シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第二十四話 心の拠り所

  ☆

 

 

 

 

 

 響達を振り切った調達は、ナスターシャ達との合流地点であるカ・ディンギル跡地へと来ていた。

 かつての戦闘で傷ついた瓦礫の合間にエアキャリアが着地し、中からマリアが姿を見せた。

 

「マリア、大丈夫デスか?」

 

「……ええ」

 

 自分達が居ないうちにフィーネの魂が目覚めているのでは無いか。次会う時は自分達が知っているマリアじゃなくなっているのでは無いか。そんな心配をしていた切歌達は、いつものマリアの声を聞き嬉しそうに抱きついた。

 

(あれ?……なんだか、マリアさん辛そう)

 

 切歌達を優しく抱き返すマリアの表情は、まるで何かを思い詰めたかのように気の張ったものになっている事にユウは気づいた。

 しかしその事を追求する前に、ナスターシャ達によって遮られてしまった。

 

「二人とも無事で何よりです。…………ですが、何故彼を連れて行ったのですか?」

 

「「うっ……」」

 

 二人が無事であった事に安堵するナスターシャ。しかし潜入には足手纏いでしか無く、尚且つ大事な人質であるユウを勝手に連れ出した事には、明らかに怒りの様子を見せていた。

 

「ほ、ほら! ユウにも気分転換が必要デスし――」

 

「いつまでもあんな所に閉じ込めてるのは可哀想――」

 

「いい加減にしなさいッ!!!」

 

「「ひぅッ?!」」

 

 珍しく大きな声で叱るナスターシャに、つい怖気てしまう二人。

 

「マリアも貴方たち二人も、この戦いは遊びではないのですよ!! そんな子供の言い訳が、通じると思っているのですか!」

 

「待って!」

 

 甘い事を言う二人にお仕置きをしようと手を上げる。ユウは二人を叩こうとした手を遮るように、ナスターシャとの間に入った。

 

「お願い叩かないで? 二人は、ぼくのお願いを聞いてくれただけなんだ。ぼくが我儘を言ったのが悪いの。だから叩くならぼくだけにして!」

 

 ユウはナスターシャの前に顔を突き出し、訪れる痛みに耐える為に口と目を強く瞑った。

 

「ユウ……」

 

「…………はぁ、いい加減気を引き締める事です。私達には大いなる目的があるのですから」

 

 興が削がれたのか、ナスターシャは手を下ろすと呆れたようにため息をついた。

 

「坊やは先にヘリに戻っていなさい」

 

「うん。分かった……」

 

 冷静さを取り戻したナスターシャの様子から、もう叩いたりはしないだろうと判断したユウは、渋々エアキャリアへと戻っていった。

 

 

  ☆

 

 

 ナスターシャ達との話を終え再びエアキャリアに戻ったマリアは、疲れたように座り込むと、ペンダントを両手で握り込んだ。

 それはマリアの持つガングニールとは、また別のペンダントだった。

 

(私は……)

 

 調達が離れている途中、マリア達は彼女達の本国である米国政府の襲撃を受けていた。

 こんな所で討たれる訳にいかず、マリアはナスターシャから彼らの排除を命じられた。しかしただの人間と戦う事に抵抗があったマリアは、ナスターシャからの指示に迷ってしまった。

 結局マリアは動くことが出来ず、代わりにソロモンの杖を手にしたウェルが彼らの排除を行った。

 肉体はただの人間であるが、人類の天敵であるノイズを操る杖を持つウェルにとって武装した男達を消す事など容易かった。しかしその万能の力を得た彼は、目的など忘れ、まるで殺戮を楽しむかのように杖を振るっていた。

 そしてその狂刃は、赤の他人すら巻き込んでしまった。物音に引き寄せられた中学生ぐらいの子供達が、様子を見に来ていたのだ。目撃者を消す事に戸惑いの無かったウェルは、まるでゴミを掃除するかの如く少年達へとノイズを放った。

 マリアも止めるように声をあげたが、その思いが届くことはなく、目の前で悲惨な光景を見る事となった。

 

(覚悟を決めなさいマリア……マムの言う通り、これは必要な事なのよ……)

 

 世界を敵に回した時点でいずれこうなる事は分かっていた。それでもライブ会場の時も、今回の出来事も、無関係人の血が流れるのを恐れていたマリアは、自分の甘さを痛感していた。

