シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
☆
「オレは、キャロル・マールス・ディーンハイム。貴様を殺し、世界を壊し、万象黙示録を完成させる者だ」
「どうしてぼくを? それに世界を壊すって、どう言う事……?」
戸惑うユウの声を無視し、キャロルはこちらを睨みつける。
キャロルと名乗った少女。彼女の右手がふわりと上がると、掌に宿る翠色の光が風を纏い、螺旋を描いて凝縮されていく。
そして小型の竜巻が、圧縮された魔弾として放たれた。まるで音すらも裂くかのような切れ味を持つその一撃が、空を切りユウへと迫る。
「……うわっ!?」
咄嗟に反応したユウは、地を蹴って飛び退く。風の弾丸は彼がいた地面に着弾し、爆発音と共にアスファルトを抉った。
「さぁ、巨人を呼べ」
「ティガの事知ってるの……?」
「奇跡と持て囃されている滅びの巨人。その化けの皮を剥いでやるッ! さぁ、巨人を呼べッ!!」
「い、嫌だっ!」
キャロルの要求に、ユウは首を横に振り否定する。
「そうか……なら、引き出させてやるッ!!」
次なる魔弾が、すぐに放たれる。ユウは転がるようにして身をかわし、さらに跳ねて背後のガードレールを足場にして反転。次々と繰り出される風の弾丸を、体操選手のような軽やかな身のこなしで避け続ける。
「チョロチョロと鬱陶しい奴だ。なら、これはどうする?」
キャロルの両手が交差し、緑と赤の光が絡み合う。その混ざり合った光がまるで禍々しい二色の魔法陣のように形成されると、彼女は掌をユウへと向けた。
二色の魔弾が放たれた瞬間、先程同様ユウは反射的に身を翻して回避を試みる――が、次の瞬間、彼の足元で突如爆発が起こった。
「わぁああっ!!?」
炎と風が混じり合った爆風が少年の体を吹き飛ばす。浮き上がった体は空中で一瞬たわみ、次いで道路脇に放置された一台の車に叩きつけられた。
衝撃と鉄のきしむ音が夜に響く。
「あ……っ、うぅ……!」
呻きながら地に崩れるユウ。その小さな体には、今の一撃はあまりに重すぎた。それでも、彼は歯を食いしばり、震える膝で地を押す。
「……逃げなきゃ……!」
ぼやける視界の中、ユウはなんとか立ち上がると、シューズのローラーを展開させ、ふらつく足取りでキャロルから背を向けて駆け出した。
☆
「月よ、煌めけ――!」
《風輪火斬・月煌》
翼が放つ奥義が、宵闇に咲く炎の華となって舞い上がる。双刀から放たれた月光のように澄んだ蒼炎が螺旋を描き、緑のドレスを纏ったオートスコアラーを正面から切り裂いた。
重く鈍い衝撃音が響く中、敵の身体が吹き飛び、瓦礫の山へと叩きつけられる。
「やりすぎだ! 人を相手に……」
マリアが翼に駆け寄り、抑えた声で諫める。だが、その顔に浮かぶのは困惑と、目に見えない不安。
「やり過ぎなものか……ッ!」
だが、吐き捨てるように言った翼の表情には、怒りとも恐れともつかない鋭い緊張が宿っていた。
「手合わせして分かった……こいつは、どうしようもなく“化け物”だッ!」
言葉の通り、次の瞬間には、それを裏付けるように、瓦礫が爆ぜるように吹き飛び、そこから現れたオートスコアラーは――無傷だった。
ドレスの裾にすら傷はない。
「聞いていたより、ずっとショボイ歌ね。たしかにこんなのじゃ、やられてあげるわけにはいきませんわ」
挑発するかのようにふわりと舞い踊るその姿に、翼はすでに剣を構えていた。マリアが警戒を強める中、刹那、再び剣戟の音が鳴り響く。
腕に伝わる衝撃。しかし翼は敢えて手の力を緩め剣を真上に飛ばすと、刀を巨大剣に変化させた。
「――っ!?」
突然の変化に、オートスコアラーは避けられず、剣を受け止める。しかしその重量は受け止めきれずにそのまま地面を砕きながら地下へと落ちて行った。
「やったの?」
「この程度では、下に叩き落としたに過ぎない」
手応えを感じず苦い顔をしている翼。
マリアもまた、あの得体の知れない存在が、そう簡単にやられるとは思っていなかった。
それにあの存在の狙いは、ただの偶然ではない。明確な意図を持ち、彼女たちを“標的”として追っている。
人の多いこの場所で戦うのはあまりにも危険だ。
「……ここは、一度離れた方がいいわ」
「同感だ」
頷きあった二人は素早く踵を返し、その場を後にした。
☆
夜の港湾区。燃え上がるヘリの残骸を背に、雪音クリスもまた戦闘を行っていた。
つい先ほどまで彼女たちを輸送していたヘリは、目の前の敵――黄色いスーツを纏った女によって撃墜されたのだ。
(この動き……人間離れどころじゃねぇ……! “人外”そのものっ!)
