シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第五十八話 巨人と歌と錬金術

 

 

 

 

 

 

 暗く、果ての見えない深淵の空間。

 光すら届かぬ静寂の中で、ユウは力無く倒れ伏していた。朦朧と霞む意識の中、少年は重たい瞼を微かに震わせる。

 全身を襲う凄まじい脱力感。まるで身体そのものが鉛へ変わってしまったかのように重い。

 拳を握ろうとするが、指先に力を込める事すら出来ない。戦おうとする意思は消えていなくとも、体はとっくに限界を超えていた。

 やがて目を開け続ける事すら苦痛になっていくのを感じ、ゆっくりと瞼が落ち、それに引き摺られるように、意識もまた深い闇の底へ沈んでいく。

 だがその時、暗闇の奥からあの子の声がこだました。

 

(立て、小僧)

 

「キャロ……ちゃん?」

 

 ハッと目を見開く。

 いつの間にか、ユウの目の前には淡い光の輪郭を纏ったキャロルの姿が立っていた。それが本物なのか、薄れゆく意識が見せる幻なのかは分からない。

 

(絶対に諦めない。それが、お前の強さでは無かったのか?)

 

 暗闇へ沈みかけていた意識の中でも、その声だけは不思議なほど鮮明に胸へ響いていた。

 

(オレ達が何度命を狙っても、お前はしつこいくらいに手を伸ばしてきた。何度拒絶されても、何度傷付いても、それでもオレを救おうとしてきた。それがお前の優しさであり……お前の強さだろう?)

 

 キャロルの言葉によって、沈みかけていた意識は再び浮かび上がる。

 だが、それでも身体は動かなかった。

 限界を超えた肉体は、まるで見えない鎖に縛り付けられたように反応しない。

 

(オレと……友達になってくれるのでは無かったのか?)

 

 その言葉に、ユウの指先がピクリと震える。

 

(約束しただろう。一緒に父の命題を果たしてくれると……オレに世界を教えてくれると。なのに、あんなヤツに負けていいのか?)

 

「……負けたくない」

 

 歯を食いしばる。

 全身の骨や筋肉が軋み悲鳴を上るが、それでも構わず、ユウは力の入らない指を必死に動かした。

 

「あんな酷いヤツに……負けたくない」

 

 その言葉には、怒りが滲んでいた。誰かの涙を踏みにじり、誰かの想いを嘲笑い、傷付ける事を愉しむ悪意への。

 そんな存在だけは、絶対に許したくなかった。

 

「アイツにだけは……勝ちたいんだッ!!!」

 

 強く拳を握りしめる。

 誰かを思う優しさだけではない、確かな悪を倒そうと言う強い“闘志”が、少年を呼び起こす。

 ユウの胸の中心から、再び眩い銀の光が溢れ出した。

 

(歌が、聞こえる……)

 

 立ちあがろうとするユウの耳に、響達の歌が聞こえる。

 六人の装者、そして二人の錬金術師の想いの籠った歌が胸に宿り、ユウの脳裏に一つの旋律を与えた。

 

「Tiga, largīre mihi virtūtem……(ティガ、勇気を授けてくれ)」

 

 ユウは無意識の内に、その旋律を静かに呟く。

 その瞬間、空から虹色の光の渦が舞い降り、少年の身体を包み込んだ。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

『キッ?! キリィ……!!?』

 

 高速回転するキリエロイドが、驚愕の声を漏らす。

 腕の刃は、間違いなくカラータイマーを捉えている。

 だが砕けない。それはまるで、刃と宝玉の間にある、空間そのものが侵入を阻んでいるかのようだった。

 次第に、倒れていたティガの体が浮き上がる。

 当然、落下の勢いで力を押し込もうとするキリエロイドの体も一緒に押し返されていく。

 

『キリィ……!!!』

 

 キリエロイドは、回転の勢いを上げ、無理矢理貫こうと力を込める。だが、それでもティガを抑え込む事は出来ず、むしろその巨体ごと持ち上げられていく。

 

『キッ……キッ……ギリィッ!!?』

 

 やがて、反発する力に耐え切れなくなったキリエロイドの身体が大きく弾かれた。高速回転の勢いを保ったまま吹き飛び、廃墟と化したビル群を豪快に薙ぎ倒す。

 すると、ティガを包み込む虹色の渦が、収束していく。

 空から降り注いだ膨大なフォニックゲイン。それはティガの尽き掛けていたエネルギーを回復させるだけではなかった。

 

『ハァッ!!!』

 

