなく、愛情深い、と言えばそうだが、なかなかにファンタスティックでアクロバティックで、クレイジー、と横文字にすれば沢山出てくる。
無論、本当の意味で一線は越えないような絶妙な立ち位置をしているようではあるが、過去のこともあり、気が気じゃないのはレイである。
アクアやルビーもその点においては、同じ立場なんだが、レイ自身が慌てすぎるので、それを見てある程度緩和されているらしい。……いや、ルビーは特別枠か。
────ふうっ。
レイの口元が緩む。色々と考えることもそうだが、もう少し落ち着いて、視野を広げるのも重要だ。
昔から、沢山言われてきた。叔父の夏樹にもそう。
今回の心配事、夏樹のおかげで大分減って感謝しかないのだ。
「……っと」
考えながら歩いているうちに、目的の場所が近づいてきた。
苺プロ内に設けられたレッスン場。
最近、新生B小町の三人が頻繁に使っている部屋だ。
今日もここで練習している。
そう聞いたから、顔を出してみようと思った。
差し入れだけ渡して、忙しそうならすぐ帰ればいい。
そう考えながら、レイが廊下の角を曲がった――その時だった。
「――――!」
何かが聞こえた。
レイの足が、ほんの少しだけ緩む。
一際大きな声が入り交じる。
その発生源は目的のレッスン場。複数人の声が外にまで漏れ聞こえてきている。
まだ距離があるため、何を話しているのかまでは分からない。
ただ、いつも通り随分と賑やかだった。
怒鳴り合っているような険悪さはない。
どちらかと言えば、明るい。
ただ、歌ではないので、それ以外の何かに盛り上がっているのかもしれない。
弾んだ声。
そこへ別の声が重なって。
また何か返ってくる。
随分と楽しそうだ。
「…………?」
レイは瞬きをする。
てっきり音楽でも流しながら、三人で必死にダンスレッスンでもしていると思っていた。
けれど、何やら今日は少し違うらしい。
「(何かあったのかな?)」
いつもより2〜3割増で賑やか。
近づくほどに、部屋の中から聞こえてくる声が少しずつ大きくなる。
まだ詳細までは聞き取れないが、どうせ、今から顔を出すのだから特に気にせず。
「(今日も頑張ってるみたいだね)」
レイは手にした紙袋へ視線を落とす。
飲み物。
甘いもの。
少しばかり塩気のあるものも入っている。
何が欲しいか聞いてから買えばよかったかもしれないが、それでは差し入れにならない。
ルビーとかなの好物は抑えてある。
MEMちょに関しても、今ガチ♡の頃に仕入れた情報を元に買ってきたから大丈夫。
袋を片手に持ち直し空いた手を扉へ伸ばす。軽くノックをしてから。ガチャリ、とドアノブを回した。
「皆お疲れさまでーす。差し入れ持ってきましたよー」
そう言って、レイは、賑やかなレッスン場の扉を開いた。
その瞬間だった。
「あっ!!」
真っ先にこちらを向いたのはルビーだった。
何やらMEMちょ、かなと三人で盛り上がっていたらしいのだが、レイの姿を認識した途端、その瞳が見る見るうちに輝いていく。
「レイお兄ちゃーーーーん!!」
どーんっ!!
