シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい〜……ふぁ〜」
「ふふっ」
早朝、本来なら登校の時間までゆっくりしてる所だが、その前に鍛錬をしておきたい翼は、先に二課へと向かう事にした。
同じ布団で寝たことで、起きる時にユウを起こしてしまった。二度寝させようとしたが、見送ると言って聞かず目を擦りながら翼に手を振る。
そんな姿に彼女も微笑み、優しく頭を撫でた。
「翼さん、今日は休んでもらって良かったのに」
「心配はいりません。あの程度の戦闘で疲れなど残りませんし、実戦の感覚を失いたくありませんから」
――しかし車に乗り込んだ瞬間、その笑顔は消える。
心配そうにしている緒川対し、冷たく短くそれだけを伝える。
先程までの弟を思いやる姉のような慈悲を含んだ微笑みは消え、剣の如く鋭い瞳へと変わっていた。
「私は一刻も早く強くならなければいけない。その為には、遊んでる時間などありません」
「彼を……“星乃結”を守る為……ですか?」
「……気付いていたんですか?」
「昨日から翼さんの様子がおかしかったので、司令に聞いてみたんです。彼の名と貴女との関係の事を」
「…………そうですか」
だとしたらもう何も言う必要は無い。
そう言うように翼は、車のソファーに座ると緒川から視線を外して窓の向こうを見つめる。
「いっちにっ、さんっし! ごうろくっ、しっちはち!」
翼が出てから数時間後に改めて目を覚ましたユウは、日課のラジオ体操で体を伸ばす。
体を伸ばし終わった後辺りを見回す。
先に出る翼が、着替えと朝食を簡単に済ませたのだろうが、既に部屋の中がとっ散らかっていた。
その光景から、本当に掃除が苦手なんだと分かる。
「よし! 翼お姉ちゃんも頑張ってるし、家の事はぼくが頑張るぞ!」
グッとガッツポーズを取ると、すぐさま片付けに入った。
まずは脱ぎ散らかした衣服達、それぞれ拾い上げ洗濯場へと持っていく。洗濯機の中を覗いてみると、昨日までの衣服が詰め込めていた。
昨日衣服を詰め込み醜く散らかるのを回避したが、色での仕分けができていない辺り、彼女の私生活のズボラさがよく分かる。
ユウは色移りしないようにネットに移し替え、洗濯を開始した。
「これで良しと、次は……」
洗濯が終わるまでの間に自分の食事を済ませる事にした。
寝ぼけながらだが、家のものは好きに使って構わないと言われたのを聞いていたので気にせず使用する。
今日の朝食は、トーストと焼いたベーコンと目玉焼きにレタスを添えて、牛乳を一杯入れた。
「ごちそうさまでした」
しっかり栄養バランスの取れた食事をとり、しっかりと食材に感謝をする。これも両親からの教えである。
「おっ片づけ〜!」
空いたお皿を運び洗う。昨日緒川が殆どやってくれたおかげで洗い物は少なく、今朝の自分と翼の分だけを洗ってしまう。
「♪〜♪〜」
洗い終わると同時に丁度丁度洗濯も終わり、カゴに詰めてベランダに運ぶ。
丁度よく日差しも強く、気持ちのいい陽気の中、ユウは鼻歌を歌いながら洗濯物を干す。
「〜♪〜♪」
鼻歌の続きを歌いながら、午前の空いた時間を部屋の細かい所の掃除に費やした。
「…………あっ! そろそろ行かないと」
端々の細かい掃除を終え、仕上げに掃除機を掛けていたところで時計に気がつく。
この後用事があるユウは、掃除機を片付け身支度を整えると翼のマンションを後にした。
「こんにちは〜」
「あらユウちゃん。こんにちは」
ユウがやって来たのは、この街で最も大きな“病院”だった。
背丈のたりない受付に、背伸びをしながらヒョッコリ顔を出し、病院の為小さな声で挨拶をする。
「あーん、ユウちゃん今日も可愛いわ〜」
「イメチェンもよく似合ってる〜!」
「ポニテショタっ子……ハァハァ…………弟にしたい……」
