シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第五十五話 最終演目 開幕

 

  

 

 

 

 今とは違う時代、石畳が敷き詰められた中世風の街並みを焼け焦げた匂いと熱気が辺りを満たしていた。

 街の中心で漆黒のローブをまとった人々が、青白い炎を掲げながら天を仰ぐ。祈りなのか呪いなのか分からない声が重なり、やがて狂気じみた叫びへと変わっていく。

 

『パパ! パパっ!!』

 

 小さな少女の声が、炎の中へと吸い込まれていく。必死に手を伸ばすが届かない。足を前に出そうとしても、まるで地面に縫い付けられているかのように、何かに引きずられるように、前へ進めない。

 

『穢れし悪魔を、聖なる炎が焼き払うだろう!』

 

 狂信的な叫びが空へと舞い上がり、青白い炎と混ざり合う。燃え上がる街の中心に、少女の父の姿があった。だがその輪郭は遠く、炎の向こうで揺らぎ、影のようにしか見えない。少女は泣き叫びながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を切る。

 

 そして――空に浮かび上がる、“それ”が姿を見せた。

 

 黒い巨人?……いや悪魔? その姿はノイズが掛かったように乱れ、あれ程詳細だった憎き敵の影があやふやに映る。

 

「あ……ああッ!! 一体何なんだこの記憶は……」

 

 頭を押さえ、キャロルは呻く。痛みが走るたびに視界が歪み、自分の知る記憶と知らない記憶が混ざり合い、思考がまとまらない。

 

『キャロル……生きて、もっと世界をしるんだ……』

 

 しかしそれでも、炎の中で消えていく父の言葉だけは、どれだけ歪んでも消えなかった。

 

「分かってるって、パパ! だから世界をバラバラにするの! 解剖して分析すれば、万象の全てを理解できるわ!」

 

 まるで幼い頃に戻ったかのような明るい声、しかしその目に光は無く、狂気に満ちた笑顔を見せていた。

 

「ワールドデストラクターシステムをセットアップ。シャトーの全機能をオートドライブモードに固定……」

 

 キャロルはチフォージュ・シャトー内の中央に設置された台座へと手を伸ばす。そして手に入れたヤントラ・サルヴァスパを中央へと設定する。

 

「待ってて、パパ。もう直ぐ達成できるよ……でもその前に……ヤツとの決着が先だ!!」

 

 その宣言と共に、シャトーの中枢はさらに唸りを上げ、キャロルの計画は最終段階へと突き進んでいく。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 夏の昼下がり、強い日差しをガラス越しに受けながら、ユウと響は以前にも訪れたファミレスの一角に腰を下ろしていた。

 並んで座る二人の正面には、あの人同様に立花洸が座っていた。少し伸びた無精髭と疲れの色は変わらないものの、前に会った時よりもその表情は幾分柔らいで見えた。

 

「さぁ二人共、好きに注文してくれ!」

 

 再び会合の場を設けた響と洸。そんな二人の間を取り持つ為、ユウも今回付き添いとして参加していた。

 以前の失敗を取り戻そうと、洸はどこか張り切った様子でメニューを差し出す。

 

「わーい!」

 

「本当に良いの、お父さん?」

 

 子供らしく突き出されたメニューに目を通すユウ。そんな彼とは対照的に、響は父親の懐事情を心配していた。

 なんせ以前の会合では、持ち合わせが少なく娘に代わりに支払ってもらうと言った情けない姿を見せたばかりであり、響の心配も当然のものである。

 

「だ、大丈夫! 今日の為に生活費を切り詰めて、バイトのシフトも増やしてもらったからな!」

 

「いやそれって全然大丈夫じゃ無いって! 本当に良いの? 何だか前よりも痩せた気がするし……」

 

「うっ!……」

 

 図星である。シフトを増やし以前よりも懐は暖かいが、それでも人に奢れるほど余裕がある訳ではなかった。

 

(お姉ちゃん、食べてあげて。洸さん前に、お姉ちゃんに奢らせた事、すごく後悔してたから)

 

(そうなんだ……うん、分かった)

 

 耳元で洸に聞かれないぐらい小さな声で囁くユウ。

 ほんの一瞬だけ目を伏せた響は、やがて小さく頷くと、目の前のメニューに目を通した。

 

「じゃあ……いただきます、お父さん」

 

「あ、ああ! いっぱい食べてくれ!」

 