「わぁっ!?」
それは流石にレイも予想できなかった。
一直線。
助走までつけて駆け寄ってきたルビーが、そのまま勢いよくレイへ飛びついてきたのだ。
咄嗟に身体を踏ん張る。
片手に持っていた紙袋だけは死守するように高く掲げながら、もう片方の腕で妹を受け止めた。
「ちょ、ルビー!? 危ないって! 差し入れ落とすところだったよ!」
「レイお兄ちゃんレイお兄ちゃんレイお兄ちゃーん!」
「わ、わかったわかった! どうどう、ルビー! はい、僕はレイお兄ちゃんです! だからちょっと落ち着こう!? 落ち着いて!!」
ルビーが甘えたがりなところもあるけど、最近はそうでもなくなっていたから、完全に油断していたレイ。一先ずなだめようとする。
そして、それを手助けしてくれたのはかなである。
「おいコラ、ブラコン」
「きゃうっ!!」
スパーンっ! とどこから取り出したのか、純白のハリセンで間髪入れずにルビーの頭を叩いた。
呆れたように腰へ手を当てながら、レイへ抱きついて離れようとしないルビーを見る。
「人が入ってきた瞬間に飛びつくんじゃないわよ。犬じゃないんだから」
「だってだって! 嬉しいんだもん! そこにレイが入ってきて、余計に嬉しくなったんだから!」
「まぁ、見りゃ分かるけど」
何か思うところはあるのか、かなは、ハリセンという矛を収める。
その間に、ルビーはレイの手元に視線を向けた。自分の好きなのが沢山入ってるそれを。
「しかも差し入れまで!」
「それも見れば分かるわ、ちょっとは落ち着けって話!」
「有馬先輩。僕……その、なんかごめんなさい」
「なんでアンタが謝るのよ……。謝る必要ないでしょ。もらい事故みたいなもんなんだから」
かなが頭を少し抱える。
年頃の女の子として、アイドルである前に女子高生としてそれはどうなのか? と言いたい反面、無理もないことかもしれない、と半ば受け入れそうな自分もいて大変だ。
一方で。
「いやいやいや、ちょっと待って」
MEMちょだけは別方向へ食いついていた。
片手の親指と人差し指で四角を作り、まるでカメラのフレームへ収めるように二人を見る。
「これはこれで絵になるなぁ。仲良し兄妹。それに義兄妹!! しかも美男美女。ショートにしたら結構回るんじゃない?」
「回さなくていいです! ヤメて! あとぼく、美男ちがう!」
「いやいや、ひかりんも良い線いってるから! 絵になる! 写真取らせて!」
数字
だからといって、肖像権というのがあるので、了承はしないが。
アイドル始める前から、スキャンダルの種を蒔くことに繋がりかねないし。
そしてMEMちょは、レイとルビーの2人を交互に見て。突然何故か、とても神妙な顔になった。
「ひかりん──じゃなくて、レイたん」
「……はい? (れいたん……。なんだか、冷淡に聞こえるから変えてほしいけど……)」
「二股は良くないよ?」
渾名の呼び方を変更してもらいたい、と思っていたレイだったが、予想外のMEMちょの発言に目を丸くした。
「…………はい?」
「いや、三股かな……?」
「いやだから何の話!?」
「だって、あかねちゃんとフリルちゃんがいるところに、ルビーまで入ってきたら――」
「そんなの、考えてないから!!」
最後まで言わせずに、レッスン場にレイの抗議が響いた。
「ルビーは妹みたいなものだし!? というか、あかねさんとフリルさんについても僕が二股してるみたいな言い方やめてください!」
「でも今ガチでは二人から――」
「待ってって言いました! それにショーです!」
「じゃあ保留二股?」
「そんな言葉あるんですか!? 演出です演出!」
「今作ったとこ〜♪」
心底納得がいかない。
確かに今ガチの展開的にはそう見られても不思議ではないし、事実SNSでは叩かれていた。でもそれを補って有り余る程の応援の声。否定的なのはほぼ鎮圧されていた。
