シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第二十六話 喪失までのカウントダウン

  ☆

 

 

 

 

 

「ここで待っていなさい」

 

 冷たい声とともに、重厚な扉が音を立てて閉じられた。

 

「マリアお姉ちゃんっ!」

 

 ユウは駆け寄ってドアを叩いた。しかし返事はない。

 外から鍵が掛けられ、内側からは開けられない造りのその扉は、いくら叩いてもびくともしない。

 ユウは肩を落とし、握った拳をゆっくりと下ろした。

 扉の向こうから、マリアの気配がすっと消えていくのが分かった。

 

「全てが終わった頃には、もう月の落下に怯える必要はない。だから、良い子で待っていて」

 

 彼女の言葉が、重く胸に響いていた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 格納庫の奥、分厚い鋼鉄の扉が開くと、緑色の光が淡く辺りを照らした。

 マリアが目にしたのは、カプセルの中で静かに眠る未来の姿。そして、得意げに端末を操作するウェルの姿だった。

 

「ウィヒヒ……! 上手く行きましたねぇ!」

 

「あなた……この子に一体何をしたの?」

 

 マリアの声には怒りが滲んでいた。

 しかしウェルはそれに怯む様子もなく、楽しげに手を止め、肩をすくめて見せた。

 

「おや? 気付きましたか?」

 

「ユウと話してから、あの子の様子が明らかに変わった。あなたが……何かをしたのね?」

 

 マリアの問いに、ウェルは満足そうに頷いた。

 

「YES。――正確に言えば、彼女が眠っていた間に“特別なLiNKER”を投与したのですよ」

 

「LiNKERを……?!」

 

「ええ。感情を増幅させる効果を強くしたタイプです。彼女の中にある“最も強い感情”を、より強く、深く、引き出すようにね」

 

「……あなたの目的は、彼女自身の意志で神獣鏡を欲するように仕向ける事だったのね」

 

「ご明察! 非適合者を適合させるには、“無理矢理”では駄目なのです。彼女自身が力を求め、聖遺物と心を結びつけようとしなければ」

 

 マリアは強く唇を噛みしめた。

 ウェルの話は全て理屈としては合っていた。しかし――

 

「……そのために、ユウを“感情の装置”として連れてきたの?」

 

「ふふふ! 彼女があれほどまでに“愛”を抱えていたとは予想外でしたが、まさに完璧な起爆剤でしたねぇ!」

 

 ウェルは満面の笑みで、マリアを見た。

 

 だが、マリアの拳は震えていた。

 

(ユウ……)

 

 彼女は歯を食いしばり、己の爪が手の平に食い込むのも構わず、拳を握りしめる。

 

 どれだけ覚悟を決めていたとしても。

 世界を救うために悪となると決めていたとしても――

 一人の少女の純粋な想いを、愛を、引きずり出し、踏みにじるようなやり方には、耐え難い痛みがあった。

 

 それでも、彼女はその痛みを――背負うしかなかった。

 

 

 

  ☆

 

 

 

(どうしよう? 未来お姉ちゃんを助けないと……。でも、響お姉ちゃんも助けないと……」

 

 未来を助けたい。しかし響を救うには、彼女を戦わせてはいけないのも事実。

 迷いを見せそうになるユウの思考に反応するように、ティグの紋章が点滅した。

 

(うん……そうだよね。いくら響お姉ちゃんを助ける為って言っても、その代わりに未来お姉ちゃんが苦しんで良い筈が無いんだ!)

 

 未来のしようとしている事は、響の苦しみや悲しみを自分に移そうとしているだけだ。そんな事を黙って見ているなど、ユウには出来なかった。

 何をするにしてもここから出るのが先決、ユウは辺りを見回した。

 すると部屋の隅に小さなダクトが見えた。かなり幅の狭いダクトだが、自分の体格ならギリギリ通れる物と判断したユウは、使えるものがないか辺りを探る。

 元々倉庫として使われていた場所だったからか、すぐ近くに工具箱を見つける。そこからドライバー等を取り出し、ダクトの蓋を開けると体を潜らせた。

 

(待っていてね、お姉ちゃん!)

 

 案の定の狭さだったが、ユウのしなやかな体は、特に引っかかる事もなく、まるで滑るかのようにグングンと進んで行った。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 マリア達の乗るエアキャリアは、再びフロンティア封印ポイントを目指していた。

 寒さを抑える為に、ユウから貰ったマフラーを巻いた調達がブリッジに集まっていた。

 

「マムの具合は、どうなのデスか?」

 

「少し安静にする必要があるわ。疲労に加え、病状も進行しているみたい」

 

「そんな……」

 

「つまり、のんびり構えてられないと言う事ですよ。月が落下する前に、人類は新天地にて一つに結集しなければならない。その旗振りこそが、ボク達に課せられた使命なのですから!」

 

 意気揚々と語るウェルを、調と切歌が疑心の目で睨み付けていると、エアキャリア内のアラームが警報を告げる。

 目の前のモニターに一隻の軍艦が映った。

 

「米国の哨戒艦艇デスかっ!?」

 

「こうなる事も予想の範疇。せいぜい連中を派手に葬って、世間の目をこちらに向けさせるのはどうでしょう?」

 

「……世界に私達の主張を届けるには、格好のデモンストレーションかも知れないわね」

 

