シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
「ぐっ!……ああァッ!!!」
「マスター、大丈夫ですか!?」
玉座の上で身をよじり、痛みに悶えるキャロル。
ファラやレイアが慌てて声を掛けるが、頭を抱えた主人には届いていない。
「はぁ……はぁ……悪魔……悪魔が、パパを……」
ユウやエルフナインが魘されていた悪夢。当然その原典の持ち主であるキャロルも、その影響を強く受けていた。
ここ最近頭痛に苛まれ、そして地上にキリエロイドが降り立った瞬間、彼女の様子が一変した。
まるで心ここに在らずと言った表情で、常に朧げな言葉を呟いている。
「悪魔……悪魔はティガ……ティガがパパを……」
キャロルの脳裏に映る、燃える街の中心に聳え立つ“黒い巨人”の光景。
しかしその巨人の姿が、靄に包まれ輪郭を失い、まるでモヤに掛かったかのように朧げになっていく。
現実と幻の境目が溶け、記憶そのものが歪んでいくかのようだった。
「巨人が……悪魔が、パパを……」
掠れる声とともに、キャロルの意識は闇に沈んでいく。
ぐったりと力なく崩れ落ち、玉座の間に静寂が戻った。
「キリエル人め、こうも早く行動を起こすとはな」
「ええ……悔しいけど、今はカレらに任せるしか無いわね」
――キリエル人の出現。
その影響は地上に留まらず、キャロルの深層にも確実に波紋を広げていた。
☆
「皆さん、これでどうですか?」
「…………うん、少しマシになったよ。ありがとう、エルフナインちゃん」
「急造でしたが、私達の作ったジャミング装置が効いてくれたみたいですね」
復活を遂げ、さらなる力を得たキリエロイドII。
その存在にティガが敗れ、戦況を不利と判断した装者たちは、一度S.O.N.G本部へと帰還していた。
街の人々を洗脳する、キリエル人の力。
それが特殊な磁場による物だと理解したエルフナインとナスターシャが急遽制作した妨害電波によって、完璧では無いが抑える事が出来ている。
皆は頭の痛みを我慢し、今後の対策を取る為現状を確認し合う。
「まず、上空に現れた《地獄の門》ですが……どうやらあの門が完全に開くには、まだ時間が掛かるようです」
エルフナインが、空に聳える地獄の門の映像を映し出す。あれからかなりの時間が経過しているが、門はまだ僅かに隙間が出来た程度。
あの門が開くまで、後数時間の猶予があるらしい。
「だが門を破壊、もしくは封鎖するには、キリエロイドと無数のキリエル人を突破する必要がある……」
翼は自分達を妨害した青白い炎の人影、そして自分達を守ってくれる最強の友を打ち破った悪魔の姿を思い出す。
「しかもアタシらは外に出たらまた洗脳を受けちまう……これじゃ戦いにすらならねぇ」
苦々しく吐き捨てるクリスの言う通り、あの最強の敵を倒すどころか、まともに戦うことすら困難。最悪、外に出た瞬間再び洗脳を受ける可能性も高い。
「……ティガ、本当にやられちゃったんデスか?」
「あの無敵のウルトラマンが負けるなんて……」
切歌と調の呟きに、思い沈黙が司令室中に染み渡る。
幾度となく自分達を救ってくれたウルトラマンティガ、その光の巨人が、復活したキリエロイドIIの前に手も足も出ず敗北した。
その現実から、彼女達はまだ立ち直れていなかった。
皆はモニターの向こうに視線を向ける。
ティガを倒し歓喜に震えるキリエロイド。そんな悪魔のような姿を、人々は神のように崇めていた。
「キリエル人は、私達の中からティガへの信仰心が無くなったと言っていたわね。それが、この頭痛の原因だと」
マリアはキリエル人の言葉を思い出す。
S.O.N.Gの皆が洗脳を受けづらいのは、“ティガを信じる心”が他の人間よりも強かったからだ。カレが敗北し、その心が弱まった隙をつかれたのだろう。
「街の皆んなの洗脳を解く事って出来ないの?」
「……難しいと思います。カレらの力は脳よりも心に直接語りかけてくる物です。心の弱い人ほど掛かりやすく、自ら押し除けるしか方法はありません」
響の問いに、エルフナインが首を横に振る。
「皆んなの心が、そんなに弱かったと言うの……?」
「無理もないかも知れません。フロンティアの一件以降、度重なる地震や出現する怪獣達。戦えない人々からすれば、世界の終焉を感じる者もいるでしょう」
調の呟きに、ナスターシャが静かに応じる。
「その人々の弱った心につけ込んだのだな。滅びの原因が、ウルトラマンティガだと宣って……」
翼の怒りの籠った声が司令室に広がる。
響は再びモニターの向こうに視線を向ける。光の巨人を破り、街を焼いた悪魔を崇める人々、あの場所に響の大切な人たちもいる事だろう。
そんな時、静かに腕を組んでいた奏が、何かを思いついたように口を開いた。
「……なぁ、あたしに考えがあるんだけど」
☆
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
禍々しい紫の霧が充満する街を、ユウは必死に駆け抜けていた。胸の奥を締め付けるような重苦しい空気が、息を吸うたびに肺を焦がしていく。
「…………っ! ティガっ!」
苦悶に顔を歪める少年は、意を決したようにティグの紋章を空へ掲げる。
しかしクリスタルが光を放つ事はない。
「そんな……どうして…………」
『キィリッ! キリキリィィィッ!!!』
「……っ!?」
ティグの紋章が反応しない事に動揺する少年の瞳に、離れた街の向こうで歓喜に震える悪魔の姿が映る。
「あ、ああ…………」
その瞬間脳裏に蘇る“悪夢”。
そして自分が全力で挑んでも、手も足も出なかった圧倒的な力量差と敗北の記憶。胸の奥に刻まれた“恐怖の心”が、ユウの足を縛りつけ、無意識のうちに背を向けさせていた。
(怖い……逃げなきゃ……! でも…………何処へ?)