クリスが放った矢を、彼女はブレイクダンスのように回避し、ついには素手で掴み砕いてみせた。
(つまり――やりやすいっ!!)
そう判断したクリスは、手加減なしの矢を三倍に増やし、容赦なく連射を叩き込む。ボウガンがマシンガンのように火を噴き、空を裂く矢の雨がスーツの女を襲う。
しかし女は、両手に何枚ものコインを取り出すと、それを指で弾いて矢を相対した。金色の閃光が次々とクリスの弾幕に割り込み、互角の弾幕戦を演出し拮抗する。
火花が舞い、鋼の雨が路面を穿つ。
その戦いを、小さな影が物陰から見つめていた。
「装者屈指の戦闘力とフォニックゲイン……それでも、レイアには通じない……やはり、ドヴェルグ=ダインの遺産を届けないと……!」
戦闘はより激しくなる。
戦闘の最中、クリスは地面を蹴って大きく跳躍し、ボウガンの片方をガトリングに変形させる。リズムを変化させた連射音が響き、レイアと呼ばれた女の動きを強引に制限する。
レイアは反応し、ビルの外壁を駆け上がって空中へ飛び出す。しかしそれこそが、クリスの誘導だった。
腰部のアーマが展開され、小型ミサイルが次々と放たれる。
《MEGA DETH PARTY》
空中で身動きの取れないレイアへと、無数のミサイルが火を噴き襲いかかる。
空に咲いたような炎の華、しかしクリスの表情に、楽観は無かった。
「……勿体ぶらねぇで、さっさと出てきやがれぇッ!!」
クリスの怒声が火煙に響く。彼女は見ていた、ミサイルが直撃する寸前に張られたバリアの存在を。
その時、不意に聞こえた声が戦場に走った。
「危ないッ!!!」
「っ?!」
唐突な警告。クリスは即座に反応し、上空を見上げる。
彼女の真上から――いくつもの小型船が降り注いでいた。
「何の冗談だぁっ!!?」
クリスは慌てて跳び退くが、機動力の低い彼女では避け切れず、爆風に巻き込まれて地面へと叩きつけられた。
「……私に地味は似合わない。しかしコレは派手過ぎだ」
その攻撃はレイアのものではなかった。レイアはその視線を、夜の海――闇の向こうへと向けていた。
暗闇の中、巨大な影がうっすらと浮かぶ。それは、先程の船を掌で弄ぶほどの、巨躯である。
「あとは私が自分でやる……」
レイアがそう言うと、巨大な影は、夜の海へと溶けるように消えて行った。
「ハチャメチャしやがる……」
近くの茂みに身を隠し、様子を見るクリス。そんな彼女の元に、小柄なクリスよりも更に小さな影が近づいた。
「イチイバルの装者、雪音クリスさんですね?」
「え? その声は――って、ええぇっ!!?」
聞き覚えのある声に振り向くクリス。しかしそこに居たのは、フードの付いたローブに下着一枚といった際どい格好の少女だった。
「その格好――いや、それよりもその声、さっきアタシを助けてくれた……」
その少女の声は、先程クリスへピンチを教えてくれた声と同じだった。少女はフードを脱ぐと、そのブロンドの髪を靡かせる。
「ボクの名前はエルフナイン。キャロルの錬金術から世界を守るため、皆さんを探していました」
「錬金術……だと……?!」
☆
数分間に及ぶ逃走の末、ついにユウはキャロルに追いつかれてしまった。逃げ場のない路地裏に、炎と風の弾丸が飛来する。
