シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第十話 新しい居場所

  ☆

 

 

 

 

 ユウがクリスに攫われて数日がたった頃。

 

「………………はい、取れたよ!」

 

 クリスの体に巻かれた最後の包帯を解く。

 包帯の下にあった痛々しい傷は、瘡蓋で覆われて見事に塞がっており、元々の彼女の肌が写し出されていた。

 

「うん、これなら傷も残らなそう」

 

 傷が残らないか心配していたユウは、嬉しそうに腕を見つめる。

 

「み、見過ぎだっての……」

 

 真剣な眼差しで身体中を見つめられ、恥ずかしさからか、クリスはリンゴのように顔を赤くしている。

 

「でも良かった。クリスお姉ちゃん綺麗なお肌してるのに、ケガが残ったら勿体無いもん!」

 

(お前に言われてもな……)

 

 自分以上に玉の肌を持つユウに言われ、クリスは嬉しいような悔しいような複雑な心境だった。

 ユウの足の傷も綺麗になくなっており、二人ともようやくこれで全快である。

 

「あのね、ぼくお姉ちゃんが良くなったら、お願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「うん。行きたいところがあるんだけど、良い?」

 

「ダメに決まってるだろ!!」

 

 つい声を荒げてしまう。

 この数日フィーネからの襲撃は無いが、まだ油断できる状況では無い。フィーネの執念深さを知っているクリスが外出の許可を出すわけがなかった。

 

「悪い奴がお前を狙ってるって言ったよな?! 今外に出るのは危険なんだよ!」

 

「それは分かってるけどお願い! 会いたい人が居るの」

 

 ユウなら分かってくれると思い、フィーネに狙われている事を説明した。

 しかし物分かりの良いユウにしては珍しく食い下がり、両手を合わせておねだりをしている。

 

「…………なんだよ。そんなに、アタシの側に居たくないのかよ?」

 

「えっ?」

 

「アイツらの所に帰りたいんだろ?」

 

 クリスの声が弱々しいものに変わる。

 ユウがここまでして会いたい人物、クリスには二人しか覚えがなく、自分の元から去ってしまうと思うと年甲斐も無く拗ねたような声を出してしまう。

 

「んーん、違うよ。もちろん翼お姉ちゃんや響お姉ちゃん達に会いたけど、帰りたいとは思わないよ。だってここもぼくの居場所だもん。だから()()()()なんて思わないよ?」

 

「じゃあ何でだよ……?」

 

「あのね、ぼくが会いたいのは“お母さん”なの」

 

「あっ……!」

 

 クリスは初めて会った日に聞いた話を思い出す。

 ユウの母親は病気の為、現在は病院で入院していると言う話だ。

 

「しばらく会えてないから。その、お話ししたくて……」

 

 今度はユウの声が弱々しくなる。

 しっかりしているから忘れてしまいそうになるが、ユウもたった十歳の子供なのだ。病気で普段会えない母親に会いたくなっても仕方がなかった。

 

(ママ、か……)

 

 そんなユウの姿にクリスは幼き頃の自分の姿を重ねる。

 クリスの両親も、彼女が幼き頃に亡くなっている。だから母親に会えない苦しみや寂しさがよく分かった。

 

「よし分かった! そう言う事なら外に出してやるよ」

 

「本当!?」

 

「ああ。けど一人じゃ駄目だ。アタシの側を離れないって約束できるならな?」

 

「うん! ありがとう、クリスお姉ちゃん大好きっ!」

 

「ブフッ!?……きゅ、急に抱きてゅくにゃよな……」

 

 ユウは喜びのあまり勢いよく抱きつく。抱きつかれたクリスは、やって来る少年の感触に溢れ出しそうになる鼻血を押さえた。

 

「……ズズッ! と、とは言っても、このまま出て行ったら、すぐにアイツに見つかっちまうだろうな」

 

「うーん。じゃあどうしようかな?」

 

「任せな。アタシに良い考えがある」

 

