シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
「やあァッ!!!」
漆黒の力を纏った響の拳が、ゲスラの胴体を貫く。
ゲスラは悲鳴のような雄叫びを上げながら、その身体を赤い粒子に変え消滅して行った。
「よくやったぞ、立花! あと二体、皆気を緩めるなッ!!」
翼は太刀を残りの二体の錬金獣へ向け皆を鼓舞する。
ノイズの大軍と錬金獣は確かに強敵ではあるが、以前と違い指揮をするオートスコアラーがいない為、同士討ちすることも多い。それに錬金獣自体もランクの低い怪獣ばかりであり、イグナイトモジュールを使いこなし、連携をこなす装者達の敵ではなかった。
「よっしゃ次は――うわッ!?」
クリスが次の目標に狙いを定めようとした時、凄まじい突風が街全体に広がった。
「一体何だ?!」
「翼、あれッ!!」
マリアの視線の先、そこに浮かぶチフォージュ・シャトーが、異様な輝きを放っていた。城全体が脈動するように明滅し、その中心から見えない波が空間を震わせている。
「これは……歌声?」
「キャロルちゃんの……歌?」
調と響のいう通り、どこからともなくキャロルの歌声が聞こえ、それに反応するように城に取り付けられた巨大な音叉のようなものが、音を響き渡らせ、凄まじいエネルギーを放っていた。
「だがこの出力、これではまるで絶唱だ!」
☆
「ハアァッ!!」
キャロルのオペラグローブから放たれた青い一閃が、胸のプロテクターを打ちはねる。ティガは攻撃を受けた部位を抑えながらも、直ぐに体勢を立て直す。
(くっ! 強い……前よりも、ずっと!)
以前の戦いでは互いに痛み分け。判定を取るのなら、ダメージの少ないユウの方が勝利と言える結果だった。
だが今回のキャロルの力。彼女の纏うダウルダブラの出力は以前とは比べ物にならないほど増している。
想い出を燃料とする錬金術に加え、歌の力で増幅された聖遺物は、まさに絶唱と言える領域に達していた。
「それだけではない、キサマの弱点も分かっているぞッ!」
キャロルは再び右手の糸を束ね、水の錬金術の力を宿し、一本の氷の鞭を作り出した。
「キサマは熱よりも、寒さに弱いッ!!」
複数の錬金獣を向かわせ、その中でもガリィとの戦闘結果からその情報を得ていた。
氷の鞭が蛇のように襲い掛かる。腕で受け流し、あるいは身を捻って回避を試みるが、鞭の一撃は想像以上に重く鋭い。連続する打撃に押され、徐々に体勢を崩して行く。
その隙を逃さず、キャロルが空いた左手を翳す。
すると足元が一瞬で凍りつき、地面に接したティガの足を縫い止めてしまった。
『クッ……!』
動きを止められた瞬間、氷の鞭が再び振るわれる。
咄嗟に両腕で受け止めるが、そのまま鞭は巻き付き、両腕ごと締め上げた。逃れる暇もなく、キャロルはさらに追撃を重ねる。氷の鞭を伝導体として、強烈な電撃を流し込んだ。
『グアァッ……!!?』
身体を襲う痛みと冷気に声を上げる。
だがティガもやられているばかりではない。攻撃を喰らいながらも、額のクリスタルを赤く光らせ、《パワータイプ》へと変化する。
『ンーーハァッ!!』
盛り上がった筋肉が電撃を跳ね返し、氷の鞭を力任せに引きちぎった。
キャロルすぐさま鞭を捨て放電の攻撃に切り替える。しかしティガは放たれた電気を《ホールド光波》で受け止める。そしてエネルギーをコントロールし、右手に集中させると逃すように地面へと叩きつけた。
拳に溜まった電撃が、地面を伝わり向かっていく。予想外の反撃に、キャロルは一瞬目を見開きながらも即座に跳躍して回避した。電流は空を裂きながら通り過ぎ、地面に焼け焦げた軌跡を残す。
「本懐を遂げようとしているのだ。今さら止められるものか! 想い出の何もかもを、焼却してでもッ!!」
跳び上がったキャロルは、背中の弦を掻き鳴らし更にダウルダブラの出力を高めると、赤と緑の錬成陣から炎の竜巻を解き放った。
(そんな事は、君のお父さんが望んでない!)
