シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
☆
「ぁ…ぁぁ…あぁぁああーーーーーッ!!!」
カ・ディンギルの砲撃の中にクリスは消えた。彼女が抑え込んでいた砲撃は、クリスの体を覆い隠し月へと直撃した。
だがクリスの努力あって砲撃の軌道はズレ、月の一部を欠けさせるだけで済ませることが出来た。
しかしその代償は大きかった。
「うっ……ぁぁ……。そんなっ……折角仲良くなれたのに……こんなの、嫌だよ、嘘だよ……っ!」
新しく出来た友達の犠牲。親しい人の死と言う初めて味わう絶望感に響は膝を崩し、折れた彼女の心に反応するようにガングニールは消え去ってしまった。
「もっと、沢山話したかった……。あの日みたいに話す事も喧嘩することも、もっと仲良くなることもできないんだよ……ッ! クリスちゃん、夢があるって……でもっ、わたし、クリスちゃんの夢聞けてないままだよぉ……」
「無駄死にだな……」
悲しむ響を無視し、クリスの散った方角を見つめながら、まるで吐き捨てるようにフィーネは嘲笑った。
「笑ったか……? 命を燃やして、大切な物を守り抜く事を……お前は無駄とせせら笑ったかッ!!」
「お前達の命などたかが知れている。安さが爆発してるんだよッ! 雪音クリスも、天羽奏もッ!!!」
(ギリッ!……)
命をかけて自分達に何かを残そうとしてくれた二人を愚弄された翼は、怒りのまま太刀を振り下ろした。対するフィーネは防御も回避もするつもりがない。
「なにっ?!」
アームドギアに切り裂かれながらフィーネは、余裕の表情を崩さず傷口ごと体を切り離し、足りない部位を再生させ自らを分裂させた。
「人の在り方すら、失ったのか!?」
「ああ、ワタシは“神”だ。人の身などどうでもいい、そこの娘は、新霊長たる私を生み出すのに大いに役に立ってくれた!」
好き勝手言われているにも関わらず、放心状態となった響は立ち上がることができないでいた。
フィーネの高笑いに反応するように、カ・ディンギルが再び禍々しい光を放ちだした。
「何ッ!?」
「そう驚くな。カ・ディンギルがいかに最強最大の平気だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば兵器としては欠陥品。必要である限り何発でも撃ち放てる。そのために、エネルギー炉心には不滅の刃デュランダルが取り付けてある。それは尽きることのない無限の心臓なのだ」
(立花……ユウ……)
砲撃を防いでもその場凌ぎでしかない、
戦えるのは自分一人、しかも相手は分身し数を増やしたフィーネ。
(雪音、お前を一人で死なせはしない……)
決して親しいわけでは無い。だが同じ人を守ろうと誓った同志の想いを無駄にしたくは無かった。
どう見積もっても絶望的な状況、しかし翼には最後の切り札があった。それを切るかどうか迷う気も無い、ここで何もしなければクリスの犠牲が無駄になってしまうから。
「Gatrandis babel ziggurat edenal……Emustolronzen fine el baral zizzl……」
「っ! 翼、まさかっ!?」
翼の絶唱。それは奏が最も聴きたく無かった歌だった。
止めようにも遮ろうにも、それを出来るだけの足が自分には無かった。それが悔しくて奏は、爪が食い込み血が出るのも気にせず拳を強く握り込んだ。
「翼……………………分かった。それがお前の選択なら、あたしは一瞬たりとも目を離さない!」
言葉を交わさなくとも翼の覚悟を理解した奏は、涙を堪えながらも翼の勇姿を目に焼き付けることにした。
「あの時のような広域放出などではない! 十全に練り上げたアームドギアより百烈する、高機動の刃!! 知らぬお前ではあるまいッ!」