院内のナース達からも評判が良いようで、所々危ない気配がするが、ユウは気にせず目的を果たす。
「……お母さんと、まだ会えますか?」
「お母さん!」
院内の四階にある端の病室をゆっくりと開く。
ユウの元気な声に反応した女性がこちらを振り向く。
ユウと同じく黒く艶のある黒髪、まつ毛が長くパッチリとした目、雪のように白く透明な肌。入院中の為か少し痩せてはいるが、その容姿はユウを大人にしただけで、瓜二つと言っても差し違いなかった。
「あらユウ。今日も来てくれたのね」
「うん! ぼくお母さんに会う為なら、毎日だって来るよ!」
ベッドから半身起こし、本を読んでいる母へと抱きつく。
彼女の名は星乃茜。ユウの母親であり、
響達と別れたユウが、あの街にいたのは母のお見舞いの帰りだったからだ。
「うふふ、嬉しいわ。でもあなた向こうはいいの?」
「え、えっと……それは……」
母に指摘され、珍しく歯切れが悪くなる。
「ユウ……」
「だ、だって! 向こうに帰っちゃったら、お母さんに会えなくなっちゃうもん!」
母に心配をかけたく無く、なんとか誤魔化そうとしたが、大好きな母に嘘をつけるわけがなかった。
現在ユウが住んでいる所はここから遠く離れており、小学生のユウに気楽に来れる距離では無い。
”もう少し一緒にいたい”そんな気持ちが、昨日彼が帰る事を拒んでしまったのだ。
「……………………ごめんなさい。ぼく悪い子になっちゃった」
「いいのよ、貴方は何も悪く無いの。来てくれてありがとう」
罪悪感で俯いてしまうユウを、茜は優しく抱きしめる。本当の母親なら叱るべきところなのだろうが、息子が母親に会うなど当たり前なのだ。
それを否定できる者など誰もいない筈だ。
「――それでねそれでね! 優しいお姉ちゃんが助けてくれたんだ!」
「あらそうなの。昨日あの後、ノイズが出たって聞いて心配していたのよ」
「大丈夫だよ。響お姉ちゃんと翼お姉ちゃんが守ってくれたから、怪我一つないよ!」
「あらあら、二人もお姉ちゃんが出来たの? どんな子達?」
「えっとね、響お姉ちゃんが優しくて一生懸命で、ちょっとおバカな所もあるけど、とっても可愛いお姉ちゃんでね。翼お姉ちゃんが強くて優しくて、お部屋の片付けが下手で、後お歌がすっごく上手なお姉ちゃんなんだ!」
大きくジェスチャーしながら昨日あった事を話す。とは言えノイズに襲われた話で母を心配させたく無いのと、翼から『昨日の事は話したら駄目』と言われているので、二課の事は話さず主な話は新しく出来たユウの”お姉ちゃん”のお話しだった。
「じゃあそのリボンをくれたのも、そのお姉ちゃん達なの?」
「んーん違うよ。コレはね、未来お姉ちゃんがくれたんだ! どう、似合ってる?」
「ええ、よく似合ってるわ。その子にお礼言わないとね」
「うん! ぼくも気に入ってるんだ!」
ベッドの端に座り、茜に抱きしめてもらいながらその日の出来事を話す。ささやかだが、ユウにとって何より幸せな時間だった。
「そろそろ時間ね。あまり遅くなっても良くないわ」
「あ、うん……」
時計の針が三時を過ぎる。
あまり時間がかかると暗くなるし病院にも迷惑がかかってしまう。
「ユウ」
「ん? あっ……」
名残惜しそうにしながらもユウは帰ろうとするユウを引き寄せ、その柔らかい頬に優しくキスをする。
「”おまじない”よ。またいらっしゃい」
「……っ! うんっ!」
沈んでいた顔を眩しい笑顔にかえ、悠々と帰り支度を始める。
「この後はどこか行くの?」
「うん、今翼お姉ちゃんの所でお世話になってるから、お礼にぼくが晩御飯作ってあげるんだ!」
「それは羨ましいわ。私も久しぶりに食べてみたいわね、ユウのご飯」
「えへへ、あれからだいぶ上手くなったんだよ!」
母の腕の中から降りてドアに手をかける。