「マリア……」

 

「私は……私達はフィーネ。弱者を支配する強者の世界構造を終わらせる者、この道をいく事を恐れはしない」

 

 マリアの非常な判断に納得したウェルは、米国の船の上にノイズを召喚させた。

 勿論兵士達は銃を取り排除を試みるが、その健闘も虚しく、次々とその体を炭素へと変えて行った。

 そんな虐殺としか言いようのない光景を、上空から見下ろしていたマリアは、唇を強く噛み締めていた。

 

「こんな事が……マリアの望んでいる事なの? 弱い人達を守る為に、本当に必要な事なの?」

 

 調の言葉にマリアは反応しない。しかしその目と、血の流れる口元から、彼女の本心は分かった。

 

「調っ?!」

 

 調は運転席を出ると、エアキャリア内の通路を走る。

 出口までもう少しといった所で突如、足元のダクトの蓋が吹き飛んだ。

 

「なに……?」

 

「ぷはぁっ! やっと出れた……」

 

 不思議そうにダクトの奥を覗き込んでみると、中から白くて細い足が見え、次にお腹、最後に可愛らしい顔と美しい黒髪が見えた。

 ダクトの出口に着いたはユウは、当然ネジで止められていた出口を、蹴破る事で脱出したようだ。

 

「ユウ? 何をしているの?」

 

「あ、調お姉ちゃん!」

 

「調!……とユウ? 何やってるデスかっ!? マリアの所に戻るデス! 下にはアイツらも来てて危険デスよ!」

 

「翼お姉ちゃん達が来てるの!?」

 

 自分一人では未来を説得する事も助ける事も出来ない。

 しかし下に翼達が来ているなら、何か良い手を思いつくかもしれない。

 素早く起き上がったユウは、エアキャリアの扉を開けようとしている調に駆け寄った。

 

「調お姉ちゃんお願い! 下に行くなら、ぼくも連れて行って!」

 

「ユウ?! 何を言ってるデスかっ!?」

 

「お願い!! どうしても助けたい人がいるの! ここに居ても何も出来ない……だからお姉ちゃん達と一緒に!」

 

「ユウ………………分かった」

 

「調まで、何を言って――」

 

「ユウはわたし達に笑顔をくれた、だからわたしも彼を笑顔にしてあげたい」

 

 エアキャリアの扉を勢いよく開く。上空の為か冷たい風が勢いよく吹き荒れた。

 

「調っ!!!」

 

「それにわたしもマリアを助けたい。マリアが今苦しんでいるのなら、わたしが助けてあげるんだ!」

 

 切歌の抑制も聞かず調は、ユウの体を離さなようにしっかりと抱きしめると、真下の軍艦を目指し勢いよく飛び降りた。

 

「Various shul shagana tron……」

 

 落下の最中調は、赤い刃の旋律を歌う。少女の身体にピンク色のシンフォギアが纏われる。

 丸鋸のアームドギアを持つ《シュルシャガナ》。調はツインテールに着いたヘッドギアから巨大な丸鋸を作り出すと、ヘリのプロペラのように回転させホバリングしながら軍艦へと着陸した。

 

「ここで、待ってて!」

 

 離れた場所にユウを待機させ、調はノイズの群れへと突っ込んだ。

 

 《α式・百輪廻》

 

 ヘッドギアの左右のホルダーから放たれた小型の丸ノコが、ノイズ達の胴体を撃ち抜いた。

 着地した調は、ブーツ型のギアから丸鋸をローラーの代わりにして移動すると、再びヘッドギアを展開させ巨大な丸鋸を形成させ、自身ごと回転し広範囲のノイズ達を切り刻んだ。

 ノイズ達も反撃を試みるが、調はローラーを生かしフィギュアスケートのような滑らかな動きで回避すると追撃を続けた。

 

「ふぅ…………っ!?」

 

 辺りのノイズ切り刻み一息ついた調の背後から、ノイズの生き残りが襲い掛かる。

 回避は不可能と考え、防御しようとした時、調を襲おうとしていたノイズが真っ二つに別れた。

 調を助けたのは、緑の刃のシンフォギア、《イガリマ》を纏った切歌だった。

 

「切ちゃん! ありが――」

 

 手助けしてくれた親友の姿に、嬉しそうに駆け寄ろうとした調の首に、突如薬が打ち込まれた。

 

「切ちゃん?……な、何を……?」

 

 すっかり油断していた調は、抵抗する間もなかった。薬の効果か力の抜けた調の体から、シンフォギアが光の粒子となって消滅した。

 切歌が不意をつき撃ち込んだのは、《Anti_LiNKER》聖遺物との適合率を無理矢理下げる薬である。元々低い適正値に、Anti_LiNKERを打ち込まれたせいで、調のシュルシャガナは強制的に停止させられたのだ。

 

「切歌お姉ちゃん、何で……?」

 

「あたし……あたしじゃ無くなってしまうかも知れないデス」

 

 マリアがフィーネの魂を宿していないと知った切歌は、自分こそがフィーネの魂が宿った器だと確信に近いものを持ってしまっていた。

 

「そうなる前に、何か残さなきゃ……調に、ユウに、忘れられちゃうデス! 例えあたしが消えたとしても、世界が残れば、あたし達の思い出は残るデス……だからあたしは、ドクターのやり方で世界を守るデス!」

