シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第五話 血の夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネフシュタンの……鎧…………」

 

「へぇ〜よく知ってんだな、(コイツ)の事」

 

 絞り出すように発せられる翼の声に、ネフシュタンの鎧を纏った少女は、挑発するように肩の薔薇をコンコンと叩く。

 

「忘れぬ物か……」

 

 翼の拳に力が籠り、アームドギアを握る拳が、ギリギリと鈍い音を鳴らしている。

 

「私の不始末で失われたその鎧を……あの日奪われた命を……風鳴翼がどうして忘れられようかッ!!」

 

 翼の脳裏に“あの日”の出来事が蘇る。

 ネフシュタンの鎧の暴走によって、機動実験は失敗、自分達がノイズを撃破し直ぐに迎えば何者かによって奪われる事もなかった。

 鎧が奪われた事件もまた、翼が自身の弱さを痛感させざるを得ない理由の一つとなっていた。

 

「返してもらうぞ、その鎧をッ!!」

 

 ネフシュタンの鎧に奏の残したガングニール、そして自らが防人となった理由のユウ。

 彼女にとって“戦う理由”が今夜この街に集まる。そんな残酷とも言える巡り合わせに、翼の剣気が研ぎ澄まされる。

 

「ダメです翼さんッ! 相手はノイズじゃ無い、同じ人間ですよ!?」

 

「「戦場(いくさば)で何を馬鹿な事をッ!!!」」

 

 殺気を溢れ出す相手が目の前に居るにも関わらず、童のように甘い戯言を騒ぐ響に、翼だけでなく鎧の少女もほぼ同時に怒声を発する。その勢いに響は言葉を失ってしまった。

 

「ふ……気が合いそうね」

 

「だったら仲良く…………ジャレようやァッ!!!」

 

 鎧の少女による先制によって戦闘が始まった。

 鎧の肩から繋がる龍の鱗のような紫に光るムチが、二人の居た地面を割る。

 響を押し飛ばして攻撃から遠ざけると、ジャンプによって攻撃を避けた翼は、アームドギアを大太刀へと変形させ、稲妻の迸る斬撃を飛ばした。

 

 《蒼ノ一閃》

 

 大型のノイズすら豆腐のように抵抗の無く切り裂く青い斬撃が少女へと向かう。

 しかし避けるそぶりの無い鎧の少女が、ムチを軽く横に振るうと、巨大な斬撃はガラスのように簡単に砕かれた。

 

「なにっ!?……くっ!」

 

 得意の技を全く意に返さず破った少女の姿に歯噛みするが、翼は休む間もなく追撃に移った。

 技を発動した後も形状を大太刀のままにし、鎧の少女へと斬りかかった。

 

「そんなッ?!」

 

 少女の身の丈よりも一回り以上大きな大太刀、そこに自分の体重を乗せた一撃を、少女は本来防御に向かないムチで軽々と受け止めてしまった。

 直ぐさま《逆羅刹》に切り替え、足のブレードで追撃を繰り出すが、その細かい連続の攻撃すら少女に一発も届かない。

 全ての連撃をムチで防いだ少女は、翼の胴体へと蹴りを叩き込む。

 

「がふっ!?」

 

 自分より体格の劣る少女の蹴りとは思えない一撃に、翼のスレンダーな体はいとも簡単に吹き飛んだ。

 

(くっ……これが完全聖遺物のポテンシャル……)

 

 蒼ノ一閃を軽々しく破壊したパワー、大太刀やブレードの斬撃を受け付けない防御力、素早い翼に蹴りを当てるだけのスピード。全ての能力が高い基準で定まっているのが分かる。

 天羽々斬やガングニールのような欠片では無く、全てがほぼ完璧な状態で保存されている完全聖遺物だからこその力だろう。

 

「ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよ? まだまだこんな物じゃ無えぞ、アタシの実力(テッペン)はなあァッ!!!」

 

 防御に回っていた少女が攻撃へと移る。

 両手に鞭を構え、縦横無尽に振り回す。鞭であるが故に読みずらい軌道を、長年の勘と身体能力で回避に徹する。

 

「翼さんッ!」

 

「おっと! ノロマはコイツらの相手でもしてな!」

 