半分ほど開いたところでその手が止まり、再び茜の方を振り向く。
「お母さん。ぼくちゃんと良い子にしてるから……だから、大丈夫だよ!」
病気の母親を元気つけるように、今日一番の笑顔を見せ病室を後にした。
「あれ? ユウくん?」
「あ、未来お姉ちゃん!」
現在ユウは、今晩のおかずを作るための食材を買うため、商店街へと来ていた。
丁度八百屋で野菜を見ている中未来と再会しする。
ユウはお気に入りである白いリボンをくれた未来の姿に喜び、ローラーで滑りながら近づいた。
「お買い物してるの?」
「うん! 今日お姉ちゃんにご飯作ってあげるんだ!」
「へぇ、ユウくんご飯作れるんだ」
「ぼくんち、お母さんがいない事が多かったから、代わりにぼくが作ってたの」
「ふふ、そうなんだ」
えっへんと胸を張るユウの頭を優しく撫でる。
相変わらずの艶々サラサラした肌触りに、ずっと触っていたくなる。
そんな未来の手に、ユウも子猫のように頭を擦り付けていが、彼女の笑顔に昨日とは違う違和感を感じた。
「未来お姉ちゃん、どうかしたの?」
「え? なんで……」
「だって、なんだか寂しそうにしてるから」
自身の内心を覗かれた事に心拍が跳ね上がる。
ユウの指摘は的をいていた。
昨日の夜、近くの街でノイズが出現したと聞き避難していたが、避難用のシェルターに響の姿が見えなかった。
ノイズに襲われたわけではなく、深夜を過ぎた頃に帰っては来たが、その様子があまりにもおかしく、事情を聞いても何も答えてはくれなかった。
いつもの響は何があっても隠し事などするタイプでは無く、その初めての変化に戸惑ってしまっていた。
しかしそんな事を目の前の少年に言ってもしょうがない。それに響も花の女子高生、人に言いづらいことの一つや二つぐらいある。
この時の未来はそう考えていた。
「……大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ」
「本当?……もし何かあったら、ぼくがいつでも力になるからね?」
「うん、ありがとうユウくん」
ユウにとってはリボンをくれた恩もあり、何とか彼女の力になってあげたかった。
その笑顔に少し気が楽になった未来は、そっと少年の肩を抱きしめた。
未来と別れたユウは、買い漁った材料をその小さな手で抱え帰路についていた。流石にバランスが悪くなるので靴のローラーはしまった状態だ。
「わわわっ!?」
しかしその道中にバランスを崩し転んでしまう。張り切って買い過ぎたツケが出た。
「いたたた……」
起き上がって見てみると膝に擦り傷が出来ていた。強くぶつけたせいか、擦りむいてしまったようだ。
しかしそれどころでは無い、幸い卵のような割れやすいものは無事だがったが、転んだ拍子に幾つか散らばってしまった。
急いで荷物を拾っていると、一つのリンゴが転がる。
コロコロ転がるリンゴが、とある少女の足元で止まった。
「ったく、何やってんだよ?」
少女が足元のリンゴを拾う。
ワインレッドのドレスを着た、雪のように白い銀髪の女の子。その顔付きと流暢な日本語から、ハーフなのだろうと察した。
「………………これで良しっと」
「ありがとう!」
ユウを抱き起こした少女は、近くのベンチに座座らせると近くのコンビニで消毒液と絆創膏を購入し、膝の手当てをしてくれた。
ぶっきらぼうながらも丁寧に治療してくれた少女に、ユウは嬉しそうにお礼を言った。
「でもなんでお前みたいなチビ助が、こんな時間にこんな大荷物運んでんだよ? 親はどうした親は?」
一仕事したとでも言うように、ふーと息を吐きながらユウの隣りに座り顔を覗き込む。
(しっかし綺麗なガキだな。見たところ他に傷も無い綺麗な肌してるし、唇なんかも柔らか……って、何考えてんだアタシは!!)