 

(セレナ……)

 

 ペンダントを握る手を胸元に持っていき大事そうに抱える。

 そのペンダントは、マリアの物ではなく彼女の妹である《セレナ・カデンツァヴナ・イヴ》の物であった。

 彼女は、マリア達とは違い正規の適合者だった。類稀なる才能でシンフォギアと適合した彼女は、その力を戦いに用いる事に抵抗をもつ心優しき少女であり、その笑顔はマリアの心の拠り所となっていた。

 しかしそんな彼女も六年前――

 

 

 

 ネフェリムの機動実験の日。歌を換えさず強制的に覚醒させられたネフェリムの暴走により、研究所は壊滅状態へとなっていた。

 このままでは多くの被害が出てしまう。そう思ったセレナはある決断をした。

 

『私、歌うね?』

 

『でも! あの歌は……』

 

『私の絶唱でネフィリムを起動する前の状態にリセットできるかもしれない』

 

『そんな賭けみたいな!……もしそれでもネフィリムを抑えられなかったら……』

 

『その時はマリア姉さんが何とかしてくれる。F.I.Sの人達もいる。皆んなで力を合わせれば、きっと何とかなるよ!』

 

『セレナ……』

 

『ギアを纏う力は、私が望んだものじゃないけど……この力でみんなを守りたいと望んだのは、私なんだから』

 

 覚悟を決めたセレナは、白銀ギアを纏い暴走するネフェリムの前へと降り立った。

 そして彼女は歌った、絶唱を。

 かつて翼や奏がしたようにアームドギアを換えさずの絶唱、正規適合者であるセレナであってもそのバックファイアには耐えられず、マリアの瞼の裏には今でも血に染まった妹の姿が痛い程残っていた。

 

(私はあの子の意志を継がなきゃいけないのに……なのに!)

 

 命を賭けて自分達を救ってくれた彼女の意志を継ぐ、そう誓ったはずなのに、非情になりきれない自分が嫌になる。

 精神的に疲労しているからか、次第に思考がネガティブな方向へと進んでしまい、自然と涙がこぼれ出した。

 ――そんな時、人知れず泣いていたマリアの髪に、柔らかい手のひらが触れた。

 思わず顔を上げたマリアは驚いた。涙でぼやける視界の先に、親愛なる妹の姿が見えたからだ。

 

「…………セレ、ナ?」

 

「えっ?」

 

 名前を呼ばれると目の前のセレナは不思議そうに首を傾げた。目を見開くと目の前のセレナの姿が歪み、彼女とは似ても似つかない少年の姿に変わった。

 

「……ユウ?」

 

「うん、ぼくだよ」

 

 「な、何をしているのよ……!」

 

 マリアはようやく我に返り、慌てて身を起こそうとするが、その手はふわりと彼女の頭を押しとどめた。

 

「だってマリアさん、そうして欲しそうだったから。嫌だったら……やめるけど」

 

 その声は、臆病さと優しさを含んだ穏やかなものだった。

 目を逸らし、マリアは唇を噛む。

 

「い、嫌じゃ……ないけど……」

 

 そう口にした瞬間、自分でも驚いた。

 年下の少年に膝枕され、子どもみたいに撫でられて――それなのに、この安堵はなんだろう。

 母のような、妹のような、けれど誰より“今の自分”にとって必要な温かさ。

 

「えへへ、よかった! じゃあもっとしてあげる、こっち来て!」

 

「え? ちょっ、わっ――」

 

 返事も待たず、ユウはそっとマリアの身体を引き寄せ、彼女の頭を自分の膝へと乗せた。

 彼女の白銀の髪を梳かしながら、頬を紅潮させたまま、ユウは柔らかく囁く。

 

「よしよし、いいこ〜いいこ〜!」

 

「~~~~っ!!?」

 

 太腿に乗る感触と、頭を撫でる穏やかな指先。まるで全身が包まれているようで、マリアの頬がさらに熱く染まっていく。

 どこか甘くて、こそばゆくて、それでいて心がじんわりと温まる。

 

「……何か、あったの?」

 

「え……?」

 

「マリアさん、さっきまで悲しそうな顔してた。ぼく達が居ない間に、何があったの?」

 

