シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第二十七話 ディスティニーアーク

  ☆

 

 

 

 

 

「そっか、クリスお姉ちゃんが……」

 

「ええ……」

 

「………………」

 

 二課仮設本部の潜水艦へと移動したユウと翼、そして捕虜として拘束された調は、彼女の独房の中で話をしていた。

 その内容は、翼達が合流するまでのクリスや切歌の事だった。

 ユウ達三人が神獣鏡の光に呑み込まれた後、切歌を拘束しようとしていた翼は、背後から襲撃を受けてしまった。

 その相手はなんと戦友である筈のクリスだった。

 完全に背中を預け切っていた状態からの射撃に、抵抗する間もなく翼は倒れ伏してしまった。そしてクリスは、そのまま彼女達の仲間として浮上したフロンティアへと向かって行った。

 

「ごめんなさいユウ。私がもっとしっかりしていれば……」

 

「翼お姉ちゃんは、いつもしっかりしてるよ。怪我は大丈夫?」

 

「ええ、ギアに守られていたおかげで傷は少ないわ」

 

「良かった! ねぇ翼お姉ちゃん、クリスお姉ちゃんの事信じてあげて? きっとお姉ちゃんには、何か考えがあるんだよ」

 

「……ユウは、雪音を信じているのね?」

 

「うんっ!」

 

 ユウは一切の疑いの無い笑顔を見せた。翼はそんな彼を優しく抱きしめ、おでこを突き合わせた。

 

「分かったわ。ユウが信じるあの子を、私も信じてみる」

 

 クリスがどんな考えでこんな事をしたのかは分からない。しかし彼女が、どれだけ平和を望んでいるのかは翼も知っている。次彼女と対峙した時、まずは話をする事から始めようと心に決めた。

 

「ねぇ、奏お姉ちゃん。調お姉ちゃんのコレ、外してあげられないの?」

 

「悪いなユウ。抵抗する手段を奪っているとは言え、コイツらがテロリストって事に変わりはないからな」

 

「そんな……。ごめんね調お姉ちゃん……」

 

「良いんだよユウ、ありがとう」

 

 正面に腰を下ろしたユウが手錠に繋がれた両手を握ると、調も同じように握り返した。

 

(あれ?……今の感覚って……)

 

 その瞬間、ユウは調の中に一つの違和感を感じた。

 それはまるで、個人の魂に別の魂が混ざろうとしている、そんな感覚だった。

 

「お願い、皆んなを止めて……。助けて……」

 

 

  ☆

 

 

「はい。これで検査はお終いよ」

 

「「ありがとうございました!」」

 

 医務室で資料を纏めている友里に、響と未来が頭を下げお礼を言う。

 二人は先程まで医務室にて精密検査を行なっていた。

 ほぼ無傷で戻ってきたとは言え、先程まで心身共に聖遺物に取り込まれていた状態。二人は大丈夫と言っていたが、流石に見かねた弦十郎からの指示で検査をする事になった。

 

「でも良かったわ。二人から聖遺物の反応は完全に消えてる。神獣鏡の力で消失したのだろうって司令は言ってたけど、アレだけのエネルギーを受けて無傷だなんて運が良かったのね」

 

「運が……」

 

「良かった……」

 

 友里が去った後の医務室で二人は複雑そうに呟いた。

 弦十郎達の予想は大きくは離れて居ないだろう。しかし二人には分かっていた、決して自分達の運が良かったのではなく、何者かの大きな力の干渉が会った事を。

 

「ねぇ、未来も見たよね? あの夢……」

 

「うん」

 

「あれは……夢、だったのかなぁ?」

 

「分かんないよ」

 

 二人が思い出すのは、あの時の光の空間での出来事。まるで夢のような出来事で記憶も朧げとなっていたが、あの光の巨人の干渉があった事を、二人は思わずにはいられなかった。

 

「でも私達は、色んな人達に助けてもらってるんだなって思った」

 

「うん、そうだね」

 

「お姉ちゃーん!」

 

 医務室の扉が開きユウが飛び付いてきた。その小さな体には所々に痛々しい傷が見え、包帯やガーゼが巻かれていた。

 

「お姉ちゃん達何のお話してたの?」

 

「なんでもないよ! ユウくんにありがとうって話をしてたの」

 

「うん、ありがとうユウくん。わたしや未来の為に頑張ってくれて」

 

「んーん。ぼくは、ぼくに出来る事をしただけだよ」

 