内容的にはそう見られてもおかしくないが、何故いつの間にか、自分が不誠実な男のような扱いを受けているのだろうか。
理不尽である。
「もう……」
「あっはは、ごめんごめん、レイたんの反応可愛くてつい」
レイは小さく息を吐くと、未だ自分へくっついたままのルビーへ視線を落とした。
「ほら、ルビー。そろそろ一回離れて」
「えー」
「えー、じゃない。差し入れ渡せないから」
「むぅ……」
不服そうに頬を膨らませながらも、ルビーはようやく腕を解いた。
「あんたも大変ね」
「ぶーぶー! 先輩だってレイ兄に沢山お世話になったー。って言ってたくせにー」
「そこ、全然違う話しないの」
解放されたレイは服の乱れを軽く整え、改めて三人を見る。
やはり、いつもより明らかにテンションが高い。
レッスンをしていたという雰囲気ではない。
むしろ何か良いことがあって、それを三人で話していた。
そんな空気を感じた。
「ほんと、いつもに増してテンション高いよね?」
レイは紙袋を近くのテーブルへ置きながら、首を傾げる。
「何かあったの? 廊下まで声が聞こえてたけど」
「ふっふっふ……」
ルビーは、まるでその問いを待っていた、そう言わんばかりに笑った。
両手を腰へ当てる。
胸を張る。
先ほどまでレイに全力で甘えるように抱きついていた少女と同一人物とは思えないほど、勿体ぶった態度だった。
「レイお兄ちゃん」
「なに?」
「聞いて驚け!」
「うん」
「見て驚け!」
「……何を見るの?」
「そこは雰囲気!」
「あ、はい」
勢いを削いではいけないらしい。
レイは素直に黙った。
ルビーが一度大きく息を吸う。
「なんと! 我ら新生B小町のぉ――!」
満面の笑み。
「記念すべき初ライブが決定しましたー!!」
「えっ」
それは確かに驚いた。
まだ結成して、それほど時間は経っていない。
もちろん、いずれライブをすることになるとは思っていた。
苺プロ、久しぶりのアイドルユニット、それもB小町の名を冠するユニット。だから当然だ。
だとしても、早くないか? と思ったが、すぐにレイの顔には笑みが浮かんだ。
「本当に!? 良かった! おめでとう皆!」
「ふふーん! まだまだ驚くのは早いよ、レイお兄ちゃん!」
「まだあるの?」
「あるとも!」
びしっ、ルビーがレイへ人差し指を向ける。
「なんとなんと! 私たちの記念すべき初ライブ、その舞台はぁ――!」
「…………」
随分と勿体ぶる。
だが、ここまで嬉しそうにしているのだ。余程大きな舞台なのだろう。レイは微笑みながら、ルビーの次の言葉を待った。
そして。
「日本最大級のアイドルフェス!」
ルビーが両腕を大きく広げる。
「あの――JIF! ジャパン・アイドル・フェスに、新生・B小町! 出まーーーす!!」
「…………」
止まった。
思考が。ほんの一瞬。本当に、一瞬だけ。
レッスン場を満たしていた賑やかな声も。
目の前で満面の笑みを浮かべているルビーも。
その隣で呆れながら、それでも嬉しそうにしているかなも。
ニコニコとこちらを見ているMEMちょも。
何もかもが、遠ざかったような感覚がした。
――JIF。
その三文字だけが。
やけに鮮明に、頭の中へ残った。そして、頭の中でぐるぐると回り始める。
「…………」
レイは動かなかった。いや、動けなかった。
知っている。当然、知っている。日本最大級のアイドルフェス。
数多くのアイドルが集まり、あのきらびやかなステージへ立つ。
アイドルを目指す者にとって、憧れであり、登竜門と言っても過言ではない大舞台なのだ。そこで爪痕を残せるか否かで今後が大きく関わってくる。
だから、単純に凄い。勿論、苺プロやB小町という名前の力もあるだろう。それでも事務所がGOサインを出した以上、少なくとも舞台へ送り出せるだけの可能性を三人に見ているということだ。
間違いなく凄いことだ。
新生B小町にとって、これ以上ないほど華々しいスタートになる。