 何とか助けようと近づく響に対し、鎧の少女は腰に取り付けている銀の杖を手に持ち光線を放つ。

 響は咄嗟に防御の体勢を取るが、光線は攻撃のものではない。

 

「ノ、ノイズっ!?」

 

 響の足元に放たれた光線から、ダチョウのような形をしたノイズが召喚された。

 突然のノイズの出現に不意を突かれた響は足を止めてしまい、ノイズから放たれた謎の液体を食らってしまった。

 

「う、動けない……」

 

 響を捉えた液体は粘着性が高く、力で引きちぎるの困難だった。アームドギアを持たず素手の響に脱出する事は難しかった。

 

「へっ、そこで黙って見てな!」

 

「その子にかまけて、私を忘れたかッ!!」

 

 再び大太刀での一撃、先程も軽々と防がれた戦法。本来の翼なら素早さや剣のキレを活かした戦法を取るのだが、ネフシュタンの鎧を破壊する事に躍起になっている翼は冷静な判断が出来ていなかった。その為手数や戦術ではなく、力任せの戦法になってしまっていた。

 

「お高く止まるな!」

 

 当然の如く力任せで剣筋の読みやすい斬撃など軽く止められる。それでもただの素人がここまで防げる物では無い、鎧の少女もただ聖遺物に振り回されているだけでは無く、彼女の実力が本物である証拠だ。

 

「がはっ!?」

 

 翼の斬撃を幾たびか防いだ後、叩き付けるように鞭を振るう。咄嗟に太刀で防ぐがその力に耐えられず、翼の体は地へと叩きつけられた。

 

「のぼせ上がるな人気もん! その場の主役だと勘違いしてるようだから教えてやる! 狙いは最初っからコイツを掻っ攫う事だ」

 

「えっ、わたし? 何で……」

 

 急に自分の方を指され戸惑う響を無視し、うつ伏せに倒れる翼の頭を踏み付ける。

 

「ぐっ……私は負けない……あの日を再現などさせない、あの子を守る為……」

 

「ちっ、まだやる気か、こうなったらとっととトドメを指して…………あん?」

 

 倒れ伏せる翼へと鞭の先端を突きつけとうとした瞬間、彼女の動きがピタッと止まる。

 すると鎧の少女は明後日の方向を向いたまま、バイザーの付いたヘルメットの耳元に指を添える。

 

「あん?……何で、んな事を……あんな場所に何の価値もねぇだろ?…………分かった、分かったよ。言う通りにすれば良いんだろ?」

 

 聞こえないぐらい小さな声だが誰かと通信してるかの様子。何度か頷いた後、彼女はヘルメットから手を離すと、杖を使い再びノイズを召喚した。

 

「ノイズを操るなんて……」

 

「驚いたか? この《ソロモンの杖》にかかれば楽勝なんだよ」

 

 得意げに杖を遊ぶ少女が召喚したノイズの群れは、拘束されて動けない翼達に構う事のなく、ある場所を真っ直ぐ目指す。

 

「一体何処へ……」

 

『この方角は……』

 

 脱出しようともがく響の謎に答えるように、通信機から司令部にいる友里の声が聞こえた。

 

『大変です、ノイズ達の向かう先には避難用のシェルターが!』

 

『何だとッ!? 場所はどこだ?!』

 

 司令部に設置されているレーダーを確認したところ、ノイズ達の進路上にはあおいの言う通り民間人用の避難シェルターが設置されていた。

 もしかしたら更にその向こうが目的なのかも知れないが、どちらにせよこのままノイズが進んでいけばシェルターを通過することになり、そこに居る人の危険も高い。

 

『ここは……A11区域、丁度先程、緒川さんが民間人を避難させた場所ですッ!!』

 

「っ!?」

 

 緒川の名を聞いた翼の体がピクリと反応する。

 彼の実力ならノイズから逃れる事は難しく無い為心配はしていなかったが、今夜彼は民間人を連れへあの場へ避難させると言っていた。

 そう、ユウと未来の二人だ。あの二人が避難した場所へとノイズが向かっているのだ。

 

(させないッ!)

 

 倒れ伏していた翼の瞳に炎が宿る。

 

「くっ、ハアッ!」

 

「のあっ?!」

 

 翼は足のブレードで自分を踏みつける方と逆の足を切り付けると、渾身の力で起き上がる。

 不意の一撃と行動にダメージではなく驚いた様子でバランスを崩し鎧の少女は情けなく転ぶ。

 

(ユウの……あの子の所には行かせないッ!!!)

