シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第二十九話 舞い降りる光(AI挿絵追加)

  ☆

 

 

 

 

 

「ガングニールに適合……だと?!」

 

 侵食されるだけの融合ではない。使役し聖遺物と共に戦う適合者へと覚醒した響。そんな彼女の姿に怯えたウェルが、その場から逃げ出そうと階段を降りる。

 

「ウェル博士!」

 

 ブリッジ内へと潜入した弦十郎と緒川がウェルを発見すると、拘束する為にゆっくりと距離を詰める。

 

「こんなところでぇ……終わる……ものかぁ――」

 

「させるかぁっ!!」

 

 ウェルが地面にネフェリムの左腕を叩きつけ逃げ道を作ろうとした時、背後から現れた赤い影がウェルの腕をねじり上げた。

 

「奏さんっ!」

 

「いだだだだだだぁっ!!!?」

 

 弦十郎と緒川が囮となり、壁をつたって背後へと回り込んでいた奏が、ウェルを押さえ込んだ。直ぐに弦十郎と緒川も参加し、拘束は完璧なものとなった。

 

「やったな響!」

 

「奏さん……!」

 

「……やっぱり、ガングニールはお前を選んだか」

 

 奏は嬉しそうに、それでいて何処か寂しそうに微笑むと、響の胸元をトンと軽く叩いた。

 

「どうして……」

 

 ギアを失い緊張が解けたのか、ぺたんと腰を下ろしたマリアが、消沈した声でつぶやいた。

 

「それは、お前の歌に迷いがあったからじゃないのか?」

 

「……え?」

 

「ガングニールは、己の意志を貫き通すシンフォギアだ。お前の迷いっぱなしの歌よりも、響の強い意志の歌に応えるのは当然だろ?」

 

「私の……迷い……」

 

 ナスターシャを失い世界を救えず自暴自棄になったマリアと、たとえ力を持たずとも誰かと手を繋ぐ意志を貫き通した響。マリアはいつの間にかガングニールの適合者として必要なものを捨ててしまっていたのだ。

 この中で最も長くガングニールを愛用していた奏にはそれがよく分かった。

 

「さぁ、ウェル博士、フロンティアを止めてもらおうか?」

 

 手錠で拘束したウェルへと詰め寄り圧をかける。しかし絶対絶滅のピンチに関わらず、ウェルの表情から動揺らしきものは見えなかった。

 だが、絶望的な状況にもかかわらず、ウェルの顔に浮かぶのは歪んだ笑みだった。

 

「ウィ……ウィヒヒヒヒヒッ!」

 

「何がおかしいんですか?」

 

 緒川の問いに、ウェルは肩を揺らして笑いながら叫んだ。

 

「……お前らは、本当にヴぁカ者どもだぁ。今ボクの左腕は、ネフェリムと繋がっている。そのボクを傷つけるということが……どういう意味か、分かってないみたいだなぁっ!!」

 

 その声が響いた直後、足元が地鳴りのように揺れ始めた。

 

「何をしたっ!?」

 

「ノー! するのはこれからだっ! フロンティアを喰らって同化したネフェリムの力を、思い知るがいいィ!!!」

 

 フロンティアの表面、大地の一角が唸りを上げて持ち上がり、形を成していく。その姿に、誰もが見覚えがあった。あの夜、響たちを絶望させた完全聖遺物ネフェリム――だが、かつての三メートルの巨体とは比べ物にならない。今そこに現れたのは、推定二十メートルはある巨躯。まるで“災厄”そのものだった。

 

「あ、あれはっ!?」

 

「自立型完全聖遺物……!? まだ……生きていたのかっ!」

 

「しかも巨大化している……!」

 

 緒川の声が震える。フロンティアそのものと融合し、復活したネフェリムの咆哮が、空気を震わせる。

 

「師匠たちは、ウェル博士をお願いします!!」

 

 装者の装束を纏い直した響が、師匠へと声を掛ける。

 

「響くん!?…………分かった。あの日の雪辱を晴らしてこい!」

 

 弦十郎はそれだけを返す。その瞳に宿るのは、信頼――それ以上でも以下でもない。

 

「はいっ!」

 

 響は頷き、すぐにマリアへと向き直る。

 

「マリアさん、師匠たちと一緒に避難していてください。マリアさんの想い(ガングニール)と一緒に、きっと止めてみせますから!」

 

「お願い……。戦う資格のない私に代わって……お願いッ……!」

 

 叫びに似た託しに、響は一歩近づいて頭を下げた。

 

「マリアさん……ありがとうございました!」

 

「……え?」

 

 唐突な感謝に、マリアは思わず目を丸くした。

 

「ユウくんから、マリアさんたちの話を聞いたんです。彼を助けてくれて、ありがとうございます!」

 

 その声は、何の打算も憎しみもない、ただ真っ直ぐな想いだけで満たされていた。

 

「ユウくん、調ちゃんに言ってました。“楽しい時間をありがとう!”って。きっとマリアさんにも、同じことを言いたかったと思います」

 

「ユウが……」

 

 “ありがとう”――その言葉に胸が締めつけられる。

 あの子の笑顔に、どれほど救われただろう。世界を欺き、闇に堕ちようとしていた自分に、一条の光をくれたあの少年。セレナと重ねたこともあったが、今ではそれ以上の、かけがえのない存在だった。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

 響は力強く言い切ると、ネフェリムの咆哮が響く彼方へと跳び立った。対するマリアはまだ立ち上がる事が出来なかった。

 

「ユウ……私は、また何も……」

 

 

  ☆

 

 

「翼さん! クリスちゃん!」

 

 決戦の地。漆黒の空を背景に、崩れたフロンティアの中心部に立つ巨大な影。その異様な存在感に対抗するように、少女が一人駆けて来る。その声に、蒼い瞳が振り返った。

 

「立花っ!」

 

 翼の目が見開かれる。もう再び会えないかもしれないと思っていた少女――立花響が、聖遺物の煌きを纏って目の前に立っていた。

 

「もう遅れは取りません、だからっ!」

 

 ギアに満ちるフォニックゲインが、誇りと意志の証として周囲に響く。その力強い宣言に、翼は力強く頷いた。

 

「ああ! 一緒に戦うぞ!」

 

「はい!!」

 

