シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第四十二話 抜剣

  ☆

 

 

 

 

 

 

 

『パパ、どこまで行くの?』

 

 春風が草木を揺らす、温かな山道。若葉の香りと小鳥のさえずりが包む中、少女と父親らしき男性が並んで歩いていた。

 少女の幼い声に、父――イザークは振り返って微笑む。

 

『この先でとれるアルニムという薬草には高い薬効があるらしい。その成分を調べて、流行り病を治す薬を作るんだ』

 

 キャロルたちの住む街には今、重い疫病が広がっていた。日ごとに弱っていく人々、医師たちの手をもってしても治せぬ病。

 その苦しみを目の当たりにしたイザークは、自らの錬金術の知識と技術をもって、どうにかしようと思い。キャロルもまた、そんな父の背中を追い、共に選ぶ事を選んでいた。

 

『見てごらん』

 

 ふと、父が指を指して示す。その先に広がるのは、息をのむような大自然。

 柔らかな陽光が新緑の葉に降り注ぎ、遠くには雪解けの清流が音を立てて流れている。どこまでも続く山並みは、まるで空に溶け込むように淡い。

 

『わあぁぁ……!』

 

 思わず声が漏れる。キャロルの瞳は輝き、頬がほころぶ。険しい道のりの疲労も、一瞬で吹き飛んでしまうほどに、その光景は美しかった。

 

『パパはね、世界の全てを知りたいんだ』

 

 イザークは、そんな景色を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

『人と人が分かり合うためには、まず相手を知ることがとても大切なんだよ。世界を知るっていうのは、その第一歩なんだ』

 

 父の真剣な眼差し。

 それを、キャロルは無垢な尊敬の光を宿した眼差しで、まっすぐ見つめていた。

 

『さあ、もう少しだ。行こう』

 

『うんっ!』

 

 少女は弾けるような笑顔で頷くと、父の手をしっかりと握り直す。二人の影が、ゆっくりと木漏れ日の中へと溶けていった。

 

 ――それは、あまりにも温かく、優しい“想い出”。

 そんな美しい家族の姿を、ユウは遠くから、俯瞰するような視点で静かに見つめていた。

 

(これは……キャロちゃんの、記憶……?)

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 そこは満天の星空の下。

 どこまでも澄んだ夜空が広がり、星々がまるで地上を照らすように煌いていた。

 静かな丘の上、一人の少年と父親らしき男が並んで座っていた。草の上に腰を下ろし、二人は星を見上げている。

 

『ねぇ、お父さん。お父さんはどうして宇宙に行くの?』

 

 素朴な問いに、父――大吾はふっと笑みを浮かべ、隣のユウの頭を優しく撫でる。

 

『俺はな、宇宙が好きだ。でもそれ以上に、宇宙から見た“地球”が好きなんだ』

 

 語るその声は、遠い記憶を手繰るように静かだった。

 

『月に降り立った時に見た、青く輝く星――あの光景を見ていると、自分が“地球人”だってことを強く思い出せるんだ。いつか全ての人がそう感じられたら、人間同士の争いなんて無くなるって……父さんは、そう思うんだ』

 

 大吾は、果てしない夢を穏やかに語る。

 隣で聞いていたユウは、その横顔を真っ直ぐな眼差しでその見つめていた。

 

『きっとそれは俺の世代では難しいことだ。でも……』

 

 大吾は夜空を仰ぎ、そっと目を細めた。

 

『俺の意志を継いでくれる者が、どこかにきっといる。そうやって想いが繋がっていけば、いつかそれは大きな光になって、不可能な夢でも叶えられるはずさ』

 

『じゃあぼくも大きくなったら宇宙飛行士になる! ぼくが、お父さんの意志を継いであげるんだ!』

 

 きらきらと瞳を輝かせ、高らかに言う少年の姿に、大吾は一瞬驚いたあと、破顔し――

 

『ははっ! ユウが継いでくれるなら安心だな!』

 

 と、やさしく笑った。そしてもう一度、少年の頭をその大きな手で撫でた。

 その光景を、今度はキャロルが見ていた。闇に紛れるように、遠くからじっと。

 

(これは……あの小僧の想い出か……?)

 

 キャロルとユウ――今二人は、互いの“想い出”を通じて繋がっていた。

 二人の強い“想い”がぶつかった作用なのか、原因は分からないが、二人は今確かに互いの記憶を見ていたのだ。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「マスター!」

 

「――っ!?」

 

 その声に、遠のいていた意識が呼び戻された。

 ぐらつく視界。重たいまぶたを押し開けるようにして、キャロルは顔を上げた。

 視線の先では、レイアとガリィが自分の傍らで呼びかけているのが見えた。

 

「くっ……今のは……?」

 

 焼けつくような頭痛に歯を食いしばりながら、キャロルは体を起こした。変身は既に解除され、彼女の姿は本来の幼い少女のものへと戻っていた。

 赤黒く焦げた地面と空気に漂う煙が、凄まじい力の衝突の痕を物語っている。

 正面を向くと、離れた場所でティガもまた膝をつき座り込んでいた。しかし満身創痍の自分とは違い、遥かに余裕を残しているのが分かった。

 

「く……おのれぇ……ッ!」

 

(キャロちゃん……君は……)

 

「黙れっ!! そんな目でオレを見るなァッ!!!」

 

 仮面のような表情の奥に見える、少年のこちらを思いやるような視線を振り払う。

 

(キャロちゃん……君のお父さんは、“世界を壊す”事なんて望んでいなかったじゃないか。なのに、なんでこんな事を――)

 

『黙れッ!!!』

 

 対しキャロルは、少女の顔には似つかわしくない、強烈な憎悪の目で睨みつけようとする。

 

 ――“お父さんっ!”