絶唱のエネルギーを身体能力の上昇に当て、高速移動しながら太刀を振るう。その速さと研ぎ澄まされた剣筋に、太刀筋が分裂したように錯覚する程だ。
「ぐっ……再生が、間に合わないッ?!」
スピードと手数でネフシュタンの再生力を上回る斬撃を叩き込む。天羽々斬の絶唱の特性は知っていたが、この速さは計算外だった。
それもそのはず、これは天羽々斬だけの力ではなく幼い頃より鍛錬を積んだ翼の技量によるものだったからだ。
《絶唱・天羽々斬 真打》
居合から繰り出される神速の連撃が、遂にフィーネの体を細切れにした。
「今一歩、至らなかったなぁ……空蝉を統合すれば、ネフシュタンの再生力は絶唱をも凌駕する! 貴様等の絶唱もワタシには通じぬ!!」
しかしそれでもフィーネは死んでいない。防御をさせて貰えないと悟ったフィーネは、分身を集め己の力を再生に特化させる事で翼の連撃を防ぎ切った。
絶唱のバックファイアで血を吐く翼。だが彼女の目的は達成されようとしていた。
「だが、私とカ・ディンギルを分け隔てていた、お前という壁は超えられた」
「なっ?!」
言葉通り翼はフィーネの背後、つまりカ・ディンギルの真正面へと来ていた。命を賭けた絶唱、それすらも牽制でしかない。
《炎鳥極翔斬》
二振りの太刀を構え飛翔する。蒼白い太刀に炎が宿り、まるで巨大な羽を動かすかの如く羽ばたいた。翼の命の燃え上がりを思わせる炎は何よりも美しかった。
翼を止めようにも、フィーネの体はまだ完全に再生していない状態の為身動きが取れない。
(あの日――奏が、何を想い。そして何を目指して羽ばたいたのか、今なら分かる……。たとえ、命が燃え尽きようと次代を導く灯火となるのなら怖くはない!)
双対の炎の剣がカ・ディンギルの中心部を半壊させる。その爆発に巻き込まれながらも、翼は笑っていた。あの日奏がそうしていたように。
(ユウ、あなたは幸せに――)
そして翼の命の炎は燃え尽きた――
「……天羽々斬、反応
「そんな……」
巨大な地響きの後、端末から翼のシンフォギアの信号の停止が伝えられる。
(翼……お前の歌、世界に届いたぞ……)
「あの日の翼も、こんな思いだったんだな。……ごめんな、翼……」
付き合いの長い二人にとって、その戦い様は誇らしくもあり、それでいて胸にぽっかりと穴の空いたような虚しい気持ちだった。
☆
「そんな、翼さんまで……命を賭けて……それなのに、わたしは…………」
翼とクリスの覚悟を間近で見て喝を入れようとするが、それ以上にショックが多く足に力が入らないでいた。
「ふ……ふふふ……アハハハハハッ!!!」
突然フィーネが高笑いを始める。
「な、何が……おかしいんですか?」
「これが笑わずにいられるか。雪音クリスも、風鳴翼も、よほど無駄死にが好きと見える」
「む、無駄? 何を言って……」
計画の要であるカ・ディンギルは、翼の特攻により破壊されたと言うのにフィーネに動揺らしいものは見えなかった。
「確かにお前達の足掻きは予想以上だった。まさかワタシの数千年に及ぶ研究の成果を、十数年しか生きていない小娘に阻まれるとはな。大きな失態だが、ワタシの手には
フィーネはユウから奪ったクリスタルを強く握りしめた。
「コレさえあればデュランダル……いや、カ・ディンギルすら不要だ! しかも今度は邪魔する者はいない、お前達のやった事はただ結果を先延ばしにしたに過ぎないのだッ!!」
フィーネからすれば邪魔をする装者のうち二人を消す事に成功し、大きな障害である弦十郎に深傷を与えた。しかも自分にはネフシュタンの鎧、デュランダル、ソロモンの杖と言った戦力が十二分に揃っている。
そしてユウが持っていたクリスタルを利用すれば、あと数年すればカ・ディンギルを超える兵器を作ることが出来ると踏んでいるからだ。
「見た夢も叶えられないとは、雪音クリスも、風鳴翼も、とんだ愚図だな」