 

「切歌お姉ちゃん……」

 

 自分が無くなるのなら、誰かの為に何かを残したい。それはかつてユウが切歌に言った事だった。

 あの時は参考の一つとしか考えていなかったが、フィーネが自分に宿っていると確信してしまった今では、その恐怖はより強い物となり、彼女から冷静な判断を奪ってしまっていた。

 

「もう、そうするしか……」

 

 それはまるで自分に言い聞かせているようだった。

 その時、調の背後から青と赤の二人の装者が姿を現した。

 

「ハァッ!」

 

 切歌へと翼が斬り掛かり、アンチリンカーの効果で座り込んでいる調にクリスが組み付いた。

 

「くっ!……」

 

 素早く繊細な太刀筋の翼に切歌も抵抗するが、幼き頃より鍛え抜かれた翼の剣技の前に、施設育ちで対ノイズしか想定して来なかった切歌は、あっという間に動きを制限させられた。

 

「おい! ウェルの野郎はここに居ないのか! ソロモンの杖を使うアイツは、何処に居やがるっ!!」

 

「……あぅ!」

 

 力の入らない状態でクリスに首を絞められ、調は苦しそうな声を上げる。

 

「やめて、お姉ちゃんっ!」

 

 そんな光景を見かねたユウは、壁を滑り降り四人がいる場所へと駆けつけた。

 

「ユウっ?!」

 

「お前、なんでこんな所に……!」

 

 この数週間常に行方を追い求めていた少年の存在に、クリスは思わず拘束を解き、ユウを抱き止めた。

 

「お願い、調お姉ちゃん達に酷い事しないで?」

 

 

 

 

 

 

「ユウ!? 何であの子があそこに……?」

 

 エアキャリアのコックピットから、その映像を見ていたマリアも、同じように驚きの声を上げる。

 戦場に巻き込まれないように軟禁していた筈の少年が、そのど真ん中に居るのだから当然だ。

 

「どうやら月読調が裏切ったようですねぇ?」

 

「調が……そんな……」

 

 身内の裏切りにショックを受けているマリアだったが、そんな暇もない。既に調だけでなく、切歌もまた翼によって無力化されようとしていた。

 

「切歌!」

 

「ならば傾いた天秤を元に戻すとしましょうよ。出来るだけドラマティックにね? 出来るだけロマンティックに!」

 

「まさか……あの子を!」

 

 ウェルが端末を操作すると、エアキャリア内の格納庫が開き、何かが射出された。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「Rei shen shou jing rei zizzl……」

 

 悲しげな歌声と共に紫色の流星が甲板へと飛来する。

 鉄の甲板をへし曲げ、降り立ったのは紫色のシンフォギアを纏った少女だった。

 そして、それを纏う少女はユウ達がよく知る人物だった。

 

「未来……お姉ちゃん……」

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおぉっ!!!」

 

 頭と顎を挟むようなヘッドギアに顔を覆われているが、その間から見える顔は、間違いなくユウの大好きな姉のものだった。

 

「小日向っ?!」

 

「なんで、そんな格好してるんだよ?!」

 

「あの装者は、リンカーで無理矢理してた上げられた消耗品……わたし達以上に急拵えな分壊れやすい」

 

「ふざけやがって!!」

 

 動揺を抑える暇もなく、神獣鏡を身に纏った未来は戦闘体勢に入った。

 上下のギアが閉じバイザーとなると、体を浮き上がらせる。飛行というよりはホバー移動の要領で速度を上げ、こちらへと向かって来た。

 

「こう言うのはアタシの仕事だ!」

 

「待ってクリスお姉ちゃん! 相手は未来お姉ちゃんなんだよ!?」

 

「危ねぇから下がってろ! 無力化するだけだ!」

 

 ユウを突き放したクリスは、腕のギアをボウガンへと切り替え、広範囲に矢を放った。

 

 《QUEEN'S INFERNO》

 

 しかし未来は、重厚そうな見た目とは裏腹に高い機動力で矢を避けると海へと飛び降りた。

 本来なら水没するところだが、ホバーによって浮き上がっている未来は、そのまま海面を滑るように移動する。

 

 《BILLION MAIDEN》

 

 周りの船を足場に未来を追いかけたクリスは、ギアをガトリングに変形させ海面を弾幕で制圧する。

 雨霰の如くの弾幕に流石の未来も回避し切れず、扇子のようなアームドギアから光線を放ち応戦する。しかし相手は遠距離制圧特化のイチイバル。撃ち合いでは部が悪いのか、徐々に未来の被弾が多くなっていた。

 

(くっ……助ける為とは言え、あの子はアタシ等の仲間だぞ……)

 

 一発の弾が未来の身体に被弾する度に、クリスの脳裏に彼女達との楽しい思い出が蘇る。

 出来るだけ割り切ってはいるが、共に日常を過ごした者を撃つ事が、気持ちの良いもの筈が無かった。

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 再び翼達の居る甲板に着地した未来。着地の瞬間に足を止めたのを見逃さず、クリスの腰部アーマから生成された複数のミサイルが未来を捕えた。

 

「未来お姉ちゃんっ!」

 

 黒煙が晴れ、砕けた甲板の上に倒れ伏す未来。駆け寄ろうとするユウを片手で制したクリスは、未来のギアを剥がそうと手を伸ばす。

 その時、彼女のバイザーから男の声が聞こえた。

 