しかしティガは念力で炎を固定し手のひらに集めると、ハンドボールのようにして投げ返す。迫る火球に対し、キャロルは自身の体を四体に分身させることで回避する。
火球は分身の間を貫き、そのまま遥か後方の壁に衝突し爆散した。
「オレの父の命題だ! キサマにどうこう言われる謂れはない」
四人に増えたキャロルが、それぞれ別方向からティガを睨みつけると背中の錬成陣を展開させる。
火、水、風、土の四色の錬成陣を展開させたの分身達は、それぞれの属性を一斉に放った。
(違う! 君は自分の感情のままに、お父さんの言葉を都合の良いように解釈しているだけだ!)
ティガは素早い動作で《スカイタイプ》に変わると、その攻撃の隙間を縫うように飛翔し距離を積める。そしてマッハの速度を生かした連続の打撃を分身達へと喰らわせた。
「ぐあっ!!? おのれぇッ!!!」
ティガのスピードに耐え切れず、分身達が砕けるように一つへ戻る。
地面へ叩きつけられたキャロルは、荒い息を吐きながら即座に立ち上がった。再び氷の鞭を作り出すと、超スピードで飛び回るティガを狙い振るう。
『ハァッ!』
ティガは《ティガ・フリーザー》の応用で冷気を右手に集めると、青く光る氷の剣を作り出し、キャロルの鞭を受け止めた。
氷の刃で鞭を切り裂きながら一気に肉薄する。
「舐めるなよッ!!」
キャロルもまた、即座に砕けた鞭を瞬時にティガと同じ氷の直剣へ変え迎え打った。
青と青の刃が交差すると、凄まじい衝撃波が周囲へ広がり、地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
怒りのまま力任せに振るわれる氷の剣を、ユウは敢えて正面から受け止める。純粋な力ならやはりティガに分があるが、キャロルは構わず感情のまま叩きつけた。
「キサマが……キサマが居るからッ!!」
それはティガと言うよりも、その内側に居るユウへの叫びだった。
「キサマは父を殺した……! なのに……」
(負けない、絶対……!)
キャロルの“想い出”とユウの“想い”。刃がぶつかり合う度に、再び互いの記憶が共有されフラッシュバックする。
イザークと共に山へ錬金術の勉強に行くキャロル。
大吾と共に星空を見上げ宇宙の話を聞くユウ。
イザークと共に失敗した料理を笑顔で口にするキャロル。
大吾と共に茜の料理を囲み笑顔で談話するユウ。
イザークとまだ生きていた頃の母と三人で街へと繰り出すキャロル。
大吾と茜二人の手を繋ぎながらお出掛けをするユウ。
そんな記憶が、二人の脳裏に体験談のように刻み込まれて行く。
「またこれか……何故キサマはオレを苦しめるッ! 何故素直に、憎ませないッ!!」
記憶の中のユウが眩しい笑顔を見せる。
その度に、張り詰めている憎しみの感情が、緩まってしまうのが自分も分かる。
「キサマの存在が、その笑顔がオレを苛立たせるッ!!」
憎しみを無くしたくない、仇である敵を恨んでいたい。なのに少年の姿を見る度に、力みが消えてしまう。その矛盾が余計にキャロルを苛つかせていた。
(苛つくのは、君が本当は優しい子だからだよ。そしてそんな君が、笑って生きていく世界をお父さんは望んでいるはずだよっ!!)
「だ、黙れェェッ!!!」
キャロルは剣が砕かれると共にバックステップし跳躍した。そして背中に四色の錬成陣を展開させ、力を最大まで高める。
切れた鋼鉄の糸を束め、ドリルのように巻き付けると、錬成陣を輝かせ突っ込んで来た。
火、水、風、土の四つの属性を混ぜた必殺の一撃がティガへと向かう。
「これでェッ!!!」
轟音を上げながらティガへ突撃する。火の破壊力、水の圧力、風の回転、土の硬度、その全てを無理矢理一つへ捻じ込んだ破壊の一撃だった。
(ここだっ!)
