シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第二十一話 新たな家族

  ☆

 

 

 

 

 

 

「……で? どうするんですか? こんなのを連れて来てしまって」

 

 何処かの廃墟、辺りに転がる薬品からかつては病院だったと想定される場所。そこに彼らは集まっていた。

 一人は白髪と白衣の男ウェル博士、そんな彼と対面するようにマリアは立っていた。

 

「ねぇ、ここ何処? これとっても良い?」

 

 二人に挟まれる形でユウは座らされていた。その手は手錠で拘束され、目元は黒い布で目隠しをされていた。

 目隠しが苦しいのか、頭の後ろの結び目を解こうとするが、手錠のせいで手が届かずもがいている。

 

「あの状況では仕方ないわ」

 

「こんなの放っておけば良かったでしょうに」

 

「貴方がその杖をもっと上手く使えていたら、こんな事にはならなかったのよ」

 

 マリアがウェルの右手を指を刺した。彼の手に握られているのは、米国基地から紛失したソロモンの杖であった。

 彼とフィーネを名乗った集団は仲間だった。ノイズによる列車やライブ会場の襲撃は、全て彼らの計画の内の出来事だったのだ。

 

「ちょっと、何してるデスか!?」

 

 マリアとウェルが睨み合う中、扉が開き切歌と調の二人が入ってくる。拘束されているユウの姿を見て、二人の顔が歪む。

 

「こんなの可哀想じゃないデスか! 外してあげてください!」

 

「虐待……」

 

「仕方ないでしょ? この場所は機密なんですから。それにどうせ死ぬんですから、恐怖心は少ない方が良いでしょう」

 

 少年の死と言う単語に彼女達は大きく動揺していた。

 

「し、死ぬってどう言う事ですかマリア!?」

 

「私も聞いていないわ! どういつもりなの?」

 

「だからこの場所は機密なんですって。もしコレを生かして足がついてしまったらどうするんですか? ここで始末してしまうのが一番でしょう?」

 

 そう言うとウェルは、ソロモンの杖をユウへと向けた。ユウは状況が分かっていないのか、コテンと首を傾げている。

 

「この子を連れて来たのは私よ! どう扱うかは、私が決めるわ!」

 

「なら、この子の始末、あなたがしますか? あなたの目的のことを考えれば大したことじゃ無いでしょう。ねぇ、()()()()

 

「っ!?…………それは」

 

 フィーネの名を出された瞬間、マリアに大きな動揺が現れる。強く拳を震わせた後、マリアはその震える手で胸の聖遺物を握りしめた。

 その手を調と切歌が掴み、彼女がしようとしていることを止める。

 

「待ってマリア! こんな小さな子を殺す必要なんか無い!」

 

「やるなら早くやりませんか? 時間が勿体無いですよ?」

 

「っ!!!……黙るデスッ!」

 

 子供の命を奪うかどうかと言う状況で、あまりの言い草に腹を立てた切歌が、ウェルの胸ぐらを掴んだ。

 

「おやめなさい」

 

 一触即発のその場を沈めたのは、一人の女性の声だった。再び扉が開いた先に、機械的な車椅子に座った眼帯の女性が姿を見せた。

 

「でもマム! コイツが……!」

 

「切歌、私に同じ事を二度言わせないで。理由は分かるでしょう? ドクターウェル、貴方もです。場を乱すような発言は謹んでもらいたいですね」

 

「しかし、ナスターシャ教授。ボクの意見は至極真っ当だと思いますがね? 余計な荷物はここで捨てておいた方が、後々軽いですよ?」

 

「コイツ……!!」

 

「二人とも!」

 

 マム、そしてナスターシャと呼ばれた女性に諭され、切歌は渋々と引き下がった。ウェルも口を閉じたが、小馬鹿にしたように肩をすくめる姿からは、反省の色は見えない。

 

「しかし彼の言う事にも一理あります。この子には可哀想ですが、計画の障害になりそうなものは排除するべきでしょう」

 

「それは……」

 

「下手にシンフォギアを使うよりも、ノイズに消させた方が証拠も残らず手早いです。ですので私もソロモンの杖を使う事を推奨します」

 

「……マムっ!」

 