 虹色の渦が爆ぜる。

 その中から、カラータイマーを青く染め、完全なる復活を遂げたウルトラマンティガが姿を現す。

 だが、その姿は以前までとは明らかに違っていた。

 

 

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『な、何だ?! その姿は!?』

 

「ティガが……シンフォギアを身に纏っている?」

 

 響の言葉通り、光の中から姿を現したティガは、プロテクターの上に赤紫色の鎧を見に纏い、力の源たるカラータイマーを保護していた。

 更に左腕にはキャロルのヘッドギアを思わせる四色の宝石の付いたガントレッド、右腕には純白のリボンがサラシのように巻かれている。

 装者達の歌、そしてキャロルの“想い出”を宿した膨大なフォニックゲインを、ティガは鎧へと変えその身に纏ったのだ。

 ウルトラマンとシンフォギアと錬金術。

 巨人と人の絆。そして一人の少年と少女の友情が、本来交わる筈のない三つの力を結び付けるという奇跡を起こしていた。

 

「キャロル、見てますか? ティガが……ボク達の想いが届きましたよ!」

 

「ああ……見ているさ……」

 

 キャロルのファウストローブが消滅する。視界の霞む瞳で、彼女は尚もティガを見つめる。

 雲の隙間から差し込む太陽の光が、カレの纏う赤紫色の鎧を眩く反射させていた。

 

「いけ……ウルトラマンティガ」

 

 エルフナインの腕に抱かれながら、キャロルの意識は深い眠りへと沈んでいく。そんな彼女の瞳に最後に映ったのは、力強く、誇らしげに構えるティガの姿だった。

 

『デュアッ!!!』

 

 ティガは右手を鋭い手刀に、左手を固く握り締めて構え、目の前の敵を真っ直ぐに見据える。

 

『ギリィッ!!!』

 

 怒りを滲ませたキリエロイドIIIが、再び右腕を巨大な刃へと変化させ、一気に突進する。対するティガは、構えたまま一歩も動かない。

 振り下ろされる凶刃が、左肩から腰まで、一息に断ち切ろうと迫る。

 

 ――ガキィッン。

 

 鋭い金属音が大気を震わせた。

 だがそれだけ。斬撃を受け止めたティガの鎧は、傷一つつかない。それどころか、叩きつけられたキリエロイドの刃が次第にヒビを増やし、ガラスのように簡単に砕け散った。

 

『キッ……?!』

 

『ハァッ!』

 

 動揺するキリエロイドを、右手で突き飛ばす。

 大きく体勢を崩したキリエロイドは、タタラを踏みながら後退したあと、ノーモーションで浮上する。

 対するティガも同じように宙へ舞い上がり、二体の巨大な影が、空中で激しく衝突し合う。

 

『ハァッ!……デュアッ!!』

 

『キッ……ギリィッ!!』

 

 拳と拳がぶつかり合い、蹴りと蹴りが空中で火花を散らす。超高速で繰り広げられる攻防は、人の目では追う事すら困難。五十メートルを超える巨体同士の衝突は、それだけで凄まじい衝撃波を周囲へ撒き散らしていく。

 先程まで一方的だった攻防、だが今は違う。

 皆の想いと共に力を得たティガは、キリエロイドに対し互角以上の戦いを行っていた。

 

『チャァッ!』

 

 ティガの右脚が鋭く振り抜かれ、キリエロイドの側頭部に直撃する。強烈な蹴撃に吹き飛ばされかけながらも、キリエロイドは辛うじて空中で踏み止まった。

 先程まで圧倒していた相手に体術で上回られた事実が、その怒りをさらに膨れ上がらせる。

 

『キッ……ギィィィ!!!』

 

 咆哮と共に、キリエロイドが両手を突き出す。そこから放たれたのは、高熱を帯びた無数の火球。

 対するティガは、左腕のガントレットを構える。

 そこに埋め込まれた四色のクリスタル。その中の青い宝石へ手を翳した瞬間、ティガを守るように激しい水流の壁が出現した。

 火球が次々と水流へ飲み込まれ、轟音と蒸気を上げながら掻き消されていく。

 さらにティガが片腕を振る。

 水の壁が一瞬で弾け凍結し、無数の鋭利な氷の矢が形成され、一斉にキリエロイドへ向けて放たれた。

 

『キリィッ!!』

 