 

 

  ☆

 

 

 

「よし、これなら完璧だろ!」

 

「お姉ちゃん、なに? この格好……」

 

 隠れ家を後にした二人は今、帽子にサングラスにマスク、その上春にも関わらず首元にマフラーを巻いている格好。

 

「何って変装に決まってんだろ? こうしてれば見つかる事もない筈だ!」

 

「…………余計目立ちそうな気がするけど」

 

 ユウの言う通り、怪しさ抜群の格好をしている二人を周りの通行人がジロジロと見ている。

 

「気のせいだっての。ほら行くぞ」

 

「はーい」

 

 しかし変装に絶対の自信があるのか、テンションの上がっているクリスにユウは何も言えなくなった。

 

 

  ☆

 

 

「お母さん!」

 

 病室の扉を開いた瞬間、愛する母親の姿を確認したユウは嬉しそうに駆け寄る。その表情は、普段のしっかりとしたものではなく、年相応の親に甘える子の顔だった。

 

「あらユウ。久しぶりね。……どうしたのその格好?」

 

「え? えっと……い、いめちぇん……だよ?」

 

 ”危ない人に狙われているから変装している”

 そんな事を言ってしまっては、間違いなく心配をかけしてしまう。それにもし病弱な母親の体に障ったら、と思ったユウはつい誤魔化してしまった。

 

「あらあら、そうなの? ユウは何でも似合うから、可愛いわよ」

 

「えへへ! ありがとうお母さん」

 

 特に疑った様子のない茜に撫でてもらい、ユウは気持ちよさそうに目を細めていた。

 

(うっわぁ、すっげぇ美人……)

 

 ユウをそのまま大人にしたような女性。一児の母とは思えない童顔に、似ていながらもユウにはない大人の色気や儚さを感じさせる雰囲気。

 そんな本の世界から出てきたような絶世の美女に、クリスは言葉を失ってしまっていた。

 

「あら? そちらは?」

 

「あ、ええと……」

 

 不意に此方に声をかけられ、クリスはついどもってしまう。

 

「クリスお姉ちゃんって言って、ぼくを助けてくれたんだ! ほら、こことここ、怪我してたのを手当してくれたの」

 

 言葉に詰まってしまったクリスの代わりに、ユウが彼女の紹介をする。

 

「まぁそうだったの。ウチの子がお世話になったみたいで、ありがとうね」

 

「あ、いや……」

 

 ユウと瓜二つの柔らかい笑顔でお礼を言われ、クリスは気不味そうに目を逸らしてしまう。実際自分はユウを誘拐していて、お礼など言われるような立場ではないからだ。

 

「ねぇねぇお母さん。髪といて?」

 

「ええ、いらっしゃい」

 

「わーい!」

 

 ユウは嬉しそうに茜の隣に腰掛け帽子とリボンを取る。変装の為にお団子の形で結んでいた黒髪がふわりと垂れた。

 

「やっぱり綺麗な髪ね。こうやってユウの髪をとくの好きよ」

 

「えへへ、ぼくも!」

 

(………………ふふっ!)

 

 母と子の微笑ましい光景に、幼き頃の自分を思い出していた。

 それを壁にもたれながら見つめていたクリス、の顔にも笑みが溢れる。しかしそれと同時に妙な虚しさが彼女の胸の奥に宿っていた。

 

「ねぇ、良かったらクリスちゃんもやってみる?」

 

「えっ?! あ、アタシが、か?」

 

 茜の言葉に、クリスは肩を跳ねさせる。

 二人の穏やかな光景を、まるで羨むように見つめていた自分に声がかかったことが、どこか信じられなかった。

 

「いやでも、アタシ不器用だし、やり方もよく分からねぇし……」

 

 普段なら威勢よく反論する彼女の声が、珍しくしぼんでいる。

 だが、そんなクリスに茜は優しく微笑みながら、ポンポンとユウの隣を叩いて見せた。

 