『女の子は大切に扱って下さいよ? 乱暴にギアを引き剥がせば、接続された端末が脳を傷つけかねませんよ?』

 

「お前……!」

 

 ウェルの声に反応した瞬間、倒れ伏していた未来が起き上がりアームドギアを展開させた。

 

 《閃光》

 

「避けろ、雪音っ!」

 

 言われるまでもなく回避行動をとったクリスの体を、未来のギアから放たれた光線が掠めた。

 

「……くっ! まだそんなちょっせえのを!!」

 

 アームドギアをしまった未来が体を広げると、彼女の脚部アーマから鏡のような装甲が円状に展開された。

 展開された装甲が紫色の光を怪しく点滅させる。

 

「マジかよ……こっちにはユウも居るんだぞ!!!」

 

 その光景からクリスは経験上、相手がとてつもない大技を放とうとしているのが分かった。

 見え見えの大技だが、今避ければ後ろにいるユウや、ギアを解かれ無防備となった調が危ない。

 

「だったらぁっ!!!」

 

 クリスはイチイバルの腰部後方ユニットを展開させ、菱形状の小型のパーツを展開させた。

 それはかつて、カ・ディンギルの砲撃をも防いで見せたエネルギーリフレクターだった。

 

 《流星》

 

 未来の周りのエネルギーが収束し、砲撃となり放たれ、クリスの盾とぶつかり合う。

 

「な、なんで押されてんだ!?」

 

 クリスの驚きも最もだった。自分のリフレクターは、月を砕く一撃を逸らす力を持っている。それ故にどんなエネルギーにも耐えられる自信があった。

 しかしそれはあくまで力押しの場合。シンフォギアの力そのものを分解する特性を持っている神獣鏡のエネルギーは、力では止める事は出来ないのだ。

 

「くっ、分解されていく。このままじゃ……」

 

 菱形状のパーツが一つ一つ消滅していく。このままでは盾は破られ、自分だけではなく守るべき者の存在も危ない。

 状況を打開しようとも身動きが取れない。そうこうしているうちに、最後のパーツが破られようとしていた。

 

「未来お姉ちゃん、止めて!!!」

 

「っ!」

 

 クリス達に意識が向いているうちに、ユウは未来の側へと回り込んでいた。

 攻撃を止めさせようとユウが、未来に抱きついた瞬間、クリス達を呑み込もうとしていた光の渦が消えた。

 

「………………」

 

「未来……お姉ちゃん? うわぁっ――!」

 

 バイザーが開き、ユウを見つめるのは、どこか虚ろで光を失った瞳。

 それは少年の知る「優しい未来」ではなかった。バイザーが再び閉じると、未来の腕が動き、ユウのパーカーを掴む。

 

 そして――ごみでも扱うように、ユウの体が宙を舞い、甲板に叩きつけられた。

 

「くっ……! 今の小日向には、ユウの声すら届かないのか!」

 

「全部、あの頭についてる装置のせいだ! あれが、アイツを操ってやがる……っ!」

 

 怒りを露わにするクリスと、眉をひそめる翼。

 しかしその誰よりも、胸を抉られる思いでその光景を見つめていたのは――モニター越しに見守っていたマリアだった。

 

「ユウっ!!」

 

「……ふむ、バイタルに変動……ですか」

 

 冷静な観察を続けるのは、あくまで他人事のように振る舞うウェル博士。

 彼の端末には、未来のギアが受けた心理的動揺のデータがはっきりと映し出されていた。

 

「どうせ何も出来ないでょうが、後顧の憂いは絶っておくべきでしょう。さぁ、神獣鏡よ――舞台に不釣り合いな子羊を、排除なさい!」

 

「ドクター、なにを……!? あの子は何も――」

 

「“関係ない”、でしょ? そう言ったのは貴女ですよ、マリア。力を持つ者たちの舞踏会に、あのような存在は不要なのです。とっとと、幕を引いてもらいましょうかぁぁ!!」

 

 ウェルが端末を操作した瞬間、未来の装者ギアが怪しく紫に光り始めた。

 バイザーの奥で、未来は苦しげに歯を食いしばる。

 

「小日向?! やめろ、それは――」

 

「止めろぉっ! ソイツを誰に向けてんのか、分かってんのかっ!?」

 

「そんな事、させないデスぅ!!」

 

 三人の装者――翼・クリス・切歌が咄嗟に動いた。

 だが、すでに未来はその手に、扇子状のアームドギアを展開させていた。

 

 そして次の瞬間――

 

 紫の閃光が放たれた。

 

「――かはっ……!」

 

 その一撃は、ユウの小さな胴体を直撃した。

 羽のように軽いその身体が、声もなく空を舞い、そして、転がる。

 

「「「「ユウっ!!?!」」」」

 

「ユウくんっ!!!」

 

 声が、世界を包んだ。

 装者たちの悲鳴が、響のいる本部にも届いたかのように、彼女もまた涙声で叫んだ。

 

 

 

 

 

「ユウが………………そんな…………!」

 

 モニターの先で、黒煙の中に倒れた小さな影――。それがマリアの胸を締め付ける。

 たった今、未来のギアから放たれた光が、その身体を撃ち抜いた。想像など遥かに超えた、あまりにも理不尽な現実。

 

「あはははははっ!!! 愛する者に《ハート》を撃ち抜かれる!最高にドラマティックで、ロマンティックじゃあありませんかぁっ!!!」

 

 背後から響く甲高い笑い声。それは人の死を喜ぶ悪意そのものだった。

 マリアは振り返り、狂気の顔を見せるウェルを睨みつける。

 

「ドクターぁっ……あなたはっ!!!」

 

 震える声で、怒りと悔しさと悲しみをぶつける。

 だが、ウェルは鼻で笑った。

 

「おやおや? ボクを責めるのはお門違いではありませんか?