「出来る事……?」

 

「うん! もし戦う力を持っていなくても、自分にできる何かがあると思うから。だからぼく、自分にできる事を限界まで頑張りたいんだ!」

 

「そっか……そうだよね。うん、ありがとうユウくん!」

 

 響は再びユウを強く抱きしめた。ガングニールは失われ聖遺物の呪いは無くなった。しかしそれは同時に自分から戦う力が失われた事を意味していた。

 

(そうだよ、ずっとユウくんはそうしてくれてたんだ。例え戦う力が無くても、ずっとわたし達を支えてくれた。自分に出来る事を探し出して、ずっとわたし達に寄り添ってくれたんだ! だったらわたしだって……!)

 

 かつて響は、ガングニールの侵食を止める為戦う事を拒まれた。

 “戦えない自分には価値が無いのではないか?”過去のトラウマからそんな風にも思った事があった。だがそれは大きな間違いだった。

 何故なら目の前のこんなに小さくて尊い存在ですら、自分に出来るを探し出して行動しているのだから。

 文字通り、胸にポッカリと穴が空いたような感覚。しかし響は、目の前の少年と同じく、例え力がなくとも自分に出来る事をしようと思った。

 

 

  ☆

 

 

 同時刻、クリスを含めたマリア達は、一足先にフロンティアへと上陸していた。

 中央に存在する巨大な建造物。その付近にある遺跡の道を進む。

 一番先頭はクリスが歩く。それはその場にいる全員が、彼女に背後を取らせないように警戒している証拠だった。

 

「本当に私達と一緒に戦う事が、戦火の拡大を防げると信じているの?」

 

「信用されてねぇんだな。気に入らなければ、最前線で戦うアタシを後ろから撃てばいい」

 

「ええ、勿論そのつもりですよ」

 

 疑惑の視線を背に受けながら、クリスはバレないように視線を斜め後ろに向けた。

 彼女の視線の先には、ウェルの手に無造作に握られたソロモンの杖が映っていた。

 

(二度とそれを、アタシの目の前で使わせはしねぇ)

 

 クリスは拳を握りしめる力を強めた。

 彼女が翼達を裏切り、マリア達の側に着いたのは、ウェルの持つソロモンの杖が目的だった。

 今回の一件以降、ソロモンの杖によるノイズ被害の数々。かつてそれを使役していたクリスは、人一倍責任感を感じ、二度と被害を広げない為杖を奪う事を画策していた。

 

(その為なら、ユウ達(アイツら)と袂を分つ事だって……!!!)

 

 その為に急所を外したとは言え翼を撃ち、自分を姉として慕ってくれるユウの気持ちを裏切った。

 クリスはこの一件が済めば彼らの前から消える覚悟すらしていた。

 

「……着きました」

 

 長い長い遺跡の歩き続けると、大きく開けた空間へと辿り着いた。

 まるで吊り橋のように真っ直ぐ伸びた道に、巨大な石の柱のようなものが見える。その柱の中央には、まるで心臓部(コア)のような球体状の建造物が見えた。

 

「……ふへへ!」

 

 不気味に笑ったウェルが、ケースから取り出したネフェリムの心臓を、そのコアへと近づける。

 取り付けられた心臓が、血管のようなものを伸ばし張り付くとコアが眩い光を放った。

 光が強くなると、まるで血管に血が巡るように、光の粒子が遺跡全体を回っていく。

 

「ネフェリムの心臓が……!」

 

「心臓だけとなっても、聖遺物を喰らい取り込む性質はそのままだなんて、いやらしいですねぇ〜!」

 

「エネルギーが、フロンティアに行き渡ったようですね」

 

 ナスターシャの言う通り、コアから溢れ出したエネルギーは、フロンティア全体へと行き渡り、その力は周りの自然を復活させる程だった。

 

「さて、ボクはブリッジに向かうとしましょうか。ナスターシャ先生も、制御室にてフロンティアの面倒をお願いしますよ?」

 

 その場を後にするウェルにマリアも後を追う。ナスターシャもまた無言で頷くと、自分の仕事のために配置についた。

 

 

  ☆

 

 

 マリアとウェルは、心臓部たるコアの部屋から上に登り、ブリッジへと辿り着いた。

 初めての光景にマリアが辺りを見回していると、ウェルは迷う事なく部屋の中央部へと進んだ。

 そこには先程のコアと同じ球状の小さなオブジェクトが置かれている。それこそがこのフロンティアの制御システムだった。

 