 思わぬ反撃を受けたキリエロイドは、慌てて突風を巻き起こし、氷の矢を吹き飛ばす。 

 さらに周囲へ漂う緑色の風が、キリエロイドIIIの両腕へ集束していく。凝縮された風は巨大な刃となり、鋭い唸りを上げながら放たれた。

 ティガは再びガントレッドを構える。

 今度は黄色いクリスタルに右手を翳すと、土の錬成陣が浮かび上がり、その光が両腕へと絡み付いていく。

 両拳を打ち合わせると、それに脈動するように何処からともなく岩石の盾を作り出し、風の刃をかき消した。

 

『キッ……?!』

 

 二度の錬金術を防がれ、キリエロイドが動揺を見せる。

 その隙を見逃さず、ティガは赤と緑のクリスタルに手を翳した。岩石の盾が砲弾のような形状に変化し、風によって火力を増した炎が包み込む。

 

『デュアッ!!』

 

 ティガは全身の力を込め、その砲弾を殴り飛ばした。

 重い拳圧によって撃ち出された炎の砲弾は、一直線に突き進み、キリエロイドを守る風のカーテンを強引に突き破り爆発した。

 

『ガッ……馬鹿なッ!? 何故キサマが、錬金術をッ!!』

 

(キャロちゃんが、託してくれたんだ)

 

 火、水、風、土。繰り出された技の数々は、今まさに自身が使役している力と酷似していた。

 それも当然、今彼が纏っているのは、キャロル自身が想いと共に託してくれた錬金術の力なのだから。

 

(お姉ちゃん達の歌と共に、紡いでくれた“想い”……。キャロちゃんの想いで、お前を倒すッ!)

 

 拳を強く握りしめ、再びティガは一直線に突っ込み、対するキリエロイドもまた、正面から迎え撃った。

 力と力、技と技をぶつけ合いながら、二つの巨影は遥か上空へと飛翔していく。

 

「私たちに出来る手は全て打った。あと出来る事は……」

 

「祈るだけ……ね。でも、心配なんかしてないわ!」

 

「デス! ウルトラマンは負けないのデス!」

 

「うん、わたし達が全力を尽くせば、カレはいつだって応えてくれる」

 

「条件さえ同じなら、あんな陰険野郎に負けるかよ!」

 

「ティガ、勝って! キャロルちゃんの為にも!!」

 

 既に絶唱という切り札を使い、フォニックゲインを消費し切った響達は、その光景を見守る事しか出来ない。

 それでも彼女達は胸の奥に確信を持っていた。

 それは理屈ではなく、これまでの戦いでカレが証明してくれた確かな信頼である。

 

『ハアァッ!』

 

『キリィッ!』

 

 やがて二体は制空権を超え、宇宙空間へと飛び出した。

 星々の輝く漆黒の世界を、紅紫と黒紫、二色の閃光が幾度も激突を繰り返していく。

 錬金術による技の数々、純粋なるフィジカル、格闘の技術。その全ての力を、ティガが上回っていた。

 

『馬鹿なッ?! 同じ力なら、偉大なる我の方が有利のは――』

 

(同じなんかじゃないッ!!)

 

 ティガの正拳が、キリエロイドの頬を真正面から打ち抜く。さらに追撃の拳が炸裂する。

 

(奪う事しかしない、お前達には分からない! 人が人に託す強さを、重ね合う力を!)

 

 力の源は同じキャロルの錬金術。

 しかしキリエロイドは、他者から無理矢理奪い取り、形だけを模倣しているに過ぎない。対してティガは、キャロル自身から直接その力を託され、彼女の“想い”と共に錬金術を振るっている。

 例え同じ力だとしても、その内側に込められたパワーには、天と地ほどの差があった。

 

『……グゥ、キサマが居るから! 我らのキリエルの星を、返せェッ!!!』

 

 キリエロイドが再び左手を剣のように尖らせると、鋭い貫手を突き出す。だがティガは腕を掻い潜り、溝内へと渾身のアッパーを叩き込んだ。

 

『ガァッ!?』

 

(この星は……お前たちの物じゃない! “ぼく達”の物でも、誰の物でもない!!)

 

 さらにフック、続けてアッパー。ティガは息つく暇も与えず、連続のコンビネーションを叩き込み、キリエロイドを逃さず釘付けにしていく。

 

(この星をお前達に、渡しはしないッ!!!)