 その一言に、洸の表情がぱっと明るくなる。

 まだぎこちなさが残っているが、前よりも一歩だけ距離が縮まったような、そんな空気が流れていた。

 

「見て見て、このお店ハンバーグがオススメなんだって! デミグラスとチーズで二種類あるよ、どっちも美味しそう!」

 

「本当だ! じゃあ二人で別の頼んで、半分こしよっか」

 

「うんっ!」

 

 顔を見合わせて笑い合う響とユウ。

 そんな二人の様子を見つめながら、洸はふぅと静かに息を吐いた。ぎこちないながらも、こうして娘と同じテーブルを囲み、同じ時間を共有できている。

 その事実が、洸は嬉しかった。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 暫くして食事を終えた三人は、それぞれグラスに残った飲み物に口を付けながら、ようやく一息ついた。

 テーブルの上に並んでいた皿も下げられ、賑やかだった時間が少しだけ静まる。だが、その静けさの中にこそ、これから向き合わなければならない本題の重みがあった。

 響はストローを軽く指で弄びながら、意を決したように顔を上げる。

 

「じゃあやっぱりお父さんは、お母さん達ともやり直したいの?」

 

「あ、ああ勿論だ。その……前は、お前に口添えしてもらえれば大丈夫だと思って……」

 

 言葉の最後は次第に小さくなっていく。自分の考えの浅さと、逃げていた事実を突きつけられたようで、洸は肩を落していた。

 そんな父の姿を見た響は、小さく息を吐き、視線を逸らさずに言葉を続ける。

 

「だったら、はじめの一歩はお父さんが踏み出して。逃げたのはお父さんなんだよ? 帰ってくるのも、お父さんからじゃないと」

 

「わ、分かってる、逃げた責任はちゃんと取らないとって……でも、怖いんだ」

 

 洸は正直にそう吐き出した。大人として情けないと分かっていても、その一歩がどうしても踏み出せない。拒絶されるかもしれない恐怖が、足を縛りつけていた。

 その空気が、ほんの少しだけ重くなり洸の雰囲気が以前のように戻りかけた時だった。

 

「洸さん、怖かったのは、響お姉ちゃんもだよ?」

 

 静かに差し込まれたユウの言葉に、洸はハッと顔を上げる。

 

「お姉ちゃんはね、洸さんからの連絡を見ていつも悲しそうな目をしてた。本当にどうでも良いなら、あんな目はしないよ」

 

 着信画面に映る“お父さん”の文字を見て、一瞬だけ表情を揺らし、それでも通話を切る響の姿を、ユウは何度も見てきた。

 

「お父さんの事が好きだから、会うのが怖くて拒んでた。でも今勇気を出して、こうして向き合ってるんだよ。響お姉ちゃんの勇気に、洸さんも応えてあげて欲しい」

 

「勇気……勇気か、そうだよな……うん」

 

 洸は小さく呟く。胸の奥でその言葉を反芻するように、ゆっくりと手を開き、そして握りしめた。逃げていたのは自分だと分かっている。それでも、今ここに来たのもまた自分の意志だ。

 確かめるように頷いた洸は、ふと視線を窓の外へと向けた。晴れ渡った夏の空が広がっている、そのはずだった。

 次の瞬間、その光景が歪んだ。

 

「な!? 何なんだ……?」

 

「空が、割れる?!」

 

 響の言葉通り空の一点に、まるでガラスにヒビが入るように亀裂が走る。それは一瞬のうちに広がり、空そのものが割れていくかのような異様な光景を作り出した。

 青空に刻まれた亀裂の向こう側から、見たこともない巨大な建造物の影がゆっくりと姿を現していく。

 突然起きた異常事態に、響は分け目も触れずに外へと飛び出していき、洸とユウも同じくその後を追うのだった。

 

 響が空を見上げると、周囲にいた市民達もまた、突如として空に現れた巨大構造体を見上げ、不安げなざわめきを広げていた。

 その時、響のスマホに本部からの通信が入る。

 

『手短に伝えるぞ! 周到に仕組まれていたキャロルの計画が最終段階に入ったようだ! オレ達は現在、現場に急行中。装者が合流次第、迎撃任務にあたってもらう! それまでは――』

 

「了解! 避難誘導にあたり、被害の拡大を抑えます!」

 

 弦十郎との通信を切り、辺りを見回す。

 すると少し離れた場所に、自分を心配して追いかけてくる洸とユウの姿が見えた。

 