「ふふん♪」

 

「それは?」

 

「LiNKERですよ。聖遺物を取り込む、ネフェリムの細胞サンプルから生成したLiNKERですぅ」

 

 ウェルは制御システムの前に立ち、懐から注射器を取りだすと、自らの腕に特殊なLiNKERを打ち込んだ。

 薬が打ち込まれた瞬間、彼の腕が肥大しネフェリムのものと同様の赤黒い怪物の腕に変貌した。

 変貌した腕を制御システムに乗せると、コアの時と同様の光が出現した。

 ネフェリムには聖遺物を取り込む力がある。ウェルは同様の力を得る事によって、フロンティアをコントロールする力を得たのだ。

 

「ふへへへへッ! 早く動かしたいなぁ。ちょっとぐらい動かしても良いと思いませんかぁ? ねぇマリア?」

 

 ウェルが不気味な笑顔を見せる中、フロンティア内の警戒アラームが鳴り響く。

 

 

  ☆

 

 

(フロンティアが、超古代文明の遺産ならば、それは異端技術の集積体……月の落下に対抗する手段もきっと――っ!?)

 

 それはブリッジ部分から離れた場所で作業していたナスターシャの耳にも入った。

 ウェルとナスターシャの前にモニターが展開される。そこに映っていたのは、先程以上の大艦隊を連れた米国の軍だった。

 

「どうやら、のっぴきならない状況の様ですよ? 一つにつながる事で、フロンティアのエネルギー状況が伝わってくる……コレだけあれば、十分にイキリ立つぅ!」

 

『早すぎます! ドクター――』

 

「さぁ! いけぇーーーッ!!!」

 

 まだ完全にエネルギーが溜まっていない。しかし功を焦ったウェルによって、強制的にフロンティアのエネルギーが集まっていく。

 ブリッジ上部からエネルギーが放出され、雲を突き破り、月へと辿り着いたエネルギーが、まるで腕のように収束し月の表面を掴んだ。

 

「どぉっこぉいしょおおおおおおおォッ!!!」

 

 月をアンカー代わりにし、その勢いでフロンティアが急激に浮上を開始した。

 

(加速するドクターの欲望! 手遅れになる前に、私の信じた異端技術で阻止して見せる!)

 

 海を突き破り浮き上がる。フロンティアは今、まさに方舟である本来の姿を人類に見せた。

 米国海軍達も動揺しながら、空飛ぶ島を撃ち落とそうと砲撃を始める。

 しかし圧倒的な質量の差、方舟には一切傷らしきものは見受けられず、フロンティアの重力操作能力により艦隊は浮き上がり、その圧力でまるで紙屑のように折り曲げられ爆散した。

 

「ふむぅ、制御出来る重力は、これぐらいが限度のようですねぇ! フハハハハハハッ!!!」

 

(果たしてコレが……人類を救済する力なのか……?)

 

「手に入れたぞっ! 蹂躙する力ァッ! これでボクも、ウルトラマンと同じ英雄になれるぅ! この星のラストアクションヒーローだぁッ!!! ウヒャヒャヒャヒャヒャッ!!!」

 

 圧倒的な力で相手を蹂躙する。その姿はとても救済や英雄などと言えるものでは無かった。

 

 

  ☆

 

 

 そしてその様子は、世界中に伝わっていた。

 

『ご覧ください! 大規模な地殻変動の確認された海域にて軍事衝突です! 米国所属の船が一瞬で――うわぁっ!!?』

 

 地殻変動を調査しに来たマスコミのヘリが押し潰されるように破壊され、映像がストップした。

 

「こう言う事件って……」

 

「まさか立花さんも……」

 

「関係、してたりして……」

 

 現実味のない超常現象の連続。

 まるで三ヶ月の時と同様の出来事に、弓美達は任務の為学園を休んでいる響達の身を案じていた。

 

 

  ☆

 

 

「わあぁっ!?」

 

「おっと! 大丈夫かユウっ!」

 

「ありがとう、奏お姉ちゃん」

 

 海底から押し上げられるような衝撃に、バランスを崩したユウが倒れそうになるのを奏が受け止めた。

 その衝撃に押されたまま、潜水艦はフロンティアの端へと打ち上げられた。

 

「下からいいものをもらったみたいだ!」

 

「計測結果出ました! 直下からの近く上昇は、奴らが月にアンカーを打ち込むことで……フロンティアを引き上げたからだと予想されます!」

 