「じゃあ教えてあげるわ。ほら、こっちに来て?」

 

「い、いいのかよ……?」

 

「うん! やってやって、お姉ちゃん!」

 

 ユウまでが笑顔で頷いてくれる。

 その純粋な好意に背中を押されて、クリスはゆっくりとベッドの端に腰を下ろした。

 

「まずはね、こうやって櫛を持ってぇ……」

 

 茜がクリスの手元を優しく導く。

 力んで握っていた指を解き、人差し指を背に添えて親指を縁に、残りの指で柄を軽く包むように持たせる。

 

「力を入れずに、ゆっくり優しく。上から下に。最初は毛先からね?」

 

 指示通りに手を動かす。

 最初の一撫で、ぎこちなくて、櫛が軽くユウの髪を引っ張った。

 

「っ……ご、ごめん!」

 

 すぐに謝ると、ユウは「だいじょうぶだよ〜」と笑って首をすくめる。

 それを見て、クリスも力を抜き、もう一度――今度は優しく、撫でるように。

 

「……ふみゅ〜……気持ちいい……」

 

 ユウの体からすっと力が抜けるのが伝わった。

 クリスは何度も櫛を滑らせながら、その手の感触にじわりと満たされていった。

 

「あらあら〜。上手いじゃない、クリスちゃん」

 

「そ、そうか?」

 

「うん! お姉ちゃんにといてもらうの好きっ!」

 

 ユウの声に、クリスの頬がほんのりと紅に染まる。

 嬉しさに口元がゆるんでいくのを、隠す気もなかった。

 

「じゃあ今度は、ぼくがといてあげるね?」

 

「えっ!? い、いいっての! アタシはお前みたいに綺麗な髪じゃねぇし……!」

 

「そんなことないわよ? 雪みたいに真っ白で、とっても素敵よ」

 

 茜がクリスの帽子をそっと外すと、ふわりと白銀の髪がこぼれる。

 その髪に茜の指先が触れると、まるで絹のような感触が伝わった。

 

「こんなに綺麗なのに、お手入れしないなんて勿体ないわよ?」

 

「そうだよ! ぼく、お姉ちゃんの髪といてあげたい!」

 

 ふたりの言葉に、クリスの耳まで真っ赤になる。

 

「う……ま、まぁ? お前がどうしてもって言うなら、触らせてやるよ」

 

「うん! どうしても!!」

 

 屈託のない笑顔を向けながら、ユウが櫛を受け取る。

 そしてそっと、クリスの背後に回ると、櫛を丁寧に彼女の髪へと下ろしていった。

 

「……へへ、こっちも気持ちいいでしょ?」

 

「っ……うるせぇ。しゃべんな、集中しろ」

 

 口ではつっけんどんに返すクリスだったが、頬の緩みは隠せない。

 不器用な彼女にとって、それは“精一杯の受け入れ”のしるしだった。

 

 

「うふふっ、こうしてみると姉弟みたいね」

 

 茜の柔らかな声に、クリスの肩がぴくりと跳ねた。

 

「そっ! そうかな……?」

 

 否定せず、むしろどこか嬉しそうに俯きながら答える。

 言葉とは裏腹に、頬の赤みがその感情を物語っていた。

 

「クリスちゃん、ご家族は?」

 

 何気ない問いかけ。

 けれどそれが、クリスの声を沈ませるには十分だった。

 

「……死んだよ。八年前にな」

 

 茜の笑顔が静かに消える。

 しまった。聞いてはいけなかった。そう思ったときには、もう遅かった。

 

「まったく……馬鹿な二人だったよ」

 

「馬鹿って……そんな言い方……」

 

「言われて当然さ! アタシの親は馬鹿な夢を持って死んだ大馬鹿野郎だっ!!」

 

 感情が噴き出した。病室の静寂を破って、クリスの怒声が響いた。

 茜も、ユウも、その激しさに思わず体をすくめる。

 