 

 《千ノ落涙》

 

 尻餅をついて隙だらけの少女には目もくれず、翼は高く飛翔すると無数の刀剣をノイズの群れへと放つ。

 

「チッ! 恥かかせやがって! アンタの目的は(コイツ)だろ?!」

 

「そんな物どうでもいいッ!!!」

 

 《逆羅刹》

 

 自分を指差す鎧の少女を無視して、刀剣である程度のノイズの数を減らした後、足のブレードで次々と残りのノイズを裂いていく。

 

「やめろッ! アタシの仕事の、邪魔すんじゃ無えッ!!!」

 

 地に降りた翼へと、再び双対の鞭を振るう。

 しかし翼はノイズから目を離さず、鎧の少女を視界の隅に置きながら無数の鞭の連撃を新体操のような柔らかくて変則的な動きで避ける。

 翼の動きに翻弄された二人の鞭は、彼女を捉える事はなく、寧ろ自分が召喚したノイズを貫いてしまった。

 

「なぁっ!?」

 

「翼さん、凄い……でも何で……?」

 

 今までも翼の無双は何度も目撃して来たが、今の彼女は違う。荒々しくノイズを倒す刃では無く、華麗に優雅に舞う羽根のようだった。

 しかし何故突然ここまでの変化が出たのかが分からない。

 

『響ちゃん大変よ!』

 

「了子さん?」

 

『ノイズの向かう先は、貴女のお友達の小日向未来ちゃんと、星野結くんの避難場所よ!』

 

「そ、そんなッ!?」

 

 櫻井了子からのノイズの情報に驚愕する。

 目の前を通り過ぎるノイズが親友である未来と、先程守りたいと言った少年ユウの元に向かっていると言うのだ。それなのに自分はノイズに拘束されたまま動くことさえできない。

 

「そうだ……アームドギアッ! 二人を守る為にも、わたしにもアームドギアが必要なんだッ! 出ろッ、出てこいッ、アームドギアァッ!!」

 

 しかしどれだけ力を込めようともらどれだけ強く念じようとも、響の小さな手にその力が宿る事は無かった。

 

「そんな……どうして……」

 

 響が己の無力さを痛感している間も激戦は続く。

 召喚されたノイズを全て撃破した後、再び鎧の少女との戦闘にシフトした。

 あいも変わらず華麗な動きで少女を翻弄する翼だが、戦いが長期化するにつれて相手もそのスピードに慣れて来たのか、徐々に翼の動きを捉え始めた。

 

「ちょっせぇ!」

 

「ぐあっ!?」

 

 ついに避けきれず刀で受け止めるが、パワーで押されて転倒してしまった。

 

「無尽蔵に出て来るとはいえ、いちいち召喚するの、結構面倒なんだぞ?! 手間かけさせた分の礼、しっかり受け取りなッ!」

 

 《NIRVANA GEDON》

 

 鞭の先端から黒い稲妻が迸る程の強力なエネルギーを放出させ、それを球体状に集めるとフレイルのように振り回して翼へと叩きつける。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 後転で体勢を立て直した翼は、素早く横に飛び直撃を避けるが、着弾と同時に起きた爆風に足を取られた。

 

「もってけダブルだッ!!」

 

 しかし鞭は双対、その攻撃も二回来るという事だ。

 余ったもう一本の鞭に再びエネルギー球を作り出し、横薙ぎに振り回した。

 足を取られ回避が不能な翼は、アームドギアを頑丈そうな大剣へと変化させ、盾の代わりにする。

 

「ガハッ!!?」

 

 しかし翼の構えた(つるぎ)は、素人の作ったガラス細工の如くあっさりと砕かれ、その衝撃に翼の軽やかな体は吹き飛び、地面を勢いよく何度も転がり回る。

 

「翼さんッ!!!」

 

「ハッ! まるで出来損ない」

 

 これで邪魔者は居なくなった。とでも言うように少女は腰のソロモンの杖を手に持つと、再びノイズを出現させる。先程以上のノイズの群れが、再びある地点を目指す。

 