喜ばしいし、嬉しい。
祝福するべきこと。
――なのに。
胸の奥。
ほんの僅かな場所で。何かが、引っかかっていた。
「って、アレ? ……レイお兄ちゃん?」
ルビーの声。
そこでようやく、止まっていた時間が動き出した。
「……あ」
目の前には、少し不思議そうにこちらを見るルビーがいる。
しまった、とレイは慌てる。反応が遅れてしまったのだ。
「ご、ごめん。ちょっとびっくりして……JIFって、あのJIFだよね?」
「そう! あのJIF!」
「……そっかー」
レイは一度だけ瞬きをして。
そして笑った。
「凄いじゃん。本当におめでとう! 初ライブでJIFなんて、とんでもないね」
「でっしょー!?」
「これは本当に凄いよ。ルビーも、有馬先輩も、メムさんも。おめでとうございます」
極力顔に出さないように、賛辞の言葉を皆に送るレイ。
かなは、複雑そうな顔をしながらも手を上げ、MEMちょはダブルピースを見せてくれた。
「ありがと」
「ありがとー、レイたん!」
そして。かなは、頬に手をあてがい、軽く深呼吸をしていう。
「レイだってわかってんでしょ? いま一瞬、固まってたもんね?」
「………なんのこと?」
「白々しいわね。確実に周りの心象良くない、って話よ。絶対言われるでしょ? コネとかコネとか、コネコネ」
かなは最後の言葉を強調しながら、嫌そうに顔をしかめた。
レイはそんなかなを見つめる。
「うん…………まぁ?」
ほんの少しだけ、間を置いた。
「やっぱりあんたも思ってるわよねー」
かなは、どこか遠い目をしながらぼやいた。
その声に、レイは苦笑しながら肩を竦める。
「初ライブでJIFって、普通に考えたら凄いことです。それは間違いないですが、約10年ぶりのB小町復活で、
「凄いどころじゃないわよ。出来たばっかり、名ばかりな新人グループよ私たちは。それがいきなり日本最大級のアイドルフェスって……。 何をどう考えたって何か言う奴は出てくるでしょうが」
もっともな話だった。
新生B小町は、まだ結成されて間もない。
動画投稿を始め。
少しずつ認知度を上げ。
登録者数も伸び始めている。
一万人突破して盛り上がっていたのは日も浅い。
順調。
それは間違いない。
けれど、まだ何か大きな実績を残したわけではない。
それなのに、初ライブの舞台がJIF。
傍から見れば、疑問を抱く人間が出てくるのは当然だった。
「B小町。知らない奴なんてほとんどいないその名前引っ提げて、結成してすぐJIFですー。頭お花畑以外は絶対言われるわ。ゴリ押しだの、事務所のコネだの、名前だけで出してもらった、だの」
「先輩、すごくネガティブな具体的ばーっか……」
「こちとら芸歴何年だと思ってんのよ。そういうの散々見てきたの」
胸を張って言うようなことではない気もする。
だが、その言葉には、かなが長く芸能界で生きてきたからこその重みがあった。
売れている時も。
売れなくなった時も。
持ち上げられる側も。
忘れられていく側も。
幼い頃から、嫌というほど見てきたのだろう。
だからこそ、華々しい舞台が用意されたことを、ただ無邪気に喜ぶことができない。
「大丈夫だって!」
そんな空気を吹き飛ばしたのは、やはりルビーだった。
両手を腰へ当てる。
そして。
「あのアイが認めてくれたんだよ!? 私たちがB小町を名乗ること! だったら絶対大丈夫!」
きらきら、そんな擬音が見えそうなほど、ルビーの瞳が輝いていた。
自信満々で一点の曇りもない。その姿を見たかなは、しばらく黙って。
やがて、片手で額を押さえた。
「……そこなのよ。私が怖いのは」
「へ?」
「最初は、あんたが勝手に言い出しただけだと思ってたのよ。『B小町』って」
「勝手じゃないもん!」
「最後まで聞きなさい」
ぴしゃり。
ルビーが口を閉じる。
「それが蓋を開けてみたら、まさかの
「うん!」
「『うん!』じゃないのよ……」