「――――ッ!!!」
命をかけた友の犠牲。それを嘲笑われた瞬間、響の中で何かが切れた。
「ソレガ……」
「うん?」
「ソレガ……夢ゴト命ヲ握リ潰シタ奴ノ言ウ事カァァァアアアアーーーッ!!!」
自分の中で堰き止めていた物が壊れたように、ドス黒い感情が溢れ出す。もはや響の意思ではその感情を留め切れず、心と同調するように彼女の姿形も黒く染まっていった。
「響……?」
「なに、あれ……本当にビッキーなの……?」
「おい、おっさん! 一体どうなってんだよ!?」
「完全には分からん。だが恐らくは、融合したガングニールの“暴走”」
「何だって?!」
以前弦十郎は櫻井了子と話した事があった。
響の胸のガングニールは、既に細胞レベルで融合してしまっている。つまり響は今聖遺物そのものとなってしまっているのだ。
それが彼女の強い感情に反応すれば何が起きてもおかしくない。現に以前デュランダルに触れた時に、響はその大きな力に呑まれ、殺意衝動をぶつける事になった事もあった。
「そんな……響……」
自分はなんて物を一人の少女に埋め込んでしまったのだろう。奏の中にはそんな後悔の念が溢れていた。
『ガアアアアアアアッ!!!』
殺意の感情に呑まれた響は、地面を陥没させるほどの脚力で地を蹴り、一瞬にしてフィーネへと距離を詰める。そのスピードに反応したフィーネは、まるで駄々っ子の相手をするかの如く《ASGARD》を展開した。
『なにっ!?』
だがフィーネの最大防御は、まるでガラス細工のように一瞬で砕かれ、その勢いのまま黒く染まった拳がフィーネの頬をとらえた。
数メールと飛ばされたフィーネは、拳でへしゃげた顔を元に戻すと、勢いのまま飛び掛かってくる響を迎え撃った。
拳を振るうと言うよりは、獣が爪を振り回すような荒々しい戦い方。そこには弦十郎から習った技と言えるものは一つもなかった。
しかしその威力は織り込み済みで、響が腕を振るう度にフィーネの体が鎧ごと引き裂かれていく。
『ふふふふふっ!』
だがフィーネは笑っていた。身体を引き裂かれ、すり潰され、叩き付けられているにも関わらずフィーネは笑っていた。
フィーネは既に自らの痛覚を消していた。例え無限の再生力をサンドバッグにされようとも、痛みを感じないのであれば何の問題もない。
『ふふふっ……そらァッ!』
『ギャオオオオオオオッ!!!』
「響っ!!!」
再生したフィーネの鞭が響の体を貫く。その痛みに、とても少女のものとは思えない獣の雄叫びが、様子を見ている未来達の部屋にも轟く。
暴走の為突っ込むしか出来ない今の響は、フィーネの再生力を利用したカウンターのいい的でしかなかった。
「どうしちゃったの響!!? 正気に戻って!!」
聞こえない中でも未来は響に必死に呼び掛けた。だが当然ながらその声は届かない。
「……もう終わりだよ……あたしたち……」
「え……?」
恐怖で震えている弓美が口を開いた。その目は深く濁っており、まるで光を宿していなかった。
「学院がめちゃめちゃになって……響もおかしくなって……」
「終わりじゃない! 響だって、私たちを守るために……」
「あれがわたしたちを守る姿なの!!?」
弓美は勢いよくモニターを指差した。
そこには既に両脚で立つと言う理性すら無くした響が、四つ脚の獣のように唸りながらフィーネを睨み付けていた。
『GRuuuuuuuuuu……』
『ふっ、最早人にあらず、人の形をした破壊衝動か』
フィーネは猛獣使いの様に鞭を振るう。響も暴走の力か傷を再生してはいるが、痛覚が残っている為イバラの鞭に怒り唸りをあげる。これではまるで調教される獣そのものだ。
そんなあまりの姿に、創世や詩織は目を逸らしてしまっていた。
「あたしだって響を信じたいよ……。この状況を何とかなるって信じたい……。でも……でも!」