 バイオリニストの父。声楽家の母。

 二人は、歌の力で世界を救えると信じていた。

 NGOに所属し、音楽で戦地を慰問し、支援物資を運ぶ毎日。

 そんな彼らに連れられて、幼いクリスも各地を回っていた。

 

 けれど――ある日、戦火の中で、両親は爆発に巻き込まれた。

 遺されたのはクリスひとり。ゲリラに囚われ、過酷な日々を生き延びることしかできなかった。

 

「アタシは、この世界が大嫌いだ! 争いを生む大人たちも、夢見て呆気なく死んだパパとママも、全部ッ……全部……!!」

 

「クリスちゃん……」

 

 その叫びは、茜の心を痛ませた。

 こんなにも小さな少女に、どうしてそんな残酷な過去がのしかかるのか。

 

 けれど――

 

「クリスお姉ちゃんは、今もこの世界が嫌い?」

 

 その静けさを破ったのは、他でもないユウの澄んだ声だった。

 

「そ、それは……」

 

「ぼくや、お母さんのことも?」

 

「い、いや! お前らのことは……その…………」

 

「じーーーーー」

 

 目を逸らそうとしても、逃げられない。

 ユウの真っ直ぐすぎる瞳が、クリスの嘘を赦してはくれなかった。

 

「す、好きだよ……」

 

 ぽつりと呟いた声は、小さく震えていた。

 でもそれは確かな本音であり、クリス自身も驚いていた。

 いつの間にかこの二人のことが、自分の世界にとって大切な存在になっていたことに。

 

「良かった! じゃあぼく、頑張るね?」

 

「えっ?」

 

「クリスお姉ちゃんがこの世界を少しでも好きになれるように、ぼくがいっぱい頑張る! ぼくの大好きな場所とか、大好きな人たちをお姉ちゃんに会わせて、世界の良いところをいっぱい教えてあげるの!」

 

 ――嫌いなら、好きになってもらえばいい。

 世界が冷たいなら、温かいものをたくさん見せてあげればいい。

 そんな、あまりにもまっすぐすぎるユウの考えに、クリスは吹き出した。

 

「な……何だよ、それ。はははっ!」

 

 笑った。久しぶりに、心から。

 

「そうだ! じゃあお姉ちゃん、ぼくと家族になろ?」

 

「へッ?! か、かかか家族ッ!? そっ、それって……」

 

 顔が真っ赤になる。耳まで染まる。

 想像していた“家族”とは違う意味だと気づいたのは、ほんの数秒後だった。

 

「うん、ぼくがクリスお姉ちゃんの弟になる! 家族が増えればきっと楽しいよ!」

 

「あ、ああ……そういう意味か……」

 

「ふふ、いいじゃない。私、男の子と女の子、両方欲しかったのよ〜」

 

 茜がそっと後ろからクリスの背を抱きしめた。

 その優しさに、再び胸がぎゅっとなる。

 

「…………いいのかよ? アタシは……」

 

「クリスお姉ちゃん、ぼくたちと家族になるの嫌?」

 

「……嫌じゃ、ない。その……嬉しい」

 

「えへへ〜!!」

 

 ユウがクリスの腹に顔を埋める。

 茜がその背を優しく撫でる。

 

 前と後ろから包まれる温もり。

 心の空洞に、じわりと何かが染み込んでくる。

 

 ――自分にも、居場所があった。

 

 そう思えた瞬間、クリスの瞳に涙が滲んだ。

 

「ふふっ。お話してたら、喉が渇いちゃったわね? ユウ、悪いけど飲み物お願いできる?」

 

「うん!! じゃあ行ってくるね!」

 

 嬉しそうに、ぱたぱたと駆け出す背中。

 その姿を見送りながら、クリスはまだ少し熱を残した頬を手で隠した。

 

 

  ☆

 

 

「……………………良い子でしょ?」

 

 ユウが出ていった後の静けさを破ったのは、穏やかな茜の一言だった。

 

