シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第三十五話 悪魔の預言・前編  

  ☆

 

 

 

 

 

 

『――デュアッ!』

 

 月光が照らす夜空を青紫色の戦士が翔る。

 ティガが追うのは、推定三十六メートルの怪獣。鳥ともコウモリともとれる容姿の怪獣が空を飛び追跡を逃れようとする。

 しかし、スカイタイプとなったティガのスピードを振り切ることは出来ず、徐々にその距離が詰まって行く。

 

『チャアーーーッ!!!』

 

 逃げられないと悟った怪獣が、振り向くと同時に火球を放つ。しかしティガは体を捻り最低限の動きで回避すると、急加速し体全体で怪獣へとぶち当たった。

 

『チャっ――』

 

 数万tの物体がマッハの速度でぶつかり、鈍い衝撃に怪獣は全身を硬直させるとそのまま墜落する。

 

 《ランパルド光弾》

 

 その隙を見逃す、ティガは溜めたエネルギーを手裏剣のように放った。命中と同時に、怪獣は体内から閃光を漏らし、そのまま爆散。黒煙と共に夜空に散った。

 

『デュア!――』

 

 勝利の要因に浸る暇も無く、ティガは飛び去った。カレが目指す方角にあるのは、遥か遠方で黒い煙を排出している一隻のシャトルだった。

 

 

  ☆

 

 

――数日後――

 

「さて! 本日の特別ゲストは……世界が誇る歌姫、そしてあの“月の落下”から地球を救ってくれた英雄! マリア・カデンツァヴナ・イヴさんですっ!」

 

 スタジオに司会の明るい声が響き渡り、テレビの画面にマリアが映し出される。

 

「……皆さん、こんにちは」

 

 マリアはカメラに向かって優雅に微笑む。

 その笑顔は、誰もが心を奪われる完璧な表情だった。

 だが、彼女をよく知る者たちは、画面越しでもわずかに滲むような影を感じ取っていた。

 

「そしてそして! なんとこちらにも超大物ゲストが……! あの伝説のユニット、ツヴァイウィングの、完全復活を果たしたお二人が来てくれましたーっ!!」

 

「こんにちは」

 

「よろしくなっ!」

 

 紹介に応えた翼は、落ち着いた口調で一礼し、奏は画面に向かって元気よく手を振る。

 時代を彩った伝説のユニット、ツヴァイウィング――その二人が再び並び立つ姿に、会場は歓声に包まれた。

 

  ☆

 

「きゃーっ!! 奏さん素敵ですーっ!!」

 

 画面に映る奏に、響は飛び跳ねながら絶叫した。

 テーブルの上に片足を乗せた格好に、未来が苦笑する。

 

「もう、お行儀悪いよ、響……」

 

「おいコラッ、アタシのテーブルだぞ! 上に乗るんじゃねぇ!!」

 

 部屋の奥からクリスが怒鳴る。

 その声にも全く怯むことなく、響はテレビの前で目をキラキラさせたままだ。

 

「だって! だって! 奏さんがテレビに出てるんだよ!? これが騒がずにいられるかってのっ!」

 

 歓喜に満ちた響の様子を、部屋の隅から見つめる二つの瞳があった。

 切歌と調。彼女たちは画面に映るマリアの姿を、無言のままじっと見つめていた。

 

「むー……あれじゃあ、マリアが可哀想デス……」

 

 不満げに頬を膨らませる切歌。

 その隣で調も、小さく頷く。

 

「そうだね……どうしてマリアは、歌手活動を再開したんだろう」

 

 調の問いに、部屋は一瞬だけ静かになった。

 テレビからは、相変わらず明るく華やかな声が響いている。

 マリアが柔らかく微笑み、翼や奏と並び立つ姿は、誰の目にも「平和の象徴」に見えた。

 

 ――けれど、その裏にある彼女の本心を、ここにいる誰もが知っている。

 フロンティア事変。

 あの日、命を賭して戦ったマリアが英雄として扱われ、月の落下を予知し未然に防いだ救世主として讃えられた。

 だが、それは真実ではない。

 マリアは戦った、必死に、傷だらけになりながら。

 未来を守るために、仲間を救うために、自分を捧げる覚悟で。

 それなのに――世間は、彼女の苦しみも痛みも知らないまま、ただ「偶像」としての再起を求めた。

 