不安と恐怖のあまり弓美は膝から崩れ落ちてしまう。
「もう、嫌だよぉ……! 誰か何とかしてよぉ……! 怖いよぉ、死にたくないよぉ! 助けてよ……響ぃ!」
「う……うぅ……」
目の前で人の死と言うのを見せられ限界に達した弓美。そんな彼女に釣られ、創世や詩織も涙を見せる。響を信じている未来ですら、堪え切れず遂に涙を溢れされた。
(誰か響を……響を助けて…………)
自分の事以上に、今目の前で苦しんでいる親友を助けて欲しい。未来に出来る事は、この祈りが届くのを願う事だけだった。
☆
「ん…………未来、お姉ちゃん……?」
何処からか未来の声が聞こえた気がしたユウは、ゆっくりと目を開いた。
叩きつけられ気を失った後だからか、痛む頭を摩りながら起き上がり辺りを見渡した。
「あれ? クリスお姉ちゃんや、翼お姉ちゃんは? それに、あれは……」
自分がいる場所から離れた場所で見覚えのあるシルエットが二つ見えた。直感的に行かなければと思ったユウは立ち上がると、その影の場所を目指した。
☆
最初こそは暴走した響が押していたが、直線的な動きを冷静に迎撃され徐々に押し返されていた。体を傷つけられ後退しつつも、その度に殺意衝動だけは強くさせ、最早人としての原型を無くしていた。
「GRuuuuuuuuuu……!!!」
「さて、そろそろ飽きたな」
そんな響のコアとも言える胸のガングニールを貫こうと鞭を向ける。例え強い再生力を持っていても、元となった聖遺物を破壊されれば、体を元に戻す事は不可能だからだ。
「死ね……!」
「響お姉ちゃんっ!!!」
フィーネが狙いをつけた鞭を突き刺そうとした時、ユウが響の名を呼んだ。唐突に割って入ってきた第三者にフィーネは動きを止めた。
「響お姉ちゃんだよね? どうしたの、その姿……」
「邪魔な奴め……いや? 面白い余興だな」
ニヤリと笑ったフィーネは、殺意衝動のまま突進してくる響を空を飛び回避すると、ユウの目の前へと降り立った。
「う……」
警戒するユウだったが、フィーネは不気味な笑みを向けるだけで手を出そうとはしない。
そうしていると、突進を回避された響が振り返り、再びフィーネを襲おうと向かってくる。
そしてフィーネは、向かってくる響をギリギリまで引きつけると再び空を飛び攻撃を避けた。
「うわぁっ?!」
フィーネが咄嗟に居なくなった事で、響はその向こうに居たユウへと突っ込む形になった。ユウはそれを横に転がり何とか事故を避けた。
「グルル……」
「お、お姉ちゃん……?」
振り向いた響は、まるで獲物を見つけた野獣の様にユウの方見つめる。フィーネはその光景を、上空で鎮座し見下していた。攻撃の対象が居なくなったことで、今度は一番近くにいたユウに対象が移ってしまったのだ。
「ガアアアァッ!」
飛び掛かって来た響の腕を、ユウは間一髪上体を逸らしてそれを避けた。ユウが背にしていた壁が一瞬で砕かれ戦慄する。もしユウの体に高い柔軟性が無ければ、彼の体がこうなってしまっていた。
「響お姉ちゃん……」
「グルアアアアアアアッ!!!」
ユウの声にも反応せず、響は何度も襲い掛かった。
☆
「やめて響っ! 相手はユウくんなんだよっ!!!」
その光景を見ていた未来は、涙ながらに悲痛な声をあげる。大切な人が、もう一人の大切な人を傷つけようとしている。そんな光景耐えられるはずがなかった。
「ぐ……ユウ、逃げるんだッ!!!」
「何やってんだよ響! やめてくれぇっ!!!」
弦十郎達も自分の傷が痛むのを気にせず叫ぶが、その声が二人に届く事はない。
「そんな……響、ユウくんの事守るって言ってたのに」
暴走によって守ると誓った者を傷つけようとしている。辛い現実を自分達はただ見ているしかない。
そうしている合間にも響はユウを追いかける。ユウは持ち前の柔軟性や運動神経の良さでなんとか直撃を避けているが、それも時間の問題だろう。