ティガの身体が赤と紫の光に包まれる。
《スカイタイプ》から《マルチタイプ》へ戻ると同時に、ユウは右拳へ膨大な光エネルギーを集中させ、白銀に輝く拳を解き放った。
《ウルトラ・ライトナックル》
あの時と同様、振り抜かれた光の拳と、キャロル渾身のドリルが真正面から激突する。
互いの想いの全てを込めた全力の一撃がぶつかり合い、その狭間から溢れ出した閃光が、再び二人の身体を包み込んだ。
「今なら……!」
そして遠巻きからその戦いを見守っていたエルフナインもまた、その光の中へと飛び込んで行った。
☆
(やった、来れた!)
ユウは今記憶の海を漂っていた。
かつて見たキャロルの記憶。彼女と正面から向き合うにはこの方法しかないとチャンスを狙っていたが、それが功を奏したようだ。
(星乃さん!)
(エルちゃん、良かった君も来れたんだ!)
そしてそれは彼女と同じ記憶を共有するエルフナインも同じだった。
二人は逸れないように手を繋ぎ、記憶の海を泳ぐ。
やがて視界が開ける。目の前に広がるのは中世街並み。
(ここが、キャロちゃんの時代?)
(はい、ボクは……キャロルは、この土地で暮らしていました)
前回よりも強い力を衝突させたからか、より鮮明に彼女の記憶を追体験していた。
街を歩く人々の姿は痛々しい。
皆擦り切れた布を纏い、顔色は青白い。建物の壁にもたれ掛かったまま動けない者。地面に蹲り咳き込む者。震える手を組みながら、何かへ必死に祈りを捧げる者もいる。
(何だか……皆んな、元気無いね……)
(恐らくこの時期は、流行り病が発生していた頃だと思われます)
エルフナインの説明に、ユウは以前聞いた話を思い出す。深刻な疫病が広がり、多くの人々が死に瀕していた時、彼女達の父が錬金術によって薬を生み出し、人々を救ったという話だ。
「天使さま……天使さま……どうか我らをお救い下さい」
(“天使”……?)
見窄らしい布を纏った老人が、震える手で祈りを捧げる。その姿にユウは強い既視感を覚えた。
気になったユウが質問をしようとすると、エルフナインは苦しそうな顔で頭を押さえていた。
(そうでした……疫病にかかった人達は、医者ですら見捨てました。だから皆んな、神に祈るしか無かったんです……)
医者すら匙を投げる病。
現代のような医療技術も薬も無い時代において、それはもはや死の宣告に等しかった。
「さぁ、この薬を飲んで」
そんな絶望に沈む街の中で、一人だけ違う空気を纏う人物が居た。
(あれは……)
(パパ……)
それは彼女達の父、イザークの姿だった。
薬品の入った小瓶を抱え、人々の間を駆け回っている。苦しむ者の傍へ膝をつき、優しく声を掛けながら薬を飲ませていく。
中には拒む者、口汚く罵る者もいたが、誠意をもって応える。
「諦めないで。貴方が少しでも生を望むなら、大切な人が居るなら、騙されたと思ってこの薬を飲んで下さい」
彼の言葉に心を動かされたのか、次々と口をつける人々が増えていく。すると暫くして虚だった瞳に僅かな光が戻り始める。
「お、おお……! 動く、手が……足が動く……」
「まだ無理をしないで、他の人を診てきますので安静にしていてください!」
「パパ、こっちにも人が居たよっ!」
幼いキャロルが小さな手を大きく振りながら父を呼ぶ。まだ幼い少女でありながら、彼女もまた懸命に人々を助けようとしていた。
倒れている人を探し、父の薬を届ける。
その瞳には、後の憎悪など微塵も無く、ただ父を誇りに思う純粋な憧れの目をしていた。
(パパの作った薬のおかげで疫病は治り。この街は“奇跡の街”と呼ばれるようになりました)
ユウ達の見る光景が別の場面へと移動する。
以前まで死の気配に包まれていた街は、まるで別世界のように活気を取り戻していた。
その中心には、イザークとキャロルの親子が居た。
「イザーク先生! 本当にありがとうございました!」
「キャロルちゃんもありがとうねぇ!」
道行く人々が笑顔で声を掛ける。
キャロルは照れ臭そうにしながらも、嬉しそうに手を振り返し、イザークもまた、穏やかな笑みを浮かべながら娘の手を優しく握っている。
穏やかで奇跡の如く平和な時間、しかしそんなものは長く続かなかった。
――ドカアァァンッ!!!