「かはっ――ゴホッ、ゴホッ……!?」
爆風と共に路地裏から吹き飛ばされたユウの身体が、無残にも道路に転がる。
そのまま地面に崩れ落ちる少年を、キャロルは冷酷な瞳で見下ろしていた。
「なぜ巨人を呼ばない?」
これだけ痛めつけても変身をしないユウに、キャロルは苛立ちを滲ませて問いかける。
対してユウは、呻きながらも、ふらつく膝を押さえて立ち上がり答えた。
「……ティガの力は……喧嘩の道具じゃない。ぼくの勝手な都合で、使っていい力じゃ……ないんだ」
ユウは立ち上がる。
ティガの力は大き過ぎる。だからこそ使い所を見極めなければならないし、その力に頼りにってらならない。
「ぼくの問題は、ぼく自身の力で何とかしなくちゃいけないんだ……」
弱々しくとも、力強く立ち上がろうとする健気な少年の姿。しかしキャロルはそんな姿を見て、苛立ちを強める。
「ふざけるな! 貴様如きに用はない巨人を出せッ!!」
怒声と共に右手を掲げるキャロル。複数の錬成陣が虚空に展開され、風と炎が複雑に絡み合い、圧倒的な破壊力を秘めた魔弾が形を成す。
このままでは――少年が殺される。
「ユウくーーーんッ!!!」
その時、キャロルとユウの間に黄色い閃光が割り込む。
二人の間に降り立った響は、両手のガントレットを肥大化させ、腕を組み盾のよう構えて自分とユウの身を守った。
「う……くっ!」
「響お姉ちゃんっ!?」
ガングニールの防御力を高め、攻撃を防いだ響は膝をつく。受けたダメージは決して小さくない。それでも、己の大切な人を傷つけようとした存在へと視線を向ける。
「どうして……どうしてこんな酷いことをッ!!?」
燃える街並み。傷だらけなユウの姿。
そんな目の前の理不尽な暴力に、響は怒りと悲しみをぶつけるように叫ぶ。しかしキャロルは、その感情を鼻で笑うかのように切り捨てた。
「貴様には関係ない事だ」
「関係あるよっ! ユウくんは、わたしにとって大切な人だもん!」
冷たく言い放つキャロルの瞳に、響は決して怯まなかった。震える膝で立ち上がり、ユウを庇いながら必死に叫ぶ。
「オレには、戦ってでも欲しい真実がある!」
「戦ってでも欲しい真実……?」
「そうだ。お前にだってあるだろう? だからその歌で、シンフォギアで! 戦ってみせた!!」
「違う!! そうするしかなかっただけで……そうしたかったわけじゃない……わたくは、戦いたかったんじゃない! シンフォギアで……大切な人を守りたかったんだ!!」
響の声は震えていた。
けれどその中には、確かな意志と、痛みを知ってなお強くあろうとする心が宿っていた。
「人助けの力で……戦うのは嫌だよ……」
「そうか……なら、そのガキが死ぬだけだ」
キャロルは呆れたように吐き捨てると、両手を掲げ、虚空に錬成陣を展開した。
淡い黄色の光が、空間を歪めるほどのエネルギーを含み、じわじわと広がっていく。
キャロルがパチンっと指を鳴らす。
すると彼女の周りの黄色い錬成陣から放たれた光が、広範囲に広がりながら近づいてくる。
自分達へと向かってくる破滅の光、響は咄嗟に後ろで倒れているユウへと視線を向けた。
(ユウくん……わたしは……わたしはァッ!)