かなの肩が落ちた。
心底理解できないものを見るように、目の前の少女を見る。
「あんた、その根拠のない自信、どこから湧いてくるのよ」
「根拠あるよ!」
「どこによ?」
「アイ!!」
「だからそれが重いって言ってんのよ!」
絶叫がレッスン場へ響いた。
「…………」
レイは思わず苦笑した。
どちらの言い分も、分かる。
ルビーからすれば、憧れ続けたアイ本人から認めてもらったのだ。
それ以上の自信など必要ない。
自分たちはB小町。
アイから、その名前を受け継ぐことを認めてもらった。
ならば胸を張ればいい。実にルビーらしい。
一方で。
かなの言っていることも、痛いほど理解できる。
まだまだ素人に毛が生えた程度。目を見張る技術や歌唱力を証明できたわけじゃない。登録者数ゲットも、元は苺プロから出してるYouTube。MEMちょの動線、そしてひかりん・ぴえヨンチャンネルから更に流れてきて、の効果。
実力でとったとは言い難い。
どう言い繕っても、実力不足。
それが怖いのだ。
「……僕は、確かに有馬先輩の言いたいことも分かりますけどね」
「でしょ?」
待ってましたと言わんばかりに、かなが振り返った。
ルビーは「えー!」と不満そうな声を上げる。
「どーしてレイまで否定するのー! 応援、してくれないの!?」
「違う違う、そんな事ないし、応援だって全力でするし、ルビーが間違ってるって意味じゃないよ」
レイは宥めるように手を振った。
「アイ母さん本人から認めてもらってる。それは間違いなく凄いことだし、自信を持っていいと思う」
「でしょ!」
「でも、凄いからこそ怖いっていうのも、分かるんだよ」
「むぅ……」
ルビーには、いまいち理解できないらしい。
レイは少しだけ考えて。
「例えば……アイ母さん本人から『この子たちが新しいB小町です! よろしくね!』なんて大々的に紹介されたらどうします?」
「死ぬわ」
「即答ですね」
「胃に穴開いて死ぬわ」
「二回も言わなくていいです。と、言うより先輩メンタルそんなに弱くないでしょ」
「……私だって色々あんのよ」
想像しただけで嫌なのか、かなは自分の腹を押さえた。
「こほん。それくらいプレッシャーがかかって大変だーって事を先輩は言ってるんだよ」
「そうかなー?」
「綺麗に言葉でまとめたらね。後三割くらいはネガティブで埋めれるわ」
期待され、その期待が裏切ってしまったなら、それが怖くて仕方がない。経験者は語る、とはよく言ったものだ。
「……でも、それを踏まえても、僕は別にいいと思いますけどね。つまりコネでも」
「は?」
あまりにもあっさりと言われて、かなが瞬きをした。
「いや、あんた今、散々言われるって、プレッシャーって――」
「言われるとは思います。でも、それと使っちゃいけないかは別でしょう?」
レイは何でもないことのように続ける。
「この世界。上に行きたいなら、使えるものは使えばいいと思います。名前でも、人脈でも、運でも。せっかく目の前にあるのに、これは自分の力じゃないからって捨てる方が勿体ないですよ。運だって実力の内です」
「…………」
「ただ」
レイはそこで一度だけ言葉を切った。
「それにあぐらをかいたら、駄目だと思いますけど」
かなの目が、僅かに細くなる。
「コネで舞台に立ったって言われるなら、立てばいいんです。その代わり――」
レイは笑った。
笑ったまま続ける。そして、その目は信頼に満ちているようにも思えた。
「終わったあとに、コネだけじゃなかった。凄かったって、皆に思わせればいいんです」
ほんの一瞬。
かなが言葉を失った。
「……随分簡単に言うわね、あんた」
「簡単だって、言うつもりはないですよ?」
「でしょうね。説得力あり過ぎるわ。……レイをみてたら」
かなは苦笑する。そして、レイも拳をギュッと握って前へ突き出す。
「だから、頑張るんじゃないですか。折角挑戦できるんです。全力でぶつかれば良いと思いますよ」