「なんだとぉ?!」

 

 月をアンカーにして方舟を引き上げる。そんな常識外れな策に全員が驚きを見せた。

 

「それだけじゃありません! 事態は思ってた以上に最悪な状況です! フロンティア引き上げの際の力によって、月が……月の落下が早まっています!!!」

 

「「「なっ!!?」」」

 

「月の落下が……そんな…………マリアお姉ちゃん……」

 

 皆が月の落下に驚きを見せる中、ユウは一人、今はフロンティアの中心にいるであろうマリアの心意を心配していた。

 月の落下から人類を救う事を、誰よりも願っていた彼女が、今穏やかな心持ちではいられる筈がないからだ。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「行き掛けの駄賃に月を引き寄せちゃいましたよ」

 

「月を!? 落下を速めたの!? 救済の準備は何もできていない!! このままでは本当に、人類は絶滅してしまう!!」

 

 人類を滅亡に導いたと言うのに、全く悪びれないウェルを退けたマリアが、フロンティアを操作しようとシステムに触れる。しかし彼女の意に反し、システムの光は失われていった。

 

「どうして? どうして私の操作は受け付けないの!!?」

 

「いひひひィッ……LiNKERが作用している限り、制御権はボクにあるのです。人類は絶滅なんてしませんよ。ボクが生きている限りはね。これがボクの提唱する、一番確実な人類の救済方法です」

 

「そんなことのために、私は悪を背負ってきたわけではない!!」

 

 マリアが掴みかかろうとするが、ネフェリムの細胞を取り込み多少なりとも力の増したウェルには勝てず倒れ伏した。

 

「ここでボクに手をかけても、地球の余命が後僅かなのは変わらない事実だろう? 駄目な女だなぁ! フィーネを気取ってた頃でも思い出してぇ、そこで恥ずかしさで悶えてな」

 

「セレナ……ユウ……ごめんなさい……私……!」

 

 守ると決めた存在の為、悪を背負う覚悟を決めたにも関わらず、むしろ最悪の状況へと導いてしまった。自分の考えの浅さと無力さにマリアは悔し涙を溢した。

 

 

 

  ☆

 

 

 

(マリアお姉ちゃんが……泣いてる)

 

 揺れる胸の奥で、ユウは何となくそんな“気配”を感じ取っていた。

 

 今、二課の潜水艦ブリッジでは、出撃準備が慌ただしく進められていた。艦内には唯一の現役装者である風鳴翼の姿。そしてもう一人――

 

「捕虜に出撃要請って……どこまで本気なの?」

 

 冷ややかな声が響いた。

 

「もちろん、全部!」

 

 そこに立っていたのは、F.I.Sの装者である月読調。緒川によって手錠を外された彼女は、フリーの身であることを示すかのように、堂々と姿勢を正していた。

 

「調お姉ちゃん、手痛くない?」

 

「大丈夫だよ、ユウ。また会えて良かった」

 

 優しく微笑んだ調は、自由になった手でそっとユウの頭を撫でた。捕虜となった彼女と再び話せるとは思っていなかった。ユウはその指先の温もりに安堵し、調の瞳をまっすぐ見返す。

 しかし、その柔らかな視線はすぐに鋭く変わる。

 

「あなたのそういうところ、好きじゃない。正しさを振りかざす、偽善者のあなたが」

 

 強い語気で睨んだ先には、立花響の姿があった。

 だが、響はその言葉にも動じなかった。

 

「わたし、自分のやってることが正しいだなんて思ってないよ」

 

 その穏やかな声は、かつてコンサート会場で交わした言葉と、まったく同じだった。

 

「以前ね、大きな怪我をした時、家族が喜んでくれると思ってリハビリ頑張ったんだけど……家に帰ってからのお母さんもおばあちゃんも、ずっと悲しそうな顔ばかりだった」

 

 響の語りは静かだったが、その一言一言に強い“信念”が宿っていた。

 

「それでもわたし、自分の気持ちだけは偽りたくなかった。偽ってしまったら、誰とも手を繋げなくなっちゃうから」

 

「……手を繋ぐ? そんなこと……本気で……」

 

「うん。本気だよ」

 

 響の眼差しがまっすぐに調へ向けられる。その芯の通った眼に、調の言葉が止まった。

 

「だから調ちゃんにも、やりたいことをやり遂げてほしい。もしわたし達と同じ目的なら……力を貸してくれないかな?」

 