「………………確かに、私は出来損ない。この身を剣として鍛えて来たにも関わらず、何も守れずこうして生き恥を晒している………」

 

 “あの日”自分がもっと強ければ、自分達の歌を楽しみにしてくれていたファン達を死なせる事も、ネフシュタンの鎧を失う事も、大事な相棒がああなる事も無かった。

 全ては自分の無力故、なのに自分は五体満足で暮らしている。

 翼はそれが許せなかった。

 

「だが、こんな私にも守りたい人がいる! 守りたい約束がある!!」

 

 こんな自分を優しく抱きしめ受け入れてくれた少年。深く地の底に落ちた自分の心を照らしてくれた、光のような少年。

 そんな彼の笑顔を、これから生きるであろう未来を、今度こそ守ってみせると誓った。

 受けたダメージに体が悲鳴を上げるが、そんな事をお構いなしに立ち上がる。

 

「ご大層な演説はお終いか? これ以上恥晒すなら潔く………………な、なんだっ!?」

 

 刀を支えにして満身創痍で立っている状態の翼を鼻で笑い、トドメを刺そうと歩き出そうとした時、自らの体の動きが鈍いことに気付いた。

 比喩では無く、全くと言っていいほど動かなかった。

 何が起きたのかと全身力を入れて強引に首を回して辺りを確認すると、月に照らされ後ろに伸びた少女の影を、まるで縫い付けるように、一本の短剣が突き刺さっているのに気がついた。

 

 《影縫い》

 

 刀剣や銃弾などで相手の影を縫い付け、その動きを封じる“忍法”である。

 翼はエネルギー球によって大剣を砕かれ、吹き飛ばされた瞬間に短剣を上空に投げ、時間差で少女の影に突き刺さるようにコントロールしていたのだ。

 

「チィッ! 味な真似を……!」

 

 しかし動きを封じられたとはいえ、戦況は自分の方が有利。未だ翼の剣は、ネフシュタンの鎧に傷の一つも付けられていないのだから恐れる事はない。

 

「立花ァッ!!」

 

「は、はいっ?!」

 

「よく見ておきなさい! これが防人の……守る覚悟を持った者の生き様だッ!!」

 

「お前……まさか……!」

 

 鎧の少女は気づいた。翼のその目が半端なものではなく、本気で命をかけた者の目だった事に。

 この状況で翼が出来る命をかけた逆転方法、それは一つしか考えられなかった。

 

「月が覗いているうちに、決着をつけましょう……」

 

「歌う気か……”絶唱”をッ!」

 

 あの日の奏も使った“絶唱”。

 高出力のフォニックゲインと引き換えに装者の身を焼き焦がす諸刃の剣であり、シンフォギアシステムの切り札。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

 少女は口ずさむ、滅びと破滅の歌を。

 

「くっ……そおっ!」

 

「……Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 絶望を表すような、それでいて神々しさを感じさせる不思議な歌を歌いながら、翼は少しずつ距離を詰めていく。

 

「……Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

 鎧の少女はそれを防ごうと、杖からノイズを出現させ攻撃をするが、絶唱により全身から溢れ出す高密度のエネルギーに遮断される。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl……」

 

 口付けでもするかの様に、距離をほぼゼロに詰めた瞬間、翼の歌が終わりを告げた。その美しい口元から鮮血が垂れる。

 全身のエネルギーが一瞬収まったかと思うと、その瞬間、森林公園全体を照らすほどのフォニックゲインが放流された。

 

「がぁああああああああぁっ!!!??」

 

 その威力は絶唱の名に恥じず、辺りのノイズだけで無く範囲外にいた、響を拘束しているノイズすらその余波で消滅させてしまう。

 当然ほぼゼロ距離に居た鎧の少女が受ける威力は、その比ではなかった。

 あれ程の強度を誇ったネフシュタンの鎧にヒビが入り、少女は全身を焼かれる様な感覚に包まれる。

 そして少女は、遥か後方に佇む木々を薙ぎ倒しながら勢いよく吹き飛ばされた。

 

「う……くっ……っ!? 翼さんッ?!」

 

 絶唱の閃光に思わず目を瞑っていた響が目を開く。

 まるで隕石でも落ちたかの如く吹き飛び、月に照らされた草木達を全て焼き払われた公園の姿。

 円状に広がった焦茶色の原っぱの中心に彼女は立っていた。

 