 そのやりとりを横目に見ながら、赤いギアの少女――クリスは、そっぽを向いたままだった。かつて彼女が一時的とはいえ裏切った過去は、未だに彼女の心を縛っていた。

 だが、そんな彼女の手を、突然包み込む柔らかな温もりがあった。

 

「やったね、クリスちゃん! きっと取り戻して帰ってくるって信じてたよ!!」

 

 まっすぐな笑顔。曇り一つない響の瞳が、クリスの迷いを洗い流す。

 

「あ……ったりめぇだ!」

 

 クリスの頬に力強い紅が戻る。彼女もまた、この場所に帰ってきたのだ。今ここに集う三人は、それぞれに異なる傷と想いを背負い、それでも再び「並び立つ」ことを選んだ戦姫たちだった。

 

『グラァァァァァァァァァァッッ!!!』

 

 その時、天を割るような咆哮が空気を裂いた。遥か頭上、巨大なネフェリムが、憤怒と破壊の感情を咆えながら三人を睨み下ろしている。

 

「マジでデケェなぁ……」

 

 見上げるクリスの額から、一滴の汗が垂れる。しかし、誰も怯んではいなかった。

 

「行くぞ! この場に槍と弓と、そして剣を携えているのは、私たちだけだ!」

 

 翼の叫びが、空に響く。自らの剣を高らかに掲げ、闘志を燃やす。

 

「「はいっ!(おうっ!)」」

 

 三人の装者が、同時にアームドギアを展開する。光の刃が、唸る弓が、重厚な音を響かせながら、巨大な災厄へと向けられた。

 圧倒的な巨体を前にしても、心は折れない。たとえその姿が人知を超えた怪物であったとしても、この三人が揃えば不可能などない。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「マリア、何やってんだ早く来い!」

 

「ええ……」

 

 天羽奏に促され階段を降りる。しかし戦う力を失い、無力さを痛感させられている私の足取りは重かった。

  

(私では、何もできやしない……セレナの歌を、セレナの死を……無駄なものにしてしまう)

 

 結局私は何も出来ていなかった。悪に染まり切ることも、彼女達のように正道を突き進む事も。天羽奏の言う通り、こんな中途半端な自分がガングニールに見離されるのは当然だった。

 

(私はまた……見ているだけなの?)

 

 自分の為に傷ついていく調と切歌、世界を救う為に策を捻りドクターに消されたマム、私達のせいで大切な人を狂わされ彼女を助ける為にボロボロになったユウ。そしてネフェリムの暴走を止める為に、命をかけたセレナ。

 どれもこれも、私は遠くから見つめてただ泣いているしか出来ていない。

 

(嫌だ……)

 

 拳を握りしめる。爪が食い込み血が滴るが、今の私には必要な痛みだった。そうでなければこの胸の高鳴りを抑える事が出来ないから。

 

(もう嫌だ……大切な人達を失うのも、ただ見ているだけなのも……私は、みんなを助けたい! この想いを、諦めたくない!!)

 

 その時、自分の頬から暖かい光を感じた気がした。

 

『マリア姉さん……』

 

「セレナ……?」

 

 気がつくと私は光に包まれた空間にいた。

 そしてその空間の真ん中にセレナが居た。夢だと思った、でも夢でも良かった。

 もう一度あの子と話せるなら。

 

『マリア姉さんがやりたいことは何?』

 

「歌で、世界を救いたい……月の落下が齎す災厄から……みんなを助けたい……。でも私、どうすれば良いか分からないの……私の歌では、誰の心にも響かない……」

 

『マリア姉さんったら、()()()が言っていた事を忘れちゃったの?』

 

「……え?」

 

 あの子……それが誰のことを言っているのか直ぐに分かった。脳裏に、いつも私の心をときめかせるあの笑顔が浮かび上がった。

 

『あの子が……ユウくんが、言ってたでしょ? “優しさを忘れないで”って』

 

「あ……」

 

 “優しさを忘れないで。優しいお姉ちゃんの歌には、きっと人を紡ぐ力があるから。だから、優しさを忘れないで”

 

 あの子と過ごした夜、そう言っていたのを思い出す。

 

『生まれたままの感情も、隠さないで?』

 

 優しく微笑みセレナは歌を歌った。それは私達がよく知っている思い出の歌《Apple》だった。

 

「…………リンゴは落っこちた、地べたに〜」

 

 セレナに、釣られるように私も歌を歌った。セレナの暖かさとユウの笑顔を思い出したからか、私の口元は自然と柔らかい歌を発していた。

 

 

  ☆

 

 

「マリア?」

 

 いつまでも着いてくる気配のないマリアに、疑問に思った奏が後ろを振り向いた。

 マリアはどこか虚ろな目をしながら虚空を見つめていた。

 

「…………リンゴは落っこちた、地べたに〜」

 

 そんなマリアが突然歌を歌い出した。

 一見するとおかしくなったのかとも思える光景、だが奏はその柔らかい歌声に聴き入っていた。

 

「「リンゴは浮かんだ お空に……」」

 

「……?」

 

 被さるように聞こえてくる歌声にマリアが不思議そうに隣を見る。そこにはマリアと同じ歌を歌う奏の姿があった。

 

「良い歌、だな……一緒に歌っても良いか?」

 

「ええ、お願い……」

 

 奏は自然とその歌を口ずさんでいた。元々はマリア達の故郷に伝わる童歌であり、奏はその歌詞を知らないはずだった。何故そんな彼女が、この歌を歌えるのか奏自身もよく分かっていない。

 しかしそんな事は些細な問題だった。

 共に歌ってくれる人の存在に笑顔を見せたマリアは、もう一度最初から口ずさんだ。

 

 マリアと奏、そしてセレナの三人が歌を奏でる。

 いや三人だけではなかった、今この映像を見ている世界中の人々が、彼女達に釣られるように自然と歌を口ずさんでいた。

 

 “ぼくこの歌好き。マリアお姉ちゃんの歌は殆ど聴いたことがないけど、きっとこの歌が一番だと思う”

 

 “この歌が?”

 

 “うん! この歌を歌っている時のマリアお姉ちゃんって凄く優しい表情をしてて大好き。聴いてるとこっちまで優しい気持ちになれるし、この歌はマリアお姉ちゃんの優しさがよく分かる歌だと思う。だからぼくこの歌大好き!”