 

 最後に放たれた渾身の右ストレートが、頭部を強烈に打ち抜く。渾身の一撃を受け、キリエロイドの巨体が大きく吹き飛ばされる。

 

『グッ……おのれぇッ! 我らの物にならぬのなら、こんな星など、消し飛ばしてくれるわァッ!!!』

 

 キリエロイドは胸のコアにエネルギーを集約させる。

 それは本来使用される予定だった、チフォージュ・シャトーの最大機能である《世界分解》の力。

 キリエロイドは今、その力をエネルギーとし、地球へ向けて解き放とうとしていた。

 

『……』

 

 対するティガは、ゼペリオン光線の構えをとる。

 もしここで回避すれば、カレの後ろにある青き星が危ない。だからこそ、皆を守るに迎え撃つ覚悟を決めた。

 

『愚かなッ! キサマの“光線”など我には効かぬッ!!』

 

 その無謀とも言える姿に、キリエロイドは嘲笑う。

 キリエロイドにはまだ、ゴルザからコピーした光線吸収能力がある。例え必殺の光線でも止める事はできない。

 それでも構わず、ティガは交差させた両手を水平に開き、エネルギーを貯める。

 

『この星の愚かな生物ごと、消え去ってしまえッ!!!』

 

 キリエロイドの胸のコアから、翠色の膨大なエネルギーが放出される。対しティガは、チャージしたエネルギーを、右腕へと集約させると、真正面から突っ込んだ。

 襲い来る翠色の奔流へと、渾身の正拳突きを繰り出す。白銀の流星と化したティガが、翠色の破壊の光線と真正面から衝突した。

 星一つを丸ごと分解する膨大なエネルギー。

 その直撃に己の勝利を確信するキリエロイド。だがその結果は、カレの予想を大きく裏切るものだった。

 

『な、何だとッ?!!』

 

 ティガは消滅していなかった。

 途轍もない“分解”の力の中で、白銀の流星は減衰しながらも真っ直ぐ突き進む。

 その理由は極めて単純、ティガの右腕に込められたエネルギーが、チフォージュ・シャトーを上回っているから。

 ティガの右腕に込められた“再構築”の力が光線を中和し、光線の中を突き進んでいた。

 

『グッ……グググッ……!』

 

 だがそれでも、光線の威力は膨大だった。

 例え分解の力を中和していても、その勢いに押され、ティガの速度はどんどん低下していく。

 キリエロイドはここぞとばかりに、光線の威力を高める。激しい翠色の奔流が、巨人を飲み込もうと勢いを増す。

 

(負けないで、ティガッ!)

 

『……ッ!』

 

 だがその時、脳裏に響の声が聞こえた。

 それだけではない、翼、クリス、マリア、切歌、調。装者達の声が、纏う鎧を通じて次々と伝わってくる。

 するとティガの右腕に巻かれた、白いリボンが光を放ち、その形状を変化させていく。

 光が収まった後、そこには巨大な鋼の拳が、ティガの右腕と一体化するように装着されていた。

 

 《Glorious Break》

 

 この鎧は、ただの防具ではない。装者達の歌と想いを込めた結晶。その力が彼女達の心を繋ぎ、新たな力をティガへ与えていたのだ。

 

(ぶちかましてやれ、ユウ!)

 

 最後に響いたのは、キャロルの声だった。

 皆の声を受け、ティガが強く頷くと、右拳からさらに膨大なエネルギーが噴き出す。白銀だった光は虹色へと変わり、一筋の流星がさらに勢いを増した。

 

『ハァアアアアアアァァッ!!!』

 

『キッ……ギリィ………………』

 

 押し返そうと、込める力を強めるキリエロイド。

 しかしティガの勢いは止まらない。どれだけ力を増そうとも、それは結局一人だけの力。

 ティガにはカレを支え、カレ自身も支えてきた仲間達との“絆”がある。その想いが、今もなお背中を押し続けていた。そして遂に、翠色の奔流が完全に打ち破られる。

 ティガは、その勢いのまま光り輝く右拳を振り抜いた。

 

『デュアッ!!!』

 

 《ゼペリオン・ライトナックル》

 

 《ゼペリオン光線》と《ウルトラ・ライトナックル》を掛け合わせた、光の拳。

 皆の力を掛け合わせ、更に威力を増した必殺の一撃が、キリエロイドの胸のコアを打ち抜く。

 

『キ……キッ……オノレェ…………ギィリィィィィッッッ!!!』

 

 キリエロイドは、最後まで抵抗しようともがく。

 しかしその努力も虚しく、打ち込まれた拳から溢れ出した膨大なエネルギーが、身体の内側から巨大な爆発を引き起こし、その姿を跡形もなく消し飛ばした。

 

 ――キリエロイドIII、撃破。

 

 

 

(キャロちゃん……皆んな……ありがとう)

 

 静寂の宇宙の中、ティガは己の鎧に優しく手を添える。

 すると赤紫色の鎧は、まるで砂煙のように静かに崩れ、光となって消えていく。それはまるで、自らの役目を終えたと告げるかのようだった。

 

(……っ! キャロちゃんっ!!)