「……わたしの、やりたいこと……」

 

 調は静かに、自分の胸に問いかけた。

 

(わたしが……本当にしたいことは……)

 

 ノイズからユウを守ったこと。切歌と笑い合った日々。マリアと共にいた時間。浮かんできたのは、命令でも理念でもない、大切な人達を守りたいという素直な想いだった。

 

「……みんなを助けるためなら、手伝ってもいい。だけど信じるの? わたし、敵だったんだよ?」

 

 その問いに答えたのは、弦十郎だった。

 

「君達の事はユウから聞いた。この子の事を何度も助けてくれたんだろ? ありがとう。この子の人を見る目は本物だ、そんなユウが懐いているなら十分に信じるに値するさ」

 

「えへへ〜!」

 

 弦十郎の大きな手がユウの頭を撫でる。

 ユウは拘束された調を見た後、自分達がどんな生活をしていたかを皆に話した。

 本当の家族のように過ごした楽しい数週間。ノイズに囲まれた時、ネフェリムに襲われた時、助けてくれたのは彼女達だと必死でマリア達を弁護したのだ。

 

「あれだけ楽しそうな話を聞かされて、君を罰してしまったら、オレがこの子に恨まれてしまうさ。それだけは避けたいからな」

 

 

「ユウが…………ありがとう」

 

「ぼくの方こそ、楽しい時間をありがとう!」

 

 調の頬がほんの少し紅潮する。

 

「ねぇ、響お姉ちゃんと話してみて良かったでしょ?」

 

「うん、そうだね……。でも――秋桜祭で、わたし達からユウを奪って、二人きりでイチャついてたのは、気に入らないけど」

 

「ちょっとぉっ!?!」

 

 予想外の爆弾発言に響が真っ赤になって叫ぶ。調はさらりと、しかしどこか釘を刺すように言い放った。

 

「おい、どういうことだ立花? そんな報告は受けていなかったぞ?」

 

 真面目な顔の翼が肩をがっしりと掴む。

 

「そう言えば……その時のお話って、私もちゃんと聞けてなかったよねぇ?」

 

 静かに迫ってくる未来。その目は笑っていない。

 

「ふ、ふふふ二人ともぉっ!? そ、そそそそれはですねぇ! ――って未来は人の事言えないでしょ!」

 

 肩を掴まれた響が慌てて言い返す。視線の先には、どこか幸せそうに頬を赤らめる未来の姿があった。

 

「え?……ふへへへへ〜」

 

「いや、ニヤけて誤魔化さないでよ……」

 

 目を細めて頬を緩め、まるで別世界にいるような顔の未来。その内心では――

 

(ユウくんの……あの柔らかくて、あったかくて、初めての……んふふふふ……)

 

 ――思い出の“余韻”にたっぷりと浸っていた。

 

 そんな幸せオーラに包まれる未来を見て、響は頭を抱える。

 

 そしてもう一人、鋭く切れ込むような視線を響たちに向ける者がいた。

 

「お前達……まだ私は、ユウとの時間を取り戻せていないというのにぃ………………立花達だけでなく、奏まで」

 

 低く呟いたその声の主は、風鳴翼。肩をわななかせながら、唇を噛みしめていた。

 

「あ、あたしもかぁっ!?」

 

 突然の名指しに焦る奏。どうやら、先ほど潜水艦が大きく揺れた際、倒れそうになったユウを抱きとめた一幕が、翼の“監視の目”に引っかかっていたらしい。

 

「…………やっぱり、コイツら嫌い」

 

 そして最後にぼそりと呟いたのは、調。視線は冷たく響と未来を一瞥していた。ユウをめぐる“競争率”の高さに、警戒心を一段と強めたようだ。

 

「お前らなぁ……そう言うのは、世界を救ってからにしろ」

 

 流石に状況が状況なだけに、弦十郎に諭された響達は、シャンと背筋を伸ばした。

 

「師匠、わたしも調ちゃん達と一緒に行かせてください!」

 

 響の声が、ブリッジの空気を一変させた。誰もが一瞬、動きを止める。響の視線はまっすぐに弦十郎に向けられていた。

 

「響くん、今の君は聖遺物を失い、戦うための力を持たない状態だ。そんな時に戦場に出るなど――」

 

「そんな時だからこそ! わたしにできる《人助け》があるんだと思うんです!」

 

 強く、響は言った。その声には、確かな意志と信念があった。

 