 

(あの子にはずっと分かっていたのね……歌に必要なものがなんなのか。優しい歌を歌ってる時って、こんなにも優しい気持ちになれるのね……)

 

 先程のような焦りや、迷いの歌ではない。今のマリアは純粋に歌を楽しみ、自然な笑顔を生み出していた。

 その優しさこそが、人々の心を動かしていた。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 場面は月面へと変わる。

 シャトルもどきとして区画ごと月へと飛ばされてしまったナスターシャ。衝突と同時に壁の一部が崩れ生き埋めになりかけたが、念の為に車椅子に搭載していた機能のおかげで一命を取り留めていた。

 

「くっ! ドクターめ……」

 

 悪態つきながらも、パワードスーツのように拡張した車椅子を使い瓦礫を退けた。

 

(しかし思っていたよりも衝撃が少ない。あれだけの速度による衝突、即死は免れないと思っていましたが……)

 

 彼女の疑問も最もであった。本来なら数日をかけてゆっくりと到達する月、そこへと一時間もかけず、ましてや減速らしいものもない状態での衝突。自らの身のこともそうだが、区画へのダメージの低さも意外だった。

 月に衝突し、多少の損傷はしているが、殆ど無傷に近くシステムを進めるには何の問題も無かった。

 

(まるで何らかの力が働き、衝撃を抑えたかのような……)

 

 研究者として疑問を残して置くのは気分が良いものではないが、今はそれどころではない。

 ナスターシャは自分の周りに聳える水晶達が、高密度のエネルギーを纏っていることに気がついた。

 

「世界中のフォニックゲインが、フロンティアを経由して、ここに収束している……。これだけのフォニックゲインを照射すれば、月の遺跡を再起動させ、公転軌道の修正も可能……!」 

 

 エネルギーの制御室であるこの場に大量のフォックゲインが集まっている事を知ったナスターシャ、地上にいるマリアと通信を試みた。

 

『マリア!』

 

「マム?!」

 

 マリアの耳に、もう二度と聞く事が出来ないと思っていたナスターシャの声が聞こえた。

 

『あなたの歌に、世界が共鳴しています。これだけフォニックゲインが高まれば、月の遺跡を稼働させるには十分です。月は私が責任を持って止めます!』

 

「マム……!」

 

『もう何もあなたを縛るものはありません。行きなさいマリア……行って私に、あなたの歌を聞かせなさい……』

 

 彼女が生きていた事に安堵していたマリア。しかしナスターシャの言葉から、彼女との時間がもう長くない事を察したマリアは、流していた大粒の涙を拭った。

 

「…………OKマムっ! 世界最高のステージの幕を開けましょうッ!!」

 

 泣き虫な自分はもういない。

 再び立ち上がり歌を歌おう、今度こそ世界を救う為の歌を。

 

 

  ☆

 

 

 ネフィリムと交戦中の二課の装者達、しかし状況は芳しく無かった。

 

「ハアァッ!」

 

 《蒼ノ一閃》

 

「やあぁッ!!」

 

 翼の斬撃と響の拳が二方向から衝突する。

 

「「っ!?」」

 

 しかし巨大ノイズをも打ち砕く二人の攻撃を受けても、異形の怪物はビクともしなかった。

 ネフェリムが反撃をしようと、二人へと狙いを定める。

 

「させるかぁっ!!」

 

 クリスがネフェリムの頭部へと無数の矢を放つ。爆発によって起きる煙のおかげで、響達への攻撃がそれた。クリスの援護のおかげで離れる事が出来た翼達は、もう一度ネフェリムへと突貫した。

 

「ハァッ!」

 

 大太刀を振りかぶり、切り掛かる。しかしネフェリムの大木のような太い腕には通らず弾かれた。

 

「やあぁっ!」

 

 響の拳がネフェリムの鳩尾へと叩き込まれる。しかしネフェリムの甲羅の巨体は揺らぐ事すらしない。

 

「なら、全部乗せだあ!!!」

 

 両手のボウガンをガトリングに変え、ミサイルも全弾発射させネフェリムを捉える。デカい的であるゆえか一発も外すこともなく、クリスは手応えを感じていた。

 

「なっ!?」

 

 しかし煙が晴れた先に居たのは、傷らしい傷をつけていないネフェリムの姿だった。

 攻撃を受ける側にいたネフェリムが、反撃に移った。

 口の中に血のように真っ赤なマグマを溜め込むと、それを火球として放った。

 

「うわぁっ!!!」

 

「雪音!」

 

 着弾と同時に爆発を起こす火球。翼と響は互いにスラスターをふかし回避したが、機動力で劣るクリスは逃げ切る事が出来ず爆風に巻き込まれてしまった。

 一瞬気を取られた翼を、ネフェリムの腕がとらえた。

 

「クリスちゃん! 翼さんっ!」

 

 弾き飛ばされた翼を気遣うが、そんな余裕は響にも無い。ネフェリムの片腕が鞭のようにしなると、離れた場所に居た響へと向かって行った。

 

「デーーースッ!!!」

 

 《断殺・邪刃ウォttKKK》

 

 《非常Σ式・禁月輪》

 

 ギアのワイヤーが突き刺さり、自らの体重とスラスターの勢いで大鎌を叩き込む。

 伸び縮みする為に柔らかさを得ていたのか、緑の刃はネフェリムの腕を切り落とし、隙の出来た脇腹を赤の刃が切りつけた。

 

「シュルシャガナと……」

 

「イガリマ到着デース!」

 

「調ちゃん、切歌ちゃん! 来てくれたんだ!」

 

「デース!……とはいえ、こいつを相手にするのは結構骨が折れるデスよ」

 

 切歌達が少し話をしていた間に、既にネフェリムの傷は再生し怒りのまま雄叫びを上げている。

 例え装者が五人揃おうが、戦力が足りていないのを痛感させられる。

 

「だけど歌があるっ!!」

 

 力強い声に釣られ、響達が振り向くと、そこにはマリアが居た。

 

「大丈夫なのか、奏くん」

 

「ああ、今はマリアを信じてみよう。アイツだって、あたしらと同じガングニールに選ばれた者、なんだからな」

 

 その近くには、彼女をこのばに連れて弦十郎達の姿も見える。彼らが乗って来たジープの後ろには、拘束されたウェルも乗っていた。

 

「「マリアっ!」」

 

「もう迷わない! だってマムが命懸けで、月の落下を阻止してくれている!」

 

 強い意志を心に空を見上げる。その力強い目は、調や切歌の知っていた。強く優しいマリアの目、昔ガングニールを起動させた真っ直ぐなマリアの目だった。

 

「ヒヒヒッ!……出来損ない共が集まったところで、何が出来る! さぁ、そのゴミどもを焼き尽くせ! ネフィリイイイィィーーーム!!」

 

 拘束された状態でも、ネフェリムがいる限りウェルは敗北を認めていない。彼の叫びに応えるように、ネフェリムはマリア目掛けて火球を放った。

 皮膚を焼き焦がす熱波が接近する。しかしマリアの中に恐怖は無い。

 何故なら彼女の言う通り、自分達には“歌”があるから。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron……」

 

 マリアの詠唱により展開されたバリアーフィールドが、火球の一撃を防ぎ、その場にいた響や調達を守った。

 それはかつてセレナが纏っていた《アガートラーム》のギアだった。

 

(調がいる……切歌がいる……。マムにセレナもついている。そして私を支えてくれる新しい家族が!)