 

 その瞬間、脳裏に先程の映像が、フラッシュバックする。大好きな父親との時間を楽しんでいるその姿。

 その姿が、幼き頃の自分と重なり合う。

 キャロルの目が一瞬揺れ、憎しみの心が溶けていくような感覚を感じる。

 

「くっ!……止めろ! こんなものを見せるなっ!! 奴は、オレの憎む敵だッ!」

 

 キャロルは叫ぶ。

 “滅びの巨人”は、オレのすべてを奪った仇――。

 その筈なのに、ユウと父親の姿が、憎しみの心を揺らがせ、巨人への憎しみという名の鎖が、キャロルの中で軋み始める。

 己の心が揺らぐ感覚に、キャロルは激しい拒絶反応を覚え頭痛を感じ、痛みと感情を振り払おうと激しく頭を振る。

 

「消えろ消えろ消えろぉっ!!!」

 

「マスター、どうしたのですか!?」

 

 耳元でレイアが語りかけるが、聞こえない。

 叫びながら、キャロルは懐から無数の結晶体を取り出し、力任せに空中へと放り投げた。

 結晶は空中で跳ねながら赤黒い錬成陣を次々と生み出し、そのまま地面へと沈み込むように吸い込まれていく。赤黒く光るその術式の数は、瞬く間に周囲に広がっていった。

 

「あれは、アルカ・ノイズの結晶体……?」

 

「アイツ、一体何するつもりだ?」

 

 異様な光景に、翼とクリスが思わず声を漏らし、キャロルの行動を見据えていた。

 その時、彼女たちの通信機に緊張をはらんだ声が割り込んだ。

 

「これは……っ!? 都市のあらゆる場所に、アルカ・ノイズが…………その数、約五千ッ!」

 

「な、何だとぉっ?!」

 

 弦十郎の怒声が、通信機越しに空気を震わせる。

 キャロルがばら撒いたのは、都市全体を巻き込む大規模なアルカ・ノイズの錬成陣だった。

 その異形の物達が五千体以上、同時に都市全域で活動を開始しようとしていた。

 

「の、ノイズだぁっ!!?」

「いやぁ……助けて……」

「誰かァッ!!!」

 

 突然の天敵の出現に、街の至る所で悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。パニックに陥った市民たちの叫びが、まるで大気を震わせるように都市全体に響き渡る。

 子供の泣き声。誰かを呼ぶ母親の声。足音と衝突音、それはまさに、地獄の始まりだった。

 

「そんな、わたし達もすぐに――」

 

「行かせないゾッ!」

 

 救助に向かおうとする響達だが、それを遮るようにミカとファラが高速で割り込んできた。機械仕掛けの体とは思えぬしなやかさと力強さで、二体は響と翼の進路を塞ぐ。

 

「くっ……!」

 

 クリスが思わず銃を構えようとするも、ガリィの氷塊がすぐ傍で炸裂する。

 強化されたシンフォギアであっても、オートスコアラー相手には決め切れず、結果足止めを喰らっていた。

 

「あっはははははっ!!! どうだティガの巨人よッ!? 貴様が本当に奇跡の巨人というのなら、この状況を救って見せろォッ!!!」

 

 まるで壊れた人形のように、狂気じみた声で高らかに笑うキャロル。

 だがティガは静かに立ち上がると、胸の前で腕を組み、そして高く天へと拳を突き出した。

 

『デュアッ!』

 

 その瞬間ティガの全身が発光し、その等身大の体がみるみるうちに、巨大化していく。

 圧倒的なスケール、数秒と経たずにかつての五十三メートルの巨体が再びこの地に現れた。

 

「ようやく本来の姿を見せたか……だが、貴様の力では、誰も救えないッ! 所詮、滅びの巨人である貴様にはなァッ!!」

 

 もう間に合わない。

 キャロルが指示を仰げば停止しているノイズは動き出し、罪のない人々を襲うだろう。

 だがティガは、風を巻き起こしながら跳躍する。

 天を裂くように空高く舞い上がり、都市全域を見渡すその頂点から、両腕を大きく構えエネルギーを溜める。

 

「何をする気だ、ティガ?!」

 

 モニター越しに見守る弦十郎達も疑問を持つ。

 ゼペリオン光線の構えにも似ているが、高熱波光線など放てば、被害はさらに拡大するのは明白だ。

 だがティガは、別の選択をしていた。

 

『デュアッ!!!』

 

 雄叫びと共に、ティガは両拳を胸の中央、カラータイマーへと押し当てた。

 瞬間、まるで新たな太陽が誕生したかのような眩い閃光が、そこから放たれた。

 

 《タイマーフラッシュ》

 

 神々しくすらあるその虹色の光が、都市全体を包みこんだ。

 それは怯える人々を傷つける事はなく、光を浴びたアルカ・ノイズ達だけが、一つ、また一つと、音もなく塵と化していった。

 ほんの一瞬の出来事の後、やがて光が収束する。

 

「――な、何が起きたんだ……?」

 

『こ、これはっ……!? 都市全体に出現していたアルカ・ノイズが全て消滅しています!』

 

 動揺する翼の声に、友里は震える指先でコンソールを操作し、再度レーダーを確認した。

 都市全域を覆っていたはずの赤い警告点――五千体ものアルカ・ノイズの反応が、一瞬にして消えていたのだ。

 

『ま、まさか……あれ程の数のノイズを、一瞬で消し飛ばしたというのか……?』

 

 モニター越しに呟く弦十郎の声も、信じられないという色を隠せていなかった。

 都市の人々を傷つけず、ノイズだけを正確に排除した光。それはまさに奇跡の一撃だった。

 

『グゥ……ッ!』

 

「ティガっ!」

 

 地に降り立ったティガが、崩れ落ちるように膝をついた。その胸のカラータイマーが点滅を始め、先程の一撃の反動の大きさを物語っていた。

 しかしそれでも彼は、優しくそして真っ直ぐな眼差しでキャロルを見つめていた。

 

(はぁ……はぁ……キャロちゃんは、お父さんの意志を継ぐんじゃ無かったの? こんな事しても、お父さんは喜ばないよ!)

 

(黙れ!! オレから父を奪った悪魔であるお前にィ! そんな事を言う資格は無いッ!!!)