戦うことへの恐怖と、逃げ場の無さが、ピタリとユウの足を止める。
逃げると言っても街の人々はすでに洗脳され、テレビを通じてキリエル人の支配は広がり続けている。
未来や響達でさえ、もう敵の手に落ちているかもしれない。
――もう自分に味方は居ない。
「あれ?……ここは……」
朦朧とした意識のまま歩き続け、気が付けばユウの足は一つの建物の前に止まっていた。
白くそびえるその建物から窓の明かりが滲む、その場所。
「お母さん……」
ユウは無意識に、母が入院している病院へと辿り着いていた。
☆
「……お母さん、いる?」
恐る恐る病室を覗き込む。
もし母親が、街の人達のように変わってしまっていたらどうすれば良いのか。
そんな不安を胸に秘め、ゆっくりと様子を見る。
「あら……ユウ、どうしたの?」
だがそんな不安とは裏腹に、茜はいつもと変わった様子のないまま、母親としての優しい眼差しでユウを迎えてくれた。
「外は大変な事になってるみたいね……」
「うん……お母さんは、無事なの?」
「……? ええ、いつもと変わらないわよ?」
茜はユウが、何を言ってるのか分からないように首を傾げる。どうやらまだ、キリエル人の精神操作の影響は出ていないようだ。
ユウは胸を撫で下ろすように小さく息を吐き、病室へと足を踏み入れた。
「……………………」
それから一時間程の時が経過した。
その間ユウは窓際に座り、膝を抱えたまま言葉を発さない。そんな彼に茜も無理に聞き出さず、ただその横顔を見守り続けていた。
しかし永遠にこのままと言うわけにもいかない、ついに茜は静かに問いかける。
「ユウ、何かあったの?」
「……………………」
「ね、母さんに話して」
母親からの問いかけにも、下唇を噛み沈黙を保つ。
しかしユウ自身もこのままでは駄目だと分かっていた。
「…………逃げて来ちゃったんだ」
長い沈黙が続いた後、ユウは震える声でぽつりと呟いた。
「全力でぶつかって、自分の中の全部を出した……でも、それでも全然届かなくて……失敗したんだ。そしたら突然、怖くなったんだ。立ち上がることも、向かっていくことも……みんなの期待さえ、全部が怖くて怖くて仕方がない……だからぼく、逃げちゃったんだ……」
胸の奥に溜め込んでいた恐怖を吐き出すように言葉を紡ぐと、ユウは膝をさらに抱きしめ、小さな体を一層縮めた。
怯え震える、まるて小動物のような弱々しい姿。そんな息子の姿を見た茜は、優しく微笑み両手を広げた。
「ユウ、こっちにいらっしゃい」
「だ、だめだよ……ぼくは…………」
母親の腕の中、それはユウが何よりも求めている暖かい場所。けれど戦いから逃げた自分が、その温もりに甘えていいはずがないと思っていた。
しかし茜は、少し寂しそうに言葉を紡いだ。
「お願い、たまには母さんに母親らしい事をさせて?」
「……う」
病に倒れ、母らしいことをしてやれなかったことを茜はずっと悔やんでいた。だからせめて今だけは、悩みに押し潰されそうな息子を抱きしめてやりたい。
当然ユウも、愛する母親にそう言われては逆らえない。
ユウがベッドの端に腰を下ろすと、茜は後ろから腕を回し、胸の内へと優しく抱き寄せた。
ユウの小さく柔らかな体を抱きしめる。そしてその艶のある髪に顔を埋めながら優しく丁寧に頭を撫でる。
「ふふっ、でも少し安心したわ」
「……え?」
「ユウも、そう言う事で悩んで、ちゃんと男の子なんだって。いつまでも可愛い子供のままだと思っていたけど、母さんの知らないところで大人の男の人に成長していく」
何らかの壁にぶつかり、挫折を味わうということは、大人へ近づいている確かな証だ。
茜は母親として、その成長を嬉しく思っていた。
「なんだか昔、大吾さんと話した事を思い出すわ」
「お父さんと……?」
「ええ、宇宙飛行士ってね、色んな人の“想い”を背負って飛ぶの。大勢のスタッフや見守る人々、それ以外にも沢山の訓練や辛い試練を乗り越えて進まなくちゃいけない」
学生時代から隣に居た茜は、大吾のそんな姿をずっとその目で見てきた。
辛い訓練に押し寄せる挫折、日本人がアメリカで活動すると言う境遇。しかしそれでも前に進む大吾の姿が、今でも瞼に焼き付いていた。