「マリアは……そんな目立ち方、望んでないデスよ……」

 

 切歌の声が小さく揺れる。それは、誰よりも近くで彼女を見てきた者にしか分からない痛み。

 

「……わたしたちも、もっとマリアの力になりたいね」

 

 調の言葉に、切歌はこくりと頷く。画面の中、マリアは笑っていた。けれど、その目は――どこか遠くを見つめていた。

 

 

  ☆

 

 

「ところで、奏さん。復帰第一回目のライブが近々行われるんですよね?」

 

「おう。ホントは日本の皆んなに一番に歌を届けたかったんだけど、少し待たせちまって、悪かったな」

 

 スタジオの光に包まれながら、奏は少し照れたように笑って答える。対するキャスターは満面の笑みで頷いた。

 

「その日は私の復帰ライブでもあるの。二人とは是非一緒に歌いたいとお願いしたのよ」

 

 マリアの穏やかな口調に、翼も続く。

 

「私としても、もう一度マリアと歌いたいと思っていた。そこに奏も居てくれるのなら、これ以上に楽しいライブは無いわ」

 

「なるほど〜! ですが、お二人と比べて奏さんには、かなりのブランクがありますが、緊張とかはされていないんですか?」

 

「ぜんっぜん! むしろ、やっとこの時が来たって感じ。あたしはこの一年間ずっと、この日のために頑張ってきたんだからさ!」

 

「流石ですねぇ〜。お三方のライブが今から楽しみです!」

 

 スタジオが拍手に包まれる中、キャスターの女性がADの出したカンペを確認し、次の話題へと切り替える。

 

「さて、マリアさんたちの話題も尽きませんが……今、日本中が注目している存在といえば――この方でしょう!」

 

 切り替わったモニターに映し出されたのは、銀と紫の光に包まれた巨人――ウルトラマンティガ。ゴルザ、メルバ、ガクマなど、この数ヶ月で現れた怪獣との戦いの記録映像が、力強いBGMと共に流れ出す。

 

「数ヶ月前に政府が“ウルトラマンティガ”と命名したこの光の巨人。先日、宇宙飛行士の乗ったシャトルを怪獣から守った活躍が、今大きな話題となっています」

 

 画面が切り替わり、数日前の映像が流れる。

 月面ミッションから帰還するシャトルが、謎の怪獣に襲撃される瞬間だった。防衛網は間に合わず、装者たちでさえ空を飛ぶ怪獣には対応しきれなかった。シャトルが墜落しかけたその時、スカイタイプの姿で現れたティガが颯爽と救出したのだった。

 

「いやー、凄かったよねウルトラマンティガ! あたしもリアルタイムで映像見てて、手に汗握っちゃった!」

 

「うん! あの人たち、無事に家族の元へ帰れてよかった〜」

 

 弓美とユウが興奮気味に感想を交わす。

 しかし未来は、嬉しそうに映像を見つめているユウの視線が、ティガではなく、帰還した宇宙飛行士が、家族と再会する場面に吸い込まれている事に気が付いた。

 

(そっか……ユウくんのお父さんも……)

 

 未来の胸に、静かに痛みが走る。

 

「大丈夫だよユウくん。ユウくんのそばには、ずっと私たちがいるからね」

 

「えへへ……ありがとう未来お姉ちゃん。ぼく、寂しくないよ。だってお姉ちゃん達が、いーっぱい居るもん!」

 

「ユウくん……」

 

 満面の笑顔でそう返すユウの頭を、未来はそっと撫でた。そしてその柔らかい頬へと手を添え、顔を近づけようとした――が。

 

「おいコラ! 何をおっぱじめようとしてんだ! ここはアタシとユウの部屋だぞっ!」

 

 バシッとクリスが割り込んできて、ユウの頬に手を置いた未来の手をピシャリと跳ね除ける。

 

「そっか、ねぇユウくん。今日は私たちの部屋にお泊まりしない?」

 

「させるかーっ!!」

 

 何かが爆発しそうな勢いで叫ぶクリス。普段なら気にもしないのに、今日の未来には明らかに“邪な気配”を感じ取っていた。

 

「ん〜? お姉ちゃんたちどうしたの?」

 

 不思議そうに首をかしげるユウ。その頭を優しく抱えながら、調がさらりと言う。

 

「なんでもないよユウ。ほら、一緒にマリアたちのライブ予告を見よ?」

 