『アハハハハッ! 思ってよりもやるではないか! どうだ、愛する姉に殺される気分は?』
「ぐ……そこまで落ちたか了子ッ!!」
戦う力を持たない子供を、まるでなぶり殺しにするかの様な所業に、流石の弦十郎も怒りを抑えられなかった。
あまりにも残酷な光景に未来や弓美達すら目を背けようとした時。
ユウの動きが止まった。
「ん?』
「な、なぜ止まるんだユウ!」
「ユウくん、何で……」
疲れ果て全てを諦めたのかと全員が思った。
しかしこちらを振り向くユウの目は死んでいなかった。
『ぼくは……逃げない……』
『なに?』
☆
ユウは距離を取るのではなく、此方へと唸り声を上げる響が居る方に一歩踏み出した。
「だって響お姉ちゃん、すっごく悲しんでるもん……」
ユウには聞こえていた響の心の声が――獣の様に唸るのは涙を啜っている音、振るわれる拳は悲しみを振り払おうともがいている姿。
ユウにはそう見えて仕方がなかった。
「ねぇ、響お姉ちゃん。ぼくここに居るよ? ほら!」
響の正面に立ち無防備に手を広げる。
「ガアッ!!!」
響は近づいて来るユウに飛び付き、押し倒して馬乗りになると、その細い首を折ろうと両腕に力を込めようとする。
「ぼくは居なくならないよ?」
「ッ!?」
ユウの一言で響の動きが止まった。
今にも殺されようとする状況でも、ユウは響の赤く染まった狂気の瞳から目を離さなかった。
「ぼくも未来お姉ちゃんも、弓美お姉ちゃん達も皆んな生きてるよ? 翼お姉ちゃんや、クリスお姉ちゃんの事もきっと大丈夫……。誰も居なくなったりしない、だから怖がらなくて良いんだよ? 響お姉ちゃんは一人じゃないから」
「ア……アアァ……」
響の両手が力無く震える。
ユウは響の頬へと自分の手を添え優しく撫でた。
「ねぇ覚えてる? ぼくが初めて響お姉ちゃんに助けてもらった日のこと……」
それはノイズから助けてもらった時のことではない。その午前中、ユウが子猫を助けようとし木から落ちそうになった時、自分の身を顧みず助けてくれたあの日の事だった。
「あの時、ぼくすっごく嬉しかったんだ。お姉ちゃんの力は、笑顔は、誰かを助けられる凄い力だよ。だからそんな怖い顔しちゃダメ、助けて貰ってる人達が怖がっちゃうよ?」
”響お姉ちゃんの笑顔を見たら、助けてもらった人もきっと安心できると思うから! だから笑顔を忘れないで!”
放課後ユウと話した会話が響の脳内に響いた。
ユウは完全に動きの止まった響の両口元に指を添えた。
「ほら、スマイルスマイル!」
そう言って笑うユウの姿に、ドス黒く染まった響の魂に一筋の光が差し込んだ。
「ゆ……ユウ……くん……」
「うん。ぼくはここに居るよ」
ユウに頭を撫でられ涙を流す響。
すると響の黒く染まった体に亀裂が入り、まるでガラスの様に黒い衣が弾け飛び、制服姿へと戻った。
力無く倒れてくる響の体をユウは優しく抱き止めた。
「響っ!」
「ば、馬鹿な!?」
響の姿が元に戻ったことに、モニター越しに見守っていた未来たちは歓喜の声をあげた。
「響……! よかった、本当に……!」
抱き止めたユウの胸で、意識を失った響は穏やかな顔をしていた。その姿を見て、誰もが胸を撫で下ろす。
しかし――。
「ば、馬鹿な……聖遺物と化した者が元に戻るなど……ワタシの計算では……!」
動揺するフィーネの声が空気を震わせる。冷徹に計算されたはずの運命を覆した“子供の手”に、彼女は心底から狼狽えていた。
だが、そんなフィーネにユウは優しく声をかける。
「ねぇフィーネさん。もうやめよ?」
ユウは響をそっと地面に寝かせると、フィーネに向き直った。幼い声には怒りや恨みもなく、ただ誰かを心から想う優しさだけが込められていた。
「こんなことしても、誰も喜ばないよ。誰も、幸せになれない」