「たち……ばな……」

 

「翼さんッ!」

 

 ゆっくりと振り向いた彼女の容姿はとても美しいと言えるものではなかった。口や目、それ以外の全身から血も吹き出す痛々しい姿。

 振り向く事に力を使い果たしてしまったのか、ゆらりと糸の切れた人形ように崩れ落ちる翼の体を慌てて支える。

 

「翼さん……翼さん! しっかりしてくださいッ! 翼さんッ!!!」

 

「…………これが、奏の見た景色、なのね……」

 

 響の呼びかけに翼は反応しない。既に五感を失っているのかこちらへと向ける目線も朧げであった。

 

「た、ち……ば……な……」

 

「っ!?……翼さん?」

 

 消え失せそうな声に口元に耳を近づけるが、こもっていてよく聞こえない。

 翼は咳をして口の中の血を吐き出すと、もう一度口を開いた。

 

「あの子を……ユウを、お願い」

 

「なに言ってるんですか?! しっかりしてくださいッ!?」

 

「あの子は……私の、希望(ヒカリ)なの。だから……お願い……」

 

 既に光の失われた目を向け、今までの翼では考えられない縋り付く様な言葉。

 まるで最後とでも言うかのような翼の様子に、何度も何度も声をかけ続けるが、その重い瞼を止める事はできず徐々に塞がっていく。

 

「翼さん?……翼さん?!……翼さんッ!!? 翼さああああああぁんッ!!!!?」

 

 瞼が完全に閉じた時、響の腕の中から生命の息吹の様なものが消え去った気がした。

 手のひらからこぼれ落ちる命の感覚を味わう響は、月夜の公園に絶叫を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんッ!!?」

 

 一夜が明け、昼下がりの病院にユウの声が響く。

 

「ユウ、来たのか」

 

 病室の壁に設置された大ガラスを覗いていた弦十郎がその声に振りむく。

 

「おじさん! お姉ちゃんは? 翼お姉ちゃんはどうしたの?!」

 

「落ち着け、取り敢えず峠は越した。命に別状はない」

 

 弦十郎に制されたユウは、彼の視線を追いガラスの向こうの病室へと視線を向ける。

 《集中治療室》とネームプレートが掲げられた部屋の向こうでは、全身を包帯で巻いた翼がベッドで横になっていた。比喩では無く目元までぐるぐるに巻かれた姿は元の麗しい見た目とは程遠い。特徴的な青い髪がはみ出ていなければ誰か分からなかったぐらいだ。

 

「とは言ってもまだ安静が必要だ。今は静かに眠らせてやってくれ」

 

「ご、ごめんなさい……昨日お姉ちゃん帰って来なくて……心配してたら今病院にいるって連絡があって……それで、それで、怖くなっちゃって…………」

 

「いいんだ。翼を心配してくれてありがとうな」

 

 パーカーの裾を握り震えそうになるのを必死で堪えるユウを、弦十郎は優しく抱き寄せた。

 

「でも本当、あの絶唱を耐えられるなんて、流石は翼ちゃんと天羽々斬かしら?」

 

 横から聞こえた了子の声に、ユウは慌てて裾を正してお辞儀をする。

 よく見ると櫻井了子だけでなく、藤尭と友里の姿も見える。ユウは、慌てていたせいで挨拶もせずに部屋に入ってしまったことが恥ずかしくなり後ろに下がる。

 

「さてやっぱり問題はネフシュタンの鎧よね? そしてそれを纏う謎の少女。それにあの杖、おそらくあれも聖遺物の一つでしょうね」

 

「ノイズを召喚して意のままに操る武器を持ってるなんて、反則ですよ」

 

「ぼやかない! 今回の一件で上層部もゴタついてるんだから、まだまだ書類仕事は終わらないわよ?」

 

 そこから大人達が今後のことについて話し合いが始まる。よく見ると全員の目の下に薄くだが隈の様なものが見え、疲労の影が溜まっているのがわかった。

 失われたと思われていた完全聖遺物。人類の天敵であるノイズを意のままに操る杖。それを使いこなし隠す気のない敵意を見せる謎の少女。

 昨日の夜に起きた事件の情報量が多すぎて、寝る間も惜しんで仕事をしているのだ。

 手持ち無沙汰なユウは邪魔しない様に黙ってガラスの向こうで静かに休む翼の様子を見ながら待つ事にした。

 