 

 マリアの脳裏に家族の姿が映り出される。自分を慕ってくれた調や切歌、厳しくとも優しく自分を導いてくれたナスターシャ、命を賭けて自分に想いを託してくれたセレナ、そして自分が折れそうな時に側で微笑み笑顔をくれたユウ。

 

「皆がいれば……これくらいの奇跡、安いもの!!」

 

 ネフェリムは、続けて火球を放ちその奇跡ごと打ち破ろうとする。

 しかしその間に響が立ち塞がった。

 

「セット・ハーモニクス・S2CA!! フォニックゲインを、力に換えてえええええぇぇぇッ!!」

 

 立花響の叫びが戦場に響き渡る。彼女の両腕に装備されたガントレットが連結し、鋼の如き腕が猛々しく唸りを上げた。照準は、燃え盛る火球。それはネフェリムが放った災厄の一撃――だが響はそれを恐れることなく、正面から殴りつけた。

 

 轟音とともに火球が爆散する。炎の破片が四散し、戦場に瞬きのような閃光をばら撒いた。

 

「惹かれ合う音色に、理由などいらない」

 

 静かにそう呟いたのは風鳴翼だった。剣士の瞳に迷いはない。その手が、そっと調の方へと差し伸べられる。

 

 戸惑いの色を浮かべながらも、調はその手を取った。小さく、それでいてしっかりと、確かに繋がる――かつて敵対したこともあった二人の、今ここで生まれた真の信頼の証。

 

「アタシも付ける薬がないな!」

 

「それはお互い様デス!」

 

 笑い混じりにクリスと切歌が手を取り合う。ぶつかり合った記憶を超えて、それでも届いた心がそこにあった。

 

「切歌ちゃん、調ちゃん!」

 

 続くように、響が手を差し出す。かつては忌み嫌われた響の手を、今、ふたりは迷いなく握り返す。

 

「あなたのやってる事、偽善でないと信じたい。だから近くでわたしに見せて? あなたの言う人助けを……わたし達に!」

 

「うんっ!」

 

 強い声で響が返す。その返事は、ただの誓いではない。“つなぐ力”を宿した彼女の、絶対の意思。

 

 そして――

 

 マリアのアガートラームが静かに輝いた。その特性、エネルギーベクトルの操作が、世界中の歌の力を引き寄せ、仲間たちに流し込む。地球全土から歌が集まる。誰かのために歌った声、祈るように紡がれた音色――それらがひとつに束ねられてゆく。

 

(私たち六人だけじゃない……)

 

 響の心が確信する。

 

(つないだ手だけが紡ぐもの、重ねた心だけが紡ぐもの……私たちが束ね、重ねるこの歌は……!)

 

 六人の想いが共鳴したその瞬間、装者達の身体を光が包んだ。

 

((七十億の、絶唱ッ!))

 

 その言葉と共に放たれたのは、地球という惑星に住まう全ての人々の祈りだった。束ねられた想いが響たちを包み、次の瞬間、彼女たちの背から天使の羽根のような光の翼が広がる――エクスドライブの発現である。た。

 

「「響き合うみんなの歌声がくれたッ!」」

 

「「「「「「シンフォギアだぁぁァッ!!!」」」」」」

 

 六人の天使が、銀の鎧と光の翼をたなびかせながら飛翔する。

 ――そして、一斉に放たれた光の一撃が、全てを嘲笑っていたネフェリムを貫いた。

 巨大な肉体が閃光に包まれ、装者たちの“七十億の歌”によって、ついに打ち砕かれた。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「やった!」

 

「よし!」

 

 希望の光が差し込んだ瞬間だった。ネフェリムを撃破し、巨大な敵を打ち破った喜びが、弦十郎たちの胸を打ち震わせる。

 だが、その雰囲気を切り裂くように、ウェルの口元が歪む。

 

「ウィヒヒッ……」

 

 その不気味な笑みに、誰もが凍りついた。

 

「……何がおかしいんだ、ウェル博士?」

 

 弦十郎が警戒を強めながら問う。

 しかしウェルは狂気の瞳を煌めかせ、告げた。

 

「アレはネフェリムの外皮に過ぎない。本体である心臓部がある限り、何度でも復活するッ!」

 

 その瞬間、大地が揺れた。フロンティアの上部、先ほどまでマリアたちが立っていたブリッジが爆音と共に吹き飛ぶ。

 その爆心から、真紅の魔人――《ネフェリム・ノヴァ》が、まるで火山の噴火のように姿を現した。

 

「な、何だアレは!?」

 

 翼が声をあげるのも無理はなかった。炎に包まれ、羽のような腕を広げたその姿は、かつてのネフェリムとは別次元の異形。

 

「ネフェリムですよぉ、フロンティアの全エネルギーを吸収した最強のねぇ? さぁ《ネフェリム・ノヴァ》よ! 世界を焼き尽くせェッ!!」

 

 ウェルの絶叫と共に、ネフェリム・ノヴァが咆哮を上げる。地響きが走り、大気を焼く熱が迫ってくる。

 

「クヒヒ……今のネフェリムは、聖遺物どころか、あらゆるエネルギーを喰らう暴食の化身! そのエネルギーが爆発すればどうなるか、ボクにも分からない!」

 

「馬鹿な! 世界を吹き飛ばすつもりか!? そんなことすれば自分も……!」

 

「ボクが英雄になれない世界など、全部吹き飛んでしまえばいいんだよぉッ!!!」

 

 狂気に取り憑かれた男の叫びが、響き渡る。

 だが、負けてはいられない。クリスが一歩前へ出た。

 

「だったら、コイツでぇッ!」

 

 ソロモンの杖を手に、クリスはネフェリムへと突進する。彼女の狙いは明確だった。ノイズを召喚するだけの杖ではなく、バビロニアの門を開く“鍵”としての役割を持つその杖で、ネフェリムを空間の彼方へと封印する――!