 その問いかけに、クリスは黙って頷いた。

 肯定の言葉をわざわざ口にする必要もなかった。

 

「あの子、迷惑かけてないかしら?」

 

「そんなこと、あるわけねぇよ。寧ろ……アタシの方が助けてもらってばっかだ」

 

 フィーネの裏切りで何もかもが信じられなくなっていたあの時――

 崩れかけた自分の手を、何のためらいもなく握ってくれたのは、他でもないユウだった。

 

 この人の前では、不思議と飾らずにいられる。

 それが、ユウと同じ匂いを感じさせる茜だからだと、クリスはどこかで理解していた。

 

「………………その、ごめんなさい」

 

 だからこそ、胸の奥に疼く罪悪感が、どうしても拭えなかった。

 

「どうしたの、クリスちゃん?」

 

 優しい声が、すぐに返ってくる。

 

「ユウが最近来られなかったの、アタシのせいなんだ。アタシが、勝手にアイツを連れてった」

 

 クリスは、目を逸らさず正面から言った。

 言い訳もせず、逃げもしなかった。ただ、自分の罪だけはちゃんと伝えたかった。

 

「あら、そうなの」

 

 茜はほんのひと息のように、それだけを返す。

 怒っている気配はなかった。驚いてすらいないようだった。

 

「お、驚かねぇのかよ……?」

 

 想定外の反応に、クリスは戸惑いを隠せなかった。

 

「ええ、知ってたもの」

 

「っ……!?」

 

「私の知り合いに、こういう話に詳しい人がいてね。ユウのことも、あなたのことも、少しだけ聞いていたわ」

 

(……政府の人間か?)

 

 反射的に警戒心が跳ね上がる。

 だが、茜の柔らかな表情には、一片の敵意もなかった。

 

「ふふ、大丈夫よ。私は政府の人じゃないし、その友達も今はもういないわ。……でも、貴女たちは早く帰った方がいいかもしれないわね」

 

 その微笑みに、嘘はなかった。

 クリスは、そっと息を吐くと、肩の力を抜いた。

 

「し、知ってたなら、なんでアタシを……信じてくれたんだよ……?」

 

「ユウが、笑ってたでしょう?」

 

「えっ……」

 

「あの子が楽しそうに話してたから。あなたと過ごす時間を、大事にしていたから。……それだけで、私は貴女が悪い子じゃないって思ったの」

 

「たった、それだけかよ……?」

 

「たったそれだけが、私には何よりも大事なの。私に残されたのは、あの子だけだから。……その子が笑ってくれるなら、隣に誰がいても構わないの」

 

 茜の声は優しかった。けれど、どこか切なさを帯びていた。

 

 クリスは黙ったまま、拳を握り締めた。

 ユウが、ここまで大切に想われていることが、嬉しくもあり、少しだけ――羨ましかった。

 

「でもね、クリスちゃん。……あなたのご両親も、きっと同じよ」

 

「え……?」

 

「貴女が幸せに生きることを、何よりも願っていたと思うの」

 

「そ、そんなこと……本当に思ってたのかな……? パパもママも……」

 

「ええ、絶対に。子どもが思っている以上に、親って、ずっと子どものことを考えてるものよ」

 

 “生きろ”――ユウにも言われた言葉だった。

 もし、それを両親も願っていたのだとしたら。

 

 ――この命を、大切にする価値はあるのかもしれない。

 

「…………あの子のこと、よろしくね、クリスちゃん」

 

「ああ……任せてくれ。アイツはアタシが……絶対に守る」

 

 それは、誓いの言葉だった。

 もう二度と、大切なものを失いたくなかった。

 

「ありがとう。でも、ユウのお姉ちゃんになるっていうなら……私にとっても、貴女は娘同然よ」

 

「へっ……?」

 

「私はクリスちゃんのお母さんの代わりにはなれないけど、もし寂しくなったら、いつでもここに来てくれて構わないのよ?」

 