 戦場に降り立ったのは、他ならぬ彼自身の意思です。

 ならばこうなる事も、予想して然るべきだったのでは?」

 

(くっ……分かってた……分かってたのに。だから……だから貴方には、あんな場所に居てほしくなかった……!)

 

 ハンドルを握る手が震える。

 マリアの胸にぽっかりと空いた穴。それはまるで、彼女の内側にあった希望が貫かれたようだった。

 この少年を守ることが、自分の「罪」を贖う道だと信じていたのに。

 

 だが、その刹那――

 

『けほっ! けほっ! い、いたた……』

 

 モニターから、聞き慣れた声が漏れた。

 

「っ!?」「ユウっ!?」

 

 モニターの映像が再び動き出す。

 倒れていたユウの身体が、震えながら起き上がる。お腹を押さえ、苦しげに咳き込みながらも――彼は、生きていた。

 

(ユウ……良かった……!)

 

 その瞬間、マリアの瞳に再び光が戻った。

 だが一方で、ウェルの顔が強張る。

 

「馬鹿なっ?! 出力が低いとは言えシンフォギアの一撃だぞ?! 何故起きて、いや何故生きているっ!!!?」

 

 モニターを見つめるウェルの手が、震える。

 それは恐怖ではなく、理解できないことへの恐怖だった。

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、お姉ちゃんが……」

 

 立ち上がったユウは、さすったお腹の痛みに顔をしかめつつも、確かに“確信”していた。

 自分が生きている理由。その答えが、彼の中に宿っていた。

 

『ええい! だったらもう一度ぶち込んでやれ!!』

 

 ウェルの怒声がギア越しに響いた次の瞬間、再び未来がアームドギアを展開し、光線を放った。

 鋭い閃光がユウの身体を弾き飛ばす。彼の小さな身体は甲板の上を転がり、背中を打ちつけた。

 

「ぐっ……くぅっ……!」

 

『た、立ち上がった……だと?』

 

 信じられないというようにウェルが呻く。

 だが――ユウは立ち上がる。震える膝に手を置き、痛みをこらえながら、なおも前を見据えて。

 

「やっぱりそうだ……未来お姉ちゃんに、ちゃんとぼく達の声は届いているんだ!」

 

 立ち上がることができる理由。それは奇跡でも、特別な耐久性でもなかった。

 未来自身がユウを傷つけまいと無意識に出力を抑えていたからだ。

 

 シンフォギアは、持ち主の感情と連動する。

 本心からの“殺意”を向けられなかったからこそ、その一撃は決定打にはなり得なかった。

 

「だったら……諦めない!」

 

 紫の瞳がまっすぐに輝く。

 ユウは自らの胸にあるペンダントをぎゅっと握った。

 

(ティガ……お願い、ぼくに力を貸して!)

 

 微かに点滅するティグの紋章が、彼の想いに呼応するように淡く光る。

 

(違う。今ぼく達に必要なのは、“戦う力”じゃない……

 今必要なのは、“お姉ちゃんの心と対話する力”だ!)

 

 その想いが形になる。目には見えない、だが確かな“光”がユウの身体から放たれた。

 まるで風が吹いたかのように、揺れる彼の髪と衣。胸の紋章が脈打つたび、ユウの心が未来へと届けられていく。

 

 少年の唇が開かれた。心の奥底からの叫びが放たれる。

 

「『――未来お姉ちゃんっ、目を覚ましてっ!!!』」

 

 その声は、口から出た音ではなかった。

 ティガの力、“心に語りかけるテレパシー”――直接、未来の意識へと語りかけたのだ。

 

「……っ!」

 

 未来の動きが止まる。目の奥に微かな光が揺れる。

 しかし、次の瞬間――

 

「……う、うぅっ!」

 

 「うあっ!?…………あぐぅっ!……」

 

 そのたびに、光線が放たれ、ユウの身体が弾き飛ばされる。

 出力は最低限に抑えられていたとはいえ、生身の人間にとっては十分すぎるほどの威力だった。

 

「ユウ! くっ……コイツっ!! ユウ、逃げろっ!!」

 

 クリスの叫びが甲板に響くが、彼女の動きをノイズが阻む。

 切歌も翼も、目前の敵を退けられずユウの元へと駆け寄れない。

 

 それでも――少年は立ち上がる。

 膝をつき、肩で息をしながら、それでも前を見た。

 

「『逃げない! だって未来お姉ちゃんと約束したから。ぼくが、未来お姉ちゃんを照らしてみせるって!』」

 

 心へ直接語りかける声が、未来の中に残された記憶を呼び覚ます。

 

 

 ――“ふふっ、わたしが陽だまりなら、わたしを元気づけてくれたユウくんは太陽かもね”

 ――“えへへーっ! 照れちゃうな、でも嬉しい。じゃあ未来お姉ちゃんが元気ないときは、いつでもぼくが照らしてあげるからねっ!”

