認めない子 作:アイらゔU
そのままアイはミヤコに腕を掴まれ、半ば引き摺られるようにレッスン場から連行されていった。
最後まで『せめて一曲だけー!』『振り付けだけでもー!』などと抵抗する声が廊下の向こうから聞こえていたが、それも徐々に小さくなっていき。
やがて、完全に聞こえなくなった。
「「「…………」」」
残された四人。
ルビーは笑っていたが、レイは呆れていた。それ以外の二人は疲れたような顔をしていた。
開け放たれたままの扉。
その向こう。ほんの少し前までアイが立っていた場所を、揃って見つめている。
まるで猛烈な勢いで通り過ぎていった何かの残骸でも確認するかのように。
「……嵐みたいな人だったねぇ」
ぽつり。
最初に口を開いたのはMEMちょだった。
アイドルとして、芸能人として、アイという存在を知らないはずがない。
むしろ芸能界に身を置く者ならば、知らない方が難しいくらいの存在だ。そして大ファンでもある。
テレビの中。
ステージの上。
雑誌の表紙。
そういう場所で見ている分には、圧倒的なカリスマ性を持つトップスター。
実際に会ってみても、その輝きが偽物ではないことは嫌というほど分かる。分からされた。
でも、もう一歩、更にもう一歩近づいてみると……。見えてくるものもある。
「嵐っていうか最早天災ね、あれ」
かなが半眼になりながら、ばっさりと切り捨てた。
敬意がないわけではない。
むしろ同じ芸能界に長くいるからこそ、アイの凄まじさは理解している。
理解しているからこそ。
あのテンションのまま突然現れて。
勝手に特別講師を名乗り。
これから鍛えると宣言し。
挙げ句の果てには本来いるはずの仕事場から抜け出してきたことが発覚し、そのまま社長に連行されていく。
本来ならばダメなところだが……何故か、アイだから許される。みたいなルールが出来てるように見えてならない。
近づけば近づくほどに、いろんな意味で規格外だと思わされる。
それを目の前で見せられれば、他にどう表現すれば良いのか分からないのだ。
かなは、そこそこ勉強もしているのだが、語彙力がどこかへ行ってしまって戻ってこない。
「そうかなぁ?」
対して。
ルビーは心底不思議そうに首を傾げていた。
「……そうかなぁ?」
MEMちょが同じ言葉を返す。
ただし、その声音はルビーとは全く違う。
「うんうん。MEMちょも思うよね? いつも通りだよね!」
「あ、いや、そうかなぁ? ってそういう意味で言った訳じゃなくてね……?」
ルビーの言葉に真意を乗せようと思ったが、伝わりそうにないので止めた。MEMちょだった。
まだ。ルビーの域に行けるほどには付き合いが浅すぎるから。
かなもまた、凄い顔でルビーを見ている。
でもルビーにとっては本当に、今更驚くほどのことではないのだ。
アイが突然何かを思いつく。
勢いのまま行動する。
周囲を巻き込む。
そしてミヤコに怒られる。
それは珍しい光景でもなんでもなかった。
「うん、いつも通りだね」
レイも普通に頷いた。深く頷いた。心労の数だけ、身に染みているからだ。世界一の母を持つと気苦労に堪えない。
「いやアンタもかい!」
思わずかなのツッコミが飛んだ。
「えっ?」
どうしてツッコまれたのか分からず、レイが目を丸くした。
「いや、だって……理由はアイ母さんだから、で事足りるかな? って」
「あー、いや、はいはい。ごめん。思わず言っちゃっただけで、他意はないわ。ノリツッコミみたいなもんよ。忘れて忘れて」
「???」
かなは、呆れながらもゆっくりとルビーを見る。MEMちょに『いつも通りいつも通り♪』と連呼しているところをみて、再び大きくため息を吐く。本当に苺プロで上手く行けるのか? と今更ながら不安感が出てきた。
「それにしても……」
かなは改めて、アイが消えていった扉を見る。
「本当にあの人、仕事抜け出してきたのね……」
先ほどは頭の中で完遂した事だが、改めて口にすると、とんでもない、と思う。
信じられない。
いや、本人があれほど堂々としていたから、一瞬本当に仕事が終わったのかと思ったのだ。
それが蓋を開けてみれば、まだ残っている。
しかも今日一日向こうにいる予定だったらしい。
「私たちのために来てくれたんだよ! それに、なんだかんだ現場が問題ない程度には片付けてきてる、って思うかなー?? ミヤコさんが神経質なだけ!」
「………ほんとにぃ?」
「その辺はどう思うわけ? 息子くん」
かなは、レイの方を見る。