「ユウくんが教えてくれました。戦う力がなくても、その人にできる何かがあるって! 戦う力を持たない今だからこそ、わたしはマリアさんと手を繋ぎに行きたいんです!」

 

「しかし――」

 

「……あたしは賛成だ」

 

 その静かな一言が、弦十郎の言葉を断ち切った。発したのは奏だった。

 

「同じガングニールを纏った者同士だ。きっと二人にしかない繋がりがある。アイツを止められるとしたら、きっと響だけだ」

 

「奏さん……」

 

「響、ガングニールはもうお前の中にはない。でもあたしはこう思うんだ。お前とガングニールの出会いは運命だったって」

 

「運命……」

 

「胸の内から消えても、また戻って来る気がするんだ。お前がそれを本当に望むならな」

 

 その言葉に、響は目を伏せながら静かに頷いた。彼女にしか分からない、心のどこかに今も残っている感覚を信じて。

 

「私からもお願いします!」

 

 未来が手を合わせるようにして言葉を添えた。

 

「きっと響なら、あのマリアさんを助けてあげられると思うんです!」

 

「………………わたしも賛成。この人なら、今のマリアとも手を繋いでくれると思う」

 

 調も静かに頷いた。その目には、確かな希望の光が宿っていた。

 

「……お前達……分かった。ただし、決して無茶はするな! それだけは約束しろ」

 

「はいっ! ありがとうございます、師匠!」

 

 響は笑顔で深く頭を下げた。その背に、光のない世界へと向かおうとする決意が確かに見えた。

 

「ぼくも行く!」

 

 響の後ろから声が上がった。ユウだった。

 

「駄目だ」

 

 即答だった。弦十郎の声に、ユウは目を見開いた。

 

「ど、どうして? ぼくだってマリアお姉ちゃんを助けたい! 響お姉ちゃんがいいなら、ぼくも――!」

 

「お前と響くんは違う。ただの民間人である君を、戦場などに向かわせるわけにはいかない!」

 

 その言葉は厳しく、けれど深い優しさに満ちていた。

 

「ユウ、お前の気持ちはよく分かった。彼女たちがクリスくんのように、決して悪い子たちでないことも聞いた。お前にとって大切な存在だということも……だがな、オレ達はこれ以上、お前を危険な目に合わせるわけにはいかないんだ」

 

 弦十郎の視線は真っ直ぐで、どこまでも真剣だった。

 

 周囲を見渡せば、緒川、藤尭、友里、そして他のスタッフたちも、同じ眼差しでユウを見つめていた。三ヶ月という時を共に過ごした仲間たち――その誰もが、ユウを守るべき存在と感じていたのだ。

 

「それは……ぼくが、子ども……だから?」

 

 ユウの小さな声が、沈黙の中に響いた。

 

「……………………そうだ」

 

 弦十郎は、苦しそうに言葉を吐き出す。

 

「お前がどれだけ優しくどれだけ強い心を持っていても、お前はまだ子どもで、オレ達が守るべき存在だ。そんなお前にもし何かあれば、オレはお前の親御さん(大吾や茜)に向ける顔がない。分かってくれ、ユウ」

 

 悲しそうに自分を見上げるユウ。しかし弦十郎は心を鬼にしてハッキリと答えた。

 

「………………分かった。ごめんね、わがまま言っちゃって」

 

 静まり返ったブリッジに、ユウの小さな声が落ちる。その言葉に込められた無念と納得を、響も、調も、翼も、全身で受け止めていた。

 

(だからこそ、絶対に……)

 

 彼のためにも、マリアを、切歌を、世界を――救ってみせる。

 

 三人の装者は決意を胸に、ブリッジの扉へと足を向けた。緊張感が張り詰める中、その背中にユウの声が届く。

 

「――あ、待って、調お姉ちゃん!」

 

「どうしたの、ユウ?」

 

 扉の前で足を止めた調に、ユウが駆け寄る。

 その瞬間、彼は背伸びをして――調の頬に、そっと口づけをした。

 

「え……?」

 

 驚きに目を丸くする調に、ユウは微笑みながら言った。

 

「ねぇ、調お姉ちゃん。切歌お姉ちゃんと、ちゃんとお話してみて?」

 

「……切ちゃんと?」

 

「うん。きっと切歌お姉ちゃん、今すごく悩んでる。でも、誰にも相談できなくて、苦しんでる気がするんだ。だから調お姉ちゃんが、その話を聞いてあげてほしいの!」

 