 

 鎧が消える瞬間に伝わった僅かな感覚。

 その安否を確かめる為、ティガは勝利の余韻に浸る暇もなく、青き星へと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 

「エルちゃん!」

 

 ティガの力で傷を隠し、ボロボロになった服を自室で着替えた後、ユウは勢いよく医務室へ駆け込んだ。

 その声に反応するように、既に部屋の中にいた響達が一斉に振り向く。

 

「ユウくん?」

 

「あ……えっと、キャロちゃんが運び込まれたって聞いて」

 

「こっちです、星乃さん」

 

 部屋の奥に居るエルフナインに招かれ、ユウは医務室内に置かれた治療用ベッドを覗き込む。

 そこにはキャロルが眠っていた。

 しかしその姿は、一見眠っているだけにも見えるが、生気のようなものが感じられず、まるで魂そのものが抜け落ちてしまったかのような、静か過ぎる寝顔だった。

 

「エルフナインちゃん。キャロルちゃんは、今どういう状態なの?」

 

「キャロルは……ほぼ全ての“想い出”を燃やし尽くして、活動停止に陥っています。このままだと、ホムンクルスであるキャロルの肉体は消滅してしまいます……」

 

「そんな……」

 

 キャロルはホムンクルスを作る際、技術漏洩を防ぐ為に自己消滅機能を搭載していた。そしてそれは、ホムンクルスの肉体へ何度も記憶をインストールし続ける事で生き永らえてきた、彼女自身の体にも適用されている。

 このままでは、あと一日も経たない内に、彼女の肉体は消えてしまうだろう。

 

「キャロルちゃんを救う方法、何か無いの?」

 

「……良いんですか? キャロルは、皆さんの敵だったんですよ?」

 

 キャロルを救いたいという想いは誰よりも強い。

 だが、今回の事変の首謀者の一角である彼女をどう扱うのか、まだ正式には決まっていない。ここで救おうとする事は、響達への裏切りになるのではないか。

 そんな不安が、エルフナインの胸を縛っていた。

 

「司令から許可は取っている。『全力で罪を償わせる為にも、何としても救え!』との事だ」

 

 翼はわざと低い声を出し、弦十郎の口調を真似ると、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

 

「それに、罪を背負ってるのはそいつだけじゃねぇ。アタシらだって、同じなんだからな」

 

「クリスの言う通りよ。私達もまた、自分の罪と向き合う為に戦ってきた。彼女にだって、やり直すチャンスは与えられるべきよ」

 

「皆さん……ありがとうございます!」

 

 クリスとマリアの言葉に、切歌と調も静かに頷く。

 エルフナインはそんな彼女達へ、深く頭を下げた。

 

「キャロルを救う方法……一つだけあります」

 

「本当、エルフナインちゃん!?」

 

「キャロルは今、全ての想い出を消費し、活動を停止しています。なら、予備として蓄えられた想い出を流し込めば、活動を再開し彼女は助かる筈です」

 

「予備の想い出って……そんなの何処に?」

 

「此処に」

 

 調の質問に、エルフナインは自分の胸に手を当て答える。その仕草だけで、彼女が一体何を考えているのかが、全員が理解する。

 エルフナインの中には、キャロルから抽出された“想い出”が宿っている。彼女はそれを返す事で、キャロルを救おうとしていた。

 

「待って! そんな事をして、エルフナインはどうなるの?!」

 

「……ボクの中に宿っている想い出は、あくまで人一人分のエネルギーです。動かせるのはボクかキャロルのどちらかだけ。消費してしまえば片方は、活動を停止します」

 

 キャロルとエルフナイン、その肉体であるホムンクルスもまた、活動する為に一定量の“想い出”を必要としている。もし中途半端に分け与えれば、どちらも活動領域へ届かず、最悪の場合、二人共停止してしまう。

 だからこそ、キャロルを確実に救う為には、自身の中にある想い出を全て渡し切る必要がある。

 そしてそれは、自らの命を捧げるという意味でもあった。

 

「そ、そんなの駄目だよッ!!」

 

「良いんです、響さん。ボクの想い出は、元々キャロルの物なんだから……これが、本来あるべき姿なんですよ」

 

 引き止めようとする響達だったが、当のエルフナインは既に覚悟を決めていた。

 キリエル人によって歪められてしまった、キャロルの運命。そしてそれを止めることの出来なかった自身の罪を償う為、彼女は自らの命を捧げるつもりでいた。

 