 

 

 それは、かつて響との関係に悩み、心が曇っていた時のこと。

 未来の心を照らした、少年との確かな約束。

 彼は、忘れていなかった。今でもずっと、覚えていてくれたのだ。

 

「『未来お姉ちゃん、辛かったよね? 響お姉ちゃんが大変な事になって、辛くて苦しくて……そんな時に側に居てあげられなくてゴメン! 今度こそずっと側にいる! 一緒に響お姉ちゃんを助けよ?』」

 

 その声が、心の奥深くに染み込んでいく。

 耳ではなく、“心”に届いた。未来の唇が、微かに震える。

 

「…………ユウ……くん」

 

 かすかに漏れたその声に、周囲が息を呑んだ。

 押し殺されていた心の奥に残された、“本当の気持ち”が形になった瞬間だった。

 

 次の瞬間――未来の中に、皆との日常が蘇る。

 笑い合った時間。手を繋いで走った日々。

 守りたかったはずの人を、自分が今、傷つけている――その矛盾と罪悪感が脳をかき乱していく。

 

「うわぁああああああああああっ!!!」

 

 心が叫びに変わる。

 発狂したように声をあげた未来が、こちらへと突っ込んで来る。ユウはすれ違い様に彼女の腕に飛び付いた。

 ユウという重しを受けてもびくともしない未来は、そのまま上空へと飛び上がった。

 凄まじいGに身体中が圧迫されるが、ユウは手を離さなかった。

 

(頭の、これ……これがお姉ちゃんを……)

 

 未来の後頭部に取り付けられた眼球のようなデバイス。ユウは襲い来るGに耐えながら未来の体をよじ登ると、頭のデバイスにティグの紋章を勢いよく押し付けた。

 

(ティガ……お願い!)

 

 紋章から放たれた光が、一瞬空を照らしたかと思うと、未来の頭部のデバイスから怪しい光が失われた。

 ユウは、ティグの紋章の中に宿る不思議な光の力を使い、未来の神獣鏡を強制的に解除させた。

 この三ヶ月の間に貯めた光の力。その全てを使ったティグの紋章は、光を失いただのクリスタルへとなった。

 

(よし! これで……)

 

 ティグの紋章から溢れ出した光が収まった後、未来のバイザーが剥がれ落ちる。その暖かい光を浴びた未来は、穏やかな寝顔を露わにした。

 

「お姉ちゃん、良かったぁ……………って、うわぁっ!?」

 

 その瞬間、彼らを空へと押し上げていた神獣鏡の推力が消えた。何の前触れもなく、重力が二人の体を海面へと引き戻す。

 

 浮遊感。加速。落下。

 

 ユウは咄嗟に未来を抱き寄せ、彼女の頭を胸に押しつけた。たとえ自分の身体が砕けようとも、せめて未来だけは守りたい――そんな覚悟が、幼い胸に宿っていた。

 

 だが、次の瞬間――

 

「未来っ!! ユウくーーーんっ!!!」

 

 甲高く響く声が、空を裂いた。

 パワージャッキの推進を伴い、紅き閃光が空中を駆けた。

 

「響お姉ちゃんっ!?」

 

 駆け寄ったのは、ガングニールを纏った立花響だった。

 炎を纏うようなその体は、痛ましいほどに熱を帯びていた。

 

「お姉ちゃん、どうして? だって響お姉ちゃんが、変身しちゃったら……!」

 

「そんなの関係ないよ!!」

 

 強い声だった。震えて、でも、決して折れない声だった。

 

「未来が大変な事になって、ユウくんが命懸けで助けようとしてくれてるのに、わたしが何もしないなんて、出来るはずがないよ!!」

 

 かつてのように、誰かの悲しみを見逃せるほど、響は強くなっていなかった。

 二課の仮設本部でその様子を見ていた彼女は、弦十郎の制止を振り切り、自らガングニールを纏ったのだった。

 

 ユウと未来を両腕で強く抱きしめた響の体温は、もはや人間のそれではなかった。

 彼女自身が、聖遺物へと変わろうとしていた――

 

「……っ?! 何あれ?」

 

 落下の勢いを殺しながら、空を見上げた響の目に映ったのは――

 紫色の無数の光の線が一点へと収束していく、まるで悪夢のような光景だった。

 

 暴走状態にあった未来が、無意識に展開していた砲塔群が放った一斉射。

 それをエアキャリアから射出されたリフレクターが反射・収束し、光のエネルギーを一点へと集約していた。

 

 ――その着弾点こそ、いま彼女たち三人がいる場所だった。

 

 (駄目……!)

 

 響は二人を抱きしめる力を強め、少しでもエネルギーの本流から守ろうとする。

 しかし響の二人を守ろうとする意思を打ち砕くかの如く、天から落ちる禍々しい光の渦が、彼女達を呑み込もうとしていた。

 

(――そんな事、絶対させないっ!!!)