 柔らかな声音。でもその瞳は真剣だった。

 誤魔化そうとしたが、あの深い紫の瞳に見つめられると、マリアは言葉を呑み込んだ。

 

 ――そして、語った。

 

 ウェルによる殺戮。ナスターシャの非情な命令。自らの甘さと無力さ。

 そして、妹セレナの最期。

 

 言葉にするたび、心が軋んだ。けれど、それでも、マリアは言葉を絞り出すように吐き出していった。

 

「……マリアさんは、優しいね」

 

 すべてを聞いたユウは、ただぽつりと呟いた。

 

「私は優しくなんてないわよ……。優しさなんて、私達の目的には邪魔なだけ……」

 

「でも、ぼくは――優しいマリアさんが好きだよ」

 

「っ……!」

 

「きっと、切歌お姉ちゃんも調お姉ちゃんも、そういうマリアさんだから一緒に居たいって思ってるんだ」

 

 純粋な言葉に、マリアは頬を赤らめて俯いた。

 “好き”――そう言われるたび、何かが胸の奥をくすぐって、苦しくなるのに、嬉しくなる。

 

「そういえば、“セレナ”って誰なの?」

 

「……セレナは、私の妹よ」

 

 そっと懐から取り出したロケットを開く。

 そこには、白衣姿の少女と幼いマリアが写った、どこか切ない笑顔の二人がいた。

 

「この子がそうなんだ。あ、ちっちゃい頃のマリアさん、可愛い〜!」

 

「い、今の貴方よりは大きいわよ!」

 

 推定10歳の少年に子ども扱いされ、マリアは真っ赤になって反論する。

 けれどそのやりとりすら、彼女の中に残る重苦しい影を、少しずつ晴らしていくのだった

 

 

「ねぇねぇ! セレナさんて、どんな人なの?」

 

 無邪気な問い。けれどその言葉は、マリアの心の奥底にある箱の鍵を優しく回す。

 

「とても、優しい子よ……いつも私に寄り添ってくれて。どんなに辛いことがあったとしても、あの子の笑顔があれば乗り越えられた」

 

 その声には、懐かしさと哀しみが混じっていた。

 ユウは、まるで宝物を語るように話すマリアをじっと見つめ、目を輝かせる。

 

「素敵な人だったんだね! 会ってみたいなー。ね、今はどこで何をしてるの?」

 

 マリアは、ほんの一瞬だけ目を伏せ――そして、静かに答えた。

 

「…………もう居ないわ。六年前、私たちを生かすために犠牲となったの」

 

 その言い方だけで、ユウはすべてを理解した。

 そして、彼女の目が痛々しいほどに悲しんでいることも。

 

「……そっか。家族と会えなくなるのって寂しいよね」

 

 父を失い、母とも離れて暮らしているユウだからこそ、他人事ではなかった。

 

「私はっ! あの子の意志を継がないといけないの!……なのに、私の覚悟は……あまりにも脆い。この命は、あの子に貰ったもののはずなのに……」

 

 拳を握り締め、唇を噛むマリアの言葉に、ユウはそっと応じる。

 

「……いなくなった人の意志を継ぐ。気持ちは分かるよ。ぼくもお父さんがいないから。お父さんがぼくに託してくれた夢を、ちゃんと継ごうって思ってるから」

 

 その言葉に、マリアはハッと顔を上げる。

 

「……けど、マリアさんのそれは、本当にセレナさんの意志なの?」

 

「っ!?」

 

 ユウの一言が、マリアの胸を突いた。

 立ち上がり、思わずユウの胸ぐらを掴む。

 

「貴方に……何が分かるの!?」

 

 怒りのこもった声。しかしユウは、そのままの瞳でまっすぐに彼女を見返した。

 

「ぼくはセレナさんのことを知らない。でも――

 ぼく以上にマリアさんのことが好きだったセレナさんなら、きっと、そんな風にマリアさんが苦しむことは望んでないよ」

 

 その言葉は、マリアの心に深く届いた。

 目の前の少年の真っ直ぐな思いが、かつての妹の想いと重なった気がした。

 

「マリアさんは、もっとマリアさん自身の意思で選ぶべきだよ。優しいマリアさんが苦しむ必要なんてない。もっと自由でいいんだよ!」

 