レイは少し、ほんの少しだけ考えて、苦々しい顔をしつつ、答えた。
「まあ、アイ母さんは破天荒だしけど……無責任な人ってわけじゃないから」
それが答えだった。
その答えだけで、取り敢えず納得するようにしたかな、そしてMEMちょも。
なんだか、ルビーは納得いかない! みたいな顔をしていたが、一先ず二人はスルー。
それに、ルビーが言っていたこと。アイが来てくれた理由。
それはかなとしても、その点は嬉しくないわけではない。
あのアイが。
かつてのB小町の絶対的センターだった人間が、自分たちのために直接指導しようとしてくれていたのだ。
普通なら金を払っても得られない経験だ。
ただ────。
「現場に迷惑かけないようにして欲しいわ。ましてや、理由が私達ってなると、いたたまれない」
もっともな話だった。少し抜けても問題ない程度にはしていたとしても。
「まぁまぁ、また来てくれるんじゃない、って事で、期待に応えれるようにがんばろー、って事だよ、かなちゃん」
「はいはい〜」
MEMちょが笑う。そして、かなはかるーく拳を上げた。
たった一瞬かもしれないが、アイは相当な燃料を、この新生B小町に撒いてくれた様だった。それが大火に変わるか否かは、彼女たち次第だろう。
「――あ」
そこで。
MEMちょが何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。アイさんで全部吹っ飛んでたけど、私たち大事な話してたじゃん!」
その言葉にルビーも『あっ』と声を上げる。
ただ、かなだけが、露骨に嫌そうな顔をした。
「……忘れたままで良かったのに」
「駄目だよ!」
即座にルビーが食いついた。
「すっごく大事なことなんだから!」
ぐいっ、とかなへ身体を寄せる。
かなは僅かに身体を引いた。
「……いや、何でよ?」
分かっている。
何の話をしていたのかなど、当然覚えている。
アイが乱入してくる直前までJIFへ向けて、新生B小町として避けては通れない(主にルビーとMEMちょが)問題を話していたのだから。
「センター!」
ルビーが言った。高らかに言った。
「誰がB小町のセンターやるか!?」
びしっ。
人差し指を天井へ向ける。
それを聞いたレイもやや蚊帳の外感だったが、『ああ』と納得した。
確かに重要な話だ。
三人組のアイドルグループ。
それも、かつて一世を風靡したB小町の名を継ぐ新生B小町。
JIFという大舞台へ立つことまで決まった。
ならば、誰がその真ん中に立つのか。
それを決めなければならない。
「センター……」
レイは改めて三人を見る。
ルビー。
MEMちょ。
かな。
誰が立つにしても、それぞれ違った魅力があるように思える。どこに出しても負けない容姿と素質を持ってると信じて疑ってない。きっとどのグループよりも輝くと。
ただ、身内贔屓な面は否めない。それにレイ自身はアイドルについて専門的な知識があるわけではないので、信じるしか出来ないのだが、少なくともアイを幼い頃からずっと見てきた。
「やっぱりセンターって、一番重要だよね。因みにどこまで話をしたの?」
純粋な疑問として尋ねる。
答えたのはMEMちょだった。
「そりゃ重要だよー。グループの顔だからね! で、まだ決まってません!!」
「そうなのです!」
ルビーが大きく頷いた。そして、そのまま、すっとかなを見る。
MEMちょも見る。
レイも自然と視線を向ける。
「…………」
皆の視線を一身に浴び、そしてかなの眉が動いた。
「何よ?」
三人分の視線が集まっている。
「いーや?」
ルビーがにっこり笑う。
「だからなんで私を見るのよ」
かなの声には、警戒心がはっきりと滲んでいた。
ルビーもMEMちょもセンターをやりたがっている。それは少し前のあのわざとらしい会話で確認済みだ。加えてかな自身は早々に候補から降りる意思を示している。ならば普通に考えれば、自分へ視線が集まる理由などないはずだった。
──にもかかわらず。
ルビーはにこにこと笑ったまま。 MEMちょも何やら面白そうなものを思いついたような顔をしている。 そしてレイまで、二人につられる形ではあるものの、こちらを見ていた。
どう考えても嫌な流れだった。
「いやー、だってさ」
ルビーが妙に勿体ぶりながら、人差し指を左右へ揺らす。
「かな先輩は『私はセンターやらない』って言ってたけど、それってあくまで自分で決めただけでしょ?」
「そうだけど?」