「お父さん、早く避難を――」

 

「ほう、それが貴様の父親か」

 

 洸達を避難させようとしたその時、聞き覚えのある少女の声が響いた。

 

「キャロルちゃん!?」

 

「ひ、響っ! 空から人が!?」

 

 驚愕する洸の声も意に介さず、キャロルは空中に佇んだまま、冷たい視線を地上へと落とした。

 

「アレこそがオレの城、チフォージュ・シャトー。アルカ・ノイズを発展応用した、世界をバラバラにする解剖器官だ」

 

「世界を……どうしてそんな事を?」

 

「貴様如きに教える必要はない。オレが用があるのは……」

 

 キャロルはあの時同様、こちらを見上げるユウへと視線を向ける。しかしそれを遮断するように、響は少年の前に躍り出ると聖遺物のペンダントを構える。

 

「邪魔だ」

 

 冷たく放たれた言葉と同時に、キャロルの指先から風が奔る。聖詠を紡ぐよりも早く、その突風は響の手元を弾き飛ばし、ガングニールのペンダントを宙へと吹き飛ばした。

 

「ガングニールが……!?」

 

「お前達の役目はもう終わった。もはやギアを纏わせるつもりは、毛ほどもないのでなァ!!」

 

 キャロルは見下ろすように錬成陣を展開する。その瞳には、一切の容赦がなかった。

 

「オレは、父親から託された命題を胸に、世界へと立ちはだかる!」

 

「お父さんから……託された……?」

 

「誰にだってあるはずだ。そこの小僧にだってな!」

 

 突きつけられた言葉に、響の表情が揺らぐ。

 

「わたしは何も……託されていない……」

 

「っ! 響……」

 

 か細く漏れた響の声は驚くほど弱々しく、そんな娘の様子を見た洸の胸は締め付けられる。

 だがキャロルはその隙を逃さなかった。

 

「何もなければ耐えられまいて!」

 

 次の瞬間、風が唸りを上げ、巨大な竜巻が響へと迫る。しかし彼女は動けなかった。心のショックに避けるという意志すら、身体に届いていなかった。

 

「響!!」

 

 その身体を、横から飛び込んできた影が強引に引き寄せ、竜巻から救った。

 

「お父さん……?」

 

「響、大丈夫か?!」

 

 洸は娘を抱き寄せたまま、必死に声をかける。

 その声は大人の男とは思えない程、情けなく震えていた。しかし娘を守ろうとするその眼差しは、誰にも負けない炎を宿していた。

 

「だ、大丈夫だ、響……父さんがついてる。へいき、へっちゃらだ……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、響の中で何かが弾けた。幼い頃、何度も聞かされたその言葉。転んだ時も、泣きそうな時も、必ず父は笑ってそう言った。

 

 ――へいき、へっちゃら。

 

 それはただの言葉ではない。確かに自分を支えてくれていた、父から“託されたもの”だった。

 

「お父さん……」

 

 響の瞳に光が戻る。しかしその再起を許すほど、キャロルは甘くなかった。響を庇おうとする洸ごと燃やそうと、火の錬成陣を構える。

 

「お、お父さん逃げてっ!」

 

「い、いや! オレはもう逃げない!! お前を守る事からも、お前の父親である事からもっ!!!」

 

「お父さん……」

 

 ようやく見えた父の覚悟。ようやく届いた想い。その光景は確かに美しかったが、同時にそれはキャロルの神経を逆撫でするものだった。

 

「ならば……その愚かな父親ごと、焼け死んでしまえェッ!!!」

 

 怒りに歪んだ声と共に、巨大な炎の塊が放たれる。灼熱の奔流が、一直線に二人へと迫る。

 

「響お姉ちゃんっ!!」

 

 しかしそれよりも早く、そして静かに移動していたユウが、響のペンダントを拾い上げ投げ放つ。

 炎が着弾するよりも早く、聖詠を奏でながら響はガングニールのペンダントをその手に握りしめた。

 轟音と共に巨大な爆発が周囲を包み込む。

 だが煙が晴れた先に立っていたのは、拳を真っ直ぐ前に突き出した響の姿だった。彼女の身体には、見慣れたシンフォギアが確かに纏われている。

 

「響……?」

 

「へいき、へっちゃら! わたし、お父さんから大切なモノを受け取ったよ。受け取っていたよ!!」

 