ユウの整った顔立ちに、思わず見惚れそうになるのをかぶりを振って振り払う。
少女の言う通り、既に夕陽が見え暗くなり始めている。ユウと同じぐらいの小学生程の子供達ですら既に帰り始めている。そんな中、大荷物を抱えてヨロヨロと歩くユウの姿。
――もしかしたら酷い親に無理矢理やらされているのではないか? と少女は心配していた。
「うん? ぼくんちどっちも居ないよ?」
「え?」
「ぼくのお父さんは、ぼくが7歳の時に事故で亡くなっちゃったんだ」
「……母親もか?」
「お母さんは、今悪い病気と戦ってるの。だからぼく良い子にして待ってるの」
(……そうか。コイツも一人ぼっち……アタシとおんなじ……か)
幼きにして両親と離れ離れという境遇。少女はそんな彼の姿が、幼い頃の自分と重なって見えた。
「なあお前、よかったらあたしと……」
ピピピッ!
「っ!?」
少女が何か言いかけた途端、小さいアラーム音が鳴る。その音に反応した少女が、慌てた様子で懐から掌サイズの端末を取り出す。
「ちっ! もうんな時間かよ。おいお前、住んでる所は?」
「あっちの方だよ?」
「そうか、なら大丈夫だな。いいか? 家に帰ったら今夜は一歩も外に出るんじゃねぇぞ?」
「え? 何で?」
「いいから約束しろ!……出来るな?」
「うん、分かった!」
「よし、良い子だ」
「わーいわーい! いい子いい子!」
嬉しそうに喜ぶユウの頭を撫でた後、少女はベンチから飛び降りるとユウの帰路とは反対の方へと駆け出す。
「アタシは“クリス”! お前は?」
「ぼくはユウ! あ、男の子だよ?」
「え? あ、ああ……そうなのか」
最近間違われる事が多かったので先に言ってみたのだが、彼女の反応を見る限り正解だったようだ。
「と、とにかくまたなユウ!」
「うん! またねクリスお姉ちゃん!」
大手を振って別れると、クリスと名乗った少女は黄昏の街へと消えていった。
彼女が何の目的で急いでいたのかは、この時のユウには分からなかった。
「立花響、遅くなりました!」
広い二課の司令室の中に元気な声が響く。
結局昨日は身体検査だけで深夜帯になってしまい、詳しい話は後日となり、今日再び集まることしにした。
「あ、翼さん! おはようございます!」
「……………………」
本当の集合時間は、もう少し早かったのだが、結局昨日の提出物を終わらせていなかった為、帰らせてはもらえずこの時間になってしまった。
小さく頷いた後プイッと視線をあさっての方へと向けられ、苦笑いしながら頬をかく。
遅れた分少しでも元気に挨拶しようと思ったが、翼には不評だったようだ。
「昨日はすまなかったな、オレ達のせいで帰るのか遅くなっちまって」
「学校の宿題ぐらいなら、私が代わりにしてあげましょうか?」
「い、いえいえ! そんな」
ちょっとした冗談に真面目に否定する響を、了子は面白そうに見つめる。
全員が集まったところで、先ずは昨日も行った自己紹介を改めて、それが終わり次第昨日の事の話を始める。
「まずは一番気になる事から説明しよう。じゃないと後の話に集中出来ないだろ?」
「お願いします!」
集中力に乏しい響は即頷いた。
まず一番最初、響が最も気になっている本題“シンフォギア”について。
シンフォギアとは、櫻井了子が提唱した”櫻井理論”に基づいた、聖遺物から作られた”FG式回天特機装束”の名称である。
現在認定されているノイズに対抗しうる唯一の装備で、その存在は、完全秘匿状態となっている。
身に纏う者の戦意に共振・共鳴し、旋律を奏でる機構が内蔵されているのが最大の特徴。そしてその旋律に合わせて歌うことにより、シンフォギアは出力を上昇させる。
「なるほど、分かりません!」