突如、街の一角で凄まじい爆発が巻き起こる
いきなりの轟音に、街の人々は一斉にその方向を向く。燃え盛る家々の炎を背後に、“黒いローブ”を纏った集団が姿を現していた。
「て、天使様……」
町人の一人が震える声で呟く。
黒いローブ姿の集団。その先頭に立つ、人とも男とも女とも取れない異様な影。そいつはまるで演説でも始めるように、両手を大きく広げた。
『この街は穢れている。よって神の使いである我らが浄化を行う!』
一瞬イザーク達は、彼が何を言っているのか分からず思考を停止させる。
そんな中、先程彼らを“天使様”と呼んだ男が、怯えるような足取りでローブの影へと近づく。
「て、天使様! この街の疫病はもう既に――」
そこまで言いかけた瞬間、男の体が突然燃え上がる。
「――あ、ァァァァァッ!!?」
青白い炎が全身を包み込み、男は悲鳴とも思えない声を上げて瞬く間に焼失してしまった。
「な、何を――」
『この街は穢れている! 我らが神の力を信じず、愚かな錬金術などを信仰する、“穢れた街”だ! この街に住む穢れた悪魔達を、我らが聖なる炎が浄化するのだ!!』
教祖らしき影の宣言の後、ローブの影達は一斉に散会し、その手から青白い炎の玉を放つ。放たれた火炎は、正確にそれでいて無造作に逃げ惑う人々や、建物を次々と燃え上がらせていく。
「ぱ、パパっ……!」
「キャロル、逃げるんだッ!」
怯え父に縋り付くキャロル。
イザークは街の人々を救う為、キャロルを突き放し、ローブの影達へと向かっていく。しかし無数に放たれる光弾に、近づく事すら出来ず吹き飛ばされてしまった。
「ぐあっ!?――」
「パパっ!!?」
咄嗟に障壁を張り防御したが、それでも威力を殺し切る事はできず、イザークの体が豪快に転げ回った。
苦しみながら倒れる父親の姿に、キャロルは涙を流しながら駆け寄る。
「キャロル……逃げるんだ……!」
「で、でも……パパが――」
『なるほど、キサマが錬金術師か』
気付けば、教祖らしき影がすぐ傍へ立っていた。
音も無く現れたその姿に、キャロル達は凍りつく。深く被ったフードの奥は闇しか見えず、表情も感情も読み取れなかった。
『この街の者を拐かしたキサマには、最も惨めで、最も苦しむ最後をくれてやろう』
教祖らしき影の姿が青白い炎に包まれる。
その炎は次第に大きく広がり、やがて人の形を作り出す。そして炎が治った時、そこにあったのは“黒い巨人”の姿だった。
(ティガ……?!)