「……そんな時、大吾さんに聞いたの。『失敗するのが怖くないの?』って……だってそうでしょ? もし頑張っても失敗したら、多くの人をガッカリさせるかもしれない。それが怖くないの? って」
「な、なんて? お父さんは何て言ったの?」
俯いていたユウは、父親の話に無意識に顔を上げ、茜の瞳を見つめていた。
「『失敗したっていい、大切なのは勇気を示す事だ』って」
「勇気を……示す……」
「ええ、『例え怖くても、勇気を持って踏み出した一歩は、きっと他の誰かを勇気づける。もしそいつが失敗しても、その勇気がまた別の誰かに勇気を与える。そうして繋がれていった絆は、何よりも強い大きな“光”になる』って……大吾さんはそう言ったわ」
「お父さん……」
茜は抱きしめる力を緩め、こちらを見上げるユウの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
「ユウ、貴方ならきっと大丈夫。だって、お父さんとお母さんの子なんだもの。もし挫けそうになったら、私達のことを思い出して。私達の勇気と愛が、きっと貴方を守ってくれる筈だから……」
「……うん、お母さん大好きだよ」
「ええ、私もよ」
茜は優しく微笑み、ユウのこめかみにそっと口づけた。そしてもう一度、力を込めて抱きしめる。
母の胸の温もりが、少年の心に確かな光を灯した。
☆
病室を後にしたユウは、病院の屋上から街を見据える。
上空には相変わらず佇ずむ《地獄の門》。既に半分程開いており、もはや猶予はわずかしか残されていない。
門の下では、喝采を浴びながらキリエロイドIIが禍々しい笑みを浮かべ、人々の崇拝を受けていた。
「うっ……」
その悪魔の姿を目にした瞬間、胸の奥に焼きついた恐怖がまた膨れ上がる。
足が竦み、心臓が痛いほどに跳ねる。
しかしユウは震える手を胸元に伸ばし、服の下のティグの紋章を力強く握りしめた。
「勇気……勇気だ……!」
先程母から聞いた父親の言葉。
それを何度も胸の内で反芻させる。ユウは首から下げたペンダントを引き千切り、その小さな拳の中に収めた。
それは決して強い光ではない。
しかし弱々しいながらも、確かな少年の勇気に応えるように紋章が、《スパークレンス》へと変化する。
「正直言うと、まだ怖い……だからお願いティガ、ぼくにキミの勇気を少し分けてっ!」
体を縛る恐怖に抗うように、ユウは震える腕を伸ばし、スパークレンスを高々と掲げた。
その想いに応える様に、スパークレンスは小さく弱々しい光を放った。
☆
「天使様……」
「我らをお救いください……」
「私達を滅びの未来から救ってください……」
街を練り歩くキリエロイド。
その悪魔を讃える群衆の身体から、紫色の霧が立ち昇り、《地獄の門》へと吸い込まれていく。
その霧こそ信者たちの生体エネルギー。門はそれを糧にし、扉を開く速度を増していた。
『ハッ! 人間とは、つくづく愚かな生き物だ』
『間も無くこの星は、キリエルの物となるのと言うのに』
『貴様らはただ、我らに搾取されるだけの存在なのだ』
嬉々として命を差し出す群衆を、ローブを纏ったキリエル人達は冷笑しながら見下す。
そんな時、キリエロイドの背後に眩い光が迸った。
『デュアッ!』
『……ッ! キリィッ!!』
倒れたはずのティガが、再び出現した事に驚愕し、目を見開くキリエロイド。しかし次の瞬間には、その顔は憤怒に歪み、咆哮を上げる。
『ギリィィッ!!』
『フッ……!?』
勝利の余韻を踏みにじられた怒りに燃え、キリエロイドが腕を振り上げる。その悪魔の殺気に怯えながらも、ティガは構えを崩さない。
『…………チャッ!』
手足は震え、腰が引け、足元の位置が少しずつ後退する。しかしその眼差しだけは、目の前の敵を決して離さなかった。
「滅びろ悪魔めッ!」
「我らが天使様の前に消えろ!」
「二度と出てくるなァ!!」
自分達が崇める天使の邪魔をする悪魔の姿に、街の人々の罵倒がティガへと集中する。中には言葉だけでなく物を投げる者も居る。
それでもティガは動じず、視線をキリエロイドから逸らすさずに、確かな一歩を踏み出した。
『デュアッ!』
『キリィッ!』
《マルチタイプ》のティガが立ち向かう。そしてキリエロイドは、かつてカレを打ち破った強化体で迎え撃つ。