過去の黒歴史を振り返るようで嫌だが、かなは自身の下手さを理解している。センターという舞台の中心で高らかに歌い上げる自分を想像できなかった。勿論それ以外も理由はあるが────。
「だったら、第三者の意見も聞いてみた方がいいじゃん!」
「何でよ」
「公平だから!」
「何がよ!」
ルビーの話が全く見えないし入ってこない。
かなが眉間に皺を寄せる一方で、MEMちょは『あ〜!』と声を上げた。
「なるほどね! ルビーはレイたんにも判定してもらおう、もらいたいって言いたいんだ?」
「そうそう!」
ぱんっ、とルビーとMEMちょが軽く手を合わせた。
完全に意気投合している。
かなはその光景を見ただけで、さらに嫌そうな顔になった。
「待ちなさい。何その勝手に始まった審査会」
「いいじゃんいいじゃん。せっかくレイお兄ちゃんが来たんだし!」
ルビーが今度はレイへ向き直る。
頭にいくつも【??】を浮かばせているであろうレイは目を白黒させていた。
「ねーねーレイお兄ちゃんから見て、私たち三人の中で誰が一番センター向きか、聞いてみたいんだ!」
「え?」
突然話の中心へ放り込まれたレイが、自分の胸元を指差した。
「僕?」
「うん!」
「レイたん!」
「なんで僕……?」
レイは困惑しながら、改めて三人を見る。
いや、先ほどもセンターについて考えてはいた。誰が相応しいのかという話題なのだから、自然と三人を見比べるくらいはする。
しかし、それと自分が実際に選ぶのとでは話が違う。
そもそも。
「僕、歌はそこまで得意じゃないんだけど……?」
「でも音楽やってるじゃん!」
「音楽って全部括っちゃうのは、ちょーっと範囲が大き過ぎると思うんだ」
思わず即座にツッコミが出た。
「僕はピアノだよ? 歌じゃないし、踊らないし、ぴえヨンブートキャンプしたくらい。アイドルのセンター決めるのとは全然違うと思うんだけど」
「でも音楽系としてはこれ以上なくない?」
ルビーは全く引かなかった。
むしろ当然のことを言っているような顔で胸を張る。
「あれだけ人集められるし、魅せちゃってるし、ステージ経験もあるし、審査員として申し分なし! って思っちゃっても不思議じゃなくない??」
「それは……まあ、多少は?」
「ほらー!」
何が「ほら」なのか分からない。
レイは僅かに肩を落とした。
MEMちょまで加勢してくる。
「カメラにどう映るかとか、その人がどう見えるかとか。そういうの、普通の高校生より絶対分かってるよネー」
「いや、僕の場合は演出とか空気とか、その辺を考えてただけで……」
「十分じゃん」
「十分なのかなぁ……」
本人だけが納得していない。
しかし、二人の中では既にレイを審査役に据えることは決定事項らしい。
そして。
当然その審査対象には。
「で、かなちゃんも入れて三人ね!」
「だからなんでよ」
かなの声が一段高くなった。
「あんたら二人ともセンターやりたいって言ってたでしょうが! 私パスって言ったわよね? 何で他人に聞くってなった途端、しれっと候補に戻してんのよ!」
「だって公平に見てもらわないと意味ないじゃん」
「公平の使い方間違ってない!?」
「でもでも、かなちゃんが向いてる可能性もあるしー、テレビ慣れって意味では文句なしの1番だし?」
「だから私はやらないやりたくないって言ってんのに」
かなは完全に面倒そうな顔をしていた。
本人の中では既に終わった話なのだ。
センターはルビーかMEMちょ。
二人ともやりたい。
なら二人で話し合えばいい。
それで済むはずなのに、何故わざわざ自分まで引き戻されなければならないのか。
「はぁ……もーメンドイ」
心底から出た言葉だった。
腕を組み、そのまま顔を逸らす。
「もう一度言うわよ? 私はいいから。二人で好きな方決めなさいよ」
「「えー」」
「えー、じゃない」
「でも気になるじゃん」
「何がよ?」
「ほら、レイお兄ちゃんから見て誰が一番センターっぽいか! とか」
ルビーは妙に楽しそうだった。
自分が選ばれるかもしれない。
MEMちょが選ばれるかもしれない。
あるいは、かなが選ばれるかもしれない。
その結果そのものを楽しんでいるようにも見える。
一方でMEMちょも。
「まあ、それは確かに聞いてみたいかも。自分たちだけで『私が私が』って言ってても決まらないしね」
「アンタまで……」
かなが額へ手を当てる。
「それに、レイたんってアイさんのことずっと見てきたんでしょ?」
その一言に、レイが少しだけ瞬きをした。
「元祖B小町の絶対的センター! アイ!!」
MEMちょが指を一本立てる。