 ナスターシャの非常な判断に叫ぶマリア。マリア自身に手を汚させないのが、彼女なりの優しさなのだろう。

 ナスターシャは杖を受け取ろうとするが、ウェルは手放すつもりが無かった。全く嫌がるそぶりを見せず、ユウの鼻先へと突きつけた。

 後は彼が少し念じるだけで、目の前の小さな命は消え去ってしまうだろう。マリアの鼓動が強くなる。

 目の前で小さな命が消える。その光景がかつての日の妹の姿を思わせていた。

 

「待って!!!」

 

「ん?」

 

「その子は……風鳴翼の弟よっ!」

 

 マリアは咄嗟に記憶の中にある、ユウの情報を思い出した。

 

「ほう! それは本当ですか?」

 

「ええ、直接本人から聞いたわ。その子にはまだ利用価値がある。ここで消す判断をするのは、まだ早い筈よ」

 

 実際は翼が勝手に姉宣言しているだけなのだが、そんな事を知らないマリアの話を、ウェルは興味深そうに耳を傾けていた。

 

「そう言う事なら分かりました。でしたら、この子の身柄は、あなたに任せ――ん?」

 

「おー! 結構冷たい……」

 

「おいコラガキ! 何汚い手で触ってんだ!?」

 

「むー! 汚くないよ! ちゃんとトイレ行ってから手洗ったもん!」

 

 違和感を感じて元を見てみると、ユウが手錠された状態でソロモンの杖を興味深そうに撫でていた。汚いと言われて、ユウは可愛らしく頬を膨らませる。

 

「ねぇ、これもう外して良い? 目元が苦しいんだ」

 

「え、ええ! 少し待ってなさい」

 

 慌てて目隠しを外すマリア。怒ったウェルは、その間に退出してしまう。その背中を調は睨み付け、切歌はあっかんべーをして見送った。

 

「あれ? まだ暗い、目隠しまだ付いてる?」

 

「…………ここは最初から、こう言う部屋よ」

 

「そうなんだ……あ! さっきのお姉ちゃん達だ!」

 

 辺りを見回し切歌と調の姿を確認したユウは大きく手を振る。未だ手錠をさせたままな事に罪悪感を感じているのか、二人は苦笑いを見せる。

 

「あ、やっぱりマリアさんだったんだ。さっきは助けてくれてありがとう!」

 

「私は、貴方を助けたわけではないわ」

 

「そうなの? でもぼくは助かったから、ありがとう!」

 

「う……い、いや……その……」

 

「んー?」

 

 彼を助けたのではなく自分のために攫っただけ、にも関わらず真っ直ぐなお礼を言ってくる少年に、言葉を詰まらせてしまった。

 

「そうだ! サインちょうだい!」

 

「え?……えっとぉ」

 

 ユウはカバンから翼のCDとペンを取り出した。その時、カバンの中から小型の機械が落ちたが、薄暗いせいか誰もその事に誰を気づいてはいなかった。

 

「……やっぱりお歌聞けてないから、ダメ?」

 

「そ、そんな事無いわよ!」

 

「わーい! ここの翼お姉ちゃんのサインの隣に書いて?」

 

 そんな事をしている場合では無いのだが、寂しそうに目を潤ませるユウに負け、マリアは渋々サインした。

 

「わーい! わーい! 未来お姉ちゃん達に自慢しよっと!」

 

 二人のコンサートを聴くことはできなかったが、二人のサインと言う一生物のサインを手に入れた。ユウはこのCDを一生大事にしようと心に決めた。

 

(なんだか調子の狂う子ね……)

 

 攫われているにも関わらずマイペースな調子のユウに、マリア達はすっかりペースを乱されていた。

 

「さて、じゃあ坊やの身柄の事だけど……」

 

「えっとぉ……叔母ちゃん誰?」

 

「私は、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。簡単に言えばここの責任者みたいなものよ」

 

「ええっと……」

 

「この人の事はマムで良いデスよ!」

 

「分かった。よろしくお願いします、マムさん!」

 

「ちょっと切歌!」

 

「ふふっ、まあ良いわ」

 

 マリア達にしかその呼び方をしれた事は無かったが、意外にもしっくり来たのでナスターシャは受け入れた。

 

「それでこっちが! 月読調デス!」

 

「うん! よろしくね、えっと調さん」

 

「お姉ちゃん」

 

「え?」

 

「お姉ちゃん」

 

「し、調お姉ちゃん?」

 