 

(……ティガが、キャロちゃんのお父さんを奪った……? いったいどう言う――)

 

「あ、ああぁッ!!!」

 

 ユウが聞き返そうとしたその時、キャロルは頭を抱えるようにしてうずくまった。

 頭痛が激しいのか、歯を砕かん力で噛み締め、かなりの力で頭を抱えている。

 

「キャロルちゃんっ?!」

 

「マスター、ここは引くべきかと。我々もかなり消費しています」

 

 冷静なレイアの進言に、キャロルは苛立ちながらも反論の言葉を呑み込む。

 事実、今回の一連の戦闘と錬成術の連続使用で、想い出やアルカ・ノイズを多く消費してしまっていた。

 彼女達にとって、これ以上の戦闘は無意味だった。

 

「逃すわけねぇだろッ!!」

 

 クリスは、即座に銃を構えて引き金に指を掛けた。

 だがその瞬間、レイアが素早くカプセルを投げつける。空中で砕けたそれは、濃密な結晶の光を解き放ち、赤い閃光が走った。

 空間が歪み重く唸るような咆哮と共に、巨大な影が姿を現した。

 

『グオオオオオオッ!!!』

 

「な、コイツは……!?」

 

 茶色い巨体に黄色い背中、そしてガクマにも劣らない一本角が特徴的な怪獣。

 

 《透明怪獣 ネロンガ》

 

「何故怪獣がここに?……」

 

「いいえ、あれは《怪獣》ではありません」

 

 弦十郎達の呟きに、エルフナインが首を横に振った。

 

「あれは、《錬金獣》。巨人との戦闘で散った怪獣のデータを元に、キャロルの錬金術によって作られたクローン怪獣です。姿形だけでなく、能力や生態もほぼ同じになっています……」

 

「能力や生態も……だと? だとしたら不味いぞ! コイツは――!?」

 

 召喚されたネロンガは、ティガや響達を無視して発電所に視線を向けた。

 

『グオオォ……!!』

 

 その体から発せられる唸りが、空気を振動させる。

 発電所の配線が一斉にスパークした。

 青白い電流が網のように走り、ネロンガの体内へと吸い込まれていく。

 

『基地全体の電力が凄まじい勢いで低下していますっ! このままでは――』

 

『ネロンガは電気を餌にしている怪獣だ。このままでは、発電所全体の電気が食い尽くされてしまうっ! 何としても、そいつをこの場から引き剥がすんだッ!!』

 

「その間に私達は、地味に退却させてもらおう」

 

 赤黒い光が二人を包み込む。周囲を見回せば、他のオートスコアラーたち――ミカ、ファラ、ガリィもまた同様に光の中に消えようとしていた。

 

「ヤロウ……!」

 

「待て雪音っ! 今はこちらが優先だっ!」

 

 翼の声が空気を切り裂くように響いた。

 撤退していくキャロルたちを追いたいという衝動を押し殺し、今この瞬間、守るべきものが何かを、冷静に判断していた。

 既に幾つもの発電所がオートスコアラーによって破壊されている。残ったこの場所が落ちれば、都市全体が機能を停止する。

 人々の生活はもちろん、医療施設、避難誘導、都市防衛までもが全て崩壊してしまう。

 

『デュアッ!』

 

 ティガが咆哮を上げて跳躍し、その巨体に飛び掛かる。両腕をねじ込み、発電所から引き剥がそうと力を込める。

 

『グ……クッ…………!』

 

 だがしかし、胸のカラータイマーが赤く点滅し、体から力が抜けているのを感じる。

 《タイマーフラッシュ》による広域浄化の代償はあまりにも大きく、カレの体力はすでに限界に近づいていた。

 身体が重く、力が抜け、視界が揺らぐ。

 

『グオオオオオオッ!』

 

 食事の邪魔をしようとするティガに、ネロンガは獣のように唸りながらその巨体を捻る。

 堪えるティガだったが、やはり力が入らないのか、あっさりと弾き飛ばされ地面が鈍く震えた。

 

「雪音、ヤツの目を狙うんだッ!」

 

「分かってらァッ!」

 

 《RED HOT BLAZE》

 

 翼に言われるよりも早くクリスは、アームドギアをライフルモードに変形。

 両腕に伝わる衝撃と共に、放たれた一撃は空気を裂き、真紅の弾丸が、ネロンガの眼球を正確に射抜いた。

 

『グアオォッッ?!!』

 

 巨獣の悲鳴が響き渡り、発電所の窓ガラスが一斉に振動する。

 暴れるネロンガの隙を見て、ティガが再び立ち上がる。

 

『ンーーハァッ!』

 

 《パワータイプ》へと変わったティガは、よろめくネロンガの尻尾を掴み、一本背負いの形で振り回す。

 ネロンガの巨体が地面を転がり、コンクリートを削って火花を散らす。ティガは追撃を加えようと、拳を振り上げ向かう。

 だが次の瞬間、ネロンガの姿がふっと掻き消えた。

 

『フッ……!?』

 

 ネロンガには、体内に取り込んだ電力を利用して、自身の姿を《透明化》させ、周囲に溶け込ませる能力があるのだ。

 ティガと装者たちは辺りを警戒し、視線を巡らせる。

 微かな音、電流の揺れ、風の変化、そのすべてに集中する。

 

 その時――背後の空間が、ピシッと音を立てて放電した。

 

「っ?!……ティガさん、後ろッ!!」

 

『……ッ!?』

 

 誰よりも早く異変に気づいたのは、響だった。

 だが警告は間に合わない。電光が空気を裂き、紅く光るカラータイマーのすぐ横、胸部に鋭く突き刺さる。

 本来のパワータイプのティガなら、ネロンガ程度の攻撃なら正面から受け止めてみせる。しかしやはり身体に力が入らないのか、簡単に吹き飛ばされてしまった。

 

『グッ……デュアッ!』

 

 発電所の盾になるように立ち上がるティガ。そんなカレへとネロンガの追撃が襲う。

 容赦なく叩きつけられる尾、正面から迫る角の一撃。目視できる間に迎撃しようとすれば、その巨体は一瞬で透明化し、次の瞬間には別角度から雷撃を放ってくる。

 

 ──姿を見せて打撃、消えては電撃。

 

 その変則的な連撃に、限界が近く視界の揺らぐティガには、冷静に対応が出来ていなかった。

 