「さて、ユウ。翼が入院している間、君の身はウチで預かることになったんだが?」

 

「でも……ぼく翼お姉ちゃんの側にいたい」

 

「しかし此処には宿泊用の設備は無い。それに君はまだ子供だ、ちゃんとした環境で生活するべきだ」

 

「でも……」

 

「姪を思ってくれるのは嬉しい。しかし君に何かあっては翼にも、大吾にも申し訳が立たん」

 

「え?……おじさん、お父さんを知ってるの?」

 

「ああ、アイツとオレは幼馴染だからな。覚えていないかもしれないが、昔君とも会ったことがあるんだぞ?」

 

 弦十郎の言う通りユウにその時の記憶は無い。しかし彼の真剣で昔を懐かしむその目は、その言葉が嘘では無い何よりの証拠だった。

 

「……だから君の事を放って置けないんだ。元いた場所に帰りづらいなら、是非ウチで面倒を見させてくれ」

 

「…………うん、分かった」

 

 ユウ自身もここに居たところで何の役にも立てない、それどころか邪魔になる事は分かっていた。

 これ以上我儘を言って彼らを困らせるわけにもいかず、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「中に入らなくて良いんですか?」

 

「大丈夫です、ここで……」

 

 病室の外の廊下で力無く壁にもたれる響と、そんな彼女によりそう緒川の姿。

 流石にあの光景を見た後では元気が取り柄の響も意気消沈せざるを得なかった。

 病室からはユウの悲しそうな声が聞こえ、今すぐにでも抱きしめてあげたかった。

 しかしそんな資格自分にはない。

 

「わたし……何も出来ませんでした……」

 

「そんな事無いですよ。翼さんの事ならあまり思い詰めないでください。あれは彼女が自ら選んだ選択なんですから」

 

「だからですよッ! わたしが一緒に戦えていれば……せめて身動きの一つでも取れれば……翼さんがアレをやる必要も無かったかもしれないのに…………」

 

 鎧の少女と翼が戦っている中、響はノイズによって身動きを封じられていた。例え戦えなくても身動きさえ取れれば絶唱を止める事が出来たかもしれない。

 

「わたし翼さんから本当の“覚悟”を見せてもらいました……」

 

 昨晩の戦いで翼は、前半は完全聖遺物であるネフシュタンの鎧の性能に全く歯が立たなかったが、後半は寧ろ彼女を手玉にとっていた。

 その理由は響にも分かった。それは彼女が相手を倒すためでは無く、守る為に戦ったからだ。

 最初の翼はまるであの鎧に憎しみを持っているかの様な力押しをし、単純な力で押し負けていた。

 しかしユウの危機を察した彼女は鎧への執着を無くし、肩の力が抜けた様に彼女本来の技と速さを生かした戦いをしていた。

 最終的には決定打が掴めず押し込まれたが、響はアレこそが“守る者の強さ”なのだと理解した。

 

「『守りたい』じゃあ駄目なんです。『絶対に守る』その覚悟がわたしと翼さんの違いだったんです。覚悟も実力も無いのに、奏さんの代わりになるなんて……翼さんが認めてくれるはずが無かったんです」

 

 現に自分は力になるどころか、一緒に戦う……いや隣に立つことすら出来ていなかった。

 ステージの外の観客席、これでは“あの日”と何も変わっていない。

 

「わたし強くなりたい……! 口だけの願望じゃ無くて、本当の意味で誰かを……ユウくんを守る為にッ!」

  

 もう傍観者は嫌だ。

 翼から託され、自分もまた守りたいと誓った笑顔を胸に、響は己の拳を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「たのもーッ!!!」

 

 数日後、広い屋敷の入り口で響は叫ぶ。

 まるで道場破りかの如く声量に、家主である弦十郎が驚いた様子で顔を出す。

 

「な、なんだ一体……!?」

 

 弦十郎の存在を確認した響は、挨拶をするよりも先に深々と頭を下げる。

 

「わたしに戦い方を教えて下さいッ!」

 

 これがシンフォギア装者、そして防人としての響の第一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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