「私の……意思……」

 

 マリアの手から力が抜けていく。

 掴んでいたユウの胸元から手を離すと、そこには変わらぬ笑顔が待っていた。

 

(……そうか、この子は――セレナに似ているんだ)

 

 どこか似ている。笑顔も、優しさも、人を救う声も。

 マリアは、そっとユウの頬に手を添える。それは、かつて叩いてしまったあの場所だった。

 

「……ごめんなさい。痛かったでしょう?」

 

「んーん、あの時は助けてくれてありがとう! ぼく、マリアさんが心配してくれて嬉しかった!」

 

 その言葉に、マリアは少しだけ笑みを浮かべる。

 そして、ユウの次の言葉に、彼女の心はさらに温かくなった。

 

「あの時のマリアさん、なんだかお母さんみたいだった!」

 

「もう! 私はまだ母親なんて年じゃないわよ!」

 

 笑いながら返す声に、先程までの沈んだ気配は消えていた。

 

「じゃあ……マリア“お姉ちゃん”って、呼んでもいい?」

 

「……っ!?」

 

「やっぱりダメかな? マリアさんは、セレナさんのお姉ちゃんだもんね?」

 

「べ、別に……構わないわよ」

 

「ほんと!? わーい! またお姉ちゃんが増えたー!」

 

 飛び跳ねて喜ぶユウを見ながら、マリアは自分の頬が熱くなるのを感じていた。

 

(何なの……この感覚。セレナから“お姉ちゃん”って呼ばれ慣れてるはずなのに……)

 

 胸の鼓動が、高鳴っていた。

 まるで違う意味で“お姉ちゃん”と呼ばれた気がして、戸惑ってしまう――そんな時、扉が開きナスターシャが部屋に入って来た。

 

「?……どうかしたのですか、マリア?」

 

 いつものように冷静な声で問いかけるナスターシャ。だがその一言に、マリアは見事なまでに狼狽した。

 

「な、何でもないわマム!? そ、それじゃ失礼するのだわっ!?」

 

 わざとらしくも聞き覚えのあるおかしな口調を残し、マリアは足早に部屋を後にしていった。

 

(……一体どうしたのでしょうか? あのマリアがここまで取り乱すなんて)

 

 ナスターシャが訝しげに首を傾げていると、部屋に残ったユウがそっと近寄ってきた。その瞳には、子供とは思えぬ真剣な色が宿っている。

 

「ねぇ、マムさん。さっきは……ごめんなさい。ぼく……」

 

「もう気にしなくて良いわ、坊や。でも、貴方も彼女達も、もう少し自分の“立場”を考えるべきです」

 

 その言葉に、ユウは小さく「立場……か」と呟いたあと、ふっと顔を上げる。

 

「ねぇマムさん。どうしてマリアお姉ちゃんは、嘘をついてるの?」

 

「……嘘?」

 

「だって、いないよね。フィーネさんなんて、マリアお姉ちゃんの中に」

 

「――っ!?」

 

 その瞬間、ナスターシャの瞳が見開かれる。これまで何があっても崩れなかった彼女の冷静さが、音を立てて揺らいだ。

 

「……何故、そう思うのですか?」

 

「んーと……なんとなく。マリアお姉ちゃんの中に、フィーネさんの存在を感じないんだ。ねぇ、なんでマリアお姉ちゃんは、そんな嘘をついてるの?」

 

「……必要な事だから、ですよ」

 

「それは、マリアお姉ちゃん達が傷ついても、しなきゃダメな事?」

 

「…………………………」

 

 ユウの真っ直ぐな目に見つめられ、ナスターシャは無言で目を逸らした。マリアが自分に求められた役目の重みに苦しんでいるのは、彼女が一番よく知っているからだ。

 

「あのね! マリアお姉ちゃんって、すっごく優しく人だよ。マリアお姉ちゃんだけじゃなくて、切歌お姉ちゃんや調お姉ちゃんも、すっごくすっごく優しくて可愛いんだ!」

 

「ええ、よく知っているわ」

 

 そう言って微笑むナスターシャの姿は、まるで我が子との思い出に浸っているかのように、穏やかなものだった。

 