 ズイッと顔を寄せてくる調の圧に負け、呼び方を変える。お姉ちゃんと呼ばれた調は、機嫌良く後ろに下がった。

 

「それでわたしが、暁切歌お姉ちゃんデスよ!」

 

「えっと……切歌……お姉ちゃん?」

 

「〜〜〜〜っ!!! やっぱり可愛いデスぅ〜!」

 

 上目遣いのユウの姿に胸の何が射抜かれた切歌は、少年を思いっきり抱きしめた。

 

「自己紹介を終えたとこで、彼の生活の事なのだけど」

 

「はいはーい! この子の面倒は、あたしが見るデスよー!」

 

「切ちゃんズルい。わたしもする」

 

 ぴょんぴょんと跳ねる切歌と、人付き合いが苦手な調にしては珍しく積極的に手を挙げた。

 

「……分かりました。では彼のお世話は二人に任せます」

 

「やったデス! あたし達ずっと弟か妹が欲しかったデスよ!」

 

「この子なら、お得」

 

 弟(妹)代わりができて、二人は嬉しそうにユウの頭を撫でる。

 

「マリア、貴女も二人を手伝ってあげなさい」

 

「私がっ?!」

 

「先程ドクターに言った通りです。貴女が連れて来たのだから、ちゃんと責任を持ちなさい」

 

「………………わ、分かったわ」

 

 子供の世話を言い渡され、不満そうにしていたマリアだったが、ナスターシャの言う通り責任を感じ渋々了解した。

 こうして武装組織フィーネと、少年ユウとの不思議な生活が始まった。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 同時刻、とある潜水艦の中。

 ここは《二課仮設本部》。

 三ヶ月前の激闘にて機能不全となった二課の為に用意された、次世代型潜水艦である。

 ライブ会場のノイズを全て掃討した響達は、休む間もなく仮本部へと集まっていた。

 

「フーッ!!……フーッ!!……」

 

「ガルルルルルルルッ!!!……」

 

「うーーーーーーーッ!!!……」

 

((あ、圧が強い……))

 

 仮本部の司令室に三匹の獣がいた。勿論本当に獣ではなく翼達なのだが、その圧力と殺気はまさに獣といってもさし違いなかった。

 愛するユウを攫われた三人の心境は穏やかなものではなく、現在二課の技術を駆使して捜索している途中であるが、もし見つけることが出来なければ、自分達が食われてしまうのでは無いかと、オペレーター達は気が気で無かった。

 

「三人とも落ち着け」

 

「これが落ち着いていられますかッ!!」

 

「ユウくんが攫われたんですよッ!!!」

 

 オペレーター達に圧力を与えている三人を、宥めようと弦十郎が声をかけるが、寧ろヒートアップしてしまった。

 

「あのくそ女ども……人様の弟を攫うなんざ、どういう了見だ! 常識がないのか、常識がっ!!」

 

「「……………………」」

 

「なんだよ?」

 

「それを貴様が言うのか?」

 

「クリスちゃんが言っちゃダメだよね?」

 

 以前誘拐の前科のあるクリスを、二人が冷めた目で見つめる。

 

「言っておくが、私はまだあの時の事許したわけではないからなッ!」

 

「なッ! いつまで昔のこと引きずってんだよ!」

 

「何が昔だ! 私のユウを攫った事、そう簡単に忘れると思うな!」

 

「誰がお前のだ!!」

 

 あの時の事を引きずっていた翼に、売り言葉買い言葉で言い合いを始めるクリス。

 

「二人ともやめてください! ユウくんが攫われちゃったんですよ、こんな事してる場合じゃないですよ! ああ……きっとユウくんが、今頃どんな目に合ってるか……きっとマリアさん達にあんな事や、こんな事――」

 

「あんな事や……」

 

「こんな事……」

 

「「「ぐわああああああああああああッ!!!」」」

 

 思春期特有のピンクな妄想力を働かせた三人の装者達は、まるで絶唱でも歌ったのかのように、ダメージを受けていた。

 

「落ち着けってお前ら。第一、攫われたからってあのマリアがそんな事するわけ……」

 

「何言ってるんですか奏さん! あんなに可愛いユウくんを独り占め出来るんですよぉ! わたしなら絶対手を出しちゃいます!」

 

「そうだそうだ!」

 