「ふざけるな……! なぜキサマ如きに……!」
震えるフィーネの声には、怒りと共に、迷いが滲んでいた。
「フィーネさんは、愛する人に並びたいって言ってたよね? でもその人は、本当にそれを望んでたの?」
「っ……!」
ユウの問いに、フィーネは心の奥を貫かれたようにたじろぐ。
本当は知っていた。あの方は、こんな力を望んではいなかった。だからこそ呪詛を与え、自分を遠ざけたのだと。
「一方的に相手が望んでないことをするのって、それは本当の“愛”なの……?」
「黙れェッ!!」
ネフシュタンの鞭がユウの頬をはたいた。ユウの頬に赤い線が走り血が垂れる。殺すつもりのものでなく痛みで黙らせるためのもの、しかしユウはフィーネから目を離さなかった。
「お前の様な、愛も知らないガキの価値観でワタシの愛を語るな!!!」
「子供でも愛は分かるよ。ぼくは皆んなが好き、だから大好きな人達を傷つけられるのが嫌だ」
「そんなガキの恋愛観でッ!!」
前に櫻井了子としてユウ達と”恋バナ”をしていた時、フィーネはユウの子供らしい恋愛観が気に入らなかった。
フィーネはユウの体を吹き飛ばし岩陰に叩きつけた。
しかし倒れ伏したユウは、両手に力を入れて体を起こそうとする。
「何故だ……お前は痛みを感じないのか!?」
「痛いよ。でもお姉ちゃん達が受けて来た痛みに比べたら、こんなのずっとマシだよ……」
「アイツらの痛みはシンフォギアを纏っているからこそだ! お前に比べれば奴らの痛みなど――」
「ぼくが言ってるのは、こんな外面な痛みじゃないよ……お姉ちゃん達が本当に傷ついてきたのは
ユウは胸の真ん中に手を添えた。
彼の記憶に一緒に過ごして来た彼女達との思い出が蘇る。
「響お姉ちゃんは、大切な人達を守りたくて……そのせいで大切な人を傷つけて、それで自分も傷ついて……」
未来や友達を傷つけ、その事で心を痛めて涙する響。
「翼お姉ちゃんは、大切な人が居なくなって……その人を忘れないようにって無理して、一人で背負い続けて……」
倒れた奏の居場所を守ろうとがむしゃらに戦い、心を折りかけた翼。
「クリスお姉ちゃんは、大好きなもの全部失って……それでも自分に出来る事で世界を変えようと周りや、自分自身を傷つけて……」
自分の様な者を生み出さない様にと戦い、そしてそれが間違いだったと知らされ、罪の意識に苛まれたクリス。
そんな自分自身を傷つけて戦ってきた彼女達を、ユウは一番近くて見ていた。
「お姉ちゃん達の心の痛みは、こんなものよりずっと辛かった筈だよ……それと比べれば……!」
「綺麗事をッ!」
フィーネは今度は鞭でユウの体を縛り上げ、ゴミを捨てる様に放り投げた。その勢いにユウの体は軽々と数メールは転がった。
しかしそれでもユウは立ち上がった。
「な……ぜ……!? なぜ立ち上がれる!? その身体はもう、耐えられる限界を超えているというのに……!」
フィーネの声がわずかに揺らいだ。
だがユウの瞳は、涙と血に濡れながらも曇りひとつない光を湛えていた。
「こんな痛み、どうってことない……」
血で滲む唇が、確かな言葉を刻む。
「外側をどれだけ傷つけられても……心の奥まで届く傷なんか、一つだって、ないんだからッ!」
既に成人男性ですら叫び声をあげるであろう痛みに耐えながら、それでもなお立ち上がり、ゆっくりと歩みを進めてくる少年――星乃結。
その姿に、あの“フィーネ”が、一瞬、恐怖に目を見開いた。
「な、何なんだお前はッ……!?」
鞭を構えた指が震える。返ってきたのは、澄んだ瞳と、揺るがぬ声。
「……ぼくは、星乃結。ただの人間だよ」
たった一言で、何かを打ち砕くような響きがあった。
「ふざけるな! ただの人間、しかもこんなガキがッ!! 人を超え、新霊長たるワタシの力にひれ伏さないはずがない! なのに、なぜお前は……絶望しない!? なぜ、膝をつかない!?」