櫻井了子自身からの説明。彼女を敬愛する生徒達からすれば、とても光栄なことなのだが、そんな事知らない響には関係なくバッサリ言い捨てる。
他にもアウフヴァッヘン波形やバリアコーティングやらの説明も受けたが、訳が分からず『ノイズを倒せる凄い鎧、だけどヒミツ』ぐらいに思う事にした。
「はははっ! 構わないさ」
「そうそう、弦十郎くんと翼ちゃんも格好つけてるけど、どうせ完璧には理解なんて出来てないんだから」
「「うっ……」」
「そしてシンフォギアを纏う事が出来るのは“ ”聖遺物”を持つ適合者だけなの」
図星を突かれた二人を置いて、櫻井了子の講習は続く。
聖遺物とは、神話や伝承に登場する、超常の性能を秘めた武具。
現在では製造不可能な
遺跡などから発掘されても経年による劣化や損傷から、昔の状態をそのまま残したものは、本当に希少な存在となっている。
そのため、ほとんどの場合は”聖遺物の欠片”として存在している。
翼が首から下げている赤いペンダントも、第1号聖遺物”天羽々斬”の刃の欠片が込められた聖遺物である。
「あれ? じゃあなんでわたしが?」
話を聞く限り、シンフォギアを纏うための聖遺物とはとても貴重な物。
しかし響にはそんな貴重な物を手にした記憶が無い。
「それが今回のお話の一番の肝よ。コレを見て?」
そう言うのは分かってた。とでも言うよに了子は楽しそうにキーボードを操作すると、モニターに映像が映し出される。
響の身体をシルエットにしたような図に、血管や神経のような物が浮かび上がる。
そこまでは響も保険の授業などで見たことがある。しかし胸の中央のやや左側に、授業では見た事のない“黒い異物”が見える。
「響ちゃん、貴女は二年前のツヴァイウィングのライブでノイズに襲われた事がある?」
「ど、どうしてそれを!?」
「
そうした必要な情報の統括、管理、そして隠蔽なども彼らの仕事なのだ。
「あの日奏ちゃんのガングニールは砕け、その破片が響ちゃんの胸に突き刺さった。その時に手術でも摘出が不可能なほどの僅かな破片が彼女の体内で融合してしまっているの」
「と言う事はつまり……」
「響ちゃんが纏っているのは、奏ちゃんのガングニールという事よ」
「っ!?」
その説明に一番驚いたのは響ではなく、その背中を睨み付けるように見つめていた翼だった。
自分の相棒の
(この子が……
翼にとって奏は戦士だった。
正規の装者では無い彼女は、血反吐を吐きながらもガングニールを手にし、雄叫びを上げるように歌い敵を薙ぎ倒した。そんな姿を翼は尊敬すらしていた。
しかし目の前の少女は、あの場に偶然居合わせただけで聖遺物を手にし、何の力もないのにシンフォギアを纏ってみせた。そのくせ戦い方はズブの素人、そんな彼女を
「さて、他にも疑問は残るだろうが、大事なのは失われたと思っていた聖遺物が、こうして復活したと言う事実だ」
弦十郎は手を叩き、場の空気を変え話が難しくなりそうなのをリセットさせた。
「立花響くん!」
「は、はい!」
「ノイズ達と戦い、人類を守る為に、キミの力を我々に貸して貰いたい!」
自分よりも一回り以上大きな男に頭を下げられ一瞬戸惑ってしまうが、響の考は決まっている。
「わたし、昨日ノイズから逃げてる時何度も諦めそうになったんです」
普段からお気楽な彼女も、二年前のトラウマの根元であるノイズに襲われて冷静では無かった。
「……でも隣にいたユウくんの笑顔に勇気を貰ったんです。わたしのシンフォギアは、あの子を守りたいって気持ちで発現したんだと思います。だからもしこの力で、ユウくんやもっと他の大勢の困ってる人を助けられるなら…………わたし、やります!」
「…………ギリッ」
この女はなんと言った?