守ると誓った大切な人。そんな彼が傷ついている姿を見た瞬間――響の覚悟は決まっていた。
響は強く握りしめた拳を地面へと叩き込んだ。
「あぁぁぁッああぁッ!!!」
地面へと叩き込まれた拳が爆発的な衝撃波を発生させ、響の放つフォニックゲインがキャロルの光を正面から打ち消した。
力と力が正面からぶつかり、空間が軋むような轟音が響き渡る。
「……オレの一撃を、防いだ……だと?」
全力ではなかったにしても、自分の一撃を止められたことにキャロルは驚愕している。
力の衝突に響も無傷ではない。それでも力強く立ち上がりキャロルを見据えた。
「この力は、誰かを傷つける為の力じゃない……この力は人助けの力……大切な人を、守る為の力なんだッ!」
叫ぶ響の瞳は、まっすぐに輝いていた。
初めてガングニールを纏った日を思い出す。あの日も目の前の少年の命を救いたいと願った。
そして、今もその願いは、変わっていなかった。
「君が、何でこんなことをするのかは分からないよ。でも……ユウくんを……わたしの大切な人達を、傷つけるなら、わたしは戦うッ!!」
撃槍のように突き刺さる真っ直ぐな言葉。拳を強く握り、キャロルを真っ向から見据える。
「オレの邪魔をするか……良いだろう。その鬱陶しい歌ごと、その槍を手折ってやる!」
キャロルの怒気と殺気を孕んだ声が響に突き刺さる。
空気が凍りついたような静寂。今にも一触即発、そんな緊張の真っ只中。
「あーあ! マスターってば何やってるんですか〜? そいつ、やる気満々になっちゃったじゃないですか〜」
突如、乾いた空気に水を差すような、のんびりとした声が空から降ってきた。
咄嗟に視線を上げると、そこには高層ビルの縁に座る少女の姿があった。
青と黒を基調とした、ゴシックなメイド服に似た装い。
陶器のように白い肌に、魂のこもっていないような笑み――人形のような、いや、それ以上に不気味な気配を放つ存在だった。
「“ガリィ”か……見ていたのか? 性根の腐ったお前らしい」
「やめてくださいよぉ。そういう風にしたのはマスターじゃないですかぁ」
キャロルに応じて、ガリィと呼ばれた少女はヒラリと飛び降りた。バレリーナのように優雅に、キャロルの隣に舞い降りる。
「……エネルギーの採集はどうなっている」
「完璧ですよぉ。ミカちゃん~大喰いなので大変でしたけどぉ、ゲスラちゃんのお陰で、超スムーズに進みました〜。でも良かったんですかぁ? せっかく作った《錬金獣》壊されちゃってぇ〜」
「構わん。あんな小物一体無くなろうと支障はない」
「え〜。ゲスラちゃん可愛いのに酷い〜。うえぇ~ん!」
ガリィが顔を両手で覆って、子供のように大げさな嘘泣きを始める。キャロルはそんな彼女を無視して、再び響へと鋭い視線を向けた。
「さて、来たついでだ。あの歌女は、お前がやれ」
「あー絶対言われると思った……」
キャロルからの指示に、がくりと肩を落とすガリィ。
不満を顔いっぱいに浮かべると、プンスコと子供のように怒る姿は滑稽ですらある。だが、響はその軽薄な演技の裏に、異様な気配を危険を感じていた。
「もう、それならあんなヤル気満々にさせないでくださいよぉ〜!」
ブツブツと文句を言いながらも逆らえないのか、ガリィは一歩、また一歩と前へ出る。
対してキャロルは無言で空中に舞い上がると、近くのビルの屋上へとふわりと腰を下ろし、まるで傍観者のように見下ろした。
「面倒くさいですけどぉ〜。マスターからの命令なんで、早く終わらせましょう…………かァッ!!!」
「……っ!?」
次の瞬間、ガリィの姿が視界から消える。