 以前クリスに攫われた時は冷静さを保っていた響だったが、この三ヶ月でユウへの愛情が増したのか、二人と同じぐらい暴走している。

 そんな響の反論にクリスが同意する。

 

「ん?……って事は雪音、貴様やはりあの時!!」

 

「そ、その話は今はいいだろ!? とにかく今はユウの居場所を探さねぇと!」

 

 そのせいで墓穴を掘りそうになる。色々とクリスに問いただしたい事はあったが、彼女の言う通り先ずはユウの居所が優先だ。

 

「でもまぁ、あの世界のマリアに連れて行かれるなんて、男としては少し羨ましく感じますけどね〜」

 

「「「あ゙?」」」

 

 そんな藤尭の空気の読めない一言に、三者が同時に殺気を放った。とても少女から放たれるものとは思えず、「ひっ」と藤尭は年甲斐もなく怯えていた。

 

「い、いや……世間一般の男性としての、意見の一つでありまして。世界を又に掛ける歌姫相手だと、靡いてしまっても仕方がないって話でありまして……」

 

「ユウくんが…………」

 

「靡く…………」

 

 再び三人の思考が同時に妄想の世界に落ちていく。

 

『ごめんねお姉ちゃん。ぼくマリアお姉ちゃんの弟になるね? だってマリアお姉ちゃんは、クリスお姉ちゃんと違って背が高いし、翼お姉ちゃんと違ってスタイルも良いし、響お姉ちゃんと違ってバカじゃないもん。だからぼくマリアお姉ちゃんのほうが好き!』

 

「「「ぐわああああああああああああッ!!!」」」

 

「うるせぇーーーーーーーーッ!!!」

 

 勝手な妄想で脳が破壊された三人が、頭を押さえて転がり回る。ついに堪忍袋の尾が切れた弦十郎が怒鳴る。

 仮本部は今、色んな意味で地獄と化していた。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「はい! あーんデスよ!」

 

 薄暗くも静かな隠れ家の一室。そこで一際賑やかな声が響いていた。

 

 食事の時間。ユウは、今日も切歌と調に囲まれていた。彼の前にはシンプルな木製のローテーブル、そしてその上には3つの湯気を立てるカップ麺。

 

 だが、彼はまだ自分で箸を握れていない。

 

「えっと……ぼく、自分で食べられるよ?」

 

「ダメです! せっかくお姉ちゃんになれたのデスから、面倒見させて欲しいデス!」

 

「私も」

 

 切歌と調の強い意志に、ユウは押し負ける形で「じゃあ……お願い」と微笑んだ。

 

「はい、あーん!」

 

「……あちっ?!」

 

 勢いよく口に放り込まれた麺の熱さに目を瞬かせるユウ。

 

「ああっ!? ごめんデス! フーフーが足りなかったデスね!」

 

「んーん、大丈夫! ありがとう、切歌お姉ちゃん!」

 

「ユウはお礼が言えて良い子デスね〜!」

 

 満面の笑みで言われた「お姉ちゃん」に、切歌は思わず胸を押さえた。嬉しさが爆発しそうだった。

 

 その反対側では、既に調が次の一口を準備していた。

 

「ユウ、今度はこっち。はい、あーん」

 

「あーん!……ありがとう、調お姉ちゃん!」

 

「……可愛い」

 

 調の感情のこもらぬ一言に見えて、その表情はほんのりと緩んでいた。淡白な表情の裏に、ふつふつと愛しさが滲み出ている。

 

「えへへ〜! でもお姉ちゃん達って、いつもこんな食事なの?」

 

 ユウの視線がカップ麺に向けられる。ラベルの価格表示には、どこか悲しい現実が浮かんでいた。

 

「今日は奮発した。250円のカップ麺、美味しい?」

 

「うん、美味しいけど。昨日もその前も、カップ麺だったよね? 栄養のバランスとか悪くなっちゃうよ?」

 

 小学生とは思えぬ指摘に、二人はハッとする。

 

「調のラーメンは美味しいから問題ないデス!」

 

「でも、栄養が偏ると大きくなれないって……お母さんが言ってたよ?」

 

「「大きく……なれない……」」

 

 呟きながら、自分の身体を見下ろす二人。肩がすとんと落ちる音が聞こえそうだった。

 

 ──マリアの存在。否応なく自分たちと比較させられる彼女のスタイルは、二人にとって小さくて大きな劣等感の種だった。

 