(いいえ違います。これはあくまで、“今のキャロル”の想い出です。ここに別の記憶をもつボク達がいる事で、きっと変化が現れるはずです)
エルフナインの言う通り、黒いティガの形をした巨大な影が、突如ノイズが走ったように乱れる。
同時に記憶の再生も一時停止のように止まる。やがてノイズはブロック崩しのように剥がれ落ちていくと、その姿を鮮明に映し出した。
「やっぱり……《キリエル人》!」
黒い巨人の姿が、禍々しい悪魔の姿へと変化する。
ユウとエルフナインはキャロルの想い出を通して、この光景を何度も見ていた。しかしその夢の内容と、キャロルが言う敵の姿がどうにも一致しなかったのだ。
(キャロちゃんは、この時のキリエル人と、ティガの姿を見間違えてたって事? でも、一体どうして……)
(それはきっと……この後の想い出を辿っていけば分かる筈です)
巨大な影の姿が正しく修正された瞬間、再び記憶の再生が始まる。
キリエロイドの変身の余波だけで、キャロルの小さな身体が吹き飛ばされる。皮肉にも、それはまだ炎の届いていない安全な場所だった。
キリエロイドは倒れたイザークを片手で掴み上げる。
「ぐっ! ぐああああァァァッ!!!」
バキバキバキッ、と鈍い音が響き渡る。腕から下の骨を砕かれたイザークは、逃げる事も出来ず苦痛の声を上げた。
「パパ、パパぁっ!!!」
キャロルは必死に手を伸ばした。けれど、先程の衝撃で身体は動かない。腕に力を込めても、指先が石畳を掻くだけだった。
『穢れし悪魔を、聖なる炎が焼き払うだろう!』
キリエロイドはイザークを見せ物のように高く掲げる。そして青白い炎が、足先からゆっくりと彼の身体を包み込んでいく。
全身を巡る激痛に、声にならない呻きが漏れる。
だがこちらを見て涙を流すキャロルを見た瞬間、彼は娘を怖がらせまいと最後の力で穏やかに微笑んだ。
「キャロル……生きて、もっと世界をしるんだ……」
それが最後の言葉だった。
全身を燃やされ、炭へと変えたイザークを、キリエロイドはまるで不要な物でも捨てるように握り潰した。
「パパぁーーーーーッ!!!」
少女の叫びと共に再び記憶の場面が切り変わる。
街が燃え父を失った瞬間、あの日の絶望を境に、キャロル・マールス・ディーンハイムという少女は変わった。
百年以上もの歳月を賭け力を蓄えた。全てはあの“悪魔”へ復讐する為に。
そして現代から数百年程前、キャロルは再び悪魔達と対峙することになった。
「見つけたぞ、キリエル人ッ!!!」
とある古い遺跡の中、キャロルが憤怒の表情で黒いローブの集団を見つめる。その顔つきは初めてユウを見た時と同じ憎しみに帯びたものだった。
その彼女の背後には、ミカ、ガリィ、ファラ、レイアのオートスコアラー達の姿も見える。
キャロル一味とキリエル人の全面戦争が始まった。
「がはァッ……!!?」
だが、結果を言えばキャロル達の完敗だった。
例え百年以上の時をかけて研究した錬金術も、古代の力を宿すキリエロイドには通用しなかった。
『人間程度にしては、よくやったものだ』
キリエロイドは、まるで虫でも見るような視線でキャロルを見下ろす。その声音には称賛も警戒も無い。ただ“少し珍しい獲物”を見た程度の興味しか感じられなかった。
ダウルダブラの鎧を砕かれ地に伏すキャロル。倒れる彼女の背後には、半壊したオートスコアラー達の姿も見える。
「何故パパを……イザークを、殺した……」
『イザーク? 誰だそれは?』
「惚けるな! イザーク・マールス・ディーンハイム、キサマらが焼き殺した偉大な錬金術師だッ!!」
『そんなものは知らん』
胸の奥から吐き出すように怒鳴るキャロルに対し、キリエル人は拍子抜けするほどあっさりと答えた。
「なん……だと?」
『我らが浄化した愚かな存在は数知れず。キサマらは掃除したゴミの名を覚えているのか? 偉大なる我らにとって、人間とはその程度の存在』
その言葉は、キャロルの心を深く抉った。
父は彼女にとって世界そのものだった。人生の全てであり、数百年もの時を費やして追い続けた仇を取るだけの大切な存在だった。