「うんっ!」

 

 調に呼ばれ、その膝に体を預けるユウ。

 リビングは和やかな笑い声に包まれながら、再び画面の向こうの英雄たちに注目を向けていた。

 

 

  ☆

 

 

「ところで、マリアさんはウルトラマンと直接会った事があるそうですが。ずばりマリアさん的には、ウルトラマンをどう思われますか?」

 

 キャスターの質問に、彼女だけでなく周りのスタッフ全員が、マリアの反応に注目する。

 フロンティア事変の一部は世界中で放送されていた。ウルトラマンとネフェリムの戦いの場にマリアが居たことも知られていて、今一番カレに近い人間とも言われていた。

 だからこそ、彼女から見てウルトラマンがどう言う存在なのか、カレは自分達の友人なのか、それとも大いなる脅威なのか、皆が注目しているのだろう。

 マリアは一つ咳をすると、今まで以上に真剣な眼差しで答えた。

 

「ウルトラマンティガは、私達の理解できない力、意識を持っています。カレが何処からやってきたのかは私には分かりません。でも、カレは私達を守ってくれる存在だと私は思っています」

 

 マリアの意見に、翼や奏も納得した様に頷いた。

 まだ政府の人間の中にはカレの存在を恐れるものも多いが、既に何度も命を救われ共に戦ったことのある彼女達は、マリアの言葉を疑う理由は無かった。

 

「さっすがマリアデス!」

 

「うん、わたしや切ちゃん達も助けてもらったもんね。きっとカレはわたし達の味方だよ」

 

 自分達の想いをテレビの中で代弁してくれたマリアに、喜んでいた調達。

 

「あれ? 何かおかしくない……?」

 

 しかしそんな中、生中継のテレビの向こうの様子が変わった事に、創世達は気がついた。

 

 

  ☆

 

 

 画面の中、キャスターの女性が項垂れるように頭を垂れ、ぴくりとも動かない。

 かと思うと突如、女性の体がふわりと浮き上がった。

 

「な、何なの?!」

 

「「マリアっ!」」

 

 警戒心を走らせたマリアが距離を取り、すぐさま翼と奏が彼女の両脇に立つ。

 宙に浮いたキャスターの目が開かれる。白目がどす黒く濁り、髪は荒々しく逆立ち、その表情はもはや“人”のものではなかった。

 

『地球はもう直ぐ生まれ変わる。聖なる炎が、穢れを焼き払うだろう』

 

「な、何言ってんだ!?」

 

『キリエル人に従うのだ。その証を見せよう』

 

 そう告げた直後、彼女は糸が切れたように倒れ込んだ。

 駆け寄るスタッフたち。その混乱ぶりからも、演出や冗談ではないことが分かる。

 マリアは直ぐに出入り口で待機していた黒スーツの男達に駆け寄る。彼らは国連から使わされたエージェントであり、表向きは世界の英雄であるマリアの護衛となっているが、実際は世界を敵に回した彼女の監視である。

 

「一体何が起きたのっ!?」

 

「わ、我々にも何やら……?」

 

 現在マリアは、彼らの許可が無ければ自由に身動きを取れない為、今の出来事の説明と今後の対応を求めたのだが、彼ら自身も今の現象に混乱しているようだった。

 

「だったら早く、分かる人に聞きなさいっ!」

 

「ま、マリアっ!」

 

 これ以上彼らと話していても時間の無駄だと分かったマリアは、颯爽とスタジオを後にした。男達も混乱しているせいかマリアを止める事ができず、代わりに翼達が追いかけた。

 

「マリア待てって!」

 

「何処に行くつもりなんだ?」

 

「嫌な予感がするの。とにかく司令に現状を確認して、それから――」

 

 二人が引き止めるのも待たずにマリア先々と進んで行く。弦十郎達へ報告をする為、電波の通りの良い野外に出た瞬間。

 僅かな振動を肌に感じた。

 

「…………なに?」

 

 その視線の先、幾つかの建設中のビル群が灯りもなく沈黙を守っていたはずだった。しかしそのうちの一棟が、淡く、しかし確かに赤い光を発した。

 その瞬間。

 まるで火口の蓋が吹き飛ばされたような爆音が空気を裂き、建設中のビルが突如として爆炎に包まれる。紅蓮の火柱が空を貫き、黒煙と瓦礫が舞い上がる。マリアの瞳に、燃え盛るビルが“焚き火”のように揺らめいて映った。