「うう……やっぱりユウも、大きい方が好きデスか?」

 

「……所詮は、男」

 

 切歌は潤んだ瞳で。調は睨むように、ユウを見つめた。

 

 しかしユウは、小首を傾げる。

 

「んー? よく分からないけど、ぼく、お姉ちゃん達ならどんな姿でも好きだよ?」

 

「やっぱりユウは良い子デス!」

 

「うん、信じてた」

 

 二人は表情を一変させ、再びユウの頭を撫で回す。

 

「???」

 

 頭を撫でられながらも、何がどうなっているのか分からず、ユウはぽかんとしたまま麺を啜るのだった。

 

 

  ☆

 

 

「マム、居るかしら?」

 

「あらマリア、一体どうしたの?」

 

「次の作戦の話を――って、何故あの子がここに居るの?」

 

「ふ〜ふふ〜ふふーん♪」

 

 鼻歌を口ずさみながら部屋の隅をハタキで掃いている少年。それは他でもない、星乃結(ユウ)だった。頭には三角巾、首からはサイズの合わないエプロンを下げて、なぜかご機嫌に掃除をしている。

 

「何をしてるの、あなた……?」

 

「あっ、マリアさん!」

 

 ユウは手を止め、ぱっと振り向く。目元と口元を同時に綻ばせるその笑顔に、マリアは一瞬戸惑った。

 

「お世話になってるから、お礼に掃除してるの!」

 

「お世話って……あなたは“人質”なのよ? 誘拐されてるのよ!? 何考えてるのっ!?」

 

 思わず声を荒げてしまうマリア。だがその背後から柔らかく響いた声が、その緊張をそっとほどく。

 

「まあまあ、いいではありませんか、マリア」

 

 ナスターシャはいつも通り静かに車椅子を揺らしながら、穏やかに答える。

 

「だけどマムっ!」

 

 人質と誘拐犯の関係にしては歪すぎるやり取りに、苦言を呈するマリアだったが、当のナスターシャの表情は柔らかいものだった。

 

「自分から手伝いを申し出るなんて良い事じゃ無いですか。貴女達の小さい頃は、いくら注意しても何度もサボってばかりで……」

 

「ちょっとマムっ?!」

 

 頬を僅かに紅潮させながら、マリアは抗議の視線を送った。だがナスターシャは微笑を崩さない。

 

「へー、意外。マリアさんって、真面目なイメージだったけどなぁ」

 

 ハタキを持ったまま首を傾げるユウ。その何気ない一言に、マリアの肩がぴくりと揺れた。

 

「今はね。もっと昔、丁度坊やぐらいの歳の頃は、イタズラが好きでセレナと何度も――」

 

「マムッ!!!」

 

 ナスターシャの語り口が、ふと止まる。彼女の視線の先で、マリアは唇を噛みしめ、俯いていた。

 

「……口が過ぎましたね。申し訳ありません、マリア」

 

「………………」

 

 重たい空気が流れる。

 

 ――セレナ。その名を聞いた瞬間、マリアの雰囲気が明らかに変わった。

 

(“セレナ”……誰なんだろう?)

 

 目の前で起こった小さな変化に、ユウは無邪気なまま黙り込む。けれど彼の瞳の奥では、確かな好奇心と、ほんの少しの優しさがそっと芽生えていた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「お待たせ!」

 

 湯気が立ちのぼる丼を慎重に運びながら、ユウが笑顔でキッチンから現れた。

 

「もうあたし、お腹ペコペコデスよ〜!」

 

 両手を広げて席に着く切歌。その横では調が無言ながらも、テーブルの上に置かれた器から漂う香りに喉を鳴らしていた。

 

「美味しそう」

 

「えへへ、いっぱい食べてね?」

 

 ユウの作った献立は、シンプルな親子丼。フライパンひとつで作れる手軽な料理だったが、米も炊飯器ではなく火加減に注意しながら炊き上げたもので、出来栄えは上々だった。

 

「……あれ? マムさんは食べないの?」

 

 ふと見ると、皆が食事を始める中、ナスターシャだけが食器に手を伸ばす気配を見せていない。

 

「私のことは気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 ナスターシャは淡々と応えたが、その様子にユウはわずかに眉を曇らせた。

 

「美味しくなかった……?」

 

「そんな事ないデスよ! 美味しいデスよ、ガツガツ……!」

 