「ウルトラマンティガを援護するぞ!」

 

『待つんだお前たちッ!』

 

 翼が叫び、響とクリスもその場を飛び出そうとしたその時、弦十郎の一喝が空気を叩いた。

 

「止めんなオッサン! このままじゃアイツが――」

 

『お前たちの気持ちは分かってる。だからこそ……今こそ《プロジェクト・イグナイト》の真価を発揮する時だッ!!』

 

「「「っ!?」」」

 

 その言葉に三人の脳裏に蘇るのは――あの日、エルフナインから聞かされた話だった。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 用意されたエルフナインの研究室。

 冷たくも整然とした空間に、装者たちが揃っていた。

 

「ご存じの通り、シンフォギア・システムにはいくつかの決戦機能が搭載されています」

 

「絶唱か……」

 

 翼の呟きにエルフナインが頷く。

 

「とはいえ、絶唱は相打ち前提の肉弾。使用局面が限られてきます」

 

 その言葉に、皆が思い出す。自分を犠牲にして放つあの歌。最悪の場合、命を落とすことすらあり得る選択肢。

 

「そん時は、エクスドライブで……」

 

「いえ、それには相当量のフォニックゲインが必要となります。奇跡を戦略に組み込むわけには……」

 

 クリスがならばと進言するが緒川に遮られる。

 奇跡は、計算に入れるものではない。使えれば幸運、だが当てにするものではない。

 

「シンフォギアにはもう一つの決戦機能があるのをお忘れですか?」

 

 エルフナインの質問に、響には心当たりがあった。だがそれは決戦機能と言うには程遠いものである。

 

「まさか……《暴走》?!」

 

 響の一声に、場の空気が一瞬で変わる。

 

「立花のアレは、搭載機能などではない!」

 

「とんちきなこと考えてないだろうな?!」

 

 クリスはエルフナインの胸倉を掴む。暴走を利用して戦うなど容認出来るはずがない。だがエルフナインは冷静だった。

 

「落ち着きなさい、雪音クリス。彼女の身の潔白は示したでしょう?」

 

「チッ……!」

 

 ナスターシャに諭され、クリスは渋々と手を離した。

 

「暴走を制御する事で、純粋な戦闘力へと変換錬成し、キャロルへの対抗手段とする……これが、《プロジェクト・イグナイト》の目指すところです……!」

 

 装者達は黙する。確かに絶唱ほど自信へのリスクは低い。

 しかし響は自分が暴走した時、その場にいたユウを傷つけそうになった事を覚えていた。

 もし制御出来なければ、自分どころか周りの人達すら傷つけてしまう恐ろしい力である。

 

「…………それで、本当に強くなれるんだよね? あの、ウルトラマンさんと一緒に戦えるぐらいに……」

 

「暴走とは、怒りなどの感情や本能のままに暴れる事。それはつまり怪獣に近しい力だと言えます。それを己の力に出来るなら間違いなく……」

 

 響の小さな呟きに、エルフナインは強く頷いた。

 怪獣と同じ獣の力。そこから得られるものは多いが、それがどれだけ恐ろしいものかどうかは、響が一番よく知っていた。

 

「「「…………」」」

 

「…………理論上は可能です。ですが分かっている通り、リスクの高い賭けになります。どうするかの判断は皆さんに任せます」

 

 その日の彼女達は、答えを出せず。一旦切り札は保留となり、先に補修だけを進めることになった。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「……やりましょう!」

 

「立花?」

 

「今度こそ、わたし達の力でティガさんを助けましょう!」

 

「へっ!……お前に言われちゃ、アタシらがビビるわけにはいかねぇよなっ!」

 

 暴走の恐ろしさを一番よく知っている響の覚悟に、クリス達も強く頷き返した。

 三人は、再生し新たな形状へと変化した胸のコンバーターへと手を伸ばす。

 

「「「イグナイト・モジュール“抜剣”ッ!」」」

 

 《ダインスレイフ》

 

 三人の気合いと共に、コアから機械的な音声が聞こえる。取り出したシンフォギアのコアが、空中で楔のように広がり彼女達の胸の中心を貫いた。

 

「「「ぐああああああぁッ!!!」」」

 

 その瞬間三人の、まるで心の奥を引き剥がすような絶叫が轟く。

 胸を貫かれたからではない。彼女達は、それとは別の痛みに声を振り絞っていた。

 禍々しい黒いオーラに包まれる装者達を、エルフナイン達はただ見守っていた。

 

「モジュールのコアとなるダインスレイフは、伝承にある殺戮の魔剣。その呪いは、誰もが心の奥に眠らせる闇を増幅し、人為的に暴走状態を引き起こします」

 

「それでも、人の心と叡智が、破壊衝動をねじ伏せることができれば……!」

 

「シンフォギアは、怪獣にもキャロルの錬金術にも負けません!」

 

 エルフナインに出来る限りのことはもう終わっている。

 あとは彼女達が、自分達の心の闇を打ち勝つかどうかである。

 

(流れ込んでくる、怒りや恐怖、憎しみが、この身体に……!! この感覚、あの日と同じ……)

 

(あのバカは、ずっとこんな衝動にさらされてきたのかぁッ……!!)

 

(気を抜けば、まるで深い闇に……!)

 

 まるで心の奥の底を無理矢理引き剥がされるかのような感覚。

 それはあの日響が、フィーネと対立している時に感じたものと同じだった。

 響は歯を食いしばり、その感情を堪えながら二人に手を伸ばした。

 

「ぐっ……翼さん、クリスちゃん!……手をッ!!」

 

「……立花っ?」

 

 響の行動を疑問を持ちながらも、翼とクリスは彼女の手を取り、三人で手を繋ぎ合う。

 

「悲しい感情に呑み込まれないで……! 自分が何故シンフォギアを纏っているのか思い出してッ! あの日、わたしがユウくんに助けてもらった時、そうしたから……」

 

 意識が遠のいていく感覚を味わいながら、それでも三人は自分達の心の歌を強く抱いていた。

 そして三人の意識は深い闇の中へと消えて行く。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 翼は自身の心の闇に囚われていた。

 大好きな歌を歌うステージ。しかしそんな彼女の歌を聞くのは、客席を覆うノイズの群れ。自分の歌を聞いてくれるのは敵しかいない。

 本当は使命や戦いの為ではなく、ただ純粋に歌いたいのに、風鳴の血がそれを許してくれない。

 肉親である父親に認められたいがため、使命に追われ、その身を剣と鍛えたために夢を見ることすら許されない。

 

(剣では……誰も抱きしめられないの?)