フィーネの叫びは、もはや嘲りでも傲慢でもない――戸惑いと、怯えが滲んでいた。
ユウは痛む右肩を押さえ、力の抜けた右足を引きずりながら、それでもまっすぐフィーネを見据えて歩みを進める。
「お父さんと約束したから、絶対に諦めないって……!」
その言葉に、戦場の空気が一変した。
「ぼくは子どもで、何の力もない弱い存在だよ。でも……弱いからこそ、諦めちゃダメなんだ。ちっぽけな存在だからこそ、強く、心を持って……前を向いて、希望を信じて進まなきゃいけないんだッ!」
傷だらけの身体。血に濡れ、息も絶え絶えの少年。
それでもその声は、まるで命そのものを燃やすように響いていた。
「たとえ小さな光でも、誰かの心を照らす光になれるから……!」
その言葉に、フィーネだけでなく、画面越しの未来、弦十郎、そして――どこかで見守る者たちまでもが、静かに目を潤ませていた。
そして、フィーネの瞳に一瞬映ったのは――星乃大吾。
かつて宇宙を夢見て、未来に想いを託し、自らの命すら賭けた、あの男の姿が、今まさに目の前の少年に重なっていた。
「だからぼくは、絶対に諦めないッ!!」
ユウの叫びと同時に、突如、フィーネの右拳が閃光に包まれた。
「ぐあっ!? あ、熱いッ!!!」
それは――ユウから奪った、あのクリスタル。
暴れるように白く輝くその光は、まるで彼の想いに応えるかのように熱を帯び、フィーネの手を焼いた。炎に包まれた右拳が弾け飛び、手放されたクリスタルはくるくると弧を描き、瓦礫の中へと転がり落ちていった。
「お、おのれェ……ッ!!!」
フィーネの絶叫が、夜の空気を震わせる。
☆
吹き荒れる風の音が、まるで戦場の叫びのようにこだまするなか――モニターの前に立つ少女たちがいた。
「ユウくん……」
未来が静かに呟いたその名に、誰よりも先に応えたのは、震えていたはずの弓美だった。
「ねぇ未来。あたし達に……出来ることって、ないのかな?」
「え……?」
予想もしなかったその言葉に、未来は戸惑い気味に振り向いた。
「だって、ユウくんが、あんな小さな子が――諦めないで頑張ってるんだよ?! あたしだって、何か出来るなら……力になりたい! アニメみたいにいかなくてもいい。自分に出来ること、何か……!」
「……うん! そうだよね!」
「弓美さんの言う通りですわ!」
創世も力強く頷き、詩織が一歩前へ出る。つい先ほどまで恐怖と絶望に押しつぶされかけていた三人の目に、もう迷いはなかった。
(……ユウの、あの姿が――)
画面越しに見た、ボロボロになりながらも立ち上がり続ける少年。その姿が、彼女たちの胸に火を点けた。そしてその火は、見る者すべての心を、静かに、しかし確かに温めていた。
「でも……どうすれば? 私たちに出来ることなんて、せいぜい応援くらいじゃ……」
詩織が顔を曇らせたその瞬間、未来の瞳に閃光が走る。
「応援……そうだ! ここから響に、私たちの声を届ける方法はありませんか!?」
「もし学校のシステムがまだ生きていれば……リンクして、通信を送ることができるかもしれません」
緒川の返答に希望が灯るが、次の問題がすぐに突きつけられる。
「しかし……施設の再起動には、制御室の電源供給が必要です。あそこは――瓦礫で塞がれている」
急ぎその場所へ向かった四人と緒川。到着した通路の先、確かにそこには再起動用のレバーが存在していた。
「この奥に……」
「しかし大人が入るには……」
入り口は瓦礫に覆われ、大柄な緒川ではとても通れそうにない。それでも未来たちは諦めなかった。
「あ、あたしが行くよ!」
弓美が名乗りを上げた。
「弓美……!」
「だって、アニメだったらこういう時、小さな子が大活躍するパターンでしょ? だったらあたしがやらなきゃ!」