いや、“見えなかった”のだ。音もなく、風も巻かず、気配すら感じさせぬ超高速の接近。
響は咄嗟に両腕を構える。鍛えられた反射だけが、彼女を守る盾となった。
☆
レイアの追撃を逃れたクリスは、エルフナインを連れて本部へと急いでいた。暗い路地を駆け抜けながら、彼女の通信機に新たな報告が入る。
「あのバカも戦ってんのかっ!?」
『それだけじゃないわ、翼さんのいるロンドンでも襲撃を受けてる』
「先輩も……一体何が起きてんだよ!」
『翼さん達も撤退しつつ、体勢を立て直してるみたいなんだけど』
「こっちにも252がいるんだ! ランデブーの指定を――」
そこまで言いかけた瞬間だった。空気が歪む感覚に、クリスは反射的に顔をしかめる。
飛来する異質なエネルギー。クリスはエルフナインを抱き寄せ、即座にその場から飛び退いた。
視界の端、何かが地面に突き刺さる。
爆発は起きなかった。だが代わりに、そこだけがぽっかりと“失われて”いた。
「何だ……コイツは……?」
爆撃でも、銃撃でもない。ただその場所だけが、切り抜かれたように消失していた。
辺りに広がる赤い粉塵。そこから現れたのは、かつて幾度となく見た、だがもはや過去のものとなっていたはずの忌まわしき存在――
「“ノイズ”っ!? 何で……!?」
信じられないものを見たような表情で、クリスが呻いた。
かつて人々の命を奪い、世界に恐怖をもたらした存在。それが今、確かにそこにいる。
☆
所変わってロンドン。
ライブ会場の混乱から逃れるように、翼たちは車を拾い人気の無い場所へと移動していた。しかし、そんな彼女たちの逃走経路を先回りしていた緑のオートスコアラー――ファラが現れ、再び戦闘が始まっていた。
「ハアァッ!!」
素早い踏み込みで振るわれる翼の大太刀。ファラは、それを片手に持った剣で軽々と止める。
「剣は剣でも、私の剣は“剣殺し”――《ソードブレイカー》」
瞬間、鋼が軋む音が響き渡る。
次の瞬間、翼の大太刀が脆いガラスのように砕け散った。
「なっ……!」
剣を打ち下ろしたはずが、手応えどころか刀身すら失った事実に、翼は思わず後退る。ファラの唇に、不敵な笑みが浮かぶ。
「フフフ……」
勝ち誇るように笑う彼女は、懐から赤い結晶のカプセルをいくつも取り出し、地面へと次々にばら撒いた。
破裂音と共にカプセルは砕け、赤黒い錬成陣が地を這い広がっていく。
「そんな……ノイズっ?!」
マリアが驚愕する。日本とイギリス。二つの地点で突如出現したノイズの発動パターンは、S.O.N.G.本部にも伝わっていた。
「反応波形合致! 昨夜の未確認パターンは、やはりノイズの発動と一致します!」
「馬鹿な! ソロモンの杖も、バビロニアの宝物庫も、ウルトラマンが完全に消滅させたはずだ!」
弦十郎の言う通り、ノイズの存在は、三ヶ月前のネフェリムとウルトラマンティガの戦いで、バビロニアの宝物庫とソロモンの杖の両方が消滅し、それからは影も形もなくなっていた。
しかし目の前に起こる反応と、翼達の目の前に対峙するその存在に、認めざるを得なかった。
「あなたの剣、大人しく殺されてもらえると助かります」
オートスコアラーの冷たい言葉が、静かに刃のように空気を裂く。翼の蒼い瞳が鋭く細められる。
「そのような叶え出を、未だ私に求めているとは!」
咆哮のような声と共に、翼はアームドギアを展開。目の前のノイズの群れに対して、一気に肉薄する。
斬撃が閃き、ノイズが砕け散る。
数に任せたノイズたちが四方から取り囲もうと動き出す。翼は地を蹴り、逆立ち状態から両脚のブレードを解放、螺旋のように回転し始めた。
《逆羅刹》