 

「“証”って……まさか!?」

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 謎の爆発事故のあと、緒川と合流したマリアたちは、混乱に乗じて国連エージェントの目を振り切り、なんとか二課の潜水艦へと帰還していた。

 しばらくして、テレビ中継からマリアの異変を察した調と切歌達合流し、装者全員が司令室へと集結する。

 皆の視線の先には跡形もなく吹き飛ばされたビルが、モニターに映し出されていた。

 

「見ての通り、跡形もなく木っ端微塵って感じです。建設中だったからまだマシですが……もし人がいたらと思うとゾッとしますね」

 

 藤尭が冷静に状況を伝える中、画面を睨みつけていたクリスがテーブルを叩いて声を荒げる。

 

「クソッ! 一体どこのどいつが爆弾なんか――」

 

「いえ、どうやら爆弾ではないようです」

 

 ナスターシャが、手にした資料をめくりながら答える。

 

「現場の調査では、爆薬や火薬反応の痕跡が一切見つかっていません」

 

「でも、爆弾でもないのに、どうやってあんな大規模な爆発を……?」

 

 調が眉をひそめて尋ねるが、誰も答えられなかった。そこにあるのは“理解を越えた現象”であり、“既知の常識”では計れない現実だった。

 

「……………………」

 

 口を閉ざしたまま、マリアは無言で画面を見つめていた。その姿にユウがそっと歩み寄る。

 

「マリアお姉ちゃん、大丈夫?」

 

「ええ。ありがとう、ユウ」

 

 微笑みを見せながらも、その笑みはどこか張り詰めていた。それを見逃すはずもなく、ナスターシャが言葉を投げる。

 

「マリア、あなたは少し休んできなさい」

 

「でも、マム……」

 

「休むのも大切なお仕事です。それとも、あなたは自分の務めをおろそかにするつもりですか?」

 

「……ふぅ、分かったわ、マム」

 

 母親の様な静かな叱責にマリアは素直に従い、司令室を後にする。実際、彼女の足取りには疲労が滲んでいた。

 廊下を抜け、曲がり角を曲がったその瞬間だった。

 ――青白い残光が視界の端をかすめた。

 

「…………なに? 今の……」

 

 反射的に足を止め、マリアはその光の残滓を追いかける。しかし光が通った先は行き止まりの壁。誰もいない、気配もない。

 

「……気のせい、かしら」

 

 言い聞かせるように呟くと、そのまま仮眠室へと入る。質素な部屋に入ると、唯一の私物である写真立てがマリアを迎えた。そこに入ってるのは、笑顔を浮かべるセレナの写真だった。

 愛する妹の写真を手に、マリアは心の中で呼びかける。

 

(……セレナ……私はまだ、あなたに胸を張れているのかしら……)

 

 写真の向こうのセレナを前に想いに浸っていたその時、背後に空気の揺らぎのような気配が生まれる。

 

「……っ! 誰ッ!?」

 

 写真をそっと机に置くと、素早い動きで懐から護身用ナイフを抜き、背後を振り返る。

 そこには、椅子に深く腰掛けた一人の男がいた。

 

「騒がないでください。私は、あなたと話をしに来ただけです」

 

 男の声は静かだった。顔立ちは平凡そのもので、特筆すべき外見は何一つない。しかしマリアが感じたその気配は――異様だった。何かが根本的に違う。

 

「……まさか、あなたがキリエル人……?」

 

 男は眉一つ動かさず、冷ややかに答える。

 

「私は預言者。メッセージを伝える者です」

 

 その言葉に、マリアの背中を悪寒が走った。

 彼女の手が、机の下――非常用通信スイッチへと静かに伸びていた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

『――あなた達は何者なの? 自己紹介もないなんて、失礼じゃないかしら?』

 

 その瞬間、二課の司令室にいたユウたちの耳に、マリアの声が響いた。

 

「マリアお姉ちゃん……?」

 

 司令室にいた者たちの間に緊張が走る。すぐに理解したのは弦十郎だった。

 マリアの部屋には、上層部の命令により監視目的で盗聴機能付きのマイクが設置されていた。だが、それを使用しないよう、これまでは弦十郎の裁量で常に無効化していたのだ。

 そのマイクを、マリア自身が意図的に使った――ということは。

 