「ぼく響お姉ちゃん達だけじゃなくて、マリアお姉ちゃん達の事も大好き。だから皆んなには傷ついて欲しくないよ」

 

「それは……」

 

 彼女達と過ごした時間は、たった一週間と少しと言った短い時間だったが、ユウは彼女達の事が好きになっていた。

 

「マムさんだって、本当は辛いんでしょ? マリアお姉ちゃん達が好きだから……笑顔を守りたいからこんな事をしてるんでしょ? なのにお姉ちゃん達を悲しませちゃダメだよ! 他に何か方法は無いの?」

 

(………………彼の言う通りなのかも知れません。彼女達の優しさを汚し、している事は所詮、テロリストの真似事。そんな事では、迫りくる災厄に対して何も抗えない……)

 

 ユウの言う通り、施設で彼女達の面倒を見ていたナスターシャにとって、マリア達は娘同然だった。

 親のいない彼女達が、本当の母親のように自分を慕ってくれる。そんな彼女達を好きにならないはずがない。

 そしてそんな彼女達に、テロリスト紛いな事をさせてしまっている事に、誰よりも心を痛めていたのがナスターシャだった。

 

(それに、どちらにせよ……もう、この計画は……)

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 

 

 

 秋桜祭と、決闘と言う名のウェルの策略の日から数日が経過した頃。

 その間にウェルが行方不明になったのを調と切歌が回収しに行ったりと、幾つかのハプニングが起きたが、何とかマリア達は新たな隠れ家へと身を隠していた。

 

「――それでは本題に入りましょう」

 

 計画についての会議をする為に集まったマリア達を見たウェルが端末を操作すると、彼女達の前に一つの映像が映り出された。

 

「……これは、ネフェリムの!」

 

「苦労して持ち帰った覚醒心臓です」

 

 決闘の日、調達の代わりに響達と対峙したウェルは、強化したネフェリムをぶつけ、響達から聖遺物の一部を得る事に成功した。

 その後、再び暴走した響によってネフェリムの身体は引き裂かれてしまったが、コアとなる心臓部だけは奇跡的に無事であり、なんとか持ち帰ることが出来た。

 

「必要量の聖遺物を餌と与える事によって、ようやく本来の出力を発揮できるようになりました。この心臓とあなたが五年前に入手した――」

 

 そこまで言ったウェルは、自分の事を話しているにも関わらずマリアの反応が薄い事に疑問を持った。

 

「お忘れなのですか? フィーネであるあなたが皆神山の発掘チームから強奪した神獣鏡《シェンショウジン》の事ですよ?」

 

「え、ええ……そうだったわね」

 

「マリアはまだ記憶の再生が完了していないのです。いずれにせよ、聖遺物の扱いは当面は私の担当、話はこちらにお願いします」

 

「これは失礼。話を戻すと、《フロンティア》の封印を解く神獣鏡と起動させる為のネフェリムの心臓が、ようやく此処に揃った訳です」

 

「そして、フロンティアの封印されたポイントも先だって確認済み……」

 

「そうです! 既に出鱈目なパーティーの準備は完了しているのですよ! 後は私たちの奏でる狂想曲にて全人類が踊り狂うだけッ!!」

 

「…………近く、計画を最終段階に進めましょう」

 

 狂気の笑みを見せるウェルとは対照的に、ナスターシャは何やら思う所があるようだったが、特に否定する様子もなく計画を進める事を決めた。

 

「おー! ピカピカしてる!」

 

「「「うわぁっ?!」」」

 

 話がひと段落し落ち着いた時、いつの間にか部屋の中にいたユウが、映像内のネフェリムの心臓をまじまじと見ていた。

 

「ゆ、ユウっ?! いつからそこに居たデスかっ!?」

 

「むー! さっきから居たよ! ご飯出来たって呼んでるのに、誰も来ないから呼びに来たんだよ」

 

 そう言うユウのエプロンからほのかに良い香りが漂っていた。その匂いが、まだ昼食をとっていなかった切歌達の食欲をそそらせる。

 

「まったく興の削がれる……!」

 

「ウェルさんも一緒に食べよ?」

 

「お断りします。きみの料理は、ボクのお好みには合いませんのでね」

 

「むー! だってウェルさんの好きな食べ物ってお菓子ばっかりなんだもん」

 