『キリィッ!!』
『デュア……ッ!?』
前回パワータイプですら押し返せなかった強化形態。その力の前に、マルチタイプの攻撃は容易く弾かれ、ティガはまるで紙切れのように簡単に吹き飛ばされる。
『キリィッ!』
右腕のカッターが、ティガの胸を切り裂き、光の粒子が散った。
痛みに堪えながら蹴りを繰り出すも、次の瞬間キリエロイドの姿は視界から消える。
『……フッ!? ダッ……!!?』
一瞬のスピードによって背後に回り込んだキリエロイドが、再びカッターを振り襲い掛かる。
キリエロイドIIの《タイプチェンジ》は、ティガと違い重ねがけが出来る。剛力のまま羽によって俊敏さを得たその力は、無慈悲にティガを凌駕していた。
☆
『ウルトラマンティガが、再び戦闘を開始しました!』
「ティガ! 生きていたんだ……」
友里からの報告に、安堵の声をあげる響。
夜の街で再び激突するティガとキリエロイド。その様子が、ライブ会場に取り付けられたモニターに映る。
彼女達は今、街の人々を縛る洗脳を解くため、この会場へと集まっていた。
『アイツらの洗脳が脳よりも心に影響を及ぼすなら、こっちも心に問いかけてやれば良いんじゃないか?』
『心にって……どうするつもり、奏?』
『おいおい、忘れたのかよ翼、マリア! あたしらには“歌”があるだろ!』
歌は頭よりも心に響くもの。
それなら自分たちの歌を街中に届け、固まってしまった人々の心を揺さぶればいい――それが奏の考えだった。
『全モニター&スピーカー、ハッキング完了しました! 映像と音源は全市街に流せます!』
『よし……! お前達、準備は良いな!!』
藤尭と弦十郎の合図に、ライブ衣装へと着替えた奏、翼、マリアが舞台に立つ。
その姿は街中のモニター、そしてテレビへと映し出された。
「いくぜ、翼、マリア! あたしらの歌でキリエルの奴らに一泡吹かせてやろうぜっ!」
「「ええっ!」」
奏の掛け声で三人が構えると、緒川が会場の音楽を流し、簡易的なライブが開始する。
エルフナイン達が作った妨害電波を会場に流しているお陰で、幾分かマシだが頭痛は重い。
それでも彼女達は声を振り絞り歌を紡ぐ。この歌が少しでも人の心に通じる事を願って。
『何が目的かは知らないが』
『我らの邪魔をするなら消えてもらう』
『人間風情が愚かな』
三人の歌が街に響き渡り、そこから溢れる音の波動がキリエルの精神脳波にノイズを与えていく。
その歪みを敏感に察したキリエル人たちが、妨害のためにライブ会場へと殺到する。
だが、そんなのは想定の範囲内である。
「先輩達は、気持ちよく歌ってな! コイツらは一匹たりとも通しやしねぇッ!!」
「うん! いくよ切歌ちゃん、調ちゃん!」
「「はい(デス)ッ!!!」」
舞台を背に立ち塞がったのは、クリス、響、切歌、調。
シンフォギアを纏った四人が武器を構え、迫り来る青白い炎の敵達を迎え撃った。
☆
「うっ……この歌、翼さん……?」
S.O.N.Gの皆の活躍の甲斐あって、街中のモニターから歌女達の声が流れ出る。聞き慣れた彼女達の声が街の中心に佇んでいた未来や弓美達の胸の奥に響き、意識が引き戻される。
「……っ!? ウルトラマン……ティガ……!」
「それにあれ……あの日の化け物!」
意識を取り戻した弓美達の目の前では、光の巨人と炎の悪魔の戦いが行われていた。
戸惑っているのは彼女達だけでなく、少しずつ意識を取り戻していく街の人々もその戦いを目視していた。
しかしやはり戦況は芳しくなく、キリエロイドIIの圧倒的な力の前に巨人は苦戦をしいられていた。
ピコーン ピコーン ピコーン――
早くもカラータイマーが音を鳴らす。
力と速さ、その両方で劣るティガは、幾度も地に伏せ る事となる。
しかしその度に立ち上がり、戦う為に構えを取った。
『キリッ、キリッ、キリッ、キリッ、ギリィッ!!!』
腕のカッターが鋭く振り下ろされる。
二度、三度、四度、五度、幾度となく刃が巨人を切り刻む。その度に光の粒子が激しく散らし、ティガから戦意を奪っていく。
「う、ううっ!……」
「創世、詩織! 意識が戻ったの?」
「な、何ですかこれは?……どうして、天使様がウルトラマンを……?」
意識を取り戻しかけた詩織の声が震える。