 

 二人を守りたいと強く念じたその時、ユウの胸の中心から眩い光が溢れ出した。溢れ出した光が紋章へと流れ込むと、クリスタルは再び輝きを取り戻す。

 光を蓄えたティグの紋章から青白い光が放たれ、三人の体を包み、神獣鏡の禍々しい光が降り注ぐ。

 二つの光の衝突によって、辺りが眩い閃光に照らされた。

 

 

  ☆

 

 

 

「み……く……み……未来!」

 

 響の声が、震えながら未来の名を呼ぶ。

 

「…………響?」

 

「未来! 良かったぁ……!」

 

 懐かしい声に導かれるように、未来の瞼がゆっくりと開かれた。

 目の前には、安堵と歓喜が入り混じった涙を流す響の姿があった。

 

 彼女は、まるで大切な宝物を取り戻したかのように、未来の手を包み込んでいる。

 熱い温もりが指先からじんわりと広がっていく。

 

 ふと周囲を見回した未来は、そこで違和感に気づいた。

 先程まで確かにあった波の音も風も、海の気配すらも消えている。

 

「ここ……どこ?」

 

「…………えーと、分かんない」

 

 二人の目に映っているのは、どこまでも広がる白い光の世界だった。

 天井も地面も無い。ただ果てしない空間を、静かな光が満たしている。

 

「私達……死んじゃったのかな?」

 

「分かんない。でも、もしここが天国でも、未来と一緒なら怖くないよ!」

 

 響は照れるように笑いながら言った。

 

「響……」

 

「もうユウくんに会えないって思ったら、寂しいけどね」

 

「うん。そうだね……」

 

 シンフォギアを纏い、何度も死線を潜ってきた二人。

 しかし、少女としての一面は消えておらず、心の奥底には家族のような存在への思いが残っていた。

 

 そんな想いが交差する中、突然、眩い光の中に“何か”が現れた。

 

 ――それは、巨人だった。

 

「未来!」

 

 反射的に未来を庇うように、響が前に出る。

 現れた巨人は、まばゆい光を全身から放ち、その輪郭ははっきりとしない。

 だが、どこか見覚えのあるその姿は、かつて街を守った“ウルトラマン”のそれに酷似していた。

 

「光の……巨人?」

 

「もしかして、この前のウルトラマンさん?」

 

 未来の問いに、巨人は答えない。ただ黙って、巨大な右手を二人の前に差し出す。

 その手のひらから放たれる柔らかな光が、二人の体を包み込んだ。

 

「う……うあっ!? な、何これ!?」

 

 響の体内から、黒いモヤが滲み出す。それは未来も同じだった。

 

「この感覚……ガングニール……?」

 

 二人の体に染み付いていた“呪い”。

 それは戦いの中で得た力であると同時に、聖遺物に選ばれた者たちが負った代償だった。

 しかしその“呪い”は、巨人の光によって少しずつ浄化されていく。

 

 黒いモヤが手のひらに吸い込まれた瞬間――

 巨人はそれを、優しく、だが確かに握り潰した。

 

「……アナタが、助けてくれたんですか?」

 

 震えるような響の問いに、巨人は首をゆっくりと――否定するように横に振った。

 

「え? それってどう言う……?」

 

 その答えを問おうとした未来の声は、次第に霞んでいった。

 身体を包む光は柔らかく、心を温めるように眠気を誘っていく。二人の心が穏やかに包まれていく中で、彼女たちのまぶたは静かに閉じられた。

 

 ――光の空間の中で、少女たちは再び夢の中へと沈んでいった。

 

 

  ☆

 

 

「ん…………」

 

 ゆっくりと、薄く瞼が持ち上がった。光が差し込み、湿った風が頬を撫でる。

 

 ――そこにあったのは、ユウの顔だった。

 

(やっぱり……ユウくんって、綺麗な顔してるなぁ……)

 

 意識がまだ朧げなまま、未来はぼんやりと少年の端正な顔立ちに見入っていた。

 しかし視界がはっきりしてくるにつれ、自分の口元に触れる“何か”の柔らかさに気づく。

 

「…………お姉ちゃん、目が覚めた?」

 

「ユウ……くん。…………………………えっ?」

 

 未来が驚く間もなく、ユウは彼女の顔からそっと離れる。

 唇に残る、ほんのわずかな温もり。――それは、確かに人工呼吸の後だった。

 

「ゆ、ゆゆゆユウくん?! い、いいい今っ!?」

 

「うん、良かった。海から上がったのは良かったけど、未来お姉ちゃん息してなかったから」

 

 ユウの言葉に、未来はふと状況を思い出す。

 神獣鏡の暴走。戦場での衝突。そして、海。

 意識を取り戻した今、周囲を見渡せば、そこは漂流する軍艦の残骸の上。

 泳ぐのが得意なユウも、自分より身体の大きな二人を引っ張っての水泳は流石に疲れたのか、大きく肩で息をしていた。

 

(そっか、助けてくれたのはユウくんなんだ……)

 

 全身を海水で濡らし、傷だらけの身体のユウ。自分達を助ける為に身を挺し頑張ってくれたのは彼だ。

 あの夢の巨人は、もしかしたらそう言おうとしていたのかもしれない。未来にはそう思わずにはいられなかった。

 

「そう言えば響は?」

 

「大丈夫だよ、響お姉ちゃんも落ち着いてる。未来お姉ちゃんと違って、呼吸も出来てるから大丈夫だと思う」

 

「良かったぁ……!」

 