 呆然と呟く洸に、響は力強く言い切る。

 父から託された“魔法の言葉”。

 あの日があったから、響はどんなに辛い日々も乗り越えることが出来た。

 洸は例えその姿を消しても、想い出という形で響を支え続けていたのだ。

 

「ふん。お前も父親を力と変えるのなら……まずは、そこから挽いてくれるッ!!」

 

 キャロルは無数のアルカ・ノイズを召喚する。

 しかし狙いは響ではなく、彼女の後ろにいる洸だった。

 拳の武器しか持たない響には攻撃と防衛を同時に行うのは難しい。アルカ・ノイズ達は獲物を追い詰めるようにジリジリと逃げ場を奪っていく。

 

「ふん、そちらを守れば、此方が空くぞッ!」

 

「っ!? ユウくん!!!」

 

 キャロルが不意に振り向き、反対方向へと雷撃を放つ。狙いはユウ。守るべき場所が増えた隙を突く、容赦のない一撃だった。

 黄金の閃光が一直線に少年へと迫る。しかしそんな事を、“彼女達”が許すはずがない。

 ユウへと向かう雷光の前に、蒼の城壁が立ち塞がった。

 

「翼お姉ちゃんっ!」

 

 ユウを守る盾、いや巨大な剣の上に立つのは天羽々斬を纏った翼。

 さらに次の瞬間、真紅の閃光が雨のように降り注ぐ。矢のように放たれた弾丸が、響達へ迫っていたアルカ・ノイズを一瞬で撃ち抜き消滅させた。

 

「クリスちゃん!」

 

 響が見上げると、屋上の縁に立ち、得意げに笑うクリスの姿があった。その隣にはマリア、調、そして切歌。装者達全員が戦場へと集結していた。

 

「チッ……!」

 

 キャロルは舌打ちをした後、大量のテレポートジェムを放り投げる。そこから現れたのは無数のアルカ・ノイズ。

 それだけではない、ジェムの中から複数体の錬金獣も召喚された。

 

『グヒャアアアアアアッ!!!』

 

『グオオオオオオッ!!!』

 

『ピシャアアアアァァッッ!!!』

 

 ゲスラ、ネロンガ、レイロンス。異形の怪獣達が揃って咆哮を上げ、空気を震わせる。ア

 ルカ・ノイズの群れと錬金獣の軍勢、その数と威圧感は圧倒的であり、キャロルがこの戦いを決戦の場と定めているのは明らかだった。

 そして一瞬ユウの方を睨みつけると、小さな欠片を彼の足下へと投げ捨てる。キャロルはその姿を風のように消してしまった。

 その視線の意味を、ユウは何となく理解しながら、キャロルが落とした欠片を手にする。

 

「あのヤロウ、怪獣ばら撒いて逃げやがったかッ!」

 

「落ち着いて、クリス。今は民間人の保護と、怪獣達の撃破が優先よ!」

 

「分かってらァッ!!」

 

 マリアの言う通り、目の前の敵を放っておいては被害が膨らむ一方だ。装者達はすぐさま状況判断し、ノイズを排除していく。

 その最中、一台の黒塗りの車が急停止するようにしてユウと洸の前に横付けされた。

 

「緒川さんっ!」

 

「星乃くん、ご無事で良かった。二人とも乗って下さい、ここは危険です!」

 

「うん! 行こ、洸さん」

 

「あ、ああ……」

 

 洸は戸惑いながらも頷く。状況は理解できなくとも、自分がこの場にいては足手纏いになることだけは分かっていた。二人は急いで車に乗り込み、そのまま現場を離脱した。

 走り出す車内で、洸は心配そうに後方を振り返る。遠ざかっていく街、その向こうでまだ戦い続けている娘の姿を思い浮かべる。

 

「響……」

 

 不安と心配が滲むその声に、ユウはにっこりと微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、皆すっごく強い、ぼくの自慢のお姉ちゃん達なんだから!」

 

 迷いのない真っ直ぐな言葉。その言葉に背中を押されるように、洸は小さく息を吐き前を向いた。

 

 

  ☆

 

 

 

 

「避難所に送れなくてすみません。ですが、ここなら安全ですので安心してください」

 

 S.O.N.Gスタッフの報告で、既に他の避難所は満員になっている為、洸とユウは本部である潜水艦へと案内される。

 

「あの……ここは一体何なんですか?」

 

「説明は後でお願いします。急いでいますので此方へ」

 