 フォローを入れる切歌は、まさにその言葉の通り、口いっぱいに丼を頬張っている。調も「ふわとろ」と呟きながら、どこか嬉しそうに箸を進めていた。

 

「……さっき、ウェルさんを呼びに行ったときも断られちゃったんだ」

 

「彼も私と同じく、偏食家ですからねぇ」

 

 ナスターシャが少し苦笑を含んで言うと、マリアが溜息をついた。

 

「まったく、マムは体の事もあるのだから、もっとちゃんと栄養を摂らないと」

 

「うーん……マムさん、好きなものって何?」

 

「私は……お肉をよく食べます」

 

「特に、じゃなくて、それしか食べないでしょ」

 

 呆れたようにマリアが付け足すと、ナスターシャは「コホン」とわざとらしく咳払いして話題をそらそうとした。

 

 だがユウはその言葉をしっかり聞き留め、メモ帳を取り出して何やら走り書きを始める。

 

「ふむふむ〜、じゃあ次は“マムさんが好きなもの”でご飯作ってみるね!」

 

「ま、待って。マムを甘やかしたらダメよ?」

 

「でも……ぼく、マムさんにはちゃんと栄養とってほしいな」

 

 その言葉に、ナスターシャが目を細めた。続けてユウは小さく呟いた。

 

「ぼくのお母さんもね……体が悪くて、入院してるんだ。マムさんを見てると、ちょっと思い出しちゃうんだ」

 

「坊や……」

 

 その言葉に、場の空気が静かになる。ユウが見せる小さな優しさに、マリアや切歌たちも手を止めて耳を傾けていた。

 

 しばらくの沈黙の後、ナスターシャはゆっくりとスプーンを取り上げ、親子丼の一口を掬って口に含んだ。

 

「……初めて食べましたが……悪くないですね」

 

「えへへ、良かった! 今度はもっと上手く作るから、楽しみにしててね!」

 

 ナスターシャは目を伏せたまま、だが、確かにもう一口を掬っていた。

 

 

「はい、部屋に着いたよ」

 

 食事を終えたナスターシャは、ユウに車椅子を押してもらい自室へと戻っていた。

 

「はいお水。薬もあるからちゃんと飲んでね?」

 

「ありがとう」

 

 ナスターシャに薬を渡したユウは、彼女が薬を飲んでいる間に寝床であるベッドを整える。

 

「……………………ごめんなさい、坊や」

 

「え? どうしたのマムさん?」

 

 突然の謝罪をされ、ユウは不思議そうに首を傾げた。

 

「初めて会った日、私は貴方を殺そうとしてしまいました。勝手に連れて来たのは私達だと言うのに……」

 

「良いんだよ。マムさんは、マリアさんを助けようとしたんでしょ?」

 

 ナスターシャが、マリアの為に手を汚させないように、自らの手を汚そうとしていたのをユウは分かっていた。

 たった数日だが、彼女達が本当の家族のように信頼しているのが伝わって来たからだ。

 

「それにぼく、ここ結構好きだよ。お姉ちゃん達は優しいし、マリアさんやウェルさんは、まだ少し怖いけど仲良くなれると良いなって思うもん!」

 

「そうですか、ありがとう坊や」

 

 ユウの心の底からの笑顔を見たナスターシャは、微笑みながら彼の頭を優しく撫でた。

 

 

  ☆

 

 

「ふぁ〜〜あ……」

 

 自分に用意された部屋に戻ったユウは、大きく欠伸をする。形式上は独房らしいが、調や切歌が甘やかす為鍵は常に開きっぱなしのようだ。

 

「んんん〜ぅん………………」

 

 ベッド代わりに用意されたシーツで横になった途端に眠気が襲ってくる。マリア達の食事やアジトの掃除や洗濯、意外とやる事は多く疲れたユウはそのまま眠ってしまった。

 

「ユウ、居るかしら?……」

 

 ユウが眠ってから数分後。部屋の扉が開きマリアが顔を見せる。何やら用事があるのか、ユウの姿を探すが見つからず部屋の中を捜索する。

 

「おっと! 寝ていたのね……」

 

 奥まで入ったところで、足元の影に気がつき躓きそうになる。それは部屋の隅で寝ているユウだった。元々小さな体を、まるで乳児のように体を丸めて寝ていたせいで気が付かなかった。

 