だがキリエル人にとっては、名前すら覚えていない存在。当然何故殺したのか、その目的も覚えていないのだろう。
「き、キサマァッ!……」
怒りで身体を震わせながら、立ちあがろうと試みるキャロル。しかし痛む手足に力は入らず、鈍い骨の軋む音だけが響き、身体は地面を擦るだけだった。
『だがお前は、そんな愚かな人間の中でも少しはマシのようだ』
中央に立つ教祖らしきキリエル人が、ゆっくりとキャロルへ歩み寄る。
『百年の年を生き、我らに刃向かったのはお前が初めて、ここで消すのは惜しいな』
その瞬間、頭の内側へ何かが侵入してくる。
記憶を掻き回され、思考を捻じ曲げられる感覚。
そんな脳髄を直接握り潰されるような激痛が、キャロルを襲った。
「グッ……ガアアアアァッ!!!」
「ま、マスター……」
あまりの痛みに少女とは思えない枯れた声を吐き出す。そんな主人を助けようとするオートスコアラー達。しかし彼女達は既に活動に必要な部位を破壊され、ただその光景を見ていることしか出来なかった。
「な、何をするつもりだァッ……?!」
『お前の憎しみは使える。その対象をいずれ目覚める“ヤツ”へ向けさせる。ついでだ、憎しみの感情をより強くし力を高めてやろう』
キリエル人の声が、頭の奥へ直接響く。
それは現代でも見せていた、精神操作の術。キリエル人達はキャロルの記憶へ干渉し、その憎しみの対象を書き換えようとしていた。
『お前が“ヤツ”を殺せば都合がいい。この者を消し我らが救世主となる。もし失敗すれば、その蓄えた力を我らが利用する。どちらにせよ、我ら偉大なキリエルの駒になれるのだ。人間にとってこれ程光栄な事は無いだろう』
「あ、ああ……」
憎しみが濁流のように流し込まれ、記憶が歪められていき、キャロルの瞳から光が薄れていく。
ティガ。
黒い巨人。
父を焼いた炎。
本来繋がる筈の無い記憶が、無理矢理一つへ結び付けられていく。
やがてキャロルは、糸の切れた人形のように力無く崩れ落ちた。
その姿を見ても、キリエル人達は特に興味を示さない。役目を終えたと言わんばかりに、闇へ溶け込むように姿を消していく。
「が……うう……奴らの、思い通りなど……させる、ものか……」
だがキャロルの意識は、まだ完全には潰えていなかった。頭痛で視界が歪む。記憶の深層へ侵食が及び、思考が上手く纏まらない。
それでも彼女は、最後の力を振り絞って懐へ手を伸ばすと、小さな碧色の宝石を取り出した。
「オレの……想い出を、ここへ残す……」
父との記憶。
本当の仇。
自分が失いたくなかった“真実”。
キャロルは宝石へ、最後に残った自らの想い出を封じ込めていく。
「後は、頼んだぞ……オレの代わりに、奴らを…………」
そこでキャロルは意識を完全に失った。
彼女の小さな手には、より小さな碧色の宝石がキラリと光を反射させていた。
(あの結晶は、おそらくボクです……)
(あれが、エルちゃん?)
(はい。ホムンクルスを作る為に必要な核です。キャロルは……記憶を書き換えられる前に、自分の“本当の想い出”を避難させたんですね)
キャロルはキリエル人に記憶を書き換えられるよりも早く、自分の想い出を別の場所に避難させ、それを核にしてエルフナインを作った。
つまりエルフナインとは、単なる複製ではなく、キャロルが最後まで守ろうとした“本来の心”そのものだった。
だからこそ、同じ想い出の複写体でありながら、キャロルとエルフナインでは記憶が違い、ティガへ憎しみを持つ事はなかったのだ。
そしてこの後、憎しみの感情を増幅させたキャロルは、数百年の時をかけ、ティガと世界を滅ぼす計画を練る事となった。
(これが……キャロちゃんの想い出……)
あの日キャロルに起きた出来事を知ったユウ。彼女に課せられた運命の重さ、そしてそう仕組んだ者たちの存在。
ユウは自然とその拳を強く握りしめていた。
そこで二人の意識は覚醒していく。
☆
「「がはっ!!?」」
激突していた光が弾け、世界を白く染めていた閃光がようやく収束する。次の瞬間、その中心から二つの小さな影が勢いよく吹き飛ばされた。
一つは本来の少女の姿へ戻ったキャロル。