 

 薄暗い一人ぼっちの部屋の中、自分で自分の肩を抱きしめ疼くまる翼。

 そこにいつもの剣のような強さは無く、儚い少女の姿だけが残っていた。

 だがその時、翼の脳裏に心地よい声が響いた。

 

 “翼お姉ちゃん”

 

(違う――こんな私を、抱きしめてくれる存在がいる!)

 

 その声に、肩を抱きしめる翼の手がピクリと震える。

 そして思い出す。

 前にもこんな風に一人で泣き震えていた時、抱きしめてくれた小さな存在があった事を――

 そして思い出す。

 今自分が居るのは、かつて実家から逃げ込んだ叔父の屋敷であった事を――

 

(そうだ……私は、あの日誓ったんだ! あの子を、あの子の笑顔を、未来を! 守ってみせると!!)

 

 “ぼく、翼お姉ちゃんのお歌大好きだよ。だから頑張って!”

 

(あの子が私の歌を聴いてくれている。だったら、今私のするべき事は、剣として戦い平和な未来を作る事だ! あの子の……そして私の夢を叶える為にッ!!)

 

 翼の胸の内に一筋の光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 クリスは自身の心の闇に囚われていた。

 リディアンに通い、心の底から安心できる場所を見つけることが出来た。

 だが過酷な環境で育った彼女は、そんな平和に違和感を感じてしまっていた。まるでそこは自分の居場所では無いかのような、不思議な感覚。

 そして場面が変わる。

 そこは幼き頃に過ごした燃え上がる廃墟の街。だが大きく違うのは、瓦礫の山に倒れ込む見慣れた制服の少女達。

 そう、そこは自分が暮らすリディアンだった。

 

(アタシは、死神だ……)

 

 自分は死を引き寄せる。それを呼び寄せるこんな自分が幸せを享受しちゃいけなかった。

 

(アタシは、アイツらの側にいちゃ駄目なんだ……)

 

 朽ちたリディアン跡地で疼くまるクリス。その姿は、見た目以上に小さく寂しい姿だった。

 だがその時、クリスの脳裏に明るい声が響く。

 

 “クリスお姉ちゃん”

 

(違う――アタシは、ここに居なくちゃいけないんだ!)

 

 その瞬間、地に座したクリスの手が力強く砂利を握りしめると、場面が一室の病室に変わった。

 そして思い出す、自分にはそばにいて欲しいと言ってくれた“家族”が居たことを――

 

(そうだ、アタシは託されたんだ。茜さんから、大切な弟をッ!!)

 

 “クリスお姉ちゃん! ぼくと家族になろ?”

 

(アタシには守りたい家族が居る! だからアタシは、アイツの側を離れない! アイツやアタシの平和を壊す奴がいるなら、そいつを全力でぶっ飛ばしてやるッ!!!)

 

 クリスの胸の内に一筋の光が差し込んだ。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「翼さん、クリスちゃん。思い出しましたか?」

 

 翼とクリスの前に響が姿を現した。二人が辺りを見回すと、先程まで見ていた映像は消え去っており、何も無い黒い空間に三人だけが立っていた。

 

「今のが、私たちの心の闇か……」

 

「はい。決して逃げられない、わたし達の中の心の奥に眠る闇……でも、わたし達の中にはユウくんがくれた光があります! それを忘れない限り、心の闇に負けたりしません!」

 

 響が右手を差し出す。立ち上がったクリスと翼は、自分の右手を重ねながら強く頷いた。

 

「ああ、そうだ。私たちの心の奥には、あの子がいる。どんな闇でも覆い尽くせない、強い光がある」

 

「そうと分かればば、さっさとこんな所おさらばしようぜ! いつまでもアイツらにカッコ悪い所見せられねぇからな!」

 

 三人が力強く頷いた瞬間、重ね合った手から眩い光が発つ。その光に反応するように、闇の空間がヒビ割れ消滅していった。

 

 

 

 

   ☆

 

 

 

 

「「「うおおおおおおおおおッ!!!」」」

 

 先程まで苦しむだけだった三人の声に覇気が蘇る。

 それと同時に司令室内で確認されていた三人の荒々しいバイタルが、次第に安定を取り戻して行く。

 

 そしてその瞬間――三人のシンフォギアに変化が訪れた。

 ギアの白い部分が黒に染まり、三人の特徴的な式色もまた、禍々しく黒ずんでいく。

 刺々しく、荒々く、より攻撃的に変化したその姿は、まるで獣――いや《怪獣》のようであった。

 だがしかし、彼女達の胸の中心のコンバーターだけは、優しい“青い光”を輝かせていた。

 

 《イグナイトモジュール・var.S》

 

 新たな進化の形を見せた少女達が戦場に降り立つ。

 

「あれが……イグナイトモジュール……?」

 

 三人の姿の変化を見守っていたマリアが呟く。

 黒く染まり、獣のような荒々しさを感じさせるそれは、まるで小さな怪獣のよう。しかしそれでいて、どこか落ち着きをも思わせる。

 

「いえ、アレはボクの想定したイグナイトモジュールとは、少し形式が異なります……」

 

「どう言う事だ、エルフナインくん?」

 

「イグナイトモジュールは、心の闇を纏い力に変えるシステムです。ですが、今の響さん達は、心の闇の中に一筋の光を宿しています」

 

 心の闇を爆発させ、獣の如く力を得る。たがらこそほんの少しでも心が負ければ暴走の危険が孕む、それがイグナイトモジュールのシステム。

 その為、胸のコンバータも刺々しく血のように赤い形状に変化する筈なのだ。

 だがしかし、今のコンバータはまるで地球のように“青い光”を放ち、彼女達の胸の内に癒しと冷静さを与えていた。

 