 

 だが。

 

「そう来る事はお見通しだァッ!!!」

 

 ウェルの声が、クリスの動きを阻んだ。

 拘束を強引に引きちぎったウェルが、袖からスイッチを取り出し、ためらいなく押す。

 次の瞬間。

 ソロモンの杖が、爆ぜた。

 

「うあぁっ?!」

 

「クリスちゃんっ!?」

 

 クリスの手から杖が零れ落ちる。彼女の首につけていた小型の爆弾を、ソロモンの杖にも仕込んでいたのだ。

 爆発の威力は小さい――だが不意の衝撃に、握力が抜けてしまった。

 

「さぁ喰らえネフェリム! ソロモンの杖を……! そして真の姿を見せてみろぉッ!!!」

 

 ウェルの叫び声に釣られるように、ソロモンの杖がネフェリムの口へと吸い込まれる。

 ごくん、と音を立てて杖を飲み込むと、ネフェリムの喉元から緑色のビームが発射された。それはノイズを召喚する光――空へと向かって放たれたそれは、天へと消えることなく空間に留まり、まるで雨のように逆流し、ネフェリム自身の身体へと降り注いでいく。

 

 緑の光の粒が異形の魔人の姿に取り付き、纏わりついたノイズの肉片が黒き鎧へと変化していった。

 

「こ、これは……まるで、あの日の再現!」

 

 翼の声が震えた。それはルナアタック――フィーネによる《黙示録の赤き竜》の出現と全く同じ光景だった。

 そのとき、フロンティアが不気味に軋む音を立てた。

 

「足場が……!?」

 

 奏がバランスを崩し、慌てて地に手を突く。ネフェリムが吸収したエネルギーにより、フロンティアは制御を失い、大気中で高度を落としていた。

 

「このままじゃ、皆んなが巻き込まれる!」

 

「まずは、皆の救助を優先するぞ!」

 

 翼の指示に、六人の装者たちは即座に反応した。

 響・クリス・調・切歌の四人は、傾きつつある潜水艦を下から支え、落下速度を抑えるべくスラスター全開で踏ん張る。

 一方、マリアと翼は弦十郎たち非戦闘員の救助に走り、地面に降り立たせていく。

 

 空を裂く轟音と共に、フロンティアはついに海面へと墜ちた。

 天を翔ける方舟は、その使命を終え、今はただの島と化す。

 

「アタシのせいで……!」

 

 天変地異にも見えるその光景を見て、ソロモンの杖を取り逃したことを悔いるクリス。

 

「雪音のせいではない。それに皆、大事無い。今はヤツを倒す事を――」

 

「出来ますかねぇッ!!?」

 

 鋭い声に割り込まれ、その方を振り向く。

 残ったエアキャリアを奪って飛び立ったウェルが、空中からこちらを見下ろしていた。顔に浮かぶのは勝ち誇った狂気の笑み。

 

「ドクター・ウェル、あなたは……!」

 

「お前! この世界と自爆するつもりじゃなかったデスかっ!?」

 

「んなわけねぇだろうがぁ! 馬鹿が! ソロモンの杖を使わせれば勝ちなんだよぉ!」

 

「……ネフェリムの餌にしたの?」

 

「その通り、アレもまた完全聖遺物。ネフェリムの餌には十分以上の価値がある! フロンティアが無くなろうが、月の落下が止まろうが、この力さえあれば再び人類を蹂躙できる!」

 

 ウェルの声が上ずる。

 

「このボクの英雄伝説の始まりだぁ!!!」

 

 その瞬間、ネフェリムの体から広がる緑の光が収束した。姿を現したのは、異形の巨人――黒き甲殻に包まれたその体は、先程よりもはるかに巨大化し、六十メートルを超えるまでに膨れ上がっていた。

 見る者すべてに絶望を叩きつけるその威容は、まるで灼熱の太陽そのもの。

 

「美しい……! これこそが正に、あのウルトラマンと同じ英雄の姿!! さぁボクを導け! ボクを英雄にしてくれぇっ! 《ネフェリム・(スーパー)・ノヴァ》ッ!!!」

 

『グロオオオオオオオオオオオォッ!!!』

 

 凄まじい咆哮と共に、ただの島と化したフロンティアの大地に、黒き魔人《ネフェリム・超・ノヴァ》が降臨した。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「月の遺跡、バラルの呪詛、管制装置の再起動を確認。月軌道、アジャスト開始」

 

 シャトルとして独立した制御区画から集めたフォックゲインが照射される。月面の遺跡に皆んなの歌が流れていく。

 

「……これで月の落下を抑えられます。ありがとう、マリア……」

 

 月の公転軌道が正常のものに戻り、ナスターシャは安堵の息を吐いた。

 蓄積されたエネルギーを全て失ったシャトルが、月の重力へと引かれて落ちていく。月面への落下と同時に衝撃が来るが、大した勢いでない為身体に問題はなかった。

 しかし、エネルギーの失ったこの制御区画が、もう地球に戻ることは二度と無い。体が万全であっても、あとはこのまま朽ちていくだけだろう。

 

(…………これで良かったのですよね? 星乃大吾……)

 

 しかしナスターシャに後悔はなかった。

 彼女の脳裏に、かつての記憶が思い出される。

 それは九年前、まだ自分がF.I.Sの研究者として米国政府の宇宙開発チームと共同開発を行っていた頃の記憶。

 

『ナスターシャ教授、見てくれ! ウチの子が初めて歩いたんだっ!!』

 

 その顔は、今も忘れない。いつも無邪気で、どこか子供のように夢を語る男だった。

 

『…………はぁ、またその話ですか? 前は初めて立った、その前はハイハイ、さらにその前は寝返りでしたか? 全く似たような話で飽きないものですねぇ』

 

『飽きたりしないさ! 子供ってのは一日一日を成長していく。昨日出来なかった事が、今日には出来るようになっているんだ。そんな子供の姿から、俺たち大人は大切な事を学べるんだ!』