知りもしない奏の後を継ぐだけでなく、
戦場を知らず、戦い方を知らず、覚悟も思いも知らないそんなお前が何を受け継ぐと言うのだ。
あの子を守る、それは私と奏の誓いだ、私の役目だ、お前のでは無い。
ギリギリと噛み締め、痛いぐらいに腕を組む力を強くする。
その時、司令室の中に警報を表すアラームが鳴り響いた。
「翼お姉ちゃんまだかな〜♪」
夕食の準備をして翼の帰りを待つユウ。
今晩の献立はユウも好きなオムライス、ケチャップとご飯と鶏肉を混ぜたチキンライスをふわふわの卵で包んで、オリジナルのケチャップソースをかけた一品。
「……遅いな、お姉ちゃん」
九時を回っても翼は帰ってこなかった。
翼は超売れっ子のアーティストだが、マネージャーの緒川の方針で最低限の学生らしい生活はおくらせている。なので今晩も自宅で食事を取れるようにすると言っていたのだが。
かつての母の味には程遠いが、自信の一品を早く食べて欲しかった。しかしオムライスは既に冷めてしまい、仕方なくいつでも温められるようにラップをかける。
ガチャ……バタンッ!
「お姉ちゃん……?」
二皿にラップをかけた時、マンションの鍵が開いたかと思うと勢いよく閉められる。
その音に翼が帰って来たのかと玄関口に急ぐ。
そこに待ち人は居た。しかしその姿は出かける前の笑顔とは真逆だった。
「お姉ちゃんっ!?」
ユウが見たのは、全身を水に濡らし、玄関の廊下に膝をついて座り込んでいる翼の姿。
「ど、どうしたの?!」
慌てて駆け寄る。ぐっしょりと水が染み込んだリディアンの制服が、廊下の上に小さな水溜りを作っている。
確かに外は結構な量の雨が降っているが、何故傘も刺さずにここまでうたれたのか。
「…………ユウ」
「翼お姉ちゃん?」
直ぐにタオルを取ってこようと離れそうとしたユウを、翼が抱き留める。
濡れた制服の水がユウの着ているものに染み込んでしまうが、翼は気が付いていないのか抱きしめる力を強くする。
「……お姉ちゃん、泣いてるの?」
「泣いてなどいない……私は
まるで既に言いたい事を言い放った後のように、翼の言葉に力は無かった。
それだけを言うと翼は、ジッと抱きしめたまま動かなくなってしまう。
「…………よく分からないけど、翼お姉ちゃんは剣なんかじゃ無いよ?」
泣くのを堪えるように力む翼の指が痛いほどユウの肩に食い込む。
しかしユウは気にせず、寧ろそんな彼女を優しく抱きしめ返した。
「私は……」
「剣は人を抱きしめないよ」
「っ!」
「もしお姉ちゃんが剣なら、ぼくも痛くて抱きしめられないもん」
「……っ!!」
その言葉に自分の行動の矛盾に気が付き、ユウを引き剥がそうとする。
しかしユウは翼を逃さないように抱く力を強めた。
「離れないで」
いくら意気消沈していて力が入らないとはいえ、翼の力ならユウを引き剥がすことなど簡単だ。
それでもユウは離れない。
ここで離したら翼は本当に剣になろうとするだろう。感情を捨て害するものを切り刺すだけの存在である“剣”へと。
そうはさせないと、優しい口調とは裏腹に必死で力を込めていた。
「お姉ちゃんは剣になりたいの?」
「ならなければならないの。戦士に、剣に感情は必要ない……じゃなきゃ何も守れない」