「アイさんがどうやって真ん中に立ってたのか。何がすごかったのか。どうしてあんなに目を引いたのか。多分、私たちよりずっと近くで見てきてるよね?」
「それは……まあ、そうですね」
そこだけは否定できなかった。
ステージの上のアイ。
テレビの中のアイ。
ライブ映像のアイ。
そして家へ戻ってきたあとのアイ。
誰よりも近くで、その全部を見てきた。仕事としてではない。家族として。ファンとして。アクアとルビーそしてレイ自身。間違いなく見続けている。この場合、ルビーは選択肢側だから除外となる。
「だったらさ」
ルビーが少しだけ身を乗り出した。
「そのアイをずっと見てきたレイお兄ちゃんから見て、私たちの中で誰が一番センター向きなのかなーって!」
無邪気な問いだった。
ただ。少しだけ。レイの中でその言葉の意味が変わった。
誰が一番歌が上手いか。
誰が一番ダンスが上手いか。
誰が一番可愛いか。
それだけではない。
センターに、そこに立った瞬間。自然と視線が集まる人間。アイがそうだった。歌が誰よりも上手かったからだけではない。ダンスが誰よりも完璧だったからだけでもない。
何か一つの技能だけで、あそこまで人の目を奪っていたわけではない。
言葉にしづらい。
それでも確かにあった。
真ん中に立つだけで、そこが中心になるような何かが。
「…………あくまで、参考までってことにしてよ? 決定にしないでね?」
「うんうん! 勿論だよ!」
保険をつけたうえで、レイは無意識に、もう一度三人を見る。
ルビー。
MEMちょ。
かな。
今度は先ほどまでとは、少し違う目になった。
「お?」
MEMちょが、その変化に気づいた。
「レイたん、急に審査員っぽい顔になった」
腕を組み、様々なシチュエーションを頭の中で構築する。
正直甲乙つけがたいのは事実。身内贔屓で言えばルビーとなるかもだが、MEMちょは勿論、かなの事も極めて高い評価だと自分の中では結論付いている。
その上で、しっかりと考えて──────
「うん。やっぱり、歌が上手な人がセンター、かな?」
「めっちゃ普通な答えだった!」
「拍子抜けたー!」
「レイふつーすぎー!」
非難轟々である。
「だって決められないよ! そんなの!」
でも、レイにも理由がある、と声を大きくして反論した。
「三人とも良いところ全然違うし! ルビーは華があるし、メムさんは経験もあるし、有馬先輩だって人前に立つことに関しては誰より慣れてるし、優れてるでしょ!? それを僕に一人選べって言われても困るから」
3人共に褒めるからからか、悪い気はしないようだが、それはそれ、である。
「だからって歌が上手い人って一番分かりやすいじゃん」
「あ! さては、レイたん逃げたなー? 選択から逃げるのは良くないゾー」
「逃げてないですー! すごーく真面目に考えた結果ですー!」
わーわーわー、と言い合ってる最中、かなはとある事に気付いた。
先ほどから微かに、何かが震えるような音が聞こえている。
最初は気のせいかと思った。けれど一度意識を向けてみれば、それは一定の間隔で繰り返されていて、その出所もすぐに分かった。
「……ねえレイ」
「逃げてないって――はい?」
「あんた、スマホ鳴ってない?」
「え?」
言われて初めて気付いたらしい。
レイが自分のポケットへ手を当てると、確かに振動が伝わってきた。慌ててスマートフォンを取り出し、その画面へ視線を落とす。
「……あ」
表示されている名前を見た瞬間、先ほどまで三人相手に必死で抗議していたレイの表情が僅かに変わった。
驚いた、というほどではない。 ただ、無視して後回しにするような相手でもないらしい。
「ごめん。ちょっと電話出てくるね」
「あっ」
「え?」
「ちょ、レイお兄ちゃん!?」
三人が何かを言うより早く、レイはスマートフォンを手に扉へ向かう。
「センターの話は三人で続けてて! 僕の意見は言ったから!」
「あーーっ! 逃げた!」
「だから逃げてないですーって! 有馬先輩! あとお願いします!」
「なーんで私なのよ……」
最後にそれだけ言い返し、レイはレッスン場から出ていったのだった。
レイの背中を見送ったあと、改めて向き直った。
「……で?」
「結局、審査員いなくなっちゃったし、センターどうする?」
「とりあえず歌だね!」
「よっしゃ、カラオケの点数高いほうがセンター! ってことで!」
「私パス」
と、盛り上がりを見せていたのだが、やはりかなだけは本日何度目になるのか、難色を示すのだった。