回転する刃が空を裂き、周囲のノイズを次々と破砕していく。圧倒的な力と技の結晶。
その殺陣の直後に現れたのは、今までに見たことのない赤い人型のノイズだった。
怪しく点滅するハリのような器官を突き刺しにくる。
翼はその異様さを感じながらも、迎撃の構えを崩さない。アームドギアを構え、ノイズの攻撃に正面から挑み衝突する。
だがその瞬間、何かが――「弾けた」。
☆
煙と炎に包まれた街で、雪音クリスのガトリング砲が咆哮を上げた。ノイズ――三ヶ月前に根絶されたはずの脅威。その復活は、誰よりもクリスの怒りを燃え上がらせていた。
『クリスちゃん!!』
通信越しの友里の声が響く。
「わかってるって。こっちも旧友と鉢合わせ中だ」
次々と襲い来るノイズに向け、クリスは右腕のガトリング砲をぶん回すように放ちまくる。視界が弾丸の嵐と閃光に染まった。
「どんだけ出てきようが、今更ノイズ! 負けるかよぉッ!」
撃ち抜かれ、爆ぜるノイズたち。しかし、その弾幕を掻い潜るように、数体のノイズが現れる。彼らの腕から鞭のような器官が伸び襲い掛かった。
クリスはガトリングを盾にし、咄嗟にガードを取る。
――その瞬間だった。
「「っ!?」」
翼とクリス。二人は同時にその異変に気がつく。
ハリを受け止めた剣が、ムチを受け止めたガトリングが、まるで時間を喰らわれたかのように脆く、脆く、崩れていく。
「くっ……!」
赤い剣士のようなノイズが、まるで何の抵抗もないように剣を分解させ、ハリが翼へと向かう。
翼は飛び退き直撃を避ける。しかし謎の現象に不意を突かれ、回避が遅れた翼の胸のコンバータをノイズのハリが掠めた。
――そして、それは起こった。
シンフォギアが、分解を始めたのだ。
「……何だとっ!?」
背中から肩、胸部装甲にかけてのギアが、細かく砕け、光となって空へと舞っていく。その光景を前に、翼はただ目を見開いた。
一方、クリスも同じようにムチによりコアを掠められ、ギアが崩壊していく。
「くそっ、何だよコレは……!」
焦燥と怒りが交じった叫び。それを、冷ややかに見下ろす影が二つ。
「ノイズだと、括ったたかがそうさせる……」
「敗北で済まされるなんて、思わないことね」
それは、キャロルに仕えるオートスコアラーの二人。血のように冷たい笑みを浮かべながら、彼女たちの敗北を見据えていた。
☆
「はあァッ!!!」
空気を穿つような加速で、響は一気に距離を詰めた。拳、拳、蹴り――容赦ない連撃がガリィを襲う。しかし彼女はそれらを、バレリーナのような優雅な動きで回避していく。
「やーん。ガリィちゃん、怖いぃ〜」
(くっ! 当たらない……!)
まるでマタドールのように、彼女は響の拳をヒラリと受け流す。
(せめて一発……当たれば!)
焦りの色が滲んだ瞬間、響の動きが大振りになった――その一瞬を、ガリィが見逃すはずもない。
「はい、ドーン!」
「うわぁッ!!?」
氷の塊が胴を撃ち、響の身体が弾かれるように後方へ吹き飛ぶ。追撃のように小型の氷弾が空を裂き、連射砲のように降り注ぐ。
「ほら、どどどどドーン!」
「くっ!……」
ガントレットで防御しながら、響は思考を巡らせる。遠距離攻撃に乏しい自分では、このままではジリ貧――だから、決意する。
(近づくしかない……!)
腰のブースターが唸りを上げ、衝撃波と共に響が突進。氷弾を食らいながらも、痛みに顔を歪めることなく突き進む。
「チッ! コイツまじで猪かっての!」
馬鹿の一つ覚えの様な突貫に舌打ちするガリィ。
しかし今度の響は違った。拳の軌道が鋭く、無駄が無い。身体の軸を意識し、最短距離で打ち込む拳。
(焦らない……小さく細かく、確実に一発を!)