「他に……方法はないんデスか?」

 

「エルフナインも、キャロルも、二人を救う方法は……?」

 

「もう時間がありません。今夜、想い出の転送を行います。だから皆さんは、今夜は医務室に入らないで下さい……最後の瞬間を、見せたくありませんから……」

 

 切歌と調の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

 そんな二人へ、エルフナインは最後まで穏やかな笑顔を向けていた。

 だが、その覚悟を決めた瞳の奥に、一瞬だけ透明な光が反射したのを、ユウは見逃していなかった。

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 その夜。月光が静かに差し込む医務室の中で、エルフナインは側のベッドで眠るキャロルの手を優しく、それでいて確かに握り締めていた。

 

(キャロル……ボクが、助けてみせますから)

 

 震える唇を噛み締めながら、何とか覚悟を保とうとする。胸の奥で渦巻く不安を押し殺すように一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 そしてエルフナインは、想い出の転送を始めようと、静かに両目を閉じる。

 だがその時、医務室の扉を軽く叩く音が響いた。

 

「エルちゃん、居る?」

 

「えっ? 星乃さん……?」

 

 聞き慣れた声に驚く間もなく、扉が開き、ユウが医務室の中へと入って来た。

 

「ど、どうしたんですか?! 医務室には入らないでって言った筈……」

 

「少しだけ、エルちゃんとお話しがしたくて」

 

「話……ですか?」

 

「うん。ねぇ、本当に他に方法は無いの? ぼくは、二人のどっちにも消えて欲しくないよ」

 

「星乃さん……ありがとうございます。でも、良いんです……さっきも言った通りボクの想い出はキャロルの物。在るべき場所に、帰るだけ……ですから」

 

 そう答えるエルフナインの声は、言葉を重ねる度に弱々しく揺れていく。握り締めた拳には力が入り、その小さな肩は震え、平静を装っていても、無理をしている事は明らかだった。

 

「エルちゃんは、それで良いの?」

 

「良いわけ、無いですよ……」

 

 その言葉と共に、今まで堪えていたものが決壊した。

 痛いほど強く握り締められていた拳が震え、目元から涙が次々と零れ落ちていく。

 

「……ボクだって、消えたく無い! でも、ボクはキャロルのスペアだから……」

 

 世界を救う為なら。キャロルを救う為なら。

 そう思っていたからこそ、彼女は自らの存在を差し出す覚悟を決めていた。

 けれど今は違う。消えようと決意する度に、ユウや響達と過ごした日々が脳裏を駆け巡る。

 笑い合った事、一緒に食事をした事、皆で戦った事。

 その全てが、彼女の心を強く引き留めていた。

 

「なのに……今は、消えたく……ありません」

 

「それで良いんだよ。だってその想い出も命も、エルちゃんの物なんだから」

 

 ユウはそんな彼女の手を両手で優しく包み込む。

 

「でも良かった、エルちゃんのその言葉を聞けて」

 

「あの……もしかして、怒ってます?」

 

「当たり前だよ。だってエルちゃんってば、この想い出はキャロル物だ……とか、自分はスペアだ……とか、まるで自分は関係ないみたいに言うんだもん!」

 

 ユウは不満そうに頬を膨らませる。

 キャロルの事ばかりを優先して、自分自身を後回しにするエルフナイン。その姿が、ユウはどうしても見過ごせなかった。

 まるで風船のように膨らんだ頬を見て、エルフナインは思わず吹き出してしまう。

 

「ふふっ……」

 

「もう、笑い事じゃないよ〜」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 久しぶりに零れた笑みに、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。

 

「さっきも言ったでしょ? 記憶は時間なんだ。皆んなとのあの時間を過ごしたのは間違いなくエルちゃんなんだから。スペアなんかじゃない、君自身の命だよ」

 

 確かに生まれの原点はキャロルの想い出かもしれない。

 しかし既にエルフナインは、キャロルのとは違う人生を過ごしている。

 海で遊んだ日、一緒に星空を見上げた夜、仲間達と笑い合った時間。そのどれもが、キャロルではなくエルフナイン自身が積み重ねてきた時間だった。

 

「でも……キャロルを助けるには……」

 

「ねぇ、エルちゃん。必要なのは“想い出”……なんだよね?」

 

「はい、キャロルの肉体を安定して活動させる為の想い出、それを持つのはボクしか――」

 

「じゃあ、ぼくの想い出を使ったら?」

 