『ふふふ……流石は世界を救った英雄、強い精神力をお持ちだ。私はただ敬意を表して欲しいのですよ。キリエル人への敬意を、まずあなたに』

 

 次に聞こえてきたのは、聞き慣れない低く、どこか不快なリズムを含む男の声だった。

 

「この声……一体、それにキリエル人って……」

 

 聞いた事のない声、しかし奏はそこから聞こえた単語に覚えがあった。

 ――キリエル人。

 先程不気味な動きを見せたキャスターが呟いていた言葉、そこから今回の件に関係しているのは確かだった。

 視線を横に向けると、弦十郎もまた険しい顔で頷き、後方に控えていた緒川に合図を送る。

 

「緒川、直ぐにマリアくんの部屋へ!」

 

「了解です」

 

「あたし達も行くデス!」

 

 兎に角先ずはマリアの身の安全を確保しようと、緒川と彼女を心配する調達もその後をついて行った。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「どうして私なの?」

 

 マリアの質問に預言者と名乗った男は答えず立ち上がり、テーブルの上の写真を手に持った。セレナの眩しい笑顔と反して、男の表情はまるで固まったかのように無表情だった。

 

「時間はあまりありませんよ? あなたが今ここで地球人類を代表して敬意を表さなかった時は、次はK-1地区を――」

 

「やめなさいッ!」

 

 マリアの脳裏に、先程の炎に焼かれるビルの姿が思い出される。

 

「……穢れを焼き払う炎は神聖なもの。しかしそれを止める事は出来る。あなたなら。……答えは?」

 

「………………」

 

 “地球人類の代表”――そんな重責、背負えるはずがない。世界を敵に回した過去すらある自分に、その資格があると思えなかった。

 その沈黙を、男は拒絶と受け取ったのだろう。

 

「……残念だ」

 

 小さくため息を吐き、持っていたセレナの写真を無造作に放り投げた。

 マリアは反射的に手を伸ばし、空中で写真をキャッチする。そして鋭く男を睨みつけた――だが、その視線の先には、誰もいなかった。

 まるで初めから存在しなかったかのように、部屋の空気からその男の気配が完全に消えていた。

 マリアは急いで部屋の外へと飛び出した。その瞬間、マリアの部屋へと入ろうとしていた調達とぶつかりそうになる。

 

「マリア無事?」

 

「不審者は何処デスかっ!?」

 

 まるで狂犬のように唸る切歌が、部屋を覗き込み辺りを見回す。しかし彼女の目に不審者の姿は映らなかった。

 不思議そうに首を傾げる切歌だったが、それは寧ろマリアの方だった。

 

「男がここから出てこなかった?」

 

「え? ううん、だれも……」

 

「見てないデスよ?」

 

「そんな!………………K-1地区っ!?」

 

 消えた男の正体を考えながら、奴とのやり取りを思い出したマリアは、慌てて司令室へと戻る。蒼白に顔を染めるマリアを見た切歌達もその後を追った。

 

「マリアくん無事だったか?! 一体なにが――」

 

「その話は後! 直ぐにK-1地区の様子を見せてっ!」

 

 息を切らせながら司令室に飛び込んだマリアの叫びに、弦十郎もただならぬ事態を察したように頷いた。

 

「ああ、藤尭! 友里!」

 

「「はいっ!」」

 

 力強く頷いたオペレーター二人の素早い作業で、司令室内のモニターにK-1地区の映像が映り出される。

 何事もない、穏やかな街並み。

 司令室のモニターに映る光景に、マリアや響たち装者は沈黙のまま見入っていた。

 誰かが息を呑んだ音が聞こえた――その直後だった。

 突如として、画面が真紅に染まった。

 

「――っ!?」

 

 一番中央にそびえる高層ビルの中腹から凄まじい炎が吹き上がる。

 燃え盛る紅蓮の柱が空を裂き、轟音と共に闇のような黒煙が立ち上っていった。

 

「藤尭、被害はどうなってるッ!!!」

 

 弦十郎の怒声が飛ぶ。

 

「び、ビルの中には多数の市民がいた模様……被害は、被害は甚大です……!」

 

「そんな……」

 