「でもぼくは、翼お姉ちゃんに笑ってほしい。お姉ちゃんの笑顔が好きだから」
ユウの肩に顔を埋め、押し殺すように泣きじゃくる翼。強がる彼女の澄んだ青い髪を優しく撫でながら耳元で囁く。
「笑顔だけじゃ無いよ? 怒った顔も、何だったら泣いた顔も、全部ひっくるめて翼お姉ちゃんが大好き。だからもしお姉ちゃんが剣になって、そんな表情が全部無くなるなら、嫌だな……」
「ユウ……」
剣は泣かない。それはつまり哀だけでなく、感情全てを押し殺し全てを戦いの為に研ぎ澄ますと言う事。
一日だけだが彼女の一緒に過ごした。その喜怒哀楽の表情はどこをどう見ても普通の女の子にしか見えなかった。
そんな彼女がそんな冷酷な生き方を本心から望んでいるとは、とても思えなかった。
「ぼくの前ぐらい、我慢しなくても良いんだよ?」
「う、ううぅ……うあああぁっ!!!」
押し殺すような声が、赤ん坊の産声のように泣き叫ぶものに変わる。
この時の彼女の姿は、昨日と同じ普通の女の子の姿だった。
「お姉ちゃん、湯加減はどう? ピッカピッカに磨いたから一番風呂が気持ちいいでしょ!」
「…………」
「今日は卵が安かったからオムライスにしてみたんだ! お母さんに教えてもらったんだけど、お口に合うかな?」
散々と泣き腫らした後、ユウは翼を風呂に入れ、晩ごはんを食べさせた。
レンジで温めたオムライスを食べている時も、湯船に浸かっている時も、常に翼は無言だったがユウは声をかけ続けた。
そうしなければ目の前の翼が、いつの間にか消えてしまう気がしたからだ。
「電気、消すね?」
食事も終え夜も遅くなる。もう少しお話をしたかったが、翼の気持ちも落ち込んでいる以上早く休む事にした。
寝室の電気を消した後、昨日と同じように一緒の布団で眠る。
「ユウ……ごめんなさい」
「いいんだよ。ぼく、お姉ちゃんの役に立ちたいんだ」
ようやく喋った翼から放たれたのは謝罪とお礼の一言。先程の一件が恥ずかしくなったのかその頬に赤みがみえるが、先程のような強張った声色では無くなっていた。
「……………………ねぇユウ?」
「どしたの?」
「もう一度……甘えても良いかしら?」
「うん、来て」
「ありがとう」
ユウが両手を広げるのを合図に、再び翼の顔がその小さな胸に吸い寄せられる。
胸に顔を埋め頭を撫でられる。どちらが年下なのか分からなくなるその光景、しかしここに居るのは二人だけ、気にする必要なんかない。
「奏……奏…………ごめんなさい…………」
ユウに撫でられて数分、翼が何かを呟いている。
寝音のようなものも聞こえ、それが彼女の寝言だと分かったり
悪夢かなにかにうなされているのか、その体は小刻みに震えている。
「………………チュッ」
うなされている翼の額に、そっと口付けを落とす。
どうすれば良いのか分からなかったユウは、母がしてくれた“おまじない”をする事にした。
「…………………………スウ……スゥ」
おまじないが効いたのか、翼の寝音が落ち着いたものに変わった。
「おやすみ、お姉ちゃん。おつかれさま」
安心したユウは、翼の髪を優しく撫でながら、自分も夢の世界へと堕ちていった。