 ユウは自分の胸に手を当て主張する。エルフナインはその提案に目を見開いた。

 

「ぼくの中には、キャロちゃんの想い出が混ざってるでしょ。この想い出をキャロちゃんに返す事って出来ないの?」

 

「そうか!……その手が、ありましたか……」

 

 その発想は無かったとばかりに、エルフナインは顎の下に手を添え思考を巡らせる。

 ユウの言う通り、彼の中には何度か精神世界で接触した影響により、キャロルの記憶が流れ込んでいる。

 もし、その想い出を補填として利用出来るのなら、キャロルを救いながら、エルフナインも失わずに済むかもしれない。

 

「それでも、可能性は限りなく低いと思います」

 

「ゼロじゃ無いんだ! じゃあ、やってみよ」

 

 所詮は他人の記憶、それが何処まで想い出として使用できるかは分からない。たとえ使用できたとしても、二人の肉体を活動させるに至る可能性も低い。

 しかしユウは笑顔であっさりと言ってのける。まるで、最初から諦めるつもりなど無いかのように。

 

「キャロちゃんを助けよ、二人で!」

 

「……っ! はいっ!」

 

 二人は笑顔で頷いた後、左右からキャロルの手をそれぞれ握りしめる。そして両目を閉じ、意識を彼女の中へと集中させていく。

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 深い記憶の海の中。

 まるで水中を思わせるような青く静かな空間で、キャロルは力なく漂っていた。上も下も分からない曖昧な世界の中を泳ぐエルフナインは、彼女へ向かって手を伸ばす。

 

「キャロル……」

 

「キャロル……それがオレの名前……?」

 

 呼び掛けられた事に反応し、キャロルがゆっくりと目を開く。だが、その瞳からは今までの彼女が持っていた強い意志も覇気も感じられない。

 想い出の大半を燃やし尽くし、自らが何者だったのかさえ失ってしまったキャロルは、まるで廃人となって記憶の海を彷徨っていた。

 

「全てが断片的で、霞がかったように輪郭が定まらない……オレは、いったい何者なのだ……? オレに似たお前なら、分かるのか……?」

 

「君は……もう1人の、ボク」

 

「オレは……もう1人のお前……? 教えてくれ、こうしている間にもオレは……」

 

 その声には焦りが滲んでいた。強気で傲岸だった彼女からは想像も出来ないほど、今のキャロルの瞳は恐怖に揺れている。自分自身が少しずつ消えていく。その感覚は、何よりも恐ろしいものなのだろう。

 

「心配ないですよ、キャロル。だからボク達が助けに来たんです。星乃さんと、一緒に」

 

「星乃……? 星乃結……か?」

 

「覚えてるんですか?」

 

「分からない……でも、その名は鮮明に想い出せる」

 

 想い出の燃焼に使われたのは、あくまで“キャロル”として積み重ねてきた記憶だった。彼女と混ざり合ったユウの記憶だけは、別の場所に残されていたらしい。

 

「星乃さんが……ううん、彼だけじゃない。色んな人たちが、キャロルが助かる事を望んでくれています。だから、帰りましょう」

 

 エルフナインはそう言うと、キャロルの両手を優しく包み込むように握り、自分の指を絡めた。離さないように。決して置いて行かないように。その想いを込めるように、しっかりと手を繋ぐ。

 すると二人の身体から赤い霧のような光が溢れ出し、静かな記憶の海を照らしながら周囲を包み込んでいった。

 だがその瞬間、エルフナインの全身を強烈なノイズが駆け抜ける。

 

「うっ……!」

 

「おい、お前ッ!?」

 

 キャロルが目を見開く。エルフナインの右足が赤い結晶へと変質し、音もなく崩れ始めていた。

 やはり、ユウの中に残されていたキャロルの想い出を加えても足りていない。二人分の肉体を維持するには、必要な“想い出”の量が不足しているようだ。

 

「……オレのことはいい! このままでは、お前まで消えてしまうぞッ!」

 

「そう言う……訳には、いかないんです……」

 

 足が崩れ始めても、エルフナインは繋いだ手を離さない。苦しそうに息を吐きながらも、その瞳だけは真っ直ぐキャロルを見つめ続けていた。

 

「君を連れて帰らないと、二人で揃って帰らないと……友達が、悲しむんです……」

 

「友達? 星乃結、か……?」

 

「はい……ボク達の為に命をかけて戦い、手を差し伸べてくれた……大切な大切なお友達……。今度は、ボクが彼の想いに応えたいんです!」

 