「…………あ、ありがとう……」

 

 母のような微笑みに、胸がいっぱいになる。

 

 どこかで捨てていたつもりだった温もりが、また、自分の中に帰ってきたような気がした。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 病院を後にしたユウとクリスは、手を繋ぎながら隠れ家への帰り道を歩いていた。

 

「〜♪〜♪」

 

 久しぶりに母親と話せて上機嫌なユウは、嬉しそうに鼻歌を歌っていた。

 

「ありがとうお姉ちゃん!」

 

「ん?」

 

「ぼく、お姉ちゃんが出来て嬉しい! だから、ありがとう!!」

 

(んなの、こっちのセリフだっての……)

 

 幼少期に親を亡くし、そして拠り所としていたフィーネに裏切られ、再び孤独を味わっていた自分に居場所を作ってくれた。お礼を言いたいのはこちらの方だった。

 

「〜♪〜♪」

 

「…………♪」

 

 再び嬉しそうに鼻歌を歌うユウにつられ、クリスもまた歌を口ずさんでいた。

 

「…………?」

 

「…………な、何だよ?」

 

 その歌声が耳に入ったユウは、不思議そうにクリスの顔を覗き込んでいた。

 

「クリスお姉ちゃんのお歌初めて聴いた。何だか、すっごく優しくて綺麗な歌声だね」

 

「バッ! バカな事言ってんじゃねぇよッ!!?」

 

 ニッコリと笑顔を見せるユウに褒められ、クリスは照れ臭そうに口をつむいでしまう。

 

「どうしてやめちゃうの? せっかく綺麗な歌声なのに?」

 

「あ、アタシは歌が嫌いなんだよッ!」

 

「うーん、そうなんだ。……………………あっ! 翼お姉ちゃんだ!」

 

「何ッ!? ど、どこだッ!!?」

 

 クリスは慌てて辺りを見回した。ユウを攫う時に向けられた殺気がトラウマになっているのか、イチイバルを握る拳は僅かに震え、息も荒くなっていた。

 

「ほら、あそこ!」

 

「――っ!?……………………んだよ、テレビかよ」

 

 ユウが指差したのは、街中のビルに設置された大きなモニター。その中で過去のライブ映像と共に、様々な告知をしている翼の姿が映っていた。

 安堵するクリスとは反対に、ユウは目をキラキラと輝かせながら映像を見ていた。

 

「凄いなぁ……あっ! そういえばね、今度翼お姉ちゃんの復活ライブがあるんだ! ぼくライブって初めて行くから、すっごく楽しみなんだ!」

 

 翼の映像を嬉しそうに見ているユウの姿を見て、クリスはつまらなそうにしている。自分の歌を綺麗と言ったくせにすぐに別の女の歌声を褒めているのが気に入らなかったようだ。

 

「なあなあ! アタシの歌と、あの女の歌、どっちが好きだ?」

 

「翼お姉ちゃん!」

 

 クリスの質問にユウは即答する。

 歌声を褒めてもらえた後なら、自分を選んでくれると自信を持っていたクリスは石のように固まった。

 

「ふんッ! どうせアタシには華がないですよ〜だッ!」

 

「クリスお姉ちゃん、なんだかイライラしてる?」

 

 一瞬でも有名とアーティストと比べようとした無謀さをクリスは感じていた。

 

「だってぼく、クリスお姉ちゃんの歌、ちゃんと聴いた事無いんだもん」

 

「そ、そりゃあ……そうだけどよぉ」

 

 聞いたことがないのだから比べようがない。ユウの言う事は尤もだったが、納得し切れないクリスは口を尖らせる。

 

「ねぇ、どうしてお姉ちゃんは、歌が嫌いなの?」

 

「………………壊しちまうからだよ」

 

「壊す?」

 

 意味が分かっていないユウの聞き返しに、クリスは翼の映ったモニターを見上げた。

 まるで夢の国で踊るお姫様のような姿を、クリスは羨ましそうに見つめる。

 