 それは、かつてユウが響に向けてかけた言葉と同じだった。

 「相手を知ることから始めよう」――優しさと希望を繋ぐ、その第一歩。

 

 そしてそれは、切歌にも必要な言葉だった。

 

「……わたし、切ちゃんのそばにいたのに、何にも気づいてあげられなかった」

 

「ううん、気づいてたよ。だから今、話してあげられるんだよ」

 

 ユウの真っ直ぐな眼差しに、調の目に力が宿る。

 

「……分かった。ちゃんと、切ちゃんの話を聞いてみる」

 

「うん! きっと大丈夫だよ。気をつけて、調お姉ちゃん」

 

 そう言ってユウが微笑むと、調も応えるように、ユウの頬に小さなキスを返した。

 照れ笑いを浮かべた後、調はそのまま響と並び、再びハッチへと歩き出す。

 

「翼お姉ちゃんも……後でね?」

 

「……あ、後でっ!? あ、ああっ! 後でだな! 絶対だぞぉっ!!」

 

 なぜか顔を真っ赤にし、背筋をピンと伸ばして返事をする翼。

 ただ「後でね」と言われただけなのに、その一言が頭の中で何十通りもの未来予想図となって駆け巡っている。

 

(あいつは、もうダメだな……)

 

 そんな翼を、奏は可哀想な者を見る目で見つめていた。

 

 

  ☆

 

 

 響達を見送った後、未来はユウのそばに寄り添った。笑顔で彼女達を見送ってはいたが、彼の表情から落ち込んでいるのが分かったからだ。

 

「ユウくん大丈夫?」

 

「うん……」

 

「マリアさんの事なら大丈夫だよ。きっと響達が何とかしてくれる。だからここで一緒に待っていよ?」

 

「うん、ありがとう未来お姉ちゃん。でも、ぼく少し疲れちゃったみたい。先にお休みしてくるね?」

 

「え? うん……」

 

 そう言うとユウは、潜水艦内に用意された自分用の部屋へと戻って行った。

 その後ろ姿を皆が心配そうに見つめていたが、元々誘拐されていた上に、未来を取り戻す為にかなり無理をしていた。ただの子供である彼に限界が来てもおかしくはない。少しでも休ませてあげようと、弦十郎達は無言で見送った。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「では後で!」

 

「はい、翼さんも気をつけて!」

 

 敵を撹乱する為、翼と響調は二手に分かれた。

 翼が向かった方からは多数のノイズが居たが、バイクによる機動力と攻撃力を得た翼は、苦戦らしい苦戦をせずに中心部へと差し迫っていた。

 

「ノイズを深追いし過ぎたか……?」

 

 目的の場所から少し離れてしまった翼は、何やら嫌な予感を感じ引き返そうとハンドルを握った。

 その時、赤い光の雨が翼へと降り注いだ。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に回避行動をとって攻撃を避けた翼。逃げることができなかった愛車が、爆炎を巻き上げた。

 

「……くっ! そろそろ来ると思っていたぞ、雪音!」

 

 翼が睨み付けた高台の方角に、赤いシンフォギアを纏ったクリスが立ち塞がっていた。

 クリスは翼を見つけると同時に、弓を放ち翼を攻撃する。翼は矢を剣で弾くと、得意の機動力で距離を詰めた。

 

「何故弓を引く、雪音!」

 

「………………」

 

 翼の問いかけに答えず、クリスはボウガンを近接戦戦闘用のハンドガンへ変化させ発泡した。

 

「……その沈黙を、私は答えと受け取らなければならないのか、ならばそれで構わない。だが、戦を始める前にこれだけは言わせてもらうぞ」

 

「……?」

 

「ユウは、今でも信じているぞ?」

 

「っ!?」

 

 氷のように冷たい目をしたクリスに、確かな動揺が見られた。

 

「そして私も信じている! 同じ、あの子の姉であり、同じ男を愛した女なのだから!」

 

(……くっ! コイツらは、ホントっ! どこまで……!)