「チィっ……!」
ついに一撃がガリィの頬を掠めた。
ガリィが嫌気を見せて空中へ跳躍――だがそれは、響の計算通りだった。
「はあァッ!」
パワージャッキとブースターの推進力で空中へと躍り出た響の拳が、ガリィの身体を抉る。
響が飛べないと鷹を括っていたガリィは、一瞬で目の前へと迫って来た響の姿に、反応し切れず喰らってしまう。
「――ゲフッ!」
響の拳により弓のようにしなるガリィの体。息を吐く暇もなく、もう一撃。背中への踵落としが彼女の体を地へと叩き落とした。
砂煙が舞い、衝撃が地を這う。
煙が晴れた後見えたのは、大の字で倒れるガリィの姿。
(今だッ!)
チャンスと見た響は、空中で反転すると、ブースターを全開にして距離を積め、全体重を乗せた一撃を叩き込もうとする。
空から舞い降りる一振りの槍と化した響が、ガリィの体を貫こうとしたその瞬間。
「――っ?! ぐあぁっ!!?」
視界が横に跳ねる。激しい衝撃と共に、響の体が空中で弾かれた。吹き飛ばされ、地面を転がる。
「響お姉ちゃんっ!」
息を呑むような静寂の中、ユウが叫び駆け寄る。
「く……一体、何が……?」
突如、土煙の中から、何者かに殴り飛ばされたような衝撃が響の体を襲った。
二人はそちらの方に視線を向ける。
土煙が巻き上がる中、その中から姿を現したのは――赤いロールのかかったツインテール、大きなリボン、そして獣のような巨大な手をワシワシと動かす異形の少女だった。
「“ミカ”か……もう動けるのか?」
「おう! 腹一杯になったから問題ないゾ!」
キャロルの問いかけに、少女は大きな手で自らの腹をポンポンと叩いて満足げに笑った。
「巨人と怪獣の衝突により生み出るエネルギーが、これ程効率的とはな。無駄な出費では無かったようだ」
「うんうん〜。これもゲスラちゃんのおかげですねぇ〜」
「――なっ?!」
いつの間にか、戦闘不能となったはずのガリィがミカの背後から姿を現す。響は驚き、思わずクレーターの中心を見つめた。
そこには確かに、ガリィが倒れている。
しかしその身体は水へと変わり、地面に染み込むように消えていった。あの戦いは、ガリィが錬成した《水の分身体》による擬似戦闘だったのだ。
「ま、ミカちゃんが来なくてもぉ、何とかなったんだけどねぇ〜」
「そう言うなゾ! こんな面白い事、ワタシも混ぜるんだゾ!」
ミカは立ちあがろうとする響へと視線を向ける。
「ああ、起動実験には丁度いい、ミカに任せてガリィは下がれ」
「はいは〜い」
面倒を避けたがっていたガリィは、にこにことした笑顔のままキャロルの元へと戻っていく。
ミカは、脱力したように腕をぶら下げながら、オモチャを見るような目で響を見つめた。
「簡単に壊れないで欲しいゾォ〜!」
「くっ!……」
「お姉ちゃん駄目、逃げて!」
異形の敵の出現に、ユウは声を上げる。
しかし、今逃げたところで逃げ切れるとは思えない。相手は三人。だがしかし、目の前のミカは明らかに油断していた。
その隙をつき、一撃で倒す事が出来れば可能性もある。
――仕掛けるなら今しかない。
「はあああああァッ!!!」
「お姉ちゃん駄目っ!」
嫌な予感を感じ取っているユウの静止を振り切り、響はパワージャッキで瞬時に踏み込み、腰部ブースターを全開にさせると、限界まで引き延ばしたハンマーパーツをミカへと叩き込んだ。
ビルのように巨大な大型のノイズすら破壊するガングニールの一撃が、子供のように小さな人形へと向かう。
「――なっ!?」
しかし響のその全力の一撃は、ミカの片手によって難なく受け止められた。
「この程度なのカ?」
「くっ! あああああああぁァッ!!!」
マリオネットのように首を傾げるミカ。響はブースターの力を更に増し、拳を押し込もうと試みる。
その力にミカの足元が削れ、地面に轍が刻まれる。しかしミカは驚きすらせず、むしろ楽しげに笑っていた。
「ニヒッ!」