 繋ぎ合わせた手を通じてエルフナインの記憶がキャロルへと流れ込んでいく。

 小さな体に大きな力を秘めた、一人の少年。

 何度傷付いても、何度倒れても、決して諦めず、自分達を救う為に手を伸ばし続け、愚かな復讐に囚われた自分の代わりに戦い、憎き怨敵を打ち破り、それでもなお救いの手を差し伸べてくれた。

 そんな少年の笑顔と強い眼差しが記憶に蘇る。

 

「そうだ……アイツの想い、オレもそれに応えたい……!」

 

「キャロル……」

 

「二つの体を維持するのが難しいなら……()()()()()()()……」

 

「そうか!……その方法が、ありました。ボク達二人が消えず、肉体を維持する方法」

 

 その瞬間、二人を包む光が一際強く輝いた。

 溢れ出した光の中で、エルフナインとキャロルの身体がゆっくりと粒子へ変わっていく。

 砕け散るのではなく、まるで最初から一つだったものが再び混ざり合うかのように二つの存在は光の粒となり、螺旋を描きながら絡み合う。

 その姿は、まるで生命の設計図そのものを思わせた。

 

「「もう一度、二人で……」」

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

「……っ?! エルちゃん? キャロちゃん?!」

 

 突如、目の前で眠っていたエルフナインとキャロルの身体が眩い光を放つ。

 繋いでいたキャロルの手が、ふっと空気へ溶けるように消える。手の中の感触を失ったユウは、その光景を呆然と見つめていた。

 やがて二人の体は一つへと集まると、小さな人影へと変わる。そして光が収まると同時に、一人の少女が姿を現した。

 服装はエルフナインのもの。しかし長く伸びたお下げ髪や瞳の色、そして右目の下にある泣き黒子は、キャロルを強く思わせる。

 まるで二人がそのまま一つになったような姿だった。

 

「エルちゃん……なの?」

 

「はい、ボクですよ」

 

 戸惑うユウの問い掛けに、エルフナインらしき少女は優しく微笑んで答える。

 その返事を聞いた瞬間、ユウの表情に安堵が広がる。しかし次第にその笑顔へ不安の影が差した。

 

「キャロ……ちゃんは?」

 

 恐る恐る聞くユウに、エルフナインらしき少女が、一瞬悪戯っぽく笑うと両目を閉じる。

 そして次に開いた時、小動物のような垂れ目から、肉食獣を思わせる覇気を感じさせる強い眼差しへと変化した。

 

「……オレも、ここに居るぞ、小僧」

 

「キャロちゃんっ!!」

 

 エルフナインとキャロル、二人の気配をその少女から感じ取ったユウは、思わず彼女を抱きしめた。

 

「お、おい! 大袈裟だぞ!」

 

「ふふっ! キャロルったら。本当は嬉しいくせに」

 

「よ、余計な事を言うな、お前!」

 

 二つの肉体を二人の残りの想い出では活動できない。

 だから二人は、肉体を一つに統合し、想い出を二つの人格を保存する事に特化させる事を思いついた。

 その考えは成功し、今の二人はエルフナインでありキャロルでもある一人の少女となっていた。

 

「これしか思いつかなかった……帰らないと、どっかの誰かさんが悲しむだろうからな」

 

「うん……どんな形でも、二人が帰って来てくれて良かった! ありがとう……キャロちゃん、エルちゃん!」

 

 ユウは心の底から嬉しそうに笑う。その笑顔を見たキャロルは少しだけ気まずそうに視線を逸らしたが、次の瞬間には再びエルフナインの優しい眼差しへと変わった。

 

「礼を言うのは、ボク達の方ですよ」

 

「え?」

 

 何のことか分からないのか、小首をかしげるユウを引き寄せ、少女はそっと抱きしめる。

 

「オレ(ボク)達を助けてくれて、ありがとう」

 

 二人の声が重なって聞こえた気がした。

 どちらが発したのか、それとも二人の想いが同時に伝わったのか、それは分からない。ただ、その言葉に込められた感謝の気持ちだけは、痛いほど伝わってきた。

 ユウは何も言わず、ただ静かに抱き返す。失われるはずだった二人がこうして帰って来てくれた事が嬉しくて、その温もりを確かめるように抱き締め続けた。

 

 その後しばらくして騒ぎを聞き付けた翼達が医務室へ駆け込み、この状況を目撃した結果、大騒ぎになったのは言うまでもない。一体何が起きたのか、一から説明を求められる事になるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 次回、GX編エピローグ。
 その後は暫く書き溜め期間に入りますので、投稿をお休みさせていただきます。

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