 

 自分の覚悟を揺らがせるような優しい言葉に、クリスのギアを握る手が震える。その一瞬を、翼は見逃さなかった。

 

「……それだけだ。御託はおしまいだ。さぁ、始めようか!」

 

 クリスは、自分の意思で敵対する事を望んでいる訳ではない。それが分かった翼は、あえて武器を構えた。クリスを信じている、だからこそ彼女の策に乗る事にしたのだ。

 

(雪音……あの子を裏切る事になった貴女の思いは痛いほどよく分かる。それでも戦う事が、貴女の考えならば、私はそれに応えよう)

 

 

 

  ☆

 

 

 

 翼達から離れたポイント。そこでもまた別の戦いが始まろうとしていた。

 

「切ちゃん……」

 

「Zeios igalima raizen tron……」

 

 別の高台で、調達が来るのを待ち構えていたかのような切歌は歌を奏でた。

 切歌の身に、緑と黒と黄緑を主体とした刺々しいシンフォギアが纏わられた。

 

「…………先に行って」

 

「え? でも!」

 

「ユウと約束した。切ちゃんとは、わたしが話をしないといけないから」

 

「……調ちゃん」

 

「だから、あなたは先に行って。あなたならきっと、マリアを止められる。手をつないでくれる」

 

 調が響の目を見つめる。その強い眼差しから、自らの覚悟と自分へと信頼を感じた響は、強く頷き駆け出した。

 

「行かせるものかデェスっ!」

 

 切歌が響の背へと鎌を投合するが、横から割り込むように放たれた調の丸鋸が防いだ。

 

「調! なんであいつを!? あいつは調が嫌った、偽善者じゃないデスか!」

 

「でもわたしもあの人をよく知ってなかった。話してみて分かった。あの人は、自分を偽って動いてるんじゃない。動きたいときに動くあの人が、眩しくて羨ましくて、少しだけ信じてみたい……」

 

「さいデスか……でも、あたしだって引き下がれないんデス! あたしがあたしでいられるうちに、何かを形で残したいんデス!」

 

「切ちゃんでいられるうちに……?」

 

「調やマリアにマム…………そしてユウが暮らす世界に、あたしがここにいたっていう証を残したいんデス!」

 

「それが理由?」

 

「これが理由デス……!」

 

 問答はお終いとばかりに、切歌は大鎌の切先を分裂させるとブーメランのように投合した。

 調もそれを迎撃する為、ヘッドギアか大丸鋸を展開して射出した。

 

 《切・呪りeッTぉ》

 《γ式・卍火車》

 

 二色の刃がぶつかり合う。

 話をしようにも熱くなってしまっては言葉の交わしようがない、調はまず切歌を無力化をする事を目的とした。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「どうして?! 仲の良かった調と切歌までが……私の選択は、こんなものを見たいがためではなかったのに!!」

 

 本当の姉妹のように同じ時を過ごした二人の命を奪い合う姿、その争いに自分が関わっている事を知らないマリアは、目を逸らすことすら出来ずただひたすら涙を流した。

 

『マリア』

 

「マム!?」

 

 悲しみに暮れるマリアの耳にナスターシャの声が聞こえた。辺りに彼女達の姿はなく、離れた場所からの通信だと分かった。

 

『今、あなた1人ですね? フロンティアの情報を解析して、月の落下を止められるかもしれない手立てを見つけました』

 

「え……?」

 

『最後に残された希望……それには、あなたの歌が必要です』

 

「私の……歌……」

 

 自分の歌が世界を救う可能性を持っているかもしれない。マリアは最後の希望を胸に、再び立ち上がった。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「オレ達も行くぞ!」

 

「はい!」

 

 翼や響達が出撃してから少し、弦十郎と緒川も車に乗り込み出撃の準備をする。

 相手側の脅威は、現状ソロモンの杖とそれ操るウェル博士。その二つさえ押さえてしまえば戦局は大きく変わる。

 その為にノイズに対抗できる翼達を先行させ囮とし、その間に最大戦力である弦十郎達を潜入させ、ウェルと杖を確保する作戦だ。

 

「あたしも行くぜ!」

 

「奏くん?! 君は――」

 

「おっと! 駄目だなんて言わせないぜ? あたしだってこんな時のためにリハビリや訓練を積んだんだ。いやって言っても無理矢理でもついて行くからな?」

 

「……まったく、君も響くんも、少しはユウを見習って欲しいものだ。オレ達の指示には必ず従う事、それが条件だ、いいか?」

 

「おう!」

 

 元気な返事を返した奏が荷台の後ろに腰を下ろしたのを確認した緒川は、ジープを発進させた。

 しかし三人は気づいていなかった。

 奏の座る荷台のさらに奥、そこに()()()()()()()()()()()()があった事に。

 

(ごめんね、おじさん……)

 

 被せられた布の下から、小さな紫色の瞳が姿を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

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