まだ完全に洗脳が解けていないのか、皆は信じていた天使が、自分達を守ってくれたウルトラマンを傷つけている不可思議な光景に戸惑いの声を漏らしていた。
その時、モニター越しにマリアの声が響く。
『皆んな目を覚まして! “天使”を自称するヤツらこそ、かつて私達を恐怖に陥れた悪魔そのものなのよ!』
心に届ける歌を翼と奏に任せ、マリアは意識を取り戻させる為に耳に声を届ける。
『思い出して……これまで私達を守ってくれたのが誰なのか。怪獣達や、恐ろしい滅びから救ってくれたのは誰だったのか!』
ルナアタック、ネフェリム、数々の怪獣達。数々の恐ろしい事変から、人々を守ってくれたのはいつだってウルトラマンだった。
「……で、でも……それならアイツらに守って貰えは良いんじゃないか?」
「そ、そうよ! 無敵のウルトラマンより強いんだから、彼らに守って貰えば安心よ!」
「世界が滅びるなら、強い方に従った方が安心だ!」
それでも彼らは、ウルトラマンを圧倒するキリエロイドの姿に希望を見出す。
数々の異変で世界の滅びに怯えている彼らは、自然とより大きな“力”その物を信仰していた。
しかしマリアは、そんな皆の声を聞き、ゆっくりと首を振った。
『それは違うわ、皆んな……ウルトラマンは、決して無敵の存在なんかじゃ無い。斬られれば痛みを感じ、敗北すれば命を落とす可能性だってある。私達と何も変わらない……』
共に戦ってきた彼女達は、それがよく分かっていた。
初めて見た時は、神の如き強さと光を持つ存在だと感じさせた。英雄、救世主、守護神、そんな風に呼ばれていた事もある。
だがそれは大きな間違いである。たとえ巨大な体を持っていても戦えば傷つき、時には倒れる。
自分達と大差ない存在なのだ。
『……でも、それでもカレは戦ってる。私達を守る為に、自分よりも強い敵を前に、決して引かず立ち向かってる!』
マリアの呼びかけを聞いていた人々は、その視線の先を再びティガへと向ける。
『ヂャァッ……!!?』
豪快な切り上げに、巨人の体が宙を舞い倒れる。
――だがティガは立ち上がった。
『グッ! デュアァッ……!!?』
膝をつく巨人の顔面が蹴られ、重い踵が脳天へと落ち、地面に叩きつけられる。
――しかしティガは立ち上がった。
『グッ、グアアァ……!!!?』
キリエロイドの炎が巨人を襲う。
全身を焼く痛みに悶え、力尽きたように地に倒れ伏す。
――それでもティガは立ち上がった。
「…………ティガ」
皆は自然とその名をこぼしていた。
圧倒的な実力差、上位互換の能力、だがカレは諦めない。殴られ、蹴られ、投げられ、斬られ、焼かれ、キリエロイドの様々な攻撃がその身を襲い倒される。
しかしティガはその度に立ち上がり、闘志を向け構えをとる。
その姿を、皆は自然と瞼に焼き付けていた。
『皆の言う通り、もしかしたら……本当にこの世界は、滅びに向かってるのかも知れない。でも……だからこそ私達が、この星に生きる私達自身が、一人一人力を合わせて未来を作っていかないといけない!』
ティガの姿が、マリアの言葉が、翼達の歌が、皆の怯え固まっていた心を震わせる。
『ギリィィッッ!』
何度倒しても立ち上がるティガの姿に、いい加減鬱陶しさを覚えたキリエロイドが、怒りのまま炎を乱射する。
ガードを固め炎を耐えるティガ。しかし無闇に放たれたその内の幾つかが、観戦する人々の元へと向かう。
『……ッ!? ヂャッ!!』
飛来する炎に怯え、身を屈める人々。
だがその合間に入り込んだティガが、その巨大な体で皆を襲う炎を受け止める。
『グッ………………デュ……ア……』
「ティガっ!!」
身を挺し自分達を庇ってくれた巨人へと、未来や街の人々は一斉に声を上げる。
数度の爆発の後、ついに肉体の限界を迎えたティガは、力無く崩れ落ちるように倒れ伏した。
(熱い、痛い、苦しい…………そして何より、怖い)
肉体を襲う様々な苦痛。
それは着実に、光となった少年の心身を蝕む。
戦う事が怖い、死ぬ事が怖い、苦しむ事が怖い。
(……でも、本当に怖いのは)
だが、それ以上に怖い事がある。
倒れたティガの瞳に強い光が蘇る。少年の“想い”に反応するように、ティガは震える手で砂利を強く握りしめた。
(本当に怖いのは……大切な物を、失う事だ!)