「あの響さん達を支える心の光……それは一体……」

 

「そんなの決まってるデス!」

 

「うん。あの三人の……ううん、わたし達の心の支えはいつだってあの子」

 

「ええ、あの光がある限り、私たちは負けない!」

 

 エルフナインの疑問に、切歌、調、マリアが答える。戦いに赴く彼女達だからこそ分かるその存在の大きさ。

 あの青い光は、その存在を表しているようだった。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「分かる……今までとは違う大きな力が!」

 

「でも、それだけじゃねぇ……胸の奥が熱い」

 

「まるで、あの子が側にいるかのような心地よい感覚……」

 

 響は握りしめた自身の拳を見つめる。黒く染まりながらも、その心は今まで以上に澄んでいた。

 それはまるで、常にユウがそばに寄り添っているかのような不思議な感覚。

 

「行くぞ二人とも! 私たちの新たな力で、ティガを救うんだ!」

 

 翼の激励と共に、新たら力を手にした装者三人は駆け出した。

 

『ヂュッ…………アアァッ!!?』

 

 ネロンガの電撃を浴びせられ苦痛の声を上げるティガ。点滅を早めるカラータイマーが、カレのピンチを知らせる。

 

「はああぁッ!!!」

 

『グルアアアァッ?!!』

 

 だがその時、黒く染まった響の拳がネロンガの下顎を捉える。

 死角からのアッパーの要領の打ち上げ。散々透明からの不意打ちで我々を脅かして来た怪獣が逆に驚き、豪快にひっくり返った。

 通常のシンフォギアでは、まともにダメージを与える事が出来なかった響の拳が、ネロンガに確かな一撃を与えていた。

 

『グルアアアァッ!』

 

 起き上がったネロンガが空中に吠えた後、その体が背景に溶けていく。再び姿を消し反撃を試みようというのだ。

 

「ちょっせぇっ、逃すかよッ!!」

 

 《GIGA ZEPPELIN》

 

 クリスは、両手のクロスボウを合体させ大型化させると、ニ連装の赤紫色のクリスタル状の矢を上空に向けて放った。

 放たれたクリスタルの矢は、空中で分解した後巨大化し、雨の如く降り注ぐ。前回までのクリスの矢は怪獣の強固な皮膚に弾かれてしまっていたが、イグナイトの力を得たイチイバルの矢は、深々とネロンガへと突き刺さった。

 何も無い空間に浮き上がったクリスの矢が、くっきりと怪獣のシルエットを作り出す。

 

「先輩、そこだっ!」

 

 クリスの声に背を押されるように翼が飛び出す。ネロンガは未だ透明化を維持していたが、突き刺さった矢が細かく光を点滅させる事で居場所がはっきりと分かる。

 翼は自身の太刀を展開させると、そこからエネルギーの刃を伸ばし生成した。

 

「ハアァッ!!!」

 

 《蒼ノ一閃》

 

 翼の斬撃に対しネロンガは電撃で迎え撃つ。

 しかしイグナイトの力を得た翼の斬撃は、押し負ける事なく雷を切り裂きながら突き進み、電撃発生器官である左右の触角の一つを切り裂いた。

 

『グルアァッ?!』

 

「今だ、立花ッ!」

 

 今度は響が翼の声に押され飛び出す。

 狙うは、ネロンガがエネルギーを溜め込んでいる、鼻先の大きな角である。姿を見破り、遠距離攻撃を潰した今なら狙い撃つ事ができる。

 

「っ!? 危ねぇッ!」

 

 クリスの声が聞こえる。響が視線を向けると細長い透明の影が、こちらへと向かってくるのがわかった。

 それはネロンガの尾だった。広範囲に放ったクリスの矢でも、ネロンガの長い尾を全て捉える事は出来なかった。

 故に透明の尾が迫って来ていることにギリギリまで気づく事が出来なかったのだ。

 

(駄目、避けられないっ!?)

 

 全ての意識を攻撃に向けていた響に、回避も防御もする暇はない。

 そうしている間に巨大な尾が目前へと迫る。しかしその一撃は、響を傷つける前に勢いをとめた。

 

『デュアッ!』

 

 巨大な友が彼女を守ってくれたからだ。

 ティガは、ネロンガの尾を脇で抱えるように力強く受け止めた。

 

「ありがとう、ティガ!」

 

 お礼を言った響は、ティガの肩を足場に高く跳躍すると、ブースターを全開にさせネロンガへと突き進んだ。がっしりと尾を掴まれたネロンガに回避の方法は無い。

 漆黒の槍と化した響の拳が、ネロンガの角を捉える。

 轟音と共にガラスのように砕け散った音が響き渡り、ネロンガの角は粉々に砕け散った。

 

『グルアアアアアアアアアアッ!!!?』

 

 砕けた角の先端から電力が逆流する。

 次第にネロンガの実体が露わになる。体内に溜め込んでいたエネルギーが放出された事で、透明の身体を維持する事が出来なくなったのだ。

 

『デュ……アアァッ!!!』

 

 はっきりとネロンガの姿を確認したティガは、尾を掴む力を強め持ち上げると、豪快にぶん回した。

 二転三転と続けて回し、五回転の後ジャイアントスイングの要領で海へと投げ飛ばした。

 

『ヂャッ! ハーーーーデュアッ!』

 

 《デラシウム光流》

 

 弱ったネロンガへと、ティガは残ったエネルギーをかき集めデラシウム光流を放った。

 ティガの一撃は、ネロンガの胸部を捉える。しかしそれでもエネルギーが足りないのか、ネロンガはまだ立っていた。

 

「駄目押しだァッ!!!」

 

 《MEGA DETH QUARTET》

 

 しかしそこへクリスの追撃が叩き込まれる。

 ガトリングガン、腰部ミサイル、背部の大型四連ミサイル、彼女の持つ全火力によるフルバースト。傷付いた体では受け切れず、ついにネロンガは崩れ落ち結晶となって砕け散った。

 