 

 その時期、米国の宇宙開発チームに居た星乃大吾は、毎日のようにナスターシャのラボに行っては、自分の子供の写真や動画を彼女に見せていた。

 飽きずに毎日やって来る大吾の姿に、ナスターシャはため息を吐きつつも、その表情は何処か楽しそうだった。

 

『未来を築くのはいつだって子供達だ。だから俺達大人は、子供達に見せていかなきゃいけないんだ。この世界には希望がある、君達の未来は光り輝いているってな』

 

『あいも変わらず、子供の様な夢を恥ずかしげもなく……』

 

 そう言うナスターシャの口元は笑っていた。

 ナスターシャにとって彼は友だった。性別も年齢も違ったが、数少ない自分と同等の頭脳の持ち主。研究者など捻くれ者が多く、そんな彼女も最初は大吾を鬱陶しそうにしていた彼女も交流を重ねるうちに、彼の真っ直ぐな夢に感化され、いつしか自分も彼の理想する世界を見てみたくなった。

 

(……ですが、それもここまで。世界を救い、これが少しでも貴方への贖罪になれば良いのですが……)

 

 制御区画内に残った酸素も多くない。あと数時間としない内にこの命も終わりを迎えるだろう。

 そうしてナスターシャが眠る様に目を閉じようとした時、不思議な音が聞こえた。

 

(……? 何ですか、この音は?)

 

 目を開いたナスターシャは辺りを見回す。すると自分の足元の瓦礫が、ガタガタと僅かに揺れている事に気がついた。

 

(な、何が……?)

 

 疑問に思っている内に小さな瓦礫の一つが浮き上がり、マンホールの蓋を開く様にスライドした。

 その下に見える空間から、小さな影が顔を出した。

 

「ぷはぁ〜〜〜! ふぃ〜やっと出られた〜」

 

「ぼ、坊やっ?!」

 

 瓦礫の下から顔を出したのはユウだった。

 流石のナスターシャも、何故ユウがここに居るのか理解できず思考が止まってしまった。

 

「あ、マムさんだっ! 良かった、やっと会えた!」

 

「ぼ、坊や……何故ここに?」

 

「えーとね、マリアお姉ちゃんに会おうと思って、フロンティアの中に入ったのは良かったんだけど迷っちゃって。そしたら突然地震がやって来て」

 

「そんな……」

 

 ナスターシャは、その地震がウェルによって区画が打ち上げられた際の衝撃によるものだと分かった。

 

「ねぇマムさん、ここ何のお部屋? なんて言うか、凄くエネルギーに満ち溢れてるけど?」

 

 穴から這い出たユウは、その部屋にまだエネルギーの残留がある事に気がついた。

 

「これは、世界中の皆の歌の力……人類のフォックゲインですよ。マリアが歌の力で世界中の人の心を紡いだのです。そのお陰で、月の落下は防ぐ事が出来ました……」

 

「ほんとっ!? 良かったぁ! お姉ちゃん達いっぱい頑張ったんだねっ!」

 

 マリアの歌が世界を紡いだ。それは彼女が優しさを取り戻した証拠だと察したユウは、心底嬉しそうに笑った。

 

「ねぇねぇマムさん! この事、早くマリアお姉ちゃん達に教えてあげよ! って言うかここ何処なの?」

 

「………………ここは、“月”ですよ」

 

「えっ?」

 

 ナスターシャが残ったエネルギーで制御区画のシステムを作動させると、壁の一部が競り上がり、外部の光景が見える巨大な窓が出現した。

 

「わあ……」

 

 ユウは恍惚とその光景を見つめていた。

 無限とも言えるぐらいに広がる暗い空間、その中にポツポツと見える小さな光、自分達の足元には式色の無い灰色の地面、そして目の前にある大きな青い宝石の様な惑星。

 それは今よりも幼き頃、亡き父と図鑑などで見た“月から見た地球”の光景とほぼ一緒だった。

 

「凄い凄い!! ぼく達本当に月に居るんだ! ねぇねぇマムさん! あれ地球だよ! 凄い本当に青いんだ! 1961年にユーリイ・ガガーリンさんが言った“地球は青かった”って本当だったんだ!! アポロ11号で初めて着陸したアームストロングさんもこんなに感動したのかなぁ?」

 

「ぼ、坊や?……」

 

 突然月に連れて来られたと言う事実に、泣いたり取り乱すると思っていたのに、逆に喜ばれ戸惑ってしまった。

 そうしている合間も、ユウは地球を見つめていた。元々月に来るのが夢だった彼は、いつも以上に目を輝かせていた。

 

「綺麗……やっぱり凄い。これが()()()()()()()()()なんだ……!」

 

「…………え?」

 

 うっとりと見つめているユウの口から漏れた言葉に、ナスターシャは一つの疑念が生まれた。

 

「ぼ、坊や……貴方の、名前は……?」

 

 思えば初めて会った日から、ユウのフルネームを聞いた事がなかった。マリアからは風鳴翼の弟と教えられたから、彼の苗字も風鳴なのだと思っていた。

 しかし彼の雰囲気や笑顔、そして宇宙について楽しそうに語る姿から、彼女のよく知る男の姿と重なった。

 

「ぼく? ぼくは、“星乃“結だよ!」

 

 その名を生きた瞬間、ナスターシャは足元が崩れ、奈落へと落ちていく様な錯覚を感じた。

 

「あ、ああぁ………………なんて事なの……」

 

「ど、どうしたのマムさん!?」

 

「ごめんなさい坊や……貴方の父親を、宇宙そらへ打ち上げたのは……私なのです」

 

「……え?」

 

 告げられた言葉に、ユウは紫の瞳を大きく見開いた。

 

 三年前――火星に旅立つ前の大吾は最も信頼できる人物であるナスターシャに、ロケット発射のスイッチを託した。

 当時フィーネや米国政府が彼の暗殺を企んでいる事を知らなかった彼女は、大吾の帰還を願いスイッチを押した。

 しかし結果的に、大吾は宇宙で命を落とす事になり、彼女がそれを知ったのは全てが手遅れになった後である。

 彼の命を奪う算段に手を貸す事なったナスターシャは、罪の意識に苛まれ、月の落下を阻止する事に躍起になっていたのも、大吾が望んだ未来を守ろうという贖罪の意思も少なからずあった。

 