 食の好みをユウにしつこく聞かれ、渋々答えた事があったが、ウェルが好きな食べ物はお菓子類であり、流石に頻繁に作る事は難しかった。

 

「でもクッキーなら作ったから、ご飯食べたら食べようよ」

 

「ならそれだけ、いただきますよ」

 

 そう言うとウェルは、ユウが見せたクッキーの入った袋を掠め取り部屋を後にした。

 

「あー! それ皆んなの分も入ってるのにー!」

 

「まあまあ、構いませんよ坊や。それよりも会議もひと段落しましたので、食事にしようと思います。案内してくれますか?」

 

「うん! マムさんの好きなお肉多めにしたからね!」

 

「それは楽しみですね」

 

 ユウはナスターシャの車椅子を後ろから押し部屋を後にした。

 

「あたし達も行くデスよー!」

 

「マムばっかり、ユウと喋ってズルい……」

 

 切歌と調もまたそんな二人の後についていく。先程までの張り詰めた雰囲気は既になく、穏やかな空気が流れていた。

 そんな平和を思わせる雰囲気に、マリアは気付かぬうちに微笑んでいた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「――でね? この前のお祭りの時、切歌お姉ちゃん生クリームまみれになっちゃって!」

 

「うふふっ! そうですか、それはそれは――」

 

 食事を終えたユウとマムと私の三人は、気分転換に外の散歩をする事にした。自然あふれる湖の前を、ユウがマムの車椅子を押しながら三人でゆったり進む。

 

「ふふっ、マムもユウもすっかり仲良しね」

 

「うん! ぼくマムさん好き!」

 

「おやおや、そんな事を言ったらマリアが嫉妬してしまいますよ?」

 

「ちょ、ちょっとマムっ!!?」

 

 突然の事に、自分でも驚くぐらいに動揺してしまい、私の顔は熱されたかの様に熱くなってしまう。

 

「大丈夫! ぼくマリアお姉ちゃんの事も、大大大好きだよっ!」

 

「も、もう……!」

 

 本当にこの子は、自分の想いを恥ずかしげもなく真っ直ぐに伝えてくる。大好きとはっきり言われて気恥ずかしさを覚えるが、自然とこの子に言われると胸の奥が温かくなってしまう。

 そんなこちらの気も知らず、ユウは私に車椅子を任せると、目の前に広がる湖に近づくとまじまじと水の中を覗き込んでいた。

 

「綺麗〜。あははっ! 冷たーい!」

 

「…………いい子、ですね」

 

「ええ、そうね」

 

 子供らしく無邪気にはしゃぐユウのそんな姿を見た私達は、自然とそう呟いていた。

 いつもは厳しく冷静に物事を見定るマムも、まるで孫でも見るかの様に穏やかな目で見つめていた。

 

「マム、私が間違っていたわ」

 

「マリア……」

 

「世界を救う……その大役を務めていながら、私は覚悟を決める事が出来ていなかった」

 

 世界を救う。それが決して楽な道ではないのは頭で理解していたが、本当の意味で覚悟をし切れていなかった。

 

「だけど今は違う! 私はあの子を……私を姉と呼んでくれる存在を、もう失いたくない。あの子が生きる世界を守ってあげたい……」

 

 最初はただの人質だった。

 しかし彼と生活を共にするうちに、ユウと言う存在の尊さが理解出来た。

 何故翼達が、あれだけ躍起になって取り戻そうとするのかよく分かる。セレナと同じく眩しい笑顔を見せる純粋な子供、そんな彼が笑顔で生きられる世界こそが本当の平和なのだ。

 その為なら覚悟を決められる。

 これは私の意思だ。

 

「だからねマム、私は!――」

 

「その必要はありません」

 

「え?」

 

「貴女にこれ以上新生フィーネを演じてもらう必要はありません」

 

 再び偽りのフィーネとして生きる覚悟。しかし私の覚悟は、マムの一言で破られた。

 

「マム?! 何を言うの?」

 

「貴女は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。フィーネの魂などは宿していない、ただの優しいマリアなのですから……」

 

 マムはまるで毒気の抜けた様な優しい瞳で私を見据える。それは、なんとしても作戦を成功させようとする厳しい眼差しではなく、昔私達が好きだった優しい母親(マム)の眼差しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ☆





 
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