父親を亡くした日に感じたあの感情。
虚無、絶望、悲しみ、胸の奥をぽっかりと空けられたような言いようの無い感覚。
ここで倒れてしまったら、またあの感覚が自分を、皆を傷つけてしまう。
もう二度と、あんな思いをしたくない。
もう誰にも、あんな思いをして欲しくない。
(だから戦うんだ! ぼくの大好きなものを……皆の大切なものを……守る為にっ!!!)
胸の奥の恐怖にそれ以上の勇気で立ち向かい、再び立ち上がろうと体に力を込める。
しかしエネルギーとなる光が足りないのか、手足に籠る力は弱々しい。
『ウルトラマンティガは、勇気を持って戦ってくれてる。今度は私達が、カレの勇気に応える時! 皆お願い、ティガに光をッ!!――』
そこでマリアの通信は途絶える。
放送を行っていたカメラが、キリエル人の攻撃によって破壊されてしまったのだ。
言葉を伝える者が居なくなり辺りに沈黙が流れる。
だがそんな中、一人の少女が一歩を踏み出す。
「……あたし、やるよ!」
「板場さん……?」
「マリアさんの言う通りだよ! ウルトラマンは、いつだってあたし達を守ってくれた。力になれる事があるなら、あたしは助けになりたい!」
元々ティガを人類の味方と信頼していた弓美が、震える足で一歩を踏み出す。
そんな彼女の隣に、詩織や創世も並び立った。
「わたし達も一緒に行きますわ!」
「うん……もう迷ったりしない!」
二人は元々、ウルトラマンのその大きな力に恐怖を覚えていた。もしカレが敵だったら、もしあの力が自分達に向けられたら、そんな恐怖心がキリエルの洗脳に付け入る隙を与えていた。
だが今は違う。
目の前で何度も立ち上がり、痛みに耐えながら戦い続けるその頼もしい背中が、彼女達の恐怖を打ち砕いたのだ。
三人はスマホのライトを点け、倒れたティガの元へと限界まで歩み寄る。
その小さな三つの光が、夜の闇を切り裂いた。
やがて、それに呼応するように一人、また一人と、歩き出す者が現れる。
傍観していた者は手頃なスマホのライトを、自宅のテレビで見ていた者は懐中電灯を、遠くから見ていた者は車やバイクのライトをそれぞれが持つ光でティガを照らそうと近づけて行く。
(ティガのあの姿が、皆んなに勇気を与えたんだ……!)
闇に覆われていた街が、少しずつ、少しずつ、光を増やしていく。その光景を見つめていた未来もまた、手元のライトを握りしめ、弓美たちの後を追うのだった。
☆
「くそ、カメラを破壊されたか! 現場はどうなっている?!」
『師匠、こっちは皆無事です!』
『けど、コイツら数が多い上に一体が面倒だ! いつまで持つか分からねぇぞ!』
S.O.N.G本部で響達からの報告を受ける弦十郎。
あくまで破壊されたのはカメラのみで、彼女達は無事なようだ。しかし相手はキリエル人、ノイズとは違いシンフォギアであっても苦戦は免れない。
防衛に回っているクリス達も、いつまで保つか分からない。
「っ!? 司令、都市部で変化が……!」
「なに? 何が起こっている!」
友里は報告の後、素早くモニターを都市部の映像に切り替える。
すると倒れたティガの周りに人々が集まり、それぞれが持つ光を浴びせていた。
“ティガに光を”
マリアの最後の言葉に突き動かされた人々が、ウルトラマンを救おうと勇気を出し集っていたのだ。
当然響達も、ライブ会場のモニターからその光景を見つめていた。
『皆……ウルトラマンを助けようとしてるんだ……!』
『叔父様、この会場の電力をティガに!』
「だが、そうすればライブを中断することになるぞ?」
『構わねぇよ。もう皆んなに歌は必要ない。今必要なのは、少しでも大きな光だ!』
既に皆はキリエルの洗脳を破り、自分達の考えで動きティガを助けようと錯綜している。
ならばもう歌も、伝える言葉も必要ない。
今必要なのは、ティガを救う為の少しでも多くの光だ。
「よし! 藤尭、友里、この地域の回線に潜り込み、電圧を上げさせるんだ!」
「ですがそんな事をしたら……」
「構わん! 責任はオレが持つ。ライブ会場……何だったらこの基地の電力全てを使っても構わん、やってしまえ!!」
「分かりましたよ! 一度やってみたかったんですよね、こういうの!」
藤尭と友里、そしてエルフナインが端末を叩き、システムを制御する。
瞬く間に、ライブ会場から、そして本部の内部から、大量の電力が都市部へと送られる。街全体のビルがまるで灯台のように輝き、夜の街がまるで昼間のように眩い光に包まれていった。
☆
(う…………この光、は……?)