 先を行く緒川の背を追いながら、洸は物珍しそうに辺りを見回している。

 ユウも同じように歩みを進めていたが、その時不意に背後から声がかかった。

 

「星乃さん!」

 

「エルちゃん!……緒川さん、先に行ってて」

 

 ユウの言葉に、緒川は一度だけ振り返り、小さく頷くと洸を連れて奥へと進んでいく。

 残されたユウは、人気のない通路へと足を向け手の中の欠片を取り出し、エルフナインに見せる。

 

「これは、テレポートジェムですね。大きさからして、一回限りの片道切符になります」

 

 どこか見覚えのある構造。それはこれまで何度も目にしてきた、キャロルやオートスコアラー達が使用していた転移媒体と酷似していた。

 

「恐らく、行き先はチフォージュ・シャトーです。キャロルは星乃さんを呼んでるんだと思われます」

 

「うん、ぼくもそう思う」

 

 ユウは迷いなく頷く。あの時キャロルは一瞬だけこちらを見て、この欠片を“渡すように”捨てた。偶然ではない、明確な意思のある行動だった。

 

「……使うんですか? 星乃さんが使わなくても、司令に相談して、響さん達に任せれば――」

 

「んーん、それじゃ駄目なんだ。キャロちゃんは、ぼくを呼んでる……だったら、それに応えたい。友達として、あの子を助けたいんだ!」

 

 その言葉に、エルフナインは一瞬だけ目を見開く。

 既に何度も命を狙われ、敵として戦ってきたキャロルを相手にそんな表現をするとは思えなかったからだ。

 

「友達……ですか、貴方はキャロルをそう呼んでくれるんですね」

 

「うん。ねぇ気付いてた? エルちゃんの目や耳ってキャロちゃんと繋がってるんだよ」

 

「えっ?! そ、そうだったんですか!? なんだか、サラッと凄いこと言われたような……」

 

 とんでもない事実の筈なのだが、あまりにもあっさりと語られ、驚きが追いつかない。だがすぐに、別の疑問が浮かぶ。

 

「……と言うか、それを知っていて、ボクの事見逃していたんですか?」

 

「うん! だってその方が、エルちゃんとキャロちゃん両方とお話し出来るでしょ? ぼくはエルちゃんと過ごした時間と同じくらい、キャロちゃんとも過ごしたつもりだよ」

 

 屈託のない笑顔。その言葉に、エルフナインの胸がじんわりと熱くなる。

 そして彼女も自身の覚悟を決める。

 

「星乃さん……ボクも連れて行って下さい。ボクも、キャロルを止めたい。パパの本当の想いを伝えたいんです!」

 

「うん、一緒に行こっ!」

 

 ユウはエルフナインの手を取ると、小さなテレポートジェムを落とし砕いた。

 二人の足元に錬成陣が出現し、包み込むと二つの小さな影をその場から消し去った。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 怪しげな光がゆっくりと収まっていく。足元に広がっていた錬成陣の輝きが消えた時、ユウ達は静かに目を開いた。

 そこに広がっていたのは、外界とはまるで隔絶された異様な空間だった。高く伸びる天井に重厚な柱、そしてどこかオペラ講堂を思わせる優雅さと荘厳さが同居した造り。  

 真っ直ぐに伸びる一本の通路の奥には深い闇が続いている。

 

「ここが、キャロちゃんのお城……?」

 

「はい、ここがチフォージュ・シャトー。キャロルは、この先に居ます」

 

 城の内部をよく知るエルフナインが先行して歩き出す。ユウは辺りを見回しながら、その後ろをついて行く。

 エルフナインが言うには、侵入者を排除するための仕掛けが多くあるようだが、今のところその気配は無い。

 ユウはそれが、キャロルが自分を招き入れている何よりの証拠だと感じた。

 

「響さん達は大丈夫でしょうか……?」

 

「きっと大丈夫。お姉ちゃん達、前よりずっと強くなったもん、きっと負けたりしないよ!」

 

 心の闇を乗り越えた彼女達の強さを、ユウは誰よりも知っている。その言葉には根拠のない楽観ではなく、確かな信頼が込められていた。

 ユウは響達を信じ、更に歩みを進めて行く。

 

 やがて通路の先に、ひときわ広い空間が現れた。

 まるで王の間のような構造。中央には四つの小さな台座と、それを囲うように設置された巨大な機械的装置。

 そしてその最奥に高く据えられた玉座に、一人の少女が座していた。

 