「大吾に続き、貴方まで巻き込むとは……私はなんて事を……ゴホッ! ゴフッ!――」

 

 にも関わらず、彼の忘れ形見である息子を、もはや棺桶に近いこんな場所に連れて来てしまった。

 友人の息子を死に場所に連れて来てしまった絶望に、ストレスを感じ血を吐くナスターシャはその手を血に濡らした。

 まるで彼女の罪を思い知らせるかのように血に染まった手。だがしかしユウは、そんな彼女の手を優しく包み込んだ。

 

「……ありがとうマムさん」

 

「坊や……?」

 

「お父さんは、きっと幸せだったと思う。だって宇宙が好きだったお父さんが、最後にこんな景色を見れたんだもん。だからありがとう!」

 

 ユウは父親の最後の姿を知っていた。彼は宇宙に旅立つ前笑顔だった。自分の命が狙われ、家族の為それを受け入れようとする彼が笑顔で家を出られたのは、最後に大好きだった宇宙を拝めたからだろう。

 だからユウは、お礼を言った。

 

「マムさんは悪くないよ。マムさんは、ただ頑張ってくれただけだよ。お父さんの為に、マリアお姉ちゃん達の為に。そんなマムさんだから、皆んなマムさんが大好きなんだよ!」

 

「坊や……」

 

「だから帰ろ? こんな所に居たらお姉ちゃん達が、寂しがっちゃうよ?」

 

「でも、私達は……」

 

「マムさんは、皆んなに会いたくない?」

 

「……会いたい」

 

 少年の純粋な瞳に、ナスターシャは自然と言葉を溢していた。

 それは世界を救う為に躍起にやっていた、ナスターシャ教授としての言葉ではなく、マリア達にとっての母、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤとしての本心だった。

 

「もう一度、あの子達に会いたい……あの子達の元に、帰りたい……!」

 

 強く呟いた瞬間、ナスターシャの手を握るユウの手のひらが光を放つ。

 二人の周りを飛び交うフォニックゲインの残留、それら全てが少年の手に集い光を放っていた。

 

「――っ!? これは?」

 

 光が収まる頃、それまで何もなかったユウの手の中には、《スパークレンス》が握られていた。

 

「ありがとう、マムさん。さぁ帰ろ」

 

 お礼を言ったユウは、彼女から離れ石の階段を登り窓辺と近づいた。

 

「坊や……貴方は、一体――」

 

 ナスターシャの問いかけにユウは答えず、無言で笑顔を見せる。青い星を背に笑顔を向けるその姿は、まるで神が遣わした天使のようであった。

 真っ直ぐ地球を見つめ直したユウが、右手を突き上げる。

 すると、その手に握られたスパークレンスが開き、辺りを眩い光が包み込んだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「う………………………………っ!!?」

 

 手で目元を覆い光を遮る。

 光が収まった後、ナスターシャの視線の先に少年の姿は無かった。

 しかしその代わりに窓の外に、少年よりも遥かに大きな三色の巨人が佇んでいた。

 自分が今居る制御区画が、膝の高さ程にしか達しない、推定五十メートルを超す巨人。美しさと神々しさを感じさせるその巨人の姿を、ナスターシャは知っていた。。

 《ウルトラマン》、三ヶ月前に人々を月の欠片の落下から救った謎の巨人。

 それが今、目の前にいた。

 

「――そう、坊や。貴方が、そうだったのですね」

 

(コクッ)

 

 ナスターシャの問い掛けに、巨人はゆっくりと頷いた。

 何故彼が、ウルトラマンになったのか疑問だらけだが、光そのものとも言えるあの少年が、光の巨人に変わった事に不思議と違和感は無かった。

 巨人へと変身したユウは、制御区画を揺らさないようにゆっくり持ち上げると、その巨体を浮かし宇宙空間を飛翔した。

 母なる青き星を目指して。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

「調っ!?……ああっ!?」

 

 漆黒の腕が、空から調を叩き落とす。その軌跡を辿るように、切歌もまた黒い腕の鞭のような一撃に打ち据えられ、荒れた地面に激突した。

 

「調ちゃん! 切歌ちゃん!?」

 

「こんのォッ!!」

 

 飛行ユニットを展開させたクリスが空へと舞い上がり、全砲門からレーザーを一斉射。戦場を裂くように迸る光が、ネフェリムの頭部に着弾した。

 

「……なに? うあっ!?」

 

 爆炎が頭部を包み、破壊されたかに見えたが、その傷は瞬く間に修復されていく。再生する黒い肉体。鬱陶しげに首を振ったネフェリムが、その尾を振るった。

 クリスの身体が、打ち払われるように地に叩きつけられた。

 

「雪音っ!」

 

 翼の叫びが、怒号にかき消される。

 

「いくらエクスドライブのシンフォギアでも、完全聖遺物とフロンティアを取り込んだネフェリムの敵ではない! お前達カスの攻撃など、今のネフェリムの前にはチリも同然! 効きやしないんだよォッ!」

 

 狂喜に染まったウェルの声が、戦場を嘲る。

 

「だったらっ!」

 

 マリアが牙を剥くように短剣を構える。その背後に複数の短剣型ビットが出現し、標的に向けて飛翔した。

 向かってくる短剣に悲鳴を上げるウェルだったが、ネフェリムから放たれるエネルギー状のバリアーが攻撃から守った。

 

「なっ?!」

 

「バカな女だ! 忘れたのか? ボクの腕はネフェリムの細胞を含んでいる。ネフェリムにとってボクを守るという事は、自分の体を守るのと同じなんだよぉ!!」

 

 バリアを纏うウェルの背後で、ネフェリムが咆哮する。次の標的をマリアに定めたのだ。巨大な口が灼熱の火球を構え、それを吐き出す。

 

「「マリア(さん)!!」」

 

 マリアを守る為翼と響が立ち塞がった。翼は大太刀を構え、響は右腕を肥大化させ叩きつける。

 

「「「うわあああああっ!!?」」」

 

 しかし二人がかりでも火球を完全に打ち消す事はできず、爆発の衝撃で三人まとめて吹き飛ばされた。

 

 

  ☆

 

 

 そしてその映像は、世界中に放送されていた。

 

「ビッキー!」

 

「そんな……あの状態の響達でも、やられるの?……」

 

「立花さん……」

 