一つは変身が解け、生身に戻ったユウ。
二人は地面を何度も転がり、瓦礫と土煙を巻き上げながら離れた場所へ叩きつけられる。
「星乃さん!」
「う……げほ、げほっ!」
ユウは力の衝突の反動で痛む右腕を押さえながらも、反対方向へと吹き飛んだ少女を見つめる。
キャロルもかなりのダメージに全身を傷だらけにしている。しかし今の彼女にそんなことを気にする余裕は無かった。
「なんだ……この記憶は、オレの……やってきたことは?」
ユウとエルフナインの想い出にとって、キャロルの改変された記憶が元に戻っていた。
だがそれは余りにも残酷な現実であった。
父親の仇に洗脳され。
憎くも無い敵を数百年憎み続け。
増幅された憎しみによって世界を壊そうとした。
自分の数百年の人生のほぼ全てが、敵の掌の上だった。
「違う……違う、違う違う違う違う違うッ!!! あああああああぁァッッ!!!」
絶叫と共に、キャロルの身体がふわりと宙へ浮かび上がる。感情の暴走に呼応するように、背後に四色の巨大な錬成陣が展開された。
変身の解けたユウとは違い、キャロルは少女の姿でも錬金術を使用することが可能だ。むしろ精神の混乱によって制御を失い、周囲へ暴風のように力が溢れ出している。
エルフナインは慌てて辺りを見回す。すると腕の怪我のせいか、ユウが手放してしまったスパークレンスが、はるか後方へと転がっていた。
今から取りに走っても待ち合わない距離だ。計算能力の高いエルフナインだからこそ、その絶望的な状況が即座に理解出来てしまった。
(キャロちゃん、すごく辛そう……)
だがそんな中、ユウはキャロルだけをを見ていた。
まるで誰かに助けを求めるように、悲しみを振り払うように声を上げる少女を見つめていた。
(助けたい……)
ユウは傷だらけで痛む右手を強く握りしめる。
「消えろォォォォッ!!!」
四属性のエネルギーが融合し、巨大な奔流となって生身のユウへと襲い掛かる。
変身も出来ず、武器も無く、避ける時間も無い。
それでもユウは目を逸らさず真っ直ぐ相手を見つめる。
(泣いているあの子を……助けるんだッ!!!)
その瞬間、ユウの胸の中心に光が宿る。
まるで心臓そのものが輝き始めたようなその光。
ユウは痛む右手を前へ突き出し、迫り来る属性エネルギーへと叩きつけた。
「なっ?!」
「……え?」
キャロルとエルフナインが驚愕の声を漏らす。
信じられない光景だった。
なんの変哲もない少年が、キャロルの属性エネルギーを正面から受け止めている。そして彼の右手からは、眩い銀の光が障壁のように張られていた。
「君に世界なんか壊させない……! そんな罪を、もう君が背負う必要ないんだ!!」
「な、何だ?! この力は……」
スパークレンスもティグの紋章も持たずに光の力を行使している。そんなあり得ない光景に、キャロルは動揺を隠せなかった。
だが彼女の分身、エルフナインだけはその現象に心当たりがあった。
「これはまさか……昔パパが言ってた」
脳裏に蘇る、幼いキャロルへ語り掛けるイザークの姿。
“パパは今、人間の想いの力って言うのを研究しているんだ。希望、優しさ、勇気、愛……そういった明るい心が生み出す、光のような力”
かつてキャロルが一笑した父の研究。
人の心の力をエネルギーに変換する理論、今あの少年がやっているのは正にそれだった。
今のユウは、紋章すら介さず、自分自身の心で光を生み出している。
だがそれは今回の事だけではない。
彼はこれまでも強い想いをその胸に宿した時、光を灯し、ティグの紋章に力を与えてきた。
胸の中心に光を宿し、力を行使するその姿はウルトラマンと瓜二つの姿だった。
「約束したんだ……お父さんと!!」
“地球を……母さんを頼んだぞ”
ユウの脳裏に大吾の言葉が蘇る。
その瞬間、ユウの光の力がより強まり、光の障壁が徐々に属性エネルギーを押し返していく。
その光景はまるで大吾が、今も隣で背中を支えてくれているかのようだった。
「オレは……父の、命題を……」
向かって来る光の障壁を押し返そうと、力を込めるキャロル。しかしどれだけ力を強めても、障壁の勢いは止まらない。