(こうしてみると本当に子供なのね……)

 

 マリアはユウの艶のある髪を優しく撫でた。

 見た目以上にしっかりしていたり、攫われても動じない大物なところを見せられ忘れそうになるが、無垢な寝顔を見せる彼は間違いなく一人の子供のものだった。

 

「……………………お母さん」

 

「……っ?!」

 

 くすぐったそうに身を捩り、ぷっくりとした唇から寝言が漏れる。

    

(び、びっくりした。寝言か、やっぱり母親が恋しいのね……。にしても、姉じゃなくて母親って……)

 

 寝言を呟くユウに母親扱いされて若干のショックを受けていると、彼の目元から涙が一筋垂れているのが分かった。

 マリアは意識するよりも先に、指先で涙を拭っていた。

 

「…………リンゴは浮かんだ、お空に〜。リンゴは落っこちた、地べたに〜♪」

 

 マリアは自分でも不思議な程、自然に歌を口ずさんでいた。それは幼い頃、妹と共に歌いあった思い出の歌。彼女が泣いている時は、こうやって宥めていたのを思い出す。

 

(セレナ……)

 

 ユウのその無防備な小動物のようなその寝顔に、マリアは幼き頃の妹の姿を重ねていた。

 するとマリアのその手を、彼女の手に負けないぐらい、白く綺麗な手が握った。

 

「…………お母さん、大好き」

 

「……っ!!!???」

 

 その天使のような寝顔に、マリアの心臓の鼓動が大きく跳ね、少年とは思えない高い甘えた声に、彼女の中の母性本能が擽られる。

 

「ん……あれ?」

 

 動揺して震えた手に反応したのか、ユウは目を覚ました。

 

「あ……えっと、ごめんなさい!」

 

 寝ぼけた様子のユウは、自分がマリアの手を握っていた事と、自分がどんな夢を見ていたかと思い出し慌てて手を引いた。

 恥ずかしくなり顔を赤らめる姿を見て、マリアの中の情緒が溢れ出していく。

 

「……寂しいの?」

 

「う、うん。お母さんの夢見ちゃって……。お母さん達元気にしてるかな?」

 

 上目遣いで申し訳なさそうにする目を伏せるユウを見たマリアは、彼と同じように横になると不思議そうに見上げるユウの体を優しく抱きしめた。

 

「し、仕方ないから、今日は一緒に寝てあげるわ」

 

「…………いいの?」

 

「そもそも貴方を連れて来たのは私なんだから、これぐらいの事は当然よ。お母さん……なんて歳ではないけど、代わりぐらいならなってあげるわ」

 

 マリアはユウを抱きしめる力を強める。フローラルな花の香りが鼻をくすぐる。

 

「マリアさん、良い匂いするね。えへへ、ぼくこれ好き!」

 

「変な事言ってないで、早く寝てしまいなさい」

 

 顔を赤くしているマリアに、「はーい」と返事をするが、ユウは寝る様子が無い。

 

「どうしたの?」

 

「ねぇ、さっきの歌もう一回聴かせて?」

 

「えっ?」

 

「だめ?」

 

「……ふふっ、構わないわ」

 

 ユウからのおねだりに、マリアは笑顔で答えた。

 彼女としてもこんな風に気持ち良く歌ったのは久しぶりで、何故だか今は無性に歌いたかった。

 

「星が生まれて〜歌が生まれて〜ルルアメルは笑った 常しえと……星がキスして〜歌が眠って♪」

 

 マリアの優しい歌声に、ユウは気持ち良さそうに身を捩る。そのまま彼の体から力が抜けていくのが伝わって来た。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

(本当に、良い子ね。切歌だけでなく、人が苦手な調ですらこの子を可愛がっている。マムなんてまるで孫でも見るかのように、この子を気にしているし)

 

 この数日間一緒に暮らしてユウの言う人間がよく分かった。この子には人を引き寄せ、人を魅了する力を持っている。それこそ調やナスターシャが心を許してしまうぐらいすごい力だ。

 しかしそれは超能力のような類のものでは無く、彼自身の人柄によるものなのだろう。だから切歌のように勘の鋭い子にも好かれるのだ。

 

(あの子)が気に入るのもよく分かるわ」

 

 眠りながら甘えるように身を寄せるユウの黒髪を優しく撫でる。彼の寝顔から寂しさは既に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ☆






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