それだけ。
レイは、それ以上何も言わなかった。
「レイたん、ってばほんと凄いよね〜。今ガチの時を考えたら、騙されたーって気分」
「あははは……。騙すなんて人聞き悪いですよ?」
「でもでもー、まだタレントなりたてほやほやの、初スタート! って言っておいて、実は人気ピアノ系YouTuberひかるんで、更に大型コラボ案件パーフェクトで終わらせてきて………ねえ?」
擬態していた、と言われても不思議じゃないくらいには、レイは凄いのだ。そして、そんな凄いレイからの言葉だから、心に深く刺さるのだ。
「そっ! レイは凄いの! メムちゃんわかってくれてるねーー!」
そんな時だった。
入り口が、ばん! と勢いよく開き誰かが入ってきたのは。
「――――というわけで!」
聞き慣れた声。
あまりにも聞き慣れた声。
そして、何故か妙に自信満々な声だった。
突然開け放たれた扉へ、室内にいた全員の視線が集まる。
「今日から私が、特別講師として、新生B小町をバシバシ鍛えてあげまーす!」
そこに立っていたのは。帽子を深めに被り、大きめのサングラスを掛けた一人の女性。
普段ステージに立つ時の華やかな衣装とはまるで違う。 動きやすそうなパンツスタイルに、軽く羽織ったジャケット。 どことなく業界人然とした格好で、腕まで組んでいる。
もしも知らない人間が見れば、敏腕プロデューサーか、あるいは新人アイドルを発掘しに来た関係者か。
そんな雰囲気すら漂わせている。
――ただし。
その正体を、この場にいる全員が知っていた。
「…………アイ母さん? 何その格好?」
レイが瞬きをする。
何をしているのだろう。
いや、ここにいること自体は別におかしくない。 同じ苺プロなのだから、顔を出すことくらいある。
「そっ! レイは凄いの!」
「……どこから聞いてたの?」
「んー? そこそこ?」
「そこそこって……」
「レイが良いこと言ってるなーってところから!」
「結構前から聞いてるじゃん……」
だったら普通に入ってくればいいのに。
何故わざわざ扉の前で待機して、登場するタイミングを計っていたのだろう。そんなレイの疑問などお構いなし。アイはずかずかと室内へ入ってくると、何故か得意げに胸を張った。
「それにね! レイの言う通り! 使えるものは使った方がいいの! チャンスはチャンスなんだから!」
「アイさん……」
「というわけで、JIF頑張ろー!」
「わーーーい!」
「いえーい!」
アイが拳を上げる。
ルビーも上げる。
そして何故かMEMちょまで勢いに流されて拳を上げた。
かなだけが、その光景を半眼で見ていた。
「……アイさん」
「ん?」
「レイも聞いてましたが、その格好はなんなんですか?」
「プロデューサー!」
「いや、アイさんは、プロデューサーじゃないですよね? 志望でもないですよね?」
「今日からなるの!」
「なれるものなんですか!? そんな今日からアイドル始めました、みたいなノリで!」
かなは敬語ではある。
敬語ではあるのだが、ツッコミの勢いまでは遠慮してくれないらしい。アイは一瞬きょとんとして。
すぐに、にぱっと笑った。
「だいじょーぶ! 私、アイドルのことなら詳しいから!」
「そりゃそうでしょうけど!!」
何せ、アイドルは元だが、タレントとしても現在進行形でその頂点にいる人間である。
詳しいどころの話ではない。
アイドルとして売れること。
ステージで人を魅了すること。
観客の視線を奪うこと。
カメラの向こうへ笑顔を届けること。
そういった意味では、この場にいる誰よりも遥かに多くを知っている。
だから、教わること自体は願ってもない話だ。願ってもないのだが。
「私が直々に、歌って踊れるスーパーアイドルにしてあげる!」
テンションが高過ぎて空回りするのでは?と思ってしまう。
「わたしも! 歌って踊るよー!」