 傷ついていく友人達の姿に、創世達は心を痛める。

 それはその映像を見ていた皆も同じだった。離れた所からの映像な為、個人を特定する事は難しいが、自分たちが信じ託した少女達がピンチに陥っている姿に、人々は失意に陥りかけていた。

 

 

 

 

   ☆

 

 

 

「くっ……これほどとは……!」

 

 六人の装者たちは、無敵にすら思えたエクスドライブを纏いながらも、苦戦を強いられていた。

 翼が悔しげに睨みつける。エクスドライブの速度と破壊力は、確かにネフェリムを何度も穿った。だが、絶対的な強度と圧倒的な再生能力を持つ敵には、決定打とはならなかった。

 逆にネフェリムの一撃必殺の火力には抗しきれず、六人の天使たちは地に伏した。

 

「同然ですねぇ!」

 

 高笑いをあげながら、ウェルが声を張り上げる。

 

「お前達の絶唱は、たかだか七十億ぽっち! このネフェリムが含むエネルギーは《一兆》! お前達の歌など、カスに等しいんだよぉ!!」

 

「カス……なんかじゃない!」

 

 立ち上がりながら響が叫ぶ。

 

「あぁん……?」

 

「この力は……この歌は、世界中のみんなが託してくれた《想い》なんだ。ただの七十億じゃない。一つ一つに、命の重みと、大きな力が宿ってるから!」

 

 そんな響の強い言葉を、ウェルは鼻で笑った。

 

「はん! だったら、まずはその()()()から消してやるよぉッ!! ネフェリムゥゥッ!!!」

 

 ウェルの狂気に満ちた腕の振り上げと共に、ネフェリムは咆哮を上げ、巨躯を反転させて口を開く。

 灼熱の光が集束し、炎の塊となってチャージされていく。

 狙いは、座礁し動かなくなった二課仮設本部だった。

 

「未来! ユウくんっ!!」

 

 倒れ伏す装者達では間に合わない。そう思った時、一足先に動く者がいた。

 

「マリアさん!?」

 

 マリアだった。

 ウェルの性格の悪さを知っている彼女は、彼が次にどういう手で来るかを察して先に動いていたのだ。

 

「はあぁっ!!」

 

 マリアは出現させた短剣を盾の様に組み合わせ、全身から放出したフォニックゲインをバリアーにして、熱線を押し留めようとする。

 しかしそれは一瞬だけ。

 短剣は一瞬で溶かされ、フォニックゲインのエネルギー状のバリアーのみで抑える方にとなる。

 

「ネフェリムの熱線が、そんなもんで防げるわけねぇだろぉっ?!!」

 

「くっ……」

 

「マリアさん!」

 

 マリアが稼いでくれた数秒のおかげで、響達も間に合う事が出来た。五人もまたマリアと同じように、フォニックゲインを全開にしてバリアーの強度を高める。

 

「わたしたちが、守る……!」

 

「負けてたまるか、マリアの覚悟、しかと受け取ったッ!」

 

「お前なんかに、皆んなの未来を壊させはしないデスよッ!!」

 

 音が重なり、歌が紡がれ、光が幾重にも重なる。五人もまたマリアと同じように、フォニックゲインを全開にしてバリアーの強度を高める。

 

「響……皆んな……」

 

 自分達を守る為盾となり熱線を受け止める響達を、未来は痛みを感じる程に強く手を握りしめながら見つめていた。

 それはこの映像を見ている世界の人々も同じだった。素人目に見ても旗色が悪いことは分かる。そんな絶体絶命な光景に、泣き出す者も居た。

 

「……諦めない。皆がくれた奇跡の力、私達が応えなくてどうするの!?」

 

「……そうだ、わたし達は何度だって奇跡を起こして来たんだ、だから今回もきっと起こしてみせる!」

 

「「「「「「絶対に諦めないッ!!!」」」」」」

 

 皆の強い願いを嘲笑うかのように、狂気に染まった科学者が嗤う。

 

「奇跡がッ! そう何度も起きて、たまるかぁッ!!!」

 

 マリア達の心構えも虚しく、彼女達を守るバリアーに亀裂が入っていく。熱線の熱が、ギアのバリアーコーティングを貫き、皮膚が焼けそうな熱量を感じ始めた時――

 

 

 

 

 

 ――光が舞い降りた。

 

「な、なんだぁっ!?!?!?」

 

 マリア達への射線を防ぐように宙から降りて来た光の球。気にせず撃ち抜こうと、ネフェリムが火力を上げた時、光の球は爆発したように広範囲に広がった。

 

『グルアァッ……!?』

 

 広がった光に押し飛ばされたネフェリムが、体勢を崩し転がった。

 六十メートルものネフェリムを転ばす程の強い衝撃、しかしその光の爆発がマリア達を傷つける事はなかった。

 

「な、なんデスかこれは……」

 

「眩しい……けど……」

 

「暖かくて、優しい光……」

 

 初めてその光を浴びた者たちは、戦場の緊張すら忘れ、胸の奥がじんわりと温まっていく感覚に驚いていた。

 

「ねぇ、この光って……」

 

「……ああ」

 

「間違いない……」

 

 そしてその光を知っていた者達、特にこの感覚を三度味わった翼は、その存在を確信していた。

 光のドームが消失した後、響達の目の前に巨人が居た。

 

「……ウルトラマン」

 

 膝をつき、まるでマリア達を守るように見下ろしていたのは、かつて響達を救った光の巨人の姿だった。

 約三ヶ月の時を超えて、ウルトラマンティガが再び、この世界に舞い降りた。

 

 

 

 

 

  ☆






《ネフェリム・(スーパー)・ノヴァ》

 ウェルが事前に考案していたネフェリムの最終形態。
 ネフェリム・ノヴァにソロモンの杖を取り込ませる事により、かつてのフィーネと同じく無限に生まれるノイズの鎧を身に纏わせた。
 高密度のエネルギーでありながら肉体を持たないネフェリム・ノヴァを鎧で覆う事で時限爆弾としての機能は失ったが、代わりにその体内のエネルギーを全て自在にコントロールする事が可能となった。
 ノイズの肉体に覆われている為通常兵器ではダメージを与えられない上に、フィーネの使用していた《ネフシュタンの鎧》と《デュランダル》を上回る一兆度のエネルギーを持つ、正に現代の人類にとっての天敵とも言える最強の存在である。
 ウェルはこの力を使役する事で、再び人々を蹂躙し、彼が理想とする英雄の座を目指すのだ。

 
 
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