その瞳は、もはや恐怖を映していなかった。
「ナイス決断です。私もお手伝いしますわ」
「だね、ユーユーみたいな小さな子が頑張ってるのに――お姉さんの私たちが頑張らないわけにはいかないよね!」
詩織、創世も続いて名乗りを上げる。
「……みんな……」
その姿に未来は涙を滲ませながら、心の中で誓った。
(響――ユウくん。あたし達も、あなたたちの想いに応えるよ)
小さな勇者に背中を押され、少女たちは再び立ち上がった。
それは、誰にも止められない「希望のバトンリレー」だった。
☆
「うぅ……!」
地を這うような呻き声が、か細く、しかし確かに漏れる。傷ついた少年の身体を、フィーネの左手が無慈悲に締め上げていた。
「あの男の代わりに痛めつけてやろうと思ったが、そこまで強情なら……望み通り、殺してやるッ!」
再生しない右腕は、先程の光のせいで未だ砕けたまま。それでもフィーネは構わず、左手に全体重をかけてユウの細い首をへし折ろうとしていた。彼女の中では、今こそが星乃大吾への、いや“人間”という存在そのものへの復讐の頂点であるかのように。
だが――。
「……?」
その耳に、“歌”が届いた。
「耳障りなッ! 何が聞こえている?! どこからだ?! 誰が歌っているッ?!」
フィーネは周囲を見渡す。だがその音はどこからともなく響いていた。確かに、はっきりと。
(この声……未来お姉ちゃん。そっか……みんな、諦めてないんだ)
首を締め上げられながら、ユウの唇に微かな微笑が浮かぶ。彼の心には、“その歌”が確かに届いていた。
(ねぇ、聞こえる? 未来お姉ちゃんの……みんなの歌が……)
それは希望の音色。
誰かのためを想い、差し出された手が奏でる、あたたかな旋律。
森の奥――。
意識の薄れたクリスの頬に、一筋の涙が流れる。
崩れ落ちたカ・ディンギルの残骸の中で、翼の額に落ちる朝露が光を受けてきらめく。
更地と化したリディアンの中、静かに眠っていた響のこめかみが、歌に共鳴するかのように熱を帯びた。
――少年の声が、彼女たちの“心”に届いていた。
(まだ誰も……諦めていないよ。だからお姉ちゃん達も、諦めないで? どんなに辛くても……苦しくても……希望を捨てなければ、きっと……その先に光はあるから)
その祈りが、言葉以上の力を持って届いた。
指一本動かせなかったはずの手に、力が宿る。
傷つき、砕けた魂が、静かに再び燃え始める。
――そして、空が割れた。
朝焼けに溶ける闇の中、空を切り裂くように三本の光が一直線に立ち上がった。
「な、なに……?!」
フィーネが目を見開く。その光の中心に、あの少女の姿があった。
響――。
ギアを纏い、ゆっくりと立ち上がるその姿に、フィーネは動揺を隠せない。
「なぜ立ち上がる?! 何を支えに立ち上がる?! 心は……確かに、折り砕いたはずだ! なのに……纏っているそれはなんだ?! ワタシが作った物か?! 否、違う……違う、それは……なに、なのだ……?」
もはやフィーネの論理も、計算も、理解も意味をなさない。
それは“想い”――心が紡いだ“歌”という名の奇跡。
(ぼく……歌って大好き。特に、お姉ちゃん達の歌が……だから、もう一度聞かせて? お姉ちゃん達の“心の歌”を――!)
遠くから、そして近くから、三つの声が重なる。
「――シィィンフォォギアアアァァァッッ!!!」
叫ぶように、祈るように、響・翼・クリス――三人の魂の歌が交差する。
静かな朝焼けが大地を照らす時、奇跡の光を放つギアを纏った彼女達は空を駆けた。
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無印編もラストスパートです。
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