「あのお姫様とは違う。アタシの歌は、壊す事しか出来ない……。そんな歌、歌いたいわけがねぇ……」

  

「そっか、じゃあやっぱりクリスお姉ちゃんは、歌が好きなんだよ」

 

「えっ?」

 

「好きだから、大好きな歌で何かを壊すのが嫌なんだよ。だってお姉ちゃんにとって歌は、お父さんとお母さんがくれた贈り物だもん!」

 

「パパとママからの、贈り物……?」

 

 いつものクリスなら強く否定するところだが、ユウの言う事は納得できた。

 クリスは自分の喉へと指を添える。

 そこにはユウの言う通り、父と母から受け継ぎし(おくりもの)が宿っていた。

 

「ユウは、寂しく無いのか? 親と離れ離れになって」

 

「うん。だってお姉ちゃん達がいるもん!」

 

「ユウ……」

 

「それにお父さんが言ってたんだ。死んじゃった人はお星様になってお空の上から、いつまでも見守ってくれるって。だからぼく寂しくないよ」

 

「空の上から?」

 

「うん。きっとクリスお姉ちゃんのお父さんとお母さんも、きっとお姉ちゃんの事を見守ってくれてるよ」

 

「パパとママが……」

 

 ユウに釣られてクリスも空を見上げる。真昼間の空には星は見えなかったが、その青空がいつもよりも大きなものに感じた。

 本当に二人が見守っていそうな空をみあげながら、ユウの言葉を頭の中で反復させていた、その時――

 

「ノイズだあああああああああぁッ!!!?」

 

「「っ!?」」

 

 絶望の悲鳴が、辺りに響いた。

 次第に喧騒が近づいて来る。まだ姿は見えないが、街の一帯にノイズが出現したようだ。程なくして辺りにノイズ出現のサイレンが鳴り響き、人々が此方へと逃げて来るのが見えた。

 

(くッ! フィーネの野郎、アタシ等が見つからないからって、いぶり出すつもりかッ!?)

 

 フィーネの性格の悪さを知っているクリスは、それが彼女からの挑発である事を瞬時に理解した。

 クリスは直ぐに懐のイチイバルに手をかけるが、その力は弱々しかった。

 

「無理しなくて良いんだよ?」

 

 そんなクリスの手をユウが引いた。

 しかもそれは、ノイズのいる方角ではなく、皆が避難しているシェルターの方角だった。

 

「お、おい!」

 

「戦う力があるからって、戦わなきゃいけないわけじゃないよ。クリスお姉ちゃんが、大好きな歌を戦いの道具にしたくないなら、無理しなくて良いと思う」

 

 ユウの言う通り、クリスの心には迷いがあった。

 

「心配しなくても、サイレンが鳴ってるって事は、響お姉ちゃん達も直ぐ来てくれる筈だよ。だからぼくたちは避難しよ?」

 

「なんで……アイツらは戦えるんだよ?」

 

 こんな捻くれた自分が歌が好きで戦えないと言うならば、もっと純粋に歌を楽しんでいるあの二人が戦う事に抵抗がないのは何故なのか?

 クリスとっては疑問だったが、ユウから帰って来た答えは至って簡単だった。

 

「それはきっと、歌が好きだからだよ」

 

「えっ?」

 

 自分とは反対。しかし帰ってきた答えはさっきと全く同じものだった。

 

「響お姉ちゃんも、翼お姉ちゃんも、歌が好きだから、大好きな歌で誰かを助けたいんだと思うよ」

 

「歌で、誰かを……」

 

 それはかつて自分の両親が目指していた道。

 大好きだから壊すために使いたくない、大好きだから守る為に使う。それは何も矛盾したことではない、ようは使いようなのだ。

 

「クリスお姉ちゃん?」

 

 不意にクリスは足を止めた。不思議に思ったユウが心配そうた彼女の方を振り向くが、それは杞憂だった。

 その瞳には確かに闘志の炎が宿っていたからだ。

 