次の瞬間、ミカの縦ロールからブースターのような炎が噴き出す。響と同じように加速し、力で押し返してきた。
「……そんなっ!?」
次第に響の方が押され、強制的に後ろへと下がらされる。何者をも貫く無双の槍である筈のガングニールが、純粋なパワーで負けているのだ。
「ん〜? やっぱりつまらないゾォ?」
こちらは全力で押しているにも関わらず、対するミカはつまらなそうに首を傾げていた。
「飽きたから、もう終わらせるゾ」
ガシッと響の拳を掴むと、ミカはもう片方の手を静かに向けた。その瞬間、響の全身に戦慄が走る。
離れなければ――しかしミカの握力に手が離れず逃げる事が出来ない。
「バイバイ、だゾ」
そしてミカの掌から、炎のような赤いカーボンロッドが射出された。
――それは、正確に、響の胸のコンバータを撃ち抜いた。
「――が、はぁッ!!?」
直後、まるで衝突事故に遭ったかのような衝撃が響を襲い、彼女の身体は軽々と吹き飛ばされた。
「響お姉ちゃんっ!!!」
ユウは全力で走り、落下してくる彼女をその小さな腕で受け止める。だが少年の身体では衝撃を抑えきれず、二人はそのまま地面を転がり、しばらくして止まった。
「う……響お姉ちゃん、大丈夫!?」
「あ……う、ぐうぅ…………」
ガングニールのコアを砕かれ、響のシンフォギアは強制的に解除されていた。防御も、力も失った身体はその反動に悲鳴を上げている。額に汗が滲み、呻き声が唇の隙間から漏れていた。
ユウは震える響の背中を摩りながら、そっとその名を呼ぶ。
「……響お姉ちゃん……」
だが、応答はない。痛みに耐えているのか、それとも言葉を紡ぐ力さえ奪われてしまったのか。
そんな中、ユウの紫の瞳が、少し離れたビルの縁に立つ少女をとらえた。
キャロルは、まるで感情を剥ぎ落としたような表情で、ただ淡々と二人を見下ろしていた。
「どうして……こんな事をするの? 世界を壊すなんて、その理由を教えてよ!」
ユウはキャロルに問いかける。傷つきながらもその瞳は真っ直ぐに、怯えることなくキャロルを見据えていた。
「……父親に託された命題だ。お前にだって、ある筈だ」
その言葉にユウと響――その二人の目が同時に見開かれ、“父親”という言葉が、二人の心に強く刺さる。
キャロルは、変わらぬ無表情のまま言葉を続けることはせず、ゆっくりと踵を返した。
「ふん……帰るぞお前たち」
「ん? いいのカ?」
「今回の目的は十分に果たした。これ以上ここに居ても無駄だ。また出直すとしよう」
「はいは〜い、了解〜」
ガリィはどこからともなく、ガラスアンプルのようなものを取り出し、それを指で弾いて割る。割れたアンプルから展開される赤色の錬成陣。空間が渦巻き、ミカとガリィの姿がゆっくりと溶けて消えていった。
最後に残されたキャロルもまた、似たようなアンプルを取り出して、ユウを見下ろす。
「お前が拒むならそれで良い……だが、お前の大切なものが、全て失われる事になるぞ」
その瞳は、氷のように冷たかった。鋭い言葉の刃を残し、彼女もまた静かに錬成陣の光へと消えていく。
――そして、戦場には再び静寂が訪れた。
風に舞う砂埃と、地面に残された衝撃の痕跡。それだけが、激闘の名残を物語っていた。
キャロル達が去った後、ユウと響の脳裏に、彼女の言葉が残っていた。
“父親に託された命題だ。お前にだって、ある筈だ”
「お父さん……ぼくは……」
ユウは、力強い眼差しで遥か空を見上げた。あの日、父が旅立っていった宙へ向けて。
そこには、何も見えなかった。だが彼の瞳は、父から託された想いを確かに捉えていた。
「託された……? わたしには、お父さんから貰ったものなんて、なに……も……」
響の声は震えていた。倒れたまま、ぼんやりと何もない地面を見つめていた。血塗られたアスファルトの上で、彼女の心は過去に引き戻されていた。
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