 ――ネロンガ撃破。

 

「やった……やったデス! 先輩達が、怪獣を倒したデスよっ!!」

 

「うん! 良かった……本当に」

 

 響達の活躍に誰よりも喜びを見せる切歌と調。自分達を救ってくれたティガを、自分達が紡いだイグナイトモジュールの力が救って見せたのだ。

 

「凄い……あの三人、どんどん強くなってる……」

 

 反面、壊れたアガートラームのペンダントを手にマリアは、複雑そうな視線を翼達に向ける。

 その視線に気がついた奏が、マリアの肩に手を置いた。

 

「焦るなよマリア。お前の仕事は、これからなんだからよ」

 

「ええ、ありがとう、奏」

 

 未だ戦う力すら持たないマリアの焦りの気持ちが、奏にもよく分かっていた。彼女もまたこうして見守るだけの自分に歯痒さを感じていたからだ。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「ネロンガは、倒されました」

 

「そうか……」

 

 根城であるチフォージュ・シャトーに戻ったキャロル。

 レイアから先程の戦いの報告を受けながら、未だに痛むのか、キャロルは頭を押さえ玉座に座っていた。

 

「まだ、頭が痛むのですか?」

 

「……ああ、だが次こそは、あの“悪魔”を殺してやるさ。奴を殺し、我が父の仇を……!」

 

 キャロルは握り締めた己の拳に目を落とす。しかしその目に光は無く、まるで夢でも見てるかのように虚ろだった。

 

「………………マスター、本当によろしいのですか?」

 

「……? どういう意味だ?」

 

 レイアの意味深な言葉にキャロルは、彼女の視線を見つめ返した。

 数秒の沈黙の後、フッと息を吐いたレイアが噛み締めるように瞳を閉じる。

 

「…………いえ、過ぎた真似でした。我々は“人形”、主人に付き従うだけです」

 

「分かってるならいい、下がれ」

 

 軽く礼をした後、レイアは他の人形達同様、自らの定位置に戻りポーズを固め停止した。

 

「想い出、アルカ・ノイズ、錬金獣……出費は多かったが、得たものも大きい。オレの計画は次のステップに進む」

 

 ティガとの戦いで戦力の多くを失ったキャロルだったが、チフォージュ・シャトーの内部に流れるエネルギーを見て頬を緩めていた。

 

「それに、アイツも歌女達から信用を得る事が出来た。精々オレの“目”となって役立って貰うとしよう」

 

 そう言いキャロルは頬杖をつきながら、両の目を閉じた。それはまるでここではない何処かを見通しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「お待ちどうさま!」

 

 戦いが終わり、メディカルチェックを終えた響達を待っていたのは、テーブル一杯に食事を並べるユウだった。

 

「わー! 凄いご馳走! ユウくんありがとう!」

 

「えへへ! 今日はお姉ちゃん達大活躍だったから、気合い入れて作ったんだ。遠慮しないでいっぱい食べてね!」

 

 ユウの気遣いの通り、激戦とイグナイトモジュールが身体に影響を及ぼしていないかと言う精密な検査が長引き、響達の空腹は限界だった。

 席につき、皆で「いただきます」をすると、直ぐに少女達は、目の前の食事にかぶりついていく。

 ユウはそんな彼女達を見て、追加の食事を並べながら、翼達の隣に寄り添い労っていく。

 

「翼お姉ちゃん、響お姉ちゃん、クリスお姉ちゃん、お疲れ様。はい、あーん!」

 

「あぁ……お姉ちゃんは幸せだぞ。私は今日死んでも良い……」

 

「あはは! それは困るから、ちゃんとご飯食べて疲れとってね」

 

 翼達と食事を楽しんだ後、ユウは切歌達の元へとやって来た。

 

「ほらほら、マリアお姉ちゃん達もいっぱい食べる! これから頑張る為にも、英気を養ってね!」

 

「ありがとう、ユウ。いただくわ」

 

 気の滅入っているマリアを、まるで母親かのように叱ると、少し強引に口元に食事を運ぶ。

 暗い顔をしていたマリアだったが、食事を進めるたびにその表情も明るさを取り戻していた。

 

(星乃さんを中心に、暖かい“想い”が、皆さんの中に広がっている)

 

 そんな彼らのやり取りを、エルフナインは静かに見ていた。

 自らの笑顔で戦い疲れた彼女達を、時に癒し、時に励まし、時に寄り添う。

 気がつくと気が沈みかけていたマリア達も、いつの間にか笑顔を取り戻し、食卓を囲んでいる。

 それはまるで魔法のような光景だった。

 

(皆さんにとって、星乃さんは光なんだ)

 

 例えどれだけ心を荒もうとも、その大きな光の存在があるから彼女達は戦える。

 そんな事を考えながら、エルフナインはキャロルと交わした会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

『説明してください! ボクが建造に携わったチフォージュ・シャトーは、ボクたちのパパの遺志を継ぐためだったはず! 世界をバラバラにするなんて聞いてません!!』

 

『いかにも。チフォージュ・シャトーは錬金技術の粋を集めたワールド・デストラクターにして、巨大なフラスコ……そして、ティガの巨人を殺す為の切り札だ』

 

『……そこまでして、キャロルは巨人を殺したいのですか?』

 

『奴は悪魔だ……世界を炎で焼き、闇に染める存在だ。滅ぼさなくてはならないんだ! そして、奴を崇めるような穢れた世界を浄化しなければならないッ!』

 

『……』

 

 彼女のホムンクルスである、エルフナインから見てもキャロルは狂っていた。

 ティガの巨人を世界を焼く悪魔と罵りながら、自身が世界を分解する兵器を作り出すなど支離滅裂だったからだ。

 しかし何度説得を試みてもキャロルの心意が変わることは無かった。

 

『さて、そうと知ってどうする? 力のないお前が、オレを止めてみせるのか?』

 

 キャロルは嘲笑いながらエルフナインを見据える。自分にそんな力が無いと分かって言っているキャロルに、エルフナインは拳を振るわせながら答える。

 

『……それでも、それでもボクが想い出のパパを大好きなように、あなたも、パパのことが大好きなはずです』

 