「来たか、小僧」

 

「キャロちゃん……」

 

「キャロルっ!」

 

「ふん、その失敗作も一緒か」

 

 ユウとエルフナインの声が重なる。

 キャロルはその視線をゆっくりとエルフナインへと移すと、鋭い眼光で睨みつけた。

 

「チフォージュ・シャトーは完成した。後は溜めたエネルギーを流し込めば世界は解剖される。だがその前に、キサマだけはオレ自身の手で叩き潰してやりたいと思ってな」

 

「キャロちゃん、その前に教えて。君のお父さんの命題って、何なの?」

 

 玉座に腰掛けたままのキャロルに、ユウは真っ直ぐに問いかける。その視線を受けた瞬間、彼女の瞳に寂しさの感情が揺らいだ。

 

「……殺される直前父は言った、“世界を知れ”と。そしてオレ達は錬金術師だ、知ると言う事は構造を分解し知識とする事。その為に、世界を分解せねばならんのだッ!」

 

「違います! パパが言ったのはそんな事じゃありません! パパは人と人が、互いを知り合える優しい世界を望んで居ました。世界を傷つけるような事を望んでなんかいません!!」

 

 即座に否定したのはエルフナインである。しかし彼女が父の名を出すたびに、キャロルの表情に怒りが籠っていく。

 

「想い出を複写されただけの、偽物の娘が喚くなッ! キサマ程度が、オレの父を語るなッ!!」

 

「……っ!」

 

「それは違うよ、キャロちゃん」

 

 圧倒的な憤怒の圧力に、エルフナインは言葉を詰まらせる。だがそんな彼女を守るようにユウは一歩踏み出した。

 

「記憶とは時間なんだ、君がお父さんと楽しい時を過ごしたのと同じように、エルちゃんもその時間を胸の奥に持っている。エルちゃんは、偽物なんかじゃ無い! 君と同じ、イザークさんの娘さんなんだ!!」

 

「星乃さん……」

 

 あの日、嬉しそうに語ってくれた記憶。その笑顔を、ユウは確かに見ていた。だからこそ、それを否定する言葉を許すことはできなかった。

 ユウは、さらに一歩踏み込む。

 

「もう一つ教えて。キャロちゃんがぼく達を狙うのは、ティガが……ぼくが君のお父さんを殺したからなの?」

 

「そうだ……キサマが、キサマがパパを殺したッ!!! あの日、炎に燃える街の中で、お前は嘲笑っていた!」

 

 ユウは敢えて“ぼくが”と言った。

 自分とティガは一心同体。ならばカレの罪は自分の罪でもあり、その罪を償う為なら全力を尽くす。

 だがそれは、彼女の記憶が“本物”だったらの話しだ。

 ユウとエルフナインは知っている。あの炎に燃える街を嘲笑う悪魔の正体を。

 

「でもキャロル、あの記憶は――」

 

 エルフナインがそこまで言いかけたのを、ユウは片手で制した。

 

「分かったよ。戦おう、キャロちゃん」

 

「ほう、ようやくオレと戦う覚悟を決めたか」

 

 既にいくつもの言葉を交わした。

 それでも彼女の心には響かず、激しい頭痛に苦しめるだけだった。

 ならば今のキャロルに必要なのは言葉ではない。

 

「昔お父さんが言ってた。友達と理解しあうには、時には互いの“想い”をぶつけ合う事も必要だって。君と分かりあうために、それが必要なら……ぼくは君と戦う!」

 

「友だと……? ふざけるな! キサマに持つのは、憎しみの“想い出”だけだッ!!」

 

 怒声と共に、キャロルの手元に錬成陣が展開される。ダウルダブラの聖遺物がその手に現れ、重く響く旋律が空間を震わせた。

 

「エルちゃん、下がって」

 

 対してユウは、エルフナインを下がらせると、ティグの紋章をスパークレンスに変化させ胸の前で構えた。

 

「だったらその憎しみの“想い”、ぼくが全て受け止める!」

 

 旋律が高まり、キャロルの姿が大人のものへと変わっていく。同時にスパークレンスが開き、ユウの身体を光の粒子へと分解し超人の姿を作り上げる。

 

「行くぞ、小僧! 最終演目だッ!!!」

 

 最強の錬金術と小さき巨人が衝突し合う。互いの力の光がぶつかり合い、激しい衝撃を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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