意識が朦朧とするユウの目にも、その光は伝わっていた。視界の中に無数の小さな灯りが、大きな光となって揺れている。
「ティガ、頑張ってっ!!!」
「さっきはごめん……でも、もう私達も逃げないから!」
「たとえ滅びの運命が待っていても、私達も一緒に戦います。だから負けないでください、ウルトラマンさんっ!!」
弓美、創世、詩織の声に続くように、皆のティガを応援する声が、光と共に街中に響き渡る。
街の人々が灯す光の粒が、夜の闇に浮かぶ星のようにティガを包む。その人工の光が、一体どれほどの効果があるのかは分からない。
「頑張れ、ウルトラマン!!」
「ウルトラマンティガ!!」
「立って、ウルトラマン!!」
しかし、声を枯らしながらもウルトラマンを応援しようという暖かい心、それこそがカレに力を与える大きな“光”となっていた。
(なに、これ……胸の奥が暖かい……この胸から湧き上がってくるような、熱い想いは……)
ピコーンピコーンピコーンピコーンピコーン――
カラータイマーが限界を超えて鳴り響く。
胸の中心の赤い光、今にも消えそうなほど弱々しい。それでもユウは、胸の奥に燃えるような熱を感じていた。
「ティガっ! 貴方は私達に勇気を見せてくれた。そんな貴方の勇気に私達も応えたい! お願い負けないで!!」
(未来……お姉ちゃん……)
叫ぶ未来の言葉を聞き、ユウは父親の言葉を思い出す。
彼女達は今、恐ろしい悪魔や滅びの運命を前に、勇気を振り絞って一歩を踏み出しているのだ。
ユウは理解した、これこそが“光”なのだと。
『ギィィィリィッッ!!!』
その光景に、キリエロイドの怒りが爆ぜる。
自分を“天使”として崇めていたはずの人間達が、今はティガに声援を送っている。
その裏切りに燃えるような咆哮を上げ、左手に灼熱の炎を集めると、人々の群れへと放った。
『――デュアッ!!』
だがその炎は、立ち上がったティガの片腕によって振り払われた。渾身の《獄炎弾》を掻き消されたキリエロイドが、理解できぬというように身を震わせる。
(お父さん……お父さんの言った事は本当だったよ。『大事なのは勇気を示す事』。そうして出来た絆は……光は、何よりも強い!!!)
守るべき人達を背にティガは再び構える。
もうその姿に恐怖も震えもない。何故なら皆がくれた“光”が、“勇気”がその胸に宿っているから。
(いくぞ!……ぼくの、ぼく達の力を見せてやるっ!!)
胸の光を輝かせ、ティガは地を蹴り。同時に、キリエロイドも咆哮を上げ迎え撃つ。
『デュアッ!――』
『キリィッ!――』
ティガとキリエロイドの拳が、互いの胸を同時に打ち抜く。雷鳴のような破裂音と共に、凄まじい衝撃が街に広がる。
『ギィッ……?!!!』
打ち勝ったのはティガだった。
かつてパワータイプの力すら通じなかった強化体の装甲が、マルチタイプの拳にひび割れている。
『チャッ! チャッ! ハアァッ!!』
連打連打、そして飛び後ろ蹴り。
皆の勇気を光とし力を増したティガの打撃が、自称天使の肉体を叩きつけ、確実に追い詰めて行く。
『ギ……ギリィッ!!!』
キリエロイドの右腕が炎に包まれる。怒りの咆哮と共に、炎を纏ったカッターがティガへと振り下ろされた。
だがティガは避ける事も守る事もせず、その一撃を真正面から受け止める。
――バキィンッ!
『ギィッ……?!!!』
ガラスの砕けるような音と共に、攻撃を仕掛けたカッターの方が砕けた。
現状を理解しきれないキリエロイドは、慌ててもう片腕で斬りかかる。
『チャッ……タァッ!!』
しかしティガは、その左腕をガッチリ掴み攻撃を受け止める。そしてカッター目掛けて渾身の手刀を叩き込むと、右腕同様、左腕のカッターも脆く砕け散った。
『キッ……?! ギィィィッ!!!』
両腕の武器を破壊され、焦ったキリエロイドは背中の羽をはためかせ、上空へと逃げ出そうとする。
しかし見下ろした先に、既にティガの姿は無かった。
『……キッ!?』
慌てて辺りを見回すキリエロイド。
だが今までにないスピードで、既にその背後を取っていたティガは、二枚の羽を両手で掴み動きを封じる。
そしてそのまま身体を縦に回転させ、強力な踵落としを脳天へと叩き込んだ。
『ギィ……!!?』
その衝撃で羽をもがれ、天使もどきが地へと落ちる。
倒れ動かなくなったキリエロイドを、ティガは両腕で持ち上げると、回転の勢いのまま上空の門目掛けて放り投げた。
『キ……ギリィ……』
投げられたキリエロイドの巨体が、《地獄の門》へと叩きつけられる。その衝撃で、開きかけていた門が悲鳴を上げるように軋み、勢いよく閉じた。
ティガは両手をクロスさせ水平に開き、光のエネルギーを胸に集中させる。
『デュアッ!!!』
《ゼペリオン光線》
眩い白銀の光が一直線に放たれ、門に磔となった悪魔を貫いた。
『ギ、ギィィィ……!!!』
絶叫が夜を裂き、暗闇の空を眩い光が照らす。
そして光が収まった後、そこには何事もなかったかのように静かな星空が広がっていた。
雲ひとつない夜空に、無数の星が瞬いている。
――キリエロイドII撃破。
「やった……やったよ皆! ティガが、ウルトラマンが勝ったよ!」
未来の歓喜の声と同時に、「ワーッ!」と街中から一斉に歓声が上がる。
美しい星空を見上げていたティガは、光を与えてくれた皆の方へを見下ろすと、右拳の親指を立てた。
『チャッ!』
まるで「ありがとう」と告げるような、無言のサムズアップ。その姿は神でも天使でも、ましてや悪魔でもない人間らしさを感じさせるものだった。
『――デュアッ!』
再び夜空を見上げ、ティガは飛び去っていく。
例え力を持たない自分達でも、ウルトラマンを助ける事が出来た。その事実が、彼らに行動を示す事の大切さを知らせた。もう彼らは怯えるだけでなく、大事な一歩を踏み出す勇気を心に持っている事だろう。
大きく手を振りながら、誰もがその背中をいつまでも見送っていた。
☆
キリエル人の野望が潰え、あの夜から数日が経った。
街はすっかり落ち着きを取り戻し、穏やかな日常が戻ってきている。
「いやーすっかり元通りだね〜!」
「あの時は本当に申し訳ありませんでした……」
「もう、寺島さん達のせいじゃないって!」
響が明るく言って笑うと、詩織達も小さく笑い返した。
あの洗脳は彼女達の意思ではなかった。誰も責める者などいない。
そんな日常を見つめながらユウは、思いを馳せていた。
(あの夢……)
あの日以降、悪夢に魘される事は無くなった。
それはあの“悪魔”を倒し、恐怖の根を断ち切ったからかもしれない。
(でも……きっとキャロちゃんは、まだあの悪夢に囚われているんだ。あの悪魔に……だったら、ぼくは……)
自分は両親の言葉と、皆の勇気で乗り越える事が出来た。けれどキャロルには、今その手を差し伸べてくれる誰かがいるのだろうか。
ふと胸が締めつけられ、ユウは強く拳を握った。
悪夢の持ち主であるキャロルの事を思い浮かべながら、ユウは雲一つない空を見上げていると、遠くから響の声が聞こえる。
「ユウくーん! こっちこっちー!」
「あ、待ってお姉ちゃん!」
慌てて追いかけようと駆け出す。
だがその時、チリンッと金属の重なる音に一瞬視線が運ばれる。
「…………え?」
その目に映った物に、ユウは一瞬足を止めてしまう。
「どうしたの、ユウくん?」
「ん、んーん……何でもないよ!」
不思議そうに首を傾げる響に笑いかけ、ユウは再び駆け出した。
今すれ違った女性の手首に、“天使の羽”のブレスレットが着いていた事を頭の隅に置きながら。