 息を詰まらせたように、響が震える声で呟いた。翼やクリス、調、切歌も言葉を失っている。

 K-1地区――それは有名なビジネス街。休日であっても、多くの人々が行き交う活気ある場所だ。

 だというのに、その中心にあったビルが、一瞬で灰燼に帰したのだ。

 

「今の爆発がどこからの攻撃か、直ぐに捜索してください!」

 

「りょ、了解ですっ!」

 

 ナスターシャの指示に、友里が即座に反応した。

 その時――。

 

「――我々の力を、ご理解していただけましたか?」

 

「なっ?!」

 

 背後から響いた、男の声。

 全員が振り返ると、そこには司令室の壁にもたれて立つ、先程の“預言者”の男がいた。

 

「お前ら、一体――」

 

「フンッ!!!」

 

 怒りの矛先を向けようとしたクリスよりも早く、弦十郎の拳が炸裂する。彼の剛腕に司令室の壁が爆破されたかのように吹き飛び土煙が舞った。

 

「……叔父様っ!?」

 

「緒川、直ぐに確保を!」

 

「はいっ!」

 

 驚く翼をよそに、弦十郎から指示を受け取った緒川が、何処から取り出したのかクナイを数本取り出し構える。

 

「失礼な方々だ」

 

「「「っ!!?」」」

 

 《影縫い》で男を拘束しようとした時、再び響く声。

 背後――司令用の椅子に、まるで初めからそこにいたかのように預言者が座っていた。傷一つないその姿は、先ほど弦十郎に吹き飛ばされたと思っていた男と、まったく同じであった。

 

「い、いつの間に……」

 

「あなた達のような矮小な存在では理解も及ばないでしょう。ですが、我らキリエル人はあなた達の愚かな姿を許しましょう」

 

「くっ! お前ら、キリエル人ってのは何なんだよぉ!」

 

「さて、再びあなたの答えを聞きましょうか?」

 

 怒りのままに叫ぶクリスを無視し、男はマリアの方を向き問いかける。しかしマリアは再び無言を貫いていた。

 

「……そうですか。なら少し時間を差し上げましょう。今晩の九時までに、我々キリエル人へ敬意を。それがなければ……また一つの都市が“聖なる炎”に焼かれる事でしょう」

 

 それだけを言い残し、話はこれで終わりだとでも言うような態度で、男は背を向けて歩き出す。

 

「待てッ!!」

 

 弦十郎は再び飛び掛かった。

 先程よりも早く鋭く腕を払い男の衣服を掴もうと手を伸ばす。しかしその手が届く事はなく空を切り、男は影の様に姿を消した。

 

「くそっ! 探せ! 基地全体のカメラとセンサーを駆使して奴を探し出すんだッ!!」

 

「了解!」

 

 室内が一気に騒然とする中、モニターには逃げ惑う人々、崩れ落ちる街のビル群――惨劇の映像が映り続けていた。

 

「…………っ!」

 

 目の前の映像に、居た堪れなくなったマリアが、再び自室へと戻った。

 

「マリアお姉ちゃん?」

 

 部屋を出ていくマリアが、思い詰めた表情をしていた事に気がついていたのはユウだけだった。

 

(……あの時、あの男の言葉に従っていれば。いいえ、私に人類を代表する資格なんてない。もしそうだとしても、あんな脅しに屈する訳には……)

 

 自分が人類の代表など思うつもりはない。それにもしそうであれば尚更あんな脅しに屈する事は許されない。

 それが分かっていても、もし自分が従っていればあの被害は無かったのではないか?

 マリアはそう思わずにはいられなかった。

 迷いと無力さと怒りに包まれ、マリアは部屋の壁を力一杯殴る。その行動の虚しさにため息を吐くと、テーブルの上の写真立てに目が止まった。

 

(セレナ、私は……………………っ!?)

 

 亡き妹に弱みを見せてしまいそうになった時、マリアの脳裏に先程の男が、素手でその写真立てに触っていたことを思い出した。

 

(もしかしたら、あの男の指紋が……)

 

 マリアは写真立てを汚さないように持つと、監視用に持たされた携帯端末から通話を行なった。

 

『ミス・マリア? 今どこに――』

 

「直ぐに調べて欲しいものがあるの」

 

 通話に出たエージェント達が言い切る前に、マリアは自身の要求を全て伝えた。

 

 

 

  

 

 

 

  ☆





 後編も近々投稿させていただきます。
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