その時キャロルは視界の端に、一つの影を見た気がした。優しく自分を見つめる父――イザークの姿。
だがその瞳は、悲しみに満ちていた。
(パパ……どうして、そんな悲しい目を――)
キャロルの錬金術が破られ、光の障壁が目前へと迫る。
銀の光のエネルギーが無防備となった少女を飲み込もうとしたその瞬間。
光の障壁は消え去った。
「はぁ……はぁ……」
キャロルにトドメを刺そうとした力の奔流を止めたユウは、その場に膝をつく。無理矢理力を止めた反動で腕の内部から焼けるような痛みを感じる。
「星乃さん!」
「……ぼくの事は良いから、キャロちゃんを」
頷いたエルフナインは、キャロルの元へと駆け寄る。
「キャロルっ!!」
力を使い果たし倒れた小さな体を助け起こす。ユウもまた、痛む右腕を押さえながら、左足を引き摺るようにして二人へ近づいていく。
「何故……殺さない……?」
力を使い果たしたキャロルが掠れた声で問う。
自分は世界を壊そうとした。ユウを何度も殺そうとした。なのに何故、彼は止めを刺さないのか。
「何度も言ってるでしょ? ぼくは君と分かりあう為、友達を助ける為に来たんだって!」
ユウは迷いなくいつもの笑顔で答える。
少年の考えは変わらない。
殺す為でも、倒すためでもない。心で泣いている少女を助ける為、彼女の父親の本当の“想い”を知ってもらう為に戦っていたのだ。
「ふ、ふははははっ……オレの負けだ、ウルトラマン……」
相手を殺そうと力をぶつける自分に対し、相手を救おうと力を振るう少年。自分が偽りの復讐などに囚われている間、彼はもっと大きなものを見据えていた。
戦う前からとっくに勝負はついていた、その圧倒的な器の違いに、キャロルは付き物が取れたように笑みを浮かべた。
「キャロル……ごめんなさい」
「何故、キサマが謝る……?」
キャロルをその腕で支えながら、エルフナインは静かに涙を溢していた。
「ボクはキャロルの本当の想い出を持っていた。なのにボクは、ただ命令に従うだけで、君を止めようとしませんでした……」
「そうするように、作ったのはオレだ……お前が気にする事ではない」
エルフナインはキャロルの想い出を複写されている。
だがそれでもホムンクルスである彼女は、以前までただ命令のままに動く機械のようなものだった。
もっと自分が早く気づいていれば、もっと早くキャロルを説得していれば、そう思うと涙を流さずにはいられなかった。
「キャロちゃん、今でも遅くは無いよ。一緒にお父さんの命題を達成させよ」
「一緒に、だと?」
「うん、君達のお父さんは“世界を知れ”って言ったんでしょ? じゃあそれはきっと一人では達成出来ないよ。隣にいる人、向かいにいる人、そんな人達の事から少しずつ知っていくことが大切だと思うんだ」
エルフナインの想い出を通じて、キャロルの脳裏にも父の本当の気持ちを思い出していた。
父の言う“世界を知る”。それは人と人が理解し合える世界の事を言っていた。
それは世界を分解したとしても、手に入る情報ではない。何故なら彼女は目の前の少年の事すら全てを知っているわけでは無いのだから。
「だから先ずは、ぼく達の事から知って! みんなと一緒なら、きっと達成出来るよ!」
「……ふ、敵わないな」
かなり大きな遠回りをしてしまった。
だが決して遅くは無い。彼女には膨大な知識がある、新しく出来た友が居る。キャロルが過ごしてきた数百年は決して無駄ではなく、彼女が紡いで来た経験なのだ。
幾度となく衝突を繰り返した少年と少女が、今その手を取り合う。
だがその時。
『やはり、所詮は人間か』
「「「っ!?」」」
突如、暗闇から怪し声がこだまする。
三人がその声の方を向くと、いつの間にか黒いローブを纏った人影が立っていた。
その姿を見た瞬間、キャロルの表情が強張る。
そしてそんな彼女の表情を見た瞬間、ユウもその存在を理解した。
「キサマは、あの時の……!」
「キリエル人ッ!」
今、目の前に立っている存在が、先程みた記憶のビジョンと完全に重なる。
それはキャロルの人生を歪め、全ての悲劇を裏から操っていた黒幕――キリエル人の教祖、その本人だった。