 先程の未来同様気を失っているが、ユウの言う通り呼吸も安定しその寝顔は穏やかなものだった。

 

「ユウくん、ごめんね……私……」

 

「良いんだよ。ぼく未来お姉ちゃんの気持ち、よく分かるから。でもぼくは未来お姉ちゃんにも傷ついて欲しくないよ。未来お姉ちゃんが、響お姉ちゃんを好きって気持ちと同じぐらい未来お姉ちゃんが大好きだから」

 

「うん……」

 

「ねぇ未来お姉ちゃん。きっとぼく達にも出来る事があるよ。もし力が弱くても、それ以上に大切なものをぼく達は知ってる筈だよ」

 

 ユウは自分の髪を結んでいる白いリボンを解くと、それを未来へと見せた。

 

「未来お姉ちゃんがくれたこのリボン、ずっと大切にしてるんだ。あの時、お姉ちゃんがこのリボンをくれて、ぼく救われたんだよ?」

 

 少女のようなビジュアルをコンプレックスに思っていつつも、母親から大切にされていた髪を切る事に抵抗があったユウ。

 自分のコンプレックスと母親との思い出の中で揺れ動いていた。そんな時、未来がくれたこのリボンが、自分はこのままで良いのだと教えてくれた。

 あの日のユウは、それが嬉しかった。

 

「あの時の未来お姉ちゃんはとっても暖かかった……。きっと未来お姉ちゃんの魅力は、そんな暖かい心だと思うんだ。たとえ戦えなくても、その心があればきっと皆んなを笑顔にできると思うから。だからあんな目先だけの力に溺れないで? もっと未来お姉ちゃんの魅力を大事にして欲しいんだ」

 

「うん……ありがとう、ユウくん」

 

 陽だまりを照らす太陽のような、あたたかな存在。

 その温もりに引き寄せられるように、未来はユウの胸に顔を埋めた。

 小さな体に似合わず、どこまでも広く、包み込むような胸。背中にそっと回した腕に、ユウの手が添えられ、優しく頭を撫でてくれる。

 

「ユウくん……」

 

 その名を愛しげに呼んだ瞬間――。

 

「「「じーーーーーー」」」

 

「ユウく………………て、うわぁっ!? み、みみみ皆んな!? いつからっ?! っていうか、響起きてたの?」

 

「起きてたよ〜。けっこう前にね〜?」

 

 響がニコニコ顔で答える。その背後には、蒼白な表情でじっとこちらを睨みつけている二人の少女の姿。

 

「私達を無視して、随分とお楽しみだったみたいだな?」

 

 ――光のない瞳、無言の圧。

 

「って言うか……だ、誰っ!?」

 

 調がユウの隣にぴたりと寄り添い、にっこり笑って言った。

 

「初めまして、ユウのお姉ちゃんです」

 

「誰がユウの姉だ! 私は認めんからなっ!」

 

「…………ショタコン野武士」

 

「何だとぉっ!?」

 

 クリスではなく調が、なぜか“姉”ポジションを主張してくることに激昂する翼。その口撃に、響が半目でぽつりと突っ込む。

 

「むー! お姉ちゃん達喧嘩しないで! 今はそんな事してる場合じゃないでしょ。……あ、そうだ!」

 

 言い合いを止めようと手を広げたユウだったが、何かを思い出したかのように、再び未来へと向き直った。

 

「未来お姉ちゃん、息苦しくない? ぼく、人工呼吸って初めてだったから」

 

「「「へ?」」」

 

 一瞬、時間が止まった。

 固まったのは調・翼・響だけでなく、未来の脳もだ。

 

 そして――。

 

「〜〜〜っ!!! え、えとぉ〜! た、たいへんお上手でした……(キスが)」

 

「えへへ! 上手くできて良かった!(人工呼吸が)」

 

 何食わぬ顔のユウとは裏腹に、未来の頬はりんごのように真っ赤だった。

 口元に残る柔らかな感触が、再び生々しく蘇ってくる。

 

(く、くちびる……ユウくんのくちびる……ふ、ふへへ……初めての……………………)

 

「ブフーーーーーーーーーッ!?!?」

 

 限界を迎えた未来が、少女とは思えぬ勢いで鼻血を吹き出す。

 

「みくううううううううううぅっ!!??」

 

 響が慌てて支えに入るが、未来はそのまま崩れ落ちた。

 

 眠るように微笑む顔には、ついさっきの衝撃が色濃く残されていた。

 

「ユウの初めての……」

 

「くちびるが…………」

 

 事実を知った翼と調は、膝をついて項垂れた。

 

 そうして混乱と平和が渦巻くこの場に、突如――大地を揺るがす激震が響き渡った。

 

「――なに、今のは?」

 

 地鳴り。海が、引いていく。

 

 いや――違う。

 

「浮き上がって……る?」

 

 波が引くのではなく、大地が持ち上がる。海面から姿を現したのは、石の装飾に彩られた巨大な“島”だった。

 

 まるで、地中に眠っていた古代の神殿が目覚めたかのように。

 

 その姿に、ユウの胸元のペンダントが静かに揺れ、淡く光を放った。

 

(“フロン……ティアが、目覚めた”? これが、フロンティアなの?)

 

 ティグの紋章から聞こえたあの名前を、ユウは自然と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

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