「Killiter Ichaival tron……」

 

 クリスが身に纏うのは、その炎に負けないぐらい紅いシンフォギアだった。

 

「ありがとうなユウ。アタシは大丈夫だ!」

 

「……分かった。ぼく待ってるね」

 

 クリスの吹っ切れたような表情を見たユウは、何も言わずただ頷いた。

 クリスは手を離すと同時に、ユウへと背を向けノイズの群れへと向かった。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「くらいやがれェェェェッ!!!」

 

 火を噴いたイチイバルの弾幕が、夜の街に群がるノイズたちを一掃する。

 高所に浮遊する個体も、地上を這う個体も関係ない。広域殲滅に特化した赤いシンフォギアの前では、すべてが平等に薙ぎ払われた。

 

「アタシは此処だッ!! 関係ねぇ奴らを巻き込むんじゃねぇッ!!!」

 

 その姿は、あたかも無力だった過去の自分と決別するかのように堂々としていた。

 恐れず、躊躇わず、守るべきものの前に立ちふさがる防壁――その名は雪音クリス。

 

 鳴り響く銃声の裏で、少女の胸に、柔らかな記憶が浮かんでいた。

 

(アタシは……歌が、好きだったんだな)

 

 両親の歌が好きだった。

 一緒に旅をして、一緒に笑って、一緒に歌って……それが全てだった。

 大切な人たちが遺してくれた“声”。それが、壊すためだけに使われることに、クリスはずっと耐えられなかったのだ。

 

(ありがとな、ユウ……。アタシはようやく、自分の歌の意味を思い出せた)

 

 戦いはまだ終わらない。けれど、クリスの歌には今、迷いがない。

 愛した人たちの理想を、この手で繋ぎ直すために――。

 

(パパ、ママ。二人の夢はアタシが引き継ぐ。どうか、見守っててくれ……!)

 

 赤い光がさらに強く瞬き、フォニックゲインが迸る。

 撃ち抜く弾に、込めたのは破壊の意思ではなく、祈りだった。

 

 そして数分後――戦いは終わった。

 

「お姉ちゃん、怪我はない? 痛いところは?」

 

「誰の心配してんだよ。あんな雑魚どもにやられる訳ねぇだろ?」

 

 戦闘が嘘のように静まり返った夜の街。ユウが駆け寄ると、クリスは無言で彼をギュッと抱きしめた。

 

「…………誰かのために歌うって、こんなに……気持ちのいいもんなんだな」

 

 囁くようなその声に、ユウは微笑む。

 

「ありがとうな、ユウ。アタシに“本当の歌”を教えてくれて」

 

「ぼくの方こそ、ありがとう。みんなを守ってくれて!」

 

 二人の間に流れる空気は、どこまでも穏やかで、温かかった。

 誰かを守るために歌った――それが、今のクリスにとって何よりの誇りだった。

 

「ユウ、お前は元いた場所に帰りな」

 

 遠くからサイレンと共に騒がしいエンジン音が聞こえる。二課の救援部隊がすぐそこまで来ているようだった。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、アタシはもう大丈夫だ」

 

 見上げるユウの瞳を、クリスは正面から受け止めて笑った。

 その笑顔はどこまでも、強くて優しかった。

 

「……悪いな。まだ、アイツらと一緒に戦える覚悟は出来てねぇ」

 

「良いんだよ。お姉ちゃんの気持ちの整理が出来てからで」

 

「ふふ……ありがとよ」

 

 それだけを残して、クリスは踵を返し、跳躍した。

 赤い弾丸のように、夜のビルを駆け抜けていく。

 

「お姉ちゃーーーん! ぼく、待ってるよ! いつかお姉ちゃん達が一緒に歌える日が来るのをっ!!」

 

 小さな声が空に伸びていく。

 

 それが届いたかどうかは分からない。

 けれど、去っていくクリスの背中――その口元には、確かに微笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

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