「ルビーはまず歌からかなぁ」
アイの指摘という名の言葉の刃が、ルビーの身体を貫いた。
「だってルビーはまだまだ、音外すもんね?」
「む、むーー最近は前より良くなったもん!」
「うんうん。だからもっと上手くなろ?」
「うぅ……正論……」
「なんだろ。凄い……。アイさんがアイドル指導してる……」
MEMちょが妙な感動に包まれていた。
元々アイドルを目指していた彼女からすれば、それも無理のない話だった。
「…………」
そんな三人とアイのやり取りを眺めながらレイは、ほんの僅かに目を細めた。
先ほどまで胸の奥に引っかかっていたもの、強引に飲み込んだものを、脳裏で思い返す。
JIF。
新生B小町の記念すべき初ライブが、日本最大級のアイドルフェス。
苺プロにはアイがいる。
かつて一世を風靡したB小町の名を継ぐ新グループというだけでも、話題性は充分にあるだろう。
だから、偶然。
あるいは、単純に事務所として売り込んだ結果。
そう考えることだってできる。できるのだが、念のために、確認は必要だろう。
「……あの、アイ母さん」
「んー?」
ルビーの歌唱指導について何やら楽しそうに語っていたアイが、こちらを振り返る。
レイは少しだけ迷ってから、なるべく何でもないことのように尋ねた。
「ひょっとして……今回のJIFって、アイ母さんがねじ込んだの?」
「うん!」
即答だった。
「…………」
あまりにも早い。予想は出来ていたけど、本当にさらっと返ってきた。レイが瞬きをする。
するとアイは、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
サングラスを僅かに下げる。
その向こうから覗いた瞳と共に――。
「もちろん!」
きらん☆
そんな擬音が見えそうなほど綺麗なウインクが飛んできた。
「新生B小町! 記念すべきデビューだよ? だったら最高の舞台を用意してあげないとね!」
「最高の舞台って……」
「だってB小町だよ? この私がいたB小町! その名前を継いでくれるんだから! とーぜん!」
かなが額へ手を当てる。余計なことを、と考えれば良いのか、レイの言うように、誰もがつかむことが出来ないチャンスを与えてくれた事を感謝すべきか。
間違いなく良いことだと思うのに、こんなに悩んでしまうのも珍しい、とぼやく。
そして、アイは帽子のつばを指先でくいっと持ち上げ、完全にその気になっていた状態で腰に手を当てて胸を張る。
「さーさー! JIFは来月! 歌にダンスに、ステージ上での見せ方! 視線の送り方! ファンサ! カメラに抜かれた時の表情! 全部バシバシ教えてあげるねー!」
「「おおーっ!」」
「お、おー」
さあ、これから始まりだ、と声を上げる4人だったが…それはすぐに遮れる事となる。
「――アイ」
ぴたりと、止まった。
それまで威勢よく動いていたアイの身体がまるで停止ボタンでも押されたように、完全に静止する。
「…………」
レイが瞬きをした。
ルビーもかなもMEMちょも。
声が聞こえてきた方向を見る。
開いたままだった扉。いつの間にいたのか、一人の女性が立っていた。
「ミヤコ母さん、おつかれさまですー」
ミヤコだった。
レイは笑顔で返し、そしてそれに軽く応えたあと腕を組み笑っているミヤコ。一応笑っては、いるが、それはウソで覆い被せたかのように感じられる。
「アイ」
「…………はい」
「何してるの?」
「…………後輩の育成?」
「あなた、今日まだ仕事残ってる筈よね? 少なくとも今日一日。と、言うかあっちのスタジオにいる筈なんだけど、なんで
「…………」
アイが目を逸らした。
「…………サクッと終わらせられたよ?」
「そんなわけないでしょーが! 早く戻るわよ!」
「あーん! ミヤコさん、かんべんしてーー」
そのままアイは連行され、目を丸くさせる面々だったが、気を取り直して練習に励むのだった。