『っ!? お前、何を……』

 

『パパは世界をバラバラにすることなんて望んでいなかった! 望んでないことをボクはあなたにさせたく――』

 

 そこまで訴えた時、キャロルは玉座を強く叩く音がエルフナインの高い声を打ち消した。

 ピクリと肩を振るわせたエルフナインを、キャロルは頭が痛むのか、利き手で抑えながら睨み返した。

 

『想い出を複写されただけの廃棄躯体風情が!! 出来損ないの娘が語ることではないと覚えよ!!』

 

 まるで親の仇を見るかのような鋭い眼光と殺気に、エルフナインは言葉を失ってしまう。

 冷静さを取り戻したのか、フッと息を吐いたキャロルは玉座へと座り直す。

 

『……お前をシャトーの建造の任より解く。後はどうとでも好きにするがいい』

 

 それが、キャロルと交わした最後の会話だった。

 

 

 

 

(キャロルは、ティガの巨人は世界を滅ぼし闇に染める存在だと言っていた……でも、ボクにはそうは思えない)

 

 エルフナインは、クリス達の隣で眩しく笑うユウの横顔を見ながらかつてのキャロルの言葉を思い出す。

 キャロルから“巨人を宿す者”の存在と、その危険性を教えられていた。

 しかし実際に会った少年は、キャロルの言う存在とは真逆だった。

 まるで太陽のように笑い、皆の心を照らすこの少年が、世界を闇に染めるなど、とても信じられなかった。

 

「どうしたの、エルちゃん?」

 

 物思いに耽っていると、隣からユウの声が聞こえた。振り向くと、隣の席に座り心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「な、何でもないですよ星乃さん!」

 

「そう? エルちゃんも今回のこうろうしゃ、なんだから遠慮せずにいっぱい食べて!」

 

 そう言いながら差し出されたスプーンを、エルフナインは小さな口を開き含んだ。

 丁度いい温度のスープの甘い味わいが口の中に広がり、疲れていた脳に栄養が染み込んでいくのを感じる。ホムンクルスの自分は睡眠や食事などを削っても問題ないように作られているが、自分でも知らぬうちに疲れが溜まっていたようだ。

 

「美味しいです……まるで、心の奥から力が溢れてくる様な」

 

「えへへ〜! いーぱい愛情(おもい)を込めて作ったからね!」

 

 翼達と同じように自然と笑顔を綻ばせるエルフナインの姿に、ユウは嬉しそうに笑った。

 ひとしきり笑い合った後、ユウはじっとエルフナインの顔を見つめた。

 その美しい瞳は、彼女の両目を捉えていた。

 

「え、えっと……どうしましたか?」

 

「エルちゃんって、綺麗な目をしてるよね?」

 

 ユウがエルフナインへと、少し顔を近づけながら呟いた。その声音は静かで優しく、どこか惹き込むような響きを帯びていた。

 

「え、ええぇっ!!? そ、そうですかっ?!」

 

 エルフナインの顔が一気に朱に染まる。肩が小さく跳ね、視線が泳ぐ。

 その様子にも構わず、ユウはより顔を近づけ、まっすぐに彼女の瞳を覗き込んだ。

 

「その目……“よく観える”?」

 

「は、はい……視力には自信がありますから……」

 

 たどたどしく答えるエルフナインに、ユウは満面の笑みを浮かべて返す。

 

「そっか! じゃあその目でよーく観ててね、ぼく達のこと! そしてよく知って欲しいんだ。ぼく達がどんな人か、“君たち”に」

 

 その視線に射抜かれ、エルフナインは言葉にならない熱を頬に浮かべながら小さく頷いた。

 星のように輝く、その紫色の瞳。それはエルフナインの瞳だけでなく、まるで“その向こう側”を覗き込んでいるようだった。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 食事を終えた後、ユウは潜水艦の甲板に降り立ち、一人夜空を見上げていた。

 

 “オレから父を奪った悪魔であるお前にィ! そんな事を言う資格は無いッ!!!”

 

 ユウの脳裏に蘇るのは、キャロルが最後に言っていた言葉。光の巨人であるティガが、彼女の父を殺したと、それがキャロルの怒りの原点なのだろう。

 

「ティガ……キャロちゃんの言ってた事、分かる?」

 

 服の下のティグの紋章を、握りしめながら問い掛ける。

 ユウの言葉に反応する様に、僅かに点滅するが、その光は戸惑いの色を含んでいた。

 

「そっか……キミにも分からないか…………」

 

 しかし紋章の中で眠るカレも、キャロルの言葉の意味が分かっていたいないようだ。

 勿論ユウも、友人であり共に戦ってきたティガが、そんな事をするとは信じていない。だが、キャロルのあの憎悪がただの思い違いだとも信じ切れなかった。

 

(だとしたら……キャロちゃんは、一体何を見たんだろう?)

 

 ユウは胸の内の違和感が拭えなかった。

 それはまるで、キャロルと言う影の向こうから、もっと大きく深い闇がこちらを覗き込んでいるかの様な、不気味な違和感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ☆






 《イグナイトモジュール・var.S》
 ユウの口付けによって、魔剣ダインスレイフに、“光の力”が流れ込んだ事でエルフナインが想定したイグナイト変化を与えた姿。
 本来の姿と見た目は大きく変わっていないが、コンバータの形が丸まり、色が赤から青に変化している。
 光の力が魔剣の呪いを浄化し、心の闇に打ち勝つ手助けをしてくれる、その為暴走の確率が減りより長時間の活動が可能となった。
 Sが何の略なのかはご想像にお任せする。

 《錬金獣》
 キャロルがデータを解析し、錬金術の応用により作り上げたコピー怪獣。この数ヶ月ウルトラマンと戦ってきた怪獣を解析しているため、能力だけでなく生体までほぼ同じ。
 怪獣によって得意な能力を属性ごとに分け、同じ属性のオートスコアラーに使役させている。
 対巨人兵器というだけでなく、ウルトラマンと衝突させる事によって、想い出を超える膨大なエネルギーを生み出す様にシステムを組み込まれている。

 
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