シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第五十ニ話 剣殺し

 

  

 

 

 

 

 

「…………くッ!」

 

 チフォージュ・シャトー内の玉座の上。

 両目を瞑り、何かを探すように空中の錬成陣に手を添えているキャロルは、苛立ったように舌打ちを鳴らした。

 

「見つかりませんか、マスター?」

 

「ああ、日本政府め……一体アレを何処に移動させたんだ?」

 

 世界を分解する決戦兵器、チフォージュ・シャトー。

 現在キャロルが探しているのは、その完成に必要な最後のピース、《ヤントラ・サルヴァスパ》。あらゆる機械装置を動かせるようになるという、完全聖遺物の一つだ。

 数年前までは日本政府に管理されていたという情報を得ていたが、どうやら既に日本には無いらしく目論見が外れてしまっている状態であった。

 

「…………仕方あるまい。オレはこのまま経歴を辿り位置を特定する。お前達は、もう一つの目的を果たせ。歌女達が揃っている今こそが好奇だ」

 

「「はっ!」」

 

 残った二体の人形、ファラとレイアが優雅に一礼し、静かに玉座の間を去っていく。

 

「……後は私たちだけね。ミカは?」

 

「ガリィと同じ場所で眠らせている。いずれ私たちも同じようになるように、仕掛けを施しておいた」

 

「そう……ならば私達は、私達の使命を果たしましょう。全ては――」

 

「「マスターのために」」

 

 二体は同時にテレポートジェムを握り潰す。

 砕け散った光の粒が弾け、その姿は眩い光と共に消え去った。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「計測結果、出します」

 

「これが、電力の優先供給地点になります」

 

 藤尭と友里が端末を操作し、モニターにマップを提示する。すると、オートスコアラーによって発電施設が破壊され、政府要所に絞られた電力供給図が表示された。

 

「こんなにあるデスか?!」

 

「その中でも、ひときわ目立ってるのが……」

 

 無数の反応中、海の中にひときわ供給を受けている施設がある。O.N.G司令である弦十郎には、そのポイントに見覚えがあった。

 

「《深淵の竜宮》……。異端技術に関連した、危険物や未解析品を封印した、絶対禁区。秘匿レベルの高さから、オレにも詳細な情報が伏せられている。拠点中の拠点だ」

 

「オートスコアラーがその位置を割り出していたとなると……」

 

「狙いは、その中に封印された“何か”……」

 

 これまでの発電施設破壊は、ただの攪乱ではなかった。

 すべては《深淵の竜宮》の存在を特定するための布石。そしてそこに眠る危険物を奪うための行動だったのだろう。

 

「だったら話は簡単だ! 先回りして迎え撃つだけのこと!」

 

「いや、事はそう簡単ではない。襲撃予測地点は、もう一か所ある」

 

 弦十郎の合図に合わせ、藤尭と友里はモニターに新たなポイントを提示する。東京の郊外にあるポイント、その場所を翼はよく知っていた。

 

「ここって……!?」

 

「たしか……翼の実家、だよな?」

 

 奏の言葉に翼は重々しく頷く。

 モニターに映し出されたのは、風鳴八紘邸――彼女の生家であった。

 

「前回のゴルザの一件で、ナスターシャ教授が気になる事を仰っていたので、調査部で独自に動いてみました」

 

 緒川が資料を開く。

 そこには近頃、神社や祠の損壊事件が相次いでいるという報告が記されていた。しかもそれらはいずれも、明治政府の帝都構想期に霊的防衛を担っていた“龍脈”、レイラインの要点にあたる場所ばかりである。

 

「錬金術とレイライン……これも敵の狙いの一環と見て、間違いないだろう」

 

 弦十郎達は前回のゴルザとミカの一件を思い出す。

 あの時もオートスコアラーは、レイラインの集中する点を狙い火山の活性を仕掛けて来た。

 レイラインの集中するそのポイントを破壊し乱す事が、彼女達の目的なのだと予想できる。

 

「風鳴の屋敷には、要石がありますし、狙われる道理もあるという訳ですね……」

 

 翼の言う通り、要石の置かれている風鳴八紘邸もまた、エネルギーが集中する龍脈の一つである。

 ここまでの考察を掛け合わせれば、オートスコアラー達が現れる可能性は極めて高い。

 

「検査入院で響君が欠けるが、打って出る好機かもしれないな……」

 

「………………」

 

 実家のあるそのポイントを見つめながら、翼は無言のまま拳を握りしめた。

 その眼差しの奥には、防人としての覚悟と、家族の記憶に縛られた複雑な想いが入り混じっている。

 

「翼……」

 

 そんな彼女の横顔を、奏と弦十郎は静かに見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 本日響は病院へと来ていた。

 別に大した怪我をした訳ではない。

 ただ少し前まで彼女は、聖遺物(ガングニール)の欠片を肉体に宿す融合体と化していた。

 現在では響を侵食していた欠片は除去されたものの、今後彼女の肉体にどのような影響や、後遺症が現れるかわからない。その為、定期的に検査を受けることが半ば義務付けられていたのだ。

 

「うへぇえええッ!? 前が全然見えないよ、お先真っ暗だってぇ~」

 

 病室に広がる響の声。

 未来とユウもまた、響の付き添いとして検査入院の手伝いをしていた。

 

「ユウくんの前で、恥ずかしいよぉ〜」

 

「今まで散々恥ずかしい事してきたでしょ、もう今更! ほら万歳して、万歳っ!」

 

「ふええぇ〜!」

 

 未来に押されるようにして、響は半ば強引に制服を剥かれ、病院服へと着替えさせられる。

 その間にユウは、持ってきた日用品を丁寧に棚やクローゼットへと整理していく。

 

「響お姉ちゃん、日用品はここに入れておくね。他に必要なものがあったら言って!」

 

「もう〜。未来もユウくんも、ただの検査入院なのに大騒ぎしすぎだって……」

 

「響のせいで大騒ぎしてるんでしょ?」

 

 一通りの準備を終えた後、響達がベッドの端に腰を下ろし検査まで時間を潰そうと雑談をしていると突如、置いておいた彼女の携帯が鳴りだした。

 手に取り画面を覗き込む響。だが、そこに表示された名前を見た瞬間、動きが止まる。

 

 ――「お父さん」

 

 その画面には以前再会を果たした父、洸からの着信が入っていた。

 

(響お姉ちゃん……)

 

 あの日、響の父親である洸との会合。

 その日の出来事をユウは響に話していた。最初の時の態度を反省し謝罪したがっていると伝えたが、やはり前回の再会での心の傷は大きく、彼女は無言のまま答えなかった。

 響は目を閉じた後、震える手で着信を切った。

 

「……検査、行かなきゃ」

 

「響……」

 

 未来の呼びかけにも、響は振り返らない。

 彼女にとって父との再会は、未だ癒えぬ傷となっている。あの日以降、何度か洸から連絡は来ていたが、響はすべてを無視していた。

 

「へいき――」

 

「へっちゃらじゃない!」

 

 無理に平気を装うとする響に、未来は立ち上がって声を荒げてしまう。

 

「……未来がいる……ユウくんや、皆んながいる。だからお父さんがいなくったってへっちゃら!」

 

 皮肉にもあの日の父親に似た乾いた笑顔を見せ、響は病室を後にした。

 残されたのは、未来とユウの二人だけ。

 

「ユウくん……私は、どうしたら良いんだろ……?」

 

「それは……響お姉ちゃんが決めることだよ」

 

 ユウは静かに答える。

 家庭の問題に他人が踏み込むことは出来ない。自分たちにできるのは、響の選ぶ道をただ支えること。それしか無いはずだから。

 

「ああ、ユウ。ここにいたか」

 

 響が病室を出てしばらく経った後、弦十郎が姿を現した。

 

「あれ? 弦おじさん、どうしたの?」

 

「実はこれから風鳴八紘邸へと向かう事になった」

 

「風鳴?……それって……」

 

「ああ、翼の実家だ」

 

 重く呟くように答えた弦十郎は、真剣な表情のままユウの肩に手を置いた。

 

「是非ともお前にも、あの子の側にいてやって欲しいと思ってな」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

「ここが? 風鳴八紘邸……?」

 

「はい、翼さんの生家です」

 

 車から降りたマリア、奏、緒川が、目的地である屋敷へと伸びる長い石の階段を見上げる。

 

「十年ぶり……まさか、こんな形で帰るとは思わなかったわ」

 

「おっきいお屋敷だねぇ〜」

 

 そして車を降りた翼と、手を繋ぎながらユウも同じように屋敷までの石段を見上げる。

 敵が狙うであろうと予想されるポイントは二つ。

 なので此方も二チームに分け、クリス、調、切歌は別の現場へと当たっていた。

 

「――了解しました。…………クリスさんたちも、間もなく深淵の竜宮に到着するみたいです」

 

「ならこっちも、やるべき事をやらないとね!」

 

 緒川達が視線を向けると、きしむ音を立てて屋敷の門がゆっくりと開いていく。その時ユウは、自分の手を握る翼の手の力が少し強まったのを感じた。

 

「……っ!」

 

「翼お姉ちゃん……?」

 

 ユウが不思議そうにその横顔を見つめながら歩みを進めていると、向かいから三人の男達が姿を現した。

 内二人は護衛らしき黒服の男達。そして中央には上質な着物を纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばす男の姿。

 彼こそが、この屋敷の主である風鳴八紘である。

 

(この人が、翼お姉ちゃんのお父さんで、弦おじさんのお兄さん……)

 

 顔立ちは弦十郎にも翼にもあまり似ていない。

 だがその身から漂う空気の重さと、威圧感のような覇気は二人とよく似ているものを感じさせた。

 

「お父様……」

 

「ご苦労だったな、慎次」

 

「恐れ入ります……」

 

 風にかき消されるほど、小さな声で翼が呟く。

 だが八紘は娘に視線を向けることなく、緒川の方へと歩み寄り、短く言葉を交わした。

 

「それに、天羽奏にマリア・カデンツァヴナ・イヴだったな。君達の仕事ぶりも聞いている」

 

「は、はい……」

 

「………………おう」

 

 今度は奏とマリアへと労いの言葉を投げかける。

 動揺しながらも丁寧に返すマリアとは対照的に、奏は不機嫌そうに顔を顰めている。

 

「アーネンエルベの神秘学部門より、アルカ・ノイズに関する報告書も届いている。後で、開示させよう」

 

「はい」

 

 八紘は淡々と仕事の話を進める。

 そこに“親”としての言葉は一つもない。

 翼は唇を噛みしめ、視線を落としたまま、ユウの手をさらに強く握りしめた。

 

「…………お父様っ!」

 

 翼は思わず声を上げて彼を呼んだ。

 その声にピタリと足を止める。しかしそれだけで、八紘は振り向く事は無かった。

 

「沙汰もなく、申し訳ありませんでした……」

 

「……お前がいなくとも、風鳴の家に揺るぎはない。務めを果たし次第、戦場に戻ればいいだろう」

 

 震える声で、翼は深く頭を下げる。

 しかし返ってきたのは、冷たく突き放すような言葉。

 そんな父親らしからぬ言動に、ずっと不機嫌だった奏が、ついに限界を迎えた。

 

「おいアンタ! それが十年ぶりに帰って来た娘に対するセリフかよッ!!」

 

「落ち着きなさい、奏!」

 

 感情のまま思わず飛び出そうとする奏。

 護衛の二人が容赦なく胸ポケットの拳銃に手を伸ばすのを見たマリアが、彼女の肩を掴み必死で押さえる。

 しかしマリアの想いもまた、奏と同じだった。

 

「でも、奏の言う通りよ! あなた翼のパパさんでしょ?! だったらもっと他にッ……!」

 

「奏、マリア!……良いんだ」

 

「良いわけねぇだろッ!! 何で翼が十年も帰って来なかったのか、アンタ少しでも――」

 

「奏っ!!!…………お願いだから……」

 

 声を荒げる奏を、それ以上の翼の声が制した。

 感情の昂る奏だったが、縋り付くように袖を引っ張る翼の姿に押し黙ってしまう。

 鋭い目を更に細めその光景を一瞥した八紘は、もう話すことはないと言うように屋敷の中に消えていこうとする。

 

(…………あれ? 今あの人の目……)

 

 威厳に満ちたその眼、けれどその奥に、ほんの一瞬だけ“哀しみ”の感情が見えた気がした。

 その意味を、ユウはまだ掴めないでいた。

 

 ――キイィィン

 

「――ッ!? 誰だッ!!」

 

 異様な空気の流れを感じ取った緒川が、素早い動作で拳銃を抜き発砲する。放たれた弾丸は緑色の風に溶けるように消滅した。

 見えない何かがそこに“居る”。それが分かった翼たちは、すぐさま警戒体制をとる。

 

「野暮ねぇ、親子水入らずを邪魔するつもりなんてなかったのに」

 

「お前は、あの日のオートスコアラー?!」

 

 透明の空気のカーテンを切り裂き、ファラが姿を現す。

 緒川や護衛の黒服達も拳銃を構え殺伐とする中、ファラは場違いな程優雅にお辞儀をする。

 

「レイラインの解放、やらせていただきますわ」

 

「やはり狙いは要石かッ!」

 

 ファラは周囲に召喚ジェムをばら撒き、無数のアルカ・ノイズを出現させた。

 

「ああ、付き合ってやるともッ!」

 

「奏と緒川さんは、ユウやパパさんをっ!」

 

 かつて自身のシンフォギアの破壊にあたった因縁の相手。同じ剣を持つ者として決着を付けることは、翼自身望んでいる事だった。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron……」

 

「Seilien coffin airget-lamh ……」

 

 青と銀のシンフォギアを纏った二人の歌姫が、駆け抜ける。目的である要石、そして要人である八紘に近づこうとするノイズを集中的に撃破し護衛に徹する。

 

「お父様! ここは、私が!」

 

「うむ、務めを果たせ」

 

 短くそれだけ答え、八紘は護衛と共に避難する。

 その事に一瞬寂しそうな表情を見せるが、直ぐに防人の顔へと戻し目の前の敵へと挑む。

 

「さあ、捕まえてごらんなさい」

 

 ファラは両脚に風を纏わせ空を舞う。

 風を属性とするオートスコアラーなだけあって、その動きは機敏であり翼の攻撃は届かない。

 翼は咄嗟に大太刀へとギアを変化させ、青い斬光を放つ。

 

 《蒼ノ一閃》

 

 ファラの巻き起こす風の壁を切り裂きながら、翼の斬撃が突き進む。しかしファラはその斬撃を、己の剣で最も簡単に破壊してしまう。

 だがそれは囮、ファラが動きを止めたのを見た翼は、跳躍と共に剣を投擲する。そしてスラスターを全開にし、勢いよく蹴り込んだ。

 

 《天ノ逆鱗》

 

 足先の剣が巨大化しながら、真っ直ぐにファラへと向かって行く。翼の持つ技の中でも最高クラスの威力の一撃に、勝利を確信する装者達。

 

「ふふ、何かしらぁ?」

 

 しかしファラは特に焦った様子も無く、軽く剣の切先を翼の巨大剣へと向ける。

 翼の剣と比べて圧倒的に細いファラの剣、どちらが砕けるかは一目瞭然だった。

 だがその予想は、呆気なく裏切られる事になる。

 

「――なッ?!」

 

 切先同士が衝突した瞬間、翼の大剣に呪いのような紋章が浮き出る。

 次の瞬間、手応えを感じるより前に大剣が錆びつき、砂のように崩れ落ちた。

 

「くッ!……」

 

 驚愕しながらも、翼は軽い身のこなしで着地し、改めて敵へと剣を向ける。

 

「……貴様、その剣は……?!」

 

「私の剣殺し(ソードブレイカー)は、『剣』と定義される物であれば強度も硬度も問わずかみ砕く哲学兵装」

 

「哲学兵装……ッ! 概念に干渉する呪いやゲッシュに近いのかッ!?」

 

「さ、いかがいたしますか?」

 

 以前翼を襲った時も似た現象を見ていたが、それはオートスコアラーの圧倒的な力による物だと思っていた。

 しかしそれは間違い、実際は“剣”そのものを破壊するあの西洋剣の力だったのだ。

 それが分かれば、ファラが何故翼を付け狙うのかもよく分かる。“剣”の聖遺物を扱う翼にとって、これ以上の最悪の相性の相手はいない。

 

「不味いわ……翼、直ぐに援護を!――」

 

「それは、地味に邪魔をさせてもらおう」

 

 アルカ・ノイズを排除し終えたマリアが、すぐさま援護に向かおうとするが、それを邪魔するように黄金の弾丸が足元に飛来する。

 銀の短剣を構えるマリアの前に、トンファーを掲げたレイアが降り立った。

 

「……貴方はッ!!?」

 

「ガリィが世話になったな、今回は私の相手をしてもらおう」

 

「オートスコアラーが……二体ッ?!!」

 

 レイアの襲来に、思わず驚きの声を上げる緒川。

 それもその筈、彼らの予想では《深淵の竜宮》への襲撃を予想していた。だからこそ、敵の残った二体のオートスコアラーも戦力を分散し襲ってくる事を予想していた。

 しかしその予想は裏切られ、同じこの風鳴八紘邸に集中し攻撃を仕掛けて来た。

 

「くっ! そこを退きなさいッ!!」

 

「ならば、派手に退かしてみるがいい」

 

 銀の短剣と金のトンファーが火花を散らす。

 レイアの間合いは遠近に隙がない。マリアは足を止められ、翼の援護へ回れなかった。

 そうしている合間にも、翼とファラの戦いは続く。

 

「ハアァッ!!」

 

 《千ノ落涙》

 

 力押しでは駄目だと悟った翼は、無数の剣を召喚し手数で攻め立てる。しかし数十を超える剣の束も、ファラの剣殺しの一振りによってあえなく消滅してしまう。

 

「私のソードブレイカーは、そこから放たれし剣閃も、同じ効果を持つのよ」

 

 例え触れていなくとも、ファラの剣閃に混ざった風に触れてしまえば剣は砕ける。

 つまり、数を撃っても意味が無い。

 翼は攻め方を変え肉薄する。ファラの斬撃を紙一重で躱すと、両脚のブレードを伸ばし、首元を狙い交差するように蹴り込む。

 

 《逆羅刹》

 

 だがその変則的な攻めも、ファラの最低限の動きの防御によって簡単に受け止められる。

 当然足のブレードも“剣”。触れた瞬間、ファラの剣殺しによって拮抗すらせず破壊されてしまう。

 

(剣が……私の鍛えた剣が、砕かれていく……?!)

 

 己の信じてきた技の数々が、まるで赤子の手を捻るように破られていく。

 その現実に、翼の心は大きく揺るがされていた。

 

「くっ……ハアァッ!!!」

 

 《風輪火斬・月煌》

 

 翼は二刀のアームドギアを連結させると、高速で回転させ青い炎を生み出し突貫する。

 凄まじ威力を込めた渾身の一撃。

 だが心が乱れたままの攻撃に、かつての鋭さは無い。

 

「あらあら……ガッカリな歌ねぇ」

 

 ファラはつまらなそうに微笑み、己の剣に風を纏わせる。

 放たれた風の剣閃が、翼の炎を吹き飛ばし、アームドギアを容易く打ち砕いた。

   

「――がはっ!?」

 

 そのまま風に吹き飛ばされ、勢いよく地へ叩きつけられた翼は、意識を失いシンフォギアが解除される。

 

「翼っ!!?」

 

「なんだ、もう終わったのか……心を乱し奥の手も使えんとは、地味な女だ」

 

「貴女達の目的は一体何なのッ!!?」

 

「私達は人形……全てはマスターの為に」

 

 マリアがレイアと剣と言葉を交わしている合間。

 ファラは気絶した翼に興味をなくしたように、要石へと近づき剣を振るう。

 その斬撃に対象物は呆気なく砕かれ、マリア達の作戦は失敗に終わった。

 

「そんな……!? このォッ!!」

 

 せめて一矢報いようと、マリアは数本の短剣をファラへと投擲する。

 しかしそれらの“短剣”も、ファラの剣閃により手応えもなく砕け散った。

 

「あなたの歌には興味が無いの。剣ちゃんに伝えてくれる? 目が覚めたら改めて貴女の歌を聞きに伺いますって」

 

「その時は戦力の分散など愚かな選択をせず、全力で向かってくるがいい」

 

 目的である要石の破壊を果たした二体のオートスコアラーは、風とともに消えていく。

 残されたのは、砕けた要石と倒れ伏す翼。

 ただ、庭を吹き抜ける風だけが、その戦いの名残を静かにさらっていった。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

『要石の防衛に失敗しました。申し訳ありません……深淵の竜宮の方は、どうなっていますか?』

 

「こちらの方は、一切の音沙汰が無い」

 

 緒川からの報告を受け取った弦十郎が、《深淵の竜宮》の映像を確認するが、侵入の形跡もその気配も訪れない。

 やはりこちらはキャロルの目的の対象外なのだろうか。

 

「ですが、キャロルがこのポイントをマークしていたのは事実です。きっとこの場所にある何かに理由がある筈です!」

 

「エルフナインさんの言う通りですね。私達はその方面から調査をしてみましょう」

 

 エルフナイン、ナスターシャ、藤尭、友里の四人は、《深淵の竜宮》内のデータを本部へ転送し、解析作業に取りかかった。

 キャロルの目的がこの施設の中にあるなら、その正体を突き止めることで、次の手を読める筈である。

 

「分かった。緒川、オートスコアラー達が言っていたのは本当か?」

 

『はい、再び翼さんを襲撃すると予告して去って行きました。おそらくまた二体揃って……』

 

「だとしたら、アタシらもこんな所に居る訳にはいかねぇ!」

 

「クリス先輩の言う通りデス! マリア達だけじゃとても手に負えないデスよッ!」

 

 クリスや切歌の言う通り。

 “剣殺し”を持つファラがいる以上、翼とマリアでは不利が過ぎる。しかもレイアも同時となれば二人だけで対処出来るとはとても思えない。

 

「…………よし! 作戦を変更し、艦を風鳴八紘邸へ向かわせる! 深淵の竜宮のデータの調査は、エルフナインくん達に任せたぞ!」

 

 弦十郎の指示のもと、S.O.N.G本部艦は潜航姿勢を転じ、静かに陸地方面へと進路を取った。

 

 

 

  ☆

 

 

「翼お姉ちゃん……」

 

 ファラ達が去ってから、一時間が経過していた。

 場所が場所なだけに、倒れた翼はすぐ屋敷内に運ばれ、応急処置が施された。

 幸い命に別状はなく外傷も浅いが、まだ目を覚ます気配はない。

 

「ユウ、翼の様子はどうだ?」

 

 ゆっくりと襖が開き、事後処理を終えた奏とマリアが入ってくる。ユウは絞った濡れタオルを、翼の額に乗せた後振り向いた。

 

「んーん、まだ目を覚さない。翼お姉ちゃんの、お父さんは……?」

 

「……今緒川さんと、仕事の話をしているわ」

 

「……チッ! 娘が倒れたってのに、顔を見せにすら来てねぇのかよ!」

 

 苛立ちを隠そうともせず、奏が吐き捨てる。

 戦いで傷ついた娘を案じる素振りも見せず、仕事を優先する父。その冷たさに、奏の胸の奥が更にざらついた。

 

「ユウ、翼の事は私達に任せて、貴方も少し休みなさい」

 

「うん、じゃちょっとおトイレ行ってくるね」

 

 翼が倒れてから、ほとんど付きっきりで看病していたユウ。張りつめた心を少しほぐすためにも、外の空気を吸いに行くことにした。

 

「なんなら、ついて行ってやろうかぁ〜?」

 

「むー! そんな子供じゃないよ!」

 

 ニヤニヤと笑いながら奏に言われ、小馬鹿にされていると感じたユウは、柔らかい頬を膨らませながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「…………迷っちゃった」

 

 意気揚々と部屋を飛び出したユウだったが、思った以上の屋敷の広さに帰り道が分からず、結局迷ってしまっていた。左右に似たような廊下が続き、どの襖も同じように見える。

 

「んーとぉ……ここかなぁ?」

 

 なんとなく翼の気配を感じた方へ歩き、近くの襖をそっと開けて中を覗く。

 

 ――そこは、ひどく荒れていた。

 

 衣服が床に散乱し、タンスの引き出しは開け放たれ、下着までもが無造作に放り出されている。

 一瞬、敵の襲撃かと錯覚するほどの惨状だった。

 しかしユウは特に焦らない。

 寧ろこの光景を、どこか懐かしいとすら思っていた。

 

「……翼お姉ちゃんって、昔からお片付け出来なかったんだね」

 

 一年ほど前、翼と一緒に暮らしていた時も、こんな光景を何度となく見た。そのおかげか、この部屋の主が誰なのかが、すぐに分かった。

 

「もう、翼お姉ちゃんったら仕方がないんだから!」

 

 そんな呆れたように言いつつも、久しぶりに翼のお世話を出来る事に、何処か嬉しそうに落ちている服に手を伸ばそうとした。

 

「あれ? この部屋――」

 

「誰だッ!!!」

 

「……っ?!!」

 

 ユウが部屋の違和感に辺りを見回した瞬間、低く鋭い声が、背後から飛んだ。

 胸の奥を一瞬で冷やすような迫力に、少年の背筋がビクリと跳ねる。

 

「む? 君は……」

 

「翼お姉ちゃんの、お父さん……?」

 

 恐る恐る振り向いた先に居たのは、襖の隙間からこちらを覗き込む八紘の姿だった。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「……………………」

 

 翼の部屋で父親の八紘と出会ったユウ。

 てっきり叱られると身構えていたのだが、予想とは裏腹にユウはまるで客人をもてなすかのように丁重に大広間へと案内された。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 使用人らしき男の人が、ユウ前に静かにお茶を置く。

 その後、向かい側に座りこちらを見つめる八絋にも同じようにお茶を差し出した。

 

「すまないが、二人きりにしてくれるか?」

 

「ですが……」

 

「相手は子供だ。警戒の必要はない」

 

 一瞬、使用人の男は警戒するようにユウへ視線を向ける。だが、ただの子供にしか見えないその姿を確認すると、小さく頷き、静かに広間を後にした。

 大広間には八絋とユウの二人だけの空間となる。

 

「さて……君は星乃結くんで間違いないな?」

 

「は、はい! よろしくお願いします……八絋さん」

 

 八絋はまるで観察するように、こちらを見回している。

 その只者では無い圧力に緊張したユウは、思わず背筋をピンと伸ばし、姿勢を正した。

 やがてフッと息を吐き、八絋の周りに漂う張り詰めた空気が緩んだ。

 

「星乃大吾の息子……か」

 

「お父さんの事知ってるの?」

 

「フッ、あの男と弦のやんちゃぶりには、よく苦労を掛けさせられたものだ」

 

 腕を組み懐かしい昔の出来事に思いを馳せる八絋。

 その表情は、先程までの厳しいものでは無く、どこか子供らしさを思わせる笑みだった。

 

「いつか君に、礼を言いたいと思っていた」

 

「お礼……? ぼくに?」

 

 全く身に覚えのないユウは、小さく首を傾げる。

 

「うちの家の話は聞いているか?」

 

「うん……前に、翼お姉ちゃんから少しだけ」

 

 一年前、奏が目を覚まし翼と共に入院していた頃。お見舞いに通っていたユウは翼自身から、彼女の複雑や家庭事情を聞いた事があった。

 現在風鳴家当主は、八絋でもその弟である弦十郎でも無く、その父である風鳴訃堂である。

 そんな彼も、老齢の域に差し掛かると跡継ぎを考えるようになった。

 最初候補者は、嫡男である八紘と、その弟である弦十郎の二人が上がっていて、周りの者達もそれが当然だと考えていた。

 だがしかし、驚く事に風鳴訃堂は二人ではなく、産まれたばかりの赤子である翼を任命したのだ。

 直接の理由は翼自身も聞いたことは無い。しかし十数年も生きていればある程度の推測は出来る。

 どうやら、翼と八紘には“血”の繋がりが存在しないらしい。そして彼女の身体に流れるのは、祖父であり現当主である風鳴訃堂の血らしい。

 それが何を意味するのか、ユウにはまだ分からない。

 だがその歪みが原因で、八紘とは折り合いが悪く、翼は父親からの“愛”と言うものを受けられずに過ごしてきたのは理解出来た。

 

「十年ほど前、あの子は一度家を出た」

 

 八絋は静かに語り出した。

 風鳴の道具としての辛い鍛錬、血の繋がらない親子関係。当然そんな生活を二桁にも満たない少女が耐えられるはずもなく、当時の翼は風鳴の家から逃げ出した。

 そして叔父である弦十郎の家で塞ぎ込んでしまっていた。

 

「あの子が立ち直る事が出来たのは、君のおかげだ」

 

「ぼく?」

 

 そんな時出会ったのが星乃夫妻、そしてまだ生まれたばかりの赤子のユウだった。

 彼という尊く美しい小さな命をその腕に抱き、翼は防人として剣を取る事を強く心に誓う事が出来た。

 当然、その時の記憶は今のユウには無い。

 

「そんな事があったんだ……」

 

「あの子が戦う意味を見出せたのは君のおかげだ。ありがとう」

 

 八絋は組んでいた腕を解き膝の上に置くと、深々と頭を下げた。

 風鳴家の嫡男であり政府の内閣情報官である彼が一般人に頭を下げるなど、本来あってはならない事だが、今の八絋はそんな事を気にしてなどいなかった。

 

(やっぱり八絋さんは、ちゃんと翼お姉ちゃんのお父さんなんだ)

 

 何故ならそれは、立場など関係無い“翼の父親”としての礼儀だったからだ。

 

「八絋さん、本当はもっと翼お姉ちゃんとお話ししたいんじゃないの?」

 

 ユウは先程、八絋が翼を見てた時、悲しそうな目をしてた意味がなんとなく分かった。

 

「……アレと話すことは無い」

 

「お話しするのが怖い?」

 

 まるで真理をついたかのような問いに、一瞬目を見開く八絋。彼は答えず、只々深く両目を閉じた。

 

「怖い……か、そうかも知れないな」 

 

 例え想っていても、複雑な血筋関係である以上本人を目の前にすれば、どんな罵詈雑言を述べてしまうか分からない。

 八絋はそれが怖いのだろう。

 だがそれは、言い換えればそれだけ翼を大事に想っている何よりの証でもあった。

 

「でも、話さないと伝わらないよ。例えどれだけ大切に思っていても、伝わらなきゃ意味が無いよ?」

 

 ユウは真っ直ぐ見つめながら言葉を重ねた。

 想っているだけでは届かない。声にしなければ、心はすれ違ったままになる。

 言葉にして伝える事の大切さを、ユウは知っている。

 

「ぼくはもう……お父さんとお話しする事は出来ないから。だから同じような後悔を、お姉ちゃんや八絋さんにして欲しくないんだ」

 

 大切な人を失うという事。

 それは、失ったその瞬間だけが辛いわけではない。時間が経てば経つほど、その存在の大きさを思い知らされ、何気ない日常の中で、ふとした瞬間に思い出してしまう。

 もうそこに居ないという現実を、何度も、何度も突きつけられる。

 そして何より二度と会うことも、声を聞くことも、想いを伝えることも出来ない。

 ユウはその虚しさをよく知っていた。

 

「どうするかは八絋さん次第だよ。でも、きっと翼お姉ちゃんは待ってるはず。だからほんの少しだけ勇気を出して、いつも翼お姉ちゃんがそうしてるように」

 

 ユウはふっと柔らかく微笑みながら、八絋の強い眼光を真っ直ぐ見つめ返す。

 優しいだけではなく力強い逞しさを感じさせる。その笑顔が、彼の父親と重なって見えた。

 

「……ふ、やはり君はよく似ているな、星乃大吾に」

 

「えっ?」

 

 張り詰めた口元を優しく緩め、八絋はもう一度深々と頭を下げた。

 その顔